第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か ?(承 前)【1】 (1)
だい|みっ|しょう|かのじょ||だれ||であった||うけたまわ|ぜん
|||||||||introduction|
Kapitel 3 Wen hat sie getroffen? (Forts.) [1] (1)
Chapter 3 Who did she meet? (continued) [1] (1)
Chapitre 3 Qui a-t-elle rencontré ? (suite) [1] (1)
제3장 그녀는 누구를 만났을까? (承前)【1】 (1)
Kapitel 3: Vem träffade hon?
第3章:她遇见了谁? (正善)[1] (1)
第 3 章 她遇到了谁?(续) [1] (1)
なんでもない こと な んだ と 、 自分 に 言い聞かせ 、 必死に 動かして きた 足 が 、 とつぜん ぱたり と 止まって しまった 。
|||||じぶん||いいきかせ|ひっしに|うごかして||あし|||||とまって|
|||||||telling|desperately||||||suddenly|||
||||||||||||||ぱたり|||
I told myself that it was nothing, and my legs, which I had been trying so hard to move, suddenly stopped.
清水 祐一 と 名乗る 男 と 待ち合わせ を した 佐賀 駅 は すぐ そこ に ある 。
きよみず|ゆういち||なのる|おとこ||まちあわせ|||さが|えき|||||
|||to introduce oneself||||||||||||
The Saga Station, where I was meeting a man named Yuichi Shimizu, is right there.
なんでもない 。
光代 は もう 一 度 小声 で 呟いた 。
てるよ|||ひと|たび|こごえ||つぶやいた
Mitsuyo|||||||
Mitsuyo whispered once more.
メール で 知り合った 男 と 会う ぐらい なんでもない 。
めーる||しりあった|おとこ||あう||
Meeting a guy you met through e-mail, that's nothing.
みんな が 簡単に やって いる こと だ し 、 会った から と 言って 何 が 変わる わけで も ない 。
||かんたんに||||||あった|||いって|なん||かわる|||
It's easy for everyone to do, and it doesn't change anything just because you've met.
今朝 、 仕事 へ 出かける 妹 の 珠代 に 、「 今夜 ちょっと 遅く なる かも しれ ん けん 」 と 声 を かけた 。
けさ|しごと||でかける|いもうと||たまよ||こんや||おそく|||||||こえ||
||||||Tamayo|||||||||||||
This morning, I said to Tamayo, my younger sister, who was leaving for work, "I might be a little late tonight.
考えて みれば 、 あの とき から ずっと 、 光代 は 心 の 中 で そう 自分 に 言い聞かせて いた 。
かんがえて||||||てるよ||こころ||なか|||じぶん||いいきかせて|
|||||||||||||||telling herself|
|考えてみると||||||||||||||言い聞かせていた|
Thinking about it, Mitsuyo had been telling herself that in her mind ever since that moment.
メール で 会う 約束 を した 。
めーる||あう|やくそく||
|||promise||
We agreed to meet via email.
都合 の いい 場所 を 訊 かれて 、 答えた 。
つごう|||ばしょ||じん||こたえた
convenient|possessive particle|||||asked|
He asked me where the best place was, and I told him.
都合 の いい 時間 を 訊 かれて 、 それ に も 答えた 。
つごう|||じかん||じん|||||こたえた
||||||||||answered
正直 、 簡単な こと だった 。
しょうじき|かんたんな||
honestly|||
Frankly, it was a simple matter.
ただ 約束 して 携帯 を 置いた あと 、 本当に 自分 は 会い に 行く つもりな のだろう か と 不安に なった 。
|やくそく||けいたい||おいた||ほんとうに|じぶん||あい||いく|||||ふあんに|
|promise||||put down|||||||||||||
After I made the appointment and put my phone down, I wondered if I was really going to see him.
あまりに も 約束 する の が 簡単で 、 肝心な 自分 の 気持ち を 確かめて いない こと に 気 が ついた 。
||やくそく||||かんたんで|かんじんな|じぶん||きもち||たしかめて||||き||
||promise||||easy|crucial|||||||||||
|||||||大事な|||||確かめていない||||||
I realized that it was so easy to make promises that I had not checked my feelings, which is the most important thing.
行く わけない 、 と 光代 は 呟いた 。
いく|||みつよ||つぶやいた
|||Mitsuyo||muttered
I'm not going," Mitsuyo muttered.
私 に そんな 勇気 が ある わけ が ない と 。
わたくし|||ゆうき||||||
I don't think I have the courage to do that.
でも 勇気 も ない くせ に 、 光代 は その 日 着て いく 洋服 の こと を 考えて いた 。
|ゆうき|||||てるよ|||ひ|きて||ようふく||||かんがえて|
||||||||||||clothes|||||
But for someone who doesn't have the courage, Mitsuyo was thinking about what she was going to wear that day.
会い に 行く 気 も ない くせ に 、 駅前 で 会う 二 人 の 様子 を 想像 して いた 。
あい||いく|き|||||えきまえ||あう|ふた|じん||ようす||そうぞう||
Even though I had no intention of going to see her, I imagined the two of them meeting in front of the station.
約束 は した が 、 自分 が 行く わけ が ない と 思い ながら 朝 を 迎えた 。
やくそく||||じぶん||いく|||||おもい||あさ||むかえた
I promised myself that I would be there, but I knew I had no reason to be there.
行く わけ が ない のに 、 珠代 に 向かって 、「 今夜 遅く なる 」 と 告げた 。
いく|||||たまよ||むかって|こんや|おそく|||つげた
|||||Tamayo|||||||
行く わけ が ない の に 着替えた 。
いく||||||きがえた
I changed my clothes even though I had no reason to go.
