18.2 或る 女
ある|おんな
18.2 Eine Frau
18.2 A Woman
18.2 Una mujer
木村 は その くらい な 事 で 葉子 から 手 を 引く ような はきはき した 気象 の 男 で は ない 。
きむら|||||こと||ようこ||て||ひく||||きしょう||おとこ|||
|||||||||||||||character|||||
これ まで も ずいぶん いろいろな うわさ が 耳 に は いった はずな のに 「 僕 は あの 女 の 欠陥 も 弱点 も みんな 承知 して いる 。
|||||||みみ||||||ぼく|||おんな||けっかん||じゃくてん|||しょうち||
||||||||||||||||||defect|||||||
私生児 の ある の も もとより 知っている 。
しせいじ||||||しっている
ただ 僕 は クリスチャン である 以上 、 なんと でも して 葉子 を 救い上げる 。
|ぼく||くりすちゃん||いじょう||||ようこ||すくいあげる
|||Christian||||||||save
救わ れた 葉子 を 想像 して みた まえ 。
すくわ||ようこ||そうぞう|||
saved|||||||
僕 は その 時 いちばん 理想 的な better half を 持ち うる と 信じて いる 」 と いった 事 を 聞いて いる 。
ぼく|||じ||りそう|てきな||||もち|||しんじて||||こと||きいて|
|||||||half|partner||||||||||||
東北 人 の ねんじ り むっつり した その 気象 が 、 葉子 に は 第 一 我慢 の しき れ ない 嫌悪 の 種 だった のだ 。
とうほく|じん|||||||きしょう||ようこ|||だい|ひと|がまん|||||けんお||しゅ||
|||suffering||sullen|||||||||||||||||||
・・
葉子 は 黙って みんな の いう 事 を 聞いて いる うち に 、 興 録 の 軍 略 が いちばん 実際 的だ と 考えた 。
ようこ||だまって||||こと||きいて||||きょう|ろく||ぐん|りゃく|||じっさい|てきだ||かんがえた
|||||||||||||||army|strategy||||practical||
そして なれなれしい 調子 で 興 録 を 見 やり ながら 、・・
||ちょうし||きょう|ろく||み||
|familiar||||||||
「 興 録 さん 、 そう おっしゃれば わたし 仮病 じゃ ない んです の 。
きょう|ろく|||||けびょう||||
||||if you say||||||
この 間 じゅう から 診て いただこう かしら と 幾 度 か 思った んです けれども 、 あんまり 大げさ らしい んで 我慢 して いた んです が 、 どういう もん でしょう …… 少し は 船 に 乗る 前 から でした けれども …… お腹 の ここ が 妙に 時々 痛む んです の よ 」・・
|あいだ|||みて||||いく|たび||おもった||||おおげさ|||がまん||||||||すこし||せん||のる|ぜん||||おなか||||みょうに|ときどき|いたむ|||
||||to examine|||||||||||exaggerated|||||||||||||||||||||||||||||
と いう と 、 寝 台 に 曲がり こんだ 男 は それ を 聞き ながら に やり に やり 笑い 始めた 。
|||ね|だい||まがり||おとこ||||きき||||||わらい|はじめた
葉子 は ちょっと その 男 を にらむ ように して 一緒に 笑った 。
ようこ||||おとこ|||||いっしょに|わらった
||||||glared||||
・・
「 まあ 機 の 悪い 時 に こんな 事 を いう もん です から 、 痛い 腹 まで 探ら れます わ ね …… じゃ 興 録 さん 後 ほど 診て いただけて ?
