三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 11
11 地下 道
ズブッ 。
「 ワッ !
と 、 敦子 が 思わず 声 を 上げる 。
「 静かに 」
と 、 珠美 が 振り向いて 、 にらんだ 。
「 ご 、 ごめんなさい 」
雪 に 足 を 取ら れた 敦子 は 、 あわてて 謝った 。
二 人 は 、 そっと 、 裏庭 へ 出る ドア を 開け 、 外 へ 踏み出した ところ だった 。
── そろそろ 、 陽 は 傾き かけて いる 。
さっき 、 ここ へ 出て 、 金田 と しゃべったり して いた 敦子 も 、 ぐっと 気温 が 下って 、 顔 が こわばり そうに なる 寒 さ に 、 ちょっと びっくり した 。
「 ちゃんと ドア 閉めて 。
── 足跡 を 逆に 辿 る の よ 」
と 、 珠美 は 言った 。
もちろん 、 まだ 暗く なって いる わけで は ない 。
しかし 、 青空 が 広がり 、 雪 は 白く 光って いて も 、 もう目に まぶしい と いう こと が なくなって いる 。
それ だけ 陽 が 弱まり 、 夜 が ひそやかに 忍び寄って いる のだろう 。
こう なる と 暗く なる の も 早い 。
特に 、 山 の 中 である 。 山 の 陰 に なる 辺り で は 、 早くも 、 黒い 影 が 、 巨大な 手のひら の ように 広がり 始めて いた 。
珠美 は 、 さっき 石垣 園子 と 秀 哉 が 戻って 来た 足跡 を 、 逆に 辿 って いた 。
見分ける の は 至って 簡単 。 ともかく 、 二 人 の 足跡 は 、 途中 から 大きく わき へ それて 、 少し 高く なった 岩 の 辺り へ と 向 って いる のである 。
岩 と いって も 、 そう 大きく は ない 。
崖 の 頂上 が 、 そこ だけ 少し 盛り上って いる 、 と いう 格好 で 、 雪 が なければ ゴツゴツ と した 岩肌 が 見える のだろう が 、 今 は 雪 が なだらかな スロープ で 裏庭 の 方 へ と 広がって 来て いる 。
石垣 母子 の 足跡 は 、 その 岩 の 方 へ と 向 って いた が ……。
途中 、 いくらか の 木立 ち が あり 、 その 中 を 二 組 の 足跡 が 縫って 行く 。
「 やっぱり 変だ 」
と 、 木立 ち の 一 つ に 手 を かけて 、 珠美 は 言った 。
「── どうした の ?
敦子 は 、 ハアハア 息 を 切らして いる 。
「 運動 不足 じゃ ない ?
「 ご 心配 なく 」
「 ほら 。
足跡 を 見て 」
岩 の 高 み へ と 向 って いた 足跡 が 、 その 少し 手前 で 、 左 へ 曲って いる 。
そこ から 下 へ ……。 何 段 か 、 階段 の ように 崖 が 落ち 込んで 、 その先 は 、 急な 断崖 である 。
「 あれ じゃ 、 二 人 と も 崖 から 上って 来た と しか 思え ない わ 」
と 、 珠美 は 言った 。
「 そう ね ……。
どう する ? 「 見 に 行く 」
「 あそこ へ ?
危 い じゃ ない の 」
「 その ため に 来た んだ もん 」
「 そりゃ そう だ けど ……。
国 友 さん に 相談 する と かして ──」
「 大丈夫 。
じゃ 、 敦子 さん 、 ここ で 待って て ね 」
珠美 は 、 ノコノコ と 断崖 の 方 へ と 歩いて 行った 。
「 待って !