行く つもり も ない のに 家 を 出た 。
いく|||||いえ||でた
I left home with no intention of going.
会う 勇気 も ない くせ に 、 すぐ そこ に 駅 が 見える ところ に 立って いた 。
あう|ゆうき||||||||えき||みえる|||たって|
For someone who didn't have the courage to meet him, he was standing right in front of the station.
どれ くらい ぼんやり して いた の か 、 駅 へ 急ぐ 人 たち が 光代 を 追い抜いて いく 。
|||||||えき||いそぐ|じん|||てるよ||おいぬいて|
||absentmindedly|||||||||||Mitsuyo|||
I wonder how long she had been in a daze as people hurrying to the station passed her.
光代 は 端に 寄って ガード レール に 腰かけた 。
てるよ||はしたに|よって|がーど|れーる||こしかけた
||edge|approached||||
後ろ から 歩いて きた 中年 の 女性 が 、 気分 でも 悪く なった と 勘違い した の か 、 心配 そうな 目 を 向ける 。
うしろ||あるいて||ちゅうねん||じょせい||きぶん||わるく|||かんちがい||||しんぱい|そう な|め||むける
A middle-aged woman walking from behind, perhaps mistaking me for someone in a bad mood, gives me a worried look.
日差し が 強い せい で 寒 さ は 感じ なかった 。
ひざし||つよい|||さむ|||かんじ|
sunlight|||||||||
ただ ガード レール が 尻 に 食い込んで 痛かった 。
|がーど|れーる||しり||くいこんで|いたかった
|||||||hurtful
But the guard rail was digging into my buttocks and it was painful.
すでに 待ち合わせ の 十一 時 を 回って いた 。
|まちあわせ||じゅういち|じ||まわって|
It was already past eleven o'clock before the rendezvous.
座り込んだ ガード レール から も 駅前 の ロータリー は 見えた 。
すわりこんだ|がーど|れーる|||えきまえ||ろーたりー||みえた
|||||||rotary||
I could see the rotary in front of the station from the guardrail I was sitting on.
入口 付近 に 人 の 出入り は ある が 、 それ らしき 男 は 立って いない 。
いりぐち|ふきん||じん||でいり||||||おとこ||たって|
|vicinity|||||||||||||
ロータリー に 猛 スピード で 白い 車 が 走り込んで 来た の は その とき だった 。
ろーたりー||もう|すぴーど||しろい|くるま||はしりこんで|きた|||||
||fierce||||||ran in||||||
It was then that a white car drove into the roundabout at a high rate of speed.
少し 離れた 場所 に いた 光代 も 思わず ガード レール から 立ち上がる ほど 、 タイヤ を 鳴らして カーブ を 曲がった 。
すこし|はなれた|ばしょ|||てるよ||おもわず|がーど|れーる||たちあがる||たいや||ならして|かーぶ||まがった
||||||||||||||||||turned
|||||||||||||タイヤ|||||曲がった
Mitsuyo, who was a little further away, also stood up from the guardrail and rounded the curve with her tires squealing.
間違い なかった 。
まちがい|
昨夜 、 メール の 画像 で 祐一 が 見せて くれた 車 だった 。
さくや|めーる||がぞう||ゆういち||みせて||くるま|
It was the car that Yuichi showed me in the picture in my e-mail last night.
光代 は 「 行ける わけない 」 と また 小声 で 呟いた 。
てるよ||いける||||こごえ||つぶやいた
Mitsuyo whispered again, "There's no way I can go.
そう 呟いた のに 右 足 が 少し だけ 前 に 出た 。
|つぶやいた||みぎ|あし||すこし||ぜん||でた
||although|right||subject marker|||||
会って 嫌な 顔 を さ れたら どう しよう 。
あって|いやな|かお|||||
がっかり さ れたら どう しよう 。
disappointed||||
そう 思い ながら も 前 へ 進んだ 。
|おもい|||ぜん||すすんだ
なんでもない 。
メール で 知り合った 男 と 会う くらい なんでもない 。
めーる||しりあった|おとこ||あう||
It's nothing like meeting a guy you met through e-mail.
そう 言い聞かせ ながら 止まり そうな 足 を 必死に 動かした 。
|いいきかせ||とまり|そう な|あし||ひっしに|うごかした
||||||||moved
自分 が 見知らぬ 男 の 車 に 近づいて いる の が 不思議で 仕方なかった 。
じぶん||みしらぬ|おとこ||くるま||ちかづいて||||ふしぎで|しかたなかった
自分 に こんな 勇気 が ある こと に 驚いて いた 。
じぶん|||ゆうき|||||おどろいて|
白い 車 の ドア が 開いた の は 、 光代 が ロータリー の 入口 に 差し掛かった とき だ 。
しろい|くるま||どあ||あいた|||てるよ||ろーたりー||いりぐち||さしかかった||
||||||||||||||reached||
||||||||||||||approached||
思わず 足 を 止める と 、 中 から 金髪 で 背 の 高い 男 が 降りて きた 。
おもわず|あし||とどめる||なか||きんぱつ||せ||たかい|おとこ||おりて|
I stopped in my tracks, and a tall, blond man came down from inside.
