第 二 章 アスターテ 会戦 (3)
時計 方向 に 針路 を 変え ながら 全 速 前進 し 、 逆に 敵 の 後 背 に つく べきだ と 思います が 」 ラップ 少佐 の 提案 は 、 中将 の 巨体 に ぶつかって むなしく は じき かえさ れた 。
「 敵 の 後 背 に つく まで に 味方 の 大半 が やられて しまう 。 反転 攻撃 だ 」
「 ですが ――」
「 黙って おれ ! 」 ムーア 中将 は 満身 を 慄 わせ て 怒号 し 、 少佐 は 口 を 閉ざした 。 上官 が 冷静 さ を 欠いて いる こと を はっきり と 悟った から である 。
第 六 艦隊 旗 艦 ペルガモン の 巨体 が 反転 を 開始 する と 、 後続 の 諸 艦艇 も それ に ならった 。 だが 戦い つつ 反転 する の は 容易で は ない 。 老練な メルカッツ は 、 すかさず 敵 の 混乱 に 乗じた 。
帝国 軍 の ビーム 砲 は 流星 雨 に も 似た 光 の 束 を たたきつける 。 各 処 で 過 負荷 状態 に なった エネルギー 中和 磁場 が 引き裂か れ 、 同盟 軍 の 艦艇 は 破壊 されて いった 。 旧 戦場 に おける エネルギー の 怒 濤 が 、 新 戦場 でも 再現 さ れ つつ ある 。 それ に 翻弄 さ れる の は 、 同盟 軍 の 艦艇 ばかり である ように 、 ムーア 中将 に も ラップ 少佐 に も 思わ れた 。
「 小型 艦艇 多数 、 本 艦 に 急速 接近 ! 」 オペレーター が 叫ぶ 。 スクリーン の ひと つ に 、 ワルキューレ の 大群 が 映って いた が 、 その 姿 は たちまち 複数 の スクリーン の 画面 を 占拠 した 。 軽快な 運動 性 を 誇示 し つつ 、 至近 距離 から ビーム を 撃ちこんで くる 。
「 格闘 戦 だ 。 スパルタニアン を 発進 さ せろ 」
この 命令 も 遅き に 失した 。 スパルタニアン が 母艦 から 離脱 する 瞬間 を 、 ワルキューレ は 待ちかまえて いる 。 条 光 が 無慈悲に ほとばしる と 、 同盟 軍 の 戦闘 艇 は 闘 死 する 権利 すら あたえ られ ず 、 火 球 と 化して 四散 する のだった 。
「 司令 官 、 あれ を ! 」 オペレーター が スクリーン の ひと つ を 指ししめした 。 帝国 軍 の 戦艦 が 肉迫 して いる 。 その 背後 に も 、 さらに その 背後 に も 、 かさなりあう か の ように 敵 の 艦 影 が 見えた 。 威圧 感 が 艦 橋 内 に みなぎった 。 ペルガモン は いまや 重 囲 の なか に ある 。
「 発光 信号 を 送って きて います 」 オペレーター が ささやく ように 報告 した 。
「 解読 して みろ 」
ムーア 中将 が 沈黙 して いる ので 、 ラップ 少佐 が うながした 。 その 声 も 低く 乾いて いる 。
「 解読 します …… 貴 艦 は 完全に 包囲 せ られたり 、 脱出 の 途 なし 、 降伏 せよ 、 寛大なる 処遇 を 約束 す ……」 解読 が くりかえされて 終わる と 、 無数の 視線 と 無数の 沈黙 が 、 ムーア 中将 の 巨体 に 突き刺さった 。 その すべて が 、 司令 官 に 決断 を うながして いる 。
「 降伏 だ と ……」
うめいた 中将 の 顔 は 、 どす黒く 変色 して いた 。
「 いや 、 おれ は 無能であって も 卑怯 者 に は なれ ん 」
二〇 秒 後 、 白い 閃光 が 彼ら を つつんだ 。
