三 姉妹 探偵 団 01 chapter 14 (1)
14 闇 の 中 の 愛
「 こちら です 。 どうぞ ご ゆっくり 」
明り が つく と 、 ドア の 閉る 音 が した 。
「 こりゃ 凄い や 」
と 、 安東 が 言った 。
そろそろ と 顔 を 上げた 綾子 は 、 目 を パチクリ さ せた 。
もちろん 綾子 も 普通の ホテル なら 泊った こと が ある 。 ラブ ・ ホテル だって 、 週刊 誌 の 写真 なんか で 見た こと は ある 。
しかし 、 こんなに キンキラキン と は 思わ なかった 。 大きな 鏡 、 金色 の ベッド カバー 、 シャンデリア ……。 まるで ネオンサイン の 中 へ でも 迷い こんで しまった ようだ 。
「 さあ 、 寛ごう じゃ ない か 。 ビール ぐらい 飲める んだろう ? 「 いえ 、 私 、 全然 ──」
「 少し 酔った 方 が いい よ 。 さあ 、 座ろう 」
ソファ に 座って も 、 何 か 居心地 が 悪い 。 綾子 が モジモジ して いる と 、 ドア が ノック さ れて 、 ビール が 運ば れて 来た 。
コップ に たっぷり と 注が れ 、
「 乾杯 」
と 来て は 、 飲ま ない わけに も いか ず 、 綾子 はぐ いと 一口 飲んで 、 苦 さ に 目 を 白黒 さ せた 。
頰 が たちまち ほてって 来る 。 動 悸 が して 、 目 が 回り そうだ 。
何しろ アルコール は まるで だめな のである 。
「── こっち へ おいで 」
と 安東 が 、 自分 の 座って いる 長 椅子 で 体 を ずらした 。
言わ れた 通り に 、 並んで 腰 を おろす と 、 安東 が 抱き 寄せて 、 キス して 来る 。 アルコール の せい も あって か 、 もう 初め から 、 燃え 立つ ような 熱気 が 、 綾子 を 包み込んで いた ……。
今日 の 抱擁 は 、 今 まで と は 違って いた 。 ただ 、 力強い だけ で なく 、 優しかったり 、 荒々しかったり した 。 綾子 は もう 何 が どう なって いる の か 、 分 ら なく なった 。
「── 後悔 し ない か ? 耳 もと で 、 安東 が 囁いた 。
「 はい ……」
綾子 は 答えた 。 だが 、 本当 は 何 を 言わ れて いる か 、 よく 分 ら なかった のである 。
ともかく 、 ここ まで 来て しまった のだ 。 もう 後戻り は でき ない 。
不意に 、 安東 が 離れた 。
「 シャワー を 浴びて おいで 」
「 ええ ……」
「 こっち だ 」
手 を 取って 立た せる と 、 奥 の ドア を 開ける 。 やたら だだっ広い バス ルーム だった 。
「 二 人 で 入る ように なって る んだ 」
と 安東 は 言った 。
「 一緒に 入る かい ? 「 それ は ……」
と うつむいて しまう 。
「 分 って る よ 。 じゃ 、 さっぱり し なさい 。 君 が 出たら 、 僕 が 入る 。 その 間 に ベッド へ 入って おいで 」
綾子 は コックリ 肯 いた 。
一 人 に なる と 、 綾子 は 、 よろけて 倒れ そうに なり 、 あわてて 壁 に 手 を ついた 。
「 しっかり し なきゃ ……」
決心 した んだ 。 もう 、 覚悟 を 決めて ある んだ !
脱衣 かご の 前 で 、 綾子 は 服 を 脱いだ 。 浴槽 の 中 に 立って 、 コック を ひねる と 、 お 湯 が 雨 と なって 降って くる 。 あわてて 、 後ろ に 退 がり 、 シャワー の ノズル を 取って 、 全身 に 湯 を 流して 行った 。
ちょうど いい 熱 さ だ 。 ── ふと 横 を 見る と 、 大きな 鏡 が 、 壁面 一 杯 に はめ込ま れて いて 、 ギクリと した 。
ちょっと 肉付き の 豊かな 、 裸体 が 映って いる 。 まるで 、 自分 で は ない ようで 、 他人 の 裸 を 盗み 見て いる ような 、 きまり 悪 さ が あった 。
でも …… これ で いい の かしら ? 安東 先生 の もの に なって 、 いい のだろう か ?
