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悪人 (Villain) (1st Book), 第三章 彼女は誰に出会ったか?(承前)【1】 (1)

第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か ?(承 前)【1】 (1)

なんでもない こと な んだ と 、 自分 に 言い聞かせ 、 必死に 動かして きた 足 が 、 とつぜん ぱたり と 止まって しまった 。

清水 祐一 と 名乗る 男 と 待ち合わせ を した 佐賀 駅 は すぐ そこ に ある 。

なんでもない 。

光代 は もう 一 度 小声 で 呟いた 。 メール で 知り合った 男 と 会う ぐらい なんでもない 。 みんな が 簡単に やって いる こと だ し 、 会った から と 言って 何 が 変わる わけで も ない 。

今朝 、 仕事 へ 出かける 妹 の 珠代 に 、「 今夜 ちょっと 遅く なる かも しれ ん けん 」 と 声 を かけた 。 考えて みれば 、 あの とき から ずっと 、 光代 は 心 の 中 で そう 自分 に 言い聞かせて いた 。

メール で 会う 約束 を した 。 都合 の いい 場所 を 訊 かれて 、 答えた 。 都合 の いい 時間 を 訊 かれて 、 それ に も 答えた 。 正直 、 簡単な こと だった 。 ただ 約束 して 携帯 を 置いた あと 、 本当に 自分 は 会い に 行く つもりな のだろう か と 不安に なった 。 あまりに も 約束 する の が 簡単で 、 肝心な 自分 の 気持ち を 確かめて いない こと に 気 が ついた 。 行く わけない 、 と 光代 は 呟いた 。 私 に そんな 勇気 が ある わけ が ない と 。

でも 勇気 も ない くせ に 、 光代 は その 日 着て いく 洋服 の こと を 考えて いた 。 会い に 行く 気 も ない くせ に 、 駅前 で 会う 二 人 の 様子 を 想像 して いた 。

約束 は した が 、 自分 が 行く わけ が ない と 思い ながら 朝 を 迎えた 。 行く わけ が ない のに 、 珠代 に 向かって 、「 今夜 遅く なる 」 と 告げた 。 行く わけ が ない の に 着替えた 。 行く つもり も ない のに 家 を 出た 。 会う 勇気 も ない くせ に 、 すぐ そこ に 駅 が 見える ところ に 立って いた 。

どれ くらい ぼんやり して いた の か 、 駅 へ 急ぐ 人 たち が 光代 を 追い抜いて いく 。 光代 は 端に 寄って ガード レール に 腰かけた 。 後ろ から 歩いて きた 中年 の 女性 が 、 気分 でも 悪く なった と 勘違い した の か 、 心配 そうな 目 を 向ける 。

日差し が 強い せい で 寒 さ は 感じ なかった 。 ただ ガード レール が 尻 に 食い込んで 痛かった 。

すでに 待ち合わせ の 十一 時 を 回って いた 。 座り込んだ ガード レール から も 駅前 の ロータリー は 見えた 。 入口 付近 に 人 の 出入り は ある が 、 それ らしき 男 は 立って いない 。 ロータリー に 猛 スピード で 白い 車 が 走り込んで 来た の は その とき だった 。 少し 離れた 場所 に いた 光代 も 思わず ガード レール から 立ち上がる ほど 、 タイヤ を 鳴らして カーブ を 曲がった 。 間違い なかった 。 昨夜 、 メール の 画像 で 祐一 が 見せて くれた 車 だった 。 光代 は 「 行ける わけない 」 と また 小声 で 呟いた 。 そう 呟いた のに 右 足 が 少し だけ 前 に 出た 。

会って 嫌な 顔 を さ れたら どう しよう 。 がっかり さ れたら どう しよう 。

そう 思い ながら も 前 へ 進んだ 。

なんでもない 。

メール で 知り合った 男 と 会う くらい なんでもない 。

そう 言い聞かせ ながら 止まり そうな 足 を 必死に 動かした 。

自分 が 見知らぬ 男 の 車 に 近づいて いる の が 不思議で 仕方なかった 。 自分 に こんな 勇気 が ある こと に 驚いて いた 。

白い 車 の ドア が 開いた の は 、 光代 が ロータリー の 入口 に 差し掛かった とき だ 。 思わず 足 を 止める と 、 中 から 金髪 で 背 の 高い 男 が 降りて きた 。 冬 の 日差し の 中 で 見る と 、 以前 送って もらった 画像 より 数 倍 髪 の 色 が 明るく 見えた 。

男 は ちらっと こちら に 目 を 向け 、 すぐに 視線 を 駅 の 入口 の ほう へ 戻した 。 ドア を 閉めて ガード レール を 飛び越える 。 その 様子 を 光代 は 街路 樹 に 隠れる ように して 見つめて いた 。 思って いた より も 若かった 。 思った より も からだ の 線 が 細かった 。 思った より も 優し そうだった 。

正直 、 もう ここ まで だ と 光代 は 思った 。 これ 以上 前 に 進む 勇気 は 、 どこ を 探して も 見つかり そうに なかった 。

いったん 駅 の 中 に 入った 男 が 、 手 に 携帯 を 持って 出て きた 。 一瞬 、 男 と 目 が 合った 。 光代 は 思わず 背 を 向けて 、 また ガード レール に 腰かけた 。

三十 数えて 、 彼 が ここ へ 来 なかったら 帰ろう と 思った 。 彼 は 今 、 自分 の 顔 を 見た はずだ 。 このあと は 彼 に 決めて 欲しかった 。 会い に 行って がっかり さ れる の は 怖かった 。 今さら 逃げ 帰って 後悔 する の も 嫌だった 。

結局 、 一 から 五 まで 数えて 、 その あと は 数字 が 出て こ なかった 。 どれ くらい 座って いた の か 、 見つめて いた 足元 に すっと 影 が 伸びて くる 。 「 あの ……」

上 から 落ちて きた 声 が 、 どこ か ビクビク して いた 。 顔 を 上げる と 、 木漏れ日 を 受けた 男 が そこ に 立って いた 。

「 あの 、 清水 です けど ……」

たぶん 彼 の オドオド した 立ち 姿 の せい だ と 思う 。 たぶん 彼 の 冬 日 を 受けた 肌 の せい だ と 思う 。 たぶん どこ か 怯えて いた 彼 の 目 の せい だ と 思う 。 その 瞬間 を 境 に 何 か が 変わった 。 これ まで の ついて い なかった 人生 が 、 そこ で 終わった ような 気 が した 。 これ から 何 が 始まる の か は 分から なかった が 、 ここ へ 来て よかった のだ と 光代 は 思った 。

声 を かけて きた 祐一 に 、 緊張 し ながら も 光代 が 微笑む と 、 その 緊張 が 祐一 に も 移った ようで 、 とつぜん 辺り を きょろきょろ と 見回した 。

「 車 、 あそこ に 停め とったら 持って かれる よ 」 祐一 の 前 で 初めて 出した 声 が 意外に も 落ち着いて いて 、 光代 は そんな 自分 に 驚いた 。 「 あ 、 そう やね 」

慌てた 祐一 が 車 へ 戻ろう と して 、 ふと 光代 の 存在 を 思い出した ように 立ち止まる 。 手足 が 長い ので 、 その 動き が とても 大げさに 見え 、 光代 は 思わず 微笑んだ 。

ガード レール を 離れる と 、 まるで あと を 追って くる 子供 を 気 に する ように して 祐一 が 何度 も 振り返り ながら 歩き 出す 。 その 背中 に 、「 写真 で 見る より 、 髪 、 金色 なん や ね 」 と 光代 は 声 を かけた 。 少し だけ 歩調 を 弛 め て 横 に 並んで きた 祐一 が 自分 の 髪 を ぐしゃ ぐしゃっと 掻き ながら 、「 夜 、 鏡 を 見とったら 、 急に なんか を 変え と うなって …… 別に 、 シャレ とる わけじゃ なか と けど 」 と ボソボソ と 答える 。 「 それ で 金髪 に ? 「…… 他 に 何も 思いつか ん やった けん 」

祐一 は 生真面目な 顔 で そう 言った 。

車 まで 来る と 、 祐一 は 助手 席 の ドア を 開けて くれた 。

「 私 も 、 なんか その 気持ち 分かる 」 と 光代 は 言った 。 言い ながら 、 何の 抵抗 も なく 乗り込んだ 。

祐一 は ドア を 閉めて 運転 席 へ 回り込んだ 。 芳香 剤 で も ある の か 車 内 に バラ の 香り が 漂って いた 。 祐一 が この 車 を 大切に して いる こと が 乗った とたん に 伝わって きた 。

祐一 は 運転 席 に 乗り込み 、 すぐに エンジン を かけて ハンドル を 切った 。 前 に 停 まって いる タクシー に ぶつかり そうに 見えた が 、 祐一 に は この 車 の サイズ が 一 ミリ 単位 で 分かって いる の か 、 何の 躊躇 も なく アクセル を 踏む 。 車体 は スレスレ で タクシー を 躱 して 走り出した 。 ハンドル を 握る 祐一 の 指 が 、 つい さっき まで 誰 か と 喧嘩 を して いた ように 見えた 。 実際 に 喧嘩 を した あと の 手 など 見た こと は ない のだ が 、 長く 節くれ立った その 指 が ひどく 痛めつけられた あと の ようだった 。 ロータリー を 半 周 する 車 の 窓 に 、 見慣れた 駅前 の 風景 が 流れた 。 たった今 、 出会った ばかりの 男 の 車 に 乗って いる のに 、 まったく と 言って いい ほど 不安 が なかった 。 逆に 見慣れた 駅前 の 風景 の ほう が 、 光代 に は よそよそしく 感じられた 。 出会って 数 分 な のに 、 佐賀 駅前 の 風景 より も 祐一 の 運転 の ほう が 信じられた 。 「 私 、 まさか 自分 が 清水 くん の ような 人 と ドライブ する なんて 考えて も おら ん やった ……」