|き||わるい|じ|||こと||||||いたい|はら||さぐら|れ ます||||きょう|ろく||あと||みて|
||||||||||||||||searched|can be found||||||||||could be examined
」・・
事務 長 の 相談 と いう の は こんな たわ い も ない 事 で 済んで しまった 。
じむ|ちょう||そうだん||||||||||こと||すんで|
・・
二 人きり に なって から 、・・
ふた|ひときり|||
「 では わたし これ から ほんとうの 病人 に なります から ね 」・・
|||||びょうにん||なり ます||
葉子 は ちょっと 倉地 の 顔 を つついて 、 その 口 び る に 触れた 。
ようこ|||くらち||かお||||くち||||ふれた
|||||||tapping||||||
そして シヤトル の 市街 から 起こる 煤煙 が 遠く に ぼんやり 望ま れる ように なった ので 、 葉子 は 自分 の 部屋 に 帰った 。
|||しがい||おこる|ばいえん||とおく|||のぞま|||||ようこ||じぶん||へや||かえった
|||||||||||hoped|||||||||||
そして 洋風 の 白い 寝 衣 に 着か えて 、 髪 を 長い 編 み下げ に して 寝床 に はいった 。
|ようふう||しろい|ね|ころも||つか||かみ||ながい|へん|みさげ|||ねどこ||
|Western-style||||||||||||braided|||||
戯談 の ように して 興 録 に 病気 の 話 を した もの の 、 葉子 は 実際 かなり 長い 以前 から 子宮 を 害して いる らしかった 。
ぎだん||||きょう|ろく||びょうき||はなし|||||ようこ||じっさい||ながい|いぜん||しきゅう||がいして||
|||||||||||||||||||||uterus||harmed||
腰 を 冷やしたり 、 感情 が 激昂 したり した あと で は 、 きっと 収縮 する ような 痛 み を 下腹部 に 感じて いた 。
こし||ひやしたり|かんじょう||げきこう|||||||しゅうしゅく|||つう|||かふくぶ||かんじて|
||||||||||||contraction||||||lower abdomen|||
船 に 乗った 当座 は 、 しばらく の 間 は 忘れる ように この 不快な 痛み から 遠ざかる 事 が できて 、 幾 年 ぶり か で 申し 所 の ない 健康 の よろこび を 味わった のだった が 、 近ごろ は また だんだん 痛み が 激しく なる ように なって 来て いた 。
せん||のった|とうざ||||あいだ||わすれる|||ふかいな|いたみ||とおざかる|こと|||いく|とし||||もうし|しょ|||けんこう||||あじわった|||ちかごろ||||いたみ||はげしく||||きて|
|||||||||||||||distant|||||||||||||||joy||||||||||||||||
半身 が 痲痺 したり 、 頭 が 急に ぼ ーっと 遠く なる 事 も 珍しく なかった 。
はんしん||まひ||あたま||きゅうに||- っと|とおく||こと||めずらしく|
葉子 は 寝床 に は いって から 、 軽い 疼 み の ある 所 を そっと 平手 で さすり ながら 、 船 が シヤトル の 波止場 に 着く 時 の ありさま を 想像 して みた 。
ようこ||ねどこ|||||かるい|うず||||しょ|||ひらて||||せん||||はとば||つく|じ||||そうぞう||
||||||||pain|||||||palm|||||||||||||||||
して おか なければ なら ない 事 が 数 かぎり なく ある らしかった けれども 、 何 を して おく と いう 事 も なかった 。
|||||こと||すう||||||なん||||||こと||
||||||||limit|||||||||||||
ただ なんでも いい せっせと 手当たり次第 したく を して おか なければ 、 それ だけ の 心尽くし を 見せて 置か なければ 、 目論見 どおり 首尾 が 運ば ない ように 思った ので 、 一ぺん 横 に なった もの を また むくむく と 起き上がった 。
||||てあたりしだい|||||||||こころづくし||みせて|おか||もくろみ||しゅび||はこば|||おもった||いっぺん|よこ||||||||おきあがった
||||randomly|||||||||effort|||||||result||||||||||||||suddenly||
・・
まず きのう 着た 派手な 衣類 が そのまま 散らかって いる の を 畳んで トランク の 中 に し まいこんだ 。
