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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 53. 幽霊と文学 - 坂口安吾

53. 幽霊 と 文学 - 坂口 安 吾

幽霊 と 文学 - 坂口 安 吾

幽霊 の 凄 味 の 点 で は 日本 は 他国 に ひけ を とら ない 。 西洋 人 の 生活 の 中 に は 悪魔 が 幅 を きかして ゐる が 、 幽霊 は あまり 顔 を ださ ない 。 悪魔 に は 日本 の 鬼 や 狐 狸 に 通ずる 一 脈 の 滑稽 味 と 童話 的な 郷愁 的な 感情 が 流れ 、 今日 の 知識 人 の 生活 の 中 で は 、 恐怖 の 対象 である より も 、 理知 の 故郷 に 住み 古 した 一 人 の 友達 の 感 が 深い 。

幽霊 は 悪魔 とち が つて 、 徹頭徹尾 凄 味 ある のみ 、 甘 さ や ユーモア は 微塵 も ない 。 ひとつには 人間 の 本能 に ひそむ 死 へ の 恐怖 が 幽霊 と 必然 的に 結びついて ゐる ため も ある が 、 又 ひとつには 「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 笑 ひ の 要素 の 微塵 も ない 素朴な 思想 が 、 幽霊 の 本質 的な 性格 を 規定 して ゐる ため である 。

私 は 幽霊 が きら ひである 。 徹底 的に きら ひだ 。 憎んで も ゐる 。 私 の 理知 は 幽霊 の 存在 を 笑 殺し 否定 する こと を 知 つて ゐる が 、 私 の 素朴な 本能 は 幽霊 の 素朴な 凄 味 に どうして も 負ける 。 一応 の 理知 の 否定 を もつ て して も 、 素朴な 恐怖 を どう する こと も でき ない らしい 。

私 は 日本 の 怪談 が きら ひだ 。 日本 の 怪談 は 世 の 諸々 の 怪談 中でも 王座 を しめる 凄 味 が ある と の 定評 である が 、 本能 的な 素朴な 恐怖 を 刺 戟 する 原始 的な 文学 興味 は 余りに 思想 の 低い もの で 、 高い 文学 に なり 得る 筈 は ない のだ 。 怪談 の 凄 味 は 自慢 の 種 に なる より も 、 その 国 の 文化 生活 の 低 さ を 物語る 恥 の ひと つ と 思 つて よ からう 。

私 は かや う な 素朴な 恐怖 に おびえる 自分 がたいへん 厭 だ 。 然 し 私 の あらゆる 理知 を もつ て して も 、 とうてい 幽霊 の 存在 を 本質 的に 抹殺 し 去る こと が でき ない ので 、 私 に 残さ れた 唯一 の 途 は 、 幽霊 と 友達 づき あ ひ する より ほか に 仕方 が ない と いふ こと だ 。 さ う して 幽霊 へ の 本能 的な 恐怖 を 柔 げ る より ほか に 方法 が ない と いふ こと である 。

先日 「 幽霊 西 へ 行く 」 と いふ 映画 が きた 。 幽霊 を 滑稽 化 し 、 恋 を さ せたり して 如何にも 我々 に 親密な もの と し 友達 づき あ ひ の できる 程度 に つく つて ゐる が 、 それ は ただ 外形 的な こと で あつ て 、 幽霊 の 本質 的な 凄 味 、「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 素朴な 思想 は 生 の まま 投げだされて ゐる に すぎ ない 。 幽霊 の 本質 的な 性格 や 戦慄 を 我々 の 親しい 友達 と した もの で は ない のである 。

幽霊 を さかんに 登場 さ せた ヂッケンス も 、 然 しそ の 幽霊 達 は 昔ながら の 素朴な 幽霊 の 概念 であり 、「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 不 逞 な 思想 を 我々 の 親しい 友 と する ため に 役立つ こと は 全く なか つた 。

