三 つ の 宝
三 つ の 宝
芥川 龍 之介
+ 目次 森 の 中 。 三 人 の 盗人 が 宝 を 争って いる 。 宝 と は 一 飛び に 千里 飛ぶ 長靴 、 着れば 姿 の 隠れる マントル 、 鉄 でも まっ二 つ に 切れる 剣 ―― ただし いずれ も 見た ところ は 、 古 道具 らしい 物 ばかり である 。 第 一 の 盗人 その マントル を こっち へ よこせ 。
第 二 の 盗人 余計な 事 を 云 う な 。 その 剣 こそ こっち へ よこせ 。 ―― おや 、 おれ の 長靴 を 盗んだ な 。
第 三 の 盗人 この 長靴 は おれ の 物 じゃ ない か ? 貴 様 こそ おれ の 物 を 盗んだ のだ 。
第 一 の 盗人 よし よし 、 では この マントル は おれ が 貰って 置こう 。
第 二 の 盗人 こん 畜生 ! 貴 様 なぞ に 渡して たまる もの か 。
第 一 の 盗人 よくも おれ を 撲った な 。 ―― おや 、 また おれ の 剣 も 盗んだ な ?
第 三 の 盗人 何 だ 、 この マントル 泥 坊 め !
三 人 の 者 が 大 喧嘩 に なる 。 そこ へ 馬 に 跨った 王子 が 一 人 、 森 の 中 の 路 を 通りかかる 。
王子 おいおい 、 お前たち は 何 を して いる のだ ? ( 馬 から 下りる )
第 一 の 盗人 何 、 こいつ が 悪い のです 。 わたし の 剣 を 盗んだ 上 、 マントル さえ よこせ と 云 う もの です から 、――
第 三 の 盗人 いえ 、 そい つ が 悪い のです 。 マントル は わたし の を 盗んだ のです 。
第 二 の 盗人 いえ 、 こいつ 等 は 二 人 と も 大 泥 坊 です 。 これ は 皆 わたし の もの な のです から 、――
第 一 の 盗人 嘘 を つけ !
第 二 の 盗人 この 大 法螺吹き め !
三 人 また 喧嘩 を しよう と する 。
王子 待て 待て 。 たかが 古い マントル や 、 穴 の あいた 長靴 ぐらい 、 誰 が とって も 好 い じゃ ない か ?
第 二 の 盗人 いえ 、 そう は 行きません 。 この マントル は 着た と 思う と 、 姿 の 隠れる マントル な のです 。
第 一 の 盗人 どんな また 鉄 の 兜 でも 、 この 剣 で 切れば 切れる のです 。
第 三 の 盗人 この 長靴 も はき さえ すれば 、 一 飛び に 千里 飛べる のです 。
王子 なるほど 、 そう 云 う 宝 なら 、 喧嘩 を する の も もっともな 話 だ 。 が 、 それ ならば 欲張ら ず に 、 一 つ ずつ 分ければ 好 い じゃ ない か ?
第 二 の 盗人 そんな 事 を して ごらん なさい 。 わたし の 首 は いつ何時 、 あの 剣 に 切ら れる か わかり は しません 。 第 一 の 盗人 いえ 、 それ より も 困る の は 、 あの マントル を 着られれば 、 何 を 盗ま れる か 知れます まい 。 第 二 の 盗人 いえ 、 何 を 盗んだ 所 が 、 あの 長靴 を はかなければ 、 思う ように は 逃げられ ない 訣 です 。 王子 それ も なるほど 一理 窟 だ な 。 では 物 は 相談 だ が 、 わたし に みんな 売って くれ ない か ? そう すれば 心配 も 入ら ない はずだ から 。
第 一 の 盗人 どう だい 、 この 殿様 に 売って しまう の は ?
第 三 の 盗人 なるほど 、 それ も 好 い かも 知れ ない 。
第 二 の 盗人 ただ 値段 次第 だ な 。
王子 値段 は ―― そうだ 。 その マントル の 代り に は 、 この 赤い マントル を やろう 、 これ に は 刺繍 の 縁 も ついて いる 。 それ から その 長靴 の 代り に は 、 この 宝石 の はいった 靴 を やろう 。 この 黄金 細工 の 剣 を やれば 、 その 剣 を くれて も 損 は ある まい 。 どう だ 、 この 値段 で は ?
