第二章 彼は誰に会いたかったか?【2】
だい ふた しょう|かれ は だれ に あい たかった か
Kapitel 2: Wen wollte er treffen? [2
Chapter 2 Who Did He Want to See? [2
Capítulo 2: ¿A quién quería conocer? [2
Chapitre 2 : Qui voulait-il rencontrer ? [2
제2장 그는 누구를 만나고 싶었나? (2)【제2장】그는 누구를 만나고 싶었나?
Hoofdstuk 2: Wie wilde hij ontmoeten? [2
Kapitel 2: Vem missade han [2]?
第2章 他想见谁? [2]
第 2 章:他想见谁?[2
平たい ドラム缶 に 溜 め た 水 で 、 熱心に 指 の 汚れ を 洗い 落として いる 祐一 の 背中 を 、 矢島 憲夫 は たばこ を 吸い ながら 眺めて いた 。
ひらたい|どらむかん||たま|||すい||ねっしんに|ゆび||けがれ||あらい|おとして||ゆういち||せなか||やしま|のりお||||すい||ながめて|
flach|Ölfass|||me|||mit|eifrig|Finger||Schmutz||waschen|waschen||||||Yajima|Ken'ō Yajima|||||||
flat|drum can||accumulated|||||enthusiastically|||dirt|||||Yuichi||||Yajima||||||||
Norio Yajima patrzył na plecy Yuichiego, podczas palenia entuzjastycznie zmywając brud z palców wodą przechowywaną w płaskim bębnie.
矢岛纪夫正看着友一的背部,一边吸烟一边用扁鼓中储存的水热情地洗去了手指上的污垢。
ドラム缶 は コンクリ を こねる とき に 使わ れる もの で 、 いくら 真水 が 入って いる と は いえ 、 洗った 手 が 乾けば 蛇 の ような 模様 が 皮膚 に 浮かぶ 。
どらむかん|||||||つかわ|||||まみず||はいって|||||あらった|て||かわけば|へび|||もよう||ひふ||うかぶ
||Beton||mischen||||||||Reines Wasser|||||||gewaschen|||Wenn sie trocken sind|Schlange|||Muster||Haut||
drum can||concrete||knead||||||||fresh water|||||||washed|||dries|snake|||||skin||float
Trommeln werden zum Kneten von Beton verwendet, und egal wie viel frisches Wasser darin ist, sobald Ihre Hände gewaschen und trocken sind, erscheint ein schlangenartiges Muster auf Ihrer Haut.
The drums are used for mixing concrete, and no matter how much fresh water is in them, when your hands are dry after washing them, a snake-like pattern will appear on your skin.
すでに 夕方 の 六 時 を 回り 、 作業 場 の あちこち で 各 組 の 人 夫 たち が 帰り 支度 を 始めて いた 。
|ゆうがた||むっ|じ||まわり|さぎょう|じょう||||かく|くみ||じん|おっと|||かえり|したく||はじめて|
bereits||||||||||überall||||||Arbeiter||von|nach Hause gehen|Vorbereitungen treffen|||
already||||||||||||each|||workers|workers||||preparations|||
さっき まで 外壁 を 壊して いた 数 台 の 重機 も 、 今では 一 カ所 に おとなしく 並んで いる 。
||がいへき||こわして||すう|だい||じゅうき||いまでは|ひと|かしょ|||ならんで|
||Außenwand||zerstören|hatte||||Baumaschinen||||||||
||exterior wall||broken|||||heavy machinery||||||quietly||
The several heavy machines that were tearing down the exterior walls earlier now stand meekly lined up in one place.
元 産婦人科 の 病棟 だった ビル も 、 作業 を 始めて すでに 四 日 目 、 その 三 分 の 二 が 無惨に 取り壊されて いる 。
もと|さんふじんか||びょうとう||びる||さぎょう||はじめて||よっ|ひ|め||みっ|ぶん||ふた||むざんに|とりこわさ れて|
|Frauenheilkunde||Station|||||||bereits||||||||||grausam|abgerissen|
|maternity and gynecology||hospital ward|||||||||||||||||miserably|being demolished|
Bereits vier Tage nach Beginn der Arbeiten an dem Gebäude, das früher eine Geburtshilfe- und Gynäkologiestation war, sind zwei Drittel des Gebäudes auf grausame Weise abgerissen worden.
こういう 大きな 現場 の 場合 、 憲夫 の 会社 は 下請け に 回る 。
|おおきな|げんば||ばあい|のりお||かいしゃ||したうけ||まわる
|||||Kenbo||||Subunternehmer||
|||||Kenji||||subcontractor||subcontract
On large jobs like this, Norio's company is a subcontractor.
いちおう 自社 でも 15 m ロング の 重機 を 一 台 所有 して いる のだ が 、 鉄筋 の 三 階建て と も なる と 一 台 で は どうにも なら ず 、 大手 の 解体 業者 の 下請け に 回る しか ない 。
|じしゃ|||ろんぐ||じゅうき||ひと|だい|しょゆう|||||てっきん||みっ|かいだて|||||ひと|だい||||||おおて||かいたい|ぎょうしゃ||したうけ||まわる||
|eigenes Unternehmen||m|lang||Baumaschine|zu|||besitzen|||||Eisen|||drei Etagen||||||||||||große||Abbruch|Abbruchunternehmen||||||
more or less|in-house||meters|long||heavy machinery||||to own|||||reinforcing bars|||three-story||||||||||||major||demolition|contractor||subcontractor||||
Although we have one 15-meter long heavy equipment, we have no choice but to subcontract the work to a major demolition company because we can't manage a three-story reinforced concrete building with just one machine.
ドラム缶 の 水 で 洗った 手 を 、 首 に かけた タオル で 拭き 始めた 祐一 に 、「 お前 も 、 そろそろ 重機 の 免許 取ったら どう や ?
どらむかん||すい||あらった|て||くび|||たおる||ふき|はじめた|ゆういち||おまえ|||じゅうき||めんきょ|とったら||
Fass||||||||||||abwischen|||||||Schwergerät||Führerschein|||
||||||||||towel||||Yuichi||||||||you get|about|
」 と 憲夫 は 声 を かけ 、 吸って いた たばこ を 灰皿 に 押しつけた 。
|のりお||こえ|||すって||||はいざら||おしつけた
||||||||||Aschenbecher||
||||||||||ashtray||pressed
憲夫 の 言葉 に 振り返った 祐一 が 、
のりお||ことば||ふりかえった|ゆういち|
||||looked back||
「 は ぁ 」
と なんとも やる 気 の ない 返事 を し 、 今度 は 顔 を ゴシゴシ と タオル で こする 。
|||き|||へんじ|||こんど||かお||||たおる||
||||||||||||||und|||
|||||||||||||vigorously||||rub
こすれば こする ほど 、 顔 の 汚れ が 目立つ 。
|||かお||けがれ||めだつ
rub|||||||
The more you rub, the more dirt you will see on your face.
「 来月 、 一 週間 くらい 休んで よ かけ ん 、 免許 取り に 行か ん か ?
らいげつ|ひと|しゅうかん||やすんで||||めんきょ|とり||いか||
next month||||rest|||||||||
憲夫 の 言葉 に 、 行きたい と いう 意味 な の か 、 行き たく ない と いう 意味 な の か 、 祐一 が 口 を 尖 がら せ ながら も 小さく 頷く 。
のりお||ことば||いき たい|||いみ||||いき|||||いみ||||ゆういち||くち||とが|||||ちいさく|うなずく
||||||||||||||||||||||||pursed||||||
正直な ところ 、 祐一 の ほう から この 話 を 言い出して くれ ない もの か と 、 憲夫 は ずっと 待って いる のだ が 、 いくら 待って も 祐一 が 積極 的に なる こと は なかった 。
しょうじきな||ゆういち|||||はなし||いいだして||||||のりお|||まって|||||まって||ゆういち||せっきょく|てきに||||
|||||||||started talking||||||||||||||||||proactive|||||
ゴム 手袋 など を 自分 の バッグ に しまい 始めた 祐一 に 、「 ところで 気分 は もう よか と か ?
