三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 16 (1)
16 名 探偵 は 行方 不明
「── どうも ありがとう 」
綾子 は 、 電話 を 切って 、「── やっぱり 、 夕 里子 、 行って ない って 」
と 不安 げ に 言った 。
「 そりゃ そう よ 」
珠美 は 言った 。
「 いくら 何でも 、 幼稚園 の とき の 友だち の うち へ 、 行く わけない じゃ ない の ! 「 じゃ 、 どこ に いる の ?
「 知ら ない よ 、 私 だって 。
綾子 姉ちゃん の ボディガード だった んでしょ ? 「 そりゃ そう だ けど ……」
と 、 綾子 は 言った 。
── もう 、 夕方 に なって いた 。
綾子 たち は マンション に 戻って いる 。
本当 なら 、 綾子 は 大学 で 、 明日 の 用意 が ある のだ が 、 そんな こと も 言って い られ ない 。
「 夕 里子 、 どうした ん だ ろ ?
「 夕 里子 姉ちゃん なら 、 大丈夫だ よ 。
そう 簡単に 死な ない 」
「 あんた 、 そんな こと ばっかり 言って ……」
「 だって 、 他 に 言い よう が ない でしょ 」
と 珠美 は 肩 を すくめた 。
「 心配 して たって 、 お 姉ちゃん が 戻って 来る わけじゃ ない んだ から 」
「 冷たい んだ から 、 あんた は 」
「 冷静な の 。
冷たい の と 冷静な の は 、 違う の よ 」
「 でも ね 、 あんた 、 今日 私 の こと 心配 して 、 駆けつけて くれた んでしょ ?
「 そりゃ ね 。
一応 、 妹 です から 」
「 あり が と 。
嬉しい わ 。 ── タクシー 代 、 払って あげる 。 いくら ? 「 悪い わ ね 」
珠美 は 、 身 を 乗り出した 。
その とき 、 電話 が 鳴った 。
綾子 が 、 珍しく (? ) すぐに 受話器 を 取る 。
「 はい 、 佐々 本 です 。
── あ 、 国友 さん ? どう です か 、 夕 里子 ……」
「 見当ら ない んだ よ 」
と 、 国友 の 不安 げ な 声 。
「 夕 里子 君 は 、 梨 山 教授 の 後 を 追って 行った んだ ね ? 「 そうです 」
「 梨 山 は 知ら ない 、 と 言って る よ 」
「 変だ わ 」
「 もう 一 度 、 よく 捜して みる 。
すぐ 暗く なる から ね 。 また 連絡 する よ 」
── 電話 が 切れる と 、 綾子 は 、 落ちつか ない 様子 で 、 居間 の 中 を 歩き回って いた 。
「 お 姉ちゃん 、 目 が 回る よ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「── ね 、 もしかしたら 、 夕 里子 、 パパ に 会い に アメリカ に 行った んじゃ ない かしら 」
と 、 綾子 が 言った 。
あまり ロマンチックな 場所 と は いえ ない 。
もちろん 、 物置 だって 、 恋人 と 二 人 で いれば 、 ロマンチックだろう が 、 残念 ながら 、 夕 里子 は 一 人 で 、 しかも 両手 両足 は 、 固く 、 紐 で 縛ら れて いた 。
ついでに 口 に も 布 を つめ込ま れて 、 息 の 苦しい こと 。
しかも 、 やたら と 暗い 。
物置 だ から 、 シャンデリヤ など 、 下って い ない のである 。
うーん 、 あんまり 気分 いい もの じゃ ない なあ 、 と 夕 里子 は 思った 。
よく 子供 の ころ 、 王子 が 、 捕われた 美女 を 颯爽と 助け出す 場面 を 、 近所 の 子 と 演じた もの だ が 、 その とき は 縛る った って 、 格好 だけ だった 。
それ に 、 夕 里子 は 、 たいてい 、 美女 の 役 で なく 、 王子 の 役 を やった のだ 。
何しろ チャンバラ が 大好きだった から 、 おとなしく 縛ら れて 座って る なんて 、 いやだった 。
しかし 、 ここ に は どうも 、 マント を ひるがえした 王子 様 は 、 やって 来 そうに なかった 。
── 夕 里子 が 、 たかが 大津 和子 一 人 を 相手 に やられちゃ った の は 、 いささか だらしない と 思わ れ そうだ が 、 ソファ の 裏 から 這い 出した とたん 、 スポッ と 布 を 頭から かぶせ られ 、 暴れる 間もなく 、 ナイフ を 押し当て られて しまった のだ 。
これ で は 抵抗 も でき ない 。
暗く なる の を 待って 、 ここ に 連れて 来 られ 、 足 まで 縛ら れて しまった 、 と いう わけな のである 。
しかし 、 驚いた 話 だ 。
── あの 梨 山 と 、 大津 和子 が 親子 で 、 しかも 梨 山 が 、 神山 田 タカシ を 殺そう と する 計画 に 加わって いる と いう のだ から 。
なぜ 、 大学 の 教授 と その 娘 が 、 人気 歌手 ──「 元 」 と つける べき か ── を 殺す 必要 が ある のだろう ?
