98. 永日小品 印象 - 夏目漱石
ひさし にち しょう しな|いんしょう|なつめ そうせき
98. eikihi kobitu impression - natsume soseki
98. Eternal Pieces Impression - Natsume Soseki
98. Впечатление от "Вечных кусков" - Нацумэ Сосэки
98. 印像小品榮一 - 夏目漱石
永 日 小 品 印象 - 夏目 漱石
なが|ひ|しょう|しな|いんしょう|なつめ|そうせき
印象
いんしょう
表 へ 出る と 、 広い 通り が 真 直 に 家 の 前 を 貫いて いる 。
ひょう||でる||ひろい|とおり||まこと|なお||いえ||ぜん||つらぬいて|
||||||||||||||to penetrate|
試みに その 中央 に 立って 見 廻して 見たら 、 眼 に 入る 家 は ことごとく 四 階 で 、 また ことごとく 同じ 色 であった 。
こころみに||ちゅうおう||たって|み|まわして|みたら|がん||はいる|いえ|||よっ|かい||||おなじ|いろ|
by way of試み|||||||||||||||||||||
隣 も 向 う も 区別 の つき かねる くらい 似 寄った 構造 な ので 、 今 自分 が 出て 来た の は はたして どの 家 である か 、 二三 間 行 過ぎて 、 後戻り を する と 、 もう 分 ら ない 。
となり||むかい|||くべつ|||||に|よった|こうぞう|||いま|じぶん||でて|きた|||||いえ|||ふみ|あいだ|ぎょう|すぎて|あともどり|||||ぶん||
|||||distinction|||to be unable to||||||||||||||surely|||||||||return|||||||
不思議な 町 である 。
ふしぎな|まち|
・・
昨 夕 は 汽車 の 音 に 包まって 寝た 。
さく|ゆう||きしゃ||おと||くるまって|ねた
|||||||wrapped in|
十 時 過ぎ に は 、 馬 の 蹄 と 鈴 の 響 に 送られて 、 暗い なか を 夢 の ように 馳 けた 。
じゅう|じ|すぎ|||うま||ひづめ||すず||ひび||おくら れて|くらい|||ゆめ|||ち|
|||||||hoof|||||||||||||raced|
その 時 美しい 灯 の 影 が 、 点々 と して 何 百 と なく 眸 の 上 を 往来 した 。
|じ|うつくしい|とう||かげ||てんてん|||なん|ひゃく|||ひとみ||うえ||おうらい|
|||light||||scattered|||||||eyes|||||
そのほか に は 何も 見 なかった 。
|||なにも|み|
No vi nada más.
見る の は 今 が 始めて である 。
みる|||いま||はじめて|
・・
二三 度 この 不思議な 町 を 立ち ながら 、 見上 、 見下した 後 、 ついに 左 へ 向いて 、 一 町 ほど 来る と 、 四 ツ 角 へ 出た 。
ふみ|たび||ふしぎな|まち||たち||みかみ|みくだした|あと||ひだり||むいて|ひと|まち||くる||よっ||かど||でた
||||||||looked up|looked down|||||||||||||||
よく 覚え を して おいて 、 右 へ 曲ったら 、 今度 は 前 より も 広い 往来 へ 出た 。
|おぼえ||||みぎ||まがったら|こんど||ぜん|||ひろい|おうらい||でた
|||||||turned right|||||||||
その 往来 の 中 を 馬車 が 幾 輛 と なく 通る 。
|おうらい||なか||ばしゃ||いく|りょう|||とおる
|||||wagon|||vehicles|||
いずれ も 屋根 に 人 を 載せて いる 。
||やね||じん||のせて|
その 馬車 の 色 が 赤 であったり 黄 であったり 、 青 や 茶 や 紺 であったり 、 仕切り なし に 自分 の 横 を 追い越し て向う へ 行く 。
|ばしゃ||いろ||あか||き||あお||ちゃ||こん||しきり|||じぶん||よこ||おいこし|てむかう||いく
