三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 14 (1)
14 狙わ れた 子 猫
「 あの 子 、 ね ……」
と 、 神山 田 タカシ は 、 呟く ように 言って 、 天井 を 見上げた 。
「 憶 えて る か ?
と 、 国友 は 訊 いた 。
「 そう だった の か ……」
タカシ は 、 独り言 の ように 言って 、 それ から 、 視線 を 国友 の 方 へ 戻した 。
「 あの ガードマン は 憶 えて た よ 。 ともかく 、 みごとな パンチ を くらった から ね 」
「 女の子 の 方 は 忘れた の か ?
「 待って くれよ 」
と 、 タカシ は 苦笑 した 。
「 いい かい 、 女の子 の 方 から 、 部屋 へ 押しかけて 来る こと だって 、 珍しく ない んだ 」
「 彼女 の 場合 も 、 そう だった 、 と 言う つもり かい ?
「 いや 」
タカシ は 首 を 振った 。
「 たぶん 違う だろう 。 でも ── 正直な ところ 、 信じて くれよ 、 俺 は 酔って た んだ 。 いちいち 女の子 の 顔 なんて 憶 えて ない 」
タカシ の マンション 。
国友 は 、 部屋 へ 入って 、 何となく 寒々 と した もの を 感じた 。
雑然 と して いて も 、 それ は それなり に 、 生活 の 匂い を 感じ させて いい 、 と いう こと も ある が 、 ここ の 「 雑然 」 は 本当の 「 雑然 」 で 、 どこ か 侘 しく すら なる 光景 だった 。
「── 一 人 か ?
と 、 国友 は 、 ソファ に 座った 。
「 時々 、 掃除 の おばさん が 来て 、 きれいに して くれる よ 」
タカシ は 、 少し ホッと した 様子 だった 。
「 黒木 の 女房 は ?
「 風 を 食って 、 逃げた よ 」
と 、 タカシ は 言った 。
「 何 か 飲む かい 」
「 いや 、 結構 」
国友 は 、 ゆっくり と 手帳 を 開く 。
中 に は 、 大した こと は 書いて ない のだ が 、 こう する と 、 向 う が 緊張 する 。
プレッシャー を かける のだ 。
特に 、 タカシ の ような 、 気 の 弱い 男 に は 効果 的だ 。
タカシ は 、 ひっきりなしに タバコ を すって いた 。
落ちつき が ない 。 不安 そうだった 。
「── じゃ 、 石原 茂子 の こと は 、 憶 えて ない んだ な ?
と 、 国友 は 言った 。
「 いや 、 そう 言わ れる と 、 思い出す よ 」
タカシ は 、 言った 。
「 あの ころ は 、 俺 も めちゃくちゃだった から ね 」
今 は ?
国友 は 、 そう 訊 きたい の を 、 我慢 して いた 。
「 じゃ 認める ね 、 彼女 に 乱暴 した こと は ?
「 うん 。
── 仕方ない ね 。 あれ は 事実 だ から な 」
「 しかし 、 彼女 は 訴える 気 も ない 」
「 そう か 。
そい つ は 、 礼 を 言わ なきゃ な 」
「 その とき の こと で 、 一 つ 訊 きたい んだ 」 と 、 国友 は 座り 直した 。 「 何 だい ?
「 その とき 、 お前 と 、 黒木 と 、 もう 一 人 、 誰 が いた ?
「 もう 一 人 ?
── タカシ は 、 まだ パジャマ 姿 で ── もう 十二 時 に 近い ── 何とも 冴え ない アイドル だった 。
「 三 人 いた こと は 分って る 。 隠す な 」
「 いや 、 隠しちゃ いない よ 」 タカシ は 急いで 言った 。 「 でも 、 本当に よく 憶 えて ない んだ 。 当の 女の子 の こと は ともかく 、 誰 と 一緒だった か 、 も ね 」
「 しかし 、 大体 そば に いる の は 、 付き人 みたいな もん だろう ?
