94. 縊死体 - 夢野久作
えい したい|ゆめの きゅうさく
hanging body|
94. hanging dead body - Hisasaku Yumeno
94. cadáver colgante - Hisasaku Yumeno
94. повешенный труп - Хисасаку Юмэно
縊 死体 - 夢野 久作
えい|したい|ゆめの|きゅうさく
hanging|||
Hanging corpse-Yumeno Kyusaku
どこ か の 公園 の ベンチ である 。
|||こうえん||べんち|
・・
眼 の 前 に は 一 条 の 噴水 が 、 夕 暮 の 青空 高く 高く あがって は 落ち 、 あがって は 落ち して いる 。
がん||ぜん|||ひと|じょう||ふんすい||ゆう|くら||あおぞら|たかく|たかく|||おち|||おち||
・・
その 噴水 の 音 を 聞き ながら 、 私 は 二三 枚 の 夕刊 を 拡 げ 散らして いる 。
|ふんすい||おと||きき||わたくし||ふみ|まい||ゆうかん||かく||ちらして|
||||||||||||evening newspaper|||||
そうして 、 どの 新聞 を 見て も 、 私 が 探して いる 記事 が 見当ら ない こと が わかる と 、 私 は ニッタリ と 冷笑 し ながら 、 ゴシャゴシャ に 重ねて 押し 丸めた 。
||しんぶん||みて||わたくし||さがして||きじ||みあたら||||||わたくし||||れいしょう|||||かさねて|おし|まるめた
||||||||||||||||||||slyly||sardonic smile|||crumpled||||
・・
私 が 探して いる 記事 と いう の は 今 から 一 箇月 ばかり 前 、 郊外 の 或る 空 家 の 中 で 、 私 に 絞め 殺さ れた 可哀相な 下町 娘 の 死体 に 関する 報道 であった 。
わたくし||さがして||きじ|||||いま||ひと|かげつ||ぜん|こうがい||ある|から|いえ||なか||わたくし||しめ|ころさ||かわいそうな|したまち|むすめ||したい||かんする|ほうどう|
||||||||||||one month||||||||||||||||pitiful||||||||
・・
私 は 、 その 娘 と 深い 恋 仲 に なって いた もの である が 、 或る 夕方 の こと 、 その 娘 が 私 に 会い に 来た 時 の 桃 割れ と 振 袖 姿 が 、 あんまり 美し 過ぎた ので 、 私 は 息苦し さ に 堪えられ なく なって 、 彼女 を 郊外 の ×× 踏切り 附近 の 離れ 家 に 連れ込んだ 。
わたくし|||むすめ||ふかい|こい|なか|||||||ある|ゆうがた||||むすめ||わたくし||あい||きた|じ||もも|われ||ふ|そで|すがた|||うつくし|すぎた||わたくし||いきぐるし|||こらえ られ|||かのじょ||こうがい||ふみきり|ふきん||はなれ|いえ||つれこんだ
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||short of breath|||could not bear|||||||railroad crossing||||||
そうして 驚き 怪しんで いる 娘 を 、 イキナリ 一思いに 絞め 殺して 、 やっと 重荷 を 卸した ような 気持ち に なった もの である 。
|おどろき|あやしんで||むすめ|||ひとおもいに|しめ|ころして||おもに||おろした||きもち||||
||suspiciously||||suddenly|with all one's might||||||unloaded||||||
万一 こう で も し なかったら 、 俺 は キチガイ に なった かも 知れ ない ぞ …… と 思い ながら ……。
まんいち||||||おれ||||||しれ||||おもい|
||||||||crazy person|||||||||
・・
それ から 私 は 、 その 娘 の 扱 帯 を 解いて 、 部屋 の 鴨居 に 引っかけて 、 縊死 を 遂げた ように 装わ せて おいた 。
||わたくし|||むすめ||あつか|おび||といて|へや||かもい||ひっかけて|いし||とげた||よそおわ||
|||||||||||||door beam|||suicide by hanging||||||
そうして 何 喰 わ ぬ 顔 を して 下宿 に 帰った もの である が 、 それ 以来 私 は 、 毎日 毎日 、 朝 と 晩 と 二 度 ずつ 、 おきまり の ように この 公園 に 来て 、 この ベンチ に 腰 を かけて 、 入口 で 買って 来た 二三 枚 の 朝刊 や 夕刊 に 眼 を 通す の が 、 一 つ の 習慣 に なって しまった 。
|なん|しょく|||かお|||げしゅく||かえった|||||いらい|わたくし||まいにち|まいにち|あさ||ばん||ふた|たび||||||こうえん||きて||べんち||こし|||いりぐち||かって|きた|ふみ|まい||ちょうかん||ゆうかん||がん||とおす|||ひと|||しゅうかん|||
|||||||||||||||||||||||||||as usual|||||||||||||||||||||||||||||||||||
・・
「 振 袖 娘 の 縊死 」・・
ふ|そで|むすめ||いし
と いった ような 標題 を 予期 し ながら ……。
|||ひょうだい||よき||
|||title||||
そうして 、 そんな 記事 が どこ に も 発見 さ れ ない 事 を たしかめる と 、 その 空 家 の 上空 に 当る 青い 青い 大気 の 色 を 見上げ ながら 、 ニヤリ と 一 つ 冷笑 を する の が 、 やはり 一 つ の 習慣 の ように なって しまった のであった 。
||きじ|||||はっけん||||こと|||||から|いえ||じょうくう||あたる|あおい|あおい|たいき||いろ||みあげ||||ひと||れいしょう||||||ひと|||しゅうかん|||||