走り出した 車 の 中 で 光代 は 思わず そう 言った 。 ちらっと 目 を 向けた 祐一 が 、「 俺 の ような ? 」 と 首 を 傾げる 。

「 そう 。 清水 くん の ような ……、 金髪 の 人 」

光代 が そう 答える と 、 祐一 は また 髪 の 毛 を ぐしゃ ぐしゃっと 掻いた 。 咄嗟に 出て きた 言葉 だった が 、 今 の 自分 の 気持ち を こんなに 的確に 言い表した 言葉 も なかった 。

のろのろ と 走る 地元 ナンバー の 車 を 、 祐一 は 次々 と 追い抜いた 。 器用に 車線 を 変えて 、 加速 する たび 、 背中 が 柔らかい シート に 吸いつく 。 いつも なら タクシー の 運転手 に ちょっと スピード を 出さ れた だけ で ビクビク して しまう のだ が 、 不思議 と 祐一 の 運転 に は 不安 を 感じ ない 。 かなり 際どい タイミング で 車線 を 変える のに 、 まるで 磁石 の 同 極 が 触れ合わ ない ような 、 絶対 に ぶつから ない と いう 安心 感 が ある 。

「 運転 うまい ね 。 私 なんか 免許 は 取った けど ペーパー やけん 」

また 一 台 抜き去った 祐一 に 光代 は 言った 。

「 いつも 運転 し とる けん 」

祐一 が ぼ そっと 呟く 。

車 は あっという間 に 34 号 線 と の 交差 点 に 近づいて いた 。 この 交差 点 を 左 に 曲がれば 、 街道 沿い に 光代 が 働く 紳士 服 店 が あり 、 直進 すれば 高速の 佐賀 大和 インター へ 繋 な がる 。

「 ねぇ 、 どう する ? 久しぶりに 信号 で 停 まる と 、 光代 は 祐一 と 目 を 合わさ ず に 尋ねた 。

「 そのまま 呼子 の 灯台 の ほう に 行く ? それとも この 辺 で お 昼 ご飯 食べて から に する ? 不思議 と 言葉 が スラスラ 出て きた 。 隣 に いる 人 が どんな 男 な の かも 知ら ない のに 、 ひどく 大胆な 自分 に 自分 で 呆 あきれた 。

祐一 が ハンドル を 強く 握りしめた の は その とき だった 。 盛り上がった 拳 を 見て いる と 、 まるで 自分 の からだ が 締め 上げられて いる ようだった 。 「…… ホテル に 行か ん ? 祐一 は ハンドル を 握りしめる 自分 の 拳 を 見つめて そう 言った 。 一瞬 、 何 を 言わ れた の か 分から ず 、 呆然と その 横顔 を 見つめて いる と 、 目 を 伏せた まま 、「 メシ や ドライブ は ……、 その あと で よ かたい 」 と 祐一 が 呟く 。 その 顔 が 、 まるで 叱ら れる の を 分かって いる のに 、 それ でも おもちゃ を ねだる 子供 の ようだった 。

「 もう ~、 なん ば いきなり 言い よっと ぉ 」 咄嗟に 光代 は 笑い飛ばした 。 とつぜん ホテル に 行きたい など と 言われて 、 動転 して いた せい も ある が 、 大げさに からだ を くねら せて 、 祐一 の 肩 を 叩 たたいた 。 その 手 を 祐一 に 掴まれた 。 いつの間にか 信号 は 変わって おり 、 背後 の 車 から クラクション が 鳴らさ れる 。 祐一 は 掴んで いた 光代 の 手 を 放し 、 ゆっくり と アクセル を 踏んだ 。

私 、 そんな 気 で 会い に 来 たっちゃ ない と よ 。 ただ 灯台 を 見 たかった だけ 。

いくら でも 言葉 は 浮かんだ が 、 気まず そうに 黙り 込んだ 祐一 を 前 に 、 その どれ も が 嘘 臭 感じられた 。 「…… それ 、 本気で 言い よっと ? 言い ながら 、 光代 は 胸 が 痛く なる ほど 緊張 して いた 。 まるで もう 隣 に いる 男 に 服 を 脱 が されて いる ような 感じ だった 。 会って まだ 十分 と 経た ない 男 の 前 で 、 こんなに も 大胆に なって いる 自分 を 、 別の 場所 から 眺めて いる ようだった 。

祐一 は 前 を 見据えた まま 頷いた 。 何 か 言って くれる か と 待った が 、 気 の 利いた 誘い 文句 の 一 つ も ない 。

こんなに ギラギラ した 性欲 を 目の当たり に する の は 久しぶりだった 。

こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、 まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、 同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車 場 で 、 とつぜん 抱きつか れた とき 以来 だった 。 決して 嫌いな 人 で は なかった 。 どちら か と 言えば 、 好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。 それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。 あまりに も とつぜんだった せい も ある 。 いや 、 あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲して いた せい も ある 。 それ を 知ら れる の が 怖かった 。

こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、 まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、 同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車 場 で 、 とつぜん 抱きつか れた とき 以来 だった 。 決して 嫌いな 人 で は なかった 。 どちら か と 言えば 、 好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。 それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。 あまりに も とつぜんだった せい も ある 。 いや 、 あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲して いた せい も ある 。 それ を 知ら れる の が 怖かった 。

抱か れたい と 思って いる 自分 を 、 まだ 認める こと が でき なかった 。 あれ から もう 十 年 以上 が 経つ 。 この 十 年 、 何度 も その とき の こと を 思い出す 。 あの 瞬間 に 自分 が 今 の 人生 を 選んで しまった ような 気 さえ する 。 あの 瞬間 、 自分 が いつも 獰猛な 男 の 欲望 を どこ か で 求めて いる 女 に なって しまった ような 気 が する 。

「…… 行って も よか よ 、 ホテル 」

光代 は 落ち着いた 声 で 言った 。 道 の 先 に 佐賀 大和 インター を 示す 標識 が 見えた 。

なぜ か 珠代 と 暮らす 部屋 が 浮かんだ 。 不自由 の ない 部屋 だった 。 居心地 の いい 部屋 だった 。 ただ その 部屋 に 「 今日 は 帰り たく ない 」 と 強く 思った 。

佐賀 大和 インター の 入口 を 過ぎた 車 は 、 田園 地帯 を 蝶 結び する ような 高速の 高架 を くぐり 、 福岡 方面 へ と 向かって いた 。

よほど スピード を 出して いる の か 、 窓 の 外 を 看板 が 、 標識 が 、 まるで 千切ら れる ように 背後 へ 飛んで いく 。

「 この先 に ホテル が あるけ ん 」

ぼ そり と 呟いた 祐一 の 声 に 、 光代 は 改めて 、「 ああ 、 これ から セックス する んだ 」 と 思った 。

休 耕 中 の 畑 の 向こう に 、 ラブ ホテル の 看板 が 見えた の は その とき だった 。 光代 は ハンドル を 握る 祐一 に 目 を 向けた 。 髭 は 濃く ない ようで 、 顎 に 小さな ほくろ が あった 。

「 いつも こんな 風 に すぐ ホテル に 誘う と ? 尋ね ながら 、 光代 は その 答え が どう で も いい ような 気 が した 。 祐一 は 会って すぐに 、 自分 を ホテル に 誘った 。 自分 は その 誘い を 受けた 。 それ 以外 に 確かな もの は なかった 。 それ 以外 、 今 の 二 人 に 必要な もの は ない ような 気 が した 。

「 別に よか けど ……。 いつも こんな 風 に 誰 か を 誘っとって も 」 と 光代 は 笑った 。 看板 に 隠れる ように ホテル へ 向かう 小道 が あった 。 スピード を 落とした 車 が ゆっくり と 小道 を 進んで いく 。 路肩 に 小さな 鉢植え が 並べて あった 。 ただ 、 一 つ も 花 を つけて いる 鉢 は ない 。

小道 は そのまま 半 地下 の 駐車 場 へ 通じて いた 。 インター の 入口 から ここ まで 一 台 の 車 と も すれ違わ なかった のに 、 駐車 場 は 満 車 に 近かった 。

一 台 分 だけ 空いて いた 場所 に 車 を 停めた 。 祐一 が エンジン を 切った 瞬間 、 お互い が 唾 を 呑み込む 音 まで 聞こえる ほど 静かに なった 。

「 けっこう 混 ん ど る ね ? 無理に 静寂 を 破る ように 光代 は 声 を 出した 。 「 土曜日 や もん ね 」 と 付け加える と 、 寸法 直し の 納期 を 間違えて 客 から 苦情 を 受けた 先週 の 土曜日 の こと が 思い出さ れた 。

