三姉妹探偵団(2) Chapter 01
1 頼りない 幹事
「 私 、 当っちゃった 」 と 、 佐々 本 綾子 は 言った 。 二 人 の 妹 は 、 ちょっと 顔 を 見合わせ 、 それ から 同時に 口 を 開いた 。
「 悪い もの でも 食べた の ?
「 いくら 当った の ?
── 前 の セリフ は 次女 の 夕 里子 、 後 の セリフ は 三女 の 珠美 である 。
「 いや ねえ 、 一 人 ずつ 言って よ 」
と 、 綾子 は 笑った 。
一 人 ずつ 言わ れたって 、 綾子 に は よく 呑み込め ない こと が ある のだ 。 まして や 二 人 なんて ……。
「 当ったって 言う から 、 てっきり 古い もの 食べて お腹 こわした の か と ──」 次女 の 夕 里子 は 、 食べ 盛り の 十八 歳 らしく 、 食べ物 の 方 に 連想 が 働いた らしい 。 「 今 、 夕 ご飯 ちゃん と 食べた じゃ ない の 」
と 、 綾子 は 言った 。
「 やっぱり 宝くじ に 当った の ?
私 、 すぐ そう 思った ! 三女 珠美 十五 歳 。
中学 三 年生 である 。 もちろん 、 こちら も 食べ 盛り で は ある のだ が 、 思い切り 食べる の は 、 他人 の 財布 で 支払わ れる とき に 限られて いた 。 「 珠美ったら 、 すぐ お 金 の こと ばっかり 」 と 、 夕 里子 が ため息 を ついて 、 妹 を 見る 。 「 もて ない よ 、 そんな こと じゃ 」
「 お 金 を 馬鹿に する 者 は 、 お 金 に 泣く の よ 」
と 、 珠美 は 言い返した 。
「 待って よ 」
と 、 綾子 が 止め に 入る 。
「 どっち も 外れ 」
「 じゃ 、 歩いて て 棒 に 当った んだ 」
「 犬 じゃ ない わ よ 、 私 」
二十 歳 の 綾子 を 頭 に 、 夕 里子 、 珠美 の 三 人 姉妹 。
── 夜 八 時 半 、 ちょっと 遅 目 の 夕食 を 、 成田 空港 から の 帰り 、 都心 の ホテル で 取って いる ところ である 。
父親 、 佐々 本 周平 は 今日 から 半月 の アメリカ 出張 な のだ 。
どうせ 明日 は 日曜日 と いう ので 、 成田 まで 見送り に 行って 、 その 帰り 、 と いう わけである 。
三 人 の 母親 は 六 年 前 に 死んで 、 以後 、 父 と 三 人 の 娘 と で 暮して 来た 。
当然 、 長女 の 綾子 が 母親 代り ── と いう の が 普通だ が 、 人 並外れて 気 の 弱い 綾子 に は とても 無理な 役目 だった 。
そこ で 人 並外れて しっかり者 の (?
) 次女 、 夕 里子 が 、 一家 の 主婦 役 を 立派に つとめて いた 。 ── ただ 、 経済 的 側面 だけ は 、「 先天 的 ケチ 」 の 三女 珠美 が 頑張って いる 。
「 ちょっと !
と 、 珠美 は ウエイトレス を 呼んだ 。
「 コーヒー 、 おかわり 下さい 」
「 珠美 、 三 杯 目 よ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 体 に 悪い よ 」
「 おかわり 自由な のに 、 二 杯 しか 飲ま なかったら 、 後 で 悔しくて 眠れ なく なる 」
「── 呆れた 」
夕 里子 は 首 を 振った 。
「 それにしても …… 何も なきゃ いい けど ね 」
「 どういう 意味 ?
と 、 綾子 が 訊 いた 。
「 パパ が 出張 して る と 、 ろくな こと が ない んだ もん 」
「 この前 だけ じゃ ない の 」
「 あんな こと 、 一 度 で 沢山だ わ 」
そう 。
父親 が いない 間 に 、 この 三 人 姉妹 、 一 度 ひどい 目 に あって いる のである 。 だが 、 それ は それ と して ──。
「 じゃ 、 一体 何 に 当った の よ ?
と 、 珠美 が じれった そうに 訊 いた 。
綾子 は 猫舌 な ので 、 熱い コーヒー を こわごわ すすって 、
「 え ?
どうした の ?
夕 里子 、 車 に でも 当て 逃げ さ れた の ? ── こう だ から ね 、 姉さん は 、 と 夕 里子 は ため息 を ついた 。
いつも の こと と は いえ 、 何とも 疲れる のである 。
「 今 、 自分 で 言った じゃ ない 。
何 か に 当ったって 」 「 そう だっけ ? 綾子 は 、 しばし 考えて 、「 ああ 、 そう か 。
思い出した 」
「 早い じゃ ない !
