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或る女 - 有島武郎(アクセス), 7.1 或る 女

7.1 或る 女

葉子 は その 朝 横浜 の 郵船 会社 の 永田 から 手紙 を 受け取った 。 漢学 者 らしい 風格 の 、 上手な 字 で 唐紙 牋 に 書か れた 文句 に は 、 自分 は 故 早月 氏 に は 格別の 交誼 を 受けて いた が 、 あなた に 対して も 同様の 交際 を 続ける 必要の ない の を 遺憾に 思う 。 明晩 ( すなわち その 夜 ) の お 招き に も 出席 し かねる 、 と 剣 も ほろ ろ に 書き連ねて 、 追伸 に 、 先日 あなた から 一言 の 紹介 も なく 訪問 して きた 素性 の 知れ ぬ 青年 の 持参 した 金 は いら ない から お返し する 。 良 人 の 定まった 女 の 行動 は 、 申す まで も ない が 慎む が 上 に も ことに 慎む べき もの だ と 私 ども は 聞き 及んで いる 。 と きっぱり 書いて 、 その 金額 だけ の 為替 が 同封 して あった 。 葉子 が 古藤 を 連れて 横浜 に 行った の も 、 仮病 を つかって 宿屋 に 引きこもった の も 、 実 を いう と 船 商売 を する 人 に は 珍しい 厳格な この 永田 に 会う めんどう を 避ける ため だった 。 葉子 は 小さく 舌打ち して 、 為替 ごと 手紙 を 引き裂こう と した が 、 ふと 思い返して 、 丹念に 墨 を すり おろして 一 字 一 字 考えて 書いた ような 手紙 だけ ずたずたに 破いて 屑 かご に 突っ込んだ 。 ・・

葉子 は 地味な 他行 衣 に 寝 衣 を 着か えて 二 階 を 降りた 。 朝食 は 食べる 気 が なかった 。 妹 たち の 顔 を 見る の も 気づまりだった 。 ・・

姉妹 三 人 の いる 二 階 の 、 すみ から すみ まで きちんと 小ぎれいに 片付いて いる の に 引きかえて 、 叔母 一家 の 住まう 下 座敷 は 変に 油 ぎって よごれて いた 。 白痴 の 子 が 赤ん坊 同様な ので 、 東 の 縁 に 干して ある 襁褓 から 立つ 塩 臭い におい や 、 畳 の 上 に 踏みにじら れた まま こびりついて いる 飯 粒 など が 、 すぐ 葉子 の 神経 を いらいら さ せた 。 玄関 に 出て 見る と 、 そこ に は 叔父 が 、 襟 の まっ黒 に 汗 じん だ 白い 飛 白 を 薄 寒 そうに 着て 、 白 痴 の 子 を 膝 の 上 に 乗せ ながら 、 朝っぱら から 柿 を むいて あてがって いた 。 その 柿 の 皮 が あかあか と 紙くず と ごった に なって 敷き 石 の 上 に 散って いた 。 葉子 は 叔父 に ちょっと 挨拶 を して 草履 を さがし ながら 、・・

「 愛さ ん ちょっと ここ に おい で 。 玄関 が 御覧 、 あんなに よごれて いる から ね 、 きれいに 掃除 して おいて ちょうだい よ 。 ―― 今夜 は お 客 様 も ある んだ のに ……」・・

と 駆けて 来た 愛子 に わざと つ ん けん いう と 、 叔父 は 神経 の 遠く の ほう で あて こすら れた の を 感じた ふうで 、・・

「 お ゝ 、 それ は わし が した んじゃ で 、 わし が 掃除 し とく 。 構う て くださる な 、 おい お 俊 ―― お 俊 と いう に 、 何 し とる ぞい 」・・

と のろま らしく 呼び 立てた 。 帯 しろ 裸 の 叔母 が そこ に やって 来て 、 また くだら ぬ 口論 を する のだ と 思う と 、 泥 の 中 で いがみ合う 豚 か なん ぞ を 思い出して 、 葉子 は 踵 の 塵 を 払わ ん ばかりに そこそこ 家 を 出た 。 細い 釘 店 の 往来 は 場所柄 だけ に 門 並み きれいに 掃除 されて 、 打ち水 を した 上 を 、 気 の きいた 風体 の 男女 が 忙し そうに 往 き 来して いた 。 葉子 は 抜け毛 の 丸めた の や 、 巻 煙草 の 袋 の ちぎれた の が 散らばって 箒 の 目 一 つ ない 自分 の 家 の 前 を 目 を つぶって 駆けぬけたい ほど の 思い を して 、 つい そば の 日本 銀行 に は いって ありったけ の 預金 を 引き出した 。 そして その 前 の 車屋 で 始終 乗りつけ の いちばん 立派な 人力車 を 仕立て さ して 、 その 足 で 買い物 に 出かけた 。 妹 たち に 買い 残して おく べき 衣 服地 や 、 外国 人 向き の 土産 品 や 、 新しい どっしり した トランク など を 買い入れる と 、 引き出した 金 は いくらも 残って は い なかった 。 そして 午後 の 日 が やや 傾き かかった ころ 、 大塚 窪 町 に 住む 内田 と いう 母 の 友人 を 訪れた 。 内田 は 熱心な キリスト教 の 伝道 者 と して 、 憎む 人 から は 蛇 蝎 の ように 憎ま れる し 、 好きな 人 から は 予言 者 の ように 崇拝 されて いる 天才 肌 の 人だった 。 葉子 は 五 つ 六 つ の ころ 、 母 に 連れられて 、 よく その 家 に 出入り した が 、 人 を 恐れ ず に ぐんぐん 思った 事 を かわいらしい 口 もと から いい出す 葉子 の 様子 が 、 始終 人 から 距 て を おか れ つけた 内田 を 喜ば した ので 、 葉子 が 来る と 内田 は 、 何 か 心 の こだわった 時 でも きげん を 直して 、 窄った 眉 根 を 少し は 開き ながら 、「 また 子 猿 が 来た な 」 と いって 、 その つやつや した おかっぱ を なで 回したり なぞ した 。 その うち 母 が キリスト教 婦人 同盟 の 事業 に 関係 して 、 たちまち の うち に その 牛 耳 を 握り 、 外国 宣教師 だ と か 、 貴婦人 だ と か を 引き入れて 、 政略 が ま しく 事業 の 拡張 に 奔走 する ように なる と 、 内田 は すぐ きげん を 損じて 、 早月 親 佐 を 責めて 、 キリスト の 精神 を 無視 した 俗悪な 態度 だ と いきまいた が 、 親 佐 が いっこうに 取り合う 様子 が ない ので 、 両 家 の 間 は 見る見る 疎 々 しい もの に なって しまった 。 それ でも 内田 は 葉子 だけ に は 不思議に 愛着 を 持って いた と 見えて 、 よく 葉子 の うわさ を して 、「 子 猿 」 だけ は 引き取って 子供 同様に 育てて やって も いい なぞ と いったり した 。 内田 は 離縁 した 最初の 妻 が 連れて 行って しまった たった 一 人 の 娘 に いつまでも 未練 を 持って いる らしかった 。 どこ でも いい その 娘 に 似た らしい 所 の ある 少女 を 見る と 、 内田 は 日ごろ の 自分 を 忘れた ように 甘 々 しい 顔つき を した 。 人 が 怖 れる 割合 に 、 葉子 に は 内田 が 恐ろしく 思え なかった ばかり か 、 その 峻烈 な 性格 の 奥 に とじこめられて 小さく よどんだ 愛情 に 触れる と 、 ありきたりの 人間 から は 得られ ない ような なつかし み を 感ずる 事 が あった 。 葉子 は 母 に 黙って 時々 内田 を 訪れた 。 内田 は 葉子 が 来る と 、 どんな 忙しい 時 でも 自分 の 部屋 に 通して 笑い話 など を した 。 時に は 二 人 だけ で 郊外 の 静かな 並み 木 道 など を 散歩 したり した 。 ある 時 内田 は もう 娘 らしく 生長 した 葉子 の 手 を 堅く 握って 、「 お前 は 神様 以外 の 私 の ただ 一 人 の 道 伴 れ だ 」 など と いった 。 葉子 は 不思議な 甘い 心持ち で その 言葉 を 聞いた 。 その 記憶 は 長く 忘れ 得 なかった 。 ・・

