×

Мы используем cookie-файлы, чтобы сделать работу LingQ лучше. Находясь на нашем сайте, вы соглашаетесь на наши правила обработки файлов «cookie».

image

銀河英雄伝説 01黎明篇, 第九章 アムリッツァ (1)

Ⅰ 恒星 アムリッツァ は 無 音 の 咆哮 を あげ つづけて いた 。 核 融合 の 超 高熱 の なか で 、 無数の 原子 が たがいに 衝突 し 、 分裂 し 、 再生 し 、 飽 く こと の ない その くりかえし が 、 膨大な エネルギー を 虚 空 に 発散 さ せて いる 。 さまざまな 元素 が さまざまな 色彩 の 炎 を 一万 キロ メートル 単位 で 躍動 さ せ 、 赤く 、 黄色く 、 あるいは 紫色 に と 、 見る 者 の 視界 を 染め 変える のだった 。

「 どうも 好か ん な 」

通信 パネル の なか で 、 ビュコック 中将 が 白っぽい 眉 の 根 を よせて いる 。 ヤン は 同意 の しるし に うなずいた 。

「 不吉な 色 です ね 、 たしかに 」

「 色 も だ が な 、 この 惑星 の 名 も だ 。 気 に いら ん のだ よ 、 わし は 」

「 アムリッツァ 、 が です か ? 」 「 頭文字 が A だ 。 アスターテ と おなじだ 。 わが 軍 に とって 鬼門 と しか 思え ん 」

「 そこ まで は 気づきません でした 」 老 提督 の 気 の 病み よう を 嗤 う 気 に は なれ なかった 。 半 世紀 を 宇宙 の 深淵 の なか で 送った 宇宙 船乗り に は 特殊な 感性 と 経験 則 が ある のだ 。 アムリッツァ を 決戦 場 に 指定 した 総 司令 部 の 判断 より は 、 迷 信じ みた 老 提督 の 言 の ほう に 理 を 感じ たく なる ヤン だった 。

ヤン の 気分 は 、 潑剌 と は 言いがたかった 。 善戦 した と は いえ 、 麾下 の 艦隊 の 一 割 を 失い 、 反撃 策 も 封じ られて の 後退 である 。 徒労 感 だけ が あった 。 イゼルローン から 物資 の 補給 を うけ 、 負傷 者 を 後 送 し 、 部隊 を 再編 する あいだ に 、 タンク ・ ベッド 睡眠 も とった のだ が 、 精神 は いっこうに リフレッシュ さ れ なかった 。

これ で は いけない のだろう 、 と は 思う 。 指揮 官 と 兵力 の 過半 を 失った 第 一〇 艦隊 も 、 現在 で は ヤン の 指揮 下 に おかれて いる 。 敗 残 処理 の 才能 だけ は 総 司令 部 も どうやら 認めて くれた ようだ が 、 責任 の 加重 は ありがたい こと で は なかった 。 責任 感 に も 才能 に も 限度 と いう もの が あり 、 どれ だけ 期待 されて も 、 あるいは 強制 されて も 、 不可能な こと は 不可能な のである 。 〝 ぼやき の ユースフ 〟 で は ない が 、 なん だって こんな 苦労 を せ ねば なら ぬ の か 。

「 いずれ に せよ 、 総 司令 部 の 奴 ら め 、 前線 へ でて きて みれば いい のだ 。 将兵 の 苦労 が すこし は わかる だろう 」

通信 を 切る に 際して の ビュコック の 言 が それ だった 。 部隊 の 配置 を 調整 する ため の 会話 が 、 後半 、 総 司令 部 にたいする 弾劾 に なって しまって いた 。 それ を 脱線 と 呼ぶ 気 に は ヤン は なれ ない 。 腹立たしい 思い は 彼 も おなじな のである 。