ごむ|てぶくろ|||じぶん||ばっぐ|||はじめた|ゆういち|||きぶん|||||
rubber|gloves|||||||||||||||||
と 憲夫 は 声 を かけた 。
|のりお||こえ||
今朝 、 車 の 中 で とつぜん 顔色 を 変えて 吐き そうに なった わりに 、 現場 に 着く と いつも と 変わら ず おとなしく 働いて いた 。
けさ|くるま||なか|||かおいろ||かえて|はき|そう に|||げんば||つく||||かわら|||はたらいて|
ただ 、 いつも 持参 して くる 弁当 に 、 ほとんど 手 を つけ なかった こと を 憲夫 は 知っている 。
||じさん|||べんとう|||て||||||のりお||しっている
||bringing||||||||||||||
「 今日 帰ったら すぐ 、 じいさん 、 病院 に 連れて 行く と やろ ?
きょう|かえったら|||びょういん||つれて|いく||
」 と 憲夫 は 訊 いた 。
|のりお||じん|
「 たぶん メシ 食う て から 」
|めし|くう||
||eat||
埃っぽい 寒風 の 中 、 バッグ を 抱えて 立ち上がった 祐一 が 、 ぼ そっと 答える 。
ほこり っぽい|かんぷう||なか|ばっぐ||かかえて|たちあがった|ゆういち||||こたえる
dusty|cold wind|||||holding||||in a low voice||
憲夫 は 、 いつも の ように 倉 見 、 吉岡 、 そして 祐一 を ワゴン 車 に 乗せた 。
のりお|||||くら|み|よしおか||ゆういち||わごん|くるま||のせた
|||||||Yoshioka||||wagon|||loaded
夕日 に 赤く 染まった 長崎 湾 を 眺め ながら 国道 を 走って いる と 、 また いつも の 如く 倉 見 が 焼酎 の ワンカップ を 飲み 始める 。
ゆうひ||あかく|そまった|ながさき|わん||ながめ||こくどう||はしって||||||ごとく|くら|み||しょうちゅう||わんかっぷ||のみ|はじめる
|||colored||bay||||||||||||as||||shochu||single cup|||
「 家 に 着く まで 、 たかが 三十 分 くらい 我慢 でき ん と や ?
いえ||つく|||さんじゅう|ぶん||がまん||||
憲夫 は 鼻先 へ 流れて きた 焼酎 の 臭い に 顔 を しかめた 。
のりお||はなさき||ながれて||しょうちゅう||くさい||かお||
||nose||wafting||shochu||smell||||frowned
Norio frowned at the smell of shochu liquor that was running down his nose.
「 仕事 が 終わる 一 時間 も 前 から 我慢 し とる と に 、 それ から また 三十 分 も 我慢 できる もん ね 」
しごと||おわる|ひと|じかん||ぜん||がまん||||||||さんじゅう|ぶん||がまん|||
||||||||||waiting|||||||||||you know|
倉 見 が 呆れた と ばかり に 笑って 、 カップ から こぼれ そうな 焼酎 に 口 を つけ 、 濃い 無 精 髭 が とろっと した 液体 に 濡れる 。
くら|み||あきれた||||わらって|かっぷ|||そう な|しょうちゅう||くち|||こい|む|せい|ひげ||とろ っと||えきたい||ぬれる
|||astonished||just like|||cup||overflowing||shochu||||put to|thick|unshaven|non-spirited|stubbly beard||thick||||got wet
窓 を 開けて いる に も かかわら ず 、 焼酎 と 乾いた 土 の に おい が 車 内 で 混じる 。
まど||あけて||||||しょうちゅう||かわいた|つち|||||くるま|うち||まじる
window||||||despite||shochu||dry||||smell|||||mix
「 そう 言えば 、 きのう 、 福岡 の 三瀬 峠 で 女の子 が 殺さ れたら しか な 」
|いえば||ふくおか||みつせ|とうげ||おんなのこ||ころさ|||
||yesterday|||||||||if killed||
窓 の 外 を 眺めて いた 吉岡 が 、 ふと 思い出した ように 言った 。
まど||がい||ながめて||よしおか|||おもいだした||いった
window||||looking at||||suddenly|||
「 保険 の 勧誘 し とる 女の子 らし か けど 、 あげ ん こと さ れたら 親 は たまった もん じゃ なか ねえ 」
ほけん||かんゆう|||おんなのこ|||||||||おや||||||
||sales pitch|doing|taking||like|||giving||||if given|||saved|||not|hey
同じ 年頃 の 娘 を 持つ 倉 見 が そう 言って 、 焼酎 で 濡れた 指 を 舐める 。
おなじ|としごろ||むすめ||もつ|くら|み|||いって|しょうちゅう||ぬれた|ゆび||なめる
|age||||||||||shochu||wet|||licks
内縁 の 妻 と 二 人 で 暮らして いる 吉岡 に は 、 被害 者 の 親 の 気持ち は 実感 でき ない ようで 、「 三瀬って 言えば 、 俺 が 、 前 に トラック 運転 し よる とき 、 よう 使い よった 道 や もん ね 」 と 話 を 変える 。
ないえん||つま||ふた|じん||くらして||よしおか|||ひがい|もの||おや||きもち||じっかん||||みつせ って|いえば|おれ||ぜん||とらっく|うんてん|||||つかい||どう|||||はなし||かえる
common-law|||||||||Yoshioka||||||||||realization|||it seems|Mise|||||||||by|||||||quotation particle|||||
吉岡 本人 が 詳しく 話す こと は ない が 、 県営 住宅 で 一緒に 暮らして いる 女 は 、 もう 十 年 に なる と いう のに 、 まだ 前 の 旦那 と の 籍 を 抜いて いない らしい 。
よしおか|ほんにん||くわしく|はなす|||||けんえい|じゅうたく||いっしょに|くらして||おんな|||じゅう|とし|||||||ぜん||だんな|||せき||ぬいて||
|||||||||public|public housing|||living|||||||||||||||husband|||family register||||it seems
「 祐一 、 お前 も 三瀬 の 峠 と か 、 よう ドライブ する と やろ が ?
ゆういち|おまえ||みつせ||とうげ||||どらいぶ||||
||||'s|||||drive||||
吉岡 に 声 を かけ られて 、 一 番 後ろ に 座って いる 祐一 が 窓 の 外 から 車 内 に 視線 を 戻した 。
よしおか||こえ||||ひと|ばん|うしろ||すわって||ゆういち||まど||がい||くるま|うち||しせん||もどした
Yoshioka||||to call|was called||||||||||||||||line of sight||
その 様子 が ルームミラー に 映る 。
|ようす||||うつる
|||rearview mirror||
市 内 へ 向かう 反対 車線 が 渋滞 し 始めて いた 。
し|うち||むかう|はんたい|しゃせん||じゅうたい||はじめて|
||||opposite|lane||traffic jam|||
造船 所 で 一 日 働いた 男 たち の 車 が 、 数珠 繋ぎ に 街道 を 伸びて いる 。
ぞうせん|しょ||ひと|ひ|はたらいた|おとこ|||くるま||じゅず|つなぎ||かいどう||のびて|
shipbuilding|||||worked||||||string of prayer beads|linked||||stretch|
夕日 を 浴びた 男 たち の 顔 は 、 どこ か 般若 の 面 の ように 見える 。
ゆうひ||あびた|おとこ|||かお||||はんにゃ||おもて|||みえる
sunset||bathed||||||||wisdom|||||
「 なぁ 、 三瀬 峠 と か 、 よう ドライブ する と やろ が ?