夕 里子 に は 分 ら なかった 。
ただ 、 話 の 様子 で は 、 梨 山 は あまり 計画 に 深く 関 って い ない 。
しかし 、 神山 田 タカシ を 殺す こと に は 、 賛成 して いる 、 と いう ところ らしい 。
する と 、 黒木 殺し や 、 梨 山 夫 人殺し の 方 は どう なる のだろう 。
夕 里子 は 、 もちろん 、 こういう 状態 が 、 あまり 快適だ と は 思わ ない し 、 身 の 危険 が ある こと も 分 って いた が 、 しかし 、 事件 の 真相 へ の 好奇心 の 方 が 、 ずっと 強かった 。
この 楽天 性 が 、 夕 里子 の いい ところ な のだろう 。
裏を返せば 欠点 だ と して も 。
── 今 、 何 時 くらい だろう ?
お腹 の 空き 具合 から する と 、 そろそろ 夜 も ふけて 来て いる らしい 。
きっと 、 夕食 を 運んで 来て くれる と か 、 そんな こと まで は して くれ ない だろう な 。
ホテル じゃ ない んだ から 、 ルーム サービス と いう わけに は いか ない 。
── この 物置 は 、 例の 講堂 の 裏手 に 近い 場所 だった 。
今 は 実際 に は 使って い ない ようで 、 入って いる 物 も 、 いつ から 放り込んで ある の か 分 ら ない ような 、 古ぼけた 机 と か 、 足 の 折れた 椅子 と か 、 ゴワゴワ の マット と か ……。
どう 見て も 、「 粗大 ゴミ 」 と いう 感じ の も の ばかりである 。
私 は ゴミ じゃ ない わ よ 、 と 夕 里子 は 、 心 の 中 で 呟いた 。
足音 が した 。
近づいて 来る 。 そして 、 物置 の 戸 が 、 ガタガタ と 音 を 立てて 、 開いた 。
そこ に は 、 愛し の 国友 刑事 が 立って ── は い なかった 。
いくら 何でも 、 そう うまく は いか ない 。
「 どう ?
苦しく ない ? と 、 大津 和子 は 言って 、 ちょっと 笑った 。
「 苦しく ない わけ は ない わ ね 。
── 口 の 中 の 布 だけ は 取って あげる 。 でも 大声 を 出す と ……」
と 、 ナイフ を 夕 里子 の 目の前 に かざす 。
ここ は おとなしく して いる しか ない 。
夕 里子 は 、 分 った 、 と いう ように 、 肯 いて 見せた 。
戸 を ガタガタ いわ せ ながら 閉める と 、 懐中 電灯 を つける 。
それ から 、 夕 里子 の 口 の 中 に 詰めた 布 を 取り出した 。
夕 里子 は 、 息 を ついた 。
「 口 の 中 が 変でしょ 。
これ 飲んで 」
大津 和子 は 、 缶 ジュース の 口 を 開ける と 、 夕 里子 に 飲ま せた 。
乾き 切って いた 口 の 中 が 、 やっと まともな 状態 に 戻った 感じ だ 。
「── おいしい 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 ついでに 縄 も といて くれる と うれしい けど 、 無理でしょう ね 」
大津 和子 は 、 ちょっと 笑って 、
「 あんた って 面白い 子 ね 」
と 言った 。
「 怖く ない の ? 「 怖い けど 、 強 がって る だけ 」
「 そう ?
ともかく 大した 度胸 だ わ 」
夕 里子 は 、 少し 間 を 置いて 、 言った 。
「 今 、 何時ごろ かしら ?
「 九 時 ぐらい じゃ ない ?
悪い けど 、 今夜 は ここ で 夜 明 し して もらう わ よ 」
「 それ は いい けど ── どうして 神 山田 タカシ を 殺す の ?
