三 姉妹 探偵 団 01 chapter 12 (1)
12 探偵 か 妹 か 、 それ が ……
翌日 、 夕 里子 は 昼 近く まで 眠って しまった 。
ずいぶん 疲れて いた らしい 。
それ に 、 起こす 人間 が 、 誰 も い なかった せい も ある 。 降りて 行く と 、 片瀬 も 、 痛手 を 忘れる ため か 、 会社 へ 出て いる ようだった し 、 敦子 と 珠美 は 、 もちろん 学校 である 。
綾子 は ? ── 玄関 へ 行く と 、 靴 が なかった 。
「 勤め に 出た の かしら ? 神田 初江 が 殺さ れた と いう のに 、 今さら 、 あそこ ヘアルバイト に 出て も 仕方ない 。 それ ぐらい は 分 って いる だろう が 。
昨日 の こと が ある ので 、 夕 里子 と 顔 を 合わせ たく なかった の か 。
夕 里子 は 肩 を すくめて 、 顔 でも 洗う か 、 と 、 洗面 所 へ 行き かけた 。 そこ へ 玄関 の チャイム が 鳴った 。 ── どう しよう ? パジャマ 姿 である 。
ま 、 いい や 。 どうせ 郵便 か 何 か だろう 。
「 は ー い 」
ヒョイ と 玄関 を 開ける と 、 国友 刑事 が 立って いた 。
「 や あ 、 寝て た の ? 夕 里子 は あわてて 奥 へ 飛び込んで 行った 。
「── 前もって 電話 ぐらい して くれれば いい のに 」
国友 の 運転 する 車 に 乗って 、 夕 里子 は 文句 を 言った 。
「 悪かった ね 。 でも 、 可愛かった よ 、 パジャマ 姿 も 」
と 国友 は ニヤニヤ して いる 。
夕 里子 は プイ と そっぽ を 向いた 。 国友 は 構わ ず に 、
「 向 う から ね 、 君 に 会い たい と 言って 来た んだ 。 何の 話 が ある の か 分 ら ない けど ね 」
水口 淳子 の 両親 が 、 夕 里子 に 会い たい 、 と いう のである 。 一 度 訪ねて 行って 、 留守 で会え なかった のだ が 、 それ きり 、 あれこれ と 事件 が 起って 、 一 度 も 行って み なかった のだった 。
水口 淳子 の 家 は 、 ごく あり ふれた 建売 住宅 である 。
玄関 の チャイム を 鳴らす と 、
「 はい 」
と 、 女性 の 声 が して 、 ドア が 開いた 。
五十 前後 の 、 小 太り な 婦人 が 立って いる 。
「 お 電話 を いただいた 国友 です 」
と 、 頭 を 下げ 、「 こちら が 、 佐々 本 夕 里子 さん です 」
「 まあ 、 よく いらっしゃい ました 」
と 、 その 婦人 は 夕 里子 へ 微笑み かけ 、「 淳子 の 母 です 。 さ 、 どうぞ 」
食堂 と つながった リビング は 、 ちょっと した 応接 セット で 一杯に なって しまう 広 さ だった 。
「── ご 主人 は ? 「 今日 は 一 日 、 剣道 の お 友だち の 会合 で 出て おり ます の 」
と 、 水口 夫人 は お茶 を 出し ながら 、「 だ から 、 こうして おい で いただいた のです わ 」
「 は あ 、 すると ……」
「 まだ 主人 は 娘 が あんな 風 に 殺さ れた こと を 認めよう と いたし ませ ん 」
夫人 は 、 ちょっと 寂し げ に 笑って 、「 でも 、 ほら …… あの 棚 に 、 淳子 の 写真 が ございます でしょう ? あれ は 、 主人 が いつの間にか 、 飾った もの な んで ございます よ 。 もちろん 主人 も 、 淳子 が 死んだ こと は よく 分 って いる んです の 。 ただ 、 頑固 者 です から 、 そう は 言わ ない だけ で ……」
夕 里子 は 、 茶碗 を 置いて 、
「 お 写真 、 拝見 して よろしい です か ? と 訊 いた 。
「 ええ 、 どうぞ 」
考えて みれば 、 水口 淳子 の 顔 も 、 よく は 知ら ない のだ 。 新聞 の 写真 も 、 TV に 映る 顔 も 、 およそ どんな 女性 だった の か 、 知る 手がかり に は なら ない 。