ここ まで 一方的に 来た くせ に 、 車 を 停めた とたん 祐一 が 動か なく なった 。 抜いた キー を 握った まま 、 その 手 を じっと 見つめて いる 。

「 部屋 、 空 い とれば いい けど ね 」

光代 は わざと 気 安い 口調 で 言った 。 その 言葉 に 祐一 が 俯いた まま 、「 うん 」 と 頷く 。

「 でも ヘン な 感じよ ねぇ 。 さっき 会った ばっかりで 、 もう こんな 所 に おる と や もん ねぇ 」

光代 の 声 が 閉ざさ れた 車 内 に こもった 。 こんな こと 、 なんでもない と 思えば 思う ほど 、 自分 の 声 が 弱々しく なった 。 その とき だった 。 とつぜん 祐一 が 、「…… ごめん 」 と 小さく 呟いた のだ 。

「 なんで 謝る と ? あまりに も とつぜんの 謝罪 に 、 光代 は 一瞬 うろたえた 。 何 を 謝られて いる の か 分から ず 、 頭 が 混乱 した 。 「 謝る こと ないって 。 正直 、 あまりに も いきなり 誘われて びっくり した けど 、 女 だって ね 、 そういう 気持ち に なる こと は ある と よ 。 そういう 気持ち に なる けん 、 誰 か と 出会いたいって 思う こと だって ある と よ 」 咄嗟に 出て きた 言葉 だった 。 言い ながら 、 こんな 科白 を 口 に して いる 自分 が 、 まるで 自分 じゃ ない ようだった 。 言い換えれば 、「 女 だって セックス したい とき が ある 、 セックス が し たくて 、 男 を 求める こと も ある 」 と 、 会った ばかりの 男 に 言って いる のだ 。 祐一 に 真っすぐに 見つめられた 。 その 目 が 何 か 言い た そうだった 。 自分 の 顔 が 赤く なって いる の が 分かった 。 職場 の 人 たち みんな に 盗み聞き されて いる ようだった 。 今 の 職場 の 人 だけ で なく 、 工場 時代 の 同僚 たち や 、 高校 時代 の 同級 生 たち に も 聞か れ 、 みんな から 笑われて いる ようだった 。

「 と 、 とにかく 行って みよう よ 。 もしかしたら 満室 かも しれ ん し 」

二 人きり の 車 内 から 逃げ出す ように 光代 は ドア を 開けた 。 開けた とたん 、 底冷え する 駐車 場 の 冷気 が 流れ込んだ 。

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第 三 章 彼女 は 誰 に 出会った か ?(承 前)【1】 (1) だい|みっ|しょう|かのじょ||だれ||であった||うけたまわ|ぜん |||||||||introduction| Kapitel 3 Wen hat sie getroffen? (Forts.) [1] (1) Chapter 3 Who did she meet? (continued) [1] (1) Chapitre 3 Qui a-t-elle rencontré ? (suite) [1] (1) 제3장 그녀는 누구를 만났을까? (承前)【1】 (1) Kapitel 3: Vem träffade hon? 第3章:她遇见了谁? (正善)[1] (1) 第 3 章 她遇到了谁?(续) [1] (1)

なんでもない こと な んだ と 、 自分 に 言い聞かせ 、 必死に 動かして きた 足 が 、 とつぜん ぱたり と 止まって しまった 。 |||||じぶん||いいきかせ|ひっしに|うごかして||あし|||||とまって| |||||||telling|desperately||||||suddenly||| ||||||||||||||ぱたり||| I told myself that it was nothing, and my legs, which I had been trying so hard to move, suddenly stopped.

清水 祐一 と 名乗る 男 と 待ち合わせ を した 佐賀 駅 は すぐ そこ に ある 。 きよみず|ゆういち||なのる|おとこ||まちあわせ|||さが|えき||||| |||to introduce oneself|||||||||||| The Saga Station, where I was meeting a man named Yuichi Shimizu, is right there.

なんでもない 。

光代 は もう 一 度 小声 で 呟いた 。 てるよ|||ひと|たび|こごえ||つぶやいた Mitsuyo||||||| Mitsuyo whispered once more. メール で 知り合った 男 と 会う ぐらい なんでもない 。 めーる||しりあった|おとこ||あう|| Meeting a guy you met through e-mail, that's nothing. みんな が 簡単に やって いる こと だ し 、 会った から と 言って 何 が 変わる わけで も ない 。 ||かんたんに||||||あった|||いって|なん||かわる||| It's easy for everyone to do, and it doesn't change anything just because you've met.

今朝 、 仕事 へ 出かける 妹 の 珠代 に 、「 今夜 ちょっと 遅く なる かも しれ ん けん 」 と 声 を かけた 。 けさ|しごと||でかける|いもうと||たまよ||こんや||おそく|||||||こえ|| this morning||||||Tamayo||||||||||||| This morning, I said to Tamayo, my younger sister, who was leaving for work, "I might be a little late tonight. 考えて みれば 、 あの とき から ずっと 、 光代 は 心 の 中 で そう 自分 に 言い聞かせて いた 。 かんがえて||||||てるよ||こころ||なか|||じぶん||いいきかせて| |||||||||||||||telling herself| |考えてみると||||||||||||||言い聞かせていた| Thinking about it, Mitsuyo had been telling herself that in her mind ever since that moment.

メール で 会う 約束 を した 。 めーる||あう|やくそく|| |||promise|| We agreed to meet via email. 都合 の いい 場所 を 訊 かれて 、 答えた 。 つごう|||ばしょ||じん||こたえた convenient|possessive particle|||||asked| He asked me where the best place was, and I told him. 都合 の いい 時間 を 訊 かれて 、 それ に も 答えた 。 つごう|||じかん||じん|||||こたえた ||||||||||answered 正直 、 簡単な こと だった 。 しょうじき|かんたんな|| honestly||| Frankly, it was a simple matter. ただ 約束 して 携帯 を 置いた あと 、 本当に 自分 は 会い に 行く つもりな のだろう か と 不安に なった 。 |やくそく||けいたい||おいた||ほんとうに|じぶん||あい||いく|||||ふあんに| |promise||||put down||||||||||||| After I made the appointment and put my phone down, I wondered if I was really going to see him. あまりに も 約束 する の が 簡単で 、 肝心な 自分 の 気持ち を 確かめて いない こと に 気 が ついた 。 ||やくそく||||かんたんで|かんじんな|じぶん||きもち||たしかめて||||き|| ||promise||||easy|crucial||||||||||| |||||||大事な|||||確かめていない|||||| I realized that it was so easy to make promises that I had not checked my feelings, which is the most important thing. 行く わけない 、 と 光代 は 呟いた 。 いく|||みつよ||つぶやいた |no way||Mitsuyo||muttered I'm not going," Mitsuyo muttered. 私 に そんな 勇気 が ある わけ が ない と 。 わたくし|||ゆうき|||||| |locative particle|||||||| I don't think I have the courage to do that.

でも 勇気 も ない くせ に 、 光代 は その 日 着て いく 洋服 の こと を 考えて いた 。 |ゆうき|||||てるよ|||ひ|きて||ようふく||||かんがえて| ||||||||||||clothes||||| But for someone who doesn't have the courage, Mitsuyo was thinking about what she was going to wear that day. 会い に 行く 気 も ない くせ に 、 駅前 で 会う 二 人 の 様子 を 想像 して いた 。 あい||いく|き|||||えきまえ||あう|ふた|じん||ようす||そうぞう|| Even though I had no intention of going to see her, I imagined the two of them meeting in front of the station.

約束 は した が 、 自分 が 行く わけ が ない と 思い ながら 朝 を 迎えた 。 やくそく||||じぶん||いく|||||おもい||あさ||むかえた |||||||||||||||welcomed I promised myself that I would be there, but I knew I had no reason to be there. 行く わけ が ない のに 、 珠代 に 向かって 、「 今夜 遅く なる 」 と 告げた 。 いく|||||たまよ||むかって|こんや|おそく|||つげた |||||Tamayo||||||| Although she had no reason to go, she told Tamayo that she would be late tonight. 行く わけ が ない の に 着替えた 。 いく||||||きがえた I changed my clothes even though I had no reason to go. 行く つもり も ない のに 家 を 出た 。 いく|||||いえ||でた I left home with no intention of going. 会う 勇気 も ない くせ に 、 すぐ そこ に 駅 が 見える ところ に 立って いた 。 あう|ゆうき||||||||えき||みえる|||たって| For someone who didn't have the courage to meet him, he was standing right in front of the station.

どれ くらい ぼんやり して いた の か 、 駅 へ 急ぐ 人 たち が 光代 を 追い抜いて いく 。 |||||||えき||いそぐ|じん|||てるよ||おいぬいて| ||absentmindedly|||||||||||Mitsuyo||| I wonder how long she had been in a daze as people hurrying to the station passed her. 光代 は 端に 寄って ガード レール に 腰かけた 。 てるよ||はしたに|よって|がーど|れーる||こしかけた ||edge|approached|||| Mitsuyo pulled over to the edge and sat on the guardrail. 後ろ から 歩いて きた 中年 の 女性 が 、 気分 でも 悪く なった と 勘違い した の か 、 心配 そうな 目 を 向ける 。 うしろ||あるいて||ちゅうねん||じょせい||きぶん||わるく|||かんちがい||||しんぱい|そう な|め||むける |||||||||||||||||worried|||| A middle-aged woman walking behind me turns her worried eyes on me, as if she thought I was in a bad mood.