それ が あの 木部 と の 結婚 問題 が 持ち上がる と 、 内田 は 否応 なし に ある 日 葉子 を 自分 の 家 に 呼びつけた 。 そして 恋人 の 変心 を 詰り 責める 嫉妬 深い 男 の ように 、 火 と 涙 と を 目 から ほとばしら せて 、 打ち も すえ かね ぬ まで に 狂い 怒った 。 その 時 ばかり は 葉子 も 心から 激昂 さ せられた 。 「 だれ が もう こんな わがままな 人 の 所 に 来て やる もの か 」 そう 思い ながら 、 生垣 の 多い 、 家並み の まばらな 、 轍 の 跡 の めいり こんだ 小石川 の 往来 を 歩き 歩き 、 憤怒 の 歯ぎしり を 止め かねた 。 それ は 夕闇 の 催した 晩秋 だった 。 しかし それ と 同時に なんだか 大切な もの を 取り 落とした ような 、 自分 を この世 に つり上げ てる 糸 の 一 つ が ぷ つんと 切れた ような 不思議な さびし さ の 胸 に 逼る の を どう する 事 も でき なかった 。 ・・

「 キリスト に 水 を やった サマリヤ の 女 の 事 も 思う から 、 この上 お前 に は 何も いう まい ―― 他人 の 失望 も 神 の 失望 もちっと は 考えて みる が いい 、…… 罪 だ ぞ 、 恐ろしい 罪 だ ぞ 」・・ そんな 事 が あって から 五 年 を 過ぎた きょう 、 郵便 局 に 行って 、 永田 から 来た 為替 を 引き出して 、 定子 を 預かって くれて いる 乳母 の 家 に 持って行こう と 思った 時 、 葉子 は 紙幣 の 束 を 算 え ながら 、 ふと 内田 の 最後 の 言葉 を 思い出した のだった 。 物 の ない 所 に 物 を 探る ような 心持ち で 葉子 は 人力車 を 大塚 の ほう に 走ら した 。 ・・

五 年 たって も 昔 の まま の 構え で 、 まばらに さし 代えた 屋根 板 と 、 めっきり 延びた 垣 添い の 桐 の 木 と が 目立つ ばかりだった 。 砂 きし み の する 格子戸 を あけて 、 帯 前 を 整え ながら 出て 来た 柔和な 細 君 と 顔 を 合わせた 時 は 、 さすが に 懐 旧 の 情 が 二 人 の 胸 を 騒がせた 。 細 君 は 思わず 知ら ず 「 まあ どうぞ 」 と いった が 、 その 瞬間 に はっと ためらった ような 様子 に なって 、 急いで 内田 の 書斎 に は いって 行った 。 しばらく する と 嘆息 し ながら 物 を いう ような 内田 の 声 が 途切れ 途切れ に 聞こえた 。 「 上げる の は 勝手だ が おれ が 会う 事 は ない じゃ ない か 」 と いった か と 思う と 、 はげしい 音 を 立てて 読みさし の 書物 を ぱた ん と 閉じる 音 が した 。 葉子 は 自分 の 爪先 を 見つめ ながら 下 くちびる を かんで いた 。 ・・

やがて 細 君 が おどおど し ながら 立ち 現われて 、 まず と 葉子 を 茶の間 に 招 じ 入れた 。 それ と 入れ 代わり に 、 書斎 で は 内田 が 椅子 を 離れた 音 が して 、 やがて 内田 は ずかずか と 格子戸 を あけて 出て 行って しまった 。 ・・

葉子 は 思わず ふらふら ッ と 立ち上がろう と する の を 、 何気ない 顔 で じっと こらえた 。 せめて は 雷 の ような 激しい その 怒り の 声 に 打た れ たかった 。 あわよくば 自分 も 思いきり い いたい 事 を いって のけ たかった 。 どこ に 行って も 取りあい も せ ず 、 鼻 で あしらい 、 鼻 で あしらわ れ 慣れた 葉子 に は 、 何 か 真 味な 力 で 打ちくだか れる なり 、 打ちくだく なり して 見 たかった 。 それ だった の に 思い 入って 内田 の 所 に 来て 見れば 、 内田 は 世 の 常の 人々 より も いっそう 冷ややかに 酷 く 思わ れた 。 ・・