「 普通 は ね 」
と 肯 く 。
「 でも 、 色々だ よ 。 弟子 に して くれって の も いる し 、 はっきり 『 愛人 』 に して 、 と いう の も いる 」 「 男 で か ? と 、 国友 は 苦笑 した 。
「 どう だった か なあ ……。
ともかく 、 付いて 歩く 奴 なんて 、 コロコロ 変る んだ 。 正式に 契約 して 雇うって わけで も ない し ね 。 何 月 何 日 から 何 日 まで は 誰 が ついて た なんて 、 記録 も ない よ 」
「 しかし 、 そ いつも 、 石原 茂子 に 乱暴 した とき 、 加わって た んじゃ ない の か 」
「 どう だった か なあ ……。
あの ガードマン は 憶 えて ない の かい ? 「 今 は 意識 不明だ よ 」
「 ああ 、 そう だった な 。
── 助かり そうかい ? 「 何とか ね 」
「 そう か 」
タカシ は 、 ちょっと 肯 いて 見せた 。
「 そい つ は 良かった ……」
奇妙な こと に 、 本心 から ホッ と して いる ような 響き が 、 そこ に は あった 。
「 少し は 気 に なる の か 」
と 国友 が 言う と 、 タカシ は 、 ちょっと 引きつった ような 笑み を 浮かべた 。
「 俺 だって 、 別に 悪党 じゃ ない よ 。
いや ── 小 悪党 か な 。 でも 、 大した こと は でき やしない 。 それにしても 、 ガードマン と あの 女の子 が 恋人 同士 と は ね 、 まるで 小説 だ な 」
「 少し は いい こと も なきゃ 、 救わ れ ない さ 。
── じゃ 、 本当に 、『 もう 一 人 』 が 誰 だった か 、 憶 えて ない んだ な 」
「 うん ……」
タカシ は 顔 を しかめた 。
「 考えて みる よ 。 もし 思い出したら 、 知らせる 」
「 本当に ?
「 ああ 。
── そう か 、 すると 、 あの 娘 、 黒木 に 仕返し を した の か な 」
「 石原 茂子 が 殺した なんて 、 誰 も 言って ない ぞ 」
「 しかし 、 殺されて も 、 あんまり 文句 は 言え ない ね 」 「 そっち も 同様だろう 」 「 しかし 、 死に たく ない ね 」 と 、 タカシ は 、 弱々しく 笑った 。 「 まだ 仕事 が ある んだ から 」
「 まあ 、 殺人 事件 の 捜査 だ から な 、 気長に やる さ 」
と 、 国友 は 手帳 を 閉じた 。
「 差し当り 、 明日 の 文化 祭 に は 、 ちゃんと 出て くれる んだろう ね 」
「 ああ 、 仕事 は やる よ 」
と タカシ は 大きく 伸び を した 。
「 今日 も 一 度 行って みる つもりだ よ 」
「 どこ へ ?
「 その 講堂 さ 。
俺 は 前もって 、 その 場所 を よく 知っと か ない と 、 どうも 落ちつか ない んだ よ 」 「 デリケートな んだ な 」 「 見かけ に よら ず 、 と 言いたい んだ ろ ? と 、 タカシ は ニヤッ と 笑った 。
「── あんた たち に ゃ 分 ら ない さ 。 ステージ に 出る 前 、 俺 が どんなに 青く なって 、 ガタガタ 震えて る か 。 金 が ほしく なきゃ 、 こんな 商売 、 すぐに も 放り出し ち まう とこ だ よ 」
意外な こと を 聞く な 、 と 国友 は 思った 。
もっとも 、 表向き だけ 華やかな アイドル たち の 素顔 なんて 、 こんな もの かも しれ ない 。
「 あの 講堂 は 、 もう 使える んだ ろ ?