「 お 食事 を なさって ください 、 閣下 」

映像 の 消えた 通信 パネル から ふりむく と 、 盆 を かかえて フレデリカ ・ グリーンヒル 中尉 が たたずんで いた 。 盆 の 上 に は 、 ソーセージ と 野菜 を なか に 詰めて まいた 小麦 蛋白 の ロースト 、 ウイングド ・ ビーン の スープ 、 カルシウム 強化 ライ 麦 の パン 、 ヨーグルト を かけた フルーツ ・ サラダ 、 ロイヤル ・ ゼリー で 味つけ した アルカリ 性 飲料 ……。

「 ありがとう 、 だけど 食欲 が ない 。 それ より も ブランデー を 一杯 ほしい な 」

彼 の 副 官 は その 要求 を 目 で 拒絶 した 。 ヤン は 不服 そうに 彼女 を 見た 。

「 どうして だめな んだ 」

「 お 酒 が すぎる と 、 ユリアン 坊や に 言わ れません でした ? 」 「 なんだ 、 きみ たち は 連帯 して た の か 」 「 お 体 を 心配 して いる んです 」

「 しかし 、 そこ まで 心配 して もらう 理由 は ない ぞ 。 酒量 が ふえた と 言ったって 、 これ で やっと 人並みだ 。 今 身体 を そこねる まで に は 、 たっぷり 一〇〇〇 光年 は ある さ 」

フレデリカ が それ に 応えよう と した とき 、 耳ざわりな 警報 が ひびきわたった 。

「 敵 接近 ! 敵 接近 ! 敵 接近 」

ヤン は 副 官 に かるく 手 を ふって みせた 。

「 中尉 、 聞いて の とおり だ 。 生き残れたら 、 余生 は 栄養 を 心がける こと に する よ 」

同盟 軍 の 兵力 は すでに 半減 して いる 。 ことに 、 勇猛で 名 戦術 家 で も あった ウランフ 提督 の 死 は 大きな 打撃 と いえた 。 士気 も 高く ない 。 満 を 持し 、 勝 に 乗じて 正攻法 で 攻撃 して くる 帝国 軍 に 、 どの ていど 、 対抗 できる だろう か 。

ロイエンタール 、 ミッターマイヤー 、 ケンプ 、 ビッテンフェルト ら 帝国 軍 の 勇 将 たち は 、 戦艦 の 艦 首 を ならべ 、 密集 隊形 で 突進 して きた 。 それ は 細かい 戦法 を 無視 した 力ずく の 攻撃 に みえた が 、 じつは キルヒアイス が 別動隊 を ひきいて 同盟 軍 の 後 背 に まわりこもう と して おり 、 挟 撃 の 意図 を 隠す ため に も 、 同盟 軍 に 余裕 を もた さ ない だけ の 猛攻 を くわえ ねば なら ない ところ だった 。

「 よし 、 全 艦 、 最 大戦 速 」

ヤン は 命令 した 。

第 一三 艦隊 は うごき はじめた 。

両軍 の 激突 が 開始 されて いた 。 無数の ビーム と ミサイル が 飛びかい 、 爆発 光 が 闇 を 灼 いた 。 引き裂か れた 艦 体 が エネルギー 風 に のって 奇怪な 舞踊 を し つつ 飛翔 する 。 それ ら の 渦中 を 、 第 一三 艦隊 は 傍若無人に 横断 して 前方 の 敵 に 襲いかかった 。

それ は ヤン の 指令 で フィッシャー が 細心に 算出 した 減速 と 加速 の スケジュール に したがって 実行 さ れた 。 第 一三 艦隊 は 恒星 アムリッツァ の 巨大な 炎 の 影 から 猛然と 躍り だした が 、 それ は 遠心 力 に よって 太陽 から ちぎり 飛ばさ れた コロナ の ようで も あった 。

この 意外な 方角 から の 速攻 を ひきうける こと に なった 帝国 軍 の 指揮 官 は ミッターマイヤー だった 。 勇敢な 彼 だ が 、 意表 を つかれた こと は 否定 でき ず 、 先手 を とら れる かたち に なった 。

第 一三 艦隊 の 最初の 攻撃 は 、 ミッターマイヤー 艦隊 に とって 、 文字どおり の 痛撃 と なった 。

それ は 過密な まで の 火力 の 集中 であった 。 一 隻 の 戦艦 、 それ も 艦 体 の 一 カ所 に 半 ダース の レーザー 水爆 ミサイル が 命中 した とき 、 どのような 防御 手段 が ある と いう の か ?