私 の 知る 限り で は 「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 不 逞 な 凄 味 を そつ くり その ま ゝ 人間 化 し 戯画 化 し 、 我々 の 涙ぐましい 友達 の 一 人 と して 誕生 さ せて くれた 人 に ニコライ ・ ゴーゴリ ある のみ 。 その 「 外套 」 は 幽霊 の 持つ 本質 的な 戦慄 を 始めて 民衆 の 味方 に か へた 。 読者 は 「 外套 」 の 幽霊 と 肩 を 抱きあ つて 慰め あ ひ 、 憂さ晴らし に 腕 を 組んで 居酒屋 へ 行き たく なる 。 幽霊 を 人間 の 味方 に し 親友 と した ゴーゴリ は 、 幽霊 に 誰 より 怯えた 臆病 者 でも あつ た ので あらう 。

53. 幽霊 と 文学 - 坂口 安 吾 ゆうれい||ぶんがく|さかぐち|やす|われ 53. ghosts and literature - ango sakaguchi 53. fantômes et littérature - Ango Sakaguchi 53. призраки и литература - Анго Сакагути

幽霊 と 文学 - 坂口 安 吾 ゆうれい||ぶんがく|さかぐち|やす|われ |||Sakaguchi|| Ghosts and Literature-Ango Sakaguchi

幽霊 の 凄 味 の 点 で は 日本 は 他国 に ひけ を とら ない 。 ゆうれい||すご|あじ||てん|||にっぽん||たこく||||| ||||||||||||match||| Japan is second to none in terms of the awesome taste of ghosts. 西洋 人 の 生活 の 中 に は 悪魔 が 幅 を きかして ゐる が 、 幽霊 は あまり 顔 を ださ ない 。 せいよう|じん||せいかつ||なか|||あくま||はば|||||ゆうれい|||かお||| Western||||||||||||||||||||| The devil is widespread in the lives of Westerners, but the ghosts don't show much. 悪魔 に は 日本 の 鬼 や 狐 狸 に 通ずる 一 脈 の 滑稽 味 と 童話 的な 郷愁 的な 感情 が 流れ 、 今日 の 知識 人 の 生活 の 中 で は 、 恐怖 の 対象 である より も 、 理知 の 故郷 に 住み 古 した 一 人 の 友達 の 感 が 深い 。 あくま|||にっぽん||おに||きつね|たぬき||つうずる|ひと|みゃく||こっけい|あじ||どうわ|てきな|きょうしゅう|てきな|かんじょう||ながれ|きょう||ちしき|じん||せいかつ||なか|||きょうふ||たいしょう||||りち||こきょう||すみ|ふる||ひと|じん||ともだち||かん||ふかい ||||||||||||||humorous|||fairy tale||nostalgia|||||||||||||||||||||reason|||||||||||||| In demons, there is a humorous taste and a nostalgic feeling reminiscent of Japanese demons, foxes, and raccoons, which flow through the lives of today's intellectuals. Rather than being objects of fear, the feeling of a friend who lived in the hometown of reason deeply resonates.

幽霊 は 悪魔 とち が つて 、 徹頭徹尾 凄 味 ある のみ 、 甘 さ や ユーモア は 微塵 も ない 。 ゆうれい||あくま||||てっとうてつび|すご|あじ|||あま|||ゆーもあ||みじん|| |||domain|||from beginning to end||||||||humor|||| Ghosts differ from demons in that they are full of dread, with no sweetness or humor at all. ひとつには 人間 の 本能 に ひそむ 死 へ の 恐怖 が 幽霊 と 必然 的に 結びついて ゐる ため も ある が 、 又 ひとつには 「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 笑 ひ の 要素 の 微塵 も ない 素朴な 思想 が 、 幽霊 の 本質 的な 性格 を 規定 して ゐる ため である 。 |にんげん||ほんのう|||し|||きょうふ||ゆうれい||ひつぜん|てきに|むすびついて||||||また||しんで|うらみ||はらさ||||わら|||ようそ||みじん|||そぼくな|しそう||ゆうれい||ほんしつ|てきな|せいかく||きてい|||| on the one hand|||||||||||||||tied to|||||||||resentment||to avenge|||||||||||||||||||||define|||| One reason is that the fear of death hidden in human instincts is inevitably linked to ghosts, but another reason is that the simple thought of 'settling grudges in death' completely lacks the element of laughter and defines the essential nature of ghosts.