「 ああ 、 構わ ん よ 」
「 黒木 が 死んだ 所 で やるって の も 、 面白い かも しれ ない な 」 「── 奥さん と は 全然 会って ない の か ? 「 昨日 電話 した けど 、 居留守 を 使わ れた よ 。
親戚 だって の が 出て 来て 、 その 向 うで 『 留守 だ と 言って 』 なんて いう あいつ の 声 が 聞こえる んだ 。 苦笑い しち まった 」
「 嫌わ れた もん だ な 」
「 女って の は 、 当て に なら ねえ よ 」 タカシ が 、 ため息 と 共に 言った 。 国友 は 、 おかしく なって 吹き出して しまった 。
大学 の 正門 を 入った ところ で 、 二 人 は やり合って いる のだった 。
二 人 の 言い合い と は 関係なく 、 いい 天気 で 、 暖かい 午後 だった 。
十一 月 に 入った と は とても 思え ない 。
午後 と いって も 、 そう 遅い わけで は なく 、 さすが に 綾子 も 、 明日 が 文化 祭 と あって 、 少し は 緊張 して いる のだった 。
「 そろそろ お 昼 休み も 終り ね 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 お 姉さん 、 お 昼 、 食べる ? 「 あんた 一 人 で 食べて らっしゃい 。
私 、 仕事 が ある から 」
「 じゃ 、 一緒に 行く 」
綾子 は ため息 を ついた 。
「 私 は 大丈夫だって ば 」 「 何 が 大丈夫な の よ ! ゆうべ 、 車 に ひき 殺さ れ そうに なった ばっかりじゃ ない 」
「 あれ は 、 何も 私 を 狙った と は 限ら ない でしょ 」
「 じゃ 、 あの 小 犬 を 、 わざわざ 誰 か が 殺そう と したって いう の ?
一体 、 どうして そんな こと する の よ ? 「 あの 犬 が 、 莫大な 遺産 を 相続 して る の かも しれ ない わ 」
と 、 綾子 は 言った 。
「── ともかく 、 何と 言わ れよう と 、 お 姉さん に ついて 歩く の !
夕 里子 は 頑として 、 聞か なかった 。
綾子 の 方 も 、 夕 里子 と は また 違う 意味 で 頑固である 。
つまり 、 自分 が 人 を 傷つけたり 、 恨んだり しなければ 、 人 に 狙わ れたり する はず が ない 、 と 信じて いる のである 。 夕 里子 の 「 護衛 」 を 認める こと は 、 すなわち 、 自分 の 人生 観 を 変える こと な のだ 。
綾子 と して は 、 それ は いやだった 。
それ くらい なら 、 むしろ おとなしく 殺さ れた 方 が いい ── と まで は いか ない に して も ……。
夕 里子 とて 、 その 姉 の 気持 は 分 ら ないで も ない 。
しかし 、 だからといって 、 黙って 放っておく わけに は いか ない 。
「 仕方ない わ ね 、 じゃ 、 サンドイッチ でも 食べよう 」
と 、 綾子 は 言った 。
実のところ 、 綾子 も お腹 が 空いて は いた のだった 。
二 人 して 、 学生 食堂 の 方 へ と 歩いて 行く 。
「── 太田 さん の 具合 、 どう な の かしら 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 午前 中 に 、 病院 へ 電話 して みた わ 。
茂子 さん 、 割合 、 明るい 感じ だった わ よ 。 でも 、 まだ 意識 は 戻ら ない みたい 」
「 大変 ねえ 」
しかし 、「 大変 」 と いえば ── もう 、 明日 から 文化 祭 な のだ 。
大学 の 中 は 、 珍しく 学生 たち が 溢れ 返って いる 感じ で 、 いつも は のんびり と 芝生 で 引っくり返って いる 連中 も 、 あわただしく 駆け回って いる 。
良く いえば 活気 が あり 、 悪く いえば やかましい 。
「── あら 、 梨 山 先生 だ わ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 どこ に ?
「 ほら 、 あの テーブル 」
二 人 は 、 サンドイッチ と 紅茶 を プラスチック の お盆 に のせて 、 席 を 捜して いた 。
「── どこ に 座る ?
「 決って る じゃ ない の 」 夕 里子 は 、 さっさと 先 に 立って 歩いて 行き 、 綾子 の 、 いやな 予感 の 通り 、 梨 山 教授 の 真向い に 座って しまった 。 綾子 は 、 仕方なく その 隣 に ……。
「 や あ 、 君 か 」
梨 山 が 、 綾子 に 気付いて 、 言った 。
「 文化 祭 の ──」
「 は あ 」
「 まあ 、 よろしく 頼む よ 。
僕 は 明日 、 女房 の 葬式 な んだ 」
「 どうも 」
と だけ 言って 、 綾子 は 食べ 始めた 。
夕 里子 は サンドイッチ を パク つき ながら 、
「 先生 は 火薬 の こと 、 お 詳しい んです か ?