第 二 の 盗人 わたし は この マントル の 代り に 、 その マントル を 頂きましょう 。 第 一 の 盗人 と 第 三 の 盗人 わたし たち も 申し分 は ありません 。 王子 そう か 。 では 取り換えて 貰おう 。
王子 は マントル 、 剣 、 長靴 等 を 取り換えた 後 、 また 馬 の 上 に 跨り ながら 、 森 の 中 の 路 を 行き かける 。
王子 この先 に 宿屋 は ない か ?
第 一 の 盗人 森 の 外 へ 出 さえ すれば 「 黄金 の 角笛 」 と いう 宿屋 が あります 。 では 御 大事に いらっしゃい 。
王子 そう か 。 では さようなら 。 ( 去る )
第 三 の 盗人 うまい 商売 を した な 。 おれ は あの 長靴 が 、 こんな 靴 に なろう と は 思わ なかった 。 見ろ 。 止め 金 に は 金剛 石 が ついて いる 。
第 二 の 盗人 おれ の マントル も 立派な 物 じゃ ない か ? これ を こう 着た 所 は 、 殿様 の ように 見える だろう 。
第 一 の 盗人 この 剣 も 大した 物 だ ぜ 。 何しろ 柄 も 鞘 も 黄金 だ から な 。 ―― しかし ああ やすやす 欺 さ れる と は 、 あの 王子 も 大 莫迦 じゃ ない か ?
第 二 の 盗人 しっ! 壁 に 耳 あり 、 徳利 に も 口 だ 。 まあ 、 どこ か へ 行って 一 杯 やろう 。
三 人 の 盗人 は 嘲笑 いながら 、 王子 と は 反対の 路 へ 行って しまう 。
「 黄金 の 角笛 」 と 云 う 宿屋 の 酒場 。 酒場 の 隅 に は 王子 が パン を 噛 じって いる 。 王子 の ほか に も 客 が 七八 人 、―― これ は 皆 村 の 農夫 らしい 。
宿屋 の 主人 いよいよ 王女 の 御 婚礼 が ある そうだ ね 。
第 一 の 農夫 そう 云 う 話 だ 。 なんでも 御 壻 に なる 人 は 、 黒 ん 坊 の 王様 だ と 云 う じゃ ない か ?
第 二 の 農夫 しか し 王女 は あの 王様 が 大嫌いだ と 云 う 噂 だ ぜ 。
第 一 の 農夫 嫌いなれば お 止し なされば 好 い のに 。
主人 ところ が その 黒 ん 坊 の 王様 は 、 三 つ の 宝もの を 持って いる 。 第 一 が 千里 飛べる 長靴 、 第 二 が 鉄 さえ 切れる 剣 、 第 三 が 姿 の 隠れる マントル 、―― それ を 皆 献上 する と 云 う もの だ から 、 欲 の 深い この 国 の 王様 は 、 王女 を やる と おっしゃった のだ そうだ 。
第 二 の 農夫 御 可哀そうな の は 王女 御 一 人 だ な 。
第 一 の 農夫 誰 か 王女 を お 助け 申す もの は ない だろう か ?
主人 いや 、 いろいろの 国 の 王子 の 中 に は 、 そう 云 う 人 も ある そうだ が 、 何分 あの 黒 ん 坊 の 王様 に は かなわない から 、 みんな 指 を 啣 えて いる のだ と さ 。
第 二 の 農夫 おまけ に 欲 の 深い 王様 は 、 王女 を 人 に 盗ま れ ない ように 、 竜 の 番人 を 置いて ある そうだ 。
主人 何 、 竜 じゃ ない 、 兵隊 だ そうだ 。
第 一 の 農夫 わたし が 魔法 でも 知っていれば 、 まっ先 に 御 助け 申す のだ が 、―― 主人 当り前 さ 、 わたし も 魔法 を 知っていれば 、 お前 さん など に 任せて 置き は し ない 。 ( 一同 笑い 出す )
王子 ( 突然 一同 の 中 へ 飛び出し ながら ) よし 心配 する な ! きっと わたし が 助けて 見せる 。
一同 ( 驚いた ように ) あなた が
王子 そうだ 、 黒 ん 坊 の 王 など は 何 人 でも 来い 。 ( 腕組 を した まま 、 一同 を 見まわす ) わたし は 片っ端から 退治 して 見せる 。
主人 です が あの 王様 に は 、 三 つ の 宝 が ある そうです 。 第 一 に は 千里 飛ぶ 長靴 、 第 二 に は 、――
王子 鉄 でも 切れる 剣 か ? そんな 物 は わたし も 持って いる 。 この 長靴 を 見ろ 。 この 剣 を 見ろ 。 この 古い マントル を 見ろ 。 黒 ん 坊 の 王 が 持って いる の と 、 寸分 も 違わ ない 宝 ばかり だ 。
一同 ( 再び 驚いた ように ) その 靴 が その 剣 が その マントル が
主人 ( 疑わし そうに ) しかし その 長靴 に は 、 穴 が あいて いる じゃ ありません か ? 王子 それ は 穴 が あいて いる 。 が 、 穴 は あいて いて も 、 一 飛び に 千里 飛ば れる のだ 。
主人 ほんとうです か ?
