16.2 或る 女
ある|おんな
16.2 Eine Frau
16.2 A Woman
16.2 Una mujer
葉子 の なめた すべて の 経験 は 、 男 に 束縛 を 受ける 危険 を 思わ せる もの ばかり だった 。
ようこ|||||けいけん||おとこ||そくばく||うける|きけん||おもわ||||
||lightly regarded||||||||||||||||
しかし なんという 自然の いたずらだろう 。
||しぜんの|
||nature's|playful trick
それ と ともに 葉子 は 、 男 と いう もの なし に は 一刻 も 過ごさ れ ない もの と なって いた 。
|||ようこ||おとこ|||||||いっこく||すごさ||||||
||||||||||||a moment||could not spend||||||
砒石 の 用法 を 謬った 患者 が 、 その 毒 の 恐ろし さ を 知り ぬき ながら 、 その 力 を 借り なければ 生きて 行け ない ように 、 葉子 は 生 の 喜び の 源 を 、 ま かり 違えば 、 生 そのもの を 虫ばむ べき 男 と いう もの に 、 求め ず に は いられ ない ディレンマ に 陥って しまった のだ 。
ひいし||ようほう||びゅう った|かんじゃ|||どく||おそろし|||しり||||ちから||かり||いきて|いけ|||ようこ||せい||よろこび||げん||||ちがえば|せい|その もの||むしばむ||おとこ|||||もとめ||||いら れ||||おちいって||
arsenic||usage||misused||||poison||terrifying||||without knowing|||||||||||||||||source||||if mistaken||||infest|||||||||||||dilemma||||
・・
肉 欲 の 牙 を 鳴らして 集まって 来る 男 たち に 対して 、( そういう 男 たち が 集まって 来る の は ほんとう は 葉子 自身 が ふりまく 香 い の ため だ と は 気づいて いて ) 葉子 は 冷笑 し ながら 蜘蛛 の ように 網 を 張った 。
にく|よく||きば||ならして|あつまって|くる|おとこ|||たいして||おとこ|||あつまって|くる|||||ようこ|じしん|||かおり|||||||きづいて||ようこ||れいしょう|||くも|||あみ||はった
|||fang||sounded||||||||||||||||||||scatter|fragrance|||||||realized||||cold smile||||||web||
近づく もの は 一 人 残らず その 美しい 四 つ 手 網 に からめ取った 。
ちかづく|||ひと|じん|のこらず||うつくしい|よっ||て|あみ||からめとった
|||||||||||||caught
葉子 の 心 は 知らず知らず 残忍に なって いた 。
ようこ||こころ||しらずしらず|ざんにんに||
|||||cruelly||
ただ あの 妖力 ある 女 郎 蜘蛛 の ように 、 生きて いたい 要求 から 毎日 その 美しい 網 を 四 つ 手 に 張った 。
||ようりょく||おんな|ろう|くも|||いきて|い たい|ようきゅう||まいにち||うつくしい|あみ||よっ||て||はった
||demon power|||man|||||||||||||||||
そして それ に 近づき もし 得 ないで ののしり 騒ぐ 人 たち を 、 自分 の 生活 と は 関係 の ない 木 か 石 で で も ある ように 冷 然 と 尻目 に かけた 。
|||ちかづき||とく|||さわぐ|じん|||じぶん||せいかつ|||かんけい|||き||いし||||||ひや|ぜん||しりめ||
|||||||cursing|||||||||||||||||||||coldly|||with sidelong glance||
・・
葉子 は ほんとう を いう と 、 必要に 従う と いう ほか に 何 を すれば いい の か わから なかった 。
ようこ||||||ひつように|したがう|||||なん|||||||
||||||as needed|to follow||||||||||||
・・
葉子 に 取って は 、 葉子 の 心持ち を 少しも 理解 して いない 社会 ほど 愚 かしげ な 醜い もの は なかった 。