敦子 も 、 仕方なく 追い かけて 行く 。
珠美 とて 、 怖く ない わけじゃ ない のである 。
しかし 、 そこ は やはり 夕 里子 の 妹 。 ── 好奇心 と いう やつ に は 勝て ない 。
それ に ── もし 、「 抜け道 」 でも 見付けたら 、 通行 税 を 取り立てて やろう ── と いう の は 冗談 だ が ……。
「 滑ったら 下 へ 落ちる わ よ 」
と 、 敦子 が もっともな こと を 言った 。
「 分 って る …… わ 」
さすが に 、 珠美 も 、 現実 に 崖 の 下 を 覗き 込む と 、 おっかなびっくり 、 一 歩 、 また 一 歩 と 進んで 行った 。
と ── 足 が 何 か 、 固い もの に 触れた 。
雪 が 、 その 部分 、 かき回さ れて 、 後 で 、 手 で 盛って ある の が 、 一目 で 分 る 。
「 何 か ある んだ 」
珠美 は 、 かがみ 込んで 、 雪 を かき分けた 。
「── 見て !
四角い 、 一 メートル 四方 ぐらい の 鉄 の 板 が 現われた のである 。
いや 、 これ は ただ の 板 じゃ なくて 、 蓋 だ 。
その 真中 に 大きな 鉄 の 輪 が ついて いて 、 握って 引 張る ように なって いる らしい 。
「── 秘密の 入口 だ 」
と 、 珠美 は 得意 げ に 言った 。
「 やっぱり あった でしょ 」
「 ない と は 言って ない わ 」
敦子 も 少し は 逆らって み たく なった らしい 。
何といっても 、 珠美 より 年上 な のである 。
「 引 張って みよう 。
── 重そう だ ね 」
「 二 人 で やれば ……」
「 そう ね 」
大きな 輪 な ので 、 充分に 、 二 人 の 手 が かかる 。
「── 一 、 二 、 の ──」
「 三 !
かけ声 と 共に 引 張る と 、 ポン と 簡単に 蓋 が 開いて 、 二 人 と も 雪 の 中 へ 引っくり返って しまった 。
「── 何 だ !
軽く 開く の ね 」
珠美 は 、 雪 だらけ に なり ながら 、 頭 を 振った 。
「 でも ── そう よ 。
あの 石垣 さん や 子供 が 開ける んだ と したら 、 そんなに 重い わけな い じゃ ない 」
と 、 敦子 は 、 雪 ダルマ みたいに なって 、 立ち上った 。
「 もっと 早く 、 それ に 気 が 付いて くれ なくちゃ 」
と 、 珠美 は 文句 を 言った 。
「 ともかく 入って みよう 」
「 そう ね ……」
雪 を 払い 落として 、 二 人 は 中 を 覗き 込んだ 。
鉄 の はしご が 降りて いる 。
── しかし 、 そう 深く は ない 様子 だった 。
「 私 が 入る わ 」
と 、 敦子 は 平静 を 装い つつ 、 先 に 、 はしご を 降って 行った 。
── 地下 道 だった 。
石 を 敷き つ め 、 両側 の 壁 、 天井 も 、 きちんと 石 で 造ら れて いる 。
頑丈な 造り の ようだった 。
「── 秘密の 地下 通路 か 」
と 、 珠美 は 言った 。
「 もう ちょっと 無気味だ と 面白い のに ね 」
「 やめて よ 。
これ で 充分 」
敦子 が 顔 を しかめた 。
裸 電球 が 、 いく つ かぶら 下って いて 、 薄暗く は ある が 、 充分に 見通し は きく 。
地下 道 は 、 真 直ぐで は なかった 。
一旦 、 山荘 の 方 へ と 向 って いる が 、 その先 で 、 折れ曲って いた 。
「 行って みる ?