王子 ( 憐 むように ) お前 に は 嘘 だ と 思わ れる かも 知れ ない 。 よし 、 それ ならば 飛んで 見せる 。 入口 の 戸 を あけて 置いて くれ 。 好 い か 。 飛び上った と 思う と 見え なく なる ぞ 。
主人 その 前 に 御 勘定 を 頂きましょう か ? 王子 何 、 すぐに 帰って 来る 。 土産 に は 何 を 持って 来て やろう 。 イタリア の 柘榴 か 、 イスパニア の 真 桑 瓜 か 、 それとも ずっと 遠い アラビア の 無花果 か ?
主人 御土産 ならば 何でも 結構です 。 まあ 飛んで 見せて 下さい 。
王子 で は 飛ぶ ぞ 。 一 、 二 、 三 !
王子 は 勢 好く 飛び上る 。 が 、 戸口 へ も 届か ない 内 に 、 ど たり と 尻餅 を ついて しまう 。 一同 どっと 笑い 立てる 。
主人 こんな 事 だろう と 思った よ 。
第 一 の 農夫 干 里 どころ か 、 二三 間 も 飛ば なかった ぜ 。
第 二 の 農夫 何 、 千里 飛んだ の さ 。 一 度 千里 飛んで 置いて 、 また 千里 飛び 返った から 、 もと の 所 へ 来て しまった のだろう 。
第 一 の 農夫 冗談 じゃ ない 。 そんな 莫迦 な 事 が ある もの か 。
一同 大笑い に なる 。 王子 は すごすご 起き上り ながら 、 酒場 の 外 へ 行こう と する 。
主人 もしもし 御 勘定 を 置いて 行って 下さい 。
王子 無言 の まま 、 金 を 投げる 。
第 二 の 農夫 御土産 は ?
王子 ( 剣 の 柄 へ 手 を かける ) 何 だ と ?
第 二 の 農夫 ( 尻ごみ し ながら ) いえ 、 何とも 云 い は しません 。 ( 独り 語 の ように ) 剣 だけ は 首 くらい 斬 れる かも 知れ ない 。
主人 ( なだめる ように ) まあ 、 あなた など は 御 年若な のです から 、 一 先 御 父 様 の 御国 へ お 帰り なさい 。 いくら あなた が 騒いで 見た ところ が 、 とても 黒 ん 坊 の 王様 に はかない は しません 。 とかく 人間 と 云 う 者 は 、 何でも 身のほど を 忘れ ない ように 慎み深く する の が 上 分別 です 。
一同 そう なさい 。 そう なさい 。 悪い 事 は 云 い は しません 。 王子 わたし は 何でも 、―― 何でも 出来る と 思った のに 、( 突然 涙 を 落す ) お前たち に も 恥ずかしい ( 顔 を 隠し ながら ) ああ 、 このまま 消えて も しまいたい ようだ 。 第 一 の 農夫 その マントル を 着て 御覧 なさい 。 そう すれば 消える かも 知れません 。 王子 畜生 ! ( じだんだ を 踏む ) よし 、 いくら でも 莫迦 に しろ 。 わたし は きっと 黒 ん 坊 の 王 から 可哀そうな 王女 を 助けて 見せる 。 長靴 は 千里 飛ば れ なかった が 、 まだ 剣 も ある 。 マントル も 、――( 一生懸命に ) いや 、 空手 でも 助けて 見せる 。 その 時 に 後悔 し ない ように しろ 。 ( 気 違い の ように 酒場 を 飛び出して しまう 。 主人 困った もの だ 、 黒 ん 坊 の 王様 に 殺さ れ なければ 好 いが 、――
王 城 の 庭 。 薔薇 の 花 の 中 に 噴水 が 上って いる 。 始 は 誰 も いない 。 しばらく の 後 、 マントル を 着た 王子 が 出て 来る 。
