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芥川龍之介—Short Stories, 鼻 | 芥川龍之介 (2)

鼻 | 芥川龍之介 (2)

――もう 一 度 、これ を 茹でれば ようご ざる。

と 云った。

内 供 は やはり 、八 の 字 を よせた まま 不服 らしい 顔 を して 、弟子 の 僧 の 云 うなり に なって いた。

さて 二 度 目 に 茹でた 鼻 を 出して 見る と 、成 程 、いつ に なく 短く なって いる。 これ で は あたりまえの 鍵 鼻 と 大した 変り は ない。 内 供 は その 短く なった 鼻 を 撫 な で ながら 、弟子 の 僧 の 出して くれる 鏡 を 、極 きまり が 悪 る そうに おずおず 覗 のぞいて 見た。

鼻 は ――あの 顋 あご の 下 まで 下って いた 鼻 は 、ほとんど 嘘 の よう に 萎縮 して 、今 は 僅 わずかに 上 唇 の 上 で 意気地 なく 残 喘 ざん ぜん を 保って いる。 所々 まだらに 赤く なって いる の は 、恐らく 踏まれた 時 の 痕 あと であろう。 こう なれば 、もう 誰 も 哂 わらう もの は ない に ちがいない。 ――鏡 の 中 に ある 内 供 の 顔 は 、鏡 の 外 に ある 内 供 の 顔 を 見て 、満足 そうに 眼 を しば たたいた。

しかし 、その 日 は まだ 一 日 、鼻 が また 長く なり は し ない か と 云 う 不安 が あった。 そこ で 内 供 は 誦 経 ず ぎょう する 時 に も 、食事 を する 時 に も 、暇 さえ あれば 手 を 出して 、そっと 鼻 の 先 に さわって 見た。 が 、鼻 は 行儀 ぎょうぎ よく 唇 の 上 に 納まって いる だけ で 、格別 それ より 下 へ ぶら 下って 来る 景色 も ない。 それ から 一晩 寝て あくる 日 早く 眼 が さめる と 内 供 は まず 、第 一 に 、自分 の 鼻 を 撫でて 見た。 鼻 は 依然と して 短い。 内 供 は そこ で 、幾 年 に も なく 、法華 経 書写 の 功 を 積んだ 時 の ような 、のびのび した 気分 に なった。

所 が 二三 日 たつ 中 に 、内 供 は 意外な 事実 を 発見 した。 それ は 折から 、用事 が あって 、池 の 尾 の 寺 を 訪れた 侍 さむらい が 、前 より も 一層 可 笑 おかし そうな 顔 を して 、話 も 碌々 ろくろく せ ず に 、じろじろ 内 供 の 鼻 ばかり 眺めて いた 事 である。 それ のみ なら ず 、かつて 、内 供 の 鼻 を 粥 かゆ の 中 へ 落した 事 の ある 中 童 子 ちゅう どうじ なぞ は 、講堂 の 外 で 内 供 と 行きちがった 時 に 、始め は 、下 を 向いて 可 笑 おかし さ を こらえて いた が 、とうとう こらえ 兼ねた と 見えて 、一度に ふっと 吹き出して しまった。 用 を 云 い つかった 下 法師 しも ほうし たち が 、面 と 向って いる 間 だけ は 、慎 つつしんで 聞いて いて も 、内 供 が 後 うしろ さえ 向けば 、すぐに くすくす 笑い 出した の は 、一 度 や 二 度 の 事 で は ない。

内 供 は はじめ 、これ を 自分 の 顔 が わり が した せい だ と 解釈 した。 しかし どうも この 解釈 だけ で は 十分に 説明 が つか ない ようである。 ――勿論 、中 童 子 や 下 法師 が 哂 わらう 原因 は 、そこ に ある の に ちがいない。 けれども 同じ 哂 うに して も 、鼻 の 長かった 昔 と は 、哂 うの に どことなく 容子 ようす が ちがう。 見慣れた 長い 鼻 より 、見慣れ ない 短い 鼻 の 方 が 滑稽 こっけい に 見える と 云 えば 、それ まで である。 が 、そこ に は まだ 何 か ある らしい。

