三 姉妹 探偵 団 3 Chapter 01
1 ぬれぎぬ
「 知ら ない って ば !
珠美 が 、 これ 以上 は ふくれ られ ない と いう くらい の ふくれ っつ ら を して 、 強調 した 。
「 お 姉ちゃん 、 悲しい ……」
と 、 シクシク 泣いて いる の は ── まあ 、 佐々 本家 の 三 姉妹 を 既に ご存知 の 方 なら 、 お 察し であろう ── 長女 の 綾子 である 。
「 ねえ ── ちょっと 、 二 人 と も 、 そう 泣か ないで よ 」
上 の 綾子 、 下 の 珠美 の 間 に 挟ま れて 、 困り 切った 顔 で いる の は 、 次女 の 夕 里子 である 。
「 私 、 泣いて なんかいな いもん ね 」
と 、 珠美 が 抗議 した 。
「 綾子 姉ちゃん が 勝手に 泣いて んじゃ ない の 」
「 珠美 、 あんた も 何とか 言ったら ?
謝る と か 反省 する と か ──」
「 何 を 反省 す ん の よ !
やって も い ない こと を 反省 なんて でき ない わ ! 「 だけど 学校 の 先生 は ──」
と 、 綾子 が 涙声 で 言い かける と 、
「 何も 分 っちゃ い ない んだ から 、 先生 なんて !
珠美 は 、 そう 切り返した 。
「 じゃ 、 珠美 、 本当に あなた が やった んじゃ ない の ね ?
と 、 綾子 は 、 もう クシャクシャ に なって いる ハンカチ で 目 を こすり ながら 言った 。
「 くどい !
珠美 は 簡潔に 答えた 。
何しろ 生れつき ケチ な 性格 である 。 言葉 だって 、 必要 以上 に は 発し ない 。
「── 分 った わ 」
綾子 は 立ち上る と 、 ダイニング キッチン の 方 へ と 姿 を 消した 。
「── 参った なあ !
珠美 が ドサッ と ソファ に もたれかかる 。
佐々 本家 ── と いって も マンション 住い の 三 人 である 。
父親 と 、 この 三 人 の 娘 たち で 暮して いる のだ が 、 今日 は 折悪しく 、 父親 が 海外 出張 中 。 そして ──。
「 パパ が 出張 に 出る と 、 ろくな こと が 起ら ない の よ ねえ 」
と 、 夕 里子 が 嘆く 通り な のである 。
「 先生 も 分 って ない んだ よ 」
と 、 珠美 が 口 を 尖らした 。
「 うん ……。
まあ 、 私 も 、 あんた が やった んじゃ ない と は 思う けど ね 」
と 、 夕 里子 は 肯 いた 。
「 その こと じゃ ない の 」
「 じゃ 、 何 よ ?
「 もちろん 、 それ も ある けど さ 」
と 、 珠美 は 、 天井 へ 目 を やって 、「 私 だって 、 そりゃ お 金儲け は 大好き よ 。
でも 、 その ため に 、 試験 の 問題 を 盗む なんて 真似 、 し ない わ 」
「 いくら 何でも ねえ 」
「 そんな こと して 、 いくら 儲かる ?
学生 の 小づかい なんて 、 たかが 知れて んじゃ ない 。 大体 、 そういう の を 買おう って の は 、 出来 の 悪い 奴 でしょ 。 そんな 、 いつも 出来 の 悪い の が 、 突然 、 何 人 も いい 点 取ったら 、 一 発 で ばれちゃ う よ 。 私 が そんな 馬鹿な 商売 する と 思う ? 十五 歳 、 中学 三 年生 に して は 、 ちゃんと 損得 勘定 が しっかり して いる 。
道徳 上 、 して は なら ない から し ない 、 と いう ので ない の が 、 珠美 らしい ところ である 。
「 そりゃ 、 私 に は 分 る けど ──」
と 、 夕 里子 が 苦笑 して 、「 だけど 、 その 問題 の 案 の コピー が 、 あんた の 鞄 に 入って た 、 って の が 奇妙 ね 」
「 陰謀 よ 」
「 何 か 陥れ られる 理由 で も ある の ?