私 は 幽霊 が きら ひである 。 わたくし||ゆうれい||| ||||creepy|creepy 徹底 的に きら ひだ 。 てってい|てきに|| ||sparkling| 憎んで も ゐる 。 にくんで|| hating|| 私 の 理知 は 幽霊 の 存在 を 笑 殺し 否定 する こと を 知 つて ゐる が 、 私 の 素朴な 本能 は 幽霊 の 素朴な 凄 味 に どうして も 負ける 。 わたくし||りち||ゆうれい||そんざい||わら|ころし|ひてい||||ち||||わたくし||そぼくな|ほんのう||ゆうれい||そぼくな|すご|あじ||||まける ||||||||laugh|killing|||||||||||||||||||||| While my reason knows how to laugh and deny the existence of ghosts, my simple instinct cannot help but succumb to the simple awe of ghosts. 一応 の 理知 の 否定 を もつ て して も 、 素朴な 恐怖 を どう する こと も でき ない らしい 。 いちおう||りち||ひてい||||||そぼくな|きょうふ|||||||| Even if I have the denial of reason, it seems I cannot do anything about the simple fear.

私 は 日本 の 怪談 が きら ひだ 。 わたくし||にっぽん||かいだん||| I love Japanese ghost stories. 日本 の 怪談 は 世 の 諸々 の 怪談 中でも 王座 を しめる 凄 味 が ある と の 定評 である が 、 本能 的な 素朴な 恐怖 を 刺 戟 する 原始 的な 文学 興味 は 余りに 思想 の 低い もの で 、 高い 文学 に なり 得る 筈 は ない のだ 。 にっぽん||かいだん||よ||もろもろ||かいだん|なかでも|おうざ|||すご|あじ|||||ていひょう|||ほんのう|てきな|そぼくな|きょうふ||とげ|げき||げんし|てきな|ぶんがく|きょうみ||あまりに|しそう||ひくい|||たかい|ぶんがく|||える|はず||| ||||||||||throne||hold|||||||reputation||||||||stimulate|stimulation|||||||too|||||||||||supposed to||| Japanese ghost stories have a reputation for being the most illustrious of the world's ghost stories, but their instinctive, naive horror-stimulating primitive literary interests are too low in ideology. It couldn't be. 怪談 の 凄 味 は 自慢 の 種 に なる より も 、 その 国 の 文化 生活 の 低 さ を 物語る 恥 の ひと つ と 思 つて よ からう 。 かいだん||すご|あじ||じまん||しゅ||||||くに||ぶんか|せいかつ||てい|||ものがたる|はじ|||||おも||| ||||||||||||||||||||||||person||||||perhaps The true horror of ghost stories lies not in boasting about their proud origins, but in revealing one of the shames of the low cultural life of that country.

私 は かや う な 素朴な 恐怖 に おびえる 自分 がたいへん 厭 だ 。 わたくし|||||そぼくな|きょうふ|||じぶん||いと| ||kaya||||||intimidated|||| I am extremely disgusted by my own fear of such naive terrors. 然 し 私 の あらゆる 理知 を もつ て して も 、 とうてい 幽霊 の 存在 を 本質 的に 抹殺 し 去る こと が でき ない ので 、 私 に 残さ れた 唯一 の 途 は 、 幽霊 と 友達 づき あ ひ する より ほか に 仕方 が ない と いふ こと だ 。 ぜん||わたくし|||りち|||||||ゆうれい||そんざい||ほんしつ|てきに|まっさつ||さる||||||わたくし||のこさ||ゆいいつ||と||ゆうれい||ともだち||||||||しかた|||||| so||||||||||||||||||eliminate|||||||||||||||||||||||||||||||| However, even with all my reason and knowledge, I cannot possibly fundamentally deny the existence of ghosts, leaving me with no choice but to make friends with them. さ う して 幽霊 へ の 本能 的な 恐怖 を 柔 げ る より ほか に 方法 が ない と いふ こと である 。 |||ゆうれい|||ほんのう|てきな|きょうふ||じゅう||||||ほうほう|||||| ||||||||||soft|||||||||||| Thus, the only way to soften instinctual fear of ghosts is to make them less scary.

