三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 03
3 嘆き の 恋人 たち
「 あら 、 パトカー 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 本当だ 。
── 何 か あった の か なあ 」
珠美 は 、 たちまち 野次馬 根性 を 発揮 して いる 。
もちろん 夕 里子 の 方 だって 、 好奇心 で は 負け ない が 、 パトカー が 夜 、 自分 たち の 住んで いる マンション の 前 に 停 って いる 、 と なる と 、 ただ 面白 がって は い られ ない のである 。
三 人 、 ホテル で の 夕食 を 済ませて 、 帰って 来た ところ だった 。
タクシー の 中 で は 、 専ら 例 の 「 家庭 教師 」 の 話 ばかり 。
夕 里子 が 、
「 何だか 話 が うま すぎて 心配 」
と 言えば 、 珠美 が 、
「 考え 過ぎ よ !
世の中 に ゃ 、 金持ち って の が いる もん な んだ から 」
と 、 自分 は 金持ち で は ない くせ に 、 知ったかぶり 。
一 人 、 綾子 だけ が 、
「 私 に 家庭 教師 なんて 、 つとまる かしら 」
と 、 真剣に 悩んで いた のである 。
「── でも 、 事件 じゃ ない みたい 」
と 、 夕 里子 は 、 タクシー が 停 る と 、 両手 に 荷物 を 下げて 、 外 へ 出た 。
「── あれ ? パトカー から 、 誰 か が 降りて 来る 。
いや 、 二 人 だ 。 何だか 、 一 人 が もう 一 人 の 男 を 、 かかえ 上げる ように して ……。
「 国 友 さん !
夕 里子 は 、 思わず 叫んだ 。
「 や あ 、 ちょうど 良かった 」
と 、 夕 里子 を 見て ホッと した ように 言った の は 、 夕 里子 も 前 に 他の 事件 で 会った こと の ある 三崎 刑事 だった 。
国 友 は 、 具合 でも 悪い の か 、 半ば 意識 が ない 様子 で 、 三崎 に 支え られて 、 やっと 立って いる 。
「 国 友 さん !
どうした の ? と 、 夕 里子 が 駆け寄る 。
「 いや 、 急に 気絶 しち まったん だ 」
と 、 三崎 が 言った 。
「 それ に 、 何だか うわごと を 言ったり な 。 ── 過労 かも しれ ん 。 ともかく 、 す まんが ちょっと こいつ を 休ま せて くれ ん か 」
「 ええ 、 もちろん !
── じゃ 、 ともかく 部屋 へ 」
夕 里子 は エレベーター の 方 へ 飛んで 行く 。
「 お 姉ちゃん たら ……」
珠美 が ため息 を ついた 。
── 無理 も ない 。 夕 里子 は 、 持って いた 荷物 、 全部 放り 出して 行った のである 。
── ま 、 綾子 と 珠美 が 四苦八苦 して 荷物 を 運んだ 苦労 話 は 、 ここ で は 省略 する こと に して ( 二 人 に は 悪い が )、 ともかく 十五 分 ほど 後 に は 、 国 友 は 佐々 本家 の 居間 の ソファ で 引っくり返って おり 、 夕 里子 が せっせと 熱い お しぼり で 顔 を 拭いて やったり した かい あって か 、 ほぼ 、 まともな 状態 に 戻って いた のである 。
「── すま ない ね 、 びっくり さ せて 」
と 、 国 友 は 、 息 を ついて 言った 。
「 本当 よ 。
びっくり しちゃ った 」
と 、 夕 里子 は 、 笑顔 で 言った 。
「 三崎 さん 、 ゆっくり 休め と 言って た わ 。 今夜 、 ここ に 泊って 行けば ? 「 いや ……。
殺人 事件 の 捜査 だ 。 のんびり 寝ちゃ い られ ない よ 」
と は 言い ながら 、 まだ 起き上る 気 に は なれ ない 様子 。
「 今 、 お 姉さん が スープ を 作って る わ 。
お腹 も 空いて た んじゃ ない の ? 「 おい 、 欠 食 児童 みたいな こと 言わ ないで くれ よ 」
と 、 国 友 が 苦笑 する 。
「 あ 、 笑った 。
── うん 、 その 元気 なら 大丈夫だ 」
と 、 夕 里子 は 言って 、「 そのまま 寝て て ね 、 スープ できたら 、 持って 来る 」
「 悪い ね 、 世話 かけて ……」
「 変な 遠慮 し ないで よ 」
と 、 夕 里子 は 台所 へ と 立って 行った 。
「── どう 、 国 友 さん ?
