三 姉妹 探偵 団 01 chapter 11 (1)
11 疑わしき は 愛す べ から ず
犯人 は 追いつめ られて いる 。
夕 里子 は 、 神田 初江 の 死体 が 運び出さ れる の を 見 ながら 、 思った 。 一 つ の 犯行 を 隠す ため に 、 次 から 次 へ と 新たな 犯行 を 重ねて いる のだ 。
「 これ で はっきり した 」
と 、 国友 が 言った 。 「 犯人 は 君 の お 父さん じゃ ない 。 神田 初江 の 言葉 を 恐れた から こそ 、 犯人 は 彼女 を 殺した んだ 。 それ に 、 綾子 さん が ここ へ 来る の を 知って 、 先回り して 殺した の に 違いない 」
「 パパ じゃ ない こと ぐらい 前 から 分 って る ! と 、 夕 里子 が ふくれた 。
「 いや 。 そりゃ そう だ けど 、 客観 的に も 、 って こと だ よ 」
「 段々 絞ら れて 来る 、 って いう 気 が する わ 」
「 そう だ な 。 綾子 さん が 電話 を 受けて いる の を 聞いた 人間 、 と いう こと は 、 あの とき 、 片瀬 家 に いた 人間 と いう こと に なる 」
「 うち の 近所 の 人 ? ── 信じ られ ない わ ! 夕 里子 も 同じ こと を 考えて いた のだ が 、 他の 人間 の 口 から 聞か さ れる と 、 あまりに 突飛な 意見 に 思える のだった 。
もう 夕方 に なって いた 。 片瀬 家 に 戻って 、 事件 の こと を 聞き 、 駆けつけて 来た のである 。
アパート の 周囲 に 報道 陣 や TV カメラ が ごった返し 、 野次馬 も 何 十 人 か 集まって いた 。
記者 が 集まって いる 一角 は 、 綾子 と 珠美 が 取り囲ま れて いる のである 。
「 でも 、 よかった 、 二 人 と も 無事で 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 その 、 後 から 入って 来た の が 気 に なる ね 」
と 国友 は 考え込み ながら 、「 犯人 が 戻って 来た んだ と する と 、 何の ため か ? 「 何 か 、 手がかり に なる 物 を 残して いた んじゃ ない かしら 」
「 それ を 二 人 が 見て て くれる と ありがたい んだ が ね 」
やっと 記者 たち に 解放 さ れた 綾子 と 珠美 が やって 来た 。
「 ああ 疲れた 。 でも 気分 悪く ない わ ね 、 注目 さ れる の 、 って 」
呑気 な こと を 言って いる の は 、 もちろん 珠美 である 。 綾子 の 方 は 今頃 に なって 青く なって いる 。
「 詳しい 調書 を 取る んです って 。 もう しゃべり 疲れた わ 。 それ に お腹 空いちゃ った 」
国友 が 笑い 出した 。
「 いや 、 いい 度胸 だ ねえ 。 よし 、 ちょっと 待って いた まえ 」
国友 が 、 地元 署 の 刑事 の 方 へ 話 を し に 行って 、 すぐに 戻って 来る 。 「── 了解 を 取って 来た よ 。 四 人 で 夕飯 を 食べよう 」
「 わ あ 、 おごって くれる んです か ? 珠美 は 嬉し そうに 手 を 打って 、「 これ で 今夜 の 食事 代 、 浮いた わ ! 夕 里子 は 恥ずかし さ に 赤く なって 、 珠美 を にらみつけた 。
ごちそう に なる と は いえ 、 刑事 の 給料 は 知れて いる 、 と いう わけで 、 四 人 は 近く の チェーン ・ レストラン へ 入った 。 ここ なら 値段 の 方 も 大した こと は ない 。
「── これ まで に 分 った こと を 整理 して みる と いい かも しれ ない わ ね 」
食事 が 一 段落 した ところ で 、 夕 里子 が 言った 。
「 名 探偵 の お出まし 」
