第 十 章 新たなる 序章 (3)
砂漠 と 岩山 と 疎 林 そり ん の なか に 点在 する 遺跡 。 汚染 さ れ 永遠に 肥 沃 ひ よく さ を 失った 土 に しがみついて 、 細々と 生き つづける 少数 の 人々 。 栄光 の 残滓 と 、 沈 澱 ちんでん した 怨念 おんねん 。 ルドルフ さえ 無視 した 無力な 惑星 。 未来 を 所有 せ ず 、 過去 のみ を 所有 する 太陽 系 の 第 三 惑星 ……。
しかし 、 その 忘れ られた 惑星 こそ が 、 フェザーン の 秘密の 支配 者 な のだ 。 レオポルド ・ ラープ の 資金 は 、 貧困な はずの 地球 から でて いた のである 。
「 地球 は 八〇〇 年 の 長 期間 に わたり 、 不当に おとしめ られて きた 。 だが 、 屈辱 の 晴れる 日 は ちかい 。 地球 こそ が 人類 の 揺籠 ゆりかご であり 、 全 宇宙 を 支配 する 中心 な のだ 、 と 、 母 星 を 捨てさった 忘恩 の 徒 ども が 思い知る 時節 が 両 三 年 中 に は 来よう 」
「 そのように 早く で ございます か 」
「 うたがう か 、 フェザーン の 自治 領主 よ 」
思考 波 が 低く 陰気な 笑い の 旋律 を 奏 かなでた 。 総 大 主 教 と 称さ れる 宗 政 一致 の 地球 統治 者 の 笑い は 、 ルビンスキー を ぞっと 総 毛 だ た せる 。
「 歴史 の 流れ と は 加速 する もの 。 ことに 銀河 帝国 と 自由 惑星 同盟 の 両 陣営 に おいて 、 権力 と 武力 の 収斂 しゅうれん 化 が すすんで おる 。 それ に 間もなく 、 あらたな 民衆 の うねり ﹅﹅﹅ が くわわろう 。 両 陣営 に ひそんで いた 地球 回帰 の 精神 運動 が 地上 に あらわれる 。 その 組織 化 と 資金 調達 は 汝 ら フェザーン の 者 ども に まかせて おった はずだ が 、 手ぬかり は ある まい な 」
「 もちろん で ございます 」
「 われら の 偉大なる 先達 せんだつ は 、 その ため に こそ フェザーン なる 惑星 を えらび 、 地球 に 忠実なる 者 を 送りこんで 富 を 蓄積 せ しめた 。 兵力 に よって 帝国 や 同盟 に 抗する こと は でき ぬ 。 フェザーン が その 特殊な 位置 を 生かした 経済 力 に よって 世俗 面 を 支配 し 、 わが 地球 が 信仰 に よって 精神 面 を 支配 し …… 戦火 を まじえ ず して 宇宙 は 地球 の 手 に 奪回 さ れる 。 実現 に 数 世紀 を 要する 遠大な 計画 であった 。 わが 代 に いたって ようやく 先達 の 叡智 えいち が 実 を むすぶ か ……」
そこ で 思考 の 調子 が 一変 し 、 するどく 呼ぶ 。
「 ルビンスキー 」
「 は ……? 」 「 裏切る な よ 」 フェザーン 自治 領主 を 知る 者 が ひと り でも その 場 に いれば 、 この 男 でも 冷たい 汗 を 肌 に にじま せる こと が ある の か 、 と 目 を みはった であろう 。
「 こ 、 これ は 思い も かけ ぬ こと を おっしゃいます 」 「 汝 に は 才 幹 も 覇気 も ある …… ゆえ に 悪い 誘惑 に かられ ぬ よう 、 忠告 した まで の こと 。 か の マンフレート 二 世 、 それ に 汝 の 先代 の 自治 領主 が なぜに 死な ねば なら なかった か 、 充分に 承知 して おろう 」