と 、 綾子 が 、 小さな 鍋 で 、 スープ を あたため ながら 言った 。
「 うん 。
もう 大分 いい みたい 。 少し 青い 顔 して る けど 、 寒い せい も ある んでしょ 」
「── お 姉ちゃん 」
と 、 珠美 が そば に 来て 、 夕 里子 を つつく 。
「 何 よ ?
「 聞いた ?
三崎 さん が 言って た こと 」
「 ああ 。
── 聞いた わ よ 。 それ が どうした の ? と 、 夕 里子 は そっけなく 言った 。
「 死体 が 目 を 開いて ニッコリ 笑った 、 って 言って る ん だって 、 国 友 さん 。
── 凄かった ん だって よ 、 大声 上げて 引っくり返って 、 口 から 泡 ふいて ──」
「 オーバー ねえ 」
「 幻覚 じゃ ない の ?
と 、 綾子 が 言った 。
「 きっと 働き 過ぎて くたびれて た の よ 」
「 そう か なあ 」
と 、 珠美 が 腕組み を する 。
「 じゃ 、 あんた 、 何 だって いう の ?
と 、 夕 里子 が 訊 く と 、
「 うん ……。
まあ 、 色々 考え られる けど さ 、 や っ ぱ 、 死体 が お メメパッチリ 、 ニッコリ 笑って コンニチハ 、 なんて こと 、 考え られ ない じゃ ない 」
「 でも ね 」
と 、 綾子 が 、 のんびり と 言った 。
「 この 世の中 に は 、 人間 に は 分 ら ない 、 不思議な こと って ある もん な の よ ……」
「 どうでも いい わ よ 」
と 、 夕 里子 が ため息 を ついて 、「 ともかく 、 珠美 、 お 風呂 に 入って 寝たら ?
「 まだ こんなに 早い のに ?
休み に なった ばっかりで 」
「 じゃ 、 起きて れば ?
ともかく ──」
「 は いはい 。
国 友 さん と お 姉ちゃん の 邪魔 は いたし ませ ん 、 と 」
「 何 言って ん の 」
と 、 夕 里子 が にらむ と 、 珠美 は 、 ちょっと 舌 を 出して 、 口笛 など 吹き ながら 台所 を 出て 行った 。
「── 夕 里子 、 スープ できた わ よ 」
と 、 綾子 が スープ 皿 へ あけ ながら 言った 。
「 サンキュー 。
さすが お 姉ちゃん 」
「 缶詰 の スープ 、 あっ ためる ぐらい の こと 、 私 だって できる わ よ 」
と 、 綾子 は 、 心外 と いう 様子 で 言った 。
「 スプーン を 出して 、 と ……」
夕 里子 が 、 スープ 皿 を 手 に 、 居間 の 方 へ と 行き かける と 、 玄関 の チャイム が 鳴った 。
「 あら 、 誰 かしら ?
と 、 綾子 が 言った 。
「 私 、 出る わ 」
夕 里子 は 、 スープ 皿 を 綾子 へ 渡して 、「 これ 、 国 友 さん に 持って って 」
「 うん ……」
夕 里子 は インタホン の ボタン を 押した 。
何しろ 、 綾子 は 、 人 を 疑う と いう こと を 、 まるで 知ら ない 人 だ 。
こんな 時間 に 誰 が 来よう と 、 すぐ ドア を 開けて しまう 可能 性 が ある 。
「 どなた です か ?
と 、 夕 里子 が インタホン に 呼びかける 声 を 聞き ながら 、 綾子 は 居間 の 中 へ と 、 スープ 皿 を 手 に 入って 行った 。
国 友 は ── 部屋 が ポカポカ あったかい し 、 それ に 夕 里子 の 顔 を 見て 安心 した せい も ある の か 、 少し 眠く なって 来て いた 。
全く 、 一人前 の 刑事 が 、 十八 の 女の子 に 元気づけ られる と いう んだ から 、 情 ない 話 で は ある が ……。
しかし 、 本当に あれ は ショック だった のだ 。
分 ら ない 。
── 一体 何 だった のだろう ?