||きた|はでな|いるい|||ちらかって||||たたんで|とらんく||なか|||
|||||||scattered||||folded||||||put away
臥 る 時 まで 着て いた 着物 は 、 わざと はなやかな 長 襦袢 や 裏地 が 見える ように 衣 紋 竹 に 通して 壁 に かけた 。
が||じ||きて||きもの||||ちょう|じゅばん||うらじ||みえる||ころも|もん|たけ||とおして|かべ||
|||||||||||||lining||||clothing||bamboo|locative particle||||
事務 長 の 置き忘れて 行った パイプ や 帳簿 の ような もの は 丁寧に 抽 き 出し に 隠した 。
じむ|ちょう||おきわすれて|おこなった|ぱいぷ||ちょうぼ|||||ていねいに|ちゅう||だし||かくした
|||forgotten||||||||||extracted||drawer||hidden
古藤 が 木村 と 自分 と に あてて 書いた 二 通 の 手紙 を 取り出して 、 古藤 が して おいた ように 、 枕 の 下 に 差しこんだ 。
ことう||きむら||じぶん||||かいた|ふた|つう||てがみ||とりだして|ことう|||||まくら||した||さしこんだ
|||||||||||possessive particle|||||||||||||inserted
鏡 の 前 に は 二 人 の 妹 と 木村 と の 写真 を 飾った 。
きよう||ぜん|||ふた|じん||いもうと||きむら|||しゃしん||かざった
|||||||||||||||displayed
それ から 大事な 事 を 忘れて いた のに 気 が ついて 、 廊下 越し に 興 録 を 呼び出して 薬 びん や 病床 日記 を 調える ように 頼んだ 。
||だいじな|こと||わすれて|||き|||ろうか|こし||きょう|ろく||よびだして|くすり|||びょうしょう|にっき||ととのえる||たのんだ
|||||||||||||||||called|||||diary||to prepare||
興 録 の 持って 来た 薬 びん から 薬 を 半分 が た 痰 壺 に 捨てた 。
きょう|ろく||もって|きた|くすり|||くすり||はんぶん|||たん|つぼ||すてた
|||||||||||||phlegm|||
日本 から 木村 に 持って行く ように 託さ れた 品々 を トランク から 取り分けた 。
にっぽん||きむら||もっていく||たくさ||しなじな||とらんく||とりわけた
||||||entrusted||goods||||separated
その 中 から は 故郷 を 思い出さ せる ような いろいろな 物 が 出て 来た 。
|なか|||こきょう||おもいださ||||ぶつ||でて|きた
||||hometown|||||||||
香 いま で が 日本 と いう もの を ほのかに 心 に 触れ させた 。
かおり||||にっぽん||||||こころ||ふれ|さ せた
||||||||||||touched|
・・
葉子 は 忙しく 働か して いた 手 を 休めて 、 部屋 の まん 中 に 立って あたり を 見回して 見た 。
ようこ||いそがしく|はたらか|||て||やすめて|へや|||なか||たって|||みまわして|みた
しぼんだ 花束 が 取りのけられて なく なって いる ばかりで 、 あと は 横浜 を 出た 時 の とおり の 部屋 の 姿 に なって いた 。
|はなたば||とりのけ られて|||||||よこはま||でた|じ||||へや||すがた|||
shrunk|||removed|||||||||||||||||||
旧 い 記憶 が 香 の ように しみこんだ それ ら の 物 を 見る と 、 葉子 の 心 は われ に も なく ふと ぐらつき かけた が 、 涙 も さそわ ず に 淡く 消えて 行った 。
きゅう||きおく||かおり|||||||ぶつ||みる||ようこ||こころ||||||||||なみだ|||||あわく|きえて|おこなった
old|||||||soaked||||||||||||||||||||||did not invite|||faintly||
・・
フォクスル で 起重機 の 音 が かすかに 響いて 来る だけ で 、 葉子 の 部屋 は 妙に 静かだった 。
||きじゅうき||おと|||ひびいて|くる|||ようこ||へや||みょうに|しずかだった
fox squirrel||crane||||||||||||||quiet
葉子 の 心 は 風 の ない 池 か 沼 の 面 の ように ただ どんより と よどんで いた 。
ようこ||こころ||かぜ|||いけ||ぬま||おもて|||||||
からだ は なんの わけ も なく だるく 物 懶 かった 。
|||||||ぶつ|らん|