写真 は 、 どこ か に 旅行 した とき の もの だろう か 。 スラックス に ジャンパー 姿 で 、 楽し そうに 笑って いる 。
可愛い 笑顔 だった 。 この 娘 を 失って 、 それ を 認め たく ない 、 父親 の 気持 は 、 よく 分 った ……。
「 おとなしい 子 でして ね 。 とても 気 の 優しい 性格 で 」
母親 の 言葉 も 、 決して 欲目 と は 言え ない 、 その 通り の 印象 を 、 夕 里子 は 写真 から 受けた 。 そして ── ふと 、 この 人 は 、 誰 か に 似て る 、 と 思った 。
誰 だろう ? 顔 の 造作 と か 、 そういう 点 で なく 、 受ける 印象 が 、 誰 か を 連想 さ せ だ 。 それ が 誰 な の か 、 いくら 考えて も 分 ら ない 。
「── する と 淳子 さん が その 男 と 付き合う ように なら れた の は 二 年 前 ぐらい ……」
気 が 付く と 、 国友 が メモ を 取って いた 。
「 で 、 相手 の 男性 の こと を 何 か 言って い ませ ん でした か 」
「 それ が …… いくら 訊 いて も 返事 を せ ず ……」
と 、 夫人 は 首 を 振って 、「 お 父さん に 分 る と どんなに 怒ら れる か 、 分 って いた から だ と 思い ます が 」
「 と いう こと は ──」
「 奥さん の ある 男性 と の 恋 だった と 思い ます 」
「 それ は お 母さん の 勘 です か ? 「 母親 なら 分 り ます 」
「 なるほど 」
国友 は 肯 いた 。 「 しかし 、 名前 など は 一切 言わ なかった んです ね 」
「 はい 」
「 何 か こう …… 手掛り に なる ような こと は ? 年齢 と か 、 職業 と か 」
「 それ も ねえ ……。 何しろ 、 その 人 の こと に 関して は 、 とにかく 貝 の ように 口 を つぐんで しまう んです から 」
「 お嬢さん が 、 妊娠 なさって いる こと に は 、 お 気付き でした か ? 「 はい 。 顔色 や 、 不安 そうな 様子 を 見て いれば 分 り ます 。 特に 、 母親 と 娘 は 、 症状 が 似る もの です から ね 」
「 なるほど 。 その こと で お嬢さん に 訊 いて み ました か 」
「 訊 き ました 。 否定 して も 分 って る んだ から 、 と 。 ── 当然 、 放っといて 、 と 怒鳴る と 思い ましたら 、 急に あの 子 は 泣き出し まして ……」
「 認めた わけです ね 」
「 はい 。 自分 でも 、 どうして いい の か 分 ら なかった ようです 。 私 は 、 お 父さん に は 何も 言わ ず に 、 何とか 事 を 済まそう と 思い 、 そう 言い ました 」
「 淳子 さん は 何と ? 「『 はっきり さ せる わ 、 今度 こそ 』 と 申し ました 」
「 いつ の こと です か 、 それ は ? 「 あの 火事 の あった 二 日 前 です 」
「 する と 、 その 話 を つけよう と して 、 犯人 を 追い詰め 、 殺さ れた 、 と いう こと に なり ます ね 」
「 その とき に もっと 詳しく 話 を 聞く か 、 逆に 何も 言わ なければ …… あんな こと に も なら なかった かも しれ ませ ん が 」
と 夫人 は 、 涙 を 拭って 、「 それ が 、 気 に かかり ます 」
「 それ は 関係ない と 思い ます 」
夕 里子 が 言った 。 「 あの 犯行 は 、 かなり 前 から 、 計画 さ れた もの です 。 犯人 は 突然 思い立った ので は あり ませ ん 。 お 母さん が 淳子 さん に 言わ れた こと が 、 事件 を ひき起こした わけで は ない と 思い ます 」
夫人 は 、 ちょっと 黙って 夕 里子 を 見た 。 夕 里子 は 、 目 を 伏せて 、