||||||was||||||||||||||||to overtake|toward||
遠く の 方 を 透かして 見る と 、 どこ まで 五色 が 続いて いる の か 分 ら ない 。
とおく||かた||すかして|みる||||ごしき||つづいて||||ぶん||
||||by透かして = by透かして|||||||||||||
ふり返れば 、 五色 の 雲 の ように 動いて 来る 。
ふりかえれば|ごしき||くも|||うごいて|くる
if I look back|||||||
どこ から どこ へ 人 を 載せて 行く もの か しら ん と 立ち止まって 考えて いる と 、 後 から 背 の 高い 人 が 追い 被さる ように 、 肩 の あたり を 押した 。
||||じん||のせて|いく||||||たちどまって|かんがえて|||あと||せ||たかい|じん||おい|かぶさる||かた||||おした
|||||||||||||||||||||||||to lean over||||||
避けよう と する 右 に も 背 の 高い 人 が いた 。
さけよう|||みぎ|||せ||たかい|じん||
to avoid|||||||||||
左 り に も いた 。
ひだり||||
肩 を 押した 後 の 人 は 、 その また 後 の 人 から 肩 を 押されて いる 。
かた||おした|あと||じん||||あと||じん||かた||おさ れて|
そうして みんな 黙って いる 。
||だまって|
そうして 自然の うち に 前 へ 動いて 行く 。
|しぜんの|||ぜん||うごいて|いく
・・
自分 は この 時 始めて 、 人 の 海 に 溺れた 事 を 自覚 した 。
じぶん|||じ|はじめて|じん||うみ||おぼれた|こと||じかく|
|||||||||drowned||||
この 海 は どこ まで 広がって いる か 分 ら ない 。
|うみ||||ひろがって|||ぶん||
しかし 広い 割に は 極めて 静かな 海 である 。
|ひろい|わりに||きわめて|しずかな|うみ|
ただ 出る 事 が でき ない 。
|でる|こと|||
右 を 向いて も 痞 えて いる 。
みぎ||むいて||ひ||
||||stubborn|stuck|
左 を 見て も 塞がって いる 。
ひだり||みて||ふさがって|
後 を ふり返って も いっぱいである 。
あと||ふりかえって||
||||a lot
それ で 静かに 前 の 方 へ 動いて 行く 。
||しずかに|ぜん||かた||うごいて|いく
ただ 一筋 の 運命 より ほか に 、 自分 を 支配 する もの が ない か の ごとく 、 幾 万 の 黒い 頭 が 申し合せた ように 歩調 を 揃えて 一 歩 ずつ 前 へ 進んで 行く 。
|ひとすじ||うんめい||||じぶん||しはい||||||||いく|よろず||くろい|あたま||もうしあわせた||ほちょう||そろえて|ひと|ふ||ぜん||すすんで|いく
|one line||||||||to control||||||||||||||to have agreed|||||||||||
・・
自分 は 歩き ながら 、 今 出て 来た 家 の 事 を 想い 浮べた 。
じぶん||あるき||いま|でて|きた|いえ||こと||おもい|うかべた
||||||||||||floated
一 様 の 四 階建 の 、 一 様 の 色 の 、 不思議な 町 は 、 何でも 遠く に ある らしい 。
ひと|さま||よっ|かいだて||ひと|さま||いろ||ふしぎな|まち||なんでも|とおく|||
||||four-story||||||||||||||
どこ を どう 曲って 、 どこ を どう 歩いたら 帰れる か 、 ほとんど 覚 束 ない 気 が する 。
|||まがって||||あるいたら|かえれる|||あきら|たば||き||
よし 帰れて も 、 自分 の 家 は 見出せ そう も ない 。
|かえれて||じぶん||いえ||みいだせ|||
|||||||will not be able to find|||
その 家 は 昨 夕 暗い 中 に 暗く 立って いた 。
|いえ||さく|ゆう|くらい|なか||くらく|たって|
・・
自分 は 心細く 考え ながら 、 背 の 高い 群 集 に 押されて 、 仕方 なし に 大 通 を 二 つ 三 つ 曲がった 。