「 こんな 事 を いって は 失礼です けれども ね 葉子 さん 、 あなた の 事 を いろいろに いって 来る 人 が ある もん です から ね 、 あの とおり の 性質 でしょう 。 どうも わたし に は なんとも いい なだめ よう が ない のです よ 。 内田 が あなた を お 上げ 申した の が 不思議な ほど だ と わたし 思います の 。 このごろ は ことさら だれ に も いわれない ような ごたごた が 家 の 内 に ある もん です から 、 よけい むしゃくしゃ して いて 、 ほんとうに わたし どう したら いい か と 思う 事 が あります の 」・・ 意地 も 生地 も 内田 の 強烈な 性格 の ため に 存分に 打ち砕か れた 細 君 は 、 上品な 顔 立て に 中 世紀 の 尼 に でも 見る ような 思い あきらめた 表情 を 浮かべて 、 捨て身 の 生活 の どん底 に ひそむ さびしい 不足 を ほのめかした 。 自分 より 年下 で 、 しかも 良 人 から さんざん 悪評 を 投げられて いる はずの 葉子 に 対して まで 、 すぐ 心 が 砕けて しまって 、 張り の ない 言葉 で 同情 を 求める か と 思う と 、 葉子 は 自分 の 事 の ように 歯がゆかった 。 眉 と 口 と の あたり に むごたらしい 軽蔑 の 影 が 、 まざまざ と 浮かび上がる の を 感じ ながら 、 それ を どう する 事 も でき なかった 。 葉子 は 急に 青 味 を 増した 顔 で 細 君 を 見 やった が 、 その 顔 は 世 故 に 慣れ きった 三十 女 の ようだった 。 ( 葉子 は 思う まま に 自分 の 年 を 五 つ も 上 に したり 下 に したり する 不思議な 力 を 持って いた 。 感情 次第 で その 表情 は 役者 の 技巧 の ように 変わった )・・

「 歯がゆく は いらっしゃら なくって 」・・ と 切り返す ように 内田 の 細 君 の 言葉 を ひったくって 、・・

「 わたし だったら どう でしょう 。 すぐ おじさん と けんか して 出て しまいます わ 。 それ は わたし 、 おじさん を 偉い 方 だ と は 思って います が 、 わたし こんなに 生まれ ついた んです から どう しよう も ありません わ 。 一 から 十 まで おっしゃる 事 を は いはい と 聞いて いられません わ 。 おじさん も あんまりで いらっしゃいます の ね 。 あなた みたいな 方 に 、 そう 笠 に かから ず と も 、 わたし でも お 相手 に なされば いい のに …… でも あなた が いらっしゃれば こそ おじさん も ああ やって お 仕事 が おでき に なる んです の ね 。 わたし だけ は 除け 物 です けれども 、 世の中 は なかなか よく いって います わ 。 …… あ 、 それ でも わたし は もう 見放されて しまった んです もの ね 、 いう 事 は ありゃ しません 。 ほんとうに あなた が いらっしゃる ので おじさん は お 仕 合わせ です わ 。 あなた は 辛抱 なさる 方 。 おじさん は わがままで お 通し に なる 方 。 もっとも おじさん に は それ が 神様 の 思し召し な んでしょう けれども ね 。 …… わたし も 神様 の 思し召し か なんか で わがままで 通す 女 な んです から おじさん と は どうしても 茶碗 と 茶碗 です わ 。 それ でも 男 は ようご ざん す の ね 、 わがまま が 通る んです もの 。 女 の わがまま は 通す より しかたがない んです から ほんとうに 情けなく なります の ね 。 何も 前世 の 約束 な んでしょう よ ……」・・

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7.1 或る 女 ある|おんな 7.1 Eine Frau 7.1 Una mujer 7.1 Bir kadın