大津 和子 は 答え なかった 。
夕 里子 は 続けて 、 言った 。
「 梨 山 先生 に は 、 子供 が い ない 、 って 聞いて た けど 」
「 そう よ 。
私 は 戸籍 上 は 別の 家 の 子 な んだ もの 」
「 じゃあ ……」
「 早く 言えば 、 愛人 の 子 、 って わけ ね 」
と 、 大津 和子 は 、 あっさり と 肯 いた 。
「 でも 、 父 は 、 私 の こと は 気 に かけて くれて る わ 。 大学 に 入れた の も 、 もちろん 父 の コネ と お 金 の おかげ だ し ね 」
大津 和子 は 、 ちょっと 笑った 。
「 だ らし のな いとこ は ある けど ── まあ 、 人並の 父親 らしい 気持 は ある みたい 」
夕 里子 は 、 少し 間 を 置いて 、 言った 。
「 何 か あった の ね 」
「 ん ?
「 あなた と 、 神山 田 タカシ と の 間 に 。
そう でしょう ? 大津 和子 は 、 ちょっと 驚いた ように 、 夕 里子 を 眺めて いた 。
「 そう 。
── あんた 、 いい カン して る の ね 」
「 彼 の 所 に 行って ……」
「 押しかけて 行った 、 って 言えば いい かしら 」
大津 和子 は 、 腰 を おろして 、 息 を ついた 。
「── あの ころ は 、 父 の こと やら 何やら が 、 面白く なくて 、 反抗 して 年中 家 を 飛び出して た もん だった わ 。
タカシ の 所 へ 行った の も 、 別に ファン だった と かいうん じゃ なくて 、 ああいう 世界 へ の 好奇心 から だった 」
「 あなた が ──」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 あなた が 『 三 人 目 の 誰 か 』 だった の ね ! 「 三 人 目 ?
「 石原 茂子 さん が タカシ に 乱暴 さ れた とき 、 あなた も そこ に いた んでしょう 」
「 あんた 、 そんな こと まで 知って る の 」
和子 は 感心 した ように 、「 そう 。
三 年 前 だ から 、 十六 だった 。 男 みたいに 、 髪 切って 、 ジーパン は いて た から 、 分 ら なかった かも しれ ない わ ね 、 石原 さん に は 」
「 あなた は タカシ に 付いて 歩いて た の 」
「 そう よ 。
身 の 周り の 世話 から 、 何でも やった わ 。 でも ── タカシ に とって は 、 私 は 女 じゃ なかった 。 飼犬 みたいな もの だった わ 」
「 それ で …… 何 が あった の ?
「 あの 事 が 、 きっかけ だった わ 。
石原 さん が 頰 を 赤く して 、 おずおず と 部屋 へ 入って 来た の を 、 今 でも 憶 えて る 。 ── 私 が 見て も 可愛かった もん 」
と 、 和子 は 微笑んだ 。
「 タカシ も 、 最初 は 愛想 が 良かった 。 でも ── アルコール が 入って た の よ 。 危 い 、 と 思った わ 。 気 が 小さい くせ に ── いえ 、 だからこそ かも しれ ない けど 、 酔う と 、 自分 を 抑え られ なく なる 人 な の 」
「 あなた は 黙って 見て た の ?
「 他 に どう しよう も ない じゃ ない 。
私 は あの 人 の 言う こと を 聞く の が 仕事 だった んだ から 。 ── 怯えて 、 暴れる 石原 さん を 押えつけたり して ……。 今 思い出して も ゾッと する わ 」
和子 は 、 身震い を した 。
「 あの とき 、 私 も 目 が 覚めた の 。 もう いやだ 、 と 思った わ 。 そりゃ あ 、 それなり の 女 を 相手 に 遊んで る の は 構わ ない けど 、 あんな 、 純真な ファン を ……。 もちろん 、 ファン に だって 、 いくら でも ひどい の は いる けど ね 」
「 あなた 、 それ から タカシ の 所 を やめた の ?
「 間もなく ね 。
でも 、 きっぱり って わけじゃ なかった 。 ── 私 だって 、 適当に だ らし が なかった し ね 。 この 前 の ホテル で の こと を 見て も 分 る でしょ 」
と 笑った 。
「 まあ ね 」
夕 里子 は 肯 いた 。
「 でも ── それ だったら 、 どうして 、 タカシ を 殺そう なんて ? 和子 は 、 しばらく 黙って いた が 、 やがて 、 軽く 肩 を すくめた 。
「 いい わ 。
話して あげる 。 ── と いって も 、 大して 珍しい 話 で も ない の よ 。 よく TV ドラマ なんか で やって る ような メロドラマ ……」
「 メロドラマ ?