――前 に は あの よう に つけ つけ と は 哂 わ なんだ て。

内 供 は 、誦 ずし かけた 経文 を やめて 、禿 はげ 頭 を 傾け ながら 、時々 こう 呟 つぶやく 事 が あった。 愛す べき 内 供 は 、そう 云 う 時 に なる と 、必ず ぼんやり 、傍 かたわら に かけた 普賢 ふげん の 画像 を 眺め ながら 、鼻 の 長かった 四五 日 前 の 事 を 憶 おもい出して 、「今 は むげに いやしく なり さ が れる 人 の 、さかえ たる 昔 を しのぶ が ごとく 」ふさぎこんで しまう のである。 ――内 供 に は 、遺憾 いかん ながら この 問 に 答 を 与える 明 が 欠けて いた。

――人間 の 心 に は 互 に 矛盾 むじゅん した 二 つ の 感情 が ある。 勿論 、誰 でも 他人 の 不幸に 同情 し ない者 は ない。 所 が その 人 が その 不幸 を 、どうにか して 切りぬける 事 が 出来る と 、今度 は こっち で 何となく 物足りない ような 心もち が する。 少し 誇張 して 云 えば 、もう 一 度 その 人 を 、同じ 不幸に 陥 おとしいれて 見たい ような 気 に さえ なる。 そうして いつの間にか 、消極 的で は ある が 、ある 敵意 を その 人 に 対して 抱く ような 事 に なる。 ――内 供 が 、理由 を 知ら ない ながら も 、何となく 不快に 思った の は 、池 の 尾 の 僧 俗 の 態度 に 、この 傍観者 の 利己 主義 を それ と なく 感づいた から に ほかなら ない。

そこ で 内 供 は 日 毎 に 機嫌 きげん が 悪く なった。 二 言 目 に は 、誰 でも 意地 悪く 叱 しかりつける。 しまい に は 鼻 の 療治 りょうじ を した あの 弟子 の 僧 で さえ 、「内 供 は 法 慳貪 ほうけん どん の 罪 を 受けられる ぞ 」と 陰口 を きく ほど に なった。 殊に 内 供 を 怒ら せた の は 、例の 悪戯 いたずらな 中 童 子 である。 ある 日 、けたたましく 犬 の 吠 ほえる 声 が する ので 、内 供 が 何気なく 外 へ 出て 見る と 、中 童 子 は 、二 尺 ばかりの 木 の 片 きれ を ふりまわして 、毛 の 長い 、痩 やせた 尨犬 むくい ぬ を 逐 おいまわして いる。 それ も ただ 、逐 いま わして いる ので は ない。 「鼻 を 打た れ まい。 それ 、鼻 を 打た れ まい 」と 囃 はやし ながら 、逐 いま わして いる のである。 内 供 は 、中 童 子 の 手 から その 木 の 片 を ひったくって 、したたか その 顔 を 打った。 木 の 片 は 以前 の 鼻 持 上 は な もたげ の 木 だった のである。

内 供 は なまじ い に 、鼻 の 短く なった の が 、かえって 恨 うらめしく なった。

すると ある 夜 の 事 である。 日 が 暮れて から 急に 風 が 出た と 見えて 、塔 の 風 鐸 ふう たく の 鳴る 音 が 、うるさい ほど 枕 に 通 か よって 来た。 その 上 、寒 さ も めっきり 加わった ので 、老年 の 内 供 は 寝つこう と して も 寝つか れ ない。 そこ で 床 の 中 で まじまじ して いる と 、ふと 鼻 が いつ に なく 、む ず 痒 かゆい のに 気 が ついた。 手 を あてて 見る と 少し 水気 す いき が 来た よう に むくんで いる。 どうやら そこ だけ 、熱 さえ も ある らしい。