ようこ||とって||ようこ||こころもち||すこしも|りかい|||しゃかい||ぐ|||みにくい|||
|||||||||||||||foolish|||||
葉子 の 目 から 見た 親類 と いう 一 群れ は ただ 貪欲な 賤民 と しか 思え なかった 。
ようこ||め||みた|しんるい|||ひと|むれ|||どんよくな|せんたみ|||おもえ|
||||||||||||greedy|lowly people||||
父 は あわれむ べく 影 の 薄い 一 人 の 男性 に 過ぎ なかった 。
ちち||||かげ||うすい|ひと|じん||だんせい||すぎ|
母 は ―― 母 は いちばん 葉子 の 身近に いた と いって いい 。
はは||はは|||ようこ||みぢかに||||
それ だけ 葉子 は 母 と 両立 し 得 ない 仇 敵 の ような 感じ を 持った 。
||ようこ||はは||りょうりつ||とく||あだ|てき|||かんじ||もった
||||||coexistence||||||||||
母 は 新しい 型 にわ が 子 を 取り入れる こと を 心得て は いた が 、 それ を 取り扱う 術 は 知ら なかった 。
はは||あたらしい|かた|||こ||とりいれる|||こころえて||||||とりあつかう|じゅつ||しら|
||||garden||||adopt|||understood||||||to handle||||
Mother knew how to take her child into the new mold, but she didn't know how to handle it.
葉子 の 性格 が 母 の 備えた 型 の 中 で 驚く ほど するする と 生長 した 時 に 、 母 は 自分 以上 の 法 力 を 憎む 魔女 の ように 葉子 の 行く 道 に 立ちはだかった 。
ようこ||せいかく||はは||そなえた|かた||なか||おどろく||||せいちょう||じ||はは||じぶん|いじょう||ほう|ちから||にくむ|まじょ|||ようこ||いく|どう||たちはだかった
||||||prepared||||||||||||||||||||||witch||||||||blocked the way
その 結果 二 人 の 間 に は 第三者 から 想像 も でき ない ような 反目 と 衝突 と が 続いた のだった 。
|けっか|ふた|じん||あいだ|||だいさんしゃ||そうぞう|||||はんもく||しょうとつ|||つづいた|
||||||||third party|||||||hostility||collision||||
葉子 の 性格 は この 暗 闘 の お陰 で 曲折 の おもしろ さ と 醜 さ と を 加えた 。
ようこ||せいかく|||あん|たたか||おかげ||きょくせつ|||||みにく||||くわえた
|||||dark|struggle||||twists||interest||quotation particle|ugliness||||added
しかし なんといっても 母 は 母 だった 。
||はは||はは|
正面 から は 葉子 の する 事 なす 事 に 批点 を 打ち ながら も 、 心 の 底 で いちばん よく 葉子 を 理解 して くれた に 違いない と 思う と 、 葉子 は 母 に 対して 不思議な なつかし み を 覚える のだった 。
しょうめん|||ようこ|||こと||こと||ひてん||うち|||こころ||そこ||||ようこ||りかい||||ちがいない||おもう||ようこ||はは||たいして|ふしぎな||||おぼえる|
||||||||||criticism|||||||||||||||||||||||||||||||
・・
母 が 死んで から は 、 葉子 は 全く 孤独である 事 を 深く 感じた 。
はは||しんで|||ようこ||まったく|こどくである|こと||ふかく|かんじた
||||||||completely alone||||
そして 始終 張りつめた 心持ち と 、 失望 から わき出る 快活 さ と で 、 鳥 が 木 から 木 に 果実 を 探る ように 、 人 から 人 に 歓楽 を 求めて 歩いた が 、 どこ から と も なく 不意に 襲って 来る 不安 は 葉子 を 底 知れ ぬ 悒鬱 の 沼 に 蹴落とした 。