||||||sluggish|||
・・
食堂 の 時計 が 引きしまった 音 で 三 時 を 打った 。
しょくどう||とけい||ひきしまった|おと||みっ|じ||うった
||||tightened||||||
それ を 相 図 の ように 汽笛 が すさまじく 鳴り響いた 。
||そう|ず|||きてき|||なりひびいた
||to||||||tremendously|echoed
港 に は いった 相 図 を して いる のだ な と 思った 。
こう||||そう|ず|||||||おもった
と 思う と 今 まで 鈍く 脈打つ ように 見えて いた 胸 が 急に 激しく 騒ぎ 動き出した 。
|おもう||いま||にぶく|みゃくうつ||みえて||むね||きゅうに|はげしく|さわぎ|うごきだした
|||||slowly|pulsating|||||||||started moving
それ が 葉子 の 思い も 設け ぬ 方向 に 動き出した 。
||ようこ||おもい||もうけ||ほうこう||うごきだした
もう この 長い 船旅 も 終わった のだ 。
||ながい|ふなたび||おわった|
十四五 の 時 から 新聞 記者 に なる 修業 の ため に 来たい 来たい と 思って いた 米国 に 着いた のだ 。
じゅうよんご||じ||しんぶん|きしゃ|||しゅぎょう||||こ たい|こ たい||おもって||べいこく||ついた|
||||||||||||want to come||||||||
来たい と は 思い ながら ほんとうに 来よう と は 夢にも 思わ なかった 米国 に 着いた のだ 。
こ たい|||おもい|||こよう|||ゆめにも|おもわ||べいこく||ついた|
|||||||||dream||||||
それ だけ の 事 で 葉子 の 心 は もう しみじみ と した もの に なって いた 。
|||こと||ようこ||こころ|||||||||
木村 は 狂う ような 心 を しいて 押し しずめ ながら 、 船 の 着く の を 埠頭 に 立って 涙ぐみ つつ 待って いる だろう 。
きむら||くるう||こころ|||おし|||せん||つく|||ふとう||たって|なみだぐみ||まって||
||to go mad|||||||||||||pier|||tearing||||
そう 思い ながら 葉子 の 目 は 木村 や 二 人 の 妹 の 写真 の ほう に さまよって 行った 。
|おもい||ようこ||め||きむら||ふた|じん||いもうと||しゃしん|||||おこなった
それ と ならべて 写真 を 飾って おく 事 も でき ない 定子 の 事 まで が 、 哀れ 深く 思いやら れた 。
|||しゃしん||かざって||こと||||さだこ||こと|||あわれ|ふかく|おもいやら|
生活 の 保障 を して くれる 父親 も なく 、 膝 に 抱き上げて 愛 撫 して やる 母親 に も はぐれた あの 子 は 今 あの 池 の 端 の さびしい 小 家 で 何 を して いる のだろう 。
せいかつ||ほしょう||||ちちおや|||ひざ||だきあげて|あい|ぶ|||ははおや|||||こ||いま||いけ||はし|||しょう|いえ||なん||||
||||||||||||love|caress||||||lost||||||||||||||||||
笑って いる か と 想像 して みる の も 悲しかった 。
わらって||||そうぞう|||||かなしかった
|||||||||sad
泣いて いる か と 想像 して みる の も あわれだった 。
ないて||||そうぞう|||||
|||||||||pitiful
そして 胸 の 中 が 急に わくわく と ふさがって 来て 、 せきとめる 暇 も なく 涙 が はらはら と 流れ出た 。
|むね||なか||きゅうに||||きて||いとま|||なみだ||||ながれでた
||||||||||stopped||||||fluttering||started to flow
葉子 は 大急ぎで 寝 台 の そば に 駆けよって 、 枕 も と におい といた ハンケチ を 拾い上げて 目 が しら に 押しあてた 。
ようこ||おおいそぎで|ね|だい||||かけよって|まくら|||||||ひろいあげて|め||||おしあてた
||||||||ran over|||||||||||||pressed
素直な 感傷 的な 涙 が ただ わけ も なく あと から あと から 流れた 。
すなおな|かんしょう|てきな|なみだ||||||||||ながれた
この 不意 の 感情 の 裏切り に は しかし 引き入れられる ような 誘惑 が あった 。
|ふい||かんじょう||うらぎり||||ひきいれ られる||ゆうわく||
|||||betrayal||||||||
