第 七 章 幕 間 狂言 (3)
まさに この 時機 、 同盟 軍 の 空前 の 大 艦隊 が 長蛇 の 列 を なし 、 自由 と 正義 の 旗 を かかげて すすむ ところ 、 勝利 以外 の なにもの が 前途 に ありましょう か 」 三 次元 ディスプレイ を 指し ながら 語る フォーク の 声 に 、 自己 陶酔 の いろどり が ある 。
「 しかし 、 その 作戦 で は 敵 中 に 深入り し すぎる 。 隊列 は あまりに 長く なり 、 補給 に も 連絡 に も 不便 を きたす だろう 。 しかも 、 敵 は わが 軍 の 細長い 側面 を つく こと で 、 容易に わが 軍 を 分断 できる 」
反論 する ヤン の 口調 は 熱 を おびた が 、 これ は 彼 の 本心 と は かならずしも 一致 し ない 。 戦略 構想 そのもの が まともで ない のに 、 実施 レベル に おいて 細かい 配慮 を する こと に 、 どれほど の 意味 が ある だろう か …… と は いえ 、 言って み ず に は い られ ない のだ 。
「 なぜ 、 分断 の 危険 を のみ 強調 する のです 。 わが 艦隊 の 中央 部 へ 割りこんだ 敵 は 、 前後 から 挟 撃 さ れ 、 惨敗 する こと うたがい ありません 。 とる に たり ぬ 危険です 」
フォーク の 楽観 論 は ヤン を 疲労 さ せた 。 勝手に しろ 、 と 言いたい の を こらえて 、 ヤン は さらに 反論 した 。 「 帝国 軍 の 指揮 官 は 、 おそらく あの ローエングラム 伯 だ 。 彼 の 軍事 的 才能 は 想像 を 絶する もの が ある 。 それ を 考慮 に いれて 、 いますこし 慎重な 計画 を 立案 す べきで は ない の か 」
する と フォーク より さき に 、 グリーンヒル 大将 が 答えた 。
「 中将 、 きみ が ローエングラム 伯 を 高く 評価 して いる こと は わかる 。 だが 彼 は まだ 若い し 、 失敗 や 誤 謬 を おかす こと も ある だろう 」
グリーンヒル 大将 の 言 は 、 ヤン に とって それほど 意味 の ある もの と は 思え なかった 。
「 それ は そう です 。 しかし 勝敗 は けっきょく 、 相対 的な もの で …… 彼 が おかした 以上 の 失敗 を 吾々 が おかせば 、 彼 が 勝って 吾々 が 敗れる 道理 です 」
大 前提 と して 、 この 構想 じたい が まちがって いる 、 と ヤン は 言い たかった 。
「 いずれ に しろ 、 それ は 予測 で しか ありません 」 フォーク が 決めつけた 。
「 敵 を 過大 評価 し 、 必要 以上 に おそれる の は 、 武人 と して もっとも 恥 ず べき ところ 。 まして 、 それ が 味方 の 士気 を そぎ 、 その 決断 と 行動 を にぶら せる と あって は 、 意図 する と 否 と に かかわら ず 、 結果 と して 利 敵 行為 に 類する もの と なりましょう 。 どうか 注意 さ れたい 」 会議 用 テーブル の 表面 が 激しい 音 を たてた 。 ビュコック 中将 が 掌 を たたきつけた のである 。
「 フォーク 准将 、 貴 官 の いま の 発言 は 礼 を 失して いる ので は ない か 」
「 どこ が です ? 」 老 提督 の するどい 眼光 を 射 こまれ ながら 、 フォーク は 胸 を そら せた 。 「 貴 官 の 意見 に 賛同 せ ず 慎重 論 を となえた から と いって 、 利 敵 行為 呼ばわり する の が 節度 ある 発言 と 言える か 」
「 わたくし は 一般 論 を 申しあげた まで です 。 一 個人 にたいする 誹謗 と とられて は 、 はなはだ 迷惑です 」 フォーク の 薄い 頰肉 が ぴく ぴく 動いて いる 。 それ が ヤン に は はっきり と 見えた 。 彼 は 立腹 する 気 に も なれ ないで いた のだ 。
「…… そもそも 、 この 遠征 は 専制 政治 の 暴 圧 に 苦しむ 銀河 帝国 二五〇億 の 民衆 を 解放 し 救済 する 崇高な 大義 を 実現 する ため の もの です 。 これ に 反対 する 者 は 結果 と して 帝国 に 味方 する もの と 言わ ざる を えません 。 小 官 の 言う ところ は 誤って おりましょう か 」 声 が 甲高く なる に 比例 して 、 座 は 鎮静 して いった 。 感動 した ので は なく 、 しらけ きった のであろう 。
「 たとえ 敵 に 地 の 利 あり 、 大 兵力 あり 、 あるいは 想像 を 絶する 新 兵器 が あろう と も 、 それ を 理由 と して ひるむ わけに は いきま せ ん 。 吾々 が 解放 軍 、 護 民 軍 と して 大義 に もとづいて 行動 すれば 、 帝国 の 民衆 は 歓呼 して 吾々 を 迎え 、 すすんで 協力 する でしょう ……」