と 、 敦子 の 訊 く 声 が 、 地下 道 に 響いた 。
珠美 は 、 返事 を する 代り に 、 先 に 立って 歩き 出した 。
頭 を ぶつける ほど 、 天井 が 低い わけで も ない のだ が 、 何となく 、 つい 頭 を 低く して しまう 。
人間 の 心理 って 、 面白い もん ね 、 など と 、 珠美 は 呑気 な こと を 考えて いた 。
「 待って よ ……。
置いて か ない で 」
敦子 の 方 が 、 情 ない 声 を 出して 、 珠美 に やっと ついて 来る 。
通路 は 左 へ 、 右 へ 、 くねくね と 折れ曲って 、 結局 、 どこ へ 向 って いる の か 、 分 ら なく なって しまった 。
「── 階段 だ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 上 に 出 られる の ね 」
と 、 敦子 が ホッと した 様子 。
「 じゃ なくて 、 下 へ 降りる の 」
と 、 珠美 は 申し訳な さ そうに 言った 。
「 また ?
「 そう 。
── どこ へ 行く んだ ろ 」
「 もう 、 戻ら ない ?
と 、 敦子 は 心細 そうな 声 を 出した 。
「 そろそろ 夜 が 明ける かも しれ ない よ 」
「 たった 二 、 三 分 しか 歩いて ない よ 」
と 、 珠美 は 言った 。
しかし 、 珠美 も 、 そこ から 先 へ 行く の は 少し ためらわ れた 。
階段 の 下 は 、 真 暗 だった から だ 。
懐中 電灯 なんて もの も 、 持ち 合せて い ない 。
「 ここ は 、 やっぱり 戻り ます か 」
と 、 珠美 は 言った 。
「 ともかく 、 この 地下 道 を 見付けた だけ でも いい や 」
「 そう よ !
敦子 は 、 と たんに 声 まで 元気に なって 、
「 ノーベル 賞 でも もらえる かも しれ ない わ 」
── 二 人 は 、 来た 道 を 戻り 始めた 。
今度 は 、 敦子 が 先 に なる 。
ふと 、 珠美 は 、 足 を 止めた 。
「 ね 、 ちょっと 」
「 どうした の ?
「 何 か 、 聞こえた ……」
「 え ?
そう 。
確かに ……。 ギ 、 ギ 、 ギ ……。
何 か が 、 きしむ ような 音 。
「 何かしら ?
「 分 ん ない けど ── ともかく 早く 出た 方 が いい みたい 」
「 同感 」
と 、 敦子 は 肯 いて 、 また 歩き 出した 。
突然 ── 明り が 消えた 。
「 キャッ !
敦子 が 悲鳴 を 上げる 。
「 ど 、 どうした の ? 「 明り が 消えた だけ 」
珠美 は 、 落ちついて いる 。
「 大丈夫 。
壁 に 手 を 触れて 、 辿 って 行けば ……。 最後 の 角 を 曲れば 、 外 の 光 が 射 して る から 」
「 そ 、 そう ね ……」
敦子 は 、 年下 の 珠美 の 前 で 、 自分 の 方 が 落ちつか なくて は 、 と 思い ながら 、 つい 声 が 震えて 来る の を 、 こらえ られ なかった 。
壁 に 手 を 当て 、 ノロノロ と 進んで 行く 。
「 ね 、 誰 か ──」
と 、 珠美 が 言った 。
「 なに ?
「 誰 か いる !
二 人 は 息 を 殺した 。
── そう 。 足音 だった 。
二 人 の 後 を 追って 、 暗がり の 奥 から 、 引きずる ような 、 重々しい 足音 が 聞こえて 来た のだ 。
「 近付いて 来る 。
── 逃げよう ! と 、 珠美 が 叫んだ 。
「 走って ! 敦子 は 、 壁 を 両手 で 叩く ように して 、 駆け 出した 。
転び そうだ 。
しかし 、 人間 、 必死に なる と 、 たいてい の こと は やって しまう もの である 。
明り が 見えた !
行 手 に 、 上 から 光 が 射 し込み 、 鉄 の はしご が 見えて いる 。
敦子 は 、
「 出口 よ !