本当に 、 国 友 は 、 あの 殺さ れた 娘 が 目 を 開き 、 ニコッ と 笑う の を 見た ── と 思った のである 。
もちろん ── そんな こと が ある わけ は ない !
そんな 馬鹿な !
やっぱり 疲れて る の か な 。
若い 若い と は いって も 、 無理 を すれば ガタ が 来る の は 当り前だ ……。
三崎 さん の 言う 通り 、 少し 休んだ 方 が いい の かも しれ ない 。
考えて みりゃ 、 のんびり 旅行 なんて した の は いつ の こと だったろう ?
そう だ なあ 。
夕 里子 君 と 二 人 で 旅行 ── なんて の も 、 悪く ない ……。
そりゃ 、 年齢 は 少々 離れて いる が 、 夕 里子 は 、 年齢 の 割に しっかり した 子 だ 。
大学 を 出る まで 待って も いい 。 ただ ── それ まで こうして 、 何だか 物騒な 事件 の とき に ばかり 会って る と いう の は ……。
そうだ 。
大学 へ 行けば 、 もっと 若くて ( 当然 夕 里子 と 同い年 の ) カッコ イイ 男の子 だって いる だろう 。 ── 短大 へ 行く の か な ? それ なら 女の子 ばっかり で 、 心配 ない 。
でも 、 ボーイフレンド の 一 人 や 二 人 、 でき ない わけ が ない 。
ここ は やはり 、「 恋人 」 である こと を 、 何 か の 形 で 宣言 して おか ない と ──。
半ば 、 まどろみ ながら 、 そんな こと を 考えて いる と 、 ふと 、 スープ の 匂い が した 。
夕 里子 が スープ を 持って 来て くれた のだ 。
そう 思う と 、 国 友 の 胸 が ジン と 熱く なった 。
── 何と 可愛い 、 優しい 子 な んだ !
いつ に なく 、 国 友 は 感じ やすく なって いた の かも しれ ない 。
「 国 友 さん ……」
そっと 囁く 声 。
── そうだ ! 俺 の 恋人 は この 子 しか い ない !
誰 に も 渡して なる もんか !
国 友 は 、 夕 里子 の 顔 が 間近に 迫って 、 その 吐息 が かかる の を 感じた 。
国 友 は 、 とっさに 、 頭 を 上げる と 、 両手 で 夕 里子 を かき 抱き 、 ギュッと 唇 を 押しつけた 。
夕 里子 は 、 ちょっと 体 を 固く した が 、 逆らう でも なく 、 じっと キス さ れる まま に なって 動か ない ……。
熱い 熱い キス が 続いて ──
「 お 姉ちゃん 、 お 客 さん が ──」
と 、 夕 里子 の 声 が した 。
夕 里子 の 声 ?
国 友 は 、 そっと 、 キス した 相手 から 離れた 。
「── 綾子 君 」
綾子 が 、 ポカン と した 顔 で 、 国 友 を 見つめて いる 。
「 国 友 さん ……」
「 すま ない !
僕 は てっきり ──」
「 いえ 、 いい んです 」
と 、 綾子 は 首 を 振って 、「 ね 、 夕 里子 」
と 夕 里子 の 方 を 見る と ……。
夕 里子 は 、 顔 を 破裂 し そうな ほど 真 赤 に して 、 じっと 国 友 を にらみ つけて いる 。
「 夕 里子 君 ……」
国 友 の 方 は 、 夕 里子 が 赤く なった 分 、 青く なった 。
「 ね 、 これ は 誤解 な んだ 。 僕 は うっかり して ──」
「 相手 も 確かめ ず に キス する の ね 。
そういう 人 な の ね 。 分 った わ 」
「 夕 里子 ── いい じゃ ない の 、 私 と 間違えた だけ で ──」
「 悪かった !
国 友 が 拝む ように して 、「 殴る なり 、 蹴る なり 、 好きに して くれ !
「 じゃ 、 好きな ように する わ 」
夕 里子 は 、 台所 へ 飛び 込む と 、 包丁 を 手 に 戻って 来た 。
「 夕 里子 、 あんた 何 を ──」
「 放っといて !
夕 里子 は 包丁 を 構えて 国 友 へ と 大股 に 歩み寄る と 、「 お 姉ちゃん に キス した 責任 は どう する の !
と 、 詰め寄った 。
「 いや 、 だから 僕 は ──」
国 友 が あわてて 後 ず さる 。
「 お 姉ちゃん は 純情な んだ から ね !