――無理に 短う した で 、病 が 起った の かも 知れ ぬ。

内 供 は 、仏 前 に 香 花 こう げ を 供 そなえる ような 恭 うやうやしい 手つき で 、鼻 を 抑え ながら 、こう 呟いた。

翌朝 、内 供 が いつも の よう に 早く 眼 を さまして 見る と 、寺内 の 銀杏 いちょう や 橡 とち が 一晩 の 中 に 葉 を 落した ので 、庭 は 黄金 きん を 敷いた よう に 明るい。 塔 の 屋根 に は 霜 が 下りて いる せい であろう。 まだ うすい 朝日 に 、九 輪 くり ん が まばゆく 光って いる。 禅 智 内 供 は 、蔀 し とみ を 上げた 縁 に 立って 、深く 息 を すいこんだ。

ほとんど 、忘れよう と して いた ある 感覚 が 、再び 内 供 に 帰って 来た の は この 時 である。

内 供 は 慌てて 鼻 へ 手 を やった。 手 に さわる もの は 、昨夜 ゆうべ の 短い 鼻 で は ない。 上 唇 の 上 から 顋 あご の 下 まで 、五六 寸 あまり も ぶら 下って いる 、昔 の 長い 鼻 である。 内 供 は 鼻 が 一夜 の 中 に 、また 元 の 通り 長く なった の を 知った。 そうして それ と 同時に 、鼻 が 短く なった 時 と 同じ ような 、はればれ した 心もち が 、どこ から と も なく 帰って 来る の を 感じた。

――こう なれば 、もう 誰 も 哂 わらう もの は ない に ちがいない。

内 供 は 心 の 中 で こう 自分 に 囁 ささやいた。 長い 鼻 を あけ 方 の 秋風 に ぶらつか せ ながら。

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鼻 | 芥川龍之介 (2) はな|あくたがわ りゅう ゆきすけ Nase | Ryunosuke Akutagawa (2) Nose | Ryunosuke Akutagawa (2) Nariz | Ryunosuke Akutagawa (2) Nez | Ryunosuke Akutagawa (2) Naso | Ryunosuke Akutagawa (2) Nariz | Ryunosuke Akutagawa (2) Нос | Рюносуке Акутагава (2) 鼻子 | 芥川龙之介 (2) 鼻子 | 芥川龍之介 (2)

――もう 一 度 、これ を 茹でれば ようご ざる。 |ひと|たび|||ゆでれば|| --Boil this again and you'll be fine.

と 云った。 |うんった

内 供 は やはり 、八 の 字 を よせた まま 不服 らしい 顔 を して 、弟子 の 僧 の 云 うなり に なって いた。 うち|とも|||やっ||あざ||||ふふく||かお|||でし||そう||うん|||| The Naigu, as expected, was doing what the disciple monk said with a dissatisfied look, still holding up the letter eight.

さて 二 度 目 に 茹でた 鼻 を 出して 見る と 、成 程 、いつ に なく 短く なって いる。 |ふた|たび|め||ゆでた|はな||だして|みる||しげ|ほど||||みじかく|| これ で は あたりまえの 鍵 鼻 と 大した 変り は ない。 ||||かぎ|はな||たいした|かわり|| This is no different from the usual key nose. 内 供 は その 短く なった 鼻 を 撫 な で ながら 、弟子 の 僧 の 出して くれる 鏡 を 、極 きまり が 悪 る そうに おずおず 覗 のぞいて 見た。 うち|とも|||みじかく||はな||ぶ||||でし||そう||だして||きよう||ごく|||あく||そう に||のぞ||みた

鼻 は ――あの 顋 あご の 下 まで 下って いた 鼻 は 、ほとんど 嘘 の よう に 萎縮 して 、今 は 僅 わずかに 上 唇 の 上 で 意気地 なく 残 喘 ざん ぜん を 保って いる。 はな|||さい|||した||くだって||はな|||うそ||||いしゅく||いま||わずか||うえ|くちびる||うえ||いくじ||ざん|あえ||||たもって| The nose—that nose that used to hang down under the chin—has almost shrunk like a lie, and now retains a faint wheezing lingering above the upper lip. 所々 まだらに 赤く なって いる の は 、恐らく 踏まれた 時 の 痕 あと であろう。 ところどころ||あかく|||||おそらく|ふまれた|じ||あと|| こう なれば 、もう 誰 も 哂 わらう もの は ない に ちがいない。 |||だれ||しん|||||| ――鏡 の 中 に ある 内 供 の 顔 は 、鏡 の 外 に ある 内 供 の 顔 を 見て 、満足 そうに 眼 を しば たたいた。 きよう||なか|||うち|とも||かお||きよう||がい|||うち|とも||かお||みて|まんぞく|そう に|がん||| --The face of the inner child in the mirror looked at the face of the outer child in the mirror and beat his eyes in satisfaction.