冬 の 日差し の 中 で 見る と 、 以前 送って もらった 画像 より 数 倍 髪 の 色 が 明るく 見えた 。
ふゆ||ひざし||なか||みる||いぜん|おくって||がぞう||すう|ばい|かみ||いろ||あかるく|みえた
男 は ちらっと こちら に 目 を 向け 、 すぐに 視線 を 駅 の 入口 の ほう へ 戻した 。
おとこ|||||め||むけ||しせん||えき||いりぐち||||もどした
||glanced|||||||||||||||
ドア を 閉めて ガード レール を 飛び越える 。
どあ||しめて|がーど|れーる||とびこえる
||||||jump over
その 様子 を 光代 は 街路 樹 に 隠れる ように して 見つめて いた 。
|ようす||てるよ||がいろ|き||かくれる|||みつめて|
|appearance||||street|street tree||||||
思って いた より も 若かった 。
おもって||||わかかった
思った より も からだ の 線 が 細かった 。
おもった|||||せん||ほそかった
|||||||thinner
思った より も 優し そうだった 。
おもった|||やさし|そう だった
正直 、 もう ここ まで だ と 光代 は 思った 。
しょうじき||||||てるよ||おもった
これ 以上 前 に 進む 勇気 は 、 どこ を 探して も 見つかり そうに なかった 。
|いじょう|ぜん||すすむ|ゆうき||||さがして||みつかり|そう に|
いったん 駅 の 中 に 入った 男 が 、 手 に 携帯 を 持って 出て きた 。
|えき||なか||はいった|おとこ||て||けいたい||もって|でて|
once||||||||||||||
一瞬 、 男 と 目 が 合った 。
いっしゅん|おとこ||め||あった
光代 は 思わず 背 を 向けて 、 また ガード レール に 腰かけた 。
てるよ||おもわず|せ||むけて||がーど|れーる||こしかけた
三十 数えて 、 彼 が ここ へ 来 なかったら 帰ろう と 思った 。
さんじゅう|かぞえて|かれ||||らい||かえろう||おもった
彼 は 今 、 自分 の 顔 を 見た はずだ 。
かれ||いま|じぶん||かお||みた|
このあと は 彼 に 決めて 欲しかった 。
||かれ||きめて|ほしかった
会い に 行って がっかり さ れる の は 怖かった 。
あい||おこなって||||||こわかった
今さら 逃げ 帰って 後悔 する の も 嫌だった 。
いまさら|にげ|かえって|こうかい||||いやだった
結局 、 一 から 五 まで 数えて 、 その あと は 数字 が 出て こ なかった 。
けっきょく|ひと||いつ||かぞえて||||すうじ||でて||
|||||||||numbers||||
どれ くらい 座って いた の か 、 見つめて いた 足元 に すっと 影 が 伸びて くる 。
||すわって||||みつめて||あしもと||す っと|かげ||のびて|
||||||||||smoothly||||
「 あの ……」
上 から 落ちて きた 声 が 、 どこ か ビクビク して いた 。
うえ||おちて||こえ||||びくびく||
||||||||nervously||
||||||||おどおど||
顔 を 上げる と 、 木漏れ日 を 受けた 男 が そこ に 立って いた 。
かお||あげる||こもれび||うけた|おとこ||||たって|
||||sunlight streaming through the trees||||||||
||||sunlight filtering through trees||||||||
「 あの 、 清水 です けど ……」
|きよみず||
たぶん 彼 の オドオド した 立ち 姿 の せい だ と 思う 。
|かれ||||たち|すがた|||||おもう
|||nervous||||||||
|||おどおど||||||||
たぶん 彼 の 冬 日 を 受けた 肌 の せい だ と 思う 。
|かれ||ふゆ|ひ||うけた|はだ|||||おもう
|||winter|||||||||
たぶん どこ か 怯えて いた 彼 の 目 の せい だ と 思う 。
|||おびえて||かれ||め|||||おもう
|||frightened|||||||||
その 瞬間 を 境 に 何 か が 変わった 。
|しゅんかん||さかい||なん|||かわった
これ まで の ついて い なかった 人生 が 、 そこ で 終わった ような 気 が した 。
||||||じんせい||||おわった||き||
これ から 何 が 始まる の か は 分から なかった が 、 ここ へ 来て よかった のだ と 光代 は 思った 。
||なん||はじまる||||わから|||||きて||||てるよ||おもった
声 を かけて きた 祐一 に 、 緊張 し ながら も 光代 が 微笑む と 、 その 緊張 が 祐一 に も 移った ようで 、 とつぜん 辺り を きょろきょろ と 見回した 。
こえ||||ゆういち||きんちょう||||てるよ||ほおえむ|||きんちょう||ゆういち|||うつった|||あたり||||みまわした
||||||nervous||||||smiled|||||||||||||nervously||
|||||||||||||||||||||||||あたりを見回して||見回した
「 車 、 あそこ に 停め とったら 持って かれる よ 」 祐一 の 前 で 初めて 出した 声 が 意外に も 落ち着いて いて 、 光代 は そんな 自分 に 驚いた 。
くるま|||とめ||もって|||ゆういち||ぜん||はじめて|だした|こえ||いがいに||おちついて||てるよ|||じぶん||おどろいた
||||||持って行かれる|||||||||||||||||||
「 あ 、 そう やね 」
||that's right
慌てた 祐一 が 車 へ 戻ろう と して 、 ふと 光代 の 存在 を 思い出した ように 立ち止まる 。
あわてた|ゆういち||くるま||もどろう||||てるよ||そんざい||おもいだした||たちどまる
||||||||suddenly|||||||
手足 が 長い ので 、 その 動き が とても 大げさに 見え 、 光代 は 思わず 微笑んだ 。
てあし||ながい|||うごき|||おおげさに|みえ|てるよ||おもわず|ほおえんだ
||||||||exaggeratedly|||||
ガード レール を 離れる と 、 まるで あと を 追って くる 子供 を 気 に する ように して 祐一 が 何度 も 振り返り ながら 歩き 出す 。
がーど|れーる||はなれる|||||おって||こども||き|||||ゆういち||なんど||ふりかえり||あるき|だす
|||move away|||||||||||||||||||||
その 背中 に 、「 写真 で 見る より 、 髪 、 金色 なん や ね 」 と 光代 は 声 を かけた 。
|せなか||しゃしん||みる||かみ|きんいろ|||||てるよ||こえ||
少し だけ 歩調 を 弛 め て 横 に 並んで きた 祐一 が 自分 の 髪 を ぐしゃ ぐしゃっと 掻き ながら 、「 夜 、 鏡 を 見とったら 、 急に なんか を 変え と うなって …… 別に 、 シャレ とる わけじゃ なか と けど 」 と ボソボソ と 答える 。
すこし||ほちょう||ち|||よこ||ならんで||ゆういち||じぶん||かみ|||ぐしゃ っと|かき||よ|きよう||みとったら|きゅうに|||かえ|||べつに||||||||ぼそぼそ||こたえる
||pace|||||||||||||||messy|messily|scratching|||||watching||||change||nodded||joke|||||||mumbling||
|||||||||||||||||ぐしゃ||||||||||||||||||||||小声で||
「 それ で 金髪 に ?