|みつせ|とうげ||||どらいぶ||||
||||||drive||||
返事 を し ない 祐一 に 、 改めて 吉岡 が 訊 いた 。
へんじ||||ゆういち||あらためて|よしおか||じん|
||||||once again|Yoshioka|||
「 三瀬 は …… あんまり 好か ん 。
みつせ|||すか|
あそこ 、 夜 走る と 気色 悪 か 」
|よ|はしる||けしき|あく|
||||feeling||
ぼ そっと 答えた 祐一 の 言葉 が 、 なぜ か ハンドル を 握る 憲夫 の 耳 に 残った 。
||こたえた|ゆういち||ことば||||はんどる||にぎる|のりお||みみ||のこった
倉 見 と 吉岡 を 順番 に 降ろす と 、 憲夫 は 祐一 の 実家 へ と 車 を 走ら せた 。
くら|み||よしおか||じゅんばん||おろす||のりお||ゆういち||じっか|||くるま||はしら|
store|see||||||dropped||||||||||||
国道 から 狭い 路地 に 入り 、 軒先 の 表札 が サイドミラー に 触れて しまう ような 道 が 、 くねくね と 漁港 の ほう へ 伸びる 。
こくどう||せまい|ろじ||はいり|のきさき||ひょうさつ||||ふれて|||どう||||ぎょこう||||のびる
||||||eaves||house number plate||side mirror||touched|||||winding||fishing port||||
埋め立て で ほとんど の 海岸 線 を 奪わ れた あと 、 辛うじて 残った 小さな 漁港 に は 、 小型の 漁船 が 数 艘 停泊 して いる 。
うめたて||||かいがん|せん||うばわ|||かろうじて|のこった|ちいさな|ぎょこう|||こがたの|ぎょせん||すう|そう|ていはく||
reclaimed||||coast|||taken|was taken||barely|||fishing port|||small|fishing boat|||counter for boats|anchored||
波 止め で 囲ま れた 湾 内 は おだやかで 、 漁船 を 繋ぐ ロープ の 軋む 音 だけ が 、 ときどき 思い出した ように 辺り に 響く 。
なみ|とどめ||かこま||わん|うち|||ぎょせん||つなぐ|ろーぷ||きしむ|おと||||おもいだした||あたり||ひびく
wave||||surrounded|bay|||calm|fishing boat||tie|rope||creaking|||||||area||
漁港 の 周囲 に は いく つ か シャッター を 下ろした 倉庫 が ある 。
ぎょこう||しゅうい||||||しゃったー||おろした|そうこ||
||surroundings||||||||closed|warehouse||
一見 、 漁業 関係 の 倉庫 に 見える が 、 中 に は ペーロン と 呼ば れる 競技 用 ボート が 収納 されて いる 。
いっけん|ぎょぎょう|かんけい||そうこ||みえる||なか|||||よば||きょうぎ|よう|ぼーと||しゅうのう|さ れて|
|fishing industry|||warehouse|||||||dragon boat||||sport||boat||storage||
この 地域 は ペーロン が 盛んで 、 毎年 夏 に なる と 各 地区 対抗 の 大会 が 開か れる 。
|ちいき||||さかんで|まいとし|なつ||||かく|ちく|たいこう||たいかい||あか|
|region||dragon boat||popular||||||||competition||tournament|||
十 数 人 の 男 たち が 一斉に 櫂 を 漕ぐ 姿 は 勇壮で 、 毎年 数 多く の 見物 客 も 集まって くる 。
じゅう|すう|じん||おとこ|||いっせいに|かい||こぐ|すがた||ゆうそうで|まいとし|すう|おおく||けんぶつ|きゃく||あつまって|
|||||||all at once|oar||row|||heroic|||||sightseeing||||
「 来年 も 、 ペーロン 出る と やろ ?
らいねん|||でる||
||dragon boat|||
たまたま 半分 ほど シャッター の 開いて いる 倉庫 を 目 に して 、 憲夫 は 祐一 に 声 を かけた 。
|はんぶん||しゃったー||あいて||そうこ||め|||のりお||ゆういち||こえ||
by chance|||shutter|||||||||||||||called
荷物 を 膝 に 抱え 、 祐一 は すでに 車 を 降りる 準備 を して いた 。
にもつ||ひざ||かかえ|ゆういち|||くるま||おりる|じゅんび|||
||knees||holding||||||getting off|preparation|||
「 練習 は いつごろ から 始まる と か ?
れんしゅう||||はじまる||
ルームミラー 越し に 尋ねる と 、「 いつも と 一緒 やろ 」 と 、 祐一 が 答える 。
|こし||たずねる||||いっしょ|||ゆういち||こたえる
rearview mirror|through||ask|||||||||
高校 生 だった 祐一 が 初めて ペーロン に 参加 した とき 、 地区 の リーダー を 務めた の が 憲夫 だった 。
こうこう|せい||ゆういち||はじめて|||さんか|||ちく||りーだー||つとめた|||のりお|
||||||dragon boat|||||||leader||served||||
練習 中 、 ぶつ くさ と 文句 ばかり 言う 他 の 少年 たち と 違い 、 黙々と 櫂 を 漕ぐ の は いい のだ が 、 祐一 は 加減 と いう もの を 知ら ず 、 手のひら の 皮 が 剥ける まで 練習 して しまい 、 結局 、 大会 当日 に は 使い物 に なら なかった 。
れんしゅう|なか||||もんく||いう|た||しょうねん|||ちがい|もくもくと|かい||こぐ||||||ゆういち||かげん|||||しら||てのひら||かわ||むける||れんしゅう|||けっきょく|たいかい|とうじつ|||つかいもの|||
||to hit||||just||||||||silently|oar||row||||||||sense of moderation||||||continuously|||skin||peeled||||ended up||||||usable|||
あれ から 十 年 近く 経つ が 、 祐一 は 毎年 ペーロン 大会 に 参加 して いる 。
||じゅう|とし|ちかく|たつ||ゆういち||まいとし||たいかい||さんか||
|||||passed|||||dragon boat|||||
「 好きな の か ?
すきな||
」 と 問えば 、「 別に 」 と 答える くせ に 、 毎年 練習 が 始まる と 、 誰 より も 先 に 倉庫 に 現れる らしい 。
|とえば|べつに||こたえる|||まいとし|れんしゅう||はじまる||だれ|||さき||そうこ||あらわれる|
|if asked||||habit|||||||||||||||it seems
「 ちょっと 寄って 行こう か な 」
|よって|いこう||
|stop by|||
祐一 の 家 の 前 で 車 を 停める と 、 憲夫 は そう 言って エンジン を 切った 。
ゆういち||いえ||ぜん||くるま||とめる||のりお|||いって|えんじん||きった
||||||||||||||engine||
すでに 降りよう と して いた 祐一 が 、 ちらっと 憲夫 へ 目 を 向ける 。
|おりよう||||ゆういち|||のりお||め||むける
|about to get off||||||glanced|||||
「 今日 は 何時ごろ 、 じいさん 、 病院 に 連れて 行く と か ?
きょう||いつごろ||びょういん||つれて|いく||
||around what time||||taking|||
」 と 憲夫 は また 訊 いた 。
|のりお|||じん|
「 晩 メシ 食う て から 」
ばん|めし|くう||
|dinner||and|
祐一 が また ぼ そっと 呟いて 車 を 降りる 。
ゆういち|||||つぶやいて|くるま||おりる
||||quietly|muttered|||
祐一 の あと を 追って 玄関 に 入る と 、 病人 が いる 家 特有 のに おい が した 。
ゆういち||||おって|げんかん||はいる||びょうにん|||いえ|とくゆう||||
|||||entrance||||patient||||unique||smell||
祐一 が 一緒に 暮らして いる と は いえ 、 元 は 老 夫婦 の 家 な ので 、 一 歩 足 を 踏み入れた だけ で 、 視界 から 色 が 抜け落ちて しまった ような 感覚 に 襲わ れる 。
ゆういち||いっしょに|くらして|||||もと||ろう|ふうふ||いえ|||ひと|ふ|あし||ふみいれた|||しかい||いろ||ぬけおちて|||かんかく||おそわ|
||||||||origin||||||||||||stepped|||field of vision||||lost|||sensation||struck|
祐一 が 脱ぎ捨てた 赤い スニーカー だけ が 、 汚れて は いて も 、 唯一 、 そこ に 明るい 色 を 残す 。
ゆういち||ぬぎすてた|あかい|すにーかー|||けがれて||||ゆいいつ|||あかるい|いろ||のこす
||thrown off|||||||||||||||
「 おばさん !
さっさと 廊下 を 歩いて いく 祐一 に 呆れ ながら 、 憲夫 は 奥 へ 声 を かけた 。
|ろうか||あるいて||ゆういち||あきれ||のりお||おく||こえ||
promptly|hallway||||||amazement||||||||called
靴 を 脱いで いる と 、「 あら 、 憲夫 が 来た と ね ?