「 知ら ない わ 」
と 、 珠美 は 肩 を すくめて 、「 先生 が 分 って ない の は ね 、 より に よって 、 綾子 姉ちゃん を 呼びつけた こと よ 」
それ は 言える 、 と 夕 里子 は 思った 。
佐々 本家 で の 母親 代り は ── 三 人 の 母親 は 、 六 年 前 に 亡くなって いる ── 次女 の 夕 里子 が つとめて いる のだ 。
十八 歳 、 私立 高校 の 三 年生 だ が 、 しっかり して いる こと で は 、 大人 の 女性 ── いや 、 男性 も 顔負け だった 。
もっとも 、 当人 は 必ずしも そう 思って いる わけで は ない 。
年頃 の 娘 らしく 、 女らし さ も 徐々に 、 にじみ出て 来て いる つもりな のだ が 、 客観 的に は 、 一向に 女らしく なら ない 、 と いう 意見 の 方 が 多かった 。
夕 里子 が こう も しっかり者 に なって しまった の は 、 やはり 、 本来 しっかり して いる べき 、 今年 二十 歳 の 長女 、 綾子 が 、 どうにも 頼りない 性格 だ から だろう 。
その 逆 も 言える 。 ── つまり 、 夕 里子 が あまりに しっかり して いる ので 、 綾子 が 一向に 長 女らしく なら ない のだ 、 と も 。
しかし 、 ともかく 女子 大 生 に して は 純真 、 気弱 、 かつ 泣き虫 の 綾子 ── 人 の よ さ は 、 ちょっと 人間 離れ して いる (?
) くらい だ が 、 その 故 に 、 妹 二 人 が 苦労 する こと も しばしば であった 。
「 夕 里子 姉ちゃん が 行って れば 、 ハイハイ って 、 先生 の 話 を おとなしく 聞いちゃ い なかった でしょ ?
と 、 珠美 は 言った 。
「 そう ね 。
証拠 が どこ に ある んです か 、 ぐらい の こと は 言った でしょう ね 。 でも 、 先生 の 方 は 、 うち の 事情 なんか 知ら ない んだ から 、 母親 が い なきゃ 、 一 番 上 の お 姉さん を 呼ぶ わ よ 。 仕方ない じゃ ない の 」
「 おかげ で 、 こっち は いい 迷惑 よ 」
と 、 珠美 は しかめ っつ ら を して 、「 先生 の 話 を 聞く 前 から 、 もう 綾子 姉ちゃん なんか 涙ぐんで んだ から 」
こんな 場合 ながら 、 その 光景 を 想像 して 、 夕 里子 は つい 吹き出して しまい そうに なった 。
「 先生 の 方 も びっくり した だろう ね 」
「 そりゃ ね 。
── こっち が ケロッ と して ん のに 、 綾子 姉ちゃん 、 ワンワン 泣き出して さ 。 おかげ で 早々 と 話 は 終った んだ けど ……」
「 じゃ 、 良かった じゃ ない の 」
「 だけど 、 完全に 、 こっち が 悪い って 認めた ように 取ら れる じゃ ない の 。
それ が 困る の よ 」
「 そう ねえ 」
夕 里子 は 肯 いた 。
「 あんた の 鞄 に 、 問題 の コピー を 誰 か が 隠した と して ── その 機会 は あった の ? 「 その 気 に なりゃ 出来る わ よ 。
先生 が 急に 鞄 の 中 を 改める 、 って 言い出して 、 全員 の 鞄 を 開けて みた の は 、 五 時間 目 の 終った 後 な んだ もの 。 朝 から ずっと 鞄 を 持ち歩いて た わけじゃ ない し 、 お 昼 休み だけ だって 、 充分に 時間 は あった はず よ 」
「 そう か ……。
すると 、 犯人 は 、 鞄 の 検査 が ある こと を 事前 に 察知 して 、 他の 生徒 の 鞄 へ 入れて おく こと だけ を 考えて た の かも しれ ない わ ね 。 特に あんた の 鞄 を 狙った わけじゃ なくて 」
「 かも ね 。
でも 、 ともかく 入れ られた の は 私 の 鞄 な んだ から 」
「 困った もん ね 」
と 、 夕 里子 は 首 を 振った 。
生来 、 冒険 したり と か 、 探険 したり と か が 大好きで 、 加えて 、 この ところ たまたま 殺人 事件 に 巻き込ま れたり する こと が あって 、 ますます 「 探偵 的 性格 」 が 身 に ついた 夕 里子 である 。
しかし 、 今度 の 場合 は 、「 謎 の 連続 殺人 」 と いう わけじゃ ない から 、 つまらない ── など と 、 つい 恐ろしい こと を 考えて しまったり する 夕 里子 である 。
「 ま 、 いい や !