|しじゅう|はりつめた|こころもち||しつぼう||わきでる|かいかつ||||ちょう||き||き||かじつ||さぐる||じん||じん||かんらく||もとめて|あるいた|||||||ふいに|おそって|くる|ふあん||ようこ||そこ|しれ||ゆううつ||ぬま||けおとした
||||||||||||||||||fruit||||||||||||||||||||||||||||||||kicked down
自分 は 荒 磯 に 一 本 流れ よった 流れ 木 で は ない 。
じぶん||あら|いそ||ひと|ほん|ながれ||ながれ|き|||
しかし その 流れ 木 より も 自分 は 孤独だ 。
||ながれ|き|||じぶん||こどくだ
||||||||lonely
自分 は 一 ひら 風 に 散って ゆく 枯れ葉 で は ない 。
じぶん||ひと||かぜ||ちって||かれは|||
|||leaf|||scattered|||||
しかし その 枯れ葉 より 自分 は うらさびしい 。
||かれは||じぶん||
||||||very lonely
こんな 生活 より ほか に する 生活 は ない の か しら ん 。
|せいかつ|||||せいかつ||||||
いったい どこ に 自分 の 生活 を じっと 見て いて くれる 人 が ある のだろう 。
|||じぶん||せいかつ|||みて|||じん|||
そう 葉子 は しみじみ 思う 事 が ないで も なかった 。
|ようこ|||おもう|こと||||
けれども その 結果 は いつでも 失敗 だった 。
||けっか|||しっぱい|
葉子 は こうした さびし さ に 促されて 、 乳母 の 家 を 尋ねたり 、 突然 大塚 の 内田 に あい に 行ったり して 見る が 、 そこ を 出て 来る 時 に は ただ 一 入 の 心 の むなし さ が 残る ばかりだった 。
ようこ||||||うながさ れて|うば||いえ||たずねたり|とつぜん|おおつか||うちた||||おこなったり||みる||||でて|くる|じ||||ひと|はい||こころ|||||のこる|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||emptiness||||
葉子 は 思い余って また 淫らな 満足 を 求める ため に 男 の 中 に 割って は いる のだった 。
ようこ||おもいあまって||みだらな|まんぞく||もとめる|||おとこ||なか||わって|||
||out of desperation||lewd||||||||||breaking|||
しかし 男 が 葉子 の 目の前 で 弱 味 を 見せた 瞬間 に 、 葉子 は 驕慢 な 女王 の ように 、 その 捕虜 から 面 を そむけて 、 その 出来事 を 悪夢 の ように 忌み きらった 。
|おとこ||ようこ||めのまえ||じゃく|あじ||みせた|しゅんかん||ようこ||きょうまん||じょおう||||ほりょ||おもて||||できごと||あくむ|||いみ|
|||||||weak||||||||||||||prisoner||||||||nightmare||||disliked
冒険 の 獲物 は きまり きって 取る に も 足ら ない やく ざ もの である 事 を 葉子 は しみじみ 思わさ れた 。
ぼうけん||えもの||||とる|||たら||||||こと||ようこ|||おもわさ|
||prey|||||||not worth||role|||||||||made to think|
・・
こんな 絶望 的な 不安に 攻め さ いなめられ ながら も 、 その 不安に 駆り立てられて 葉子 は 木村 と いう 降参 人 を ともかく その 良 人 に 選んで みた 。
|ぜつぼう|てきな|ふあんに|せめ||いなめ られ||||ふあんに|かりたて られて|ようこ||きむら|||こうさん|じん||||よ|じん||えらんで|
||||attacked||overwhelmed|||||driven by|||||||||||||||
葉子 は 自分 が なんとか して 木村 に そり を 合わせる 努力 を した ならば 、 一生涯 木村 と 連れ添って 、 普通の 夫婦 の ような 生活 が でき ない もの で も ない と 一 時 思う まで に なって いた 。
ようこ||じぶん||||きむら||||あわせる|どりょく||||いっしょうがい|きむら||つれそって|ふつうの|ふうふ|||せいかつ|||||||||ひと|じ|おもう||||