綾子 姉ちゃん に しちゃ 、 その 日 の 内 に 思い出す なんて 上出来 よ 」
と 、 珠美 が からかった 。
「 少し 長女 を 尊敬 し なさい 」
と 、 綾子 は 、 てんで 迫力 の ない 目つき で 珠美 を にらんだ 。
「 しかも 、 幹事 さん な んだ から ね 」
「── カンジ ?
と 、 夕 里子 が 眉 を ひそめた 。
「 何 か やる とき に 、 中心 に なって やる 『 幹事 』 の こと ? 「 そう よ 。
偉い んだ から ね 」
綾子 は 少し 胸 を 張った 。
「 お 姉さん が 幹事 、 ねえ ……」
「 分った 。 『 泣き虫 選手 権 大会 』 で も やる んでしょ 」
先天 的 多 涙 症 ── なんて の が ある の か どう か 知ら ない が 、 ともかく 人 並外れた 泣き虫 の 綾子 を からかって いる のだ 。
「 冗談 じゃ ない わ 。
れっきとした 、 大学 文化 祭 の 幹事 な んだ から 」
「 お 姉さん が ?
夕 里子 は 目 を 丸く した 。
「 驚いた ! 「 じゃ 、 もう だめだ 」
と 珠美 。
「 文化 祭 は 中止 だ よ 」
「 失礼 ねえ 。
── それ に 私 は 、 全部 の 幹事って わけじゃ ない もん 。 イベント 係 な の 」
「 へえ 。
でも 、 それ が 何で 『 当った 』 わけ ? 「 くじ 引いた の 。
そ したら 当って ね 」
「 そんな こと だ と 思った 」
夕 里子 も やっと 納得 した 。
そう で も なきゃ 、 綾子 を 幹事 に 選ぶ 物好き が いる わけない 。
「 だけど ……」
と 珠美 が ちょっと 考えて 、「 綾子 姉ちゃん の 大学 、 文化 祭って 来週 じゃ なかった ?
十一 月 の 三 日 から だ よ ね 」
「 うん 、 そう よ 」
「 今ごろ 幹事 決めて 、 間に合わ ない んじゃ ない の ?
「 馬鹿 ねえ 」
と 、 夕 里子 が 笑って 言った 。
「 来年 の 幹事 よ 。
決って る じゃ ない の 。 それ ぐらい 前 から で なきゃ 、 大学 の 文化 祭 なんて やれ ない の よ 」
「 あら 、 どうして ?
と 、 綾子 が 言った 。
夕 里子 は 、 少し 黙って いた が 、
「── お 姉さん 、 まさか ── 今年 の 幹事 を 、 今 、 引き受けた の ?
「 そう よ 。
だって 一 週間 ある じゃ ない 」
と 、 綾子 は 平然と して いる 。
「 だけど ── ねえ 、 何 を やる の ?
イベント 係って ……」
「 あの ね 、 何だか ほら ── よく コンサート やる じゃ ない 、 よく TV に 出る ような タレント と か 歌手 呼んで 。
あれ よ 」
「 だって ── もう プログラム 出来て んでしょ ?
だったら 決って る んじゃ ない の ? 「 当日 の 世話だ よ 、 きっと 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 それ も ある んだ けど ね 」
と 、 綾子 は 肯 いて 、「 何だか 、 役員 の 話 じゃ ── ああ 、 役員って 、 幹事 より 偉い の 。 何だか 逆 みたいだ けど ね 」
「 そんな こと いい わ よ 」
「 うん 。
── 何 だっけ 。 ── あ 、 そうだ 。 本当 は ね 、 何とか いう ロック シンガー が 来る こと に なって たん だって 。 そ したら 二 、 三 日 前 に 、 捕まっちゃった んですって 。 大麻 か 何 か で 。 それ で 急いで 他の 人 を 捜さ なきゃ 、って いう んで ……」 夕 里子 は 目 を 丸く して 、 「 今 から 捜す の ? お 姉さん が ?
「 うん 。
だって 、 簡単じゃ ない の 」
「 どう やって 捜す つもり ?
「 メモ 、 もらって 来た もん 。
あっちこっち の プロダクション の 電話 番号 の 。 ── ここ へ 電話 して 、 十一 月 三 日 に 、 何とか さん に 出て ほしい んです けどって 頼めば いい んでしょ 。 後 は 、 その 日 に 、 楽屋 で お茶 でも 出して ……」
「 一 週間 しか ない の よ !