フォーク の 演説 が つづいて いる 。
想像 を 絶する 新 兵器 、 など と いう もの は まず 実在 し ない 。 たがいに 敵対 する 両 陣営 の いっぽう で 発明 さ れ 実用 化 さ れた 兵器 は 、 いま いっぽう の 陣営 に おいて も すくなくとも 理論 的に 実現 して いる 場合 が ほとんど である 。 戦車 、 潜水 艦 、 核 分裂 兵器 、 ビーム 兵器 など いずれ も そう であり 、 後れ を とった 陣営 の 敗北 感 は 〝 まさか 〟 より も 〝 やはり 〟 と いう かたち で 表現 さ れる のだ 。 人間 の 想像 力 は 個体 間 で は 大きな 格差 が ある が 、 集団 と して トータル で みた とき 、 その 差 は いちじるしく 縮小 する 。 ことに 新 兵器 の 出現 は 技術 力 と 経済 力 の 集積 の うえ に 成立 する もの で 、 石器 時代 に 飛行機 が 登場 する こと は ない 。
歴史 的に みて も 、 新 兵器 に よって 勝敗 が 決した の は 、 スペイン 人 に よる インカ 侵略 戦 ていど の もの で 、 それ も インカ 古来 の 伝説 に 便乗 した 詐術 的な 色彩 が 濃い 。 古代 ギリシア の 都市 国家 シラクサ の 住人 アルキメデス は 、 さまざまな 科学 兵器 を 考案 した もの の 、 ローマ 帝国 の 侵攻 を 防ぐ こと は でき なかった 。
想像 を 絶する 、 と いう 表現 は むしろ 用 兵 思想 の 転換 に 際して つかわ れる こと が 多い 。 その なか で 新 兵器 の 発明 または 移入 に よって それ が 触発 さ れる 場合 も たしかに ある 。 火器 の 大量 使用 、 航空 戦力 に よる 海上 支配 、 戦車 と 航空 機 の コンビ ネーション に よる 高速 機動 戦術 など 、 いずれ も そう だ が 、 ハンニバル の 包囲 殲滅 戦法 、 ナポレオン の 各 個 撃破 、 毛沢東 の ゲリラ 戦略 、 ジンギスカン の 騎兵 集団 戦法 、 孫 子 の 心理 情報 戦略 、 エパミノンダス の 重 装 歩兵 斜線 陣 など は 、 新 兵器 と は 無縁に 案 出 ・ 創造 さ れた もの だ 。
帝国 軍 の 新 兵器 など と いう もの を ヤン は おそれ ない 。 おそれる の は ローエングラム 伯 ラインハルト の 軍事 的 天才 と 、 同盟 軍 自身 の 錯誤 ―― 帝国 の 人民 が 現実 の 平和 と 生活 安定 より 空想 上 の 自由 と 平等 を もとめて いる 、 と いう 考え ―― であった 。 それ は 期待 であって 予測 で は ない 。 そのような 要素 を 計算 に いれて 作戦 計画 を 立案 して よい わけ が なかった 。
この 遠征 は 、 構想 さ れた 動機 から して 信じ がたい ほど 無責任な もの だ が 、 運営 も 無責任な もの に なる ので は ない か 、 と ヤン は いささか 陰気に 予想 した 。
…… 遠征 軍 の 配置 が 決定 されて いった 。 先鋒 は ウランフ 提督 の 第 一〇 艦隊 、 第 二 陣 が ヤン の 第 一三 艦隊 である 。
遠征 軍 総 司令 部 は イゼルローン 要塞 に おか れ 、 作戦 期間 中 、 遠征 軍 総 司令 官 が イゼルローン 要塞 司令 官 を 兼任 する こと に なった 。
Ⅳ ヤン に とって は なんの 成果 も ない まま 会議 が 終了 した 。 帰り かけた ヤン は 、 統合 作戦 本 部長 シトレ 元帥 に 呼びとめ られて 、 あと に 残った 。 空費 さ れた エネルギー の 残滓 が 音 も なく 宙 を 対流 して いる 。
「 どうも 、 やはり 辞めて おく べきだった と 言い た げ だ な 」
シトレ の 声 は 徒労 感 に むしばまれて いた 。 「 私 も 甘かった よ 。 イゼルローン を 手 に いれれば 、 以後 、 戦火 は 遠のく と 考えて いた のだ から な 。 ところが 現実 は こう だ 」
言う べき 言葉 を 見失って 、 ヤン は 沈黙 して いた 。 むろん 、 シトレ 元帥 は 平和 の 到来 に よって 自分 の 地位 が 安定 し 、 発言 力 と 影響 力 が 強化 さ れる こと を も 計算 した に ちがいない が 、 主戦 派 の 無責任な 冒険 主義 や 政略 的 発想 に 比較 すれば 、 その 心情 は ずっと 理解 し やすかった 。
「 けっきょく 、 私 は 自分 自身 の 計算 に 足 を すくわ れた と いう こと か な 。 イゼルローン が 陥落 しなければ 、 主戦 派 も これほど 危険な 賭け に でる こと は なかった かも しれ ん 。 まあ 私 自身 に とって は 自業自得 と も 言える が 、 きみ など に とって は いい 迷惑だろう な 」