|||||||||||||||a lifetime|||||||||||||||||||||||
しかし そんな つぎはぎ な 考え かた が 、 どうして いつまでも 葉子 の 心 の 底 を 虫ばむ 不安 を いやす 事 が できよう 。
||||かんがえ|||||ようこ||こころ||そこ||むしばむ|ふあん|||こと||
||patched-up||||||||||||||||soothe|||
葉子 が 気 を 落ち 付けて 、 米国 に 着いて から の 生活 を 考えて みる と 、 こう あって こそ と 思い込む ような 生活 に は 、 木村 は のけ 物 に なる か 、 邪魔者 に なる ほか は ない ように も 思えた 。
ようこ||き||おち|つけて|べいこく||ついて|||せいかつ||かんがえて|||||||おもいこむ||せいかつ|||きむら|||ぶつ||||じゃまもの||||||||おもえた
||||||||||||||||||||to be convinced||||||||||||||||||||
木村 と 暮らそう 、 そう 決心 して 船 に 乗った ので は あった けれども 、 葉子 の 気分 は 始終 ぐらつき 通し に ぐらついて いた のだ 。
きむら||くらそう||けっしん||せん||のった|||||ようこ||きぶん||しじゅう||とおし||||
||let's live||||||||||||||||unsteadiness|||wavering||
手足 の ちぎれた 人形 を おもちゃ 箱 に しまった もの か 、 いっそ 捨てて しまった もの か と 躊躇 する 少女 の 心 に 似た ぞんざいな ため らい を 葉子 は いつまでも 持ち 続けて いた 。
てあし|||にんぎょう|||はこ||||||すてて|||||ちゅうちょ||しょうじょ||こころ||にた|||||ようこ|||もち|つづけて|
|||doll||toy||||||rather||||||hesitate|||||||careless||hesitation|||||||
・・
そういう 時 突然 葉子 の 前 に 現われた の が 倉地 事務 長 だった 。
|じ|とつぜん|ようこ||ぜん||あらわれた|||くらち|じむ|ちょう|
横浜 の 桟橋 に つなが れた 絵 島 丸 の 甲板 の 上 で 、 始めて 猛獣 の ような この 男 を 見た 時 から 、 稲妻 の ように 鋭く 葉子 は この 男 の 優越 を 感 受 した 。
よこはま||さんばし||つな が||え|しま|まる||かんぱん||うえ||はじめて|もうじゅう||||おとこ||みた|じ||いなずま|||するどく|ようこ|||おとこ||ゆうえつ||かん|じゅ|
|||||||||||||||wild beast||||||||||||sharply||||||superiority||felt||
世 が 世 ならば 、 倉地 は 小さな 汽船 の 事務 長 なん ぞ を して いる 男 で は ない 。
よ||よ||くらち||ちいさな|きせん||じむ|ちょう||||||おとこ|||
自分 と 同様に 間違って 境遇 づけられて 生まれて 来た 人間 な のだ 。
じぶん||どうように|まちがって|きょうぐう|づけ られて|うまれて|きた|にんげん||
|||||justified|||||
葉子 は 自分 の 身 に つまされて 倉地 を あわれみ もし 畏 れ も した 。
ようこ||じぶん||み|||くらち||||い|||
||||||pressed against|||pity||fear|||
今 まで だれ の 前 に 出て も 平気で 自分 の 思う存分 を 振る舞って いた 葉子 は 、 この 男 の 前 で は 思わず 知ら ず 心 に も ない 矯飾 を 自分 の 性格 の 上 に まで 加えた 。
いま||||ぜん||でて||へいきで|じぶん||おもうぞんぶん||ふるまって||ようこ|||おとこ||ぜん|||おもわず|しら||こころ||||きょうしょく||じぶん||せいかく||うえ|||くわえた
||||||||||||||||||||||||||||||pretense|||||||||
事務 長 の 前 で は 、 葉子 は 不思議に も 自分 の 思って いる の と ちょうど 反対の 動作 を して いた 。
じむ|ちょう||ぜん|||ようこ||ふしぎに||じぶん||おもって|||||はんたいの|どうさ|||