Ⅴ 蓄積 さ れた 不安 が 飽和 状態 に 達しよう と して いる 。 同盟 軍 第 二 艦隊 旗 艦 パトロクロス の 艦 橋 は 見え ない 雷雲 に 支配 されて いた 。 いつ 強烈な 放電 が 襲いかかって くる か 。 第 一 級 臨戦 態勢 の 発令 で 全員 が スペース ・ スーツ を 着用 して いた が 、 不安 は スーツ を 透過 して 彼ら の 皮膚 を 鳥肌 だ た せて いる 。
「 第 四 艦隊 も 第 六 艦隊 も 全滅 した らしい ぞ 」
「 吾々 は 孤立 して いる 。 いまや 敵 は わが 部隊 より 数 が 多い 」
「 情報 が ほしい 、 どう なって いる んだ 、 現在 の 状況 は ? 」 私 語 は 禁止 されて いる 。 しかし なに か しゃべって いない と 不安に たえ られ ない 彼ら だった 。 こんな こと は 予定 に なかった 。 半数 の 敵 を 三方 から 包囲 撃 滅 し 、 完勝 の 凱歌 を あげる はずで は なかった の か ……。
「 敵 艦隊 、 接近 します ! 」 突然 、 オペレーター の 声 が マイク を とおして 艦 橋 内 に ひびきわたった 。 「 方角 は 一 時 から 二 時 ……」
ヤン は つぶやいた 。 その 独 語 に 、 つぎの 報告 が 応えた 。
「 方角 は 一 時 二〇 分 、 俯 角一 一 度 、 急速に 接近 中 」
旗 艦 パトロクロス の 艦 橋 を 鷲づかみ した 緊張 に 、 ヤン は 感応 し なかった 。
予測 して いた とおり である 。 帝国 軍 は 同盟 軍 第 六 艦隊 の 右側 背 から 左 前面 へ 抜け 、 しぜんな カーブ を 描き ながら 、 最後に 残った 第 二 艦隊 へ と 矛先 を むけた のだ 。 第 二 艦隊 が 直進 する 以上 、 帝国 軍 が 一 時 から 二 時 に かけて の 方角 に 出現 する の は 当然である 。
「 戦闘 準備 ! 」 パエッタ 中将 が 指令 する 。 遅い な 、 と ヤン は 思う 。
敵 が 来る の を 待って 応戦 する の は 正統 的な 戦法 で は ある が 、 今回 の 場合 、 思考 の 硬直 性 を 指摘 せ ざる を え ない 。 うつ べき 手 も 、 その ため の 時間 も あった はずだ 。 急速 移動 して 敵 の 背後 を つき 、 第 六 艦隊 と 呼応 して 挟 撃 する の は 不可能で は なかった 。
戦う 以上 、 犠牲 が 皆無 と いう こと は あり え ない 。 だが 同時に 、 犠牲 の 増加 に 反比例 して 戦勝 の 効果 は 減少 する 。 この 双方 の 命題 を 両立 さ せる 点 に 用 兵 学 の 存在 意義 が ある はずだ 。 つまり 最小 の 犠牲 で 最大 の 効果 を 、 と いう こと であり 、 冷酷な 表現 を もちいれば 、 いかに 効率 よく 味方 を 殺す か 、 と いう こと に なる であろう 。 司令 官 は それ を 理解 して いる の か な 、 と ヤン は うたがった 。
すでに 生じた 犠牲 は しかたない 。 本来 、 しかたない で すませられる 問題 で は なく 、 軍 首脳 は 自分 たち の 作戦 指揮 の 拙劣 さ を 恥じ なければ なら ない ところ である 。 しかし それ は すべて が 終結 して から であり 、 現在 心せ ねば なら ない こと は ミス の 拡大 再 生産 を 防止 し 、 禍 を 転じて 福 と なす べく 工夫 する こと だ 。
後悔 して 、 戦死 した 将兵 が 復活 する もの なら 、 キロ リットル 単位 の 涙 を 流す の も よかろう 。 だが …… けっきょく 、 それ は 悲愴 ごっこ に すぎ ないで は ない か 。