と 叫んで 、 駆け 出した 。
はしご を 上る の も もどかしく 、 雪 の 中 へ と 転がり 出る 。
ハアハア と 喘ぎ ながら 、 敦子 は 、 雪 の 冷た さ など 気 に も なら なかった 。
「 珠美 ちゃん ──。
大丈夫 ? と 、 顔 を 上げる と ……。
珠美 の 姿 は なかった 。
「 珠美 ちゃん ……。
早く ── 早く 出て 来 ない と ──」
だが 、 珠美 は 、 一向に 姿 を 見せ ない 。
まさか ……。
まさか ……。
敦子 は 、 よろけ ながら 、 立ち上った 。
あの 穴 の 中 に 戻って 行く だけ の 勇気 は 、 とても なかった 。
── そうだ 。 国 友 さん に ……。
早く 知らせよう 。
助け に 行か なくちゃ 。
もう 、 辺り は 大分 暗く なり つつ あった 。
それ こそ 、 あの 地下 道 へ 入って から 、 十分 と は たって い ない はずだ が 、 急激に 、 夜 の 気配 が 立ち こめて 来て いる 。
「 待って て ね 。
── すぐ 国 友 さん を 呼んで 来る から 」
珠美 へ 呼びかける ように 言って 、 敦子 は 、 雪 を け散らし ながら 、 進んで 行った 。
自分 が 助かって 、 珠美 に 何 か あったり したら ── それ こそ 、 夕 里子 に 何と 言って 詫びれば いい か ……。
木立 ち の 間 を 抜けて 、 敦子 は 、 山荘 の 裏庭 へ ──。
だが 、 その場で 、 敦子 は 、 立ちすくんで しまった 。
こんな …… こんな こと が ……。
膝 近く まで 来る 雪 の 冷た さ が 、 足 の 指 を しびれ させて いる の も 、 一瞬 忘れて しまった 。
吐き出す 息 の 白 さ が 、 煙 の ように 立ち上って 行く 。
「 こんな こと って ── こんな こと って 、 ない わ !
敦子 は 叫ぶ ように 言った 。
目の前 に は ── 何も なかった 。
あの 山荘 は 、 影 も 形 も なく 消え失せて 、 ただ 、 のっぺり と して 、 足跡 一 つ ない 雪原 が 、 広がって いる ばかりだった のである 。
「── ひどい 年 でした よ 、 今年 は ね 」
と 、 やつれ 切った 顔 で 、 その 男 は 言った 。
「 分 り ます 」
三崎 は 、 肯 いた 。
「 お 気の毒でした 、 娘 さん の こと は 」
「 気の毒 ねえ ……」
と 、 男 は 苦々し げ に 、「 全く ── 哀れでしょう が ない んです よ 。
そう でしょう 」
と 、 訴える ように 言った 。
男 の 名 は 笹 田 。
やっと 、 三崎 の 頼み に 応じて 、 この 喫茶 店 まで 出て 来て くれた 。
「 寒い ね 」
と 、 笹 田 は 、 唐突な 言い 方 を して 、 外 の 方 へ 目 を 向けた 。
「 雪 でも 降り そうな 天気 です 」
と 、 三崎 は 肯 いた 。
三崎 は 、 内心 の 焦り を 、 外 へ 現わさ ない ように 、 努力 して いた 。
今 、 ここ で 焦った ところ で 仕方ない 。
石垣 の 山荘 と いう の が 、 一体 どこ に ある の か 、 必死で 調べて いる ところ だった 。
沼 淵 の 話 から 、 一応 は 長野 辺り を 中心 に 調べて いる が 、 石垣 が 、 全く の でたらめな 場所 を 言って い ない と も 限ら ない 。
一応 、 考え 得る 範囲 で 、 捜査 の 依頼 を 出して いた 。
しかし 、 何といっても 年 末 で 、 どこ も 忙しい 。
思う ように は 、 協力 を 取りつける こと が でき なかった 。
三崎 が 焦り を 覚えて いた の も 、 無理 は ない 。
沼 淵 に 石垣 の こと を 話した と いう 「 教え子 」 に 会って 、 話 を 聞いた が 、 直接 石垣 と 付合い が あった わけで は なく 、 具体 的な こと は ほとんど 知ら なかった 。
そして 、 三崎 は ふと 思い 付いて 、 石垣 が 無理 心中 した と いう 女子 学生 の 親 に 連絡 した のである 。
会い たく ない 。
話 も し たく ない 。 ── 父親 の 反応 は 、 至って 素 気 ない もの だった 。
親 の 身 と して は 、 無理 も ない 。
三崎 に も その 気持 は よく 分 った 。
「── そりゃ 、 私 も 娘 が 好きな 男 を 作りゃ 、 怒った かも しれ ませ ん 。
しかし 、 最終 的に ゃ 、 娘 が 幸せに なりゃ 、 それ で いい 。 そう でしょう ? すっかり 老け 込んだ 感じ の 父親 は 、 髪 を 少し かき 上げて 、「 白く なり ました 。
分 る でしょう ? 娘 が 死んで から です 。 それ まで は 、 白髪 なんて 、 一 本 も なかった のに ……」
「 石垣 と いう 男 に 会わ れた こと は ?