間違って キス した なんて 、 そんな ひどい こと 、 許さ れる と 思って る の ? 「 夕 里子 ったら ……」
「 お 姉ちゃん は 黙って て !
夕 里子 は 包丁 を ぐ いと 国 友 の 胸 もと へ 突きつけた 。
「 夕 里子 君 !
「 今度 、 こんな こと を したら 、 生かしちゃ おか ない から !
「 わ 、 分 った ……」
「 よく 分 った ?
夕 里子 は サッと 包丁 を 下げる と 、「 お 姉ちゃん 、 お 客 さん よ 」
「 え ?
「 お 客 。
── 私 、 ご 案内 する から 、 お 茶 いれて 」
夕 里子 は サッサ と 玄関 の 方 へ 歩いて 行く 。
「 夕 里子 ったら ……」
綾子 が ポカン と して いる と 、 また 夕 里子 が 現われて 、 パッと 包丁 を 差し出す 。
「 キャーッ !
綾子 は 飛び上った 。
「 何 して ん の 。
これ 、 しま っと いて 」
「 あ ── は いはい 」
「 お 茶 よ 」
夕 里子 は 、 玄関 へ と 出て 行った 。
「 石垣 と 申し ます 」
と 、 その 婦人 は 言った 。
「 石垣 園子 」
「 どうも 」
と 、 夕 里子 は 頭 を 下げた 。
「 ちょうど 、 今日 、 こちら の 方 に 用事 が ございまして ね 、 東京 へ 出た もの です から 、 とても 無理 と は 思って いた のです が 、 沼 淵 先生 に お 電話 して みた のです 。
そう し ましたら 、 偶然 、 今日 、 引き受けて 下さる 方 が 見付かった と いう お 話 で ……。 で 、 突然で 失礼 と は 存じ ました が 、 こうして うかがった わけです 」
「 そう です か 」
夕 里子 は 、 誤解 さ れ ない 内 に 、 と 、「 あの ── これ が 姉 の 綾子 です 。
私 は 次女 の 夕 里子 、 もう 一 人 は 下 に おり ます けど 」
「 沼 淵 先生 から うかがい ました わ 。
あなた が マネージャー だ と か 」
「 マネージャー ?
芸能 人 じゃ ある ま いし 。
夕 里子 は 、 しかし あの 沼 淵 と いう 教授 、 なかなか ユーモア の センス が ある わ 、 など と 考えて いた 。
「 ご 姉妹 三 人 で おい で に なる と の こと でした けど ──」
「 でも 、 そんな 図 々 しい こと を ……」
「 いえ 、 一向に 構い ませ ん の 。
私 ども 、 親子 三 人 で 、 そりゃ あ 退屈 して おり ます もの 。 ぜひ 大勢 で おい で 下さい な 。 一流 ホテル 並み と は いきま せ ん けれど 、 主人 は なかなか 料理 の 腕 も 確かな んです よ 」
「 じゃ 、 遠慮 なく ──」
と 、 珠美 が いつの間に やら 、 居間 へ 入って 来て 、 話 に 加わる 。
夕 里子 は 、 ちょっと 珠美 を にらんで やった 。
しかし ── 正直な ところ 、 夕 里子 は ホッ と して いた のである 。
もちろん 、 さっき の 、 国 友 が 綾子 に キス した 一 件 で は 、 まだ 頭 に 来て いた のだ が 、 それ は さておき 、 石垣 と いう 一家 、 そんな 山 の 中 に 住んで る なんて 、 少々 変り 者 揃い な のじゃ ない かしら 、 と 思って いた 。
しかし 、 こうして 突然 やって 来た 母親 、 石垣 園子 は 、 多少 神経質 そうに は 見える もの の 、 至って 穏やかな 、 知的な ムード の ある 上品な 婦人 だった 。
ただ 、 十三 歳 の 子供 が いる と いう 割に は 、 少し 老けて いて 、 たぶん ── 四十五 、 六 だろう と 思えた 。
それだけに 、 落ちつき が ある の も 確かだった が 。
「 あの ……」
さすが に 、 仕事 を 頼ま れて いる の は 自分 だ と いう 思い の せい か 、 綾子 も 口 を 開いて 、「 お 子 さん の お 名前 は ……」
「 石垣 秀 哉 と 申し ます 」
「 秀 哉 君 …… です か 」
「 どうか よろしく 」
と 、 石垣 園子 に 頭 を 下げ られ 、 綾子 は あわてて 、
「 は 、 はい !