だんだん 底 深く 沈んで 哀しく なって 行く その 思い 、 なんの 思い と も 定め かねた 深い 、 わびしい 、 悲しい 思い 。
|そこ|ふかく|しずんで|かなしく||いく||おもい||おもい|||さだめ||ふかい||かなしい|おもい
|||||||||||||decision|||lonely||
恨み や 怒り を きれいに ぬぐい去って 、 あきらめ きった ように すべて の もの を ただ しみじみ と なつかしく 見せる その 思い 。
うらみ||いかり|||ぬぐいさって||||||||||||みせる||おもい
|||||wiped away||||||||||||||
いとしい 定子 、 いとしい 妹 、 いとしい 父母 、…… なぜ こんな なつかしい 世に 自分 の 心 だけ が こう 哀しく 一 人 ぼっちな のだろう 。
|さだこ||いもうと||ふぼ||||よに|じぶん||こころ||||かなしく|ひと|じん|ぼっ ちな|
||||||||nostalgic|||||||||||alone|
なぜ 世の中 は 自分 の ような もの を あわれむ しかた を 知ら ない のだろう 。
|よのなか||じぶん||||||||しら||
そんな 感じ の 零細な 断片 が つぎつぎ に 涙 に ぬれて 胸 を 引きしめ ながら 通り過ぎた 。
|かんじ||れいさいな|だんぺん||||なみだ|||むね||ひきしめ||とおりすぎた
|||small||||||||||tightened||passed
葉子 は 知らず知らず それ ら の 感じ に しっかり すがり付こう と した けれども 無益だった 。
ようこ||しらずしらず||||かんじ|||すがりつこう||||むえきだった
|||||||||clung||||
感じ と 感じ と の 間 に は 、 星 の ない 夜 の ような 、 波 の ない 海 の ような 、 暗い 深い 際 涯 の ない 悲哀 が 、 愛憎 の すべて を ただ 一色 に 染め なして 、 どんより と 広がって いた 。
かんじ||かんじ|||あいだ|||ほし|||よ|||なみ|||うみ|||くらい|ふかい|さい|がい|||ひあい||あいぞう|||||いっしょく||しめ||||ひろがって|
|||||||||||||||||||||||edge|||||love-hate||||||||||||
生 を 呪う より も 死 が 願わ れる ような 思い が 、 逼 る でも なく 離れる でも なく 、 葉子 の 心 に まつわり付いた 。
せい||のろう|||し||ねがわ|||おもい||ひつ||||はなれる|||ようこ||こころ||まつわりついた
|||||||desired||||||||||||||||clung to
葉子 は 果ては 枕 に 顔 を 伏せて 、 ほんとうに 自分 の ため に さめざめ と 泣き 続けた 。
ようこ||はては|まくら||かお||ふせて||じぶん||||||なき|つづけた
・・
こうして 小 半時 も たった 時 、 船 は 桟橋 に つなが れた と 見えて 、 二 度 目 の 汽笛 が 鳴り はためいた 。
|しょう|はんとき|||じ|せん||さんばし||つな が|||みえて|ふた|たび|め||きてき||なり|
葉子 は 物 懶 げ に 頭 を もたげて 見た 。
ようこ||ぶつ|らん|||あたま|||みた
||||||||lifted|
ハンケチ は 涙 の ため に しぼる ほど ぬれて 丸まって いた 。
||なみだ|||||||まるまって|
||||||squeezed||||
水夫 ら が 繋ぎ 綱 を 受けたり やったり する 音 と 、 鋲釘 を 打ちつけた 靴 で 甲板 を 歩き回る 音 と が 入り乱れて 、 頭 の 上 は さながら 火事 場 の ような 騒ぎ だった 。
すいふ|||つなぎ|つな||うけたり|||おと||びょうくぎ||うちつけた|くつ||かんぱん||あるきまわる|おと|||いりみだれて|あたま||うえ|||かじ|じょう|||さわぎ|
|||connecting|||received|||||nail||driven|||||walking around||||||||||fire|||||
泣いて 泣いて 泣き 尽くした 子供 の ような ぼんやり した 取りとめ の ない 心持ち で 、 葉子 は 何 を 思う と も なく それ を 聞いて いた 。
ないて|ないて|なき|つくした|こども|||||とりとめ|||こころもち||ようこ||なん||おもう||||||きいて|
|||exhausted||||||||||||||||||||||
・・
と 突然 戸外 で 事務 長 の 、・・
|とつぜん|こがい||じむ|ちょう|
「 ここ が お 部屋 です 」・・
|||へや|
と いう 声 が した 。
||こえ||
それ が まるで 雷 か 何 か の よう に 恐ろしく 聞こえた 。