じぶん||こころぼそく|かんがえ||せ||たかい|ぐん|しゅう||おさ れて|しかた|||だい|つう||ふた||みっ||まがった
||with a feeling of insecurity||||||||||||||||||||to turn
曲る たんび に 、 昨 夕 の 暗い 家 と は 反対の 方角 に 遠ざかって 行く ような 心 持 が した 。
まがる|||さく|ゆう||くらい|いえ|||はんたいの|ほうがく||とおざかって|いく||こころ|じ||
to turn||||||||||opposite|||||||||
そうして 眼 の 疲れる ほど 人間 の たくさん いる なか に 、 云 う べ から ざる 孤独 を 感じた 。
|がん||つかれる||にんげん||||||うん|||||こどく||かんじた
||||||||||||||||loneliness||
すると 、 だらだら 坂 へ 出た 。
||さか||でた
ここ は 大きな 道路 が 五 つ 六 つ 落ち合う 広場 の ように 思わ れた 。
||おおきな|どうろ||いつ||むっ||おちあう|ひろば|||おもわ|
|||||||||to meet|||||
今 まで 一筋 に 動いて 来た 波 は 、 坂 の 下 で 、 いろいろな 方角 から 寄せる の と 集まって 、 静かに 廻 転し 始めた 。
いま||ひとすじ||うごいて|きた|なみ||さか||した|||ほうがく||よせる|||あつまって|しずかに|まわ|こかし|はじめた
|||||||||||||||||||||revolved|
・・
坂 の 下 に は 、 大きな 石 刻 の 獅子 が ある 。
さか||した|||おおきな|いし|きざ||しし||
全身 灰色 を して おった 。
ぜんしん|はいいろ|||
whole body|gray|||
尾 の 細い 割に 、 鬣 に 渦 を 捲 いた 深い 頭 は 四 斗 樽 ほど も あった 。
お||ほそい|わりに|たてがみ||うず||まく||ふかい|あたま||よっ|と|たる|||
||||mane||||twisted||||||||||
前足 を 揃えて 、 波 を 打つ 群 集 の 中 に 眠って いた 。
まえあし||そろえて|なみ||うつ|ぐん|しゅう||なか||ねむって|
front foot||||||||||||
獅子 は 二 ついた 。
しし||ふた|
lion|||
下 は 舗石 で 敷きつめて ある 。
した||ほいし||しきつめて|
||cobblestone||paved with|
その 真中 に 太い 銅 の 柱 が あった 。
|まんなか||ふとい|どう||ちゅう||
||||copper||||
自分 は 、 静かに 動く 人 の 海 の 間 に 立って 、 眼 を 挙げて 、 柱 の 上 を 見た 。
じぶん||しずかに|うごく|じん||うみ||あいだ||たって|がん||あげて|ちゅう||うえ||みた
柱 は 眼 の 届く 限り 高く 真 直 に 立って いる 。
ちゅう||がん||とどく|かぎり|たかく|まこと|なお||たって|
その 上 に は 大きな 空 が 一面に 見えた 。
|うえ|||おおきな|から||いちめんに|みえた
高い 柱 は この 空 を 真中 で 突き 抜いて いる ように 聳 えて いた 。
たかい|ちゅう|||から||まんなか||つき|ぬいて|||しょう||
||||||||||||to tower||
この 柱 の 先 に は 何 が ある か 分 ら なかった 。
|ちゅう||さき|||なん||||ぶん||
自分 は また 人 の 波 に 押されて 広場 から 、 右 の 方 の 通り を い ずく と も なく 下って 行った 。
じぶん|||じん||なみ||おさ れて|ひろば||みぎ||かた||とおり|||||||くだって|おこなった
しばらく して 、 ふり返ったら 、 竿 の ような 細い 柱 の 上 に 、 小さい 人間 が たった 一 人立って いた 。
||ふりかえったら|さお|||ほそい|ちゅう||うえ||ちいさい|にんげん|||ひと|ひとだって|
||looked back|pole|||||||||||||standing alone|