「 全 艦隊 、 砲門 開け ! 」 その 命令 と 、 どちら が さき か 判 じ がたい 。 網膜 を 灼 きつく す か と 思わ れる ほど の 閃光 が 、 艦 橋 に いる 全員 の 視力 を 奪った 。
半 瞬 の 差 を おいて 、 パトロクロス の 艦 体 が 咋裂 する エネルギー に つきあげ られ 、 あらゆる 方向 に 揺すぶら れた 。
悲鳴 と 怒声 に 、 転倒 と 衝突 の 音 が かさなった 。 ヤン も 転倒 を まぬがれ なかった 。 背中 を 強打 して 呼吸 が 停 まる 。 周囲 で いり乱れる 音 や 声 、 強烈な 空気 の 流れ を ヘルメット の 通信 装置 に 感じ ながら 、 ヤン は 呼吸 を ととのえ 、 見え ない 目 に 掌 を あてて いまさら の ように かばった 。
誰 を 責める べき か 、 スクリーン の 入 光 量 さえ 調整 して なかった と は 許し がたい 失態 だ 。 こんな こと が かさなって は 負け ない ほう が 不思議である 。
「…… こちら 後部 砲塔 ! 艦 橋 、 応答 せよ 、 どうか 指令 を ! 」 「 機関 室 、 こちら 機関 室 、 艦 橋 、 応答 願います ……」 ヤン は ようやく 目 を あけた 。 視界 全体 に エメラルド 色 の 靄 が かかって いる 。
半身 を おこして 、 傍 に 転がって いる 人間 に 気 が つく 。 濃い 色調 を した 粘り の ある 液体 が 口 もと から 胸 に かけて その 身体 を おおって いる ……。
「 総 司令 官 ! 」 つぶやいて 、 ヤン は 中将 の 顔 を 覗きこんだ 。 両足 を 踏みしめて たちあがる 。
壁面 の 一部 に 裂 目 が はいり 、 気圧 が 急 低下 して いる 。 磁力 靴 の スイッチ を いれて い なかった 者 が 幾 人 か 吸いだされて しまった ようだ 。 しかし その 裂 目 は 、 自動 修復 システム の 作業 銃 が 吹きつける 接着 剤 の 霧 に よって 急速に ふさがれ つつ ある 。
ほとんど 立つ 者 の ない ありさま に なった 艦 橋 内 を 見わたし 、 スペース ・ スーツ の 通信 装置 が 機能 して いる こと を 確認 する と 、 ヤン は 指示 を くだし はじめた 。
「 パエッタ 総 司令 官 が 負傷 さ れた 。 軍医 および 看護 兵 は 艦 橋 に 来て くれ 。 運用 士官 は ただちに 艦 体 の 被害 状況 を 調べて 修復 せよ 、 報告 は その あと で よし 。 急いで くれ 。 後部 砲塔 は すでに 全 艦隊 が 戦闘 状態 に ある 以上 、 とくに 指令 の 必要 は ない はずだ 。 あたえ られた 任務 を はたせ 。 機関 室 は なに か ? 」 「 艦 橋 の 状況 が 心配だった のです 。 こちら は 損害 ありません 」 「 それ は よかった 」
声 に 多少 の 皮肉 が あった 。
「 この とおり 艦 橋 は 機能 して いる 。 安心 して 任務 に 専念 して ほしい 」
ふたたび 艦 橋 内 を 見わたす 。
「 誰 か 士官 で 無事な 者 は ? 」 「 私 は 大丈夫です 、 准将 」 いささか あぶない 歩調 で 、 ひと り が ちかづいて きた 。
「 きみ は 、 ええ と ……」
「 幕僚 チーム の ラオ 少佐 です 」
スペース ・ スーツ の ヘルメット から のぞく 目 と 鼻 の 小さな 顔 は ヤン と 同 年配 の ようだった 。 それ に 二 名 の 航 宙 士 、 ひと り の オペレーター が 手 を あげて たちあがった が 、 それ だけ である 。