と 珠美 が ケーキ に かぶり つく 。
「 からかわ ないで よ 。 ── いい 、 ともかく 、 パパ は 植松 課長 の 命令 で 、 長田 洋子 と いう 女性 と 、 どこ か へ 出かけた 。 その 行 先 は 不明 。 そして 、 なぜ 帰って 来 ない の かも 不明 。 水口 淳子 を 殺した の は 、 彼女 の 愛人 で 、 その 男 は 、 神田 初江 の 話 に よる と 、 がっしり した 感じ で 、 奥さん が いる 。 そして 、 その 男 は 、 うち の 鍵 を 持って いる か 、 合 鍵 を 造る 機会 を 持って いた 。 しかし 、 あの 晩 、 パパ が うち に い ない こと まで は 知ら なかった 」
「 と いう こと は 、 ともかく 犯人 は 割合い に 近く に いる わけ ね 」
珠美 が 言った 。
「── この ケーキ 、 バター クリーム だ わ 」
「 その 点 は 、 まず 間違い ない と 思う わ 。 今日 の 事件 に して も 、 神田 初江 が 姉さん へ 電話 して 来た の を 、 犯人 は きっと 片瀬 家 で 聞いて いた んだ と 思う の 。 つまり 、 あの 葬儀 に 来て いた 誰 か だ と いう 可能 性 が 強い わけ ね 」
「 じゃ 、 私 たち 、 殺人 犯 と 顔つき 合わせて た わけ ? や あだ ! 珠美 は ケーキ を 平らげて 息 を ついた 。
「 お 姉さん 、 大丈夫 ? と 、 夕 里子 が 言った 。 綾子 は 、 ぼんやり と 考え込んで いる 様子 だった が 、
「 え ? ああ …… 大丈夫 よ 。 何でもない わ 」
と 、 食べ かけ の ハンバーグ に ナイフ を 入れた 。
「 一 つ ひっかかって いる の は 、 片瀬 紀子 さん の 殺さ れた 件 な んだ けど 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 何 か 関係 ある と 思って る わけ ? 「 確信 は ない んだ けど ね 。 でも 、 考えて みて 。 水口 淳子 を 殺した 犯人 が 近く に いて 、 他 に 敦子 の お 母さん を 殺した 犯人 が いる なんて ……。 ちょっと 妙な 気 が し ない ? 「 そう か 」
と 珠美 が 肯 いた 。 「 あの 辺 、 その 手 の 人 が 集まって る んじゃ ない ? 「 変な こと 言わ ないで よ 」
「 もし 同一 犯人 と した 場合 、 犯人 は 片瀬 紀子 を も 誘惑 して いた こと に なる ね 」
と 国友 が 言った 。
「 あの 電話 の 声 から する と 、 変質 者 めいて た けど ……」
「 近く の 人間 の 声 なら 、 お 姉ちゃん 、 分 る んじゃ ない の ? 「 あんな 話し 方 さ れたら 分 ら ない わ よ 。 だから 、 犯人 が 一 人 と すれば 、 きっと 奥さん と 巧 く 行って ない んじゃ ない かしら 。 そして 水口 淳子 と 浮気 して いた 。 一方 で 、 どこ か 変質 的な 裏 の 顔 を 持って いて 、 ああして 、 近所 の 主婦 へ 誘い を かけて 楽しんで いた ……」
「 あの 手 の 電話 は 多い んだ よ 。 しかし 、 普通 は 電話 だけ で 終る わけだ 。 それ に ひっかかって しまった の は 、 たぶん 片瀬 さん の 所 も 、 夫婦 間 に 問題 は あった んだろう な 」
「 男女 の 仲 は 分 んな いもん よ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 気 に なる の は 、 片瀬 紀子 さん の バッグ が 失 く なって た こと だ な 。 物 盗 り に 見せる ため か 、 それとも 何 か 欲しい 物 が あった の か ……」
綾子 が 急に 、