葉子 は その 朝 横浜 の 郵船 会社 の 永田 から 手紙 を 受け取った 。 ようこ|||あさ|よこはま||ゆうせん|かいしゃ||ながた||てがみ||うけとった Hazuko received a letter from Nagata of the Yokohama Shipping Company that morning. 漢学 者 らしい 風格 の 、 上手な 字 で 唐紙 牋 に 書か れた 文句 に は 、 自分 は 故 早月 氏 に は 格別の 交誼 を 受けて いた が 、 あなた に 対して も 同様の 交際 を 続ける 必要の ない の を 遺憾に 思う 。 かんがく|もの||ふうかく||じょうずな|あざ||からかみ|せん||かか||もんく|||じぶん||こ|さつき|うじ|||かくべつの|こうぎ||うけて|||||たいして||どうようの|こうさい||つづける|ひつようの||||いかんに|おもう Confucian studies|||style||good|||Chinese paper|writing paper|||||||||||||||friendship|||||||||similar||||||||regretfully| The elegant characters written in good handwriting on Chinese paper conveyed a scholarly air, expressing regret that despite enjoying a special friendship with the late Satsuki, they felt no need to continue a similar relationship with her. They also mentioned that they couldn't attend the invitation for the next evening. 明晩 ( すなわち その 夜 ) の お 招き に も 出席 し かねる 、 と 剣 も ほろ ろ に 書き連ねて 、 追伸 に 、 先日 あなた から 一言 の 紹介 も なく 訪問 して きた 素性 の 知れ ぬ 青年 の 持参 した 金 は いら ない から お返し する 。 みょうばん|||よ|||まねき|||しゅっせき||||けん|||||かきつらねて|ついしん||せんじつ|||いちげん||しょうかい|||ほうもん|||すじょう||しれ||せいねん||じさん||きむ|||||おかえし| tomorrow night||||||invitation|||||cannot attend||sword||also|||write down|postscript||the other day|||||||||||||||||brought|||||||return| They added a postscript saying that they didn't need the money brought by the unknown young man who visited her the other day without any introduction from her, and would return it. 良 人 の 定まった 女 の 行動 は 、 申す まで も ない が 慎む が 上 に も ことに 慎む べき もの だ と 私 ども は 聞き 及んで いる 。 よ|じん||さだまった|おんな||こうどう||もうす|||||つつしむ||うえ||||つつしむ|||||わたくし|||きき|およんで| |||settled|||behavior||to say|||||||||||||||||we|||heard| A virtuous woman's behavior towards her husband is something that we have heard and understood as being not only respectful, but also extremely respectful. と きっぱり 書いて 、 その 金額 だけ の 為替 が 同封 して あった 。 ||かいて||きんがく|||かわせ||どうふう|| |||||||postal money order||enclosed|| Clearly written, the amount of money was enclosed in the draft exchange. 葉子 が 古藤 を 連れて 横浜 に 行った の も 、 仮病 を つかって 宿屋 に 引きこもった の も 、 実 を いう と 船 商売 を する 人 に は 珍しい 厳格な この 永田 に 会う めんどう を 避ける ため だった 。 ようこ||ことう||つれて|よこはま||おこなった|||けびょう|||やどや||ひきこもった|||み||||せん|しょうばい|||じん|||めずらしい|げんかくな||ながた||あう|||さける|| ||||||||||||using a false excuse|||shut in|||||||||||||||strict|||||trouble|||| The reason why Yoko took Kotou to Yokohama, and pretended to be sick to stay at the inn, was actually to avoid the trouble of meeting this strict Nagata, which is unusual for people in the shipping business. 葉子 は 小さく 舌打ち して 、 為替 ごと 手紙 を 引き裂こう と した が 、 ふと 思い返して 、 丹念に 墨 を すり おろして 一 字 一 字 考えて 書いた ような 手紙 だけ ずたずたに 破いて 屑 かご に 突っ込んだ 。 ようこ||ちいさく|したうち||かわせ||てがみ||ひきさこう|||||おもいかえして|たんねんに|すみ||||ひと|あざ|ひと|あざ|かんがえて|かいた||てがみ|||やぶいて|くず|||つっこんだ |||clicking sound||||||tear up||||||carefully|ink||ground|||||||||||torn to pieces|tore up|scraps|wastebasket||threw in Yoko clicked her tongue softly and tried to tear up the letter along with the exchange, but after a moment of hesitation, she carefully shredded only the letter that seemed to have been written with each character thoughtfully in ink, and stuffed the pieces into the waste basket. ・・ Yoko changed into plain pajamas and quietly made her way downstairs.

葉子 は 地味な 他行 衣 に 寝 衣 を 着か えて 二 階 を 降りた 。 ようこ||じみな|たこう|ころも||ね|ころも||つか||ふた|かい||おりた |||other bank|clothes|||||||||| Yoko changed into plain pajamas and made her way downstairs. 朝食 は 食べる 気 が なかった 。 ちょうしょく||たべる|き|| I didn't feel like eating breakfast. 妹 たち の 顔 を 見る の も 気づまりだった 。 いもうと|||かお||みる|||きづまりだった ||||||||awkward It was difficult to even look at my sisters' faces. ・・ ....

姉妹 三 人 の いる 二 階 の 、 すみ から すみ まで きちんと 小ぎれいに 片付いて いる の に 引きかえて 、 叔母 一家 の 住まう 下 座敷 は 変に 油 ぎって よごれて いた 。 しまい|みっ|じん|||ふた|かい|||||||こぎれいに|かたづいて||||ひきかえて|おば|いっか||すまう|した|ざしき||へんに|あぶら|ぎ って|| |||||||||||||neatly|tidied up||||on the other hand||||lives||||||greasy|dirty| 白痴 の 子 が 赤ん坊 同様な ので 、 東 の 縁 に 干して ある 襁褓 から 立つ 塩 臭い におい や 、 畳 の 上 に 踏みにじら れた まま こびりついて いる 飯 粒 など が 、 すぐ 葉子 の 神経 を いらいら さ せた 。 しろ ち||こ||あかんぼう|どうような||ひがし||えん||ほして||おしめほう||たつ|しお|くさい|||たたみ||うえ||ふみにじら|||||めし|つぶ||||ようこ||しんけい|||| |||||||||||||diaper|||||smell||||||trampled||||||rice grain|||||||||| 玄関 に 出て 見る と 、 そこ に は 叔父 が 、 襟 の まっ黒 に 汗 じん だ 白い 飛 白 を 薄 寒 そうに 着て 、 白 痴 の 子 を 膝 の 上 に 乗せ ながら 、 朝っぱら から 柿 を むいて あてがって いた 。 げんかん||でて|みる|||||おじ||えり||まっ くろ||あせ|||しろい|と|しろ||うす|さむ|そう に|きて|しろ|ち||こ||ひざ||うえ||のせ||あさっぱら||かき|||| |||||||||||||||stain|||||||slightly cold||||||||||||on||early morning||persimmon||peeling|putting on| その 柿 の 皮 が あかあか と 紙くず と ごった に なって 敷き 石 の 上 に 散って いた 。 |かき||かわ||||かみくず||ご った|||しき|いし||うえ||ちって| |||||bright red||scrap paper||mixed||||||||| 葉子 は 叔父 に ちょっと 挨拶 を して 草履 を さがし ながら 、・・ ようこ||おじ|||あいさつ|||ぞうり||| ||||||||geta sandals||looking for|

「 愛さ ん ちょっと ここ に おい で 。 あいさ|||||| love|||||| 玄関 が 御覧 、 あんなに よごれて いる から ね 、 きれいに 掃除 して おいて ちょうだい よ 。 げんかん||ごらん|||||||そうじ|||| ―― 今夜 は お 客 様 も ある んだ のに ……」・・ こんや|||きゃく|さま||||

と 駆けて 来た 愛子 に わざと つ ん けん いう と 、 叔父 は 神経 の 遠く の ほう で あて こすら れた の を 感じた ふうで 、・・ |かけて|きた|あいこ||||||||おじ||しんけい||とおく|||||||||かんじた| |ran over|||||||snapping||||||||||||lightly touched|||||

「 お ゝ 、 それ は わし が した んじゃ で 、 わし が 掃除 し とく 。 |||||||||||そうじ|| ||||I|||||||||to do 構う て くださる な 、 おい お 俊 ―― お 俊 と いう に 、 何 し とる ぞい 」・・ かまう||||||しゆん||しゆん||||なん||| ||please give||||Shun|||||||||you know