今さら 迷って も 仕方ない 。 もう 総 て 、 先生 に 任せて おけば いい んだ ……。
シャワー を 浴び ながら 、 綾子 は 目 を 閉じて いた 。
安東 は 、 綾子 の 裸 身 を 、 ソファ に 座って ビール を 飲み ながら 眺めて いた 。 壁 の 鏡 が 、 室 内 から は 素 通し の ハーフミラー に なって いる のだ 。
カーテン が 引いて ある ので 分 ら ない が 、 こうして 開ける と 、 バス ルーム の 中 が 見える と いう わけである 。
安東 は 、 口元 に 笑み を 浮かべ ながら 、 じっと 綾子 の 裸 を 見つめて いた が 、 綾子 が シャワー を 止め 、 バス タオル で 体 を 拭い 始める と 、 立って 行って 元 の 通り に カーテン を 閉めた 。
少し して 、 ドア が 開き 、 バス タオル を 体 に 巻きつけた 綾子 が 出て 来た 。
「 きれいだ よ 」
安東 は 綾子 を 抱いて キス した 。 バス タオル が 落ち そうに なって 、 綾子 は あわてて 押えた 。
「 じゃ 、 僕 も シャワー を 浴びて 来る 。 君 は ベッド に 入って 待って い なさい 」
「 はい 」
安東 が バス ルーム に 入って 行く と 、 綾子 は 大きく 息 を ついた 。 恐る恐る ベッド へ 近付く 。
三 、 四 人 も 寝 られ そうな 、 大きな ベッド だった 。
それ から 、 思い付いて 、 急いで 入口 の ドア の 方 へ 走った 。 室 内 の 明り を 消す と 、 ドア の 下 だけ が 、 ほのかに 明るく なって 、 後 は 闇 に 包ま れた 。
綾子 は 、 そろそろ と ベッド の 方 へ 歩み寄り 、 腰 を おろした 。 ── バス ルーム から 、 シャワー の 音 が 聞こえて 来る 。
綾子 は 立ち上る と 、 バス タオル を 足下 に 落として 、 ベッド の 中 へ 滑り込んだ 。
安東 は 、 腰 に バス タオル を 巻いて 、 バス ルーム を 出て 来た 。
一瞬 、 部屋 が 真 暗 な のに 戸惑った 。
「 何 だ 、 明り を 消した の かい ? と 笑い ながら 声 を かける 。
「 恥ずかしい ……」
ベッド から 、 低い 声 が した 。
「 そう か 。 ── いい よ 、 それ じゃ 消して おこう 。 でも 、 後 で 、 ゆっくり 君 の 体 を 見せて くれる ね 」
「 ええ ……」
安東 は 、 バス ルーム の ドア を 閉めた 。 部屋 は 、 すっかり 暗く なった 。
「 これ じゃ どこ に ベッド が ある か 分 ら ない な ……」
安東 が 苦笑 し ながら 言った 。 「 今 行く から な 」
バス タオル を 投げ捨てる と 、 安東 は 見当 を つけて 、 歩いて 行った 。 ベッド へ ぶつかる と 、 そっと 手 を 這わ せる 。
毛布 の 、 こんもり と した 膨み に 出会った 。
「 震えて る の かい ? 大丈夫だ 。 怖い こと なんか ない よ 」
安東 は ベッド へ 入り込む と 、 奥 へ 進んだ 。 滑らかな 肌 に 、 手 が 触れた 。
「 大丈夫だ 。 ── 楽に して 。 リラックス して れば いい んだ よ 」
安東 は 、 柔らかい 裸体 を 抱きしめた 。 震える ような 息づかい が 聞こえて 来る 。
急に 、 身 を よじって 、 安東 の 手 から 、 裸 身 が 脱け出した 。
「 おい 、 どうした ん だ ? と 安東 は 言った 。
床 に 何 か の 動く 音 が した 。
「 どうした ? 怖い の か ? ── 大丈夫だ よ 。 戻って おいで 」
安東 は 起き上って 、 部屋 の 中 を 見回した 。 ── ごく わずかだ が 、 白い 姿 が 、 動く の が 、 目 に 入った 。
「 そこ に いる ね 。 さあ 、 こっち へ 来る んだ 」
「 いや ……」
と 囁く ような 声 が 返って 来る 。
「 何 を 言って る んだ 。 もう 決心 した んじゃ ない か 」
安東 は ちょっと 苛立った 声 を 出した 。 「 さあ ! ふっと 、 見えて いた 白い 影 が 消えた 。
「 どこ だ ? 安東 は 、 ナイトテーブル を 手 で 探った 。 スタンド が ある 。 これ を 点ければ 。 ── 手 に 触れて 、 探る と 紐 が あった 。
紐 を 引く 。 しかし 、 スタンド は 点か なかった 。 ── 故障 か ? 畜生 !
