三 姉妹 探偵 団 01 chapter 09 (2)
「 ずいぶん 遠い 所 に インタホン が ある の ね 」
「 中 と は 無線 で 連絡 できる の よ 。
いちいち コード 引 張る わけに いか ない もの ね 」
国友 が インタホン の ボタン を 押す と 、
「 どちら 様 でしょう ?
と 女性 の 声 が した 。
「 まあ 珍しい 。
奥さん だ わ 」
と 、 幸代 が 言った 。
「 ご 主人 に お目にかかり たい のです が 。
警察 の 者 です 」
断わら れる か と 思った が 、 向 う は 意外に すんなり と 、
「 どうぞ お 入り 下さい 」
と 、 答えた 。
大きな 門 の わき の 扉 が 静かに 開いた 。
「 今 、 手伝い の 者 が 出払って おり まして 」
夫人 は 、 三 人 を 応接間 へ 通す と 言った 。
「 何の ご用 でしょう ?
夕 里子 は 、 一見 して 、 この 夫人 に 好感 は 持て なかった 。
取り 澄ました 上流 夫人 と いう 印象 が 、 あまりに も 強烈だった から である 。
美人 と いえば 美人 である 。
植松 の 年齢 を 考えれば 、 ずいぶん 若く 見える 。 実際 の 年齢 は もっと 行って いる と して も 、 せいぜい 四十 代 の 前半 であろう 。
色 の 白い 、 きつい 顔立ち で 、 気位 の 高 さ 、 傲慢 さ が はっきり と 出て いる 。
「 いや 、 実は ご 主人 に お 話 が ある のです が 」
と 、 国友 が 言う と 、
「 主人 は 私 です が 」
と 、 夫人 は 言った 。
「 は ?
しかし ……」
「 ああ 、 夫 の こと です の 」
と 夫人 は 、 ちょっと 笑って 、「 この 家 の 主人 は 私 です から 、 てっきり 私 に ご用 か と 思い まして 」
「 は あ ……」
これ は 凄い 女性 だ なあ 、 と 夕 里子 は 思った 。
「 夫 に 何の ご用 です の ?
会社 へ 行って いる はずです が 」
「 それ が 、 会社 へ お 訪ね したら 、 早退 さ れた と いう こと で 、 ここ へ お 帰り か と 思った のです 」
「 早退 ?
夫人 は 、 ちょっと 険しい 顔 に なって 、「 私 に 無断 で そんな こと を !
早退 する のに 、 いちいち 奥さん に 断わら なきゃ いけない と は 珍しい 夫婦 だ 、 と 夕 里子 は 思った 。
「 分 り ました 。
では 帰り ましたら 、 おいでになった こと を 伝えて おき ます わ 」
と 夫人 は 話 を 切り上げ かける 。
「 ちょっと 待って 下さい 」
国友 は あわてて 、「 本当に お宅 に は おら れ ない んです か ?
「 私 が い ない と 申し上げて る んです よ 」
夫人 は きっぱり と 、 言った 。
「 は あ ……。
しかし 、 それ ならば 少々 待た せて いただいて も ──」
そこ へ ドア が 開いて 、
「 おい 、 お 客 様 か ?
私 は 急な 出張 で ──」
と 、 入って 来た 植松 は 、 夕 里子 たち を 見て 、 ギョッ と 立ちすくんだ 。
「 あら 、 いつ 帰って いた の ?
と 夫人 が 言った 。
どう 見て も 、 隠して いた ので は ない 。
本当に 、 夫 が 帰った こと など まるで 気付いて い ない のだ 。
「 い 、 いや 、 つい さっき ……」
「 その方 たち が 何 かご 用 だ そう よ 」
「 うん …… 分 っと る 。
よく 分 っと る 」
「 あなた 、 今日 、 会社 を 早退 した そう ね 」
「 あ 、 ああ 。
── つまり 、 急な 出張 な もの だ から 」
「 出張 と 早退 で は 大分 違う んじゃ ない ?