しかし 、その 日 は まだ 一 日 、鼻 が また 長く なり は し ない か と 云 う 不安 が あった。 ||ひ|||ひと|ひ|はな|||ながく|||||||うん||ふあん|| そこ で 内 供 は 誦 経 ず ぎょう する 時 に も 、食事 を する 時 に も 、暇 さえ あれば 手 を 出して 、そっと 鼻 の 先 に さわって 見た。 ||うち|とも||しょう|へ||||じ|||しょくじ|||じ|||いとま|||て||だして||はな||さき|||みた が 、鼻 は 行儀 ぎょうぎ よく 唇 の 上 に 納まって いる だけ で 、格別 それ より 下 へ ぶら 下って 来る 景色 も ない。 |はな||ぎょうぎ|||くちびる||うえ||おさまって||||かくべつ|||した|||くだって|くる|けしき|| The nose, however, sits above the lips with good manners and does not appear to dangle below the lips. それ から 一晩 寝て あくる 日 早く 眼 が さめる と 内 供 は まず 、第 一 に 、自分 の 鼻 を 撫でて 見た。 ||ひとばん|ねて||ひ|はやく|がん||||うち|とも|||だい|ひと||じぶん||はな||なでて|みた After that, Naigu, first of all, when he woke up early the next day after sleeping all night, stroked his own nose and looked. 鼻 は 依然と して 短い。 はな||いぜん と||みじかい 内 供 は そこ で 、幾 年 に も なく 、法華 経 書写 の 功 を 積んだ 時 の ような 、のびのび した 気分 に なった。 うち|とも||||いく|とし||||ほっけ|へ|しょしゃ||いさお||つんだ|じ|||||きぶん||

所 が 二三 日 たつ 中 に 、内 供 は 意外な 事実 を 発見 した。 しょ||ふみ|ひ||なか||うち|とも||いがいな|じじつ||はっけん| それ は 折から 、用事 が あって 、池 の 尾 の 寺 を 訪れた 侍 さむらい が 、前 より も 一層 可 笑 おかし そうな 顔 を して 、話 も 碌々 ろくろく せ ず に 、じろじろ 内 供 の 鼻 ばかり 眺めて いた 事 である。 ||おりから|ようじ|||いけ||お||てら||おとずれた|さむらい|||ぜん|||いっそう|か|わら||そう な|かお|||はなし||ろくろく||||||うち|とも||はな||ながめて||こと| The thing was that the samurai who visited the temple of Ike-no-o-tail for some business looked even funnier than before and looked at the nose of his housemate without talking much. それ のみ なら ず 、かつて 、内 供 の 鼻 を 粥 かゆ の 中 へ 落した 事 の ある 中 童 子 ちゅう どうじ なぞ は 、講堂 の 外 で 内 供 と 行きちがった 時 に 、始め は 、下 を 向いて 可 笑 おかし さ を こらえて いた が 、とうとう こらえ 兼ねた と 見えて 、一度に ふっと 吹き出して しまった。 |||||うち|とも||はな||かゆ|||なか||おとした|こと|||なか|わらべ|こ|||||こうどう||がい||うち|とも||いきちがった|じ||はじめ||した||むいて|か|わら|||||||||かねた||みえて|いちどに||ふきだして| Not only that, but Chudoji, who once dropped Naigu's nose into porridge, said that when he and Naigu crossed paths outside the auditorium, at first he looked down and said, I was holding back my laughter, but at last it seemed like I couldn't hold back anymore, and I burst out laughing all at once. 用 を 云 い つかった 下 法師 しも ほうし たち が 、面 と 向って いる 間 だけ は 、慎 つつしんで 聞いて いて も 、内 供 が 後 うしろ さえ 向けば 、すぐに くすくす 笑い 出した の は 、一 度 や 二 度 の 事 で は ない。 よう||うん|||した|ほうし|||||おもて||むかいって||あいだ|||まこと||きいて|||うち|とも||あと|||むけば|||わらい|だした|||ひと|たび||ふた|たび||こと|||