||きんぱつ|
「…… 他 に 何も 思いつか ん やった けん 」
た||なにも|おもいつか|||
祐一 は 生真面目な 顔 で そう 言った 。
ゆういち||きまじめな|かお|||いった
||serious||||
||serious||||
車 まで 来る と 、 祐一 は 助手 席 の ドア を 開けて くれた 。
くるま||くる||ゆういち||じょしゅ|せき||どあ||あけて|
「 私 も 、 なんか その 気持ち 分かる 」 と 光代 は 言った 。
わたくし||||きもち|わかる||てるよ||いった
言い ながら 、 何の 抵抗 も なく 乗り込んだ 。
いい||なんの|ていこう|||のりこんだ
|||resistance|||
祐一 は ドア を 閉めて 運転 席 へ 回り込んだ 。
ゆういち||どあ||しめて|うんてん|せき||まわりこんだ
||||||||circled around
芳香 剤 で も ある の か 車 内 に バラ の 香り が 漂って いた 。
ほうこう|ざい||||||くるま|うち||ばら||かおり||ただよって|
fragrance|agent|||||||||rose||||wafting|
祐一 が この 車 を 大切に して いる こと が 乗った とたん に 伝わって きた 。
ゆういち|||くるま||たいせつに|||||のった|||つたわって|
|||||with care|||||||||
祐一 は 運転 席 に 乗り込み 、 すぐに エンジン を かけて ハンドル を 切った 。
ゆういち||うんてん|せき||のりこみ||えんじん|||はんどる||きった
前 に 停 まって いる タクシー に ぶつかり そうに 見えた が 、 祐一 に は この 車 の サイズ が 一 ミリ 単位 で 分かって いる の か 、 何の 躊躇 も なく アクセル を 踏む 。
ぜん||てい|||たくしー|||そう に|みえた||ゆういち||||くるま||さいず||ひと|みり|たんい||わかって||||なんの|ちゅうちょ|||あくせる||ふむ
|||||||||||||||||||||unit|||||||hesitation|||||
車体 は スレスレ で タクシー を 躱 して 走り出した 。
しゃたい||||たくしー||た||はしりだした
||barely||||dodged||
||ギリギリ||||||
ハンドル を 握る 祐一 の 指 が 、 つい さっき まで 誰 か と 喧嘩 を して いた ように 見えた 。
はんどる||にぎる|ゆういち||ゆび|||||だれ|||けんか|||||みえた
実際 に 喧嘩 を した あと の 手 など 見た こと は ない のだ が 、 長く 節くれ立った その 指 が ひどく 痛めつけられた あと の ようだった 。
じっさい||けんか|||||て||みた||||||ながく|ふしくれだった||ゆび|||いためつけ られた|||
||||||||||||||||knobby|||||badly injured|||
||||||||||||||||指|||||傷ついた|||
ロータリー を 半 周 する 車 の 窓 に 、 見慣れた 駅前 の 風景 が 流れた 。
ろーたりー||はん|しゅう||くるま||まど||みなれた|えきまえ||ふうけい||ながれた
|||||||||familiar|||||
たった今 、 出会った ばかりの 男 の 車 に 乗って いる のに 、 まったく と 言って いい ほど 不安 が なかった 。
たったいま|であった||おとこ||くるま||のって|||||いって|||ふあん||
逆に 見慣れた 駅前 の 風景 の ほう が 、 光代 に は よそよそしく 感じられた 。
ぎゃくに|みなれた|えきまえ||ふうけい||||てるよ||||かんじ られた
|||||||||||distant|
|||||||||||冷たく|
出会って 数 分 な のに 、 佐賀 駅前 の 風景 より も 祐一 の 運転 の ほう が 信じられた 。
であって|すう|ぶん|||さが|えきまえ||ふうけい|||ゆういち||うんてん||||しんじ られた
|||||||||||||||||could be believed
「 私 、 まさか 自分 が 清水 くん の ような 人 と ドライブ する なんて 考えて も おら ん やった ……」
わたくし||じぶん||きよみず||||じん||どらいぶ|||かんがえて||||
走り出した 車 の 中 で 光代 は 思わず そう 言った 。
はしりだした|くるま||なか||てるよ||おもわず||いった
ちらっと 目 を 向けた 祐一 が 、「 俺 の ような ?