まあ いい わ 。 先 に お 話 を 伺い なさい よ 」
「 そ 、 そう だ ね ……」
夕 里子 は 、 何となく 植松 が 可哀そうに なって 来た 。
もう 、 おどおど して 、 敗北 を 認めて いる 。 そして 、 哀れ っぽい 目 で 、 夕 里子 たち の 方 を 、 じっと 見つめて いる のだ 。
夕 里子 は 立ち上る と 、
「 じゃ 、 植松 課長 さん 、 お 約束 の 通り 案内 して いただけ ます ね 」
と 言った 。
「 案内 ……」
植松 は 一瞬 ポカン と して いた が 、 すぐに 察して 、「 うん 、 そうだ 。
じゃ 、 早速 出かける こと に する か 」
と 調子 を 合わせる 。
そして 、 妻 の 方 を 向いて 、
「 ちょっと 出かけて くる よ 。
この 人 たち を 、 会社 の 施設 に ご 案内 する 約束 に なって いた んだ 。 つい 、 忘れる ところ だった よ 、 ハハハ ……」
学芸 会 並み と いえば 小学生 が 怒る かも しれ ない 、 わざとらし さ だった が 、 夫人 の 方 は 一応 納得 した 様子 で 、
「 じゃ 、 車 を 出して お 使い なさい 」
と 言って 、「 では 、 失礼 いたし ます 」
軽く 頭 を 傾けた の が 挨拶 の つもり らしい 。
── 植松 は 妻 が 出て 行く と 、 額 の 汗 を 拭った 。
「 いや 、 すま ん 。
助かった よ 」
と 、 弱々しい 声 を 出す 。
「 あなた も 正直に 話して 下さる でしょう な 」
と 、 国友 は 言った 。
しかし ──
「 申し訳ない 。
妻 の 耳 に 入れば 、 私 は たちまち あの 家 から 叩き出さ れる 」
と 、 植松 が 言った 。
「 つまり 、 同時に 会社 から も 追い出さ れる のだ 」
「 情 ない わ ね 、 全く 」
と 、 野上 幸代 が ため息 を つく 。
「 課長 な んでしょ 。 ち っと は 毅然と して 下さい よ 」
「 そんな こと より 、 話 を うかがい ましょう 」
国友 が 言った 。
「 佐々 本 さん の 休暇 届 を 偽造 した の は 、 あなた です か ? 植松 は 肯 いた 。
夕 里子 は 、 フウッ と 息 を ついた 。 一 歩 を 踏みだした のだ !
「 つまり 、 佐々 本 さん は 、 本当 は 出張 に 行って いた 、 と ?
「 私 の 個人 的な 用 で 、 出かけて もらった んだ 」
「 どういう 用 です ?
植松 は 情 ない 顔 で 、 国友 を 見て 、
「 この 話 は 、 家内 の 耳 に は 入れ ないで くれる かね ?
「 お 約束 し ます 」
「 私 に は 愛人 が いた 」
と 植松 は 言った 。
「 何しろ あの 女房 と 一緒に 暮す の は 地獄 だ 。 社長 から 、 課長 の 地位 と 引きかえ に 押しつけ られた んだ が 、 何しろ 気位 の 高 さ で こり固まって いる ような 女 だ 。 こっち は まるで 使用人 扱い しか さ れ ない 」
それ は 夕 里子 も 納得 できた 。
「 子供 さん は ない んです か ?
と 夕 里子 は 訊 いた 。
「 だめな んだ よ 」
「 だめ ?
「 女房 は 病的な 潔癖 症 で 、 手 を 触れる こと も 許さ ん 。
社長 が 私 に あれ を 押しつけた の も 、 それ を 知っていた から だ 」
「 じゃあ …… 結婚 して て も …… 全然 ?
と 幸代 が 呆れ顔 で 訊 いた 。
「 一 度 だけ 、 酔って 、 無理に …… やろう と した 。
女房 の 奴 、 ナイトテーブル の 上 の スタンド で 私 の 頭 を 殴った 。 ── おかげ で 五 針 も 縫った よ 」
「 ああ 、 あの とき …… 車 の 事故 と おっしゃって ました ね 」
「 本当の こと が 言える か ね ?