内 供 は はじめ 、これ を 自分 の 顔 が わり が した せい だ と 解釈 した。 うち|とも|||||じぶん||かお||||||||かいしゃく| At first, Naigu interpreted this as a result of his face being changed. しかし どうも この 解釈 だけ で は 十分に 説明 が つか ない ようである。 |||かいしゃく||||じゅうぶんに|せつめい|||| ――勿論 、中 童 子 や 下 法師 が 哂 わらう 原因 は 、そこ に ある の に ちがいない。 もちろん|なか|わらべ|こ||した|ほうし||しん||げんいん||||||| けれども 同じ 哂 うに して も 、鼻 の 長かった 昔 と は 、哂 うの に どことなく 容子 ようす が ちがう。 |おなじ|しん||||はな||ながかった|むかし|||しん||||ようこ||| However, even with the same roar, the appearance of the roar is somewhat different from the long-nosed old days. 見慣れた 長い 鼻 より 、見慣れ ない 短い 鼻 の 方 が 滑稽 こっけい に 見える と 云 えば 、それ まで である。 みなれた|ながい|はな||みなれ||みじかい|はな||かた||こっけい|||みえる||うん|||| が 、そこ に は まだ 何 か ある らしい。 |||||なん|||

――前 に は あの よう に つけ つけ と は 哂 わ なんだ て。 ぜん||||||||||しん||| --I was told that the fleet was not to be followed like that in the past.

内 供 は 、誦 ずし かけた 経文 を やめて 、禿 はげ 頭 を 傾け ながら 、時々 こう 呟 つぶやく 事 が あった。 うち|とも||しょう|||きょうもん|||はげ||あたま||かたむけ||ときどき||つぶや||こと|| 愛す べき 内 供 は 、そう 云 う 時 に なる と 、必ず ぼんやり 、傍 かたわら に かけた 普賢 ふげん の 画像 を 眺め ながら 、鼻 の 長かった 四五 日 前 の 事 を 憶 おもい出して 、「今 は むげに いやしく なり さ が れる 人 の 、さかえ たる 昔 を しのぶ が ごとく 」ふさぎこんで しまう のである。 あいす||うち|とも|||うん||じ||||かならず||そば||||ふげん|||がぞう||ながめ||はな||ながかった|しご|ひ|ぜん||こと||おく|おもいだして|いま||||||||じん||||むかし||||||| My beloved wife, at such times, would gaze at the image of Fugen Fugen standing by her side, and remember the days of forty-five days ago, when she had a long nose, as if she were reminiscing about the good old days of those who were now so bitter and sad. ――内 供 に は 、遺憾 いかん ながら この 問 に 答 を 与える 明 が 欠けて いた。 うち|とも|||いかん||||とい||こたえ||あたえる|あき||かけて| --Regrettably, however, the internal offerings lacked clarity in providing an answer to this question.

