第 二 章 アスターテ 会戦 (4)
さすが だ な 」
キルヒアイス を 介して 、 ラインハルト の 指令 が 帝国 軍 全 艦隊 に 伝え られた 。
ヘルメット を かぶって なければ 、 ヤン は ベレー を とって 黒い 頭髪 を かきまわしたい ところ だった 。 兵力 に 大差 の ない 場合 、 攻勢 に でる 側 に とって 有効な 戦法 は 中央 突破 ないし 半 包囲 である 。 たぶん 、 より 積極 的な ほう を 選択 して くる だろう と 彼 は 予測 して いた 。 どうやら それ は 的中 した らしい 。
「 ラオ 少佐 」
「 はっ、 司令 官 代理 どの 」 「 敵 は 紡 錘陣 形 を とり つつ ある 。 中央 突破 を はかる 気 だ 」
「 中央 突破 を ! 」 「 第 四 、 第 六 艦隊 を 撃 滅 して 士気 が 高まって いる 。 帝国 軍 と して は 当然の 戦法 だろう な 」
論評 する ヤン を 、 ラオ 少佐 は 心細 げ に 見 やった 。 その 表情 に 代表 さ れる 同盟 軍 の 弱気 こそ 、 帝国 軍 の 積極 戦法 の 成果 な のだ と ヤン は 思う 。
「 どう 対処 なさる お つもりで ? 」 「 対策 は 考えて ある 」 「 しかし 味方 に どう やって 連絡 なさいます か ? 通信 だ と 敵 に 傍受 さ れる 危険 が あります し 、 発光 信号 でも 同様です 。 連絡 艇 で は 時間 が かかり すぎます 」 「 心配 ない 、 複数 の 通信 回路 を 使って 、 各 艦 に 戦術 コンピューター の C 4 回路 を 開く よう 、 それ だけ を 告げれば よい 。 それ だけ なら 、 傍受 した ところ で 敵 に は 判断 でき ない だろう 」
「 する と 、 司令 官 代理 閣下 は 、 すでに 作戦 を 考案 されて 、 情報 を コンピューター に 入力 されて おら れた のです か …… 戦闘 開始 より ずっと 前 に 」 「 無用に なって いれば よかった のだ が ね 」
多少 、 弁解 じ みた 口調 だった かも しれ なかった 。 トロイ の 王女 カサンドラ 以来 、 敗戦 の 予言 者 は 白 眼 視 さ れる もの と 相場 が 決まって いる 。
「 それ より も 、 早く 指示 を 伝えて くれ 」
「 はっ、 ただちに 」 ラオ 少佐 は 補充 さ れた 通信 士官 の 席 へ 小走り に 駆けて いった 。 無事だった 五 人 だけ で は 艦 橋 を 運営 する の は 不可能な ので 、 艦 内 各 部署 から 一〇 人 ほど の 人数 を 招集 した のだ 。 もともと 軍艦 に 余剰 人員 など ない ので 、 手薄な 部署 が でて くる こと に なる が 、 やむ を え なかった 。
帝国 軍 は 悠々と 紡 錘陣 形 を ととのえる と 、 前進 を 開始 した 。 同盟 軍 は 砲火 で これ を 迎えた が 、 帝国 軍 は 意 に 介し ない 。 双方 の 距離 が 狭く なる に つれ 、 ほとばしる ビーム は 無数の 格子 模様 を 織り だした 。
ファーレンハイト の 指揮 する 帝国 軍 先頭 集団 は 、 速度 を ゆるめ ず 同盟 軍 の 陣 列 に 突入 して きた 。
「 敵 、 全 艦 突入 して きます ! 」 オペレーター の 声 が 高く するどい 。 ヤン は 天井 の パネル を 仰ぎみた 。 そこ に は 二七〇 度 の 広角 モニター が 埋めこまれて いる 。 加速 的に 接近 する 敵 影 に は 、 躍りかかって くる と いう 印象 が ある 。 ダイナミックで するどい うごき だ 。 それ に くらべる と 、 迎撃 する 同盟 軍 の うごき が にぶく 、 精彩 を 欠く ように みえる の は 、 やむ を え ない こと だろう 。
さて 、 どう なる こと か 。
ヤン は 指揮 官 席 で 腕 を くんだ 。 彼 は 外見 ほど 平然と して いた わけで は なかった 。 現在 の ところ 、 敵 の 行動 は ヤン の 予測 を こえて は いない 。 問題 は 味方 の 行動 である 。 彼 の 作戦 に したがって うごいて くれれば よい が 、 一 歩 誤れば 収拾 が つか なく なり 、 全軍 潰 走 と いう 事態 に なる であろう 。 その とき は どう する ?