「 あり ます よ 」
と 、 笹 田 は 肯 いた 。
「 あの とき 、 もっと よく あいつ の こと を 知って り ゃあ ……」
「 そう です な 」
三崎 は 肯 いた 。
「 もし ── 娘 が 、 本当に 好きな 男 と 心中 した と いう の なら ね 、 もちろん 悲しい が 、 まだ 諦め も つく 。
それ が 、 当人 は 死に たく も ない のに 、 殺さ れて 、 無理 心中 ……。 石垣 の 奴 を 、 生き返ら せて 、 もう 一 度 この 手 で 殺して やり たい です よ 」
笹 田 は 、 自分 の 両手 を 、 じっと 見下ろし ながら 言った 。
「 どんな 男 でした ?
と 、 三崎 は 訊 いた 。
「 石垣 です か ?
まあ ── 神経質 そうな 、 と いう か 、 どことなく 暗い 感じ の 男 でした よ 」
「 どこ で お 会い に なった んです ?
「 ええ と ……。
何とか いう 店 でした ね 。 〈 P 〉 だった か な 。 そう 、 そんな 名前 の 店 だった と 思い ます 」
三崎 の 眉 が 、 ちょっと 寄って 、
「 その 店 の 名 は ── 確か 、 です か ?
と 、 念 を 押す 。
「 たぶん ね 。
── しかし 、 どうして そんな こと が ? 「 いや ……。
偶然 、 その 店 を 知って いる もの です から ね 」
と 、 三崎 は 言った 。
「 石垣 は 、 どこ か 妙な 印象 を 与え ました か 」
「 そう です ね ……。
いやに 落ちつき の ない 男 でした よ 」
「 落ちつき の ない ?
「 そう 。
── こっち の 目 を 真 直ぐ 見 ない と いう か ね 。 いやに キョロキョロ して ……。 後 から 悪い 印象 を でっち上げた わけじゃ あり ませ ん よ 。 その とき 、 帰って 家内 に 石垣 の こと を そう 話した んです から 」
「 そう です か ……」
三崎 は 、 ゆっくり と 肯 いた 。
「 石垣 と は どんな ご用 で 会わ れた んです か ? 「 もちろん 、 娘 の 直子 の こと です 」
と 、 笹 田 は 肩 を すくめて 、「 石垣 が 、 私 の 会社 へ 電話 して 来た んです よ 、 会い たい 、 と ね 」
「 話 と いう の は ──」
「 娘 に 惚れた 、 と いう わけです 。
妻 と 別れる から 、 結婚 を 許して ほしい 、 と 」
「 もちろん 、 あなた は ──」
「 冗談 じゃ ない 、 と 突っぱね ました よ 。
当然でしょう 。 娘 が 同じ 気持 だ と いう の なら ともかく 、 全く その 気 は なかった んです から 」
「 石垣 は 何と ?