|め||むけた|ゆういち||おれ||
」 と 首 を 傾げる 。
|くび||かしげる
「 そう 。
清水 くん の ような ……、 金髪 の 人 」
きよみず||||きんぱつ||じん
光代 が そう 答える と 、 祐一 は また 髪 の 毛 を ぐしゃ ぐしゃっと 掻いた 。
てるよ|||こたえる||ゆういち|||かみ||け|||ぐしゃ っと|かいた
||||||||||hair||scratched||scratched
||||||||||||||掻いた
咄嗟に 出て きた 言葉 だった が 、 今 の 自分 の 気持ち を こんなに 的確に 言い表した 言葉 も なかった 。
とっさに|でて||ことば|||いま||じぶん||きもち|||てきかくに|いいあらわした|ことば||
spontaneously|||||||||||||accurately|expressed|||
のろのろ と 走る 地元 ナンバー の 車 を 、 祐一 は 次々 と 追い抜いた 。
||はしる|じもと|なんばー||くるま||ゆういち||つぎつぎ||おいぬいた
slowly||||number||||||||passed
器用に 車線 を 変えて 、 加速 する たび 、 背中 が 柔らかい シート に 吸いつく 。
きように|しゃせん||かえて|かそく|||せなか||やわらかい|しーと||すいつく
skillfully|lane|||accelerate|||||soft|||cling
いつも なら タクシー の 運転手 に ちょっと スピード を 出さ れた だけ で ビクビク して しまう のだ が 、 不思議 と 祐一 の 運転 に は 不安 を 感じ ない 。
||たくしー||うんてんしゅ|||すぴーど||ださ||||びくびく|||||ふしぎ||ゆういち||うんてん|||ふあん||かんじ|
|||||||||||||nervously|||||||||||||||
かなり 際どい タイミング で 車線 を 変える のに 、 まるで 磁石 の 同 極 が 触れ合わ ない ような 、 絶対 に ぶつから ない と いう 安心 感 が ある 。
|きわどい|たいみんぐ||しゃせん||かえる|||じしゃく||どう|ごく||ふれあわ|||ぜったい||ぶつ から||||あんしん|かん||
|critical||||||||magnet||polarity|same pole||barely touching||||||||||||
「 運転 うまい ね 。
うんてん||
私 なんか 免許 は 取った けど ペーパー やけん 」
わたくし||めんきょ||とった||ぺーぱー|
また 一 台 抜き去った 祐一 に 光代 は 言った 。
|ひと|だい|ぬきさった|ゆういち||てるよ||いった
|||overtook|||||
「 いつも 運転 し とる けん 」
|うんてん|||
||||だから
祐一 が ぼ そっと 呟く 。
ゆういち||||つぶやく
|||softly|murmur
車 は あっという間 に 34 号 線 と の 交差 点 に 近づいて いた 。
くるま||あっというま||ごう|せん|||こうさ|てん||ちかづいて|
||in no time||||||||||
この 交差 点 を 左 に 曲がれば 、 街道 沿い に 光代 が 働く 紳士 服 店 が あり 、 直進 すれば 高速の 佐賀 大和 インター へ 繋 な がる 。
|こうさ|てん||ひだり||まがれば|かいどう|ぞい||みつよ||はたらく|しんし|ふく|てん|||ちょくしん||こうそくの|さが|だいわ|いんたー||つな||
||||||turn|highway|along||Mitsuyo||||||subject marker||straight|||||||connect|will connect|
「 ねぇ 、 どう する ?
久しぶりに 信号 で 停 まる と 、 光代 は 祐一 と 目 を 合わさ ず に 尋ねた 。
ひさしぶりに|しんごう||てい|||てるよ||ゆういち||め||あわさ|||たずねた
||||||||||||met|||
「 そのまま 呼子 の 灯台 の ほう に 行く ?
|よびこ||とうだい||||いく
|Yobuko||lighthouse||||
それとも この 辺 で お 昼 ご飯 食べて から に する ?
||ほとり|||ひる|ごはん|たべて|||
||||||lunch||||
不思議 と 言葉 が スラスラ 出て きた 。
ふしぎ||ことば||すらすら|でて|
||||fluently||
||||スムーズに||
隣 に いる 人 が どんな 男 な の かも 知ら ない のに 、 ひどく 大胆な 自分 に 自分 で 呆 あきれた 。
となり|||じん|||おとこ||||しら||||だいたんな|じぶん||じぶん||ぼけ|
||||||||||||||bold|||||amazed|astonished
祐一 が ハンドル を 強く 握りしめた の は その とき だった 。
ゆういち||はんどる||つよく|にぎりしめた|||||
盛り上がった 拳 を 見て いる と 、 まるで 自分 の からだ が 締め 上げられて いる ようだった 。
もりあがった|けん||みて||||じぶん||||しめ|あげ られて||
|fist||||||||||tightened|||
|拳|||||||||||||
「…… ホテル に 行か ん ?