くつ||ぬいで||||のりお||きた||
|||||oh|||||
珍 しか 」 と 祐一 に 尋ねる 房枝 の 声 が 聞こえた 。
ちん|||ゆういち||たずねる|ふさえ||こえ||きこえた
strange|only|||||Fusae||||
「 じいさん 、 これ から 病院 に 行くって ?
|||びょういん||いく って
靴 を 脱いで 廊下 に 上がる と 、 台所 に いた らしい 房枝 が 出て きて 、「 この前 、 退院 した か と 思う たら 、 また 入院 よ 」 と 言い ながら 濡れた 手 を 首 に かけた 手ぬぐい で 拭く 。
くつ||ぬいで|ろうか||あがる||だいどころ||||ふさえ||でて||この まえ|たいいん||||おもう|||にゅういん|||いい||ぬれた|て||くび|||てぬぐい||ふく
|||hallway||||kitchen|||it seems||||||being discharged|||||if||||||||||||hung|hand towel||wipe
「 うん 、 祐一 が そう 言う けんさ ……」
|ゆういち|||いう|
|||||you know
憲夫 は 気兼ね なく 廊下 を 進み 、 勝治 の 寝て いる 部屋 の 障子 を 開けた 。
のりお||きがね||ろうか||すすみ|かつじ||ねて||へや||しょうじ||あけた
||hesitation||hallway|||Katsuji||||||sliding door||opened
「 じいさん 、 また 入院 するって ?
||にゅういん|する って
病院 より 家 の ほう が よか やろ が ?
びょういん||いえ||||||
||||||better||
障子 を 開けた 途端 に 、 かすかに し もの に おい が した 。
しょうじ||あけた|とたん||||||||
sliding door|||at that moment||faintly|doing|||smell||
畳 に 差し込んで いる 街灯 が 、 古い 畳 の 上 で 点滅 する 蛍光 灯 と 混じって いる 。
たたみ||さしこんで||がいとう||ふるい|たたみ||うえ||てんめつ||けいこう|とう||まじって|
tatami||||streetlight|||||||blinking||fluorescent|||mixed|
「 病院 に 行けば 、 家 に 帰りたいって 言う し 、 家 に 連れて くれば 、 病院 の ほう が よかって 言う し 、 ほんと 、 もう どうにも なら ん よ 、 この 人 は 」 房枝 が そう 言い ながら 蛍光 灯 を つけ 直す 。
びょういん||いけば|いえ||かえり たい って|いう||いえ||つれて||びょういん||||よか って|いう|||||||||じん||ふさえ|||いい||けいこう|とう|||なおす
|||||wants to go home||||||||||||||||||||||||||||||||
布団 の 中 で 、 勝治 の 濁った 咳 が こもる 。
ふとん||なか||かつじ||にごった|せき||
||||||hoarse|cough||muffled
憲夫 は 枕元 に 腰 を 下ろす と 、 乱暴に 布団 を 捲った 。
のりお||まくらもと||こし||おろす||らんぼうに|ふとん||まくった
||by the pillow|||||||||flipped
固 そうな 枕 に 染み だらけ の 勝治 の 顔 が のって いる 。
かた|そう な|まくら||しみ|||かつじ||かお|||
stiff||pillow||stain|||||face|||
「 じいさん 」
憲夫 は 声 を かけ ながら 、 勝治 の 額 に 手のひら を のせた 。
のりお||こえ||||かつじ||がく||てのひら||
||||||||||||placed
自分 の 手 が 熱かった の か 、 一瞬 、 ぞっと する ほど 冷たかった 。
じぶん||て||あつかった|||いっしゅん||||つめたかった
||||hot||||shuddering|||cold
「 祐一 は ?
ゆういち|
痰 を からま せる ように 勝治 が 尋ね 、 額 に のせ られた 憲夫 の 手 を 払う 。
たん|||||かつじ||たずね|がく||||のりお||て||はらう
phlegm||entangled|||||asked|forehead||placed||||||push
ちょうど その とき 、 祐一 が 階段 を 上がって いく 足音 が 聞こえ 、 家 全体 が 揺れた 。
|||ゆういち||かいだん||あがって||あしおと||きこえ|いえ|ぜんたい||ゆれた
「 なんでもかんでも 祐一 に 頼っとったら 駄目 ばい 」 憲夫 は 寝て いる 勝治 だけ で は なく 、 背後 に 立つ 房枝 に も 伝わる ように 言った 。
|ゆういち||たの っと ったら|だめ||のりお||ねて||かつじ|||||はいご||たつ|ふさえ|||つたわる||いった
everything|||relied||particle||||||||||||||||was conveyed||
「 なん も 頼って ばっかり おる もん ね 」
||たよって||||
||relying||||
蛍光 灯 の 下 で 房枝 が 口 を 尖ら せる 。
けいこう|とう||した||ふさえ||くち||とがら|
|||||||||pointed|
「 いや 、 そりゃ そう やろう けど 、 祐一 も まだ 若っか 男 よ 。
|||||ゆういち|||わか っか|おとこ|
||||||||young||
じいさん 、 ばあさん の 世話 ばっかり さ せ とっても 、 それ こそ 嫁 も もらえ んたい 」 憲夫 は わざと ふざけた 口調 で 言い返した 。
|||せわ|||||||よめ|||ん たい|のりお||||くちょう||いいかえした
||||||||||bride|||able to||||joking|||retorted
おかげ で 房枝 の 険しい 表情 が 少し だけ 弛 む 。
||ふさえ||けわしい|ひょうじょう||すこし||ち|
||||severe|||||relaxed|
「 そい で も さ 、 正直 、 祐一 が おら ん やったら 、 それ こそ 、 じいさん ば 、 風呂 に 入れる こと も でき ん と よ 」
||||しょうじき|ゆういち|||||||||ふろ||いれる||||||
||||||||||||||bath||||||||
「 それ こそ 、 ホーム ヘルパー でも 頼めば よかろう に 」
||ほーむ|へるぱー||たのめば||
|||helper||if you ask|probably|
「 あんた も 簡単に 言う ねぇ 、 ヘルパー さん に 来て もらう と に 、 いくら お 金 が かかる か 知ら ん と やろ ?
||かんたんに|いう||へるぱー|||きて||||||きむ||||しら|||
「 高い と ね ?
たかい||
「 そりゃ 、 あんた 、 そこ の 岡崎 の ばあさん なんて ……」
||||おかざき|||
||||Okazaki|||
房枝 が そこ まで 言った とき 、 布団 の 中 で 、「 うるさい !
ふさえ||||いった||ふとん||なか||
」 と 勝治 が 怒鳴り 、 苦し そうに 咳き込んだ 。
|かつじ||どなり|にがし|そう に|せきこんだ
|||shouted|painful||coughed
「 ごめん 、 ごめん 」
憲夫 は 布団 を 軽く 叩いて 立ち上がり 、 房枝 の 背中 を 押して 部屋 を 出た 。
のりお||ふとん||かるく|たたいて|たちあがり|ふさえ||せなか||おして|へや||でた
|||||tapped|||||||||
台所 の まな板 に 活 き の 良 さ そうな ブリ が のって いた 。
だいどころ||まないた||かつ|||よ||そう な|ぶり|||
||cutting board||fresh||||||yellowtail|||
どす黒い 血 が 濡れた まな板 に 広がって いる 。
どすぐろい|ち||ぬれた|まないた||ひろがって|
pitch-black||||cutting board|||
天井 に 向け られた 眼 と 半 開き の 口 が 、 何 か を 訴え かけて いる ように 見える 。
てんじょう||むけ||がん||はん|あき||くち||なん|||うったえ||||みえる
ceiling||||eye||||||||||appeal||||
「 そうい や 、 祐一 は 昨日 、 遅かった と やろ ?
そう い||ゆういち||きのう|おそかった||
包丁 を 握った 房枝 の 背中 に 、 憲夫 は 何気なく 声 を かけた 。
ほうちょう||にぎった|ふさえ||せなか||のりお||なにげなく|こえ||
kitchen knife|||||||||casually|||
今朝 、 現場 へ 向かう 途中 に 顔色 を 変えて 車 を 飛び降り 、 苦し そうに え ず いた こと を 思い出した のだ 。
けさ|げんば||むかう|とちゅう||かおいろ||かえて|くるま||とびおり|にがし|そう に||||||おもいだした|
||||||||changed|||jumped out|||||||||
「 さ ぁ 、 知ら ん 。
||しら|
出かけ とった と やろ か ?
でかけ||||
「 珍しゅう 、 二日酔い やった ばい 」
めずらしゅう|ふつかよい||
unusually|||
「 二日酔い ?
ふつかよい
祐一 が ね ?