無 条件 的な 服従 と いう 事 も 事務 長 に 対して だけ は ただ 望ましい 事 に ばかり 思えた 。
む|じょうけん|てきな|ふくじゅう|||こと||じむ|ちょう||たいして||||のぞましい|こと|||おもえた
|||submission||||||||||||desirable||||
この 人 に 思う存分 打ちのめさ れたら 、 自分 の 命 は 始めて ほんとうに 燃え上がる のだ 。
|じん||おもうぞんぶん|うちのめさ||じぶん||いのち||はじめて||もえあがる|
||||defeated|if hit|||||||will ignite|
こんな 不思議な 、 葉子 に は あり 得 ない 欲望 すら が 少しも 不思議で なく 受け入れられた 。
|ふしぎな|ようこ||||とく||よくぼう|||すこしも|ふしぎで||うけいれ られた
||||||||desire||||||accepted
そのくせ 表面 で は 事務 長 の 存在 を すら 気 が 付か ない ように 振る舞った 。
|ひょうめん|||じむ|ちょう||そんざい|||き||つか|||ふるまった
ことに 葉子 の 心 を 深く 傷つけた の は 、 事務 長 の 物 懶 げ な 無関心な 態度 だった 。
|ようこ||こころ||ふかく|きずつけた|||じむ|ちょう||ぶつ|らん|||むかんしんな|たいど|
|||||||||||||laziness|||apathetic||
葉子 が どれほど 人 の 心 を ひきつける 事 を いった 時 でも 、 した 時 でも 、 事務 長 は 冷 然 と して 見向こう と も し なかった 事 だ 。
ようこ|||じん||こころ|||こと|||じ|||じ||じむ|ちょう||ひや|ぜん|||みむこう|||||こと|
|||||||attract||||||||||||||||||||||
そういう 態度 に 出られる と 、 葉子 は 、 自分 の 事 は 棚 に 上げて おいて 、 激しく 事務 長 を 憎んだ 。
|たいど||で られる||ようこ||じぶん||こと||たな||あげて||はげしく|じむ|ちょう||にくんだ
|||could act||||||||||||||||hated
この 憎しみ の 心 が 日一日 と 募って 行く の を 非常に 恐れた けれども 、 どう しよう も なかった のだ 。
|にくしみ||こころ||ひいちにち||つのって|いく|||ひじょうに|おそれた||||||
|||||day by day||increasing|||||||||||
・・
しかし 葉子 は とうとう けさ の 出来事 にぶっ突かって しまった 。
|ようこ|||||できごと|にぶ っ つか って|
|||||||bumped into|
葉子 は 恐ろしい 崕 の きわ から めちゃくちゃに 飛び込んで しまった 。
ようこ||おそろしい|がい|||||とびこんで|
||||||||jumped in|
葉子 の 目の前 で 今 まで 住んで いた 世界 は がらっと 変わって しまった 。
ようこ||めのまえ||いま||すんで||せかい||がら っと|かわって|
||||||||||suddenly||
木村 が どうした 。
きむら||
米国 が どうした 。
べいこく||
養って 行か なければ なら ない 妹 や 定子 が どうした 。
やしなって|いか||||いもうと||さだこ||
support|||||||||
今 まで 葉子 を 襲い 続けて いた 不安 は どうした 。
いま||ようこ||おそい|つづけて||ふあん||
人 に 犯さ れ まい と 身構えて いた その 自尊心 は どうした 。
じん||おかさ||||みがまえて|||じそんしん||
||||||braced oneself|||||
そんな もの は 木っ葉 みじん に 無くなって しまって いた 。
|||き っ は|||なくなって||
|||leaf|scattered||||
倉地 を 得たら ば どんな 事 でも する 。
くらち||えたら|||こと||
||if obtained|||||
どんな 屈辱 でも 蜜 と 思おう 。
|くつじょく||みつ||おもおう
|||honey||to think
倉地 を 自分 ひと り に 得 さえ すれば ……。
くらち||じぶん||||とく||
今 まで 知ら なかった 、 捕虜 の 受 くる 蜜 より 甘い 屈辱 !