と のろま らしく 呼び 立てた 。 |||よび|たてた |slowpoke||| 帯 しろ 裸 の 叔母 が そこ に やって 来て 、 また くだら ぬ 口論 を する のだ と 思う と 、 泥 の 中 で いがみ合う 豚 か なん ぞ を 思い出して 、 葉子 は 踵 の 塵 を 払わ ん ばかりに そこそこ 家 を 出た 。 おび||はだか||おば|||||きて||||こうろん|||||おもう||どろ||なか||いがみあう|ぶた|||||おもいだして|ようこ||かかと||ちり||はらわ||||いえ||でた |||||||||||trivial||argument|||||||||||squabbling||||||||||||||||somewhat||| 細い 釘 店 の 往来 は 場所柄 だけ に 門 並み きれいに 掃除 されて 、 打ち水 を した 上 を 、 気 の きいた 風体 の 男女 が 忙し そうに 往 き 来して いた 。 ほそい|くぎ|てん||おうらい||ばしょがら|||もん|なみ||そうじ|さ れて|うちみず|||うえ||き|||ふうてい||だんじょ||いそがし|そう に|おう||きたして| ||||||locally||||||||sprinkling water|||||||thoughtful|appearance||||seemingly busy||coming and going||coming and going| 葉子 は 抜け毛 の 丸めた の や 、 巻 煙草 の 袋 の ちぎれた の が 散らばって 箒 の 目 一 つ ない 自分 の 家 の 前 を 目 を つぶって 駆けぬけたい ほど の 思い を して 、 つい そば の 日本 銀行 に は いって ありったけ の 預金 を 引き出した 。 ようこ||ぬけげ||まるめた|||かん|たばこ||ふくろ|||||ちらばって|そう||め|ひと|||じぶん||いえ||ぜん||め|||かけぬけ たい|||おもい||||||にっぽん|ぎんこう||||||よきん||ひきだした ||hair loss||rolled up|||rolled|rolled tobacco||||torn|||scattered about|broom|||||||||||||||want to run||||||||||||||||savings||withdrew そして その 前 の 車屋 で 始終 乗りつけ の いちばん 立派な 人力車 を 仕立て さ して 、 その 足 で 買い物 に 出かけた 。 ||ぜん||くるまや||しじゅう|のりつけ|||りっぱな|じんりきしゃ||したて||||あし||かいもの||でかけた ||||car shop|||drove up|||splendid||||||||||| 妹 たち に 買い 残して おく べき 衣 服地 や 、 外国 人 向き の 土産 品 や 、 新しい どっしり した トランク など を 買い入れる と 、 引き出した 金 は いくらも 残って は い なかった 。 いもうと|||かい|のこして|||ころも|ふくじ||がいこく|じん|むき||みやげ|しな||あたらしい|||とらんく|||かいいれる||ひきだした|きむ|||のこって||| |||purchase|||||||||||souvenir||||heavy|||||purchase|||||not much|||| そして 午後 の 日 が やや 傾き かかった ころ 、 大塚 窪 町 に 住む 内田 と いう 母 の 友人 を 訪れた 。 |ごご||ひ|||かたむき|||おおつか|くぼ|まち||すむ|うちた|||はは||ゆうじん||おとずれた ||||||leaning|||Otsuka|Kubo||||Uchida|||||||visited 内田 は 熱心な キリスト教 の 伝道 者 と して 、 憎む 人 から は 蛇 蝎 の ように 憎ま れる し 、 好きな 人 から は 予言 者 の ように 崇拝 されて いる 天才 肌 の 人だった 。 うちた||ねっしんな|きりすときょう||でんどう|もの|||にくむ|じん|||へび|さそり|||にくま|||すきな|じん|||よげん|もの|||すうはい|さ れて||てんさい|はだ||ひとだった |||||evangelist|||||||||scorpion|||hated||||||||||||||||| 葉子 は 五 つ 六 つ の ころ 、 母 に 連れられて 、 よく その 家 に 出入り した が 、 人 を 恐れ ず に ぐんぐん 思った 事 を かわいらしい 口 もと から いい出す 葉子 の 様子 が 、 始終 人 から 距 て を おか れ つけた 内田 を 喜ば した ので 、 葉子 が 来る と 内田 は 、 何 か 心 の こだわった 時 でも きげん を 直して 、 窄った 眉 根 を 少し は 開き ながら 、「 また 子 猿 が 来た な 」 と いって 、 その つやつや した おかっぱ を なで 回したり なぞ した 。 ようこ||いつ||むっ||||はは||つれ られて|||いえ||でいり|||じん||おそれ||||おもった|こと|||くち|||いいだす|ようこ||ようす||しじゅう|じん||きょ||||||うちた||よろこば|||ようこ||くる||うちた||なん||こころ|||じ||||なおして|すぼまった|まゆ|ね||すこし||あき|||こ|さる||きた|||||||||な で|まわしたり|| ||||||||||brought by|||||||||||||||||adorable||||||||||||distance|||||||||||||||||||||preoccupied with|||mood||cheer up|furrowed||||||||||baby monkey|||||||||bobbed hair|||patted around|| その うち 母 が キリスト教 婦人 同盟 の 事業 に 関係 して 、 たちまち の うち に その 牛 耳 を 握り 、 外国 宣教師 だ と か 、 貴婦人 だ と か を 引き入れて 、 政略 が ま しく 事業 の 拡張 に 奔走 する ように なる と 、 内田 は すぐ きげん を 損じて 、 早月 親 佐 を 責めて 、 キリスト の 精神 を 無視 した 俗悪な 態度 だ と いきまいた が 、 親 佐 が いっこうに 取り合う 様子 が ない ので 、 両 家 の 間 は 見る見る 疎 々 しい もの に なって しまった 。 ||はは||きりすときょう|ふじん|どうめい||じぎょう||かんけい|||||||うし|みみ||にぎり|がいこく|せんきょうし||||きふじん|||||ひきいれて|せいりゃく||||じぎょう||かくちょう||ほんそう|||||うちた|||||そんじて|さつき|おや|たすく||せめて|きりすと||せいしん||むし||ぞくあくな|たいど|||||おや|たすく|||とりあう|ようす||||りょう|いえ||あいだ||みるみる|うと|||||| |||||||||||||||||cow|||grasped||foreign missionary|||||||||brought in|political maneuvering||||||expansion||||||||||||lost her temper|||||blame|||||||||||snorted with anger|||||at all|pay attention to|||||||||||distant|||||| それ でも 内田 は 葉子 だけ に は 不思議に 愛着 を 持って いた と 見えて 、 よく 葉子 の うわさ を して 、「 子 猿 」 だけ は 引き取って 子供 同様に 育てて やって も いい なぞ と いったり した 。 ||うちた||ようこ||||ふしぎに|あいちゃく||もって|||みえて||ようこ|||||こ|さる|||ひきとって|こども|どうように|そだてて||||||| |||||||||||||||||||||||||take in||like a child|||||||| 内田 は 離縁 した 最初の 妻 が 連れて 行って しまった たった 一 人 の 娘 に いつまでも 未練 を 持って いる らしかった 。 うちた||りえん||さいしょの|つま||つれて|おこなって|||ひと|じん||むすめ|||みれん||もって|| ||divorce||first|||||||||||||lingering attachment|||| どこ でも いい その 娘 に 似た らしい 所 の ある 少女 を 見る と 、 内田 は 日ごろ の 自分 を 忘れた ように 甘 々 しい 顔つき を した 。 ||||むすめ||にた||しょ|||しょうじょ||みる||うちた||ひごろ||じぶん||わすれた||あま|||かおつき|| 人 が 怖 れる 割合 に 、 葉子 に は 内田 が 恐ろしく 思え なかった ばかり か 、 その 峻烈 な 性格 の 奥 に とじこめられて 小さく よどんだ 愛情 に 触れる と 、 ありきたりの 人間 から は 得られ ない ような なつかし み を 感ずる 事 が あった 。 じん||こわ||わりあい||ようこ|||うちた||おそろしく|おもえ|||||たかし れつ||せいかく||おく||とじこめ られて|ちいさく||あいじょう||ふれる|||にんげん|||え られ||||||かんずる|こと|| |||||||||||||||||severe||||||sealed inside||stagnated|||||ordinary||||||||||||| 葉子 は 母 に 黙って 時々 内田 を 訪れた 。 ようこ||はは||だまって|ときどき|うちた||おとずれた 内田 は 葉子 が 来る と 、 どんな 忙しい 時 でも 自分 の 部屋 に 通して 笑い話 など を した 。 うちた||ようこ||くる|||いそがしい|じ||じぶん||へや||とおして|わらいばなし||| 時に は 二 人 だけ で 郊外 の 静かな 並み 木 道 など を 散歩 したり した 。 ときに||ふた|じん|||こうがい||しずかな|なみ|き|どう|||さんぽ|| ある 時 内田 は もう 娘 らしく 生長 した 葉子 の 手 を 堅く 握って 、「 お前 は 神様 以外 の 私 の ただ 一 人 の 道 伴 れ だ 」 など と いった 。 |じ|うちた|||むすめ||せいちょう||ようこ||て||かたく|にぎって|おまえ||かみさま|いがい||わたくし|||ひと|じん||どう|ばん||||| |||||||growth||||||||||||||||||||companion|accompanied|was||| 葉子 は 不思議な 甘い 心持ち で その 言葉 を 聞いた 。 ようこ||ふしぎな|あまい|こころもち|||ことば||きいた その 記憶 は 長く 忘れ 得 なかった 。 |きおく||ながく|わすれ|とく| ・・