と 言った 。
梨 山 が むせ返った 。
やっと コーラ を 飲んで 、 息 を つく と 、
「 ど 、 どうして そんな こと を 訊 くん だ ね ?
と 訊 き 返す 。
「 この 間 、 姉 と 一緒に 先生 の お 部屋 に うかがった とき 、 本棚 を 見て た んです 。
そ したら 、『 火薬 の 話 』って いう 本 が あった もん です から 」 「『 火薬 の 話 』? そんな 本 が あった か な 」
「 ええ 、 ありました わ 」 梨 山 は 、 小 首 を かしげて 考えて いた が 、 「── ああ 、 そう か 。 いや 、 先日 の 講義 で ね 、 あの 本 を 引用 して ……。 ま 、 大した 必要 も なかった んだ が 。 いや 、 そう 言われて みる と 、 あの 本 を 図書 館 に 返す の を 忘れて た よ 。 いや 、 よく 言って くれた ! 見えすいた 噓 を ついて る 、 と 夕 里子 は 思った 。
しかし 、 姉 を 爆弾 で 殺そう と する ような 理由 が 、 梨 山 に ある だろう か ?
「 大学 も 大騒ぎ だ な 」
と 、 梨 山 は 言った 。
「 事件 と 文化 祭 が 重なって ……」
まるで 他人ごと みたいな 口 を きいて いる 。
自分 の 妻 が 殺さ れた こと は 忘れて しまった のだろう か 。
「 君 は 、 あの 刑事 と 親しい ようだ ね 」
と 、 梨 山 は 、 夕 里子 に 言った 。
「 ええ 、 親戚 な んです 」
出まかせ を 平気で 言える の も 、 探偵 の 資格 の 内 だ 。
「 そう か 。
── 捜査 の 方 は 進んで る の か ね 」
「 直接 お 訊 き に なったら いかがです か 」
「 いや ── まあ 、 犯人 が 捕まって も 、 女房 は 戻って 来 ない から ね 」
と 、 何だか 取って つけた ように 言った 。
その とき 、 校 内 放送 が 、
「 文学部 の 梨 山 先生 、 お 部屋 へ お 戻り 下さい 。
文学部 の 梨 山 先生 ──」
と 、 くり返した 。
「 おっと 。
何の 用 か な 」
梨 山 は 、 なぜ か ひどく あわてた 様子 で 立ち上り 、 盆 を 手 に して 、 急いで 返却 の カウンター へ と 歩いて 行った 。
「 何だか 変だ わ 」
と 、 夕 里子 が 言う と 、 綾子 も 肯 いて 、
「 そう ね 。
パン が 古い みたい 」
「 先生 の こと よ 。
── ね 、 ちょっと 後 を つけて み ない ? 「 どうぞ 。
私 、 探偵 じゃ ない の 。 学生 な んです の よ 」
「── もう !
夕 里子 は 姉 を にらんだ 。
「 じゃ 、 私 が 戻る まで ここ に いる ? 「 どうして ?
「 約束 し なさい !
私 が 戻る まで 、 この 席 を 動か ないって 」 「 あんた 本当に 、 怒る と 、 死んだ ママ そっくり ね 」 「 大きな お 世話 よ 」 「 分った わ 。 じゃ 、 ここ で 座って る わ 。 でも 、 閉る 前 に 戻って 来て よ ね 」
「 分って る ! 夕 里子 は 、 急いで 、 梨 山 の 後 を 追って 行った 。
「 全く もう ……」
と 、 綾子 は ため息 を ついた 。
夕 里子 が 姉 思い である こと は 、 綾子 も よく 分って いた 。 ありがたい 、 と も 思って いる のだ 。
ただ ── ちょっと やり 過ぎ の 感 は ある けれど ……。
学生 食堂 は 、 まだ 結構 込み合って いた 。
紅茶 、 もう 一 杯 飲もう か な 。