マンフレート 二 世 は 帝国 と 同盟 と を 平和 共存 さ せる 理想 を もち 、 それ を 実行 に うつそう と した 。 ルビンスキー の 前任 者 ワレンコフ は 、 地球 から コントロール さ れる こと を 嫌って 、 自主 的な 行動 に でよう と した 。 どちら も 地球 に とって 不利な 所業 を しよう と した のである 。
「 私 が 自治 領主 と なれ ました の は 、 猊下 の ご 支持 が あって の こと 。 私 は 忘恩 の 徒 で は ございませ ん 」
「 なら よい 。 その 殊勝 しゅしょう さ が 、 汝 自身 を まもる であろう 」
…… 定期 通信 を 終え 、 部屋 を でた ルビンスキー は 、 大理石 の テラス に たたずんで 星空 を 見上げた 。 地球 が 見え ない の は さいわいだった 。 異 次元 から 現世 に たちもどった ような 安堵 感 が 、 徐々に 、 平常 の 彼 の 不敵な 自信 を 回復 さ せ つつ あった 。
フェザーン が ただ フェザーン だけ の もの である なら 、 彼 こそ が 銀河 系 宇宙 を 実質 的に 支配 する 存在 で あり える だろう 。 残念 ながら 現実 は ちがう 。
歴史 を 八〇〇 年 逆転 さ せ 、 ふたたび 地球 を 群 星 の 首都 たら しめよう と する 偏 執 狂 ども に とって 、 彼 は 一 介 の 下 僕 で しか ない のだ 。
しかし 、 未来 永 劫 えい ごう に わたって そうであろう か 。 そうで あら ねば なら ぬ 正当な 理由 は 、 この 宇宙 の どこ に も ない はずである 。
「 さて 、 誰 が 勝ち残る か な 。 帝国 か 、 同盟 か 、 地球 か ……」
独 語 する ルビンスキー の 口 の 端 が 、 異 称 どおり 狐 の ように 吊 り あがった 。
「 それとも おれ か ……」
Ⅳ 「 門 閥 貴族 ども と 雌雄 しゆう を 決する の は さける こと が でき ぬ 。 帝国 を 二 分 さ せて の 戦い に なる だろう 」
ラインハルト の 言葉 に キルヒアイス が うなずく 。
「 ミッターマイヤー 、 ロイエンタール ら と 協議 して 、 作戦 立案 は 順調に 進行 して おります 。 ただ 、 ひと つ だけ 心配な こと が ございます が ……」
「 叛乱 軍 が どう でる か 、 だろう 」
「 御 意 ぎょ い 」
帝国 の 国 内 勢力 が リヒテンラーデ = ローエングラム 枢軸 と ブラウンシュヴァイク = リッテンハイム 陣営 に 二 分 されて 内乱 状態 に なった とき 、 その 間隙 を ついて 同盟 軍 が ふたたび 侵攻 して きたら どう なる か 。 作戦 の 立案 と 実行 に 自信 を 有する キルヒアイス も 、 その 点 に 不安 を 感じて いる 。
金髪 の 若者 は 、 赤毛 の 友 に かるく 笑って みせた 。
「 案ずる な 、 キルヒアイス 。 おれ に 考え が ある 。 ヤン ・ ウェンリー が どれほど 用 兵 の 妙 を 誇ろう と も 、 イゼルローン から でて こ られ なく する 策 が な 」
「 それ は ……? 」 「 つまり 、 こう だ 」 蒼氷 色 アイス ・ ブルー の 瞳 を 熱っぽく 輝かせ ながら 、 ラインハルト は 説明 を はじめた ……。
Ⅴ 「 誘惑 を 感じる な 」 はこば れた 紅茶 に 手 も つけ ず なにやら 考えこんで いた ヤン が つぶやいた 。 カップ を 下げ に きた ユリアン が 大きく 瞳 を みはって それ を 見つめ ながら 、 訊 ねる の を はばから れる 雰囲気 を 感じとって 沈黙 して いる 。