カチャカチャ と 、 何度 も 紐 を 引いた が 、 スタンド は 点か なかった 。
「 こいつ め ! 手 で はたく と 、 スタンド が 倒れて 音 を 立てた 。
「 おい ! いつまで 隠れて る つもりな んだ ? 子供 じゃ ない だろう 。 何 を 今さら 怖がって る んだ ? 安東 は 、 ニヤッ と 笑う と 、「 よし 。 ── それ なら 、 取 っ 捕まえて やる 。 待って ろ よ 」
と 、 ベッド から そっと 脱け出した 。
じっと 闇 の 中 へ 目 を こらす 。 何 か が 動く 物音 が した 。
「 いた な ! 安東 は その 方向 へ と 走った 。 椅子 が 正面 に あった 。 それ に まともに ぶつかって 、 安東 は 椅子 ごと 引っくり返って いた 。
「── 畜生 ! どこ だ ? 起き上る と 、 安東 は 怒鳴った 。 ── そう だ 、 部屋 の 明り の スイッチ !
ドア の 所 だけ は 、 廊下 の 明り が 少し 洩 れて 明るく なって いる 。 安東 は 素早く 近付く と 壁 へ 手 を 這わ せた 。 スイッチ …… スイッチ ……。
「 あった ぞ 。 ── さあ 、 どこ に 隠れて る ? 今 、 見つけ出して やる から な 」
スイッチ を 押した 。 カチッ と 音 が して ── 明り は 一 つ も 点か ない 。
何 だ 、 これ は ? どう なって る んだ ?
その とき 、 右 の 奥 で 、 机 が ゴトッ と 動いた 。 あそこ だ 。 安東 は 足早に 進んで 行った 。 足 が 何 か に 引っかかって 、 安東 は 前 のめり に 転んだ 。
何 か 硬い もの が 額 に 当って 、 安東 は 思わず 声 を 上げた 。
「 ああ ……。 痛い 、 畜生 ! ── おい ! いい加減に しろ ! 安東 は 立ち上った 。 声 が 震えて いた 。
「 お前 みたいな 小 娘 に 馬鹿に さ れて 黙って る と 思う の か ? 見付けたら 縛り 上げて 泣き わめく まで 殴って やる ぞ 。 分 った か ! 安東 は 息 を 弾ま せ ながら 、 じっと 立って 、 暗がり の 中 へ 視線 を 投げかけ 、 ゆっくり と 巡らせて 行った 。
「 俺 を なめる な よ ……。 いざ と なれば 何 を する か 分 ら ない んだ ぞ 」
カチッ 、 と 、 どこ か で 音 が した 。 「 どこ だ ? おい ! 突然 、 何 か が 飛んで 来て 、 安東 の 膝 に 当った 。 アッ と 声 を 上げて 、 安東 が 膝 を かかえて うずくまる 。
「 やった な ! 出て 来い ! 安東 の 顔 は 怒り に 歪んで いた 。 「 殺して やる ! 本気だ ぞ ! 俺 は あの 女 だって 殺して やった んだ ! 殺さ れ たく なかったら 、 おとなしく 出て 来て 、 手 を ついて 謝れ ! 俺 に ああ しろ こう しろ と 命令 したり 、 反抗 し や がった 奴 は ただ じゃ おか ない ! さあ 、 出て 来い ! 安東 は 怒鳴り まくった 。 ── 不意に 、 暗がり の 奥 に 、 ポッ と 白い 光 が 射 した 。
安東 は 、 目 を 見張った 。 ── そこ に 全裸 で 立って いる の は 、 綾子 で は なかった 。
夕 里子 が 、 立って いた のだ 。
「 貴 様 ……」
「 あなた が 殺した んです ね 、 水口 淳子 さん を 」
遠い 声 に 聞こえた 。
「 俺 を …… 騙した な ! 安東 は 、 夕 里子 へ 向 って 猛然と 突進 した 。
── バシッ と いう 鋭い 音 が して 、 夕 里子 の 前 に 、 白い 網目 の 模様 が 広がった 。 安東 が 、 その 場 に 崩れる ように 倒れた 。