「 頭 を かいて ごまかす さ 」
ヤン は 自分 自身 に そう 応えた 。 すべて を 予測 する こと は でき ない し 、 無 謬 の 行動 を とる こと も でき ない 。 自分 の 能力 を こえた こと に まで 責任 は もて ない のだ 。
Ⅵ 天井 の パネル が 脈 動 する 光 に おおわれて いる 。 いまや 戦艦 パトロクロス は 炸裂 する 光 芒 の 渦中 に あった 。 前後 に 、 左右 に 、 上下 に 、 襲いかかる ビーム は 槍 と いう より 棍棒 の 太 さ だ 。
パトロクロス 自身 も 砲門 を 開いて 、 死 と 破壊 の 息吹 を 敵 に たたきつけて いる 。 人 的 、 あるいは 物的な エネルギー の 莫大な 浪費 が 、 ここ で は 勝利 と 生存 へ の 道 と して 正当 化 されて いた 。 「 敵 戦艦 接近 ! 艦 型 から みて 、 ワレンシュタイン と 思わ れます 」 ワレンシュタイン は 艦 体 に すでに かなり の 損傷 を うけて いた 。 砲火 の なか を 猪突 して きた ようであった 。 半減 した 主砲 が 正面 から パトロクロス を 狙った が 、 パトロクロス の 反応 が この とき は 迅速だった 。
「 主砲 斉 射 ! 目標 至近 ! 」 臨時 に 砲術 長 を かねる ラオ 少佐 の 命令 である 。 パトロクロス の 前部 主砲 が いっせいに 中性子 ビーム を 吐きだし 、 ワレンシュタイン の 艦 体 中央 部 を 直撃 した 。
帝国 軍 の 巨大な 戦艦 は 一瞬 、 苦悶 に のたうった あと 、 音 も なく 四散 した 。 ヤン の へ ルメット の 通話 回路 に 歓声 が 反響 した が 、 その 末尾 は あらたな 驚愕 の うめき に 変わった 。 純白に 輝く 核 融合 爆発 の 渦 巻 を 傲然 と 突破 して 、 つぎの 敵 艦 ケルンテン が 偉 容 を あらわした のだ 。 帝国 軍 の 重厚な 陣容 と 、 戦意 の 高 さ を 、 ヤン は あらためて 確認 した 。
戦意 の 高 さ が 圧倒 的な 勝利 に よって も たらさ れた もの である こと は 明白である 。 自分 は 名将 の 誕生 する 瞬間 を 見て いる の かも しれ ない 、 と いう 思い が ヤン を とらえた 。
智 将 と 呼び 、 猛 将 と 言う 。 それ ら の 区分 を こえて 、 部下 に 不敗 の 信仰 を いだか せる 指揮 官 を 名将 と 称する ―― と ヤン は 史書 で 読んだ こと が あった 。 ローエングラム 伯 ラインハルト は まだ 若い はずだ が 、 すくなくとも 名将 に なり つつ ある 。 同盟 軍 に とって は 脅威 であり 、 帝国 軍 の 旧 勢力 に とって も おそらく そう であろう 。
ヤン は 脚 を くみ なおし 、 自分 が 歴史 の 流れ の なか に たたずんで いる であろう こと に かるい 満足 を おぼえた 。
その あいだ に も 、 戦場 の 様相 は 刻々 と 変化 を しめして いる 。
ケルンテン と パトロクロス は 砲火 を まじえた が 、 たがいに 致命 傷 を あたえ え ない まま 、 混戦 の なか で 離れ離れに なって いた 。