それ が あの 木部 と の 結婚 問題 が 持ち上がる と 、 内田 は 否応 なし に ある 日 葉子 を 自分 の 家 に 呼びつけた 。 |||きべ|||けっこん|もんだい||もちあがる||うちた||いやおう||||ひ|ようこ||じぶん||いえ||よびつけた |||||||||arises||||whether or not|||||||||||summoned そして 恋人 の 変心 を 詰り 責める 嫉妬 深い 男 の ように 、 火 と 涙 と を 目 から ほとばしら せて 、 打ち も すえ かね ぬ まで に 狂い 怒った 。 |こいびと||へんしん||なじり|せめる|しっと|ふかい|おとこ|||ひ||なみだ|||め||||うち|||||||くるい|いかった |||change of heart||in other words|blame|||||||||||||burst forth||||also|||||went mad|angry その 時 ばかり は 葉子 も 心から 激昂 さ せられた 。 |じ|||ようこ||こころから|げきこう||せら れた |||||||||was made to feel 「 だれ が もう こんな わがままな 人 の 所 に 来て やる もの か 」 そう 思い ながら 、 生垣 の 多い 、 家並み の まばらな 、 轍 の 跡 の めいり こんだ 小石川 の 往来 を 歩き 歩き 、 憤怒 の 歯ぎしり を 止め かねた 。 |||||じん||しょ||きて|||||おもい||いけがき||おおい|いえなみ|||わだち||あと||||こいしかわ||おうらい||あるき|あるき|ふんぬ||はぎしり||とどめ| |||||||||||||||||||row of houses||sparse|wheel track||track|||fallen|Koishikawa||||||||grinding teeth||could not stop|could not stop それ は 夕闇 の 催した 晩秋 だった 。 ||ゆうやみ||もよおした|ばんしゅう| |||||late autumn| しかし それ と 同時に なんだか 大切な もの を 取り 落とした ような 、 自分 を この世 に つり上げ てる 糸 の 一 つ が ぷ つんと 切れた ような 不思議な さびし さ の 胸 に 逼る の を どう する 事 も でき なかった 。 |||どうじに||たいせつな|||とり|おとした||じぶん||このよ||つりあげ||いと||ひと|||||きれた||ふしぎな||||むね||ひつ る|||||こと||| ・・