「…… お 辞め に なる のです か ? 」 「 いま は 辞め られ ん よ 。 だが 、 この 遠征 が 終わったら 辞職 せ ざる を えん 。 失敗 して も 成功 して も な 」
遠征 が 失敗 すれば 、 制服 軍人 の 首 座 に ある シトレ 元帥 は 当然 、 引責 辞任 を 迫ら れる だろう 。 いっぽう 、 成功 すれば 、 遠征 軍 総 司令 官 ロボス 元帥 の 功績 に 酬 いる あらたな 地位 は 、 統合 作戦 本 部長 しか ない 。 遠征 に 反対 した と いう 点 も 不利に はたらき 、 シトレ 元帥 は 勇退 と いう 形式 で 、 その 地位 を おわ れる こと に なろう 。 どちら に 転んで も 、 彼 自身 の 未来 は すでに 特定 されて いる のだ 。 シトレ と して は 、 いさぎよく 腹 を すえる 以外 ない わけである 。
「 この際 だ から 言って しまう が 、 私 は 、 今度 の 遠征 が 最小 限 の 犠牲 で 失敗 して くれる よう のぞんで いる 」
「…………」
「 惨敗 すれば 、 むろん 多く の 血 が 無用に 流れる 。 かといって 、 勝てば どう なる だろう 。 主戦 派 は つけあがり 、 理性 に よる もの に せよ 政略 に よる もの に せよ 、 政府 や 市民 の コントロール を うけつけ なく なる の は あきらかだ 。 そして 暴走 し 、 ついに は 谷底 へ 転落 する だろう 。 勝って は なら ない とき に 勝った が ため 、 究極 的な 敗北 に おいこま れた 国家 は 歴史 上 、 無数に ある 。 きみ なら 知っている はずだ が な 」
「 ええ ……」
「 きみ の 辞表 を 却下 した 理由 も 、 こう なれば わかって もらえる だろう 。 今日 の 事態 まで 予想 して いた わけで は ない が 、 結果 と して 軍部 に おける きみ の 存在 は 、 いっそう 重要 さ を ました こと に なる 」
「…………」
「 きみ は 歴史 に くわしい ため 、 権力 や 武力 を 軽蔑 して いる ところ が ある 。 無理 も ない が 、 しかし 、 どんな 国家 組織 でも その 双方 から 無縁で は い られ ない 。 とすれば 、 それ は 無能で 腐敗 した 者 より 、 そう で ない 者 の 手 に ゆだね られ 、 理性 と 良心 に したがって 運用 さ れる べきな のだ 。 私 は 軍人 だ 。 あえて 政治 の こと は 言う まい 。 だが 軍部 内 に かぎって 言う と 、 フォーク 准将 、 あの 男 は いかん 」
語勢 の 強 さ が 、 ヤン を 驚かせた 。
シトレ は 、 しばらく 自分 自身 の 感情 を コントロール して いる ようだった 。
「 彼 は この 作戦 計画 を 私的な ルート を つうじて 直接 、 最高 評議 会 議長 の 秘書 に もちこんだ 。 権力 維持 の 手段 と して 説得 した こと 、 動機 が 自分 の 出世 欲 に あった こと も 私 に は わかって いる 。 彼 は 軍人 と して 最高の 地位 を 狙って いる が 、 現在 の ところ 強力 すぎる ライバル が いて 、 この 人物 を うわまわる 功績 を あげたい のだ 。 士官 学校 の 首席 卒業 生 と して 、 凡才 に は 負け られ ん と いう 奇妙な 意識 も ある 」
「 なるほど 」
何気なく ヤン が あいづち を うつ と 、 初めて の 笑い を シトレ 元帥 は 浮かべた 。
「 きみ は ときどき 、 鈍感に なる な 。 ライバル と は ほか の 誰 で も ない 、 きみ の こと だ 」
「 私 が 、 です か ? 」 「 そう 、 きみ だ 」 「 しかし 、 本 部長 、 私 は ……」
「 この際 、 きみ が 自分 自身 を どう 評価 して いる か は 関係ない 。 フォーク の 思案 と 、 彼 が 目的 の ため に どういう 手段 を とった か 、 と いう こと が 問題 な のだ 。 悪い 意味 で 政治 的に すぎる と 言わ ざる を えん 。 たとえ その こと が なく と も ……」
元帥 は 嘆息 した 。
「…… 今日 の 会議 で 彼 の 人柄 が ある ていど は わかった だろう 。 自分 の 才能 を しめす のに 実績 で は なく 弁舌 を もって し 、 しかも 他者 を おとしめて 自分 を 偉く みせよう と する 。 自分 で 思って いる ほど じつは 才能 など ない のだ が ……。 彼 に 彼 以外 の 人間 の 運命 を ゆだねる の は 危険 すぎる のだ 」
「 さっき 、 私 の 存在 が 重要 さ を ました と おっしゃい ました が ……」
考え ながら ヤン は 口 を 開いた 。