ゆういち||
「 今朝 、 顔 真っ青 させて ……」
けさ|かお|まっさお|さ せて
||pale|
「 へ ぇ 、 どこ で 飲んだ と やろ か 、 車 で 出かけた と やろう に 」
||||のんだ||||くるま||でかけた|||
"Hey, where did he go for a drink? He must have gone out in his car."
年季 の 入った 包丁 で 、 房枝 が ブリ の 身 を 切り分けて いく 。
ねんき||はいった|ほうちょう||ふさえ||ぶり||み||きりわけて|
seasoning|||||||yellowtail||flesh||cut|
グツッ 、 グツッ と 包丁 が 骨 を 砕く 。
|||ほうちょう||こつ||くだく
sound|||||||crush
「 あんた 、 ブリ 一 匹 、 実千代 さん に 持って 帰ら ん ね 。
|ぶり|ひと|ひき|みちよ|||もって|かえら||
||||Sanjuro||||||
今朝 、 漁協 の 森下 さん に もろう た と やけど 、 うち じゃ 、 祐一 くらい しか おら ん けん 」
けさ|ぎょきょう||もりした|||||||||ゆういち|||||
|fishermen's cooperative||Morishita|||burned|||||||||||
房枝 が 包丁 を 握った まま 振り返り 、 テーブル の 下 を 指す 。
ふさえ||ほうちょう||にぎった||ふりかえり|てーぶる||した||さす
濡れた 包丁 から 水 が 一 滴 、 黒 光り した 床 に 落ちる 。
ぬれた|ほうちょう||すい||ひと|しずく|くろ|ひかり||とこ||おちる
wet||||||drop||gleam||floor||
テーブル の 下 を 覗き込む と 、 発泡 スチロール の ケース に ブリ が 一 匹 入って いた 。
てーぶる||した||のぞきこむ||はっぽう|||けーす||ぶり||ひと|ひき|はいって|
||||peered||foam|styrofoam|||||||||
房枝 に もらった ブリ を ケース ごと 玄関 へ 運んで 、 憲夫 は 横 の 階段 を 二 階 へ 上がった 。
ふさえ|||ぶり||けーす||げんかん||はこんで|のりお||よこ||かいだん||ふた|かい||あがった
|||||||||carrying||||||||||
上がる と すぐに 祐一 の 部屋 の ドア が ある 。
あがる|||ゆういち||へや||どあ||
ノック する の も 気恥ずかしく 、 憲夫 は 、「 おい 」 と 声 を かけ ながら 勝手に ドア を 開けた 。
||||きはずかしく|のりお||||こえ||||かってに|どあ||あけた
||||embarrassed||||||||||||
風呂 に でも 向かう つもりだった の か 、 パンツ 一 枚 で 立って いた 祐一 が 、 開けた ドア に ぶつかり そうに なる 。
ふろ|||むかう||||ぱんつ|ひと|まい||たって||ゆういち||あけた|どあ|||そう に|
|||||||underwear|||||||||||||
「 今 から 風呂 か ?
いま||ふろ|
筋肉 に 薄い 皮膚 が 貼り ついた ような 祐一 の 上半身 を 眺め ながら 憲夫 は 言った 。
きんにく||うすい|ひふ||はり|||ゆういち||じょうはんしん||ながめ||のりお||いった
muscles||thin|||stuck|||||upper body||||||
「…… 風呂 入って 、 メシ 食 うて 、 病院 」
ふろ|はいって|めし|しょく||びょういん
||||eat|
祐一 が 頷いて 部屋 を 出て 行こう と する 。
ゆういち||うなずいて|へや||でて|いこう||
憲夫 は からだ を 躱 して 祐一 を 通した 。
のりお||||た||ゆういち||とおした
||||dodged||||let pass
一緒に 下りる つもりだった が 、 部屋 の 床 に 「 クレーン 免許 」 と 書か れた パンフレット が 落ちて いる の が 目 に ついた 。
いっしょに|おりる|||へや||とこ||くれーん|めんきょ||かか||ぱんふれっと||おちて||||め||
|to get off|||||||crane|||||pamphlet||||||||
「 ほう 、 一応 、 取る つもり は ある とたい 」 返事 は なく 、 すでに 階段 を 下りて いく 足音 が 高く なる 。
|いちおう|とる||||と たい|へんじ||||かいだん||おりて||あしおと||たかく|
||||||intention||||||||||||
憲夫 は なんとなく 部屋 に 入って 床 から パンフレット を 拾い上げた 。
のりお|||へや||はいって|とこ||ぱんふれっと||ひろいあげた
||||||||||picked up
階段 を 下りた 祐一 の 足音 が 今度 は 廊下 を 遠ざかって いく 。
かいだん||おりた|ゆういち||あしおと||こんど||ろうか||とおざかって|
||went down||||||||||
潰れた 座布団 に 腰 を 下ろす と 、 憲夫 は 部屋 の 中 を ぐるり と 見渡した 。
つぶれた|ざぶとん||こし||おろす||のりお||へや||なか||||みわたした
squashed|||||||||||||around||
古い 土 壁 に は 、 すっかり 黄ばんで しまった セロハンテープ で 、 いく つ か 車 の ポスター が 貼って あり 、 床 に は 同じく 車 関係 の 雑誌 が あちこち に 積まれて いる 。
ふるい|つち|かべ||||きばんで|||||||くるま||ぽすたー||はって||とこ|||おなじく|くるま|かんけい||ざっし||||つま れて|
||wall||||yellowed||cellophane tape|||||||||pasted|||||||||||||stacked|
正直 、 それ 以外 、 何も ない 部屋 だった 。
しょうじき||いがい|なにも||へや|
若い 女 の ポスター が ある わけで も なし 、 テレビ も 、 ラジカセ も ない 。
わかい|おんな||ぽすたー||||||てれび||らじかせ||
|||||||||||radio cassette player||
ある とき 房枝 が 、「 祐一 の 部屋 は ここ じゃ なくて 、 自分 の 車 の 中 や もん 」 と 言って いた が 、 この 部屋 を 見る と 、 房枝 の 言葉 が 大げさで は なかった の が よく 分かる 。
||ふさえ||ゆういち||へや|||||じぶん||くるま||なか||||いって||||へや||みる||ふさえ||ことば||おおげさで||||||わかる
|||||||||||||||||||||||||||||||exaggerated||||||
捲ろう と した パンフレット を 投げ出して 、 憲夫 は 低い テーブル に 置か れた 給料 袋 を 手 に 取った 。
まくろう|||ぱんふれっと||なげだして|のりお||ひくい|てーぶる||おか||きゅうりょう|ふくろ||て||とった
picked up|||||threw||||||||salary|||||
先週 、 自分 が 渡した 袋 だった が 、 手 に した 瞬間 、 中 に 何も 入って いない の が 分かる 。
せんしゅう|じぶん||わたした|ふくろ|||て|||しゅんかん|なか||なにも|はいって||||わかる
|||gave|||||||||||||||
封筒 の 横 に ガソリン スタンド の レシート が あった 。
ふうとう||よこ||がそりん|すたんど||れしーと||
見る つもり も なかった のだ が 、 やはり なんとなく 手 に 取る と 、5990 円 と 記さ れた 金額 の 下 に 、 佐賀 大和 の 地名 が ある 。
みる||||||||て||とる||えん||しるさ||きんがく||した||さが|だいわ||ちめい||
||||||||||||||written|||||||Yamato||place name||
「 昨日 か 」
きのう|
憲夫 は レシート の 日付 を 口 に した 。
のりお||れしーと||ひづけ||くち||
||||date||||
口 に して すぐ 、「『 昨日 は どこ に も 行っと らん よ 』って 言い よった のに なぁ 」 と 首 を 傾げた 。
くち||||きのう|||||ぎょう っと||||いい|||||くび||かしげた
||||||||||||||||||||tilted
ボトッ と 重い 音 が シンク に 響いて 、 半 開き の 口 を こちら に 向けた 頭 が 、 排水 口 へ 滑って いく 。
||おもい|おと||||ひびいて|はん|あき||くち||||むけた|あたま||はいすい|くち||すべって|
with a thud|||||sink|||||||||||head||drain|||slid|
廊下 を 歩いて くる 足音 に 振り返る と 、 パンツ 一 枚 の 祐一 が 、 テーブル に あった かまぼこ を 一 つ くわえて 風呂 場 へ 向かう 。
ろうか||あるいて||あしおと||ふりかえる||ぱんつ|ひと|まい||ゆういち||てーぶる|||||ひと|||ふろ|じょう||むかう
|||||||||||||||||fish cake||||holding||||
「 憲夫 は もう 帰った と ね ?