「 ほか に は いない の か ……」 ヤン は ヘルメット の うえ から 頰 を たたいた 。 これ で は 第 二 艦隊 首脳 部 は 全滅 に ひとしい 。
軍医 と 看護 兵 の 一団 が 駆けつけて きた 。 手ぎわ よく パエッタ 中将 を 診察 し 、 指揮 卓 の 角 で 胸 を 強打 した とき 、 折れた 肋骨 が 肺 に 刺さった のだ と 告げる 。 よほど 運 が 悪かった のです な 、 と いら ざる 感想 を 述べた 。 その 逆に ヤン が 運 が よかった こと は 否定 でき ない 。
「 ヤン 准将 ……」
心身 双方 の 苦痛 に 責め られ ながら パエッタ 中将 が 若い 幕僚 を 呼んだ 。
「 きみ が 艦隊 の 指揮 を とれ ……」
「 私 が です か ? 」 「 健在な 士官 の なか で 、 どうやら きみ が 最 高位 だ 。 用 兵 家 と して の きみ の 手腕 を ……」
声 が とぎれ 、 中将 は 失神 した 。 軍医 が 救急 用 ロボット ・ カー を 呼んだ 。
「 高く 評価 されてます ね 」 ラオ 少佐 が 感心 した 。
「 そう かな ? 」 中将 と ヤン の 意見 対立 を 知ら ない ラオ 少佐 は 、 その 返答 に 不審 げ な 表情 に なった 。 ヤン は 通信 盤 に 歩みより 、 艦 外 通信 の スイッチ を いれた 。 人間 より 機械 の ほう が 安全に 造られて いる ようだ 。 「 全 艦隊 に 告げる 。 私 は パエッタ 総 司令 官 の 次 席 幕僚 ヤン 准将 だ 」
ヤン の 声 は 虚無 の 空間 を つらぬいて は しった 。
「 旗 艦 パトロクロス が 被弾 し 、 パエッタ 総 司令 官 は 重傷 を おわ れた 。 総 司令 官 の 命令 に より 、 私 が 全 艦隊 の 指揮 を ひきつぐ 」
ここ で ひと 呼吸 おいて 、 味方 が 驚愕 から 解放 さ れる だけ の 余裕 を あたえる 。
「 心配 する な 。 私 の 命令 に したがえば 助かる 。 生還 したい 者 は おちついて 私 の 指示 に したがって ほしい 。 わが 部隊 は 現在 の ところ 負けて いる が 、 要は 最後 の 瞬間 に 勝って いれば いい のだ 」
お やおや 、 自分 も 偉 そうな こと を 言って いる な …… ヤン は 苦笑 した が 、 内心 だけ の こと で 、 表面 に は ださ なかった 。 指揮 官 たる 者 は 、 当人 は うなだれて いて も 影 だけ は 胸 を 張って い なければ なら ない 。
「 負け は し ない 。 あらたな 指示 を 伝える まで 、 各 艦 は 各 個 撃破 に 専念 せよ 。 以上 だ 」
その 声 は 帝国 軍 に も 傍受 されて いた 。 旗 艦 ブリュンヒルト の 艦 橋 で 、 ラインハルト が かたち の いい 眉 を かるく 吊 り あげた 。
「 負け は し ない 。 自分 の 命令 に したがえば 助かる 、 か 。 ずいぶん と 大言壮語 を 吐く 奴 が 叛乱 軍 に も いる のだ な 」
氷 片 に 似た 冷たい 輝き が 両眼 に 宿った 。
「 この 期 に およんで 、 どう 劣勢 を 挽回 する 気 で いる のだ ? …… ふむ 、 まあ いい 、 お てなみ 拝見 と いこう か 。 キルヒアイス ! 」 「 はい 」 「 戦列 を くみ なおす 。 全 艦隊 、 紡 錘陣 形 を とる よう 伝達 して くれ 。 理由 は わかる な ? 」 「 中央 突破 を なさる お つもり です か 」 「 そうだ 。