王子 やはり この マントル は 着た と 思う と 、 たちまち 姿 が 隠れる と 見える 。 わたし は 城 の 門 を はいって から 、 兵卒 に も 遇 えば 腰元 に も 遇った 。 が 、 誰 も 咎めた もの は ない 。 この マントル さえ 着て いれば 、 この 薔薇 を 吹いて いる 風 の ように 、 王女 の 部屋 へ も はいれる だろう 。 ―― おや 、 あそこ へ 歩いて 来た の は 、 噂 に 聞いた 王女 じゃ ない か ? どこ か へ 一 時 身 を 隠して から 、―― 何 、 そんな 必要 は ない 、 わたし は ここ に 立って いて も 、 王女 の 眼 に は 見え ない はずだ 。
王女 は 噴水 の 縁 へ 来る と 、 悲し そうに ため息 を する 。
王女 わたし は 何と 云 う 不 仕 合せ な のだろう 。 もう 一 週間 も たた ない 内 に 、 あの 憎らしい 黒 ん 坊 の 王 は 、 わたし を アフリカ へ つれて 行って しまう 。
獅子 や 鰐 の いる アフリカ へ 、( そこ の 芝 の 上 に 坐り ながら ) わたし は いつまでも この 城 に いたい 。 この 薔薇 の 花 の 中 に 、 噴水 の 音 を 聞いて いたい 。 ……
王子 何と 云 う 美しい 王女 だろう 。 わたし はたと い 命 を 捨てて も 、 この 王女 を 助けて 見せる 。
王女 ( 驚いた ように 王子 を 見 ながら ) 誰 です 、 あなた は ?
王子 ( 独り 語 の ように ) しまった ! 声 を 出した の は 悪かった のだ !
王 女声 を 出した の が 悪い ? 気 違い かしら ? あんな 可愛い 顔 を して いる けれども 、――
王子 顔 ? あなた に は わたし の 顔 が 見える のです か ?
王女 見えます わ 。 まあ 、 何 を 不思議 そうに 考えて いらっしゃる の ?
王子 この マントル も 見えます か ? 王女 ええ 、 ずいぶん 古い マントル じゃ ありません か ? 王子 ( 落胆 した ように ) わたし の 姿 は 見え ない はずな のです が ね 。
王女 ( 驚いた ように ) どうして ?
王子 これ は 一 度 着 さえ すれば 、 姿 が 隠れる マントル な のです 。
王女 それ は あの 黒 ん 坊 の 王 の マントル でしょう 。
王子 いえ 、 これ も そう な のです 。
王女 だって 姿 が 隠れ ない じゃ ありません か ? 王子 兵卒 や 腰元 に 遇った 時 は 、 確かに 姿 が 隠れた のです が ね 。 その 証拠 に は 誰 に 遇って も 、 咎められた 事 が なかった のです から 。 王女 ( 笑い 出す ) それ は その はず です わ 。 そんな 古い マントル を 着て いらっしゃれば 下 男 か 何かと 思わ れます もの 。 王子 下 男 ! ( 落胆 した ように 坐って しまう ) やはり この 長靴 と 同じ 事 だ 。
王女 その 長靴 も どうかしました の ? 王子 これ も 千里 飛ぶ 長靴 な のです 。
王女 黒 ん 坊 の 王 の 長靴 の ように ?
王子 ええ 、―― ところが この 間 飛んで 見たら 、 たった 二三 間 も 飛べ ない のです 。 御覧 なさい 。
まだ 剣 も あります 。 これ は 鉄 でも 切れる はずな のです が 、――
王女 何 か 切って 御覧 に なって ?
王子 いえ 、 黒 ん 坊 の 王 の 首 を 斬る まで は 、 何も 斬ら ない つもりな のです 。
王女 あら 、 あなた は 黒 ん 坊 の 王 と 、 腕 競 べ を なさり に いら しった の ?
王子 いえ 、 腕 競 べ など に 来た のじゃ ありません 。 あなた を 助け に 来た のです 。
王女 ほんとうに ?
王子 ほんとうです 。
王女 まあ 、 嬉しい !