ミッターマイヤー の 旗 艦 は 、 周囲 を 火 球 の 群 に 包囲 さ れ 、 みずから も 左舷 に 損傷 を うけ 、 やむ を え ず 後退 した 。 後退 し ながら も 陣形 を 柔軟に 変化 さ せ 、 被害 を 最小 限度 に とどめ つつ 、 反撃 の 機会 を 狙って いる の が 、 非凡な 戦術 家 である こと を うかがわ せる 。

ヤン と して は 、 一定 の 損害 を あたえた こと で 満足 して 、 深追い は さけ ねば なら なかった 。 それにしても 、 と 彼 は 思う 。 ローエングラム 伯 の 配下 に は なんと 人材 が 多い こと か 。 味方 に も 、 ウランフ や ボロディン が いれば 、 せめて 互角の 戦い が 挑めた であろう けども ……。

その とき 、 ビッテンフェルト の 艦隊 が 高速で 突出 して きて 、 第 一三 艦隊 と 第 八 艦隊 と の あいだ の 宙 域 ―― D 4 宙 域 と いう 便宜 上 の 名称 を 有して いた ―― に 割りこんだ 。 大胆 と も 無謀 と も 言いよう が ない 。

「 閣下 、 あらたな 敵 が 二 時 方向 に 出現 し ました 」

それ にたいする ヤン の 返答 は 、 あまり まっとう と は 言え なかった 。 「 へえ 、 そい つ は 一大事 」

だが 、 ヤン は ラインハルト と 共通 する 長所 を もって いた 。 彼 は すぐ 理性 を 回復 し 、 命令 を くだした 。

装甲 の 厚い 巨艦 が 縦 に ならび 、 敵 の 火力 にたいして 壁 を つくった 。 その 間隙 から 、 装甲 は 貧弱だ が 機動 力 と 火力 に 富んだ 砲艦 と ミサイル 艦 が 容赦 ない 攻撃 を あびせる 。

ビッテンフェルト 艦隊 の 各 処 に つぎつぎ と 穴 が あいた 。 しかし その スピード は おち なかった 。 反撃 も 激しく 、 巨艦 の 艦隊 の 壁 も 一部 が 崩れ 、 ヤン を ひやりと さ せた 。

それ でも 第 一三 艦隊 に 重大な 損害 は なかった が 、 第 八 艦隊 が うけた 傷 は 深く 大きかった 。 ビッテンフェルト の 速 さ と 勢い に 対応 でき ず 、 側面 から 艦 列 を 削りとら れ 、 物理 的に も エネルギー 的に も 抵抗 の すべ を 失い つつ あった 。

戦艦 ユリ シーズ は 帝国 軍 の 砲撃 に よって 被害 を うけた 。 この 被害 は 〝 軽微だ が 深刻な もの 〟 であった 。 こわさ れた の は 、 微 生物 を 利用 した 排水 処理 システム で 、 その ため 同 艦 の 乗員 たち は 、 逆流 する 汚水 に 足 を 浸さ れ ながら 戦闘 を つづける は めに なった 。 これ は 、 生還 すれば 笑い話 に なる に ちがいない が 、 このまま 死に おもむく と すれば 悲惨で 不名誉な かぎり だった 。

ヤン は 自分 の 目の前 で 友軍 が 宇宙 の 深淵 の なか に 溶け さろう と する の を 見た 。 まさに 第 八 艦隊 は 羊 の 群 、 ビッテンフェルト 艦隊 は 狼 の 群 であった 。 同盟 軍 の 艦艇 は うろうろ 逃げまわった あげく 、 するどく 猛 々 しい 攻撃 で 破壊 さ れた 。