いま||しら||ほりょ||じゅ||みつ||あまい|くつじょく
・・
葉子 の 心 は こんなに 順序 立って いた わけで は ない 。
ようこ||こころ|||じゅんじょ|たって||||
しかし 葉子 は 両手 で 頭 を 押えて 鏡 を 見入り ながら こんな 心持ち を 果てし も なく かみしめた 。
|ようこ||りょうて||あたま||おさえて|きよう||みいり|||こころもち||はてし|||
そして 追想 は 多く の 迷路 を たどり ぬいた 末 に 、 不思議な 仮 睡 状態 に 陥る 前 まで 進んで 来た 。
|ついそう||おおく||めいろ||||すえ||ふしぎな|かり|すい|じょうたい||おちいる|ぜん||すすんで|きた
|recollection||||||traced|traced out||||||||falls into||||
葉子 は ソファ を 牝鹿 の ように 立ち上がって 、 過去 と 未来 と を 断ち切った 現在 刹那 の くらむ ばかりな 変身 に 打ち ふるい ながら ほほえんだ 。
ようこ||||おしか|||たちあがって|かこ||みらい|||たちきった|げんざい|せつな||||へんしん||うち|||
||||doe|||||||||cut off||moment||||transformation|||shook||
・・
その 時 ろくろく ノック も せ ず に 事務 長 が はいって 来た 。
|じ|||||||じむ|ちょう|||きた
葉子 の ただならぬ 姿 に は 頓着 なく 、・・
ようこ|||すがた|||とんちゃく|
||extraordinary|||||
「 もう すぐ 検疫 官 が やって 来る から 、 さっき の 約束 を 頼みます よ 。
||けんえき|かん|||くる||||やくそく||たのみ ます|
資本 入ら ず で 大役 が 勤まる んだ 。
しほん|はいら|||たいやく||つとまる|
capital||||important task||can be fulfilled|
女 と いう もの は いい もの だ な 。
おんな||||||||
や 、 しかし あなた の は だいぶ 資本 が か かっと る でしょう ね 。
||||||しほん|||か っと|||
…… 頼みます よ 」 と 戯談 らしく いった 。
たのみ ます|||ぎだん||
・・
「 は あ 」 葉子 は なんの 苦 も なく 親しみ の 限り を こめた 返事 を した 。
||ようこ|||く|||したしみ||かぎり|||へんじ||
その 一声 の 中 に は 、 自分 でも 驚く ほど な 蠱惑 の 力 が こめられて いた 。
|ひとこえ||なか|||じぶん||おどろく|||こわく||ちから||こめ られて|
|one voice||||||||||||||packed with|
・・
事務 長 が 出て 行く と 、 葉子 は 子供 の ように 足なみ 軽く 小さな 船室 の 中 を 小 跳 りして 飛び回った 。
じむ|ちょう||でて|いく||ようこ||こども|||あしなみ|かるく|ちいさな|せんしつ||なか||しょう|と||とびまわった
|||||||||||lightly||||||||small jump||jumped around
そして 飛び回り ながら 、 髪 を ほご し に かかって 、 時々 鏡 に 映る 自分 の 顔 を 見 やり ながら 、 こらえ きれ ない ように ぬすみ 笑い を した 。
|とびまわり||かみ||||||ときどき|きよう||うつる|じぶん||かお||み||||||||わらい||
|flying around||||to fix|||||||||||||||couldn't hold|||||||