|||||||||||||||||||||hits|||||||||||||sardonic smile||||||||||||||
・・
今 も そう であった 。
いま|||
私 は 二三 枚 の 新聞 紙 を ゴシャゴシャ に 丸めて 、 ベンチ の 下 へ 投げ込む と 、 バット を 一 本 口 に 啣 え ながら 、 その 方向 の 曇った 空 を 振り返った 。
わたくし||ふみ|まい||しんぶん|かみ||||まるめて|べんち||した||なげこむ||ばっと||ひと|ほん|くち||かん||||ほうこう||くもった|から||ふりかえった
|||||||||||||||threw in|||||||||||||||||
そうして 例 の 通り の 冷笑 を 含み ながら マッチ を 擦ろう と した が 、 その 時 に フト 足下 に 落ちて いる 一 枚 の 新聞 紙 が 眼 に 付く と 、 私 は ハッと して 息 を 詰めた 。
|れい||とおり||れいしょう||ふくみ||まっち||かすろう|||||じ|||あしもと||おちて||ひと|まい||しんぶん|かみ||がん||つく||わたくし||はっと||いき||つめた
|||||||||||strike a match|||||||suddenly|at one's feet||||||||||||||||||||
・・
それ は やはり 同じ 日付け の 夕刊 の 社会 面 であった が 、 誰 か この ベンチ に 腰 を かけた 人 が 棄 て て 行った もの らしい 。
|||おなじ|ひづけ||ゆうかん||しゃかい|おもて|||だれ|||べんち||こし|||じん||き|||おこなった||
その まん 中 の 処 に 掲 して ある 特種 らしい 三 段 抜き の 大きな 記事 が 、 私 の 眼 に 電気 の ように 飛び付いて 来た 。
||なか||しょ||けい|||とくしゅ||みっ|だん|ぬき||おおきな|きじ||わたくし||がん||でんき|||とびついて|きた
|||||||||special||||||||||||||||jumped at|
・・
--
空 家 の 怪 死体 ・・
から|いえ||かい|したい
×× 踏切 附近 の 廃屋 の 中 で ・・
ふみきり|ふきん||はいおく||なか|
|||abandoned house|||
死後 約 一 個 月 を 経た 半 骸骨 ・・
しご|やく|ひと|こ|つき||へた|はん|がいこつ
||||||||skeleton
会社 員 らしい 若い 背広 男 ・・
かいしゃ|いん||わかい|せびろ|おとこ
--
私 は この 新聞 記事 を 掴む と 、 夢中で 公園 を 飛び出した 。
わたくし|||しんぶん|きじ||つかむ||むちゅうで|こうえん||とびだした
そうして どこ を どうして 来た もの か 、×× 踏切り 附近 の 思い出 深い 廃 家 の 前 に 来て 、 茫然と 突っ立って いた 。
||||きた|||ふみきり|ふきん||おもいで|ふかい|はい|いえ||ぜん||きて|ぼうぜんと|つったって|
||||||||||||||||||blankly||
・・
私 は やがて 、 片手 に 掴んだ まま の 新聞 紙 に 気 が 付く と 、 慌てて 前後 を 見まわした 。
わたくし|||かたて||つかんだ|||しんぶん|かみ||き||つく||あわてて|ぜんご||みまわした
||||||||||||||||||looked around
そうして 誰 も 通って いない の を 見 澄ます と 、 思い切って 表 の 扉 を 開いて 中 に 這 入った 。
|だれ||かよって||||み|すます||おもいきって|ひょう||とびら||あいて|なか||は|はいった
・・
空 家 の 中 は 殆んど 真 暗 であった 。
から|いえ||なか||ほとんど|まこと|あん|
|||||almost|||
その 中 を 探り 探り 娘 の 死体 を 吊るして おいた 奥 の 八 畳 の 間 へ 来て 、 マッチ を 擦って 見る と ……。
|なか||さぐり|さぐり|むすめ||したい||つるして||おく||やっ|たたみ||あいだ||きて|まっち||かすって|みる|
・・
「……………」・・
…… それ は 紛 う 方 ない 私 の 死体 であった 。
||まがい||かた||わたくし||したい|
・・
バンド を 梁 に 引っかけて 、 バット を 啣 えて 、 右手 に マッチ を 、 左手 に 新聞 紙 を 掴んで ……。
ばんど||りょう||ひっかけて|ばっと||かん||みぎて||まっち||ひだりて||しんぶん|かみ||つかんで
||beam|||||held|to hold||||||||||
・・
私 は 驚き の 余り 気 が 遠く なって 来た 。
わたくし||おどろき||あまり|き||とおく||きた
マッチ の 燃えさし を 取り 落し ながら …… これ は 警察 当局 の トリック じゃ ない か …… と いった ような 疑い を チラリ と 頭 の 片隅 に 浮か め かけた ようであった が 、 その 瞬間 に 、 思い も かけ ない 私 の 背後 の クラ 暗 の 中 から 、 若い 女 の 笑い声 が 聞えて 来た 。
まっち||もえさし||とり|おとし||||けいさつ|とうきょく||とりっく|||||||うたがい||ちらり||あたま||かたすみ||うか||||||しゅんかん||おもい||||わたくし||はいご||くら|あん||なか||わかい|おんな||わらいごえ||きこえて|きた
||burnt match||||||||authorities|||||||||||glanced briefly|||||||||||||||||||||||||||||||||
・・
それ は 私 が 絞め 殺した 彼女 の 声 に 相違 なかった 。
||わたくし||しめ|ころした|かのじょ||こえ||そうい|
・・
「 オホホホホホホ …… あたし の 思い が 、 お わかり に なって ……」
|||おもい|||||
giggle||||||||