と 、 珠美 が ウーン と 伸び を して 、「 三 日 も 休める !
「 呑気 な こ と 言って 。
停学 処分 な の よ 」
「 休み に ゃ 違いない じゃ ない 。
平日 だ と 映画 館 は 空いて る だろう な 。 ディズニーランド に でも 行って 来よう か 」
「 勝手に し なさい 」
と 、 夕 里子 は 苦笑 した 。
その とき 、 玄関 の チャイム が ポロンポロン と 鳴った 。
「 誰 だ ろ ?
「 出て あげる 」
珍しく 、 珠美 が 玄関 へ と 出て 行く 。
夕 里子 は 、
「 さて 、 寝る か 」
と 、 欠 伸 を し ながら 、 ダイニング キッチン へ と 入って 行った が ……。
ん ?
── お 姉さん 、 椅子 の 上 に 立って 何 して んだ ろ ? 洗濯物 、 干して る の か な 、 あんな ロープ と か 持っちゃ って 。
でも 、 台所 で 洗濯物 を 干 すって の も 妙な もん だ し 、 大体 、 ロープ を 輪 っか に して 、 それ に 頭 を 入れる なんて こと は ……。
あ 、 あれ じゃ 首吊り だ !
「 お 姉ちゃん !
大声 で 叫ぶ と 同時に 、 夕 里子 は 綾子 めがけて 飛びかかった 。
仰天 した 綾子 が 、 ワッ と のけぞり ── 椅子 が 引っくり返る 。
ロープ の 輪 に 、 完全に 頭 を 入れて い なかった の が 幸いして 、 綾子 は 、 飛びついて 来た 夕 里子 共々 、 凄い 勢い で 転落 、 そもそも が そう 広い ダイニング キッチン と いう わけで も なく 、 食器 戸棚 に 衝突 して 、 中 の 茶碗 や 皿 が 派手な 音 を たてて 引っくり返った 。
「 痛い !
「 助けて !
どっち が どっち の 悲鳴 やら 。
── ともかく 二 人 して 床 に もつれ 合って 倒れて いる と 、 物音 を 聞きつけた 珠美 が 駆けつけて 来て 、 目 を 丸く した 。
「── 二 人 で プロレス やって ん の ?
「 冗談 じゃ …… ない わ よ 」
夕 里子 は 、 したたかに 打った お 尻 を こすり ながら 起き上る と 、「 あれ を 見な よ 」
と 、 照明 器具 を 下げる フック に 結びつけた ロープ を 指す 。
「 じゃ …… 綾子 姉ちゃん が ?
死んだ の ? 「 生きて る わ よ !
と 、 綾子 は 、 やけに なって いる 様子 で 、 床 に あぐら を かいて 、「 死んで 世間 様 に お 詫び しよう と 思った のに 」
「 やめて よ 、 見 っと も ない 」
と 、 珠美 が うんざり した 顔 で 言った 。
「 見 っと も ない の は どっち よ 」
「 だ から しつこく 言って んじゃ ない の 。
あれ を やった の 、 私 じゃ ない んだ 、 って 」
「 だ と して も 、 停学 処分 に なった の は 事実 でしょ 。
この 佐々 本家 から 、 停学 処分 に なる 子 が 出た なんて 、 ご 先祖 様 に 申し訳 が ない わ ! それ ほど の 名門 で も ない でしょう が 、 と 言い たかった が 、 夕 里子 は 、 じっと こらえて 、
「 ね 、 ともかく 落ちついて 。
珠美 が やった んじゃ ない と 分 れば 、 処分 だって 取り消して くれる わ よ 」
と 、 慰めた 。
「 珠美 が やった んじゃ ない って こと を 、 どう やって 立証 する の ?
「 それ なら 任し といて !
と 、 珠美 が 突然 胸 を 張った 。
「 ちょうど いい ところ に お 客 様 です 」
「 そうだ 。
玄関 に 誰 か 来て た んだ わ ね 」
と 夕 里子 が 、 お 尻 の 痛み に 顔 を しかめ つつ 息 を つく 。
「 誰 な の 、 こんな 夜 遅く に ? 「── 取りこみ 中 みたいだ ね 」
ヒョイ と 顔 を 出した の は ──。
「 国友 さん !