と 、 床 に ぶつ か っ ち まう んじゃ ない か と いう 勢い で 頭 を 下げた 。
「 それ で ── いつ から おい で いただけ ます かしら ?
と 、 石垣 園子 が 訊 く と 、 すかさず 、
「 そりゃ もう いつ から でも 。
何 でしたら 、 今日 から でも ──」
と 、 珠美 が 応じる 。
「 まあ 、 それ でしたら 、 好都合だ わ 」
と 、 石垣 園子 は 微笑んで 、「 私 、 今夜 、 車 で 山荘 へ 戻り ます の 。
じゃ 、 それ に お 乗り に なって いただければ ──」
「 今夜 です か ?
夕 里子 は 面食らった 。
「 でも ── 何の 仕度 も ──」
「 あら 、 一応 、 うち は 小さい ながら ホテル です もの 。
何の お 仕度 も 必要 あり ませ ん わ 。 着替え だけ お 持ち くだされば 」
と は 言わ れて も ……。
「 どう する ?
夕 里子 は 、 綾子 を 見た 。
「 私 ── どっち でも 」
訊 いた 方 が 間違い だった 。
夕 里子 は 突然の こと に びっくり は した が 、 と いって 、 今夜 と 明日 で 、 どう 違う と いう こと も ない 。 今夜 で いけない と いう 理由 は 、 特に 見出せ なかった ……。
「── 失礼 」
と 、 居間 へ 国 友 が 顔 を 出した 。
「 あの ── 僕 は もう 失礼 する よ 」
「 あら 、 国 友 さん も 行く んじゃ なかった の ?
と 、 珠美 が 言った 。
「 あり がたい けど ね 、 仕事 が ある 」
台所 へ 追いやら れて いた 国 友 は 、 大分 ショック から 立ち直った 様子 だった 。
「 あ 、 そう 」
と 、 夕 里子 は 澄まして 、「 お 姉さん 、 送って 行けば ?
「 夕 里子 ったら ──」
そこ へ 電話 が 鳴り 出し 、 立って いた 国 友 が 、 受話器 を 取った 。
「 はい 。
── あ 、 三崎 さん 。 ── ご 心配 かけて すみません 。 もう 大丈夫です 。 ── ええ 、 今 から 、 そっち へ 戻って ── は あ ? 国 友 が 目 を 丸く して いる 。
「 しかし ── こんな とき に ? ── は あ 、 それ は よく 分 って ます が 。 ── ええ 、 まあ 。 ── よく 分 り ました 。 ── いえ 、 ありがとう ございます 」
終り の 方 に なる に つれ 、 徐々に デクレッシェンド して 行った 。
「 どうした の 、 国 友 さん ?
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 うん 、 三崎 さん が ……」
「 クビ だって ?
「 珠美 !
「 いや 、 休み を 取れ 、 と 言う んだ 。
年 内 は 休養 する ように 、 と ……」
「 へえ 、 良かった じゃ ん 」
と 、 珠美 は 呑気 に 言った 。
「 何で ガッカリ して る わけ ? 「 いや …… ホッと した ような ガックリ 来た ような 、 妙な 気分 さ 」
「 じゃ 、 一緒に 行けば ?
珠美 は 、 石垣 園子 の 方 へ 向いて 、「 この 人 、 お 姉ちゃん の 恋人 な んです 。
顔 は ともかく 人 は いい んです 」
「 珠美 !
何 よ 、 その 言い 方 」
「 正直な 感想 よ 」
石垣 園子 は 、 笑い声 を 上げて 、
「 ああ 、 本当に 面白い ご 姉妹 ね !
声 を 出して 笑った なんて 、 久しぶりだ わ 」
と 言った 。
「 そちら の 国 ── 友 さん でした ? ぜひ ご 一緒に 」
「 は 、 しかし ──」
「 車 の 運転 、 私 一 人 で は 、 少し 心細かった んです の 。
もし お 手伝い いただける と 、 とても 助かり ます わ 」
国 友 は 、 少し 迷って いた が 、
「── 分 り ました 。
僕 でも 力 仕事 ぐらい は お 役 に 立てる でしょう 」
と 、 思い切った ように 言った 。
「 決 った !
