鉄砲 屋 八 兵衛 (てっぽや は ち べ え)
鉄砲 屋 八兵衛 ( てっ ぽや は ち べ え )
むかし 、 ある 町 に 鉄砲 を 作る 職人 の 八兵衛 ( はち べ え ) と いう 人 が 住んで い ました 。 八兵衛 は ウグイス が 大好きで 、 美しい 声 の ウグイス を 何 羽 も 飼って い ます 。
ある 日 の 事 、 この 町 の 宿屋 に 名古屋 の 殿さま が 参 勤 交代 の 途中 で 一 泊 し ました 。 その 殿さま が 、 どこ から か 聞こえて くる 八兵衛 の ウグイス の 美しい 鳴き声 を 聞いた のです 。 「 何と 美しい 、 ウグイス の 声 だ 。 これ は ぜひとも 、 江戸 へ 連れて 行き たい もの だ 」 そこ で 殿さま は 家来 に 命じて 、 ウグイス を 探さ せ ました 。 そして 家来 は 、 八兵衛 の 家 の ウグイス を 見つけた のです 。 「 おおっ 、 これ だ な 。 殿 が 探して おら れる ウグイス は 」 家来 は ウグイス の 鳥 かご を 勝手に 取る と 、 側 に いた 八兵衛 の 足下 に 一 分 金 ( いちぶ きん → 一 両 の 1/4 の 価値 の お 金 ) の お 金 を 投げ ました 。 「 殿 が お 望み じゃ 。 この ウグイス を もらって いく ぞ 」 すると 八兵衛 は 投げ られた お 金 を 拾おう と は せ ず に 、 家来 から ウグイス の 鳥 かご を 取り 返し ました 。 「 人 の ウグイス を 勝手に 持って 行く と は 、 何事 だ ! わたし は 鳥 屋 でも 、 こじき で も ない 」 「 な んだ と ! 」 家来 は かんかんに 怒り ました が 、 確かに 言い分 は 八兵衛 に ある ので 、 そのまま 帰って 行き ました 。
実は この 八兵衛 、 ウグイス を 大事に して くれ そうな 人 に は 、 「 どうか 、 可愛がっ ておくれ よ 」 と 、 お 金 も 受け取ら ず に ウグイス を あげる 人 です 。 でも 、 さっき の 家来 の 様 な 態度 の 人 に は 、 いくら お 金 を もらって も ウグイス を やる 気 に は なら なかった のです 。
しばらく する と また さっき の 家来 が やって 来て 、 八兵衛 に 言い ました 。 「 殿 に 、『 十分に 礼 を つくして 、 買いとって まいれ 』 と 、 言わ れた 。 さあ 、 これ で 十分だろう 。 その ウグイス を よこす んだ 」 そう 言って 家来 が 一 両 の お 金 を 差し出した ので 、 八兵衛 は 、 ますます 怒って 言い ました 。 「 生き物 の 命 を 、 金 で 買い取ろう と は 何と 傲慢 ( ごうまん ) な ! そんな 金 、 ウグイス の ひと 鳴き の 価値 も 無い わ ! 」 すると 家来 は 、 刀 に 手 を かけ ました 。 「 傲慢 と は 、 無礼な ! 」 しかし 八兵衛 は 、 少しも 怖 がら ず に 言い 返し ました 。 「 ウグイス は 我が 子 同然 ! その 子ども を 売ら ない から と 言って 、 何 が 無礼だ ! 」 「 ぬっ 、 ぬ ぬ ぬ ・・・」 今度 も 言い分 は 八兵衛 に ある ので 、 家来 たち は そのまま 帰って 行き ました 。
さて 、 この 話 を 家来 から 聞いた 殿さま は 、 刀 を 持って 立ち 上がり ました 。 「 その様な ふとどき 者 は 、 切り 捨てる ! 」 そして 八兵衛 の 家 に やって 来る と 、 八兵衛 に 怒鳴り つけ ました 。 「 鉄砲 屋 八兵衛 と は 、 お前 か ! 」 しかし 出て 来た 八兵衛 が 、 とても するどい 眼光 の 持ち主 だった ので 、 ( こや つ 、 ただ の 鉄砲 屋 で は ない な ) と 、 殿さま は 思い 、 態度 を 変えて 八兵衛 に たずね ました 。 「 突然 押し入って 、 失礼 した 。 そち は 鉄砲 屋 だ そうだ が 、 何 流 を 心得て いる 」 無礼な 態度 なら 、 殿さま でも 追い返そう と 思って いた 八兵衛 です が 、 殿さま が 急に 態度 を 変えて たずねて きた ので 、 八兵衛 は 返答 に 困り ました 。 「 はっ 、 は あ 。 三星 流 ( みつ ぼ しりゅう ) を 、 少し ばかり 学び まして ございます 」 「 三星 流 ? 聞か ぬ 流儀 じゃ が 。 ・・・ よし 、 では 射 って みろ ! 的 は あれ じゃ 」 殿さま は そう 言って 、 せんす で 庭先 の クモ の 巣 を 示し ました 。 梅 の 枝 から 軒 に かけた 巣 の 真ん中 に 、 アズキ 大 の クモ が 春風 に 小さく ゆれて い ます 。 それ を 見て 八兵衛 は 、 ごく り と つば を 飲み 込み ました 。 ( この 殿さま 、 鉄砲 作り の 腕 だけ で なく 、 鉄砲 の 腕 も 試す つもり か 。 そして 仕 損ずれば 、 切腹 。 ・・・ いや 、 お 手討ち であろう 。 ここ で 土下座 を して 謝れば 許して もらえる かも しれ ん が 、 そんな 事 を すれば 一生 の 恥 だ ! ) 八兵衛 は 意 を 決する と 、 最近 作り 上げた ばかりの 鉄砲 を 持って 来 ました 。 そして クモ を 狙う と 、 神さま に 祈り ました 。 ( わが 命 は 、 少しも お しく は ない 。 だが 武 門 の 意地 、 なにとぞ 、 あの 的 を うた せた まえ ) バーン ! 鉄砲 の 玉 は 見事 クモ に 命中 し 、 クモ の 巣 に は 丸い 穴 だけ が 残り ました 。 それ を 見た 殿さま は 、 にっこり 笑って 言い ました 。 「 あっぱれ 、 八兵衛 ! どう だ 、 余 に 仕官 せ ぬ か ? 」 これ は 、 とても 栄誉 な 事 です 。 しかし 八兵衛 は 、 殿さま に 頭 を 下げて 言い ました 。 「 ありがたき お 言葉 。 しかし わたし に 仕官 の 望み は なく 、 よい 鉄砲 を 作る 事 を 喜び と して おり ます 」 すると 殿さま は 怒る 事 なく 、 八兵衛 に 短刀 一 振り と 印 籠 ( いんろう ) を ほうび に 下さった のです 。
その後 、 殿さま の 人柄 に ほれた 八兵衛 は 、 殿さま に 一 番 良い 声 の ウグイス を 献上 した と いう 事 です 。
おしまい