日差し が 強い せい で 寒 さ は 感じ なかった 。 ひざし||つよい|||さむ|||かんじ| sunlight||||||||| ただ ガード レール が 尻 に 食い込んで 痛かった 。 |がーど|れーる||しり||くいこんで|いたかった |||||||hurtful But the guard rail was digging into my buttocks and it was painful.

すでに 待ち合わせ の 十一 時 を 回って いた 。 |まちあわせ||じゅういち|じ||まわって| It was already past eleven o'clock before the rendezvous. 座り込んだ ガード レール から も 駅前 の ロータリー は 見えた 。 すわりこんだ|がーど|れーる|||えきまえ||ろーたりー||みえた |||||||rotary|| I could see the rotary in front of the station from the guardrail I was sitting on. 入口 付近 に 人 の 出入り は ある が 、 それ らしき 男 は 立って いない 。 いりぐち|ふきん||じん||でいり||||||おとこ||たって| |vicinity||||||||||||| There are people coming and going near the entrance, but no man is standing there. ロータリー に 猛 スピード で 白い 車 が 走り込んで 来た の は その とき だった 。 ろーたりー||もう|すぴーど||しろい|くるま||はしりこんで|きた||||| ||fierce||||||ran in|||||| It was then that a white car drove into the roundabout at a high rate of speed. 少し 離れた 場所 に いた 光代 も 思わず ガード レール から 立ち上がる ほど 、 タイヤ を 鳴らして カーブ を 曲がった 。 すこし|はなれた|ばしょ|||てるよ||おもわず|がーど|れーる||たちあがる||たいや||ならして|かーぶ||まがった ||||||||||||||||||turned |||||||||||||タイヤ|||||曲がった Mitsuyo, who was a little further away, also stood up from the guardrail and rounded the curve with her tires squealing. 間違い なかった 。 まちがい| There was no mistake. 昨夜 、 メール の 画像 で 祐一 が 見せて くれた 車 だった 。 さくや|めーる||がぞう||ゆういち||みせて||くるま| It was the car that Yuichi showed me last night in a text message. 光代 は 「 行ける わけない 」 と また 小声 で 呟いた 。 てるよ||いける||||こごえ||つぶやいた Mitsuyo whispered again, "There's no way I can go. そう 呟いた のに 右 足 が 少し だけ 前 に 出た 。 |つぶやいた||みぎ|あし||すこし||ぜん||でた ||although|right||subject marker||||| I muttered this, but my right foot came forward just a little.

会って 嫌な 顔 を さ れたら どう しよう 。 あって|いやな|かお||||| I don't know what I'll do if I meet him and he gives me a bad look. がっかり さ れたら どう しよう 。 disappointed|||| What if they are disappointed?

そう 思い ながら も 前 へ 進んだ 。 |おもい|||ぜん||すすんだ

なんでもない 。

メール で 知り合った 男 と 会う くらい なんでもない 。 めーる||しりあった|おとこ||あう|| It's nothing like meeting a guy you met through e-mail.

そう 言い聞かせ ながら 止まり そうな 足 を 必死に 動かした 。 |いいきかせ||とまり|そう な|あし||ひっしに|うごかした |telling oneself|||||||moved I told myself that, and struggled to move my legs, which were about to stop.

自分 が 見知らぬ 男 の 車 に 近づいて いる の が 不思議で 仕方なかった 。 じぶん||みしらぬ|おとこ||くるま||ちかづいて||||ふしぎで|しかたなかった I couldn't help wondering why I was approaching a strange man's car. 自分 に こんな 勇気 が ある こと に 驚いて いた 。 じぶん|||ゆうき|||||おどろいて| He was amazed that he had the courage to do it.

白い 車 の ドア が 開いた の は 、 光代 が ロータリー の 入口 に 差し掛かった とき だ 。 しろい|くるま||どあ||あいた|||てるよ||ろーたりー||いりぐち||さしかかった|| ||||||||||||||reached|| ||||||||||||||approached|| The door of the white car opened just as Mitsuyo approached the entrance to the roundabout. 思わず 足 を 止める と 、 中 から 金髪 で 背 の 高い 男 が 降りて きた 。 おもわず|あし||とどめる||なか||きんぱつ||せ||たかい|おとこ||おりて| I stopped in my tracks, and a tall, blond man came down from inside. 冬 の 日差し の 中 で 見る と 、 以前 送って もらった 画像 より 数 倍 髪 の 色 が 明るく 見えた 。 ふゆ||ひざし||なか||みる||いぜん|おくって||がぞう||すう|ばい|かみ||いろ||あかるく|みえた When viewed in the winter sun, my hair color looked several times brighter than in the previous image you sent me.

男 は ちらっと こちら に 目 を 向け 、 すぐに 視線 を 駅 の 入口 の ほう へ 戻した 。 おとこ|||||め||むけ||しせん||えき||いりぐち||||もどした ||glanced||||||||||||||| The man glanced at me and immediately returned his gaze to the station entrance. ドア を 閉めて ガード レール を 飛び越える 。 どあ||しめて|がーど|れーる||とびこえる ||||||jump over Close the door and jump over the guardrail. その 様子 を 光代 は 街路 樹 に 隠れる ように して 見つめて いた 。 |ようす||てるよ||がいろ|き||かくれる|||みつめて| |appearance||||street|street tree|||||| Mitsuyo watched the scene as she hid behind a street tree. 思って いた より も 若かった 。 おもって||||わかかった 思った より も からだ の 線 が 細かった 。 おもった|||||せん||ほそかった |||||||thinner The lines of my body were thinner than I expected. 思った より も 優し そうだった 。 おもった|||やさし|そう だった He seemed kinder than I expected.

正直 、 もう ここ まで だ と 光代 は 思った 。 しょうじき||||||てるよ||おもった To be honest, Mitsuyo thought that was it. これ 以上 前 に 進む 勇気 は 、 どこ を 探して も 見つかり そうに なかった 。 |いじょう|ぜん||すすむ|ゆうき||||さがして||みつかり|そう に|

いったん 駅 の 中 に 入った 男 が 、 手 に 携帯 を 持って 出て きた 。 |えき||なか||はいった|おとこ||て||けいたい||もって|でて| once|||||||||||||| Once inside the station, the man came out with a cell phone in his hand. 一瞬 、 男 と 目 が 合った 。 いっしゅん|おとこ||め||あった a moment||||| For a moment, I made eye contact with the man. 光代 は 思わず 背 を 向けて 、 また ガード レール に 腰かけた 。 てるよ||おもわず|せ||むけて||がーど|れーる||こしかけた Mitsuyo turned her back and sat on the guardrail again.

三十 数えて 、 彼 が ここ へ 来 なかったら 帰ろう と 思った 。 さんじゅう|かぞえて|かれ||||らい||かえろう||おもった I counted to 30, and when he didn't show up, I thought I'd go home. 彼 は 今 、 自分 の 顔 を 見た はずだ 。 かれ||いま|じぶん||かお||みた| He should have seen his own face right now. このあと は 彼 に 決めて 欲しかった 。 ||かれ||きめて|ほしかった I wanted him to decide what to do next. 会い に 行って がっかり さ れる の は 怖かった 。 あい||おこなって||||||こわかった I was afraid of going to see him and being disappointed. 今さら 逃げ 帰って 後悔 する の も 嫌だった 。 いまさら|にげ|かえって|こうかい||||いやだった I didn't want to run away and regret it now.

結局 、 一 から 五 まで 数えて 、 その あと は 数字 が 出て こ なかった 。 けっきょく|ひと||いつ||かぞえて||||すうじ||でて|| |||||||||numbers|||| In the end, I counted from one to five, and then no more numbers came out. どれ くらい 座って いた の か 、 見つめて いた 足元 に すっと 影 が 伸びて くる 。 ||すわって||||みつめて||あしもと||す っと|かげ||のびて| ||||||||||smoothly|||| I wonder how long I've been sitting there, staring at my feet, and then a shadow suddenly grows at my feet. 「 あの ……」 "You know, ......."

上 から 落ちて きた 声 が 、 どこ か ビクビク して いた 。 うえ||おちて||こえ||||びくびく|| ||||||||nervously|| ||||||||おどおど|| The voice that fell from above was somewhat jumpy. 顔 を 上げる と 、 木漏れ日 を 受けた 男 が そこ に 立って いた 。 かお||あげる||こもれび||うけた|おとこ||||たって| ||||sunlight streaming through the trees|||||||| ||||sunlight filtering through trees|||||||| I looked up and saw a man standing there with the sun shining through the trees.

「 あの 、 清水 です けど ……」 |きよみず|| Um, this is Shimizu. ......

たぶん 彼 の オドオド した 立ち 姿 の せい だ と 思う 。 |かれ||||たち|すがた|||||おもう |||nervous|||||||| |||おどおど|||||||| I think it's probably because of his timid appearance. たぶん 彼 の 冬 日 を 受けた 肌 の せい だ と 思う 。 |かれ||ふゆ|ひ||うけた|はだ|||||おもう |||winter||||||||| Maybe it's his skin in the winter sun. たぶん どこ か 怯えて いた 彼 の 目 の せい だ と 思う 。 |||おびえて||かれ||め|||||おもう |||frightened||||||||| Maybe it was his eyes that were somewhat frightened. その 瞬間 を 境 に 何 か が 変わった 。 |しゅんかん||さかい||なん|||かわった Something changed around that moment. これ まで の ついて い なかった 人生 が 、 そこ で 終わった ような 気 が した 。 ||||||じんせい||||おわった||き|| I felt like my life, which had been so unlucky, ended there. これ から 何 が 始まる の か は 分から なかった が 、 ここ へ 来て よかった のだ と 光代 は 思った 。 ||なん||はじまる||||わから|||||きて||||てるよ||おもった Although she had no idea what was about to happen, Mitsuyo felt that she had come to the right place.