|||かみなり||なん|||||おそろしく|きこえた
葉子 は 思わず ぎょっと なった 。
ようこ||おもわず||
準備 を して おく つもりで いながら なんの 準備 も できて いない 事 も 思った 。
じゅんび|||||||じゅんび||||こと||おもった
今 の 心持ち は 平気で 木村 に 会える 心持ち で は なかった 。
いま||こころもち||へいきで|きむら||あえる|こころもち|||
おろおろ し ながら 立ち は 上がった が 、 立ち上がって も どう する 事 も でき ない のだ と 思う と 、 追いつめられた 罪人 の ように 、 頭 の 毛 を 両手 で 押えて 、 髪 の 毛 を むしり ながら 、 寝 台 の 上 に が ば と 伏さって しまった 。
|||たち||あがった||たちあがって||||こと||||||おもう||おいつめ られた|ざいにん|||あたま||け||りょうて||おさえて|かみ||け||||ね|だい||うえ|||||ふさ って|
anxiously|||||||||||||||||||cornered|||||||||||||||pulled||||||||||collapsed|
・・
戸 が あいた 。
と||
・・
「 戸 が あいた 」、 葉子 は 自分 自身 に 救い を 求める ように 、 こう 心 の 中 で うめいた 。
と|||ようこ||じぶん|じしん||すくい||もとめる|||こころ||なか||
そして 息 気 も とまる ほど 身内 が しゃち こばって しまって いた 。
|いき|き||||みうち|||こば って||
|||||||||stiffly||
・・
「 早月 さん 、 木村 さん が 見えました よ 」・・
さつき||きむら|||みえ ました|
|||||saw|
事務 長 の 声 だ 。
じむ|ちょう||こえ|
あ ゝ 事務 長 の 声 だ 。
||じむ|ちょう||こえ|
事務 長 の 声 だ 。
じむ|ちょう||こえ|
葉子 は 身 を 震わせて 壁 の ほう に 顔 を 向けた 。
ようこ||み||ふるわせて|かべ||||かお||むけた
…… 事務 長 の 声 だ ……。
じむ|ちょう||こえ|
・・
「 葉子 さん 」・・
ようこ|
木村 の 声 だ 。
きむら||こえ|
今度 は 感情 に 震えた 木村 の 声 が 聞こえて 来た 。
こんど||かんじょう||ふるえた|きむら||こえ||きこえて|きた
葉子 は 気 が 狂い そうだった 。
ようこ||き||くるい|そう だった
|||||seemed
とにかく 二 人 の 顔 を 見る 事 は どうしても でき ない 。
|ふた|じん||かお||みる|こと||||
葉子 は 二 人 に 背 ろ を 向け ますます 壁 の ほう に もがき より ながら 、 涙 の 暇 から 狂 人 の ように 叫んだ 。
ようこ||ふた|じん||せ|||むけ||かべ|||||||なみだ||いとま||くる|じん|||さけんだ
たちまち 高く たちまち 低い その 震え 声 は 笑って いる ように さえ 聞こえた 。
|たかく||ひくい||ふるえ|こえ||わらって||||きこえた
・・
「 出て …… お 二 人 と も どう か 出て …… この 部屋 を …… 後生 です から 今 この 部屋 を …… 出て ください まし ……」・・
でて||ふた|じん|||||でて||へや||ごしょう|||いま||へや||でて||
||||||||||||please|||||||||
木村 は ひどく 不安 げ に 葉子 に よりそって その 肩 に 手 を かけた 。
きむら|||ふあん|||ようこ||||かた||て||
||||||||leaning against||||||
木村 の 手 を 感ずる と 恐怖 と 嫌悪 と の ため に 身 を ちぢめて 壁 に しがみついた 。
きむら||て||かんずる||きょうふ||けんお|||||み|||かべ||
|||||||||||||||shrunk|||clung
・・
「 痛い …… いけません …… お腹 が …… 早く 出て …… 早く ……」・・
いたい|いけ ませ ん|おなか||はやく|でて|はやく
事務 長 は 木村 を 呼び寄せて 何 か しばらく ひそひそ 話し合って いる ようだった が 、 二 人 ながら 足音 を 盗んで そっと 部屋 を 出て 行った 。
じむ|ちょう||きむら||よびよせて|なん||||はなしあって||||ふた|じん||あしおと||ぬすんで||へや||でて|おこなった
葉子 は なおも 息 気 も 絶え絶えに 、・・
ようこ|||いき|き||たえだえに
||||||faint
「 どうぞ 出て …… あっち に 行って ……」・・
|でて|あっ ち||おこなって
と いい ながら 、 いつまでも 泣き 続けた 。
||||なき|つづけた