戦術 コンピューター が モニター に 映しだす 戦場 の 擬 似 モデル に ヤン は 視線 を むけた 。 単純 化 さ れた 図形 が 両軍 の 配置 と 戦況 を しめして いる 。
ときおり 逆 方向 へ の 小さな 波動 を まじえ ながら 、 全体 と して それ は 帝国 軍 の 前進 、 同盟 軍 の 後退 と いう かたち を みせて いた 。
その うごき が 、 しだいに 速度 を ました 。 帝国 軍 が いちだん と 前進 し 、 同盟 軍 が いちだん と 後退 する 。 逆 方向 へ の 小さな 波動 が 消えさり 、 擬 似 モデル の 映像 は いっそう 単純 化 さ れ 、 それだけに 効果 は 増幅 さ れた 。 誰 の 目 に も 、 帝国 軍 が 勝利 の 手 を 、 同盟 軍 が 敗北 の 尾 を 、 それぞれ つかみ そうに 見えた 。
「 どうやら 勝った な 」
ラインハルト は つぶやいた 。 中央 突破 策 は 功 を 奏し つつ ある ようだった 。
いっぽう 、 ヤン も ラオ 少佐 に むかって うなずいて いた 。
「 どうやら 、 うまく いき そうだ な 」
やれやれ 、 と いう 安堵 の 言葉 は 声 に し なかった 。
味方 が 彼 の 指示 に 従順である か 否 か 、 ヤン は それ を 心配 して いた のだ 。 立案 した 作戦 じたい に は 自信 が あった 。 この 段階 に いたって 、 もはや 勝利 は ない 。 しかし 、 負け ず に すむ 、 と いう こと は 可能な のだ 。 ただし 、 作戦 どおり に 味方 が うごけば 、 である 。
我 が 強く 、 ヤン ごとき 若 輩 に したがう の を いさぎよし と し ない 部隊 指揮 官 も いる に ちがいない が 、 彼ら と して も ほか に 有効な 作戦 案 を もた ない 以上 、 ヤン の 指令 を いれる しか ない のであろう 。 忠誠 心 と いう より 生存 へ の 欲望 が そう さ せた のであって も 、 ヤン に は いっこうに さしつかえ ない こと だった 。
ラインハルト の 顔 に かすかな 困惑 の 色 が 漂い はじめた 。
彼 は 席 から たちあがり 、 指揮 卓 に 両手 を ついて 天井 の スクリーン を にらみつけた 。 いらだた し さ が 彼 の 体 内 に 湧きだして いた 。
味方 は 前進 し 、 敵 は 後退 して いる 。 中央 突破 攻勢 を かけ られて 同盟 軍 は 左右 に 分断 さ れ つつ ある 。 スクリーン に 映る 光景 も 、 戦術 コンピューター が モニター に 再 構成 する 擬 似 モデル も 、 先頭 集団 から の 戦況 報告 も 、 すべて 同一の 事態 を 告げて いた 。
にもかかわらず 、 ラインハルト の 胸中 に は 遠 雷 が かすかに ひびき はじめて いる 。 なに かたち の 悪い 詐術 に かかった ような 不 快感 に 、 神経 が 侵さ れる の を 彼 は 自覚 した 。
彼 は 左手 で つくった 拳 を 口 に あて 、 人差指 の 第 二 関節 に かるく 歯 を たてた 。 その 瞬間 、 彼 は 理由 も なく 敵 の 意図 を 悟った 。
「 しまった ……」