ほてる||いか|
祐一 は ハンドル を 握りしめる 自分 の 拳 を 見つめて そう 言った 。
ゆういち||はんどる||にぎりしめる|じぶん||けん||みつめて||いった
||||grips tightly|||fist||||
一瞬 、 何 を 言わ れた の か 分から ず 、 呆然と その 横顔 を 見つめて いる と 、 目 を 伏せた まま 、「 メシ や ドライブ は ……、 その あと で よ かたい 」 と 祐一 が 呟く 。
いっしゅん|なん||いわ||||わから||ぼうぜんと||よこがお||みつめて|||め||ふせた||めし||どらいぶ||||||||ゆういち||つぶやく
|||||||||dumbfounded||profile|||||||averted||||||||||||||
||||||||||||||||||伏せたまま||||||||||||||
その 顔 が 、 まるで 叱ら れる の を 分かって いる のに 、 それ でも おもちゃ を ねだる 子供 の ようだった 。
|かお|||しから||||わかって||||||||こども||
||||scolded|||||||||||begging|||
「 もう ~、 なん ば いきなり 言い よっと ぉ 」 咄嗟に 光代 は 笑い飛ばした 。
||||いい|よっ と||とっさに|てるよ||わらいとばした
|||||||spontaneously|||laughed off
とつぜん ホテル に 行きたい など と 言われて 、 動転 して いた せい も ある が 、 大げさに からだ を くねら せて 、 祐一 の 肩 を 叩 たたいた 。
|ほてる||いき たい|||いわ れて|どうてん|||||||おおげさに|||||ゆういち||かた||たた|
|||||||flustered||||||||||twisted||||shoulder||tapped|
|||||||動揺||||||||||くねくね|||||||
その 手 を 祐一 に 掴まれた 。
|て||ゆういち||つかまれた
|||||was grabbed
いつの間にか 信号 は 変わって おり 、 背後 の 車 から クラクション が 鳴らさ れる 。
いつのまにか|しんごう||かわって||はいご||くるま||||ならさ|
|||||behind||||||is sounded|
祐一 は 掴んで いた 光代 の 手 を 放し 、 ゆっくり と アクセル を 踏んだ 。
ゆういち||つかんで||てるよ||て||はなし|||あくせる||ふんだ
||grabbed|||||||||||
私 、 そんな 気 で 会い に 来 たっちゃ ない と よ 。
わたくし||き||あい||らい||||
ただ 灯台 を 見 たかった だけ 。
|とうだい||み||
いくら でも 言葉 は 浮かんだ が 、 気まず そうに 黙り 込んだ 祐一 を 前 に 、 その どれ も が 嘘 臭 感じられた 。
||ことば||うかんだ||きまず|そう に|だまり|こんだ|ゆういち||ぜん||||||うそ|くさ|かんじ られた
||||||||||||||||||lie|fishy|
「…… それ 、 本気で 言い よっと ?
|ほんきで|いい|よっ と
言い ながら 、 光代 は 胸 が 痛く なる ほど 緊張 して いた 。
いい||てるよ||むね||いたく|||きんちょう||
まるで もう 隣 に いる 男 に 服 を 脱 が されて いる ような 感じ だった 。
||となり|||おとこ||ふく||だつ||さ れて|||かんじ|
|||||||clothes||removed|(subject marker)|||||
会って まだ 十分 と 経た ない 男 の 前 で 、 こんなに も 大胆に なって いる 自分 を 、 別の 場所 から 眺めて いる ようだった 。
あって||じゅうぶん||へた||おとこ||ぜん||||だいたんに|||じぶん||べつの|ばしょ||ながめて||
||||passed||||||||bold||||||||||
祐一 は 前 を 見据えた まま 頷いた 。
ゆういち||ぜん||みすえた||うなずいた
||||focused||nodded
||||looking ahead||
何 か 言って くれる か と 待った が 、 気 の 利いた 誘い 文句 の 一 つ も ない 。
なん||いって||||まった||き||きいた|さそい|もんく||ひと|||
||||||||||quick|invitation|complaint|||||
||||||||||気の利いた|||||||
こんなに ギラギラ した 性欲 を 目の当たり に する の は 久しぶりだった 。
|ぎらぎら||せいよく||まのあたり|||||ひさしぶりだった
|intense||sexual desire||eyes|||||
|||||目の前|||||
こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、 まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、 同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車 場 で 、 とつぜん 抱きつか れた とき 以来 だった 。
||じぶん||ほっする|おとこ||みた||||こうじょう||はたらき|はじめた|||おなじ|らいん|||せんぱい|しゃいん||ざんぎょう|あけ||ちゅうしゃ|じょう|||だきつか|||いらい|
||||||||||||||||||line|||||||after||||||embraced||||
||||求める|||||||||||||||||||||||||||||||
決して 嫌いな 人 で は なかった 。
けっして|きらいな|じん|||
どちら か と 言えば 、 好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。
|||いえば|こうい||よせて||せんぱい|
||||goodwill|||||
それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。
|てるよ||ていこう||にげだした
|||resistance||
あまりに も とつぜんだった せい も ある 。
||suddenly|||
いや 、 あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲して いた せい も ある 。
|||じぶん||||||ほっして||||
|||||||||desired||||
それ を 知ら れる の が 怖かった 。
||しら||||こわかった
||||||was scared
こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、 まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、 同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車 場 で 、 とつぜん 抱きつか れた とき 以来 だった 。
||じぶん||ほっする|おとこ||みた||||こうじょう||はたらき|はじめた|||おなじ|らいん|||せんぱい|しゃいん||ざんぎょう|あけ||ちゅうしゃ|じょう|||だきつか|||いらい|
決して 嫌いな 人 で は なかった 。
けっして|きらいな|じん|||