しかも ── 三 日 なんて 、 どこ の 大学 だって 、たいてい は 文化 祭 やって て 、 みんな 、 人気 の ある タレント を 呼んで て ……。 今 から 、 そんな こと 頼んで 、 出て くれる 人 、 いる と 思う の ? 夕 里子 の 言葉 に も 、 綾子 は 一向に 動じる 様子 は なく 、
「 だって 、 歌手って 、 歌 を 歌う の が 仕事 でしょ ? と やって いる 。
夕 里子 は 、 ため息 を ついて 、
「── また 甘い もの 食べ たく なった 」
と 言った 。
「 私 も ……」
珍しく 、 珠美 も 同調 した 。
── 綾子 が トイレ に 立つ と 、 夕 里子 が 言った 。
「 どう する ?
「 どう する 、って 、 何 よ 」 珠美 が 肩 を すくめる 。 「 どうにも な んな い じゃ ない 。 私 、 綾子 姉ちゃん の 大学 に 通って る わけじゃ ない んだ から 」
「 分って る けど 、 あれ じゃ 、 お 姉さん 、 まるで だめ よ 」 「 そりゃ そう ね 。 ああ も 世間知らず と は 思わ なかった 」
「 珠美 、 誰 か 知ら ない ?
「 誰 か 、って ? 「 頼め そうな 人 よ 。
お 姉さん の 文化 祭 に 出て くれる 人 」
「 私 が どうして 歌手 なんて 知って る の ?
「 本人 を 知ら なくて も 、 その 友だち と か 、 親類 と か 、 プロダクション の 人 と か ──」
「 残念でした 。
いれば 、 見逃しゃ し ない わ 」
「 そう ね 。
あんた なら 」
夕 里子 は 首 を 振った 。
ケーキ が 来て 、 夕 里子 は フォーク を 手 に 取った 。
「 だけど さ 、 珠美 ……」
「 うん ?
「 お 姉さん が 、 何も 分 ん ないで 引き受けちゃった の は 、 そりゃ 良く ない けど 、 でも 可哀そうじゃ ない 。 みんな に 責任 取れ と か 言われて ── そう か 、 分った ! 夕 里子 は 肯 いた 。
「 どうした の ?
「 どうして お 姉さん に お 鉢 が 回った の か 、 よ 。
── どうにも な んな いって こと が 、 役員 たち に も 分って る の よ 。 だから 、 急いで 、 わけ の 分 ら ない お 姉さん を 担当 の 幹事 に して 、 責任 逃れ する つもりな んだ わ ! 「 なるほど ね 」
珠美 は ゆっくり と 肯 いて 、「 うまい 手 ね 。
私 も やろうっと 」 「 お人好しの お 姉さん を 、 くじ で 当った と か 言って 、 うまく 騙して 押しつけちゃった んだ わ 、 きっと 。 ── 困った なあ 」
「 いい じゃ ない 。
綾子 姉ちゃん に は 、 いい 勉強 に なる よ 」
「 あんた 、 冷たい の ね 」
「 もう 二十 歳 よ 、 綾子 姉ちゃん 。
世の中 、 そう 甘 か ないって こと も 知った 方 が いい んだ よ 」 珠美 は あくまで クール である 。 「 分って る 。 お 姉さん だって 、 あと 二 年 すりゃ 卒業 で 、 あと 五 、 六 年 すりゃ お 嫁 に 行く わ 。 ── でも ね 、 人 に は 持って 生れた 性格って もん が ある の 。 お 姉さん は 、 いく つ に なって も きっと あの まま よ 。 それ が いい ところ なんだ から 。 そう 思わ ない ? 「 うん ……」
珠美 は 、 唇 を キュッ と 曲げて 、「 まあ ── 分 ん ない こと ない けど 。
でも 、 どう やって 探す の ? そんな つて なんて 、 持って ない よ 」
「 何 か 考えて よ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 私 の お 小づかい 、 今月 分 を 半分 あげる から 」
「 任し といて 」
珠美 は ガラッ と 変った 。
「 じゃ 、 手付け に 、 まず 二千 円 」
「 ガメツイ んだ から !
ため息 を つき ながら 、 夕 里子 は 財布 を 取り出した ……。
── トイレ から 戻る と 、 綾子 は 、
「 ねえ 、 大学 で 潰れ そうな 所 、 ない かしら ?
と 言った 。
「 潰れ そうな 大学 ?
「 今 、 トイレ で 考えて た の 。
どこ か の 大学 が さ 、 もし 倒産 したら 、 文化 祭 も 中止 に なる じゃ ない 。 そ したら 、 そこ で 呼んだ 歌手 も 手 が 空く でしょ ? ね 、 いい 考え だ と 思わ ない ? 夕 里子 は 、 返事 を する 元気 も なく 、 ただ かすかに 笑って 見せる の が 精一杯 だった ……。