「 キリスト に 水 を やった サマリヤ の 女 の 事 も 思う から 、 この上 お前 に は 何も いう まい ―― 他人 の 失望 も 神 の 失望 もちっと は 考えて みる が いい 、…… 罪 だ ぞ 、 恐ろしい 罪 だ ぞ 」・・ きりすと||すい|||||おんな||こと||おもう||このうえ|おまえ|||なにも|||たにん||しつぼう||かみ||しつぼう|もち っと||かんがえて||||ざい|||おそろしい|ざい|| |||||Samaritan||||||||further||||||||||||||a little|||||||||||| そんな 事 が あって から 五 年 を 過ぎた きょう 、 郵便 局 に 行って 、 永田 から 来た 為替 を 引き出して 、 定子 を 預かって くれて いる 乳母 の 家 に 持って行こう と 思った 時 、 葉子 は 紙幣 の 束 を 算 え ながら 、 ふと 内田 の 最後 の 言葉 を 思い出した のだった 。 |こと||||いつ|とし||すぎた||ゆうびん|きょく||おこなって|ながた||きた|かわせ||ひきだして|さだこ||あずかって|||うば||いえ||もっていこう||おもった|じ|ようこ||しへい||たば||さん||||うちた||さいご||ことば||おもいだした| |||||||||||post office|||||||||||taking care of|||||||take it||||||banknote||bundle||counting||||||||||| 物 の ない 所 に 物 を 探る ような 心持ち で 葉子 は 人力車 を 大塚 の ほう に 走ら した 。 ぶつ|||しょ||ぶつ||さぐる||こころもち||ようこ||じんりきしゃ||おおつか||||はしら| |||||||search for||||||||||direction||| ・・

五 年 たって も 昔 の まま の 構え で 、 まばらに さし 代えた 屋根 板 と 、 めっきり 延びた 垣 添い の 桐 の 木 と が 目立つ ばかりだった 。 いつ|とし|||むかし||||かまえ||||かえた|やね|いた|||のびた|かき|そい||きり||き|||めだつ| |five|||||||||sparsely||replaced|roof|||remarkably|grew longer|||||||||stands out| 砂 きし み の する 格子戸 を あけて 、 帯 前 を 整え ながら 出て 来た 柔和な 細 君 と 顔 を 合わせた 時 は 、 さすが に 懐 旧 の 情 が 二 人 の 胸 を 騒がせた 。 すな|||||こうしど|||おび|ぜん||ととのえ||でて|きた|にゅうわな|ほそ|きみ||かお||あわせた|じ||||ふところ|きゅう||じょう||ふた|じん||むね||さわがせた |sandy||||lattice door|||obi|||straighten up||||||||||||||||nostalgia|||||||||stirred 細 君 は 思わず 知ら ず 「 まあ どうぞ 」 と いった が 、 その 瞬間 に はっと ためらった ような 様子 に なって 、 急いで 内田 の 書斎 に は いって 行った 。 ほそ|きみ||おもわず|しら||||||||しゅんかん|||||ようす|||いそいで|うちた||しょさい||||おこなった |||||||||||||||hesitated|||||||possessive particle||||| しばらく する と 嘆息 し ながら 物 を いう ような 内田 の 声 が 途切れ 途切れ に 聞こえた 。 |||たんそく|||ぶつ||||うちた||こえ||とぎれ|とぎれ||きこえた |||sigh|||||||||||interrupted||| 「 上げる の は 勝手だ が おれ が 会う 事 は ない じゃ ない か 」 と いった か と 思う と 、 はげしい 音 を 立てて 読みさし の 書物 を ぱた ん と 閉じる 音 が した 。 あげる|||かってだ||||あう|こと||||||||||おもう|||おと||たてて|よみさし||しょもつ|||||とじる|おと|| ||||||||||||||||||||||||||book||snap|with a sound||||| 葉子 は 自分 の 爪先 を 見つめ ながら 下 くちびる を かんで いた 。 ようこ||じぶん||つまさき||みつめ||した|||| |||||||||lower lip||| ・・

やがて 細 君 が おどおど し ながら 立ち 現われて 、 まず と 葉子 を 茶の間 に 招 じ 入れた 。 |ほそ|きみ|||||たち|あらわれて|||ようこ||ちゃのま||まね||いれた |||||||||||||||invited|| それ と 入れ 代わり に 、 書斎 で は 内田 が 椅子 を 離れた 音 が して 、 やがて 内田 は ずかずか と 格子戸 を あけて 出て 行って しまった 。 ||いれ|かわり||しょさい|||うちた||いす||はなれた|おと||||うちた||||こうしど|||でて|おこなって| ・・

葉子 は 思わず ふらふら ッ と 立ち上がろう と する の を 、 何気ない 顔 で じっと こらえた 。 ようこ||おもわず||||たちあがろう|||||なにげない|かお||| |||unsteadily|||try to stand|||||casual||||held back せめて は 雷 の ような 激しい その 怒り の 声 に 打た れ たかった 。 ||かみなり|||はげしい||いかり||こえ||うた|| at least|||||||anger|||||| あわよくば 自分 も 思いきり い いたい 事 を いって のけ たかった 。 |じぶん||おもいきり||い たい|こと|||| if possible|||||want to hurt||||to say| どこ に 行って も 取りあい も せ ず 、 鼻 で あしらい 、 鼻 で あしらわ れ 慣れた 葉子 に は 、 何 か 真 味な 力 で 打ちくだか れる なり 、 打ちくだく なり して 見 たかった 。 ||おこなって||とりあい||||はな|||はな||||なれた|ようこ|||なん||まこと|あじな|ちから||うちくだか|||うちくだく|||み| ||||snatching|||||||||dismiss|||||||||genuine|||struck down|||crushed|||| それ だった の に 思い 入って 内田 の 所 に 来て 見れば 、 内田 は 世 の 常の 人々 より も いっそう 冷ややかに 酷 く 思わ れた 。 ||||おもい|はいって|うちた||しょ||きて|みれば|うちた||よ||とわの|ひとびと||||ひややかに|こく||おもわ| ||||||||||||||||usual||||even more|coldly|cruel||| ・・