第 八 艦隊 を 救う べき か ――。

ヤン でも ためらう こと は ある 。 救い に でれば 、 敵 の 勢い から みて 乱戦 に なり 、 系統 だった 指揮 など でき なく なる こと は あきらかだった 。 それ は 自殺 行為 に ひとしかった 。 けっきょく 、 彼 は 砲撃 を 密に する よう 命じる しか なかった のである 。

「 進め ! 進め ! 勝利 の 女神 は お前 ら に 下着 を ちらつかせて いる んだ ぞ ! 」 ビッテンフェルト の 号令 は 、 上品な もの と は 言え なかった が 、 部下 の 士気 を 高めた の は たしかで 、 側面 から の 砲火 を 意 に 介さ ない 〝 黒色 槍 騎兵 〟 の 群 は D 4 宙 域 を 完全に 制圧 して しまった 。 同盟 軍 は 分断 さ れた か に みえた 。

「 どうやら 勝った な 」

ラインハルト は オーベルシュタイン を かえりみて 、 ごく かすかに 声 を はずま せた 。

「 どうも 負けた らしい な 」

ほぼ 同時に 、 そう 思った の は ヤン だ が 、 それ を 口 に だす こと は でき なかった 。

古来 、 指揮 官 の 発言 は 観念 を 具象 化 する 魔力 を もって いる ようで 、 指揮 官 が 「 負けた 」 と 言う とき は 必ず 負ける もの な のだ ―― その 逆 は ごく まれに しか ない が 。

どうやら 勝った 、 と 思った の は ビッテンフェルト も 同様だった 。 すでに 同盟 軍 第 八 艦隊 は 瓦 解し 、 挟 撃 さ れる お それ は ない 。

「 よし 、 いま 一 歩 だ 。 とど め を 刺して やる 」

意気ごんだ ビッテンフェルト は 、 格闘 戦 に よって 、 かなり の 戦力 を 維持 して いる 同盟 軍 第 一三 艦隊 に 致命 傷 を あたえて やろう 、 と 考えた 。

「 母艦 機能 を 有する すべて の 艦 は 、 ワルキューレ を 発 艦 さ せよ 。 他の 艦 は 長 距離 砲 から 短 距離 砲 へ きりかえろ 。 接近 して 戦う んだ 」

積極 的な その 意図 は 、 しかし 、 ヤン に よって 察知 さ れた 。

帝国 軍 の 火力 が 一時的に 衰えた 理由 が 、 攻撃 法 の 転換 に よる もの である こと を 一瞬 で ヤン は 悟った のだ が 、 ほか の 指揮 官 であって も 、 時間 は かかった に しろ ビッテンフェルト の 意図 を 察知 する の は 可能だった であろう 。 彼 は 早 すぎた のだ 。 その 失敗 に ヤン は 最大 限 に つけこむ こと に した 。

「 敵 を ひきつけろ 。 全 砲門 、 連 射 準備 ! 」 数 分 後 、 D 4 宙 域 の 帝国 軍 は 、 一転 して 敗北 に 直面 する こと に なった のだ 。 これ を 見た ラインハルト は 、 思わず 声 を あげた 。

「 ビッテンフェルト は 失敗 した 。 ワルキューレ を だす の が 早 すぎた のだ 。 敵 の 砲撃 の 好 餌 に なって しまった で は ない か 」

オーベルシュタイン の 冷静 さ に も 刃 こぼれ が 生じた ようだった 。 もともと 青白い 顔 が 、 彗星 の 尾 に 照らさ れた ような 色 に なって 、

「 彼 の 手 で 勝利 を 決定 的に し たかった のでしょう が ……」

そう 応じた 声 は うめき に ちかかった 。

ビッテンフェルト 軍 を 零 距離 射撃 の 範囲 に ひきずりこんだ 同盟 軍 は 、 破壊 と 殺戮 を ほしいままに して いた 。

Learn languages from TV shows, movies, news, articles and more! Try LingQ for FREE