突然 黒 ん 坊 の 王 が 現れる 。 王子 と 王女 と は びっくり する 。
黒 ん 坊 の 王 今日 は 。 わたし は 今 アフリカ から 、 一 飛び に 飛んで 来た のです 。 どう です 、 わたし の 長靴 の 力 は ?
王女 ( 冷淡に ) で は もう 一 度 アフリカ へ 行って いらっしゃい 。
王 いや 、 今日 は あなた と 一しょに 、 ゆっくり 御 話 が したい のです 。 ( 王子 を 見る ) 誰 です か 、 その 下 男 は ?
王子 下 男 ? ( 腹立たし そうに 立ち上る ) わたし は 王子 です 。 王女 を 助け に 来た 王子 です 。 わたし が ここ に いる 限り は 、 指 一 本 も 王女 に は さ させません 。 王 ( わざと 叮嚀 に ) わたし は 三 つ の 宝 を 持って います 。 あなた は それ を 知っています か ? 王子 剣 と 長靴 と マントル です か ? なるほど わたし の 長靴 は 一 町 も 飛ぶ 事 は 出来ません 。 しかし 王女 と 一しょならば 、 この 長靴 を はいて いて も 、 千里 や 二千 里 は 驚きません 。 また この マントル を 御覧 なさい 。 わたし が 下 男 と 思わ れた ため 、 王女 の 前 へ も 来られた の は 、 やはり マントル の おかげ です 。 これ でも 王子 の 姿 だけ は 、 隠す 事 が 出来た じゃ ありません か ? 王 ( 嘲笑 う ) 生意気な ! わたし の マントル の 力 を 見る が 好 い 。 ( マントル を 着る 。 同時に 消え失せる )
王女 ( 手 を 打ち ながら ) ああ 、 もう 消えて しまいました 。 わたし は あの 人 が 消えて しまう と 、 ほんとうに 嬉しくて たまりません わ 。 王子 ああ 云 う マントル も 便利です ね 。 ちょうど わたし たち の ため に 出来て いる ようです 。
王 ( 突然 また 現われる 。 忌 々 し そうに ) そうです 。 あなた 方 の ため に 出来て いる ような もの です 。 わたし に は 役 に も 何にも たた ない 。 ( マントル を 投げ捨てる ) しかし わたし は 剣 を 持って いる 。 ( 急に 王子 を 睨み ながら ) あなた は わたし の 幸福 を 奪う もの だ 。 さあ 尋常に 勝負 を しよう 。 わたし の 剣 は 鉄 でも 切れる 。 あなた の 首位 は 何でもない 。 ( 剣 を 抜く )
王女 ( 立ち上る が 早い か 、 王子 を かばう ) 鉄 でも 切れる 剣 ならば 、 わたし の 胸 も 突 ける でしょう 。 さあ 、 一 突き に 突いて 御覧 なさい 。
王 ( 尻ごみ を し ながら ) いや 、 あなた は 斬れません 。 王女 ( 嘲る ように ) まあ 、 この 胸 も 突け ない のです か ? 鉄 でも 斬 れる と おっしゃった 癖 に !
王子 お 待ち なさい 。 ( 王女 を 押し止め ながら ) 王 の 云 う 事 は もっともです 。 王 の 敵 は わたし です から 、 尋常に 勝負 を しなければ なりません 。 ( 王 に ) さあ 、 すぐに 勝負 を しよう 。 ( 剣 を 抜く )
王 年 の 若い の に 感心な 男 だ 。 好 いか ? わたし の 剣 に さわれば 命 は ない ぞ 。
王 と 王子 と 剣 を 打ち合せる 。 すると たちまち 王 の 剣 は 、 杖 か 何 か 切る ように 、 王子 の 剣 を 切って しまう 。
王 どう だ ?
王子 剣 は 切ら れた の に 違いない 。 が 、 わたし は この 通り 、 あなた の 前 でも 笑って いる 。
王 で は まだ 勝負 を 続ける 気 か ?
王子 あたり 前 だ 。 さあ 、 来い 。
王 もう 勝負 など は し ない でも 好 い 。 ( 急に 剣 を 投げ捨てる ) 勝った の は あなた だ 。 わたし の 剣 など は 何にも なら ない 。
王子 ( 不思議 そうに 王 を 見る ) なぜ ?
王 なぜ ? わたし は あなた を 殺した 所 が 、 王女 に は いよいよ 憎ま れる だけ だ 。 あなた に は それ が わから ない の か ?
