三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 12 (1)
12 汚れ なき 綾子
夕 里子 は 、 講堂 から 外 へ 出る のに 、 少し 手間取った 。
何といっても 、 自分 の 学校 じゃ ない のだ から 、 そう そう 勝手 が 分 る わけで は ない 。
重い 扉 を パッと 開けて 出る と 、 そこ から 地面 に 降りる 階段 が 三 段 くらい あって 、 前 に つんのめって しまった 。
「 あ 、 あ ……」
と 、 勢い が ついて そのまま 直進 。
そこ は 講堂 の 裏手 に 当る 所 で 、 枯草 が 腰 ぐらい まで も のびて いた 。
夕 里子 が その 中 へ 、 前 のめり に なって 駆け込んで 行く と 、 何 か に ドシン 、 と 突き当った 。
「 わっ! 「 キャッ !
と 、 同時に 声 が 出て ── 気 が 付いて みる と 、 夕 里子 は 、 国友 刑事 の 上 に 重なる ような 格好で 、 鼻 を 突き合せて いた のである 。
「 国友 さん !
「 君 か 。
── ああ びっくり した 」
「 こっち も よ !
二 人 は 、 やっと 起き上った 。
「── 痛かった ?
「 いや 、 凄い タックル だった よ 」
と 国友 は 頭 を 振った 。
「 何 を して たんだい ? アメリカン ・ フットボール の 練習 ? 「 違う わ よ !
と 、 夕 里子 は 憤然 と して 言った 。
「 お 姉さん を 殺そう と した 犯人 を 追いかけて ──」
「 何 だって ?
国友 は 声 を 上げた 。
「 残念 ながら 、 逃げ られた みたいだ わ 」
と 、 夕 里子 は 肩 で 息 を した 。
「 国友 さん 、 どうして ここ に ? 「 うん 、 実は さっき 大津 和子って 、 例の 一 年生 の 女の子 を 、 校 内 放送 で 呼び出した んだ 。 そ したら 、 学生 部 の 事務 室 へ 電話 が あって 、 ここ で 待って る から 、 来て くれ 、って いう んで ……」 「 でも 、 どうして 、 そんな 所 に 隠れて た の ? 「 隠れて た んじゃ ない 。
誰 か いる ように 思えた んで 、 調べて た 」
「 誰 か が ?
「 そう さ 。
ガサゴソ 動いた 気配 が ある んだ 」
「 でも 、 誰 も いない わ 」 「 今 の 騒ぎ の 間 に 逃げた んじゃ ない の か な 」 と 、 国友 は 息 を ついた 。
「 ところで 、 綾子 君 の 方 は ? 「 きっと 、 自分 が 命 を 狙わ れた こと も 、 分って ない んじゃ ない かしら 」 と 、 夕 里子 は ため息 を ついた 。 噂 を すれば 何と やら 、 で 、 当の 綾子 が 、 講堂 から 姿 を 見せた 。
「 夕 里子 。
あら 、 国友 さん も ? 「 ちょっと 出くわした だけ よ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 夕 里子 、 制服 が 埃 だらけ よ 。
クリーニング に 出さ ない と ……」
「 そんな こと どうでも いい けど さ 、 お 姉さん 、 分って ん の ? 殺さ れ かかった の よ 」
「── そう ?
夕 里子 は 、 ガクッ と 来た が 、 ま 、 予想 して いた ところ で は ある 。
「 人 の 姿 を 見た かい ?
と 、 国友 が 訊 いた 。
「 いいえ 。
── 足音 は した みたいです けど 」
「 足音 じゃ 、 顔 は 分 ら ない もの ね 」
「 そりゃ そう よ 」
と 、 綾子 は 真顔 で 、「 夕 里子 、 分 る の ?
夕 里子 は 相手 に し ない こと に した 。
国友 を 連れて 、 講堂 の 中 へ と 戻る 。
「── なるほど 」
国友 は 、 落ちて いる 鉄 アレイ を かがみ 込んで 見つめ ながら 、「 黒木 も 同じ ように やられた んだ 。
つまり ハンマー を 上 から 落として 」
「 命中 したら 、 イチコロ だ わ 」
国友 は 天井 を 眺めた 。
「 人 が 入れる ように なって る んだ な 。
── よし 、 この 鉄 アレイ の 指紋 を 採ろう 」
「 むだだ と 思う けど 」
「 犯人 が 、 いつも 油断 し ない と は 限ら ない んだ ぜ 」
と 、 国友 は 言った 。
綾子 が やって 来て 、 それ を 眺めて いた が 、
「 天井 で ボディビル でも やって た の かしら 、 ネズミ が 」
と 、 言って 上 を 見上げた 。
「 こんな 重い もの 持ち上げる ネズミ が いる と 思う ?