「 すみません 、 何 か 余計な 口出し を して しまって 」
「 いいえ 。 あなた は 優しい の ね 」 と 夫人 は 、 ゆっくり した 口調 で 言った 。
「 お 父 様 が 行方 不明で 、 心配です ね 。 でも 、 疑い は 晴れた ようで 、 本当に 良かった わ 」
「 ありがとう ございます 」
「 お 話 できる こと と いって は 、 これ ぐらい です の 、 刑事 さん 」
と 、 夫人 は 両手 を 軽く 広げて 、「 これ じゃ 何の お 役 に も 立ち ませ ん わ ね 」
「 いや 、 そんな こと は 、 決して あり ませ ん 」
国友 は 手帳 を しまって 立ち上った 。 「 何 か また 思い出す こと が あり ましたら 、 いつでも ご 連絡 下さい 。 必ず 犯人 は 捕えて みせ ます よ 」
「 よろしく お 願い し ます 」
夫人 は 深々と 頭 を 下げた 。
玄関 を 出る と 、 国友 は 、 少し 先 の 道 に 停めた 車 を 取り に 行った 。
夕 里子 が 立って いる と 、 玄関 から 、 夫人 が 出て 来て 、
「 あ 、 刑事 さん は ? 「 今 、 あっ ち へ ……。 何で しょうか ? 「 今 、 ちょっと 思い出した こと が あって 。 あなた に は お 話し して おく わ 。 大した こと で は ない んだ けど ……」
「 どんな こと です か ? 「 いつか ね 、 淳子 の 服 を 見て いて 気付いた こと が ある の 。 その 男 の 人 と 会って 来た 後 と いう の は 、 大体 様子 で 分 る の ね 。 で 、 服 を 洋服 ダンス へ しまって やる とき に 見る と 、 よく 白い 粉 が 、 袖口 なんか に 、 わずかだ けど 、 付いて いて ね 」
「 白い 粉 ? 「 たぶん 、 白墨 の 粉 じゃ ない か と 思う けど 、 淳子 は 仕事 で そんな 風 な 粉 を つけて 来た こと は ない から 、 きっと 相手 の 男 と 会って いる とき に ついた のだ と 思う わ 。 ── だ から 、 私 、 ふっと 、 相手 の 男 は 学校 の 先生 か 何 か な の かしら 、 って 思った こと が ある の 」
夫人 は そう 言って 、「 じゃ 、 これ だけ だ から 、 刑事 さん に よろしく 伝えて ね 」
と 、 また 中 へ 入って 行って しまう 。
角 から 、 国友 の 車 が 出て 来た 。 玄関 の 前 まで 来る と 、
「 お 待た せ し ました 。 さ 、 乗って 。 ── どうし たんだい ? 「 いいえ 、 別に 」
夕 里子 は 助手 席 に 乗った 。
「 どこ へ 行く ? 帰る なら 送る よ 」
「 あの ── 東京 セクレタリーサービス に 行って くれる ? 「 水口 淳子 の 会社 ? 「 姉 が 行って る か どう か 、 見 たい の 」
「 いい よ 。 それ じゃ 行こう 」
車 が 走り出す 。
夕 里子 は 、 じっと 車 の 前方 を 見つめて いた 。
白墨 の 粉 。 ── 教師 。
あの 夫人 の 言葉 が 、 夕 里子 に 、 水口 淳子 の 写真 に 似て いた 誰 か を 思い出さ せた 。
水口 淳子 と よく 似た 印象 の 娘 。 ── 他なら ぬ 姉 の 綾子 の こと を 。
「 安東 先生 は ? 珠美 は 、 職員 室 の 入口 で 、 中 を 見回し 、 ちょうど 歩いて 来た 事務 の 女の子 に 訊 いた 。
「 え ? 安東 先生 ? いた けど な 、 さっき は 。 ── あ 、 電話 に 出て る わ 。 ほら 」
外 線 から の 電話 は 、 職員 室 の 奥 の 、 ちょっと した コーナー に なった 所 で 受ける ように なって いる 。
そこ に 、 安東 の 、 がっしり した 後ろ姿 が あった 。
「 ありがとう 」