王子 いや 、 わたし に は わかって いる 。 ただ あなた に は そんな 事 も 、 わかって い な そうな 気 が した から 。
王 ( 考え に 沈み ながら ) わたし に は 三 つ の 宝 が あれば 、 王女 も 貰える と 思って いた 。 が 、 それ は 間違い だった らしい 。
王子 ( 王 の 肩 に 手 を かけ ながら ) わたし も 三 つ の 宝 が あれば 、 王女 を 助けられる と 思って いた 。 が 、 それ も 間違い だった らしい 。
王 そうだ 。 我々 は 二 人 と も 間違って いた のだ 。 ( 王子 の 手 を 取る ) さあ 、 綺麗に 仲直り を しましょう 。 わたし の 失礼 は 赦 して 下さい 。
王子 わたし の 失礼 も 赦 して 下さい 。 今に なって 見れば わたし が 勝った か 、 あなた が 勝った か わから ない ようです 。
王 いや 、 あなた は わたし に 勝った 。 わたし は わたし 自身 に 勝った のです 。 ( 王女 に ) わたし は アフリカ へ 帰ります 。 どうか 御 安心な すって 下さい 。 王子 の 剣 は 鉄 を 切る 代り に 、 鉄 より も もっと 堅い 、 わたし の 心 を 刺した のです 。 わたし は あなた 方 の 御 婚礼 の ため に 、 この 剣 と 長靴 と 、 それ から あの マントル と 、 三 つ の 宝 を さし上げましょう 。 もう この 三 つ の 宝 が あれば 、 あなた 方 二 人 を 苦しめる 敵 は 、 世界 に ない と 思います が 、 もし また 何 か 悪い やつ が あったら 、 わたし の 国 へ 知らせて 下さい 。 わたし は いつでも アフリカ から 、 百万 の 黒 ん 坊 の 騎兵 と 一しょに 、 あなた 方 の 敵 を 征伐 に 行きます 。 ( 悲し そうに ) わたし は あなた を 迎える ため に 、 アフリカ の 都 の まん 中 に 、 大理石 の 御殿 を 建てて 置きました 。 その 御殿 の まわり に は 、 一面の 蓮 の 花 が 咲いて いる のです 。 ( 王子 に ) どうか あなた は この 長靴 を はいたら 、 時々 遊び に 来て 下さい 。
王子 きっと 御馳走 に なり に 行きます 。 王女 ( 黒 ん 坊 の 王 の 胸 に 、 薔薇 の 花 を さして やり ながら ) わたし は あなた に すまない 事 を しました 。 あなた が こんな 優しい 方 だ と は 、 夢にも 知ら ず に いた のです 。 どうか かんにん して 下さい 。 ほんとうに わたし は すまない 事 を しました 。 ( 王 の 胸 に すがり ながら 、 子供 の ように 泣き 始める )
王 ( 王女 の 髪 を 撫で ながら ) 有難う 。 よく そう 云って くれました 。 わたし も 悪魔 では ありません 。 悪魔 も 同様な 黒 ん 坊 の 王 は 御伽 噺 に ある だけ です 。 ( 王子 に ) そうじゃ ありません か ? 王子 そうです 。 ( 見物 に 向 いながら ) 皆さん ! 我々 三 人 は 目 が さめました 。 悪魔 の ような 黒 ん 坊 の 王 や 、 三 つ の 宝 を 持って いる 王子 は 、 御伽 噺 に ある だけ な のです 。 我々 は もう目 が さめた 以上 、 御伽 噺 の 中 の 国 に は 、 住んで いる 訣 に は 行きません 。 我々 の 前 に は 霧 の 奥 から 、 もっと 広い 世界 が 浮んで 来ます 。 我々 は この 薔薇 と 噴水 と の 世界 から 、 一しょに その 世界 へ 出て 行きましょう 。 もっと 広い 世界 ! もっと 醜い 、 もっと 美しい 、―― もっと 大きい 御伽 噺 の 世界 ! その 世界 に 我々 を 待って いる もの は 、 苦しみ か または 楽しみ か 、 我々 は 何も 知りません 。 ただ 我々 は その 世界 へ 、 勇ましい 一 隊 の 兵卒 の ように 、 進んで 行く 事 を 知っている だけ です 。
( 大正 十一 年 十二 月 )