「 こんな 事 を いって は 失礼です けれども ね 葉子 さん 、 あなた の 事 を いろいろに いって 来る 人 が ある もん です から ね 、 あの とおり の 性質 でしょう 。 |こと||||しつれいです|||ようこ||||こと||||くる|じん||||||||||せいしつ| ||||||||||||||various|||||||||||||| どうも わたし に は なんとも いい なだめ よう が ない のです よ 。 内田 が あなた を お 上げ 申した の が 不思議な ほど だ と わたし 思います の 。 うちた|||||あげ|もうした|||ふしぎな|||||おもい ます| ||||||reported||||||||| このごろ は ことさら だれ に も いわれない ような ごたごた が 家 の 内 に ある もん です から 、 よけい むしゃくしゃ して いて 、 ほんとうに わたし どう したら いい か と 思う 事 が あります の 」・・ ||||||||||いえ||うち|||||||||||||||||おもう|こと||あり ます| these days||||||not told||||||||||||more|frustrated|||||||||||||| 意地 も 生地 も 内田 の 強烈な 性格 の ため に 存分に 打ち砕か れた 細 君 は 、 上品な 顔 立て に 中 世紀 の 尼 に でも 見る ような 思い あきらめた 表情 を 浮かべて 、 捨て身 の 生活 の どん底 に ひそむ さびしい 不足 を ほのめかした 。 いじ||きじ||うちた||きょうれつな|せいかく||||ぞんぶんに|うちくだか||ほそ|きみ||じょうひんな|かお|たて||なか|せいき||あま|||みる||おもい||ひょうじょう||うかべて|すてみ||せいかつ||どんぞこ||||ふそく|| ||one's true nature||||||||||smashed||small|||elegant|||||middle ages||nun||||||||||||||||lurking||||hinted at 自分 より 年下 で 、 しかも 良 人 から さんざん 悪評 を 投げられて いる はずの 葉子 に 対して まで 、 すぐ 心 が 砕けて しまって 、 張り の ない 言葉 で 同情 を 求める か と 思う と 、 葉子 は 自分 の 事 の ように 歯がゆかった 。 じぶん||としした|||よ|じん|||あくひょう||なげ られて|||ようこ||たいして|||こころ||くだけて||はり|||ことば||どうじょう||もとめる|||おもう||ようこ||じぶん||こと|||はがゆかった ||younger||||||a lot|bad reputation||was thrown||supposed to||||||||broken||lack of energy|||||||seeking sympathy||||||||||||frustrating 眉 と 口 と の あたり に むごたらしい 軽蔑 の 影 が 、 まざまざ と 浮かび上がる の を 感じ ながら 、 それ を どう する 事 も でき なかった 。 まゆ||くち||||||けいべつ||かげ||||うかびあがる|||かんじ||||||こと||| |||||||terrible|||||||clearly appeared|||||||||||| 葉子 は 急に 青 味 を 増した 顔 で 細 君 を 見 やった が 、 その 顔 は 世 故 に 慣れ きった 三十 女 の ようだった 。 ようこ||きゅうに|あお|あじ||ました|かお||ほそ|きみ||み||||かお||よ|こ||なれ||さんじゅう|おんな|| |||pale|||deepened|||||||||||||||||||| ( 葉子 は 思う まま に 自分 の 年 を 五 つ も 上 に したり 下 に したり する 不思議な 力 を 持って いた 。 ようこ||おもう|||じぶん||とし||いつ|||うえ|||した||||ふしぎな|ちから||もって| 感情 次第 で その 表情 は 役者 の 技巧 の ように 変わった )・・ かんじょう|しだい|||ひょうじょう||やくしゃ||ぎこう|||かわった ||||||actor|||||

「 歯がゆく は いらっしゃら なくって 」・・ はがゆく|||なく って frustratingly||not coming| と 切り返す ように 内田 の 細 君 の 言葉 を ひったくって 、・・ |きりかえす||うちた||ほそ|きみ||ことば|| |to retort|||||||||snatched

「 わたし だったら どう でしょう 。 すぐ おじさん と けんか して 出て しまいます わ 。 |||||でて|しまい ます| |||fight|||| それ は わたし 、 おじさん を 偉い 方 だ と は 思って います が 、 わたし こんなに 生まれ ついた んです から どう しよう も ありません わ 。 |||||えらい|かた||||おもって|い ます||||うまれ|||||||あり ませ ん| 一 から 十 まで おっしゃる 事 を は いはい と 聞いて いられません わ 。 ひと||じゅう|||こと|||||きいて|いら れ ませ ん| ||||||||yes yes|||cannot endure| おじさん も あんまりで いらっしゃいます の ね 。 |||いらっしゃい ます|| ||not much|will come|| あなた みたいな 方 に 、 そう 笠 に かから ず と も 、 わたし でも お 相手 に なされば いい のに …… でも あなた が いらっしゃれば こそ おじさん も ああ やって お 仕事 が おでき に なる んです の ね 。 ||かた|||かさ|||||||||あいて|||||||||||||||しごと||||||| |||||umbrella||would not fall|||||||||would be fine||||||if you come|||||||||able||||| わたし だけ は 除け 物 です けれども 、 世の中 は なかなか よく いって います わ 。 |||のけ|ぶつ|||よのなか|||||い ます| ||topic marker|excluded|||||||||| …… あ 、 それ でも わたし は もう 見放されて しまった んです もの ね 、 いう 事 は ありゃ しません 。 ||||||みはなさ れて||||||こと|||し ませ ん |||||already|abandoned||||||||well| ほんとうに あなた が いらっしゃる ので おじさん は お 仕 合わせ です わ 。 ||||||||し|あわせ|| ||||||||preparation|meeting|| あなた は 辛抱 なさる 方 。 ||しんぼう||かた おじさん は わがままで お 通し に なる 方 。 ||||とおし|||かた もっとも おじさん に は それ が 神様 の 思し召し な んでしょう けれども ね 。 ||||||かみさま||おぼしめし|||| ||||||||divine will|||| …… わたし も 神様 の 思し召し か なんか で わがままで 通す 女 な んです から おじさん と は どうしても 茶碗 と 茶碗 です わ 。 ||かみさま||おぼしめし|||||とおす|おんな||||||||ちゃわん||ちゃわん|| それ でも 男 は ようご ざん す の ね 、 わがまま が 通る んです もの 。 ||おとこ|||||||||とおる|| 女 の わがまま は 通す より しかたがない んです から ほんとうに 情けなく なります の ね 。 おんな||||とおす||||||なさけなく|なり ます|| ||||||it can't be helped||||pathetically||| 何も 前世 の 約束 な んでしょう よ ……」・・ なにも|ぜんせ||やくそく||| |past life|||||