じゃ 、 全員 十五 分 以内 に 仕度 ! 珠美 は 真 先 に 居間 から 飛び出して 行く 。
「 じゃ 、 私 たち も 失礼 して 。
── お 姉さん 、 手伝って あげる 」
夕 里子 は 綾子 を 促した 。
何しろ 、 綾子 一 人 に やら せて おいたら 、 十五 分 どころ か 、 十五 時間 かかって も 、 仕度 なんて 終り っこ ない のだ 。
三 姉妹 が 居間 を 出て 行き 、 国 友 と 石垣 園子 が 残さ れた 。
「── すみません 、 図 々 しく 」
と 、 国 友 が 恐縮 する 。
「 いいえ 。
でも 、 とても 魅力 の ある 方 たち です ね 」
「 ええ 、 全く 、 珍しい です よ 。
つまり ── 何と 言う か 、 個性 的で 」
「 羨 し いわ 、 お 若い って いう こと は 」
と 、 石垣 園子 は 、 ため息 を ついて 、「 国 友 さん も 、 とても お 若くて いらっしゃる の ね 」
「 いえ 、 それほど でも ……」
と 、 国 友 は 照れて 赤く なった 。
「 とても お 似合い だ と 思い ます わ 、 国 友 さん と 、 あの 夕 里子 さん と いう 方 ……」
「 は あ 」
「 年齢 の 違い なんて 、 長い 目 で 見れば 、 ほんの 小さな こと で しか あり ませ ん わ 。
本当に ……」
石垣 園子 は 、 ほとんど 独り言 の ように 呟いた 。
「 おい 、 何 だ 、 一体 」
三崎 は 渋い 顔 で 、「 もう 帰って 寝よう と 思って た んだ ぞ 」
「 分 って る よ 」
検死 官 は 、 先 に 立って 歩いて 行く 。
「 しかし 、 見せて おき たくて な 」
「 何 を ?
「 さっき の 女の子 さ 」
「 もう 見た よ 。
それとも 国 友 みたいに 、 また 、 目 を 開いた と でも 言う の か ? 「 いや 、 そう じゃ ない 」
検死 官 は 、 冗談 を 言う 雰囲気 で は ない ようだった 。
重い 扉 を 開ける 。
── 冷たい 台 の 上 に 、 あの 娘 が 、 横たえ られて いた 。 首 まで 、 布 で 覆わ れて いる 。
「── こういう ところ で 見る と 、 別もの の ようだ な 」
と 、 三崎 は 言った 。
「 国 友 君 は 大丈夫だった か ?
「 うん 。
休み を 取ら せた 」
「 それ が いい 。
── 若い から って 、 無理 を しちゃ いか ん 」
検死 官 は 布 を ゆっくり と まくった 。
── 今 は 、 全裸 で 横たわって いる 。 三崎 は サッと 眺めて 、
「 変わった ところ は ない ような 気 が する ね 」
「 背中 を 見てくれ 」
検死 官 が 死体 を 抱き 起こす ように した 。
三崎 は 、 娘 の 背中 を 覗き 込んで ハッと 息 を のんだ 。
三崎 が 青ざめた のだ 。 珍しい こと だった 。
「 これ は ……」
娘 の 、 青白い 背中 に 、 何 十 も の 筋 が 走って いた 。
「 鞭 で 打た れた んだろう な 。
── むごい こと を する 」
死体 を 元通りに して 、 検死 官 は 布 で 覆った 。
「── どう だ ?
「 うん 」
三崎 は 言葉 が ない 様子 だった 。
「 わけ が 分 らん な 」
「 それ は 犯人 から 聞く 」
三崎 の 声 は 少し 震えて いた 。
「 この 俺 が 、 聞き 出して やる ! ── それ きり 、 二 人 は 口 を きか ず に 、 その 部屋 を 出た 。
足音 が 、 冷たい 廊下 に 響く 。
「── 国 友 が 見たら 、 さぞ ショック だったろう な 」
と 、 三崎 が 言った 。
「 見 なくて 良かった かも しれ ん 」
「 そう だ な 。
しかし ──」
と 言い かけて 、 三崎 は 足 を 止め 、 振り向いた 。
「 どうした ?
「 いや ── 何だか 、 笑い声 が した ような 気 が した んだ 」
「 あそこ から か ?
三崎 は 首 を 振って 、
「 気のせい だ な 」
と 言って 、 また 歩き 出した 。
二 人 の 足音 だけ が 、 響いて いる ……。