夕 里子 が 赤く なった 。
「 何 よ 、 珠美 、 早く 言って くれ なきゃ ! 「 だって 、 お 姉ちゃん たち 、 二 人 で 寝て んだ もの 」
「 寝て や し ない わ 。
── あ 、 リビング の 方 で 、 ゆっくり して て ね 」
「 しかし 、 穏やかで ない なあ 」
若くて 独身 。
二枚目 ── で は ない が 、 いかにも 人 の いい 感じ の 国友 は 、 M 署 の 刑事 である 。 佐々 本 三 姉妹 を 巻き込む 殺人 事件 で 、 すっかり 仲良し に なり 、 かつ 、 夕 里子 は 、 国友 の 前 で は いとも 女らしく ── は なら ない まで も 、 多少 優しく なる と いう 仲 で も ある 。
「 ありゃ 何 だい ?
と 、 国友 が 、 輪 っか に なった ロープ を 指した 。
「 え ?
ああ 、 あれ です か ? と 、 綾子 も あわてて 立ち上る と 、「 あの ね 、 ほら 、 お 正月 も 近い し 、 新巻 鮭 でも 吊 し と こう か と 思った んです 」
「 部屋 の 真中 に ?
と 、 国友 が 目 を 丸く した 。
「── なるほど 、 そりゃ 災難 だった ねえ 」
国友 は 、 珠美 の 停学 処分 の 話 を 聞く と 、 肯 いた 。
「 国友 さん 、 学校 に かけ合って 、 処分 を 取り消さ せて くれ ない ?
と 、 珠美 が 言った 。
「 そい つ は 無理だ よ 。
学校 の 決定 に 文句 を つける って の は ……」
「 じゃ 、 乙女 心 の 傷 は どう なって も いい の ?
「 いや ── そう じゃ ない けど ──」
と 、 国友 は たじたじ である 。
「 珠美 ったら 、 無 茶 言わ ないで よ 」
と 、 夕 里子 が たしなめた 。
「 お茶 も 飲め ない じゃ ない の 、 国友 さん 」
「 いや 、 僕 だって ね 、 珠美 君 が そんな こと を する 子 じゃ ない の は 分 って る さ 。
たぶん 、 夕 里子 君 の 考えた 通り 、 誰 か が 、 鞄 の 中 を 検査 さ れる の を 恐れて 、 珠美 君 の 鞄 へ 、 その コピー を 隠した んだろう な 」
「 故意 に 珠美 を 選んだ の か 、 それとも 偶然だった の か は ともかく ね 」
「 誰 か に 恨ま れる 覚え で も ある かい ?
珠美 は 肩 を すくめて 、
「 他人 の 気持 まで は 分 ん ない わ 」
「 珠美 ったら 、 そんな 生意気 言って ──」
と 、 夕 里子 が にらむ 。
「 いや 、 しかし 確かに ね 、 珠美 君 の 言う 通り だ よ 」
国友 は 、 熱い お茶 を すすって 、「 いくら 他人 に 気 を つかって 暮して る つもり でも 、 恨み を 買う こと は ある 。
世の中 に ゃ 、 親切 を お節 介 と しか とら ない 人間 も いる から ね 」
「 でも 、 私 、 タダ じゃ 親切に し ない もん 」
「 それ が いけない の よ 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 あなた は ね 、 少し お 金 、 お 金 と 言い 過ぎる の 。 反省 なさい 」
「 まあ 、 それ が 関係 ある か どう か は 分 ら ない けど な 」
と 、 国友 は 珠美 の ふくれ っつ ら を 見て 笑い ながら 言った 。
「 ともかく 何とか 汚名 を 晴らす こと が でき ない か ね 」
「 きっと 、 裏 に は 大規模な 犯罪 が 隠さ れて る の よ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 どうして ?
と 、 綾子 が キョトンと して 訊 く 。
「 その方 が 面白い じゃ ない 」
「 もう 、 夕 里子 ったら 」
綾子 は 眉 を ひそめて 、「 そんな 怖い こと ばっかり 、 面白がって いる んじゃ 、 仕方ない でしょ 」
「 いい じゃ ない 。
ただ の 想像 な んだ から 」
と 、 平気な 顔 で 言って 、「 ね 、 国友 さん ?