「 タカシ の 所 を やめて 一 年 ぐらい して 、 私 、 父 の 紹介 で お 見 合した の 。
── ふざけ 半分 で 、 気 の 進ま ない お 見合 だった んだ けど 、 それ が とって も いい 人 で ね 。 私 、 本気で 好きに なった んだ 。 高校 出たら 、 結婚 しよう って 話 まで 進んで 、 結構 しおらしく 、 お 料理 の 勉強 したり して ね 。 それ を ──」
と 、 和子 は 言葉 を 切った 。
「 神 山田 タカシ が ……」
「 そう 。
後 から 出た 新人 に 、 どんどん 追い抜か れて 、 クサ って た の ね 。 焦り も あった んでしょ 。 ── 私 、 アパート で 一 人 住い だった の 。 見合 の 相手 の 彼 を 待って いて …… 玄関 の チャイム が 鳴った んで 、 出て みる と 、 タカシ だった 。 ひどく 酔って 、 上れ と も 言わ ない のに 、 上り 込んで 来た わ 」
「 それ で ?
「 グズグズ 言って る の 。
泣き言 を ね 。 会社 も 冷たく なった と か 言って 。 ── 私 、 腹 が 立って 、 出て って くれ と 言った わ 。 甘く 見て た の かも しれ ない 。 いきなり 殴ら れて 気 が 遠く なり …… 気 が 付いたら 、 タカシ に 組み 敷か れて 、 玄関 に は 、 婚約 者 が 呆然と して 立って た ……」
夕 里子 は 、 何とも 言え なかった 。
「 私 、 その とき は タカシ を 殺して やろう と 思った わ 。
でも ── 時間 が たって 、 そんな 情熱 も なくなって 来た 。 どう なって も いい 、 って 気分 で 。 コネ で 大学 へ 入り 、 適当に 遊んで た わ 。 でも 、 ある 日 ── 学生 食堂 で ね 、 お 金 を 忘れて 困って た とき 、 二 年生 の 人 が 、 払って くれた の よ 。 どこ か で 見た 人 だ と 思った 。 後 で 、 ガードマン と 二 人 で 話して いる ところ を 見て 、 分 った わ 。 あの とき の 子 だった 」
「 石原 茂子 さん ね 」
「 そこ へ 、 文化 祭 に タカシ が 来る って こと を 聞いた の 。
── 私 、 あの とき の 悔し さ を 思い出した わ 。 あんな 男 、 のさばら せて おけ ない って 思った 」
「 だから ……」
「 明日 は 本番 でしょ 。
きっと 講堂 は 凄い 人 でしょう ね 。 アンプ も ボリューム 上って 、 耳 を つんざく ような 音 に なる だろう し 。 ── 頭 の 上 から 、 ライト の 一 つ ぐらい 落ちた って 、 誰 も 不思議に は 思わ ない わ 」
「 あなた ──」
「 本格 的な ホール じゃ ない んだ もの 、 多少 、 設備 の 不備 が あって も 、 そう 責め られ ない でしょう し ね 」
「 やめた 方 が いい わ 。
あんな 男 殺して 、 どう なる の ? 「 あら 、 刑務所 に 入る 気 なんて 、 ない わ 、 私 」
と 、 和子 は 笑って 、「 事故 。
あくまで 事故 よ 。 ── 事故 で ない 、 と 立証 でき なくちゃ 、 犯罪 に は なら ない でしょ 」
「 でも 、 マネージャー を 殺した の は ?
それ に 、 うち に 爆弾 を しかけた の は ? 「 そんな こと 、 私 、 知ら ない わ よ 」
と 、 和子 は 首 を 振った 。
「 そりゃ あ 、 マネージャー だって 憎らしかった けど 、 でも 、 あんな こと して 、 タカシ が 来 なく なったら 、 どうにも なら ない じゃ ない の 」
「 じゃ 、 爆弾 も ?
「 私 、 そんなに 器用じゃ ない もん 」
と 、 和子 は 笑った 。
「 お っか なく って 、 爆弾 なんて 作れ ない わ よ 」
夕 里子 に も 、 和子 の 話 は 納得 できた 。
しかし 、 そう なる と 、 他 に 犯人 が いる こと に なる のだ が 。
「 梨 山 先生 の 奥さん を 殺した の は ……」
「 ああ 、 あれ ね 。