リヒテンラーデ = ローエングラム 枢軸 の 迅速な 成立 に よって 小康 を えた か に みえる 帝国 の 政情 だ が 、 このまま 安定 期 に 移行 する こと は あり え ない 。 ブラウンシュヴァイク = リッテンハイム 陣営 は 武力 を もって 起 たつ 、 いや 、 起 つ べく おいこま れる だろう 。 帝国 を 二 分 する 内乱 が 発生 する 。
その とき 巧妙に 情勢 を 読んで 介入 する ―― たとえば 、 ブラウンシュヴァイク ら と くんで ローエングラム 侯 ラインハルト を 挟 撃 して 斃 し 、 返す 一撃 で ブラウンシュヴァイク ら を 屠 る 。 銀河 帝国 は 滅亡 する だろう 。
あるいは 、 ブラウンシュヴァイク に 策 を さずけて ラインハルト と 五 分 に 戦わせ 、 両軍 が 疲弊 の 極 に 達した ところ を 撃つ …… 自分 に なら たぶん できる 。 ヤン 自身 は むしろ 嫌悪 感 さえ いだく 、 彼 の 用 兵 家 と して の 頭脳 が そう 自負 する のだ 。 誘惑 を 感じる 、 と ヤン が つぶやいた の は その こと である 。
もし 自分 が 独裁 者 だったら そう する 。 だが 彼 は 民主 国家 の 一 軍人 に すぎ ない はずだ 。 行動 は おのずと 制約 さ れる 。 その 制約 を こえれば 、 彼 は ルドルフ の 後継 者 に なって しまう ……。
ユリアン が 冷めた 紅茶 の カップ を いったん さげ 、 熱い の を 淹 れ なおして デスク の 上 に おいた とき 、 ヤン は ようやく 気づいて 、
「 ああ 、 ありがとう 」
と 言った 。
「 なに を 考えて ておい で でした か ? 」 思いきって 訊 ねる と 、 同盟 軍 最 年少の 大将 は 、 少年 めいた 恥ずかし そうな 表情 に なった 。 「 他人 に 言える ような こと じゃ ない よ 。 まったく 、 人間 は 勝つ こと だけ 考えて いる と 、 際限 なく 卑しく なる もの だ な 」
「…………」
「 ところで 、 シェーンコップ に 射撃 を 教わって いる そうだ が 、 どんな 具合 だ 」
「 准将 が おっしゃる に は 、 ぼく 、 すじ ﹅﹅ が いい そうです 」
「 ほう 、 そりゃ よかった 」
「 司令 官 は 射撃 の 練習 を ちっとも なさら ない けど 、 いい んです か 」
ヤン は 笑った 。
「 私 に は 才能 が ない らしい 。 努力 する 気 も ない んで 、 いまでは 同盟 軍 で いちばん へ たなんじゃ ない か な 」
「 じゃ 、 どう やって ご 自分 の 身 を お守り に なる んです 」
「 司令 官 が みずから 銃 を とって 自分 を 守ら なければ なら ない ようで は 戦い は 負け さ 。 そんな はめ に なら ない こと だけ を 私 は 考えて いる 」
「 そう です ね 、 ええ 、 ぼく が 守って さしあげます 」 「 たより に して る よ 」
ヤン は 笑い ながら 紅茶 の カップ を 手 に した 。
若い 司令 官 を 見 ながら 、 ユリアン は ふと 思う ―― この 人 は 自分 より 一五 歳 年 上 だ けど 、 一五 年 後 、 自分 は この 人 の レベル に 達する こと が できる のだろう か 。
それ は 遠 すぎる 距離 である ように 、 少年 に は 思えた 。
…… 無数の 想い を のせて 宇宙 が 回転 する 。
宇宙 暦 SE 七九六 年 、 帝国 暦 四八七 年 。 ローエングラム 侯 ラインハルト も 、 ヤン ・ ウェンリー も 、 みずから の 未来 を すべて 予知 して は いない 。 ―― つづく