夕 里子 に そう 言わ れる と 、 国友 と して も 、 答え にくい 。
「 まあ 、 僕 と して は 夕 里子 君 に 、 あまり 物騒な こと に 首 を 突っ込んで ほしく は ない ね 」
「 ほら 、 ごらん なさい 」
「 いや 、 こんな 遅い 時間 に 邪魔 しちゃ って 、 すまなかった ね 」
と 、 国友 は あわてて 言った 。
もちろん 、 国友 も 、 ただ お茶 を 飲み に 来た わけで は ない 。
仕事 半分 で 、 旅行 に 出た ので 、 おみやげ の お 菓子 を 買って 来た のである 。
「 あら 、 いい の よ 。
どうせ 私 、 明日 から 三 日間 休み だし 」
と 、 珠美 が 呑気 な こと を 言って いる 。
「 あんた は 停学 、 姉さん は お 昼 から 。
── 結局 、 私 一 人 が 寝不足な んだ よ ね 」
と 、 夕 里子 が ふてくされた ……。
もう 行か なきゃ 、 と 言い つつ 、 国友 が 腰 を 上げた の は 、 更に 十五 分 ほど 後 の こと である 。
「── 下 まで 送る わ 」
と 、 夕 里子 が 玄関 へ 下りて 、 サンダル を はいた 。
佐々 本家 は マンション の 五 階 である 。
── もちろん 、 もう 深夜 、 一 時 を 回って いる と あって は 、 マンション の 中 も シンと 静まり返って いた 。
エレベーター で 一 階 へ 降りる 。
「── いや 、 三 人 と も いつも 変ら なくて 安心だ な 」
と 、 国友 が 楽しげに 言った 。
「 成長 し ない 、 って 皮肉 ?
「 違う よ 。
いつも ね 、 君 ら に 会って る と 安心 する んだ 。 何だか こう ── ここ へ 来れば 、 いつも 愛情 と か 幸福 と か 、 僕 みたいな 稼業 じゃ 、 あまり お目にかかれ ない もの に 出会える と 思う と 、 ホッ と する 」
夕 里子 は 、 ちょっと 胸 が 熱く なった 。
── 私 の 方 は ね 、 国友 さん 、 あなた が 来る と 、 ちょっと ドキドキ して 、 落ちつか なく なる んだ けど な ……。
でも 、 そんな こと 、 口 に 出して は 言わ ない 。
私 は まだ 十八 歳 の 高校 生 なんだ もの ね ……。
一 階 へ 来て 、 二 人 は 何となく 足 を 止めた 。
「 もう ここ で いい よ 」
と 、 国友 が 言った 。
「 早く 寝て くれ 。 夜ふかし さ せて すまない ね 」
「 どう いたし まして 。
学校 で 居眠り して 怒ら れたら 、『 警察 の 調査 に 協力 して た んです 』 って 言う から 」
国友 が 笑って 何 か 言い かけた とき 、 ポケット ベル が ピーッ と 鳴り 出した 。
「 お やおや 、 こんな 所 で ……」
「 そこ 、 玄関 の わき に 電話 が ある わ 」
「 ありがとう 。
── もう 君 は 戻って くれ 」
「 ええ 。
お やすみ なさい 」
夕 里子 は 、 微笑んで ちょっと 手 を 振る と 、 エレベーター の 方 へ 歩き 出した 。
「 あら 、 何 だ ……」
地下 一 階 の 駐車 場 から 、 誰 か が 乗った らしい 。
ちょうど エレベーター は 一 階 を 通過 して 、 上って 行って しまった 。
割と のんびり した エレベーター が 戻って 来る の を 、 ぼんやり と 待って いる と 、 電話 して いる 国友 の 声 が 、 玄関 ホール に 響いた 。
「── 国友 です 。
── ええ 、 まだ 外 で ──。 分 り ました 。
現場 は ? ── M 中学 ? この 近く だ な 」
M 中 ?
夕 里子 は ちょっと 眉 を 寄せた 。
どこ か で 聞いた 名前 だ わ 。
誰 か 通って た んだ っけ ?
「 分 り ました 。
すぐ 現場 へ 向 い ます 。 ── 殺し です ね 」
M 中 ……。
「 あら 、 いやだ わ 」
と 、 夕 里子 は 口 に 出して 言った 。
「── 国友 さん ! と 、 マンション を 出よう と して いた 国友 の 背中 へ 呼びかける 。
「 何 だい ?
「 M 中 で 何 が あった の ?
「 死体 が 見付かった んだ と さ 。
どうして だい ? 「 M 中 って ── 珠美 の 通って る 中学 な の よ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。