その 低い うめき は 、 オペレーター の 叫び に おされて 誰 の 耳 に も とどか なかった 。 「 敵 が 左右 に 分かれ ました ! こ 、 これ は なんと 、 わが 軍 の 両側 を 高速で 逆 進 して いきます ! 」 「 キルヒアイス ! 」 驚愕 の どよめき の なか で 、 ラインハルト は 赤毛 の 副 官 を 呼んだ 。 「 して やられた …… 敵 は 両手 に 分かれて わが 軍 の 後 背 に まわる 気 だ 。 中央 突破 戦法 を 逆手 に とられて しまった …… 畜生 ! 」 金髪 の 若者 は 指揮 卓 に 拳 を たたきつけた 。 「 どう なさいます ? 反転 迎撃 なさいます か 」 キルヒアイス の 声 は 沈着 さ を 失って いない 。 それ は 一時的に 激昂 した 上官 の 神経 を 沈静 さ せる 効果 が あった 。
「 冗談 で は ない 。 おれ に 低 能 に なれ と いう の か 、 敵 の 第 四 艦隊 司令 官 以上 の ? 」 「 では 前進 する しか ありません ね 」 「 その とおり だ 」
ラインハルト は うなずき 、 通信 士官 に 命令 した 。
「 全 艦隊 、 全 速 前進 ! 逆 進 する 敵 の 後 背 に 喰 いつけ 。 方向 は 右 だ 。 急げ ! 」 Ⅶ 三〇 分 後 、 双方 の 陣形 は 輪 状 に つらなって いた 。 それ は 奇妙な 光景 だった 。 同盟 軍 の 先頭 集団 は 帝国 軍 の 後 尾 に 猛攻 を くわえ 、 帝国 軍 の 先頭 集団 は 二 股 に 分かれた 同盟 軍 の いっぽう の 後 尾 に 襲いかかって いる 。
光り輝く 二 匹 の 長大な 蛇 が 、 たがいに 相手 を 尾 から のみこもう と して いる ように 、 宇宙 の 深淵 の 彼方 から は 見えた かも しれ ない 。
「 こんな 陣形 は 初めて 見ます 」 モニター の 擬 似 モデル を 凝視 して いた ラオ 少佐 が 、 ヤン に むかって 歎声 を もらした 。
「 そう だろう ね …… 私 も さ 」
ヤン は 言った が 、 後半 は 噓 である 。 人類 が 地球 と いう 辺境 の 惑星 の 地表 だけ で 生活 して いた 当時 、 このような 陣形 が 戦場 に 生まれた こと は 幾 度 も あった 。 今回 の ローエングラム 伯 の 卓 抜 な 用 兵 に して も 地上 で は 先例 が ある 。 古来 ―― 幸 か 不幸 か ―― 戦乱 の 時代 に は かならず 、 それ まで の 用 兵 思想 を 一変 さ せる 軍事 的 天才 が 登場 して いる もの だ 。
「 なんたる ぶざまな 陣形 だ ! 」 ブリュンヒルト の 艦 橋 で は 憤激 の 叫び が あがって いた 。 「 これ で は 消耗 戦 で は ない か ……」
ラインハルト は 声 を 抑えて にがにがしく つぶやいた 。
彼 の もと に 高級 指揮 官 戦死 の 報 が とどいて いた 。 エルラッハ 少将 が 乗 艦 もろとも 吹き飛んだ のである 。 全 速 前進 と いう ラインハルト の 指令 を 無視 し 、 同盟 軍 を 反転 迎撃 しよう と して 、 回 頭 中 に 中性子 ビーム 砲 の 直撃 を うけた のだった 。
背後 から 敵 に 肉迫 されて いる のに 、 その 眼前 で 艦 を 回 頭 しよう と は 、 なんたる 低 能 か ! 自業自得 だ 。 とはいえ 、 帝国 軍 の 勝利 に 一抹 の 影 が おちた こと は いなめ ない 。