のりお|||かえった||
房枝 は その 背中 に 尋ねた 。
ふさえ|||せなか||たずねた
くちゃ くちゃ と かまぼこ を 噛み ながら 振り返った 祐一 が 、 黙って 自分 の 部屋 を 指さす 。
|||||かみ||ふりかえった|ゆういち||だまって|じぶん||へや||ゆびさす
chewing|||fish cake||||||||||||pointed
「 お前 の 部屋 で 何 し よる と ?
おまえ||へや||なん|||
「 さ ぁ 」
祐一 は 首 を 傾げて 風呂 場 の ドア を 開けた 。
ゆういち||くび||かしげて|ふろ|じょう||どあ||あけた
||||tilting||||||
木枠 に ガラス を はめ込んだ ドア が 、 まるで 薄い トタン の ように 大きく し なり 、 大げさな 音 を 立てる 。
きわく||がらす||はめこんだ|どあ|||うすい|とたん|||おおきく|||おおげさな|おと||たてる
wooden frame||||fitted|||||metal|||||||||
脱衣 所 が ない ので 、 祐一 は その場で パンツ を さっと おろし 、 身 を 震わせ ながら 風呂 場 へ 駆け込んだ 。
だつい|しょ||||ゆういち||そのばで|ぱんつ||||み||ふるわせ||ふろ|じょう||かけこんだ
undressing|||||||||||pulled down|||shivering|||||rushed
白い 尻 が すっと 残像 の ように 流れて いく 。
しろい|しり||す っと|ざんぞう|||ながれて|
|||smoothly|afterimage|||flowing|
再び 閉め られた ドア が 、 割れ そうな ほど ガシャン と 音 を 立てた 。
ふたたび|しめ||どあ||われ|そう な||||おと||たてた
|closed|||||||with a loud bang||||stood
房枝 は 包丁 を 持ち 直して 、 ブリ の 身 を 切り分け 始めた 。
ふさえ||ほうちょう||もち|なおして|ぶり||み||きりわけ|はじめた
||||||||||cut up|
階段 を 下りて くる 足音 が 響き 、「 おばさん 、 帰る けん 」 と 憲夫 の 声 が 聞こえた とき 、 房枝 は 鍋 の 中 に みそ を といて いた 。
かいだん||おりて||あしおと||ひびき||かえる|||のりお||こえ||きこえた||ふさえ||なべ||なか|||||
||||||echoed|||||||||||||pot||||miso||dissolving|
下楼的脚步声响起,传来诺里奥的声音:“阿姨,我要回家了。”房江正在锅里挑味噌。
手 が 離せ ず 、「 ああ 、 また おいで よ 」 と 声 を 返した 。
て||はなせ|||||||こえ||かえした
立て付け の 悪い 玄関 が ガラガラ と 音 を 立て 、 家 全体 が 軋む ように ドア が 閉まる 。
たてつけ||わるい|げんかん||||おと||たて|いえ|ぜんたい||きしむ||どあ||しまる
condition|||||rattling||||||||creak||||closes
遠ざかる 憲夫 の 足音 が 消えて しまう と 、 一瞬 、 台所 に は 鍋 の 音 だけ が 残る 。
とおざかる|のりお||あしおと||きえて|||いっしゅん|だいどころ|||なべ||おと|||のこる
move away|||||||||||||||||
静かな もん だ 、 と 房枝 は 思う 。
しずかな||||ふさえ||おもう
ほとんど 寝たきり と は いえ 勝治 が おり 、 年 を とった と は いえ 自分 が いる 。
|ねたきり||||かつじ|||とし||||||じぶん||
その 上 、 若い 盛り の 祐一 が すぐ そこ で 風呂 に 入って いる に も かかわら ず 、 恐ろしい ほど 静かな 家 だった 。
|うえ|わかい|さかり||ゆういち|||||ふろ||はいって||||||おそろしい||しずかな|いえ|
|||prime|||||||||||||||||||
みそ の 香り を 嗅ぎ ながら 、 房枝 は 風呂 場 の 祐一 に 声 を かけた 。
||かおり||かぎ||ふさえ||ふろ|じょう||ゆういち||こえ||
||||smelling|||||||||||
「 今朝 、 二日酔い やったって ?
けさ|ふつかよい|やった って
と 訊 く と 、 返事 の 代わり に 、 ザブン と 湯 から 出る 水音 が する 。
|じん|||へんじ||かわり||||ゆ||でる|みずおと||
||||||||splashing|||||sound of water||
「 どこ で 飲 ん どった と ね ?
||いん||ど った||
||||drank||
返事 は なく 、 お 湯 を かぶる 音 が 返って くる 。
へんじ||||ゆ|||おと||かえって|
||||||splashing||||
「 車 で 出かけた と やろう に 、 危な か ねぇ 」
くるま||でかけた||||あぶな||
||||||dangerous||
房枝 は もう 返事 を 期待 して い なかった 。
ふさえ|||へんじ||きたい|||
沸騰 し そうな 鍋 の 火 を 消し 、 魚 の 血 で 汚れた まな板 を 水 に つけた 。
ふっとう||そう な|なべ||ひ||けし|ぎょ||ち||けがれた|まないた||すい||
boiling|||||||||||||||||
風呂 から 出た 祐一 が すぐに 食べられる ように 、 ブリ の 刺身 を 盛りつけ 、 夕方 の うち に 揚げて おいた すり身 と 一緒に 食卓 に 並べた 。
ふろ||でた|ゆういち|||たべ られる||ぶり||さしみ||もりつけ|ゆうがた||||あげて||すりみ||いっしょに|しょくたく||ならべた
||||||eaten||||sashimi||plating|||||fried||minced fish|||dining table||arranged
炊飯 器 を 開ける と 、 米 も ふっくら 炊き あがって おり 、 肌寒い 台所 に 濃い 湯気 が 立つ 。
すいはん|うつわ||あける||べい|||たき|||はださむい|だいどころ||こい|ゆげ||たつ
cooking rice|||||||plump|cooked|cooked up||chilly||||steam||
勝治 が 病 に 臥 す 前 は 、 朝 三 合 、 夕方 五 合 の 米 を 毎日 炊いた 。
かつじ||びょう||が||ぜん||あさ|みっ|ごう|ゆうがた|いつ|ごう||べい||まいにち|たいた
||ill||lying||||||||||||||cooked
男 二 人 の 胃袋 を 満たす のに 、 この 十五 年 、 ずっと 米 を 研いで いた ような 気 さえ する 。
おとこ|ふた|じん||いぶくろ||みたす|||じゅうご|とし||べい||といで|||き||
||||stomach||satisfy||||||||polished|||||
子供 の ころ から 、 祐一 は よく ごはん を 食べた 。
こども||||ゆういち|||||たべた
沢庵 一 切れ 与えれば 、 それ で 軽々 と 茶碗 一 杯 の ごはん を 食べる ほど 、 炊き たて の 米 が 好きだった 。
たくあん|ひと|きれ|あたえれば|||かるがる||ちゃわん|ひと|さかずき||||たべる||たき|||べい||すきだった
pickles|||if given|||easily||rice bowl||||||||cooked|just cooked||rice||
食べた もの は 全部 身 に なった 。
たべた|||ぜんぶ|み||
中学 に 入学 した ぐらい から 、 毎朝 、 祐一 の 身長 が ちょっと ずつ 伸びて いる ので は ない か と 思う ほど だった 。
ちゅうがく||にゅうがく||||まいあさ|ゆういち||しんちょう||||のびて|||||||おもう||
房枝 は 自分 が 作り 与える 食事 で 、 一 人 の 少年 が 一端 の 男 に 成長 して いく 姿 を 、 呆れ ながら も 感嘆 の 思い で 眺めて きた 。
ふさえ||じぶん||つくり|あたえる|しょくじ||ひと|じん||しょうねん||いったん||おとこ||せいちょう|||すがた||あきれ|||かんたん||おもい||ながめて|
|||||to give||||||||a little||||grown|||||amazement|||admiration||||looking at|
男の子 に 恵まれ なかった こと も ある が 、 娘 たち の とき に は 味わえ なかった 何 か 、 女 の 本能 の ような もの を 、 孫 を 育てて いく うち に 感じて いる 自分 に 気づいた 。
おとこのこ||めぐまれ||||||むすめ||||||あじわえ||なん||おんな||ほんのう|||||まご||そだてて||||かんじて||じぶん||きづいた
||blessed||||||daughter||||||experienced||||||maternal instinct|||||||||||||||
もちろん 当初 は 、 実の 親 である 次女 の 依子 に どこ か 遠慮 して いた ところ も あった 。
|とうしょ||じつの|おや||じじょ||よりこ||||えんりょ|||||
|initially|||||second daughter||Yoriko||||hesitation|||||
しかし 、 その 依子 が まだ 小学生 の 祐一 を 置いて 、 男 と 姿 を 消して から は 、 これ で 自分 が 祐一 を 育てられる のだ と 、 娘 の 不 貞 を 嘆き ながら も 、 力 の 漲って くる 思い が あった 。
||よりこ|||しょうがくせい||ゆういち||おいて|おとこ||すがた||けして|||||じぶん||ゆういち||そだて られる|||むすめ||ふ|さだ||なげき|||ちから||みなぎって||おもい||
but||reliance||still|||Yuuichi||||||||||||||||able to raise|||||distrust|faith||lament|||||swelling||||
房枝 は 、 五十 歳 に なろう と して いた 。
ふさえ||ごじゅう|さい|||||
|||||about to become|||
男 に 捨て られた 依子 に 連れ られて 、 この 家 に やってきた とき 、 祐一 は すでに 母親 を 信じて いない ように 見えた 。
おとこ||すて||よりこ||つれ|||いえ||||ゆういち|||ははおや||しんじて|||みえた
||abandoned|was abandoned|Yoriko||brought|abandoned by||||||||already||||||
口 で は 、「 お母さん 、 お母さん 」 と 甘えて み せる のだ が 、 その 目 は もう 依子 を 見て い なかった 。
くち|||お かあさん|お かあさん||あまえて||||||め|||よりこ||みて||
||||||acting spoiled|||||||||||||
当時 、 依子 の 目 を 盗んで 、 房枝 は 孫 の 祐一 に こっそり と 昔 の 写真 を 見せ 、「 お母さん より 、 おばあ ちゃん の ほう が 美人 やろ が ?