珠美 は 、 安東 の 方 へ 歩き ながら 、〈 がっしり した 後ろ姿 〉 か 、 まるで 今度 の 犯人 だ な 、 と 思った 。 うち の こと も 知って る し 、 奥さん も いて 、 うまく 行って ないし ……。
「 まさか ! と 珠美 は 呟いた 。
そう 、 鍵 の こと が ある 。 安東 先生 に 、 鍵 を 渡した こと なんて ない はずだ 。
「── うん 、 そうだ 。 その 右 だ 。 いいね ? 分 った かい ? ── よし 、 じゃ 二 時 に 。 待って る よ 」
近 付いて行く と 電話 に 向 って 話して いる 言葉 が 聞こえて 来る 。 待ち合わせ か 。 受話器 を 置いて 、 安東 が 振り返る 。
「 先生 、 ちょっと ──」
と 言い かけて 、 珠美 は 、 言葉 を 切った 。
安東 が 、 見た目 に はっきり と 分 る ほど 、 ギョッ と した から である 。 ── しかし 、 それ は ほんの 一瞬 の こと だった 。
「 どうした ? 安東 は 、 いつも の 穏やかな 表情 に 戻って いた 。 珠美 は 、 ちょっと の 間 、 言葉 が 出て 来 なかった 。
「 あの ── 今度 の 時間 の 資料 を 取り に 来い と おっしゃった んで 」
「 ああ 、 そう だった か 。 今 渡す 」
安東 は 机 の 所 まで 戻る と 、 引出し から 、 コピー の 束 を 出して 、「 これ を 配 っと いて くれ 。 来週 まで で いい から 」
「 来週 です か 」
「 そうだ 。 頼む よ 」
安東 は 机 の 上 を 片付け 始めた 。
珠美 は 、 ふと 、 安東 の 上 衣 の えり に 目 を 止めて 、
「 あれ 、 先生 、 その バッジ 、 失 く した んじゃ なかった んです か 」
と 言った 。
「 え ? あ 、 これ か 。 出て 来た んだ よ 」
「 よかった です ね 」
それ は 、 教育 委員 会 から 与え られる 、 一種 の 勲章 みたいな もの である 。 安東 が 、 前 に 、 失 く した と 言って がっかり して いる の を 、 珠美 は 憶 えて いた のである 。
「 今日 は もう 帰る んです か ? 「 午後 から 用 が ある 。 ── どう だ 、 姉さん の 探偵 ごっこ は ? 「 ええ 、 何とか やって る みたいです 」
「 気 を 付けろ と 言 っと け よ 。 じゃ 」
「 さようなら 」
珠美 は 、 安東 が 足早に 出て 行く の を 見送って 、 それ から 、 ゆっくり と 職員 室 を 出て 、 教室 の 方 へ と 歩いて 行った 。
何だか 、 気 に なった 。
いい 先生 だ し 、 立派な 人 だ と 思う のだ が 、 さっき の 、 あの 驚いた 表情 は 、 まるで 別人 の ようだった 。 まるで 違う 人間 を 見た ような 、 そんな 印象 を 受けた のである 。
安東 先生 は …… 火事 の とき 、 真 先 に やって 来た 。 そして 。 ……。
「 そんな こと ! 珠美 は 頭 を 振った 。 ちょっと お 姉ちゃん に 感化 さ れちゃ った の か な 。
廊下 を ドタドタ と トレーニングウェア の 友だち が やって 来る 。
「 オッス 、 珠美 」
「 午後 、 体育 ? 「 うん 」
「 何 やって ん の 、 今 ? 「 バスケット よ 」
「 同じだ 。 シュート の テスト は ? 「 まだ 」
「 やらさ れる よ 」
「 や だ あ 。 珠美 、 入った ? 「 もち 。 五 回 中 三 回 」
「 やる ! じゃ 、 私 も 二 回 は いく か な 」
「 無理 よ 。 パチンコ と 違う んだ から ね 」
「 言った な 、 こら ! と ふざけて ボクシング の 真似 を する 。
「 えい ! 「 下手くそ ! ほら ! チャリン 、 と 音 が して 、「 あ 、 いけない 」
と 、 あわてて 、 キーホルダー を 拾い上げる 。
「 どう する の 、 それ ? 「 担任 に 預ける の よ 。 決 って る じゃ ない 。