93. 犬のいたずら - 夢野久作 (2nd version)
犬 の いたずら - 夢野 久作
去年 の 十二 月 の 三十一 日 の 真 夜中 の 事 でした 。 一 匹 の 猪 と 一 匹 の 犬 が ある 都 の 寒い 寒い 風 の 吹く 四 辻 で ヒョッコリ と 出会いました 。 ・・
「 ヤア 犬 さん 、 もう 帰る の か ね 」・・
「 ヤア 猪 さん 、 もう 来た の か ね 」・・
と 二 人 は 握手 しました 。 ・・
「 もう じき 来年 に なる のだ が 、 それ まで に は まだ 時間 が ある から 、 そこら で お 別れ に 御馳走 を 食べ ようじゃ ない か 」・・
「 それ は いい ね 」・・
二 人 は そこら の 御飯 屋 へ 行って 、 御飯 を 食べ 始めました 。 ・・
「 時に 犬 さん 、 お前 の 持って いる その 大きな 荷物 は 何 だ ね 」・・
と 猪 は 小さな 眼 を キョロキョロ さ せて 尋ねました 。 ・・
「 これ は 犬 の 年 の 子供 が した 、 いい 事 と 悪い 事 を 集めた もの さ 」・・
「 ヘー 。 善い 事 悪い 事って どんな 事 だ ね 」・・
「 それ は いろいろ ある よ 。 他人 の 草履 を 隠したり 、 拾い 食い を したり 、 盗み 食い を したり 、 垣根 を 破って 出入り したり 、 猫 を いじめたり 、 お母さん や 姉さん に 食いついたり 」・・
「 ヘエ 、 そんな 事 を する か ね 」・・
「 する と も 。 それ から 良い 方 で は 、 人 の もの を 探して やったり 、 落ちた もの を ひろって やったり 、 小さい 子 を お 守 して やったり 、 人 の 命 を 助けたり 」・・
「 ヘエー 、 それ は えらい ね 。 しかし そんな もの を 集めて 持って行って どう する の か ね 」・・
「 今に 十二 年 目 に なる と 僕 が 帰って 来る 。 その 時 に は 犬 の 年 の 子供 は 最 早 二十五 に なって いる 。 男 の 児 は 最 早 兵隊 に 行って 帰って 来て いる し 、 女 の 児 ならば お 嫁 さん に 行く年 頃 だ から 、 その 時 に 良い 事 を した 児 に は 良い 事 を して やり 、 悪い 事 を した 子 に は 何 か 非道 い 罰 を 当てて やろう と 思う んだ 」・・
「 フーン 」・・
と 猪 は 犬 の 言葉 を 聞いて 腕 を 組んで 考えました 。 ・・
「 オヤ 猪 君 、 何 を 考えて いる のだ い 」・・
「 ウン 。 犬 さん が そう 言う と 、 成る程 一 々 尤 も だ が 、 それ は あまり 感心 し ない ぜ 」・・
「 何故 、 何故 」・・
と 犬 は 眼 を 瞠って 申しました 。 ・・
「 それ は 、 今年 は まだ 小僧 だ から まだ いたずら を する だろう 。 しかし 二十四 に も 五 に も なったら 、 だんだん わけ が わかって 来て 、 そんな いたずら を し なく なる だろう 。 そんなに いい 人 に なった 時 に 罰 を 喰 わ せる の は 可哀そうで は ない か 」・・
このように 言わ れる と 犬 も 考えました 。 ・・
「 成る程 。 君 は 猪 と 言う 位 で 無 暗 に あばれる ばかり と 思ったら 、 中 々 ちえ が 深い 。 そん なら こう しよう で は ない か 。 この いたずら を した 児 が もし 二十五 に なって も 悪い 事 を やめて い なかったら 、 罰 を 喰 わ せる 事 に しよう 。 又 良い 児 が 悪く なって いたら 、 御 褒美 を やら ない 事 に しよう 」・・
「 うん 、 それ が いい 。 僕 も それ じゃ 来年 は 勉強 を して 、 猪 の ように あばれて 悪い 事 を する 児 と 、 猪 の ように 一 所 懸命に 好 い 事 を する 児 の 名前 を 集めよう 。 そうして 猪 の 年 の 児 が どんなに よく なる か 悪く なる か 気 を つけて いよう 」・・
二 人 は 手 を 打って 、・・
「 それ が いい 、 それ が いい 」・・
と 言いました 。 ・・
その うち に 十二 時 の 鐘 が 鳴りました 。 ・・
「 や あ 鐘 が 鳴った 。 君 も 僕 の 大好きの 処 まで 降って 来た ようだ 。 では 出かけよう で は ない か 」・・
二 人 は 表 に 出て 右 と 左 に 別れました 。 その 時 二 人 は 帽子 を ふって 、・・
「 犬 の 年 の 児 万 歳 」・・
「 猪 の 年 の 児 万 歳 」・・
と 叫びました 。