どちら か と 言えば 、 好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。
|||いえば|こうい||よせて||せんぱい|
それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。
|てるよ||ていこう||にげだした
あまりに も とつぜんだった せい も ある 。
いや 、 あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲して いた せい も ある 。
|||じぶん||||||ほっして||||
それ を 知ら れる の が 怖かった 。
||しら||||こわかった
抱か れたい と 思って いる 自分 を 、 まだ 認める こと が でき なかった 。
いだか|れ たい||おもって||じぶん|||みとめる||||
to be held||||||||acknowledge||||
あれ から もう 十 年 以上 が 経つ 。
|||じゅう|とし|いじょう||たつ
この 十 年 、 何度 も その とき の こと を 思い出す 。
|じゅう|とし|なんど|||||||おもいだす
あの 瞬間 に 自分 が 今 の 人生 を 選んで しまった ような 気 さえ する 。
|しゅんかん||じぶん||いま||じんせい||えらんで|||き||
あの 瞬間 、 自分 が いつも 獰猛な 男 の 欲望 を どこ か で 求めて いる 女 に なって しまった ような 気 が する 。
|しゅんかん|じぶん|||どうもうな|おとこ||よくぼう|||||もとめて||おんな|||||き||
|||||fierce|||desire||||||||||||||
「…… 行って も よか よ 、 ホテル 」
おこなって||||ほてる
光代 は 落ち着いた 声 で 言った 。
てるよ||おちついた|こえ||いった
道 の 先 に 佐賀 大和 インター を 示す 標識 が 見えた 。
どう||さき||さが|だいわ|いんたー||しめす|ひょうしき||みえた
||||||||indicate|sign||
なぜ か 珠代 と 暮らす 部屋 が 浮かんだ 。
||たまよ||くらす|へや||うかんだ
不自由 の ない 部屋 だった 。
ふじゆう|||へや|
freedom||||was
居心地 の いい 部屋 だった 。
いごこち|||へや|
comfort||||
ただ その 部屋 に 「 今日 は 帰り たく ない 」 と 強く 思った 。
||へや||きょう||かえり||||つよく|おもった
佐賀 大和 インター の 入口 を 過ぎた 車 は 、 田園 地帯 を 蝶 結び する ような 高速の 高架 を くぐり 、 福岡 方面 へ と 向かって いた 。
さが|だいわ|いんたー||いりぐち||すぎた|くるま||でんえん|ちたい||ちょう|むすび|||こうそくの|こうか|||ふくおか|ほうめん|||むかって|
|||||||||countryside|area||butterfly|bow||||elevated||passed under||||||
|||||||||||||||||||くぐり抜けて||||||
よほど スピード を 出して いる の か 、 窓 の 外 を 看板 が 、 標識 が 、 まるで 千切ら れる ように 背後 へ 飛んで いく 。
|すぴーど||だして||||まど||がい||かんばん||ひょうしき|||ちぎら|||はいご||とんで|
to a great extent|||||||||||||sign|||torn||||||
||||||||||||||||千切られる||||||
「 この先 に ホテル が あるけ ん 」
このさき||ほてる|||
||||probably|
ぼ そり と 呟いた 祐一 の 声 に 、 光代 は 改めて 、「 ああ 、 これ から セックス する んだ 」 と 思った 。
|||つぶやいた|ゆういち||こえ||てるよ||あらためて||||せっくす||||おもった
sled||||||||||once again||||||||
休 耕 中 の 畑 の 向こう に 、 ラブ ホテル の 看板 が 見えた の は その とき だった 。
きゅう|たがや|なか||はたけ||むこう||らぶ|ほてる||かんばん||みえた|||||
rest|cultivation|||field||||||||||||||
光代 は ハンドル を 握る 祐一 に 目 を 向けた 。
てるよ||はんどる||にぎる|ゆういち||め||むけた
||||holding|||||
髭 は 濃く ない ようで 、 顎 に 小さな ほくろ が あった 。
ひげ||こく|||あご||ちいさな|||
beard||||||||beauty spot||
||||||||mole||
「 いつも こんな 風 に すぐ ホテル に 誘う と ?
||かぜ|||ほてる||さそう|
尋ね ながら 、 光代 は その 答え が どう で も いい ような 気 が した 。
たずね||てるよ|||こたえ|||||||き||
祐一 は 会って すぐに 、 自分 を ホテル に 誘った 。
ゆういち||あって||じぶん||ほてる||さそった
自分 は その 誘い を 受けた 。
じぶん|||さそい||うけた
それ 以外 に 確かな もの は なかった 。
|いがい||たしかな|||
|||certain|||
それ 以外 、 今 の 二 人 に 必要な もの は ない ような 気 が した 。
|いがい|いま||ふた|じん||ひつような|||||き||
「 別に よか けど ……。
べつに||
いつも こんな 風 に 誰 か を 誘っとって も 」 と 光代 は 笑った 。
||かぜ||だれ|||さそ っと って|||てるよ||わらった
|||||||inviting|||||
看板 に 隠れる ように ホテル へ 向かう 小道 が あった 。
かんばん||かくれる||ほてる||むかう|こみち||
||hidden|||||small road||
スピード を 落とした 車 が ゆっくり と 小道 を 進んで いく 。
すぴーど||おとした|くるま||||こみち||すすんで|
路肩 に 小さな 鉢植え が 並べて あった 。
ろかた||ちいさな|はちうえ||ならべて|
roadside|||potted plant|||
|||potted plant|||
ただ 、 一 つ も 花 を つけて いる 鉢 は ない 。
|ひと|||はな||||はち||
||||flower|||exists|plant pot|(topic marker)|
小道 は そのまま 半 地下 の 駐車 場 へ 通じて いた 。
こみち|||はん|ちか||ちゅうしゃ|じょう||つうじて|
インター の 入口 から ここ まで 一 台 の 車 と も すれ違わ なかった のに 、 駐車 場 は 満 車 に 近かった 。
いんたー||いりぐち||||ひと|だい||くるま|||すれちがわ|||ちゅうしゃ|じょう||まん|くるま||ちかかった
||||||||||||passed by|||||||||almost full
一 台 分 だけ 空いて いた 場所 に 車 を 停めた 。
ひと|だい|ぶん||あいて||ばしょ||くるま||とめた
祐一 が エンジン を 切った 瞬間 、 お互い が 唾 を 呑み込む 音 まで 聞こえる ほど 静かに なった 。
ゆういち||えんじん||きった|しゅんかん|おたがい||つば||のみこむ|おと||きこえる||しずかに|
||||||||spit||||||||
「 けっこう 混 ん ど る ね ?