「 で 、 愛人 が できた 、 と いう わけです な 」
と 国友 が 促す 。
夕 里子 も 、 植松 が 愛人 を 作った こと は 同情 の 余地 が ある 、 と 思った 。
もっとも 、 当人 に 課長 の 地位 に しがみつく 気 が なければ 、 離婚 して しまえば 良かった のである 。
「 女房 は 何しろ 、 そういう 点 、 鋭い 勘 を 持った 女 だ から な 。
細心の 注意 を して 付き合う ように して いた 。 その こと を 知っていた の は 佐々 本 君 だけ だった 」
「 父 が ?
「 彼 は 信頼 できる 男 だ 。
それ に 、 彼 に 、 偶然 私 は 彼女 と 二 人 の ところ を 見 られて しまった から 、 隠して おく こと も でき なかった 」
「 女 と いう の は 、 水口 淳子 です か ?
「 水口 ?
── いや 、 違う ! あんな 女 は 知ら ん ! 私 の 愛人 は 三十 過ぎ の 、 事情 も よく わかって くれて いる 女 だ 。 若い 女 に 手 を 出して 、 下手に 女房 の 所 へ 告げ口 でも さ れたら 大変だ 。 安心 して 付き合って い られる 女 だった のだ 」
「 それ が 佐々 本 さん の 失踪 と どう 関係 する んです ?
「 失踪 の 方 は 私 に も よく 分 らん よ 。
本当だ 。 ともかく あの とき は ……」
植松 は 、 五 時 に なる の を 、 もう 何 時間 も 前 から 、 今 か 今 か と 待って いた 。
正確に 言えば 、 この 日 の 朝 九 時 に 仕事 が 始まって から 、 ずっと 待って いた のである 。
席 に いて も 、 仕事 など 手 に つか ない 。
朝 から 、 植松 の やった こと と いえば 、 課 員 の 持って 来る 伝票 に 、 ろくに 目 も 通さ ず に 判 を 押した だけ である 。
この 日 は 、 正に 生涯 に 一 度 、 あるか ない か の 奇跡 的な 日 だった のだ 。
つまり 、 妻 の 琴江 は 、 女子 大 の 同窓 会 で 旅行 に 出て 、 あさって まで 帰ら ない 。
そして 植松 自身 も 、 この 日 から 翌々日 まで 、 札幌 へ 出張 する こと に なって いた のである 。
出張 と いって も 、 仕事 は 簡単な もの で 、 午前 中 一 杯 も あれば 楽に 片付け られる 。
この 機会 を 逃す 手 は ない !
── すでに 五 年 来 、 愛人 関係 に ある 長田 洋子 と 、 二 人 の 旅 を 楽しむ つもりだった のである 。
「 五 時 五 分 前 か ……」
あと 五 分 で 、 自由な 身 に なる 。
五 時 半 に 、 洋子 と 、 小さな ラブ ・ ホテル で 待ち合わせて いる のだ 。 飛行機 は 九 時 。 ── ゆっくり と 二 人きり の 時 を 過 して から 、 羽田 へ 行って も 悠々と 間に合う 。
考えて みれば 、 五 年 の 間 、 洋子 と 二 人きり で のんびり した こと など なかった のだ 。
旅行 は おろか 、 ちょっと 人通り の 多い 場所 、 琴江 の 現われ そうな 辺り は 、 常に 避けて い なくて は なら なかった 。
洋子 は 、 よく 我慢 して くれて いる 。
この 出張 で 、 彼女 を 思い切り 楽しま せて やら なくて は ……。
もう 二 分 で 五 時 に なる 。 植松 は 、 机上 の 時計 を 眺め ながら 、 とっくに 気分 は 五 時 を 回って いる のだった 。
机 の 上 の ガラス 板 に 、 女 の 姿 が 映った 。
ん ?