恒星 アムリッツァ は 無 音 の 咆哮 を あげ つづけて いた 。 核 融合 の 超 高熱 の なか で 、 無数の 原子 が たがいに 衝突 し 、 分裂 し 、 再生 し 、 飽 く こと の ない その くりかえし が 、 膨大な エネルギー を 虚 空 に 発散 さ せて いる 。 さまざまな 元素 が さまざまな 色彩 の 炎 を 一万 キロ メートル 単位 で 躍動 さ せ 、 赤く 、 黄色く 、 あるいは 紫色 に と 、 見る 者 の 視界 を 染め 変える のだった 。

「 どうも 好か ん な 」

通信 パネル の なか で 、 ビュコック 中将 が 白っぽい 眉 の 根 を よせて いる 。 ヤン は 同意 の しるし に うなずいた 。

「 不吉な 色 です ね 、 たしかに 」

「 色 も だ が な 、 この 惑星 の 名 も だ 。 気 に いら ん のだ よ 、 わし は 」

「 アムリッツァ 、 が です か ? 」

「 頭文字 が A だ 。 アスターテ と おなじだ 。 わが 軍 に とって 鬼門 と しか 思え ん 」

「 そこ まで は 気づきません でした 」 老 提督 の 気 の 病み よう を 嗤 う 気 に は なれ なかった 。 半 世紀 を 宇宙 の 深淵 の なか で 送った 宇宙 船乗り に は 特殊な 感性 と 経験 則 が ある のだ 。 アムリッツァ を 決戦 場 に 指定 した 総 司令 部 の 判断 より は 、 迷 信じ みた 老 提督 の 言 の ほう に 理 を 感じ たく なる ヤン だった 。

ヤン の 気分 は 、 潑剌 と は 言いがたかった 。 善戦 した と は いえ 、 麾下 の 艦隊 の 一 割 を 失い 、 反撃 策 も 封じ られて の 後退 である 。 徒労 感 だけ が あった 。 イゼルローン から 物資 の 補給 を うけ 、 負傷 者 を 後 送 し 、 部隊 を 再編 する あいだ に 、 タンク ・ ベッド 睡眠 も とった のだ が 、 精神 は いっこうに リフレッシュ さ れ なかった 。

これ で は いけない のだろう 、 と は 思う 。 指揮 官 と 兵力 の 過半 を 失った 第 一〇 艦隊 も 、 現在 で は ヤン の 指揮 下 に おかれて いる 。 敗 残 処理 の 才能 だけ は 総 司令 部 も どうやら 認めて くれた ようだ が 、 責任 の 加重 は ありがたい こと で は なかった 。 責任 感 に も 才能 に も 限度 と いう もの が あり 、 どれ だけ 期待 されて も 、 あるいは 強制 されて も 、 不可能な こと は 不可能な のである 。 〝 ぼやき の ユースフ 〟 で は ない が 、 なん だって こんな 苦労 を せ ねば なら ぬ の か 。

「 いずれ に せよ 、 総 司令 部 の 奴 ら め 、 前線 へ でて きて みれば いい のだ 。 将兵 の 苦労 が すこし は わかる だろう 」

通信 を 切る に 際して の ビュコック の 言 が それ だった 。 部隊 の 配置 を 調整 する ため の 会話 が 、 後半 、 総 司令 部 にたいする 弾劾 に なって しまって いた 。 それ を 脱線 と 呼ぶ 気 に は ヤン は なれ ない 。 腹立たしい 思い は 彼 も おなじな のである 。