声 を かけて きた 祐一 に 、 緊張 し ながら も 光代 が 微笑む と 、 その 緊張 が 祐一 に も 移った ようで 、 とつぜん 辺り を きょろきょろ と 見回した 。 こえ||||ゆういち||きんちょう||||てるよ||ほおえむ|||きんちょう||ゆういち|||うつった|||あたり||||みまわした ||||||nervous||||||smiled|||||||||||||nervously|| |||||||||||||||||||||||||あたりを見回して||見回した When Mitsuyo smiled nervously at Yuichi who called out to her, Yuichi seemed to be affected by her nervousness and looked around in Convexity.

「 車 、 あそこ に 停め とったら 持って かれる よ 」 祐一 の 前 で 初めて 出した 声 が 意外に も 落ち着いて いて 、 光代 は そんな 自分 に 驚いた 。 くるま|||とめ||もって|||ゆういち||ぜん||はじめて|だした|こえ||いがいに||おちついて||てるよ|||じぶん||おどろいた ||||||持って行かれる||||||||||||||||||| The first time she spoke in front of Yuichi, her voice was surprisingly calm, and Mitsuyo was surprised at herself. 「 あ 、 そう やね 」 ||that's right "Oh, yeah."

慌てた 祐一 が 車 へ 戻ろう と して 、 ふと 光代 の 存在 を 思い出した ように 立ち止まる 。 あわてた|ゆういち||くるま||もどろう||||てるよ||そんざい||おもいだした||たちどまる ||||||||suddenly||||||| Yuichi was about to return to the car when he suddenly stopped as if he remembered Mitsuyo's presence. 手足 が 長い ので 、 その 動き が とても 大げさに 見え 、 光代 は 思わず 微笑んだ 。 てあし||ながい|||うごき|||おおげさに|みえ|てるよ||おもわず|ほおえんだ ||||||||exaggeratedly|||||

ガード レール を 離れる と 、 まるで あと を 追って くる 子供 を 気 に する ように して 祐一 が 何度 も 振り返り ながら 歩き 出す 。 がーど|れーる||はなれる|||||おって||こども||き|||||ゆういち||なんど||ふりかえり||あるき|だす |||move away||||||||||||||||||||| When Yuichi leaves the guardrail, he starts to walk, looking back and forth as if he is concerned about the child who is coming after him. その 背中 に 、「 写真 で 見る より 、 髪 、 金色 なん や ね 」 と 光代 は 声 を かけた 。 |せなか||しゃしん||みる||かみ|きんいろ|||||てるよ||こえ|| Mitsuyo looked at his back and said, "Your hair is more golden than it looks in the picture. 少し だけ 歩調 を 弛 め て 横 に 並んで きた 祐一 が 自分 の 髪 を ぐしゃ ぐしゃっと 掻き ながら 、「 夜 、 鏡 を 見とったら 、 急に なんか を 変え と うなって …… 別に 、 シャレ とる わけじゃ なか と けど 」 と ボソボソ と 答える 。 すこし||ほちょう||ち|||よこ||ならんで||ゆういち||じぶん||かみ|||ぐしゃ っと|かき||よ|きよう||みとったら|きゅうに|||かえ|||べつに||||||||ぼそぼそ||こたえる ||pace|||||||||||||||messy|messily|scratching|||||watching||||change||nodded||joke|||||||mumbling|| |||||||||||||||||ぐしゃ||||||||||||||||||||||小声で|| Yuichi, who was pacing a little slower and stood next to her, scratched his hair and replied in a whisper, "When I looked in the mirror at night, I suddenly felt like changing something. ...... I wasn't taking part in any of this, but I wasn't taking part in any of it. 「 それ で 金髪 に ? ||きんぱつ| 「…… 他 に 何も 思いつか ん やった けん 」 た||なにも|おもいつか|||

祐一 は 生真面目な 顔 で そう 言った 。 ゆういち||きまじめな|かお|||いった ||serious|||| ||serious||||

車 まで 来る と 、 祐一 は 助手 席 の ドア を 開けて くれた 。 くるま||くる||ゆういち||じょしゅ|せき||どあ||あけて|

「 私 も 、 なんか その 気持ち 分かる 」 と 光代 は 言った 。 わたくし||||きもち|わかる||てるよ||いった 言い ながら 、 何の 抵抗 も なく 乗り込んだ 。 いい||なんの|ていこう|||のりこんだ |||resistance||| I got in without any resistance, saying.

祐一 は ドア を 閉めて 運転 席 へ 回り込んだ 。 ゆういち||どあ||しめて|うんてん|せき||まわりこんだ ||||||||circled around Yuichi closed the door and went around to the driver's seat. 芳香 剤 で も ある の か 車 内 に バラ の 香り が 漂って いた 。 ほうこう|ざい||||||くるま|うち||ばら||かおり||ただよって| fragrance|agent|||||||||rose||||wafting| The car was filled with the scent of roses, as if there was some kind of air freshener in the air. 祐一 が この 車 を 大切に して いる こと が 乗った とたん に 伝わって きた 。 ゆういち|||くるま||たいせつに|||||のった|||つたわって| |||||with care||||||||| As soon as I got in the car, I could feel how much Yuichi cherished this car.

祐一 は 運転 席 に 乗り込み 、 すぐに エンジン を かけて ハンドル を 切った 。 ゆういち||うんてん|せき||のりこみ||えんじん|||はんどる||きった Yuichi got into the driver's seat, immediately started the engine and turned the steering wheel. 前 に 停 まって いる タクシー に ぶつかり そうに 見えた が 、 祐一 に は この 車 の サイズ が 一 ミリ 単位 で 分かって いる の か 、 何の 躊躇 も なく アクセル を 踏む 。 ぜん||てい|||たくしー|||そう に|みえた||ゆういち||||くるま||さいず||ひと|みり|たんい||わかって||||なんの|ちゅうちょ|||あくせる||ふむ |||||||||||||||||||||unit|||||||hesitation||||| It looked as if it was about to hit the cab parked in front of it, but Yuichi knew the size of this car down to the millimeter, so he stepped on the gas pedal without hesitation. 車体 は スレスレ で タクシー を 躱 して 走り出した 。 しゃたい||||たくしー||た||はしりだした ||barely||||dodged|| ||ギリギリ|||||| The car avoided the cab and started to drive away. ハンドル を 握る 祐一 の 指 が 、 つい さっき まで 誰 か と 喧嘩 を して いた ように 見えた 。 はんどる||にぎる|ゆういち||ゆび|||||だれ|||けんか|||||みえた Yuichi's fingers on the steering wheel looked like he was fighting with someone just a moment ago. 実際 に 喧嘩 を した あと の 手 など 見た こと は ない のだ が 、 長く 節くれ立った その 指 が ひどく 痛めつけられた あと の ようだった 。 じっさい||けんか|||||て||みた||||||ながく|ふしくれだった||ゆび|||いためつけ られた||| ||||||||||||||||knobby|||||badly injured||| ||||||||||||||||指|||||傷ついた||| I have never actually seen a hand after a fight, but the long, knobby fingers looked as if they had been severely injured. ロータリー を 半 周 する 車 の 窓 に 、 見慣れた 駅前 の 風景 が 流れた 。 ろーたりー||はん|しゅう||くるま||まど||みなれた|えきまえ||ふうけい||ながれた |||||||||familiar||||| A familiar view of the station flashed by the window of a car making a half-loop around the roundabout. たった今 、 出会った ばかりの 男 の 車 に 乗って いる のに 、 まったく と 言って いい ほど 不安 が なかった 。 たったいま|であった||おとこ||くるま||のって|||||いって|||ふあん|| I was not at all worried about being in the car of a man I had just met. 逆に 見慣れた 駅前 の 風景 の ほう が 、 光代 に は よそよそしく 感じられた 。 ぎゃくに|みなれた|えきまえ||ふうけい||||てるよ||||かんじ られた |||||||||||distant| |||||||||||冷たく| On the contrary, the familiar scenery in front of the station seemed to be more distant to Mitsuyo. 出会って 数 分 な のに 、 佐賀 駅前 の 風景 より も 祐一 の 運転 の ほう が 信じられた 。 であって|すう|ぶん|||さが|えきまえ||ふうけい|||ゆういち||うんてん||||しんじ られた |||||||||||||||||could be believed I could believe Yuichi's driving more than the scenery in front of Saga Station, even though we had only met for a few minutes. 「 私 、 まさか 自分 が 清水 くん の ような 人 と ドライブ する なんて 考えて も おら ん やった ……」 わたくし||じぶん||きよみず||||じん||どらいぶ|||かんがえて|||| I never thought I would be driving with someone like Shimizu-kun. ......