「 喪章 ! と 叫んだ 。
「 な 、 何 よ 、 お 姉さん ! びっくり した 」
「 コショー が 欲しい の ? じゃ 取って あげる 」
と 珠美 が 手 を 伸ばす 。
「 違う わ よ ! あの 神田 さん が 押入れ の 中 で 手 に つかんで いた の よ 」
「 何 を ? 「 喪章 よ 、 黒い 腕章 」
「 確か かい ? 国友 は 腰 を 浮かして いた 。
「 はい 、 ぼんやり 見て ました けど 、 何となく 妙な 物 を つかんで る な 、 と 思った の を 憶 えて い ます 」
「 よし 、 まだ 残って いる か どう か 、 調べて みよう 」
国友 は 電話 へ 走った 。
「 なかった わ ね 、 私 の 見た とき は 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 犯人 が 戻って 来た の は 、 その せい か 」
「 喪章 が なくなって いる の に 気付いた って こと ? 「 そう 。 たぶん 、 神田 初江 は 犯人 と もみ合って いる 内 に 、 夢中で 喪章 を つかんで いた の ね 」
「 ますます 確定 的 ね 」
と 、 珠美 は 言った 。 「 喪章 を つけて いた と なれば 、 あの 葬式 に 来て いた こと は 間違い ない わ 。 それ も みんな が みんな 、 つけて いた わけじゃ ないし 」
夕 里子 は 、 ゆっくり 肯 いた 。
〈 OL 殺人 ── 犯人 は 別に ! 第 二 の 犠牲 者 か 〉
新聞 の 見出し に 、 夕 里子 は 微笑んだ 。
「 よかった わ ね 、 夕 里子 」
と 、 敦子 が 覗き込み ながら 、 肩 を 抱いた 。
「 喜んで も い られ ない わ 。 また 人 が 殺さ れて 、 それ に パパ が どう して る の かも 分 ら ないし ……」
夕 里子 は 新聞 を たたんで 、「 ねえ 、 敦子 」
「 ん ? 「 私 たち 、 三 人 と も ここ に いつまでも 厄介に なって いる わけに いか ない し 、 どこ か で アパート でも 借りよう か と 思う んだ けど 」
「 いや ね 、 何 言う の よ ! いつまで だって いて いい んだ から ! 敦子 は 、 夕 里子 と 並んで ソファ に 座る と 、 手 を 握りしめて 、「 あなた に 出て 行か れたら 、 寂しく って 死んじゃ う わ 」
「 ありがとう 。 でも ね …… パパ が もし 死んで る と したら 、 やっぱり 三 人 姉妹 で 何とか 生きて か なきゃ いけない と 思う んだ 。 ── じゃ 、 悪い けど 、 それ まで は ここ に 置いて もらう わ 」
「 構わ ない わ よ 、 もちろん ! 敦子 が 微笑み ながら 言った 。
「 敦子 ちゃん 」
居間 の ドア が 開いて 、 黒 服 の 婦人 が 顔 を 出した 。
「 あ 、 叔母さん 」
「 じゃ 、 私 、 失礼 する わ ね 」
「 どうも 色々 すみ ませ ん でした 」
「 お 父さん と 二 人 で 寂しい だろう けど 、 元気 出して ね 。 時々 来る から 」
「 はい 」
「 あ 、 そうだ 。 それ から 、 佐々 本 さん 、 って ここ に いらっしゃる ? 夕 里子 が 立ち上って 、
「 私 です けど ……」
「 あ 、 そう 。 これ ね 、 今日 、 お 葬式 の 最中 に 小包 が 来た の 。 何 か この 住所 の 家 、 焼けて なく なっちゃ った みたいだ と か で 、 ご 近所 で 訊 いたら 、 ここ に いる と いわ れて 、 って 話 だった わ 」
「 すみ ませ ん でした 、 どうも ……」
夕 里子 は 、 小さな 箱 を 受け取った 。 何 だろう ? 小包 用 の 紙 に 包ま れて 、 紐 を かけて ある 。
「── お 姉ちゃん 」
珠美 が 顔 を 出した 。