部屋 の 明り が ついた 。
夕 里子 は バスローブ を はおって 、 バス ルーム から 出て 来た 。
安東 は 、 ひび割れた ハーフミラー の 前 に 倒れて いる 。
国友 が 、 ソファ の 陰 から 立ち上って 、 安東 の 方 へ 歩み寄る と 、 かがみ 込んだ 。
「── 気 を 失って る だけ だ 。 大丈夫 。 君 は 何とも ない の ? 夕 里子 は 、 肯 いた 。
ベッド の 下 から 、 綾子 が 頭 だけ 出した 。
「 夕 里子 ……」
「 お 姉さん 、 もう 済んだ よ 」
「 あの 人 は …… 人殺し だった の ね 」
「 一種 の 二 重人 格 じゃ ない の か な 。 女 が 言う なり に なって いる とき は いい が 、 逆らう と 人 が 変った ように 乱暴に なった んだろう 」
「 大丈夫 、 お 姉さん ? 「 うん ……」
綾子 は シクシク 泣き出した 。 「 私 …… 馬鹿だった ……」
「 やめ な よ 。 長女 でしょ 。 しっかり して 」
「 夕 里子 が い なきゃ 、 私 なんて 何も でき ない わ 」
「 そんな こと 言って ないで 、 ベッド の 下 から 出て らっしゃい 」
「 ずっと ここ に いる 」
「 馬鹿 ね 」
と 、 夕 里子 は 笑った 。
「 だって 、 裸 な んだ もの 」
「 あ 、 そう か 。 今 、 服 を 取って 来る 。 ── 国友 さん 」
「 何 だい ? 「 その 犯人 を かついで 外 へ 出て て 下さい な 。 レディ たち の 着替え です から 」
「 あ 、 そう か 。 でも 君 の 裸 を さっき 見そこな っち まったん だ 。 何なら アンコール で ──」
夕 里子 が ソファ の クッション を 国友 めがけて 投げつけた 。
刑事 が 何 人 か ホテル へ 駆けつけて 来て 、 安東 も 連行 さ れて 行った 。
夕 里子 と 綾子 は 、 派手な 部屋 の 中 を 見回して 、
「 凄い ねえ 」
と 改めて 感心 して いた 。
「 おい 、 君 たち 」
国友 が ドア を 開けて 入って 来た 。 「 ホテル の 方 に も 礼 を 言 っと か ない と な 。 照明 を うまく やって くれた から 。 ── 今 、 連絡 が あった よ 。 安東 岐子 が 自首 して 出た そうだ 」
「 自首 ? 「 夫 の 犯罪 を 知っていた んだ な 。 そして 神田 初江 の 口 から それ が 洩 れる の を 恐れて 、 彼女 を 殺した 」
「 じゃ 、 安東 先生 は 、 水口 淳子 を 殺して ──」
「 片瀬 紀子 も 、 だ 。 バッグ が 家 の 押入れ に あった 」
「 それ も 奥さん は 知って た の ね 」
「 そして 、 真相 に 気付いた 珠美 君 を 殺そう と した 」
「 珠美 を ? 夕 里子 と 綾子 は 飛び上った 。
「 珠美 は ? 大丈夫な の ? そこ へ ドア が 開いて 、 当の 珠美 が 飛び込んで 来た 。
「 ヒロイン 登場 ! 「 珠美 ! ── ああ びっくり した 」
と 、 二 人 は 胸 を 撫でおろした 。
「 へ へ ……。 一躍 、 有名 人 だ もん ね 」
珠美 は 、「 これ 見て 」
と 、 首 に 巻いた 布 を 指さした 。
「 どうした の ? 「 首 絞め られた の 。 でも 、 結局 、 あの 奥さん 、 泣き出しちゃ って ね 、 だめだった の よ 」
「 全く もう ! 死んで た かも しれ ない の よ ! 夕 里子 は 珠美 を 抱きしめた 。 綾子 が 、 また 泣き出した 。 今度 は 嬉し泣き である 。
「 でも …… そんな 馬鹿な こと ! と 、 夕 里子 は 言った 。