走り出した 車 の 中 で 光代 は 思わず そう 言った 。 はしりだした|くるま||なか||てるよ||おもわず||いった Mitsuyo said so unintentionally in the car as it started to drive away. ちらっと 目 を 向けた 祐一 が 、「 俺 の ような ? |め||むけた|ゆういち||おれ|| 」 と 首 を 傾げる 。 |くび||かしげる

「 そう 。 清水 くん の ような ……、 金髪 の 人 」 きよみず||||きんぱつ||じん

光代 が そう 答える と 、 祐一 は また 髪 の 毛 を ぐしゃ ぐしゃっと 掻いた 。 てるよ|||こたえる||ゆういち|||かみ||け|||ぐしゃ っと|かいた ||||||||||hair||scratched|messily|scratched ||||||||||||||掻いた When Mitsuyo replied, Yuichi scratched his hair again. 咄嗟に 出て きた 言葉 だった が 、 今 の 自分 の 気持ち を こんなに 的確に 言い表した 言葉 も なかった 。 とっさに|でて||ことば|||いま||じぶん||きもち|||てきかくに|いいあらわした|ことば|| spontaneously|||||||||||||accurately|expressed||| It was a word that came to me on the spur of the moment, but no other word could have so accurately expressed my feelings at the moment.

のろのろ と 走る 地元 ナンバー の 車 を 、 祐一 は 次々 と 追い抜いた 。 ||はしる|じもと|なんばー||くるま||ゆういち||つぎつぎ||おいぬいた slowly||||number||||||||passed Yuichi passed a number of slow-moving cars with local license plate numbers one after another. 器用に 車線 を 変えて 、 加速 する たび 、 背中 が 柔らかい シート に 吸いつく 。 きように|しゃせん||かえて|かそく|||せなか||やわらかい|しーと||すいつく skillfully|lane|||accelerate|||||soft|||cling Every time I change lanes dexterously and accelerate, my back sucks on the soft seat. いつも なら タクシー の 運転手 に ちょっと スピード を 出さ れた だけ で ビクビク して しまう のだ が 、 不思議 と 祐一 の 運転 に は 不安 を 感じ ない 。 ||たくしー||うんてんしゅ|||すぴーど||ださ||||びくびく|||||ふしぎ||ゆういち||うんてん|||ふあん||かんじ| |||||||||||||nervously||||||||||||||| Normally, I would get nervous at the slightest speed by a cab driver, but strangely enough, Yuichi's driving does not make me nervous at all. かなり 際どい タイミング で 車線 を 変える のに 、 まるで 磁石 の 同 極 が 触れ合わ ない ような 、 絶対 に ぶつから ない と いう 安心 感 が ある 。 |きわどい|たいみんぐ||しゃせん||かえる|||じしゃく||どう|ごく||ふれあわ|||ぜったい||ぶつ から||||あんしん|かん|| |critical||||||||magnet||polarity|same pole||barely touching|||||||||||| Although the car changes lanes at a very critical moment, there is a sense of security that the two vehicles will never collide, as if the poles of a magnet do not touch each other.

「 運転 うまい ね 。 うんてん|| 私 なんか 免許 は 取った けど ペーパー やけん 」 わたくし||めんきょ||とった||ぺーぱー| ||||||paper|

また 一 台 抜き去った 祐一 に 光代 は 言った 。 |ひと|だい|ぬきさった|ゆういち||てるよ||いった |||overtook|||||

「 いつも 運転 し とる けん 」 |うんてん||| ||||だから

祐一 が ぼ そっと 呟く 。 ゆういち||||つぶやく |||softly|murmur

車 は あっという間 に 34 号 線 と の 交差 点 に 近づいて いた 。 くるま||あっというま||ごう|せん|||こうさ|てん||ちかづいて| ||in no time|||||||||| In no time at all, the car was approaching the intersection with Route 34. この 交差 点 を 左 に 曲がれば 、 街道 沿い に 光代 が 働く 紳士 服 店 が あり 、 直進 すれば 高速の 佐賀 大和 インター へ 繋 な がる 。 |こうさ|てん||ひだり||まがれば|かいどう|ぞい||みつよ||はたらく|しんし|ふく|てん|||ちょくしん||こうそくの|さが|だいわ|いんたー||つな|| ||||||turn|highway|along||Mitsuyo||||||subject marker||straight|||||||connect|will connect| If you turn left at this intersection, there is a men's clothing store along the street where Mitsuyo works, and if you go straight, it leads to the Saga-Yamato Interchange on the expressway.

「 ねぇ 、 どう する ? "Hey, what do you want to do? 久しぶりに 信号 で 停 まる と 、 光代 は 祐一 と 目 を 合わさ ず に 尋ねた 。 ひさしぶりに|しんごう||てい|||てるよ||ゆういち||め||あわさ|||たずねた ||||||||||||met||| When they stopped at a traffic light for the first time in a while, Mitsuyo asked Yuichi without making eye contact with him.

「 そのまま 呼子 の 灯台 の ほう に 行く ? |よびこ||とうだい||||いく |Yobuko||lighthouse|||| "Do you want to go straight to the lighthouse at Yobuko? それとも この 辺 で お 昼 ご飯 食べて から に する ? ||ほとり|||ひる|ごはん|たべて||| ||||||lunch|||| Or do you want to have lunch around here first? 不思議 と 言葉 が スラスラ 出て きた 。 ふしぎ||ことば||すらすら|でて| ||||fluently|| ||||スムーズに|| The words came out smoothly and mysteriously. 隣 に いる 人 が どんな 男 な の かも 知ら ない のに 、 ひどく 大胆な 自分 に 自分 で 呆 あきれた 。 となり|||じん|||おとこ||||しら||||だいたんな|じぶん||じぶん||ぼけ| ||||||||||||||bold|||||amazed|astonished I was appalled at how bold I was, not knowing what kind of man the person next to me was.

祐一 が ハンドル を 強く 握りしめた の は その とき だった 。 ゆういち||はんどる||つよく|にぎりしめた||||| That was when Yuichi gripped the steering wheel tightly. 盛り上がった 拳 を 見て いる と 、 まるで 自分 の からだ が 締め 上げられて いる ようだった 。 もりあがった|けん||みて||||じぶん||||しめ|あげ られて|| |fist||||||||||tightened|tightened|| |拳||||||||||||| Looking at his raised fist, it was as if his own body was being tightened. 「…… ホテル に 行か ん ? ほてる||いか| ...... going to a hotel? 祐一 は ハンドル を 握りしめる 自分 の 拳 を 見つめて そう 言った 。 ゆういち||はんどる||にぎりしめる|じぶん||けん||みつめて||いった ||||grips tightly|||fist|||| Yuichi said this while staring at his fist clenched around the steering wheel. 一瞬 、 何 を 言わ れた の か 分から ず 、 呆然と その 横顔 を 見つめて いる と 、 目 を 伏せた まま 、「 メシ や ドライブ は ……、 その あと で よ かたい 」 と 祐一 が 呟く 。 いっしゅん|なん||いわ||||わから||ぼうぜんと||よこがお||みつめて|||め||ふせた||めし||どらいぶ||||||||ゆういち||つぶやく |||||||||dumbfounded||profile|||||||averted|||||||||||||| ||||||||||||||||||伏せたまま|||||||||||||| For a moment, I stared at his profile in stunned disbelief, not knowing what he had just said, and then Yuichi muttered, with his eyes down, "I'll have dinner or drive to ......, and then I'll be fine. その 顔 が 、 まるで 叱ら れる の を 分かって いる のに 、 それ でも おもちゃ を ねだる 子供 の ようだった 。 |かお|||しから||||わかって||||||||こども|| ||||scolded|||||||||||begging||| His face looked like that of a child who knows he is going to be scolded, but still begs for a toy.

「 もう ~、 なん ば いきなり 言い よっと ぉ 」 咄嗟に 光代 は 笑い飛ばした 。 ||||いい|よっ と||とっさに|てるよ||わらいとばした ||locative particle|||||spontaneously|||laughed off Mitsuyo immediately laughed it off. とつぜん ホテル に 行きたい など と 言われて 、 動転 して いた せい も ある が 、 大げさに からだ を くねら せて 、 祐一 の 肩 を 叩 たたいた 。 |ほてる||いき たい|||いわ れて|どうてん|||||||おおげさに|||||ゆういち||かた||たた| |||||||flustered||||||||||twisted||||shoulder||tapped| |||||||動揺||||||||||くねくね||||||| He was upset because he was suddenly asked to go to a hotel, but he exaggeratedly twisted around and tapped Yuichi on the shoulder. その 手 を 祐一 に 掴まれた 。 |て||ゆういち||つかまれた |||||was grabbed Yuichi grabbed my hand. いつの間にか 信号 は 変わって おり 、 背後 の 車 から クラクション が 鳴らさ れる 。 いつのまにか|しんごう||かわって||はいご||くるま||||ならさ| |||||behind||||||is sounded| Before I knew it, the traffic light had changed and a car behind me honked its horn. 祐一 は 掴んで いた 光代 の 手 を 放し 、 ゆっくり と アクセル を 踏んだ 。 ゆういち||つかんで||てるよ||て||はなし|||あくせる||ふんだ ||grabbed||||||released|||||

私 、 そんな 気 で 会い に 来 たっちゃ ない と よ 。 わたくし||き||あい||らい|||| I didn't come to see you because I wanted to. ただ 灯台 を 見 たかった だけ 。 |とうだい||み|| I just wanted to see the lighthouse.