「 お 食事 を なさって ください 、 閣下 」

映像 の 消えた 通信 パネル から ふりむく と 、 盆 を かかえて フレデリカ ・ グリーンヒル 中尉 が たたずんで いた 。 盆 の 上 に は 、 ソーセージ と 野菜 を なか に 詰めて まいた 小麦 蛋白 の ロースト 、 ウイングド ・ ビーン の スープ 、 カルシウム 強化 ライ 麦 の パン 、 ヨーグルト を かけた フルーツ ・ サラダ 、 ロイヤル ・ ゼリー で 味つけ した アルカリ 性 飲料 ……。

「 ありがとう 、 だけど 食欲 が ない 。 それ より も ブランデー を 一杯 ほしい な 」

彼 の 副 官 は その 要求 を 目 で 拒絶 した 。 ヤン は 不服 そうに 彼女 を 見た 。

「 どうして だめな んだ 」

「 お 酒 が すぎる と 、 ユリアン 坊や に 言わ れません でした ? 」

「 なんだ 、 きみ たち は 連帯 して た の か 」

「 お 体 を 心配 して いる んです 」

「 しかし 、 そこ まで 心配 して もらう 理由 は ない ぞ 。 酒量 が ふえた と 言ったって 、 これ で やっと 人並みだ 。 今 身体 を そこねる まで に は 、 たっぷり 一〇〇〇 光年 は ある さ 」

フレデリカ が それ に 応えよう と した とき 、 耳ざわりな 警報 が ひびきわたった 。

「 敵 接近 ! 敵 接近 ! 敵 接近 」

ヤン は 副 官 に かるく 手 を ふって みせた 。

「 中尉 、 聞いて の とおり だ 。 生き残れたら 、 余生 は 栄養 を 心がける こと に する よ 」

同盟 軍 の 兵力 は すでに 半減 して いる 。 ことに 、 勇猛で 名 戦術 家 で も あった ウランフ 提督 の 死 は 大きな 打撃 と いえた 。 士気 も 高く ない 。 満 を 持し 、 勝 に 乗じて 正攻法 で 攻撃 して くる 帝国 軍 に 、 どの ていど 、 対抗 できる だろう か 。

ロイエンタール 、 ミッターマイヤー 、 ケンプ 、 ビッテンフェルト ら 帝国 軍 の 勇 将 たち は 、 戦艦 の 艦 首 を ならべ 、 密集 隊形 で 突進 して きた 。 それ は 細かい 戦法 を 無視 した 力ずく の 攻撃 に みえた が 、 じつは キルヒアイス が 別動隊 を ひきいて 同盟 軍 の 後 背 に まわりこもう と して おり 、 挟 撃 の 意図 を 隠す ため に も 、 同盟 軍 に 余裕 を もた さ ない だけ の 猛攻 を くわえ ねば なら ない ところ だった 。

「 よし 、 全 艦 、 最 大戦 速 」

ヤン は 命令 した 。

第 一三 艦隊 は うごき はじめた 。

両軍 の 激突 が 開始 されて いた 。 無数の ビーム と ミサイル が 飛びかい 、 爆発 光 が 闇 を 灼 いた 。 引き裂か れた 艦 体 が エネルギー 風 に のって 奇怪な 舞踊 を し つつ 飛翔 する 。 それ ら の 渦中 を 、 第 一三 艦隊 は 傍若無人に 横断 して 前方 の 敵 に 襲いかかった 。

それ は ヤン の 指令 で フィッシャー が 細心に 算出 した 減速 と 加速 の スケジュール に したがって 実行 さ れた 。 第 一三 艦隊 は 恒星 アムリッツァ の 巨大な 炎 の 影 から 猛然と 躍り だした が 、 それ は 遠心 力 に よって 太陽 から ちぎり 飛ばさ れた コロナ の ようで も あった 。

この 意外な 方角 から の 速攻 を ひきうける こと に なった 帝国 軍 の 指揮 官 は ミッターマイヤー だった 。 勇敢な 彼 だ が 、 意表 を つかれた こと は 否定 でき ず 、 先手 を とら れる かたち に なった 。

第 一三 艦隊 の 最初の 攻撃 は 、 ミッターマイヤー 艦隊 に とって 、 文字どおり の 痛撃 と なった 。

それ は 過密な まで の 火力 の 集中 であった 。 一 隻 の 戦艦 、 それ も 艦 体 の 一 カ所 に 半 ダース の レーザー 水爆 ミサイル が 命中 した とき 、 どのような 防御 手段 が ある と いう の か ?