――人間 の 心 に は 互 に 矛盾 むじゅん した 二 つ の 感情 が ある。 にんげん||こころ|||ご||むじゅん|||ふた|||かんじょう|| 勿論 、誰 でも 他人 の 不幸に 同情 し ない者 は ない。 もちろん|だれ||たにん||ふこうに|どうじょう||ない もの|| 所 が その 人 が その 不幸 を 、どうにか して 切りぬける 事 が 出来る と 、今度 は こっち で 何となく 物足りない ような 心もち が する。 しょ|||じん|||ふこう||||きりぬける|こと||できる||こんど||||なんとなく|ものたりない||こころもち|| However, if the person is somehow able to get through his or her misfortune, this time I feel as if I am missing something. 少し 誇張 して 云 えば 、もう 一 度 その 人 を 、同じ 不幸に 陥 おとしいれて 見たい ような 気 に さえ なる。 すこし|こちょう||うん|||ひと|たび||じん||おなじ|ふこうに|おちい||みたい||き||| そうして いつの間にか 、消極 的で は ある が 、ある 敵意 を その 人 に 対して 抱く ような 事 に なる。 |いつのまにか|しょうきょく|てきで|||||てきい|||じん||たいして|いだく||こと|| And before you know it, you have developed a certain, albeit passive, hostility toward that person. ――内 供 が 、理由 を 知ら ない ながら も 、何となく 不快に 思った の は 、池 の 尾 の 僧 俗 の 態度 に 、この 傍観者 の 利己 主義 を それ と なく 感づいた から に ほかなら ない。 うち|とも||りゆう||しら||||なんとなく|ふかいに|おもった|||いけ||お||そう|ぞく||たいど|||ぼうかん しゃ||りこ|しゅぎ|||||かんづいた|||| --The reason Naiduke was somewhat displeased, even though he did not know the reason, was because he sensed the selfishness of this bystander in the attitude of the monk and layman at the tail of the pond.

そこ で 内 供 は 日 毎 に 機嫌 きげん が 悪く なった。 ||うち|とも||ひ|まい||きげん|||わるく| 二 言 目 に は 、誰 でも 意地 悪く 叱 しかりつける。 ふた|げん|め|||だれ||いじ|わるく|しか| The second thing he does is to scold anyone who says anything mean to him. しまい に は 鼻 の 療治 りょうじ を した あの 弟子 の 僧 で さえ 、「内 供 は 法 慳貪 ほうけん どん の 罪 を 受けられる ぞ 」と 陰口 を きく ほど に なった。 |||はな||りょうじ|||||でし||そう|||うち|とも||ほう|けんどん||||ざい||うけられる|||かげぐち||||| Eventually, even the disciple monk who had performed the nasal treatment was whispering behind his back, "You will be charged with the crime of being cruel to the law. 殊に 内 供 を 怒ら せた の は 、例の 悪戯 いたずらな 中 童 子 である。 ことに|うち|とも||いから||||れいの|いたずら||なか|わらべ|こ| ある 日 、けたたましく 犬 の 吠 ほえる 声 が する ので 、内 供 が 何気なく 外 へ 出て 見る と 、中 童 子 は 、二 尺 ばかりの 木 の 片 きれ を ふりまわして 、毛 の 長い 、痩 やせた 尨犬 むくい ぬ を 逐 おいまわして いる。 |ひ||いぬ||ばい||こえ||||うち|とも||なにげなく|がい||でて|みる||なか|わらべ|こ||ふた|しゃく||き||かた||||け||ながい|そう||ぼういぬ||||ちく|| One day, he heard a dog barking loudly, so he casually went outside and saw that the middle-aged child was swinging a piece of wood about two feet long and running into a thin, long-haired dog. It is circling the bark one after another. それ も ただ 、逐 いま わして いる ので は ない。 |||ちく|||||| 「鼻 を 打た れ まい。 はな||うた|| I'm going to get hit in the nose. それ 、鼻 を 打た れ まい 」と 囃 はやし ながら 、逐 いま わして いる のである。 |はな||うた||||はやし|||ちく|||| 内 供 は 、中 童 子 の 手 から その 木 の 片 を ひったくって 、したたか その 顔 を 打った。 うち|とも||なか|わらべ|こ||て|||き||かた|||||かお||うった The uchi-doko snatched the piece of wood from the middle child's hand and struck him hard in the face. 木 の 片 は 以前 の 鼻 持 上 は な もたげ の 木 だった のである。 き||かた||いぜん||はな|じ|うえ|||||き||