とうじ|よりこ||め||ぬすんで|ふさえ||まご||ゆういち||||むかし||しゃしん||みせ|お かあさん|||||||びじん||
|||||stole|||||||secretly||old||||||||||||||
」 と 冗談 半分 に 訊 いた こと が ある 。
|じょうだん|はんぶん||じん||||
|joke|||||||
自分 で は 冗談 の つもり だった のだ が 、 埃 を 被った 結婚 式 の アルバム を 押し入れ から 取り出す とき 、 どこ か 緊張 して いる 自分 に 気づいて も いた 。
じぶん|||じょうだん||||||ほこり||おおった|けっこん|しき||あるばむ||おしいれ||とりだす||||きんちょう|||じぶん||きづいて||
|||joke||intention||||||was covered||||album||closet||||||nervous|||||||
祐一 は 差し出さ れた 写真 を 見て 、 しばらく 黙り 込んで いた 。
ゆういち||さしで さ||しゃしん||みて||だまり|こんで|
||handed|||||for a while|||
その 小さな 後 頭部 を 見下ろして いる うち に 、 自分 が とんでもない こと を して いる ような 気 が とつぜん して きた 。
|ちいさな|あと|とうぶ||みおろして||||じぶん||||||||き||||
|||back of the head||||||||||||||||suddenly||
As I looked down at the small occipital area, I suddenly felt like I was doing something terrible.
房枝 は 思わず アルバム を 閉じ 、「 おばあ ちゃん が 美人 な もんか ね 、 あー 、 恥ずかし 、 恥ずかし 」 と 年 甲斐 も なく 顔 を 赤らめた 。
ふさえ||おもわず|あるばむ||とじ||||びじん|||||はずかし|はずかし||とし|かい|||かお||あからめた
||unintentionally|album||||||||after all|||||||age|||||turned red
初めて 入院 した とき に 買った 合 革 の バッグ だった が 、 どうせ 一 度 使う だけ だろう と 安物 を 選んだ のに 、 入 退院 の 繰り返し で 、 今では 縫い目 まで 綻び 始めて いる 。
はじめて|にゅういん||||かった|ごう|かわ||ばっぐ||||ひと|たび|つかう||||やすもの||えらんだ||はい|たいいん||くりかえし||いまでは|ぬいめ||ほころび|はじめて|
||||||synthetic||||||anyway||||||||||||discharge||repeatedly|||stitch||started to come apart||
「 お茶 やら 、 ふり かけ は 、 明日 、 私 が 持っていく けん 」
おちゃ|||||あした|わたくし||もっていく|
|and other things||sprinkle|||||going to bring|
口 の 中 が 渇く らしく 、 音 を 立てて 唾 を 呑み込んで いる 勝治 に 、 房枝 は 声 を かけた 。
くち||なか||かわく||おと||たてて|つば||のみこんで||かつじ||ふさえ||こえ||
||||thirsty|it seems||||saliva||swallow||||||||seemed to
「 祐一 は もう メシ 食 うた と か ?
ゆういち|||めし|しょく|||
|||meal||||
時間 を かけて 寝返り を 打った 勝治 が 、 這う ように 布団 を 出て 、 房枝 が 運んで きた 夕食 の 盆 へ 近づいて いく 。
じかん|||ねがえり||うった|かつじ||はう||ふとん||でて|ふさえ||はこんで||ゆうしょく||ぼん||ちかづいて|
||spent|rolling over|||||crawl||futon|||Fusae||brought||||tray|||
「 ブリ の 刺身 、 食べる なら 持ってくる よ 」
ぶり||さしみ|たべる||もってくる|
||sliced raw fish||||
野菜 の 煮物 と おかゆ だけ の 食事 に 、 勝治 が ため息 を ついた ので 、 房枝 は 慌てて そう 言った 。
やさい||にもの|||||しょくじ||かつじ||ためいき||||ふさえ||あわてて||いった
||simmered dish||rice porridge|||||||sigh||let out||||in a hurry||
「 刺身 は いら ん 。
さしみ|||
sliced raw fish||unnecessary|
それ より 病院 の 看護 婦 たち に 、 ちょっと 渡し とけよ 」
||びょういん||かんご|ふ||||わたし|
||||nurses|nurse||||hand|hand it over
勝治 が かすかに 震える 手 で 箸 を 握る 。
かつじ|||ふるえる|て||はし||にぎる
||slightly|trembling|||chopsticks||held
「 渡し と けって 、 何 を ?
わたし|||なん|
||by the way||
「 何って 、 金 に 決 まっとる やろ 」 「 金 ?