いくら でも 言葉 は 浮かんだ が 、 気まず そうに 黙り 込んだ 祐一 を 前 に 、 その どれ も が 嘘 臭 感じられた 。 ||ことば||うかんだ||きまず|そう に|だまり|こんだ|ゆういち||ぜん||||||うそ|くさ|かんじ られた ||||||awkward||||||||||||lie|fishy| I could think of many words, but they all smelled like lies in front of Yuichi, who was awkwardly silent. 「…… それ 、 本気で 言い よっと ? |ほんきで|いい|よっ と 言い ながら 、 光代 は 胸 が 痛く なる ほど 緊張 して いた 。 いい||てるよ||むね||いたく|||きんちょう|| While saying this, Mitsuyo was so nervous that it made her chest ache. まるで もう 隣 に いる 男 に 服 を 脱 が されて いる ような 感じ だった 。 ||となり|||おとこ||ふく||だつ||さ れて|||かんじ| |||||||clothes||removed|(subject marker)||||| It was as if the man next to me was already undressing me. 会って まだ 十分 と 経た ない 男 の 前 で 、 こんなに も 大胆に なって いる 自分 を 、 別の 場所 から 眺めて いる ようだった 。 あって||じゅうぶん||へた||おとこ||ぜん||||だいたんに|||じぶん||べつの|ばしょ||ながめて|| ||||passed||||||||bold|||||||||| It was as if I was looking at myself from another place, becoming so bold in front of a man I had met less than ten minutes before.

祐一 は 前 を 見据えた まま 頷いた 。 ゆういち||ぜん||みすえた||うなずいた ||||focused||nodded ||||looking ahead|| Yuichi nodded as he looked ahead. 何 か 言って くれる か と 待った が 、 気 の 利いた 誘い 文句 の 一 つ も ない 。 なん||いって||||まった||き||きいた|さそい|もんく||ひと||| ||||||||||quick|invitation|complaint||||| ||||||||||気の利いた||||||| I waited for him to say something, but he never made a single witty overture.

こんなに ギラギラ した 性欲 を 目の当たり に する の は 久しぶりだった 。 |ぎらぎら||せいよく||まのあたり|||||ひさしぶりだった |intense||sexual desire||eyes||||| |||||目の前||||| It had been a long time since I'd witnessed such a raging libido.

こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、 まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、 同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車 場 で 、 とつぜん 抱きつか れた とき 以来 だった 。 ||じぶん||ほっする|おとこ||みた||||こうじょう||はたらき|はじめた|||おなじ|らいん|||せんぱい|しゃいん||ざんぎょう|あけ||ちゅうしゃ|じょう|||だきつか|||いらい| ||||desired||||||||||||||line|||||||after||||||embraced|||| ||||求める||||||||||||||||||||||||||||||| I had not seen a man who wanted me so much since I had just started working at the factory, when a senior employee on the same line hugged me in the parking lot after overtime. 決して 嫌いな 人 で は なかった 。 けっして|きらいな|じん||| I never disliked him. どちら か と 言えば 、 好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。 |||いえば|こうい||よせて||せんぱい| ||||goodwill||||| If anything, it was a senior whom I had a liking for. それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。 |てるよ||ていこう||にげだした |||resistance|| あまりに も とつぜんだった せい も ある 。 ||suddenly||| It was too much of a surprise. いや 、 あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲して いた せい も ある 。 |||じぶん||||||ほっして|||| |||||||||desired|||| No, partly because I wanted it to happen so badly. それ を 知ら れる の が 怖かった 。 ||しら||||こわかった ||||||was scared I was afraid that people would find out.

こんなに まっすぐに 自分 を 欲する 男 を 見た の は 、 まだ 工場 で 働き 始めた ばかりの ころ 、 同じ ライン に いた 先輩 社員 に 残業 明け の 駐車 場 で 、 とつぜん 抱きつか れた とき 以来 だった 。 ||じぶん||ほっする|おとこ||みた||||こうじょう||はたらき|はじめた|||おなじ|らいん|||せんぱい|しゃいん||ざんぎょう|あけ||ちゅうしゃ|じょう|||だきつか|||いらい| 決して 嫌いな 人 で は   なかった 。 けっして|きらいな|じん||| どちら か と 言えば 、 好意 を 寄せて いた 先輩 だった 。 |||いえば|こうい||よせて||せんぱい| それなのに 光代 は 抵抗 して 逃げ出した 。 |てるよ||ていこう||にげだした あまりに も とつぜんだった せい も ある 。 いや 、 あまりに も 自分 が そう なる こと を 欲して いた せい も ある 。 |||じぶん||||||ほっして|||| |||||||||desired|||| それ を 知ら れる の が 怖かった 。 ||しら||||こわかった

抱か れたい と 思って いる 自分 を 、 まだ 認める こと が でき なかった 。 いだか|れ たい||おもって||じぶん|||みとめる|||| to be held||||||||acknowledge|||| あれ から もう 十 年 以上 が 経つ 。 |||じゅう|とし|いじょう||たつ It has been more than ten years since then. この 十 年 、 何度 も その とき の こと を 思い出す 。 |じゅう|とし|なんど|||||||おもいだす I have been reminded of that time many times over the past ten years. あの 瞬間 に 自分 が 今 の 人生 を 選んで しまった ような 気 さえ する 。 |しゅんかん||じぶん||いま||じんせい||えらんで|||き|| I even feel like I chose this life in that moment. あの 瞬間 、 自分 が いつも   獰猛な 男 の 欲望 を どこ か で 求めて いる 女 に なって しまった ような 気 が する 。 |しゅんかん|じぶん|||どうもうな|おとこ||よくぼう|||||もとめて||おんな|||||き|| |||||fierce|||desire|||||||||||||| In that moment, I felt as if I had become a woman who was always seeking the desires of a ferocious man.

「…… 行って も よか よ 、 ホテル 」 おこなって||||ほてる "You can go to ......, hotel."

光代 は 落ち着いた 声 で 言った 。 てるよ||おちついた|こえ||いった Mitsuyo said in a calm voice. 道 の   先 に 佐賀 大和 インター を 示す 標識 が 見えた 。 どう||さき||さが|だいわ|いんたー||しめす|ひょうしき||みえた ||||||||indicate|sign||

なぜ か 珠代 と 暮らす 部屋 が 浮かんだ 。 ||たまよ||くらす|へや||うかんだ 不自由 の ない 部屋 だった 。 ふじゆう|||へや| freedom||||was 居心地 の いい 部屋 だった 。 いごこち|||へや| comfort|||| It was a cozy room. ただ その 部屋 に 「 今日 は 帰り たく ない 」 と 強く 思った 。 ||へや||きょう||かえり||||つよく|おもった I just felt so strongly in that room that I didn't want to go home today.

佐賀 大和 インター の 入口 を 過ぎた 車 は 、 田園 地帯 を 蝶 結び する ような 高速の 高架 を くぐり 、 福岡 方面 へ と 向かって いた 。 さが|だいわ|いんたー||いりぐち||すぎた|くるま||でんえん|ちたい||ちょう|むすび|||こうそくの|こうか|||ふくおか|ほうめん|||むかって| |||||||||countryside|area||butterfly|bow||||elevated||passed under|||||| |||||||||||||||||||くぐり抜けて|||||| After passing the Saga-Yamato Interchange, the car passed an elevated expressway that seemed to butterfly over the countryside and was heading toward Fukuoka.

よほど スピード を 出して いる の か 、 窓 の 外 を 看板 が 、 標識 が 、 まるで 千切ら れる ように 背後 へ 飛んで いく 。 |すぴーど||だして||||まど||がい||かんばん||ひょうしき|||ちぎら|||はいご||とんで| to a great extent|||||||||||||sign|||torn|||||| ||||||||||||||||千切られる|||||| I wonder if I am going too fast, because a signboard is flying behind me out of the window as if it is being torn to shreds.

「 この先 に ホテル が あるけ ん 」 このさき||ほてる||| ||||probably| "There's a hotel just down the road."

ぼ そり と 呟いた 祐一 の 声 に 、 光代 は 改めて 、「 ああ 、 これ から セックス する んだ 」 と 思った 。 |||つぶやいた|ゆういち||こえ||てるよ||あらためて||||せっくす||||おもった sled||||||||||once again|||||||| When Yuichi's voice whispered, Mitsuyo thought again, "Oh, we're going to have sex from now on.

休 耕 中 の 畑 の 向こう に 、 ラブ ホテル の 看板 が 見えた の は その とき だった 。 きゅう|たがや|なか||はたけ||むこう||らぶ|ほてる||かんばん||みえた||||| rest|cultivation|||field|||||||||||||| It was then that I saw a sign for a love hotel across a fallow field. 光代 は ハンドル を 握る 祐一 に 目 を 向けた 。 てるよ||はんどる||にぎる|ゆういち||め||むけた ||||holding||||| Mitsuyo looked at Yuichi, who was gripping the steering wheel. 髭 は 濃く ない ようで 、 顎 に 小さな ほくろ が あった 。 ひげ||こく|||あご||ちいさな||| beard||||||||beauty spot|| ||||||||mole|| He didn't seem to have a thick beard, and he had a small mole on his chin.