内 供 は なまじ い に 、鼻 の 短く なった の が 、かえって 恨 うらめしく なった。 うち|とも|||||はな||みじかく|||||うら||

すると ある 夜 の 事 である。 ||よ||こと| 日 が 暮れて から 急に 風 が 出た と 見えて 、塔 の 風 鐸 ふう たく の 鳴る 音 が 、うるさい ほど 枕 に 通 か よって 来た。 ひ||くれて||きゅうに|かぜ||でた||みえて|とう||かぜ|たく||||なる|おと||||まくら||つう|||きた その 上 、寒 さ も めっきり 加わった ので 、老年 の 内 供 は 寝つこう と して も 寝つか れ ない。 |うえ|さむ||||くわわった||ろうねん||うち|とも||ねつこう||||ねつか|| そこ で 床 の 中 で まじまじ して いる と 、ふと 鼻 が いつ に なく 、む ず 痒 かゆい のに 気 が ついた。 ||とこ||なか|||||||はな|||||||よう|||き|| 手 を あてて 見る と 少し 水気 す いき が 来た よう に むくんで いる。 て|||みる||すこし|みずけ||||きた|||| The water in the waterproofing is swollen, as if it had been swelled a little by the water flow. どうやら そこ だけ 、熱 さえ も ある らしい。 |||ねつ||||

――無理に 短う した で 、病 が 起った の かも 知れ ぬ。 むりに|みじかう|||びょう||おこった|||しれ| --It is possible that the illness was brought on by the shortening of the time.

内 供 は 、仏 前 に 香 花 こう げ を 供 そなえる ような 恭 うやうやしい 手つき で 、鼻 を 抑え ながら 、こう 呟いた。 うち|とも||ふつ|ぜん||かおり|か||||とも|||きよう||てつき||はな||おさえ|||つぶやいた

翌朝 、内 供 が いつも の よう に 早く 眼 を さまして 見る と 、寺内 の 銀杏 いちょう や 橡 とち が 一晩 の 中 に 葉 を 落した ので 、庭 は 黄金 きん を 敷いた よう に 明るい。 よくあさ|うち|とも||||||はやく|がん|||みる||てらうち||いちょう|||くぬぎ|||ひとばん||なか||は||おとした||にわ||おうごん|||しいた|||あかるい 塔 の 屋根 に は 霜 が 下りて いる せい であろう。 とう||やね|||しも||おりて||| まだ うすい 朝日 に 、九 輪 くり ん が まばゆく 光って いる。 ||あさひ||ここの|りん|||||ひかって| 禅 智 内 供 は 、蔀 し とみ を 上げた 縁 に 立って 、深く 息 を すいこんだ。 ぜん|さとし|うち|とも||しとみ||||あげた|えん||たって|ふかく|いき||

ほとんど 、忘れよう と して いた ある 感覚 が 、再び 内 供 に 帰って 来た の は この 時 である。 |わすれよう|||||かんかく||ふたたび|うち|とも||かえって|きた||||じ| It was at this time that a feeling that I had almost forgotten came back to my inner being.

内 供 は 慌てて 鼻 へ 手 を やった。 うち|とも||あわてて|はな||て|| 手 に さわる もの は 、昨夜 ゆうべ の 短い 鼻 で は ない。 て|||||さくや|||みじかい|はな||| 上 唇 の 上 から 顋 あご の 下 まで 、五六 寸 あまり も ぶら 下って いる 、昔 の 長い 鼻 である。 うえ|くちびる||うえ||さい|||した||ごろく|すん||||くだって||むかし||ながい|はな| It is the long nose of the olden days, which hung down for more than 56 inches from the top of the upper lip to the bottom of the chin. 内 供 は 鼻 が 一夜 の 中 に 、また 元 の 通り 長く なった の を 知った。 うち|とも||はな||いちや||なか|||もと||とおり|ながく||||しった そうして それ と 同時に 、鼻 が 短く なった 時 と 同じ ような 、はればれ した 心もち が 、どこ から と も なく 帰って 来る の を 感じた。 |||どうじに|はな||みじかく||じ||おなじ||||こころもち|||||||かえって|くる|||かんじた

――こう なれば 、もう 誰 も 哂 わらう もの は ない に ちがいない。 |||だれ||しん||||||

内 供 は 心 の 中 で こう 自分 に 囁 ささやいた。 うち|とも||こころ||なか|||じぶん||ささや| 長い 鼻 を あけ 方 の 秋風 に ぶらつか せ ながら。 ながい|はな|||かた||あきかぜ|||| The long nose dangling in the open autumn wind.