夕 里子 は 、 いささか くたびれた 声 で 言った 。
「 最近 は 栄養 が いい んじゃ ない の ?
「 それにしても 、 どうして 君 を 狙った んだろう ?
国友 は 顎 を 撫で ながら 言った 。
「 私 を 狙った んじゃ ない と 思う わ 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 お 姉さん は そう 信じて りゃ いい の 」
「 だって ──」
綾子 の 抗議 は 、 国友 の 、
「 夕 里子 君 、 すまない が ──」
と いう 声 で 遮ら れた 。
夕 里子 は 、 頼ま れた 通り 、 学生 部 の 会議 室 に いる 鑑識 班 の 人間 を 呼び に 、 講堂 を 出て 行った 。
「 あ 、 そう だ 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 遅い なあ 、 水口 さん たら 」
「 水口 恭子 を 待って る の かい ?
「 ええ 、 ここ に 来る ように 言わ れた んです 」
「 なるほど ……」
国友 は 意味 あり げ に 呟いた が 、 もちろん 綾子 が そんな こと に 気付く わけ も ない 。
その とき 、 講堂 へ 入って 来る 水口 恭子 の 姿 が 見えた 。
「 ごめんなさい 、 遅く なって !
と いう 声 は 、 いかにも 自然だった 。
「── あら 」
と 、 国友 を 見て 、 足 を 止める 。
「 ちょうど 良かった 」
と 、 国友 は 、 微笑み ながら 言った 。
「 話 を したい と 思って いた んだ よ 」 「── 梨 山 先生 と ? 水口 恭子 の 方 が 、 ずっと あっさり して いた 。
「 ええ 、 恋人 です 、 私 たち 」
と 、 即座に 認める 。
「 する と ──」
国友 が 言い かける と 、 傍 から 、 綾子 が 言った 。
「 二 人 の 場合 は 、『 恋人 同士 』 と いう べきだ と 思います 」 恭子 は 、 ちょっと 笑って 、 「 佐々 本 さん の 言う 通り ね 。
でも 、 私 と 先生 の 場合 は 、『 同士 』 を 省いて も いい と 思う けど 」
「 どういう 意味 だい ?
「 先生 は 私 を 恋人 の つもり で 考えて た でしょう けど 、 私 の 方 は 残念 ながら 、 ただ の 遊び の つもりでした もの 」
講堂 の 正面 の 入口 を 出た 、 幅 の 広い 階段 に 座って 、 三 人 は 話 を して いた 。
「── いい お 天気 」
と 、 綾子 が 青空 を 見上げて 言った 。
国友 は 、 ゆっくり と 首 を 振った 。
── つい さっき 、 危うく 命 を 落とし かけた と は 思え ない 。
全く ユニークな 子 だ 。
「 しかし ね ──」
と 、 国友 は 、 水口 恭子 の 方 へ 言った 。
「 あの 黒木 と いう マネージャー が 殺さ れた 日 、 君 は 、 梨 山 先生 の 奥さん と 会って た んじゃ ない か ね ? 「 私 が ?
恭子 は 、 ちょっと メガネ を 直して 、「 いいえ !
誰 が そんな こと を ? と 訊 き 返して 来た 。
「 でも 、 水口 さん 、 会議 室 で 泣いて らし た でしょう 」
と 、 綾子 が 言い出した ので 、 恭子 は 、 ちょっと 不意 を つかれた 様子 だった 。
「 泣いて ……?