|こん||||
無理に 静寂 を 破る ように 光代 は 声 を 出した 。
むりに|せいじゃく||やぶる||てるよ||こえ||だした
|silence||interrupt||||||
「 土曜日 や もん ね 」 と 付け加える と 、 寸法 直し の 納期 を 間違えて 客 から 苦情 を 受けた 先週 の 土曜日 の こと が 思い出さ れた 。
どようび|||||つけくわえる||すんぽう|なおし||のうき||まちがえて|きゃく||くじょう||うけた|せんしゅう||どようび||||おもいださ|
|||||||measurements|||delivery date||mistakenly|||complaint||||||||||
|||||||寸法直し|||納期|||||||||||||||
ここ まで 一方的に 来た くせ に 、 車 を 停めた とたん 祐一 が 動か なく なった 。
||いっぽうてきに|きた|||くるま||とめた||ゆういち||うごか||
||one-sided||||||||||||
抜いた キー を 握った まま 、 その 手 を じっと 見つめて いる 。
ぬいた|きー||にぎった|||て|||みつめて|
|||holding|||||||
「 部屋 、 空 い とれば いい けど ね 」
へや|から|||||
|||if taken|||
光代 は わざと 気 安い 口調 で 言った 。
てるよ|||き|やすい|くちょう||いった
||||casual|||
その 言葉 に 祐一 が 俯いた まま 、「 うん 」 と 頷く 。
|ことば||ゆういち||うつむいた||||うなずく
|||||lowered||||
「 でも ヘン な 感じよ ねぇ 。
|||かんじよ|
|||feels strange|
さっき 会った ばっかりで 、 もう こんな 所 に おる と や もん ねぇ 」
|あった||||しょ||||||
光代 の 声 が 閉ざさ れた 車 内 に こもった 。
てるよ||こえ||とざさ||くるま|うち||
||||closed|||||
||||閉ざされた|||||
こんな こと 、 なんでもない と 思えば 思う ほど 、 自分 の 声 が 弱々しく なった 。
||||おもえば|おもう||じぶん||こえ||よわよわしく|
|||||||||||weakly|
||nothing||||||||||
その とき だった 。
とつぜん 祐一 が 、「…… ごめん 」 と 小さく 呟いた のだ 。
|ゆういち||||ちいさく|つぶやいた|
「 なんで 謝る と ?
|あやまる|
あまりに も とつぜんの 謝罪 に 、 光代 は 一瞬 うろたえた 。
|||しゃざい||てるよ||いっしゅん|
|||apology|||||flustered
||||||||動揺した
何 を 謝られて いる の か 分から ず 、 頭 が 混乱 した 。
なん||あやまら れて||||わから||あたま||こんらん|
||being apologized to||||||||confused|
「 謝る こと ないって 。
あやまる||ない って
正直 、 あまりに も いきなり 誘われて びっくり した けど 、 女 だって ね 、 そういう 気持ち に なる こと は ある と よ 。
しょうじき||||さそわ れて||||おんな||||きもち|||||||
そういう 気持ち に なる けん 、 誰 か と 出会いたいって 思う こと だって ある と よ 」 咄嗟に 出て きた 言葉 だった 。
|きもち||||だれ|||であい たい って|おもう||||||とっさに|でて||ことば|
||||||||want to meet|||||||spontaneously||||
言い ながら 、 こんな 科白 を 口 に して いる 自分 が 、 まるで 自分 じゃ ない ようだった 。
いい|||せりふ||くち||||じぶん|||じぶん|||
言い換えれば 、「 女 だって セックス したい とき が ある 、 セックス が し たくて 、 男 を 求める こと も ある 」 と 、 会った ばかりの 男 に 言って いる のだ 。
いいかえれば|おんな||せっくす|し たい||||せっくす||||おとこ||もとめる|||||あった||おとこ||いって||
in other words|||||||||||||||||||||||||
祐一 に 真っすぐに 見つめられた 。
ゆういち||まっすぐに|みつめ られた
|||stared at
|||stared at
その 目 が 何 か 言い た そうだった 。
|め||なん||いい||そう だった
自分 の 顔 が 赤く なって いる の が 分かった 。
じぶん||かお||あかく|||||わかった
職場 の 人 たち みんな に 盗み聞き されて いる ようだった 。
しょくば||じん||||ぬすみぎき|さ れて||
workplace||||||eavesdropping|||
今 の 職場 の 人 だけ で なく 、 工場 時代 の 同僚 たち や 、 高校 時代 の 同級 生 たち に も 聞か れ 、 みんな から 笑われて いる ようだった 。
いま||しょくば||じん||||こうじょう|じだい||どうりょう|||こうこう|じだい||どうきゅう|せい||||きか||||わらわ れて||
||||||||||||||||||||||||||laughed at||
「 と 、 とにかく 行って みよう よ 。
||おこなって||
もしかしたら 満室 かも しれ ん し 」
|まんしつ||||
|fully booked||||
二 人きり の 車 内 から 逃げ出す ように 光代 は ドア を 開けた 。
ふた|ひときり||くるま|うち||にげだす||てるよ||どあ||あけた
開けた とたん 、 底冷え する 駐車 場 の 冷気 が 流れ込んだ 。
あけた||そこびえ||ちゅうしゃ|じょう||れいき||ながれこんだ
||chilly|||||chill||