「 どうした の ? 「 綾子 姉ちゃん が い ない の よ 」
「 どこ に 行った の ? 「 知って りゃ 訊 か ない よ 」
それ も そう だ 。
「 分 った わ 」
大学生 な んだ から 、 別に 心配 する こと は ない と 思う が 、 ただ 、 こんな 時期 である 。 外 を 歩き回ったり する の は 危険だ と 当人 だって 分 って いる だろう に 。
「 ちょっと 表 を 捜して みよう ……」
夕 里子 は 、 小包 を ソファ の 上 に 置いて 、 居間 を 出た 。
すっかり 外 は 暗く なって いる 。 まだ 近所 の 人 は 何 人 か 残って 、 後片付け を して いる ようだった 。
「 どこ に 行った の か な ……」
道 へ 出て 、 夕 里子 は 左右 を 見た 。 そして 、 ふっと 何 か 思い付いた 様子 で 、 暗い 道 を 歩き 始めた 。
綾子 は 、 安東 の 腕 に 抱きしめ られて 、 息苦しい ような 陶酔 に 浸って いた 。 本当に 、 もう このまま 死んで も いい 、 と さえ 思った 。
「 先生 ……」
暗い 道 の 外れ 、 木々 の 陰 で 、 こうして 人目 を 忍び ながら 会って いる と いう 、 いささか の スリル が 、 いっそう 綾子 の 胸 の 火 に 油 を 注いで いる のだった 。
「 君 は 可愛い 子 だ ……」
安東 は 、 そっと 綾子 の 顔 を 両手 で 挟む と 、 持ち上げて 唇 に キス した 。 綾子 は かすかに 身震い して 、 安東 の 背 に 手 を 回した 。
「 いやな こと ばかり だ なあ 、 この世 は 」
安東 が 、 沈んだ 声 で 言った 。
「 先生 、 どうして そんな こと 言う んです か ? 「 そう じゃ ない か 。 人殺し だの 、 何 だの って いやに なら ない かい ? それでいて 、 心 を 慰めて くれる もの は 一 つ も ない 」
「 私 でも だめ ? 安東 は 、 綾子 を 抱きしめて 、
「 君 が ずっと そば に いて くれたら ……」
と 囁く ように 言った 。
「 私 だって …… 先生 の そば に い たい 」
綾子 が 安東 の 胸 に 顔 を 埋め ながら 言った 。
「 本当に …… そう 思って る の かい ? 「 ええ ! 安東 が 、 ほとんど 荒々しい ほど の 力 で 、 綾子 を 抱きしめた 。 今 まで に 経験 した こと の ない 、 目 の くらむ ような 興奮 が 、 綾子 を 巻き込んだ 。
「 綾子 …… 君 は 僕 と …… ホテル に 行く 気 は あるか い ? いくら 綾子 でも 、 ホテル へ 行って 、 ジャンケン を しよう と か 、 テニス を しよう と いう わけで ない の は 承知 して いる 。 しかし 、 今 なら 、 安東 と 二 人 、 たとえ 南極 へ だって 行く 気 に なって いた 。 ホテル ぐらい が 何 だろう 。 間 に 海 も 山 も ない のだ 。
「 はい ! と 、 綾子 は 答えた 。
「 本当 か ? 「 先生 と なら 、 構い ませ ん 」
安東 は もう 一 度 、 力強い キス の 雨 を 降ら せた 。 まるで 抵抗 力 ゼロ の 綾子 に とって は 、 立って いる の も 容易で ない ほど の 、 目 の まわる ような 体験 であった 。
「 じゃ 、 明日 、 僕 は 学校 は 午前 中 だけ な んだ 。 午後 、 会い たい 」
「 はい 」
「 構わ ない の か ? 「 構い ませ ん 」
綾子 が 、 何事 に よら ず 、 こんなに はっきり 返事 を する の は 、 珍しい こと だった 。
「 よし 。 ── じゃ 、 もう 帰ら ない と 、 君 の 妹 たち が 心配 する ぞ 」
「 ええ 。 じゃ 明日 ……」
「 学校 へ 電話 して くれ ない か 。