先日 「 幽霊 西 へ 行く 」 と いふ 映画 が きた 。 せんじつ|ゆうれい|にし||いく|||えいが|| The other day, a movie called 'Going West to Meet Ghosts' came out. 幽霊 を 滑稽 化 し 、 恋 を さ せたり して 如何にも 我々 に 親密な もの と し 友達 づき あ ひ の できる 程度 に つく つて ゐる が 、 それ は ただ 外形 的な こと で あつ て 、 幽霊 の 本質 的な 凄 味 、「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 素朴な 思想 は 生 の まま 投げだされて ゐる に すぎ ない 。 ゆうれい||こっけい|か||こい|||||いかにも|われわれ||しんみつな||||ともだち||||||ていど|||||||||がいけい|てきな|||||ゆうれい||ほんしつ|てきな|すご|あじ|しんで|うらみ||はらさ||||そぼくな|しそう||せい|||なげだされて|||| |||||||||||||intimate||||||||||||||||||||||||||||||||||||||simple||||||thrown|||| Although the movie tries to make ghosts comical, portray them as loveable and make them seem familiar to us so we can be friends with them, it is only superficial; the essence of the ghost's terrifying nature and the simple idea of 'settling grudges after death' are simply thrown aside. 幽霊 の 本質 的な 性格 や 戦慄 を 我々 の 親しい 友達 と した もの で は ない のである 。 ゆうれい||ほんしつ|てきな|せいかく||せんりつ||われわれ||したしい|ともだち||||||| ||||||horror|||||||||||| The ghost's essential personality and horror are not what we have made with our close friends.

幽霊 を さかんに 登場 さ せた ヂッケンス も 、 然 しそ の 幽霊 達 は 昔ながら の 素朴な 幽霊 の 概念 であり 、「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 不 逞 な 思想 を 我々 の 親しい 友 と する ため に 役立つ こと は 全く なか つた 。 ゆうれい|||とうじょう|||||ぜん|||ゆうれい|さとる||むかしながら||そぼくな|ゆうれい||がいねん||しんで|うらみ||はらさ||||ふ|てい||しそう||われわれ||したしい|とも|||||やくだつ|||まったく|| ||||||Dickens|||however||||||||||||||||||||robust||||||||||||||||| Dickens, who frequently featured ghosts, nevertheless used traditional, simple concepts of ghosts where they were of no help to us in making these ghosts our close friends by perpetuating the rebellious idea of "dying to avenge grievances."

私 の 知る 限り で は 「 死んで 恨み を 晴らさ う 」 と いふ 不 逞 な 凄 味 を そつ くり その ま ゝ 人間 化 し 戯画 化 し 、 我々 の 涙ぐましい 友達 の 一 人 と して 誕生 さ せて くれた 人 に ニコライ ・ ゴーゴリ ある のみ 。 わたくし||しる|かぎり|||しんで|うらみ||はらさ||||ふ|てい||すご|あじ|||||||にんげん|か||ぎが|か||われわれ||なみだぐましい|ともだち||ひと|じん|||たんじょう||||じん||||| ||||||||||||||strong||||||||||||||||||touching|||||||||||||Nikolai|Gogol|| As far as I know, it was only Nikolai Gogol who skillfully personified and caricatured the malicious, frightening idea of "dying to avenge grievances" and presented it to us as one of our pitiful friends. その 「 外套 」 は 幽霊 の 持つ 本質 的な 戦慄 を 始めて 民衆 の 味方 に か へた 。 |がいとう||ゆうれい||もつ|ほんしつ|てきな|せんりつ||はじめて|みんしゅう||みかた||| |overcoat||||||||||||||| His "Overcoat" was the beginning of the essential horror of ghosts being on the side of the people. 読者 は 「 外套 」 の 幽霊 と 肩 を 抱きあ つて 慰め あ ひ 、 憂さ晴らし に 腕 を 組んで 居酒屋 へ 行き たく なる 。 どくしゃ||がいとう||ゆうれい||かた||だきあ||なぐさめ|||うさばらし||うで||くんで|いざかや||いき|| ||||||||each other||comfort|||||||||||| Readers will feel comforted by embracing the ghost of the coat and may feel like going to an izakaya to distract themselves. 幽霊 を 人間 の 味方 に し 親友 と した ゴーゴリ は 、 幽霊 に 誰 より 怯えた 臆病 者 でも あつ た ので あらう 。 ゆうれい||にんげん||みかた|||しんゆう|||||ゆうれい||だれ||おびえた|おくびょう|もの||||| |||||||||||||||||||||||afraid Gogol, who made the ghost his ally and best friend, was perhaps even more scared of the ghost than any coward.