「 ええ 。
私 、 目 に ゴミ で も 入った の か と 思った んです けど 、 よく 考える と 、 それ に して は 悲し そうに 見え ました わ 」
水口 恭子 は 、 何とも 言え ない 顔 で 、 綾子 を 見て いた 。
「 私 は 、 本当 は 男 嫌いな の よ 。
そんなに 本気に なったり し ない わ 」
と 、 目 を そらす 。
「 嫌いって こと は 、 好き だって こと です 。 好きで ないって の は 、 好きで ない こと です けど 」 何だか 自分 でも よく 分 ら ない こと を 言って 、 綾子 は 考え込んで しまった 。 ── 今 の 言い 方 で 良かった かしら ?
「 私 が 悲し そうだった なんて !
恭子 は 、 腹 を 立てた ように 言って 、 立ち上った 。
「 男 の ため に 悲しむ なんて ── そんな こと が ──」
「 違って いたら 、 すみません 」
と 、 綾子 は 言った 。
恭子 は 、 二 、 三 歩 前 に 出る と 、 足 を 止めた 。
── じっと 、 身 じ ろ ぎ も せ ず 、 立って いる 。
真 直ぐに 、 背筋 が 伸びて 、 気持 の いい 姿 だった 。
両手 を 後ろ に 組んだ 、 その 姿 は 、 女性 将校 と でも いった 印象 を 、 国友 に 与えた 。
すると ── 思いがけない こと が 起った 。
水口 恭子 が 、 メガネ を 外した のだ 。
そして 、 ゆっくり と 振り向いた 。
まるで 別人 の ようだ 。
目 は 優しく 、 そして どこ か 愁い を 帯びて いた 。
「── あなた が 謝る こと ない わ 」
と 、 恭子 は 綾子 に 言った 。
「 あなた の 言った 通り ね 。 私 が 男 嫌い だった の は 、 男 が こわかった から だ わ 。 恋人 は 、 高校 の ころ から いた けど 、 いつも 自分 で ブレーキ を かけて た の 。 これ は 、 ただ の 遊び だ 、って ね 」 「 する と 、 梨 山 先生 と は ? と 、 国友 が 穏やかに 言った 。
「 もちろん 遊び の つもりでした 。
それ に 、 実際 、 ずっと 遊び だった んです 。 私 たち の こと が 奥さん に 知れる まで は 」
恭子 は 、 階段 の 所 へ 戻って 、 また 腰 を おろした 。
「 それ は 、 いつごろ の こと ?
と 、 国友 は 訊 いた 。
「 この 一 ヵ 月 くらい でした 」
「 何 か きっかけ でも ?
「 さあ 」
と 、 恭子 は 首 を 振った 。
「 先生 は 何も 言わ ない から 」
「 奥さん に 知れて ── どう なった ?
「 あの 奥さん 、 あんなに 長い こと 先生 と 結婚 して た のに 、 まだ 飽きて なかった みたいな んです 」
恭子 は 、 ちょっと 笑って 、「 本当に 珍しい 人 だ わ 。
そう 思いません ? 「 僕 は 独身 なんで ね 」
と 国友 は 言った 。
「 そう です か 。
ともかく ── 奥さん が 突然 、 うち へ 訪ねて 来て 、 父 と 母 に 、 話 を した んです 。 お宅 の 娘 さん は 、 亭主 を 盗んだ 、って ……」 恭子 は 肩 を すくめて 、「 私 、 両親 に 散々 説教 さ れ ました 。 それ に 反 撥 して 、 家 を 出た んです 。 ── 本当 は 、 それ まで は 、 いつ だって 、 必要 なら 、 梨 山 先生 と 別れられる と 思って た のに 、 その とき から 、 急に のめり込んで しまった んです 」 「 競争 相手 が できた せい だ ね 」 「 そう かも しれません 。 つまらない プライド の せい かも 。 ── でも 、 素直に 先生 を 奥さん へ 返す 気 に は なれ なかった 」
「 あの 日 、 やっぱり 奥さん に 会った の かい ?
恭子 は 、 少し ためらって から 、
「 ええ 」
と 、 肯 いた 。
「 学生 部 の 会議 室 で 、 佐々 本 さん と 石原 さん を 待って たら 、 突然 、 奥さん が やって 来て ……。 どうして 私 が あそこ に いる の を 知って た の か 、 分 りません けど 」 「 それ で ? 「 夫 から 手 を 引き なさい 、 と ……。
前 の 晩 、 先生 と 会って た んです 。 それ を 知って た んでしょう 」
「 君 は 、 いやだ と 言った わけだ ね 」
「 ええ 。
そし たら ……」
「── そう したら ?