── 植松 は 顔 を 上げた 。
「 あなた 、 暇 そう ね 」
目の前 に 立って いる の は 、 妻 の 琴江 だった ……。
片瀬 家 の 外 。
家 の 中 から は 読経 の 声 と 香 の 匂い が 流れて 来て いる 。
道 に ぼんやり と 立って いた 綾子 は 、
「 えっ ?
何 ? と 振り向いた 。
「 夕 里子 姉ちゃん 、 まだ 来 ない の ?
「 うん 、 そう み たい 」
「 変 ね 。
お 昼 過ぎ に は 戻って 来る って 言って た のに 」
珠美 は 足 の ふくらはぎ を 手 で もんで 、「 ああ 、 ずっと 座って たら 、 しびれ が 切れちゃ った 」
と 文句 を 言って いる 。
「 仕方ない わ よ 、 お 葬式 だ もの 」
「 ねえ 、 お 姉ちゃん は ここ で 何 して ん の ?
「 え ?
私 は …… お 客 さん を 案内 して くれ って 言わ れて ……」
「 お 葬式 やって る こと ぐらい 、 案内 し なく たって 分 る じゃ ない 」
「 いい でしょ 、 そんな こと !
綾子 は 苛々 と 叫ぶ ように 言った 。
「 あんた は 戻って なさい よ ! 「 は あい 」
珠美 は 肩 を すくめて 、 玄関 の 方 へ 歩いて 行く 。
入れ違い に 、 近所 の 奥さん が 出て 来た 。
「 綾子 さん 」
「 はい 」
「 電話 よ 」
「 私 に です か 」
「 女 の 人 。
神田 さん と か ……」
「 はい !
綾子 は 面食らった 。
神田 初江 か ? 夕 里子 たち が 会い に 行って いる はずだ が 。
綾子 は 、 玄関 を 入る と 、 電話 へ と 急いだ 。
「 もしもし 、 佐々 本 です 」
「 あ 、 佐々木 綾子 さん ね 」
神田 初江 が 皮肉 っぽく 言った 。
「 私 よ 、 初江 」
「 どうも ……。
あの 、 すみません 、 色々 と ……」
「 まんまと しゃべら さ れちゃ った わ ね 」
神田 初江 は 、 そう 怒って いる 口調 で も なかった 。
「 あの 、 妹 が 伺い ませ ん でした か ?
「 ええ 、 来た わ よ 。
可愛い 刑事 さん と 二 人 で アパート に ね 」
「 アパート に ?
「 ちょうど 私 の とこ に 婚約 者 が 来て た もん だ から 、 まさか ホテル で 水口 さん を 見た なんて 言え ない じゃ ない ?
で 、 何も 知ら ない 、 って 追い返しちゃ った の よ 」
「 そう です か ……」
「 でも 、 やっと 彼 、 仕事 で 出かけた から 、 話 を しよう と 思って 。
── 妹 さん たち 、 もう そっち に いる の ? 「 いいえ 。
まだ 戻ら ない んです 。 あの ── どうして この 番号 を ? 「 あんた の 連絡 先 へ かけたら 教えて くれた の よ 。
安東 と かって 家 に 居候 して んでしょ 」
「 そう な んです 。
じゃ 、 どう し ましょう か 」
「 そう ねえ 、 困った な 」
と 、 初江 は 少し 間 を 置いて 、「 私 、 今夜 、 また 彼 と 約束 ある の よ ね 。
じゃ 、 こう し ましょう 。 私 、 話 を ね 、 思い出せる 限り 、 書いて おく わ 。 あんた 、 取り に 来て くれ ない ? 「 アパート へ です か ?
「 そう 。
また 必要 なら 、 あの 刑事 さん に 話して も いい けど 、 ともかく 今 は 時間 が ない から 。 ── いい ? 「 分 り ました 」
と 綾子 は 言った 。
本当 は 方向 音痴 で 、 初めて の 場所 へ 行く の は 苦手な のだ が 、 綾子 と して も 、 神田 初江 を 騙して いた と いう 負い目 が ある 。
来い と 言わ れれば 、 断わる こと も でき なかった 。