ミッターマイヤー の 旗 艦 は 、 周囲 を 火 球 の 群 に 包囲 さ れ 、 みずから も 左舷 に 損傷 を うけ 、 やむ を え ず 後退 した 。 後退 し ながら も 陣形 を 柔軟に 変化 さ せ 、 被害 を 最小 限度 に とどめ つつ 、 反撃 の 機会 を 狙って いる の が 、 非凡な 戦術 家 である こと を うかがわ せる 。

ヤン と して は 、 一定 の 損害 を あたえた こと で 満足 して 、 深追い は さけ ねば なら なかった 。 それにしても 、 と 彼 は 思う 。 ローエングラム 伯 の 配下 に は なんと 人材 が 多い こと か 。 味方 に も 、 ウランフ や ボロディン が いれば 、 せめて 互角の 戦い が 挑めた であろう けども ……。

その とき 、 ビッテンフェルト の 艦隊 が 高速で 突出 して きて 、 第 一三 艦隊 と 第 八 艦隊 と の あいだ の 宙 域 ―― D 4 宙 域 と いう 便宜 上 の 名称 を 有して いた ―― に 割りこんだ 。 大胆 と も 無謀 と も 言いよう が ない 。

「 閣下 、 あらたな 敵 が 二 時 方向 に 出現 し ました 」

それ にたいする ヤン の 返答 は 、 あまり まっとう と は 言え なかった 。 「 へえ 、 そい つ は 一大事 」

だが 、 ヤン は ラインハルト と 共通 する 長所 を もって いた 。 彼 は すぐ 理性 を 回復 し 、 命令 を くだした 。

装甲 の 厚い 巨艦 が 縦 に ならび 、 敵 の 火力 にたいして 壁 を つくった 。 その 間隙 から 、 装甲 は 貧弱だ が 機動 力 と 火力 に 富んだ 砲艦 と ミサイル 艦 が 容赦 ない 攻撃 を あびせる 。

ビッテンフェルト 艦隊 の 各 処 に つぎつぎ と 穴 が あいた 。 しかし その スピード は おち なかった 。 反撃 も 激しく 、 巨艦 の 艦隊 の 壁 も 一部 が 崩れ 、 ヤン を ひやりと さ せた 。

それ でも 第 一三 艦隊 に 重大な 損害 は なかった が 、 第 八 艦隊 が うけた 傷 は 深く 大きかった 。 ビッテンフェルト の 速 さ と 勢い に 対応 でき ず 、 側面 から 艦 列 を 削りとら れ 、 物理 的に も エネルギー 的に も 抵抗 の すべ を 失い つつ あった 。

戦艦 ユリ シーズ は 帝国 軍 の 砲撃 に よって 被害 を うけた 。 この 被害 は 〝 軽微だ が 深刻な もの 〟 であった 。 こわさ れた の は 、 微 生物 を 利用 した 排水 処理 システム で 、 その ため 同 艦 の 乗員 たち は 、 逆流 する 汚水 に 足 を 浸さ れ ながら 戦闘 を つづける は めに なった 。 これ は 、 生還 すれば 笑い話 に なる に ちがいない が 、 このまま 死に おもむく と すれば 悲惨で 不名誉な かぎり だった 。

ヤン は 自分 の 目の前 で 友軍 が 宇宙 の 深淵 の なか に 溶け さろう と する の を 見た 。 まさに 第 八 艦隊 は 羊 の 群 、 ビッテンフェルト 艦隊 は 狼 の 群 であった 。 同盟 軍 の 艦艇 は うろうろ 逃げまわった あげく 、 するどく 猛 々 しい 攻撃 で 破壊 さ れた 。