恭子 は 、 ちょっと 戸惑い 気味に 、
「 よく 分 ら ない んです けど 、 言った んです 。
『 あなた の 知ら ない 秘密 を 握って る んだ から ね 』って 」 「 秘密 ? 何の こと だい ? 「 それ が 分 ら ない んです 」
「 奥さん は 、 それ 以上 、 何も 言わ なかった の ?
「 訊 き 返す 間 も ありません でした 。 だって 、 凄い 勢い で 、 まくし立てる んです もの 」
「 それ から ?
「 パッと 帰って しまい ました 。
私 も ── さっき の 『 秘密 』 と いう の が 気 に なって 、 後 を 追いかけよう と した んです けど ……。 そろそろ 佐々 本 さん たち の 来る 時間 だった し 、 諦めた んです 」
恭子 は 、 また メガネ を かけた 。
「 窓 から 外 を 眺めて いる と 、 急に 胸 が 詰って ……。 私ら しく も ない んだ けど 、 つい 涙ぐんで しまった んです 。 そこ へ ──」
「 私 と 石原 茂子 さん が 行った わけです ね 」
と 綾子 は 言った 。
「 しかし 、 その 『 秘密 』 と いう の が 、 気 に かかる ね 」
国友 の 言葉 に 、 恭子 は 肩 を すくめて 、
「 私 と 梨 山 先生 の こと 以外 に 何 か ある か と 考えて みた んです が 、 一向に 思い当ら なくて ……」
「 ただ の 、 脅し じゃ なかった の か な 」
「 そう は 思えません 」 と 恭子 は 首 を 振った 。 「 あれ は 、 はっきり 、 何 か を つかんで いる 、 と いう 様子 でした 」
「 しかし 、 君 に は 心当り が ない 」
「 そうです 」
恭子 は 、 ちょっと 間 を 置いて 、「── 私 、 容疑 者 な んです か 」
と 訊 いた 。
「 ゆうべ は どこ に ?
恭子 は 、 少し 考えて 、
「 友だち の 所 です 。
でも 、 ずっと いた わけじゃ ないし 。 ── 出たり 入ったり して い ました から 、 アリバイ に は なりません 」 「 一応 、 聞いて おこう か 」 国友 は 、 手帳 を 開いた 。
── 恭子 は 、 国友 と の 話 が 終る と 、 綾子 の 方 へ 、
「 佐々 本 さん 、 あさって の こと 、 よろしく お 願い する わ ね 」
と 言った 。
「 はい 」
「 私 は 、 当日 、 神山 田 タカシ に 挨拶 する だけ しか でき ない の 。
他 に 色々 やら なきゃ いけない こと も ある し 」
「 ええ 、 大丈夫です 」
と 、 綾子 は 肯 いた 。
「 あなた の こと 、 見あやまって た わ 」
と 、 恭子 は 、 やっと 微笑んだ 。
「 きっと 、 頼りなくて 何も でき ない 人 か と 思って た 。 ごめんなさい ね 。 こんなに 、 何もかも 、 やりとげて しまう なんて ……。 あなた が い なかったら 、 文化 祭 も どうにも なら なかった わ 、 きっと 」
「 どうも 」
綾子 は 、 恐縮 して 頭 を 下げた 。
── 恭子 が 足早に 立ち去る と 、
「 不思議な 人 ね 」
と いう 声 が した 。
「 まあ 、 夕 里子 」
と 、 振り向いて 、「 立ち聞き して た の ?
「 捜査 の ため の 情報 収集 よ 」
「 同じじゃ ない の 」
「 全然 違う わ 。
── それ より 、 お 姉さん 、 講堂 の 中 で 呼んで る わ 」
「 誰 が ?
「 鑑識 の 人 」
「 どうして ?
「 何 か 訊 きたい こと が ある んですって 、 さっき の 鉄 アレイ の こと で 」 「 何かしら ? 「 私 、 鑑識 の 人 じゃ ない の 」
「 あら 、 そう だったっけ ? 綾子 は 、 珍しく 皮肉 らしき もの を 言って 、 立ち上る と 、 のんびり と 講堂 の 中 へ 入って 行った 。
残った 国友 のわき へ 、 夕 里子 も 腰 を おろした 。