「 いつも こんな 風 に すぐ ホテル に 誘う と ? ||かぜ|||ほてる||さそう| 尋ね ながら 、 光代 は その 答え が どう で も いい ような 気 が した 。 たずね||てるよ|||こたえ|||||||き|| While asking, Mitsuyo felt as if the answer didn't matter. 祐一 は 会って すぐに 、 自分 を ホテル に 誘った 。 ゆういち||あって||じぶん||ほてる||さそった Yuichi invited her to a hotel right after they met. 自分 は その 誘い を 受けた 。 じぶん|||さそい||うけた I accepted the invitation. それ 以外 に 確かな もの は なかった 。 |いがい||たしかな||| |||certain||| Nothing else was certain. それ 以外 、 今 の 二 人 に 必要な もの は ない ような 気 が した 。 |いがい|いま||ふた|じん||ひつような|||||き|| I felt like nothing else was necessary for the two of us right now.

「 別に よか けど ……。 べつに|| I don't mind, but ....... いつも こんな 風 に 誰 か   を 誘っとって も 」 と 光代 は 笑った 。 ||かぜ||だれ|||さそ っと って|||てるよ||わらった |||||||inviting||||| Mitsuyo laughed and said, "You always invite someone like this. 看板 に 隠れる ように ホテル へ 向かう 小道 が あった 。 かんばん||かくれる||ほてる||むかう|こみち|| ||hidden|||||small road|| There was a path leading to the hotel hidden by a sign. スピード を 落とした 車 が ゆっくり と 小道 を 進んで いく 。 すぴーど||おとした|くるま||||こみち||すすんで| A car is slowing down and moving slowly down the path. 路肩 に 小さな 鉢植え が 並べて あった 。 ろかた||ちいさな|はちうえ||ならべて| roadside|||potted plant||| |||potted plant||| ただ 、 一 つ も 花 を つけて いる 鉢 は ない 。 |ひと|||はな||||はち|| ||||flower|||exists|plant pot|(topic marker)| However, none of the pots are flowering.

小道 は そのまま 半 地下 の 駐車 場 へ 通じて   いた 。 こみち|||はん|ちか||ちゅうしゃ|じょう||つうじて| The pathway led directly to a semi-subterranean parking lot. インター の 入口 から ここ まで 一 台 の 車 と も すれ違わ なかった のに 、 駐車 場 は 満 車 に 近かった 。 いんたー||いりぐち||||ひと|だい||くるま|||すれちがわ|||ちゅうしゃ|じょう||まん|くるま||ちかかった ||||||||||||passed by|||||||||almost full I didn't pass a single car from the interchange entrance to this point, yet the parking lot was nearly full.

一 台 分 だけ 空いて いた 場所 に 車 を 停めた 。 ひと|だい|ぶん||あいて||ばしょ||くるま||とめた 祐一 が エンジン を 切った 瞬間 、 お互い が 唾 を 呑み込む 音 まで 聞こえる ほど 静かに    なった 。 ゆういち||えんじん||きった|しゅんかん|おたがい||つば||のみこむ|おと||きこえる||しずかに| ||||||||spit|||||||| The moment Yuichi turned off the engine, it became so quiet that we could hear each other swallowing spit.

「 けっこう 混 ん ど る ね ? |こん|||| "It's very crowded, isn't it? 無理に 静寂 を 破る ように 光代 は 声 を 出した 。 むりに|せいじゃく||やぶる||てるよ||こえ||だした |silence||interrupt|||||| Mitsuyo forced herself to break the silence. 「 土曜日 や もん ね 」 と 付け加える と 、 寸法 直し の 納期 を 間違えて 客 から 苦情 を 受けた   先週 の 土曜日 の こと が 思い出さ れた 。 どようび|||||つけくわえる||すんぽう|なおし||のうき||まちがえて|きゃく||くじょう||うけた|せんしゅう||どようび||||おもいださ| |||||||measurements|||delivery date||mistakenly|||complaint|||||||||| |||||||寸法直し|||納期||||||||||||||| Adding, "It's a Saturday," reminded me of last Saturday, when I received a complaint from a customer because I had made a mistake in the delivery date of a dimensioning job.

ここ まで 一方的に 来た くせ に 、 車 を 停めた とたん 祐一 が 動か なく なった 。 ||いっぽうてきに|きた|||くるま||とめた||ゆういち||うごか|| ||one-sided|||||||||||| For someone who came all the way here unilaterally, Yuichi stopped moving as soon as we stopped the car. 抜いた キー を 握った まま 、 その 手 を じっと 見つめて いる 。 ぬいた|きー||にぎった|||て|||みつめて| |||holding||||||| He is staring at his hand with the key still in his hand.

「 部屋 、 空 い とれば いい けど ね 」 へや|から||||| |||if taken||| I hope you have a room.

光代 は わざと 気 安い 口調 で 言った 。 てるよ|||き|やすい|くちょう||いった ||||casual||| Mitsuyo said in a deliberately lighthearted tone. その 言葉 に 祐一 が 俯いた まま 、「 うん 」 と 頷く 。 |ことば||ゆういち||うつむいた||||うなずく |||||lowered|||| Yuichi nodded his head and said, "Yeah.

「 でも ヘン な 感じよ ねぇ 。 |||かんじよ| |||feels strange| さっき 会った ばっかりで 、 もう こんな 所 に おる と や もん ねぇ 」 |あった||||しょ|||||| I just met her and now she's in a place like this.

光代 の 声 が 閉ざさ れた 車 内 に こもった 。 てるよ||こえ||とざさ||くるま|うち|| ||||closed||||| ||||閉ざされた||||| Mitsuyo's voice was still inside the closed car. こんな こと 、 なんでもない と 思えば 思う ほど 、 自分 の 声 が 弱々しく なった 。 ||||おもえば|おもう||じぶん||こえ||よわよわしく| |||||||||||weakly| ||nothing|||||||||| The more I thought this was nothing, the weaker my voice became. その とき だった 。 とつぜん 祐一 が 、「…… ごめん 」 と 小さく 呟いた のだ 。 |ゆういち||||ちいさく|つぶやいた|

「 なんで 謝る と ? |あやまる| why|| あまりに も とつぜんの 謝罪 に 、 光代 は 一瞬 うろたえた 。 |||しゃざい||てるよ||いっしゅん| |||apology|||||flustered ||||||||動揺した 何 を 謝られて いる の か 分から ず 、 頭 が   混乱 した 。 なん||あやまら れて||||わから||あたま||こんらん| ||being apologized to||||||||confused| 「 謝る こと ないって 。 あやまる||ない って 正直 、 あまりに も いきなり 誘われて びっくり した けど 、 女 だって ね 、 そういう 気持ち に なる こと は ある と よ 。 しょうじき||||さそわ れて||||おんな||||きもち||||||| そういう 気持ち に なる けん 、 誰 か と 出会いたいって 思う こと だって ある と よ 」 咄嗟に 出て きた 言葉 だった 。 |きもち||||だれ|||であい たい って|おもう||||||とっさに|でて||ことば| ||||||||want to meet|||||||spontaneously|||| I'm sure there are times when you feel that way and wish you could meet someone else. 言い ながら 、 こんな 科白 を 口 に して いる 自分 が 、 まるで 自分 じゃ ない ようだった 。 いい|||せりふ||くち||||じぶん|||じぶん||| I felt as if I wasn't myself, saying these things. 言い換えれば 、「 女 だって セックス したい とき が ある 、 セックス が し たくて 、 男 を 求める こと も ある 」 と 、 会った ばかりの 男 に 言って いる のだ 。 いいかえれば|おんな||せっくす|し たい||||せっくす||||おとこ||もとめる|||||あった||おとこ||いって|| in other words||||||||||||||||||||||||| In other words, she is telling the man she just met, "Sometimes women want to have sex, and sometimes they want to have sex with men. 祐一 に 真っすぐに 見つめられた 。 ゆういち||まっすぐに|みつめ られた |||stared at |||stared at その 目 が 何 か 言い た そうだった 。 |め||なん||いい||そう だった His eyes seemed to want to say something. 自分 の 顔 が 赤く なって いる の が 分かった 。 じぶん||かお||あかく|||||わかった I could see that my face was turning red. 職場 の 人 たち みんな に 盗み聞き されて いる ようだった 。 しょくば||じん||||ぬすみぎき|さ れて|| workplace||||||eavesdropping||| It was as if everyone at work was eavesdropping on me. 今 の 職場 の 人 だけ で なく 、 工場 時代 の 同僚 たち や 、 高校 時代 の 同級 生 たち に も 聞か れ 、 みんな から 笑われて いる ようだった 。 いま||しょくば||じん||||こうじょう|じだい||どうりょう|||こうこう|じだい||どうきゅう|せい||||きか||||わらわ れて|| ||||||||||||||||||||||||||laughed at||

「 と 、 とにかく 行って みよう よ 。 ||おこなって|| もしかしたら 満室 かも しれ ん し 」 |まんしつ|||| |fully booked||||

二 人きり の 車 内 から 逃げ出す ように 光代 は ドア を 開けた 。 ふた|ひときり||くるま|うち||にげだす||てるよ||どあ||あけた 開けた とたん 、 底冷え する 駐車 場 の 冷気 が 流れ込んだ 。 あけた||そこびえ||ちゅうしゃ|じょう||れいき||ながれこんだ ||chilly|||||chill||flowed in