第 八 艦隊 を 救う べき か ――。

ヤン でも ためらう こと は ある 。 救い に でれば 、 敵 の 勢い から みて 乱戦 に なり 、 系統 だった 指揮 など でき なく なる こと は あきらかだった 。 それ は 自殺 行為 に ひとしかった 。 けっきょく 、 彼 は 砲撃 を 密に する よう 命じる しか なかった のである 。

「 進め ! 進め ! 勝利 の 女神 は お前 ら に 下着 を ちらつかせて いる んだ ぞ ! 」

ビッテンフェルト の 号令 は 、 上品な もの と は 言え なかった が 、 部下 の 士気 を 高めた の は たしかで 、 側面 から の 砲火 を 意 に 介さ ない 〝 黒色 槍 騎兵 〟 の 群 は D 4 宙 域 を 完全に 制圧 して しまった 。 同盟 軍 は 分断 さ れた か に みえた 。

「 どうやら 勝った な 」

ラインハルト は オーベルシュタイン を かえりみて 、 ごく かすかに 声 を はずま せた 。

「 どうも 負けた らしい な 」

ほぼ 同時に 、 そう 思った の は ヤン だ が 、 それ を 口 に だす こと は でき なかった 。

古来 、 指揮 官 の 発言 は 観念 を 具象 化 する 魔力 を もって いる ようで 、 指揮 官 が 「 負けた 」 と 言う とき は 必ず 負ける もの な のだ ―― その 逆 は ごく まれに しか ない が 。

どうやら 勝った 、 と 思った の は ビッテンフェルト も 同様だった 。 すでに 同盟 軍 第 八 艦隊 は 瓦 解し 、 挟 撃 さ れる お それ は ない 。

「 よし 、 いま 一 歩 だ 。 とど め を 刺して やる 」

意気ごんだ ビッテンフェルト は 、 格闘 戦 に よって 、 かなり の 戦力 を 維持 して いる 同盟 軍 第 一三 艦隊 に 致命 傷 を あたえて やろう 、 と 考えた 。

「 母艦 機能 を 有する すべて の 艦 は 、 ワルキューレ を 発 艦 さ せよ 。 他の 艦 は 長 距離 砲 から 短 距離 砲 へ きりかえろ 。 接近 して 戦う んだ 」

積極 的な その 意図 は 、 しかし 、 ヤン に よって 察知 さ れた 。

帝国 軍 の 火力 が 一時的に 衰えた 理由 が 、 攻撃 法 の 転換 に よる もの である こと を 一瞬 で ヤン は 悟った のだ が 、 ほか の 指揮 官 であって も 、 時間 は かかった に しろ ビッテンフェルト の 意図 を 察知 する の は 可能だった であろう 。 彼 は 早 すぎた のだ 。 その 失敗 に ヤン は 最大 限 に つけこむ こと に した 。

「 敵 を ひきつけろ 。 全 砲門 、 連 射 準備 ! 」

数 分 後 、 D 4 宙 域 の 帝国 軍 は 、 一転 して 敗北 に 直面 する こと に なった のだ 。

これ を 見た ラインハルト は 、 思わず 声 を あげた 。

「 ビッテンフェルト は 失敗 した 。 ワルキューレ を だす の が 早 すぎた のだ 。 敵 の 砲撃 の 好 餌 に なって しまった で は ない か 」

オーベルシュタイン の 冷静 さ に も 刃 こぼれ が 生じた ようだった 。 もともと 青白い 顔 が 、 彗星 の 尾 に 照らさ れた ような 色 に なって 、

「 彼 の 手 で 勝利 を 決定 的に し たかった のでしょう が ……」

そう 応じた 声 は うめき に ちかかった 。

ビッテンフェルト 軍 を 零 距離 射撃 の 範囲 に ひきずりこんだ 同盟 軍 は 、 破壊 と 殺戮 を ほしいままに して いた 。