「 大して 、 こだわり ませ ん でした ね 。
怒鳴り 合い と か に は なり ませ ん 。 無気力な 感じ だった な 、 あいつ は 」
「 それでいて 無理 心中 を ──」
「 そう な んです 。
信じ られ ませ ん よ 、 全く ! 笹 田 は 、 深々と 息 を ついた 。
「 その 話 を した ので 、 娘 に 、 もう 家庭 教師 に 行く の は やめろ 、 と 言い ました 。 しかし 、 直子 は ……。 生徒 を 途中 で 放り 出せ ない 、 と 言い まして ね 。 責任 感 の 強い 娘 でした から ……」
「 そして 、 無理 心中 」
「 そうです 。
しかし 、 無理 心中 って の は 殺人 です よ 。 そう でしょう ? しかも 犯人 は 死んで しまって いる 。 ── 卑怯 だ ! 笹 田 は 、 吐き 捨てる ように 言った 。
「 同感 です ね 」
三崎 は 、 穏やかな 口調 で 言った 。
「── 娘 さん が 亡くなった とき 、 石垣 の 死体 も 、 ご覧 に なり ました か ? 「 いいえ 。
── それ どころ じゃ あり ませ ん 。 娘 が 殺さ れた と いう ショック だけ で ……」
「 分 り ます 」
三崎 は 、 丁重に 礼 を 述べて 、 笹 田 と 別れた 。
── 確かに 、 雪 に なり そうな 、 冷え 込み だった 。
電話 ボックス へ 入った 三崎 は 、 署 へ 電話 を 入れた 。
「── 三崎 だ 。
何 か 分 った か ? 「 それ らしい 山荘 が 、 三 つ 四 つ 、 出て 来て い ます 」
と 、 部下 の 若い 刑事 が 答える 。
「 今 、 確認 を 取って いる ところ です 」
「 そう か 。
急が せて くれ 」
と 、 三崎 は 言って 、「 国 友 と は 連絡 が ついた か ?
「 いえ 、 まだ です 。
い ない んじゃ あり ませ ん か ね 」
「 うむ ……」
もちろん 、 三崎 自身 が 休め と 言って やった のだ から 、 国 友 が い なくて も 不思議 は ない 。
しかし 、 普通 なら 、 必ず 連絡 が つく ように 、 遠出 する とき は そう 知らせて から に する 。
そう で なければ 、 部屋 に 戻って いる はずだ 。
いや 、 もしかしたら ……。
三崎 も 、 その 可能 性 は 考えて いた 。
国 友 は 、 夕 里子 たち 三 人 姉妹 に 、 ついて 行った の かも しれ ない 。
もし そう なら 、 夕 里子 たち が 危険な 目 に あって も 、 無事に 切り抜ける 可能 性 は 大きい 。
そう であって くれれば 、 と 三崎 は 思って いた 。
「 それ から な ──」
と 、 三崎 は 受話器 を 握り 直した 。
「 例 の 、 石垣 と 笹 田 直子 の 無理 心中 の 事件 だ が 、 詳しく 知り たい 。 特に 、 石垣 の 死体 を 確認 した の が 誰 な の か 」
「 分 り ました 」
「 頼む ぞ 。
俺 は この 近く で 飯 を 食って から 戻る 」
三崎 は 、 受話器 を 戻して 、 ボックス から 外 へ 出る と 、 風 の 冷た さ に 身 を 縮めた 。
「── 畜生 !
三崎 は 、 足早に 歩き 出して いた 。
もし 、 俺 の 考えた 通り だった と したら ……。
いや 、〈 P 〉 と いう 店 で 、 石垣 が 笹 田 と 会った こと も 、 偶然 と は 思え ない 。
もし そう なら 、 今度 の 、 平川 浩子 の 異常な 殺し 方 も 、 分 る と いう もの だ 。
そして ……。
そう だ 。
三崎 は 、 まだ はっきり と 証拠 を つかんで いた わけで は ない が 、 ほとんど 確信 に 近い もの を 持って いた 。
── 石垣 は 、 死んで い ない 。