なん って|きむ||けっ|まっ とる||きむ
what||||decided||
また ぁ 、 そげ ん こと 言い出して 、 今どき 、 そんな もん 受け取って くれる 看護 婦 さん が おる もん ね 」
|||||いいだして|いまどき|||うけとって||かんご|ふ|||||
|ah|nonsense|||started to say|these days|||accepted|will accept||nurse|||||
いつも の ように 房枝 は 撥ねつけ ながら 、 こういう ところ が 、 勝治 と いう か 、 男 の 悪い ところ だ と ほとほと 嫌に なる 。
|||ふさえ||はねつけ|||||かつじ||||おとこ||わるい|||||いやに|
|||||brushed off||like this|||||||||||||completely|displeasing|
体裁 を 気 に する の は いい が 、 その ため の 金 が 空 から 降って くる と でも 思って いる のだ 。
ていさい||き||||||||||きむ||から||ふって||||おもって||
appearance||||||||||||||out of the blue||||||||
「 今どき 、 そんな もん もらったって サービス なんて よう なら ん と よ 。
いまどき|||もらった って|さーびす||||||
|||received|||||||
立派な 仕事 し とる のに 、 そんな もん もらったら 、 逆に バカに さ れた ように 思う に 決 まっとるたい ね 」 房枝 は そこ まで 言う と 、「 ヨイショ 」 と 声 を かけて 立ち上がった 。
りっぱな|しごと|||||||ぎゃくに|ばかに||||おもう||けっ|まっ とる たい||ふさえ||||いう||||こえ|||たちあがった
admirable|||||||received||made a fool of|||||||definitely||||||||heave ho|||||
最近 、 注意 し ない と 、 立ち上がる とき に 膝 に 痛み が 走る 。
さいきん|ちゅうい||||たちあがる|||ひざ||いたみ||はしる
背中 を 丸めて おかゆ を 掻き 込む 勝治 を 、 房枝 は 眺めた 。
せなか||まるめて|||かき|こむ|かつじ||ふさえ||ながめた
||rounded|||mixed||||||
その 背中 に 、 一昨年 夫 を 亡くした 岡崎 の ばあさん の 声 が 重なる 。
|せなか||おととし|おっと||なくした|おかざき||||こえ||かさなる
|||the year before last|||passed away|||||||overlap
「 二 月 に 一 回 、 年金 が 振り込ま れる たんび に 、『 ああ 、 あの 人 は もう 死んだ と や ねぇ 』って 思わさ れる よ 」 最初 、 房枝 は この 言葉 を 聞いて 、 ばあさん も ばあさん なり に 、 旦那 を 愛して いた のだろう と 思って いた 。
ふた|つき||ひと|かい|ねんきん||ふりこま||||||じん|||しんだ|||||おもわさ|||さいしょ|ふさえ|||ことば||きいて||||||だんな||あいして||||おもって|
|||||pension||transferred||each time||||||||||||made to think|||beginning||||||||||||||loved|||||
ただ 、 勝治 が からだ を 壊し 、 日に日に 衰えて いく 姿 を 見る に つけ 、 この 言葉 が まったく 違った 意味 を 持って いた こと に 気 が ついた 。
|かつじ||||こわし|ひにひに|おとろえて||すがた||みる||||ことば|||ちがった|いみ||もって||||き||
|||||breaking|day by day|weakening||||||||||||||||||||
夫婦 の どちら か が 亡くなれば 、 生活 費 も また 半分 なくなる と いう こと な のだ 。
ふうふ|||||なくなれば|せいかつ|ひ|||はんぶん||||||
|||||passes away|||||||||||
風呂 上がり の 祐一 が 椅子 に あぐら を かいて 、 ごはん を 掻き 込んで いた 。
ふろ|あがり||ゆういち||いす|||||||かき|こんで|
|||||chair||cross-legged|||||mix||
よほど 腹 が 減って いた の か 、 みそ汁 も つが ず に 、 ブリ の 刺身 一 切れ に 対して 、 ごはん を さ さっと 二 、 三 口 、 掻き 込む 。
|はら||へって||||みそしる|||||ぶり||さしみ|ひと|きれ||たいして|||||ふた|みっ|くち|かき|こむ
very|||||||miso soup|also|disappeared|||||||||||||quickly|||||
「 大根 の みそ汁 が ある と よ 」
だいこん||みそしる||||
radish||||||
房枝 は 声 を かけ ながら 、 ひっくり返して 置か れた まま だった お 椀 に 、 みそ汁 を ついで やった 。
ふさえ||こえ||||ひっくりかえして|おか|||||わん||みそしる|||
||||||turned over|placed|||||bowl|||||
渡せば すぐに 手 に とって 、 熱い ながら も 音 を 立てて 旨 そうに 啜 る 。
わたせば||て|||あつい|||おと||たてて|むね|そう に|せつ|
||||||||sound|||delicious||sipping|
「 ばあちゃん も 一緒に 行った ほう が いい や ろか ?
||いっしょに|おこなった|||||
房枝 は 椅子 に 座る と 、 顎 に 米粒 を 一 つ つけた 祐一 に 尋ねた 。
ふさえ||いす||すわる||あご||こめつぶ||ひと|||ゆういち||たずねた
||chair||||||grain of rice|||||||
「 来 ん で いい よ 。
らい||||
五 階 の ナースステーション に 連れて け ば いい と やろ ?
いつ|かい||||つれて|||||
|||nurse station|||||||
九州 特有 の 甘い 刺身 醤油 に 、 祐一 が ねり わさび を といて いく 。
きゅうしゅう|とくゆう||あまい|さしみ|しょうゆ||ゆういち||||||
|unique||||soy sauce||||wasabi|wasabi||diluting|
「 七 時 から そこ の 公民 館 で 、 また 寄り合い が ある と や もん ね 。
なな|じ||||こうみん|かん|||よりあい||||||
|||||community||||gathering||||||
ほら 、 健康 食品 の 説明 会 。
|けんこう|しょくひん||せつめい|かい
…… いや 、 買う つもり は ない と よ 。
|かう|||||
でも 、 ほら 、 話 ば 聞く だけ なら 無料 タダ やけん 」
||はなし||きく|||むりょう|ただ|
||||||||free|
房枝 は 魔法 瓶 から 急須 に お 湯 を 入れた 。
ふさえ||まほう|びん||きゅうす|||ゆ||いれた
||magic|bottle||teapot|||||
残り が 少なかった らしく 、 二 、 三 度 押す と 、 ゴボゴボ と 嫌な 音 が 立つ 。
のこり||すくなかった||ふた|みっ|たび|おす||||いやな|おと||たつ
|||||||||muffled|||||
湯 を 足そう と 椅子 から 立ち上がった とき だった 。
ゆ||たそう||いす||たちあがった||
||about to||chair||||
たった今 まで 旨 そうに 刺身 や すり身 揚げ を 口 に 入れて いた 祐一 が 、 とつぜん 、「 うっ」 と 唸って 口 を 押さえた 。
たったいま||むね|そう に|さしみ||すりみ|あげ||くち||いれて||ゆういち|||う っ||うなって|くち||おさえた
|||||||fried||||||||suddenly|ugh||groaned|||
「 どうした ?
房枝 は 慌てて 祐一 の 背後 に 回る と 、 その 広い 背中 を 強く 叩いた 。
ふさえ||あわてて|ゆういち||はいご||まわる|||ひろい|せなか||つよく|たたいた
|||||back||turned|||||||
何 か 喉 に 詰まら せた と 思った のだ が 、 房枝 を 押しのける ように 立ち上がった 祐一 が 、 口 を 押さえた まま 便所 へ 駆け込んで いく 。
なん||のど||つまら|||おもった|||ふさえ||おしのける||たちあがった|ゆういち||くち||おさえた||べんじょ||かけこんで|
||throat||stuck||||||||push aside||||||||||||
房枝 は 呆 気 に とられて 立ちすくんだ 。
ふさえ||ぼけ|き||とら れて|たちすくんだ
||dumbfounded|||captivated|stood still
便所 から すぐに 嘔吐 する 声 が 聞こえた 。
べんじょ|||おうと||こえ||きこえた
|||vomiting||||
房枝 は 慌てて 食卓 に 並んだ 刺身 や すり身 揚げ の に おい を 嗅いだ が 、 もちろん 腐って いる もの など ない 。
ふさえ||あわてて|しょくたく||ならんだ|さしみ||すりみ|あげ|||||かいだ|||くさって||||
|||dining table|||||||||||smelled|||rotten||||
しばらく 苦し そうに え ず いた あと 、 顔 を 真っ青に した 祐一 が 出て きた 。
|にがし|そう に|||||かお||まっさおに||ゆういち||でて|
|||||||||pale|||||
「 どうした と ね ?
房枝 が 顔 を 覗き込もう と する と 、 その 肩 を 押しのけた 祐一 が 、「 なんでもない 。
ふさえ||かお||のぞきこもう|||||かた||おしのけた|ゆういち||
||||tried to look|||||shoulder||pushed|||
…… ちょっと 喉 に 詰まった 」 と 見え透いた 言い訳 を する 。
|のど||つまった||みえすいた|いいわけ||
|throat||||transparent|||
「 喉 に つまったって 、 あんた ……」 房枝 は 床 に 落ちた 箸 を 拾った 。
のど||つまった って||ふさえ||とこ||おちた|はし||ひろった
||choked|||||||chopsticks||picked up
目の前 に 祐一 の 脚 が あった 。
めのまえ||ゆういち||あし||
||||leg||
風呂 から 出た ばかりで 、 寒い わけで も ない だろう に 、 その 脚 が 小刻みに 震えて いた
ふろ||でた||さむい|||||||あし||こきざみに|ふるえて|
|||||||||||||in quick succession||