第 五 章 イゼルローン 攻略 (2)
「 第 一三 艦隊 に は 名人 が いる から 」
と 言って 、 ヤン は その 方面 は フィッシャー に 完全に まかせ きり 、 彼 が なに か 言えば うなずいて 承認 する だけ だった 。
ヤン の 頭脳 は 、 イゼルローン 要塞 攻略 法 の ただ 一事 に 集中 して いる 。 この 計画 を 最初 、 艦隊 首脳 部 の 三 人 ―― フィッシャー 、 ムライ 、 パトリチェフ ―― に 打ち明けた とき 、 もどって きた の は 〝 絶句 〟 だった 。
銀色 の 髪 と ひげ を もつ 初老 の フィッシャー 、 神経質 そうな やせた 中年 男 の ムライ 、 軍服 が はち きれ そうな ボリューム の ある 肉体 、 丸顔 に 長い も みあげ の パトリチェフ ―― 三 人 と も しばらく の あいだ 、 ただ 若い 司令 官 を 見つめて いた 。
「 もし 失敗 したら どう します ? 」 間 を おいて の ムライ の 質問 は 当然の こと だった 。 「 しっぽ を まいて 退散 する しか ない ね 」
「 しかし それ で は ……」
「 なに 、 心配 ない 。 もともと 半 個 艦隊 で イゼルローン を 陥 せ と いう の が 無理 難題 な んだ 。 恥 を かく の は シトレ 本 部長 と 私さ 」
三 人 を さがら せる と 、 ヤン は 今度 は 副 官 の フレデリカ ・ グリーンヒル 中尉 を 呼んだ 。
副 官 と いう 立場 上 、 フレデリカ は 三 人 の 幹部 より さき に 、 ヤン の 計画 を 知った のだ が 、 異議 を となえ も せ ず 、 懸念 を 表明 も し なかった 。 否 、 それどころか 、 ヤン 本人 以上 の 確信 を もって 成功 を 予言 した もの である 。
「 どうして そう 自信 満々 な んだ ? 」 奇妙な こと と 自覚 は し ながら も 、 ヤン は そう 問わ ず に い られ なかった 。 「 八 年 前 、 エル ・ ファシル の とき も 、 提督 は 成功 なさい ました もの 」
「 それ は また 薄弱 きわまる 根拠 じゃ ない か 」
「 でも 、 あの とき 提督 は 、 ひと り の 女の子 の 心 に 絶対 的な 信頼 を 植えつける こと に 成功 なさい ました 」
「……? 」 不審 げ な 上官 に むかって 、 金 褐色 の 頭髪 の 美しい 女性 士官 は 言った 。 「 わたし は その とき 母 と 一緒に エル ・ ファシル に いた のです 。 母 の 実家 が そこ に あり ました から 。 食事 する 暇 も ろくに なくて 、 サンドイッチ を かじり ながら 脱出 行 の 指揮 を とって いた 若い 中尉 さん の 姿 を 、 わたし は はっきり と 憶 えて います 。 でも 、 その サンドイッチ を 咽 喉 に 詰まら せた とき 、 紙 コップ に コーヒー を いれて もってきた 一四 歳 の 女の子 の こと など 、 中尉 さん の ほう は とっくに 忘れて おいで でしょう ね 」
「…………」
「 その コーヒー を 飲んで 生命 が 助かった あと で なんと 言った か 、 も 」
「…… なんと 言った ? 」 「 コーヒー は 嫌いだ から 紅茶 に して くれた ほう が よかった ――って 」 笑い の 発作 が おこり かけ 、 あわてた ヤン は 大きな せき を して 、 それ を 体 外 に おいだした 。
「 そんな 失礼な こと を 言った か な 」
「 ええ 、 おっしゃい ました 。 空 の 紙 コップ を 握りつぶし ながら ……」
「 そう か 、 謝る 。 しかし 、 きみの 記憶 力 は もっと 有益な 方面 に 生かす べきだ ね 」
もっともらしく 言った が 、 それ は 負けおしみ 以上 の もの で は ない ようだった 。 フレデリカ は 、 一万四〇〇〇 枚 に のぼる イゼルローン 要塞 の スライド 写真 の なか から 前後 矛盾 する 六 枚 を 発見 して 、 その 記憶 力 の 有益 さ を すでに 証明 して いた のだ から ……。
「 シェーンコップ 大佐 を 呼んで くれ 」
ヤン は そう 命じた 。
ワルター ・ フォン ・ シェーンコップ 大佐 は 正確に 三 分 後 、 ヤン の 前 に 姿 を あらわした 。 同盟 軍 陸 戦 総監 部 に 所属 する 〝 薔薇 の 騎士 〟 連隊 の 隊長 である 。 洗練 さ れた 容姿 を もつ 三〇 代 前半 の 男 だ が 、 同性 から は 〝 きざな 野郎 〟 と 思わ れる こと が 多い 。 れっきとした 帝国 貴族 の 出身 で 、 本来 なら 帝国 軍 の 提督 服 を 着て 戦場 に 立って いる ところ だ 。
〝 薔薇 の 騎士 〟 連隊 は 帝国 から 同盟 へ 亡命 して きた 貴族 の 子弟 を 中心 に 創設 さ れた もの で 、 半 世紀 の 歴史 を 有して いる 。 その 歴史 に は 黄金 の 文字 で 書か れた 部分 も ある が 、 黒く 塗りつぶさ れた 部分 も ある のだ 。 歴代 の 隊長 一二 名 。 四 名 は 旧 母国 と の 戦闘 で 死亡 。 二 名 は 将官 に 出世 した のち 、 退役 。 六 名 は 旧 母国 に はしった ―― ひそかに 脱出 した 者 も おり 、 戦闘 中 に それ まで の 敵 と 味方 を とりかえた 者 も いる 。 シェーンコップ は 一三 代 目 の 隊長 だった 。
一三 と いう 数 から して 不吉だ 、 奴 は いつか かならず 七 人 目 の 裏 切 者 に なる ぞ ―― そう 主張 する 者 が いる 。 なぜ 一三 と いう 数 が 不吉 か と いう と 、 これ に は 定説 が ない 。 地球 人類 を あやうく 全滅 さ せ かけて 核 分裂 兵器 全廃 の きっかけ と なった 熱 核 戦争 が 一三 日間 つづいた から 、 と いう 説 が ある 。 すでに 滅び さった 古い 宗教 の 開祖 が 一三 人 目 の 弟子 に 背か れた から と いう 説 も ある 。
「 フォン ・ シェーンコップ 、 参上 いたし ました 」
うやうやしい 口調 と 不謹慎な 表情 と が 不調和だった 。 自分 より 三 、 四 歳 年長の 旧 帝国 人 を 見 ながら 、 ヤン は 考える 。 この 男 は こういう わざとらしい 態度 を とる こと で 、 彼 なり に 人物 鑑別 の 手段 と して いる の かも しれ ない 、 と 。 だ と して も 、 いちいち つきあって は い られ ない が ……。
「 貴 官 に 相談 が ある 」
「 重要な こと で ? 」 「 たぶん ね 。 イゼルローン 要塞 攻略 の こと で だ 」
シェーンコップ の 視線 が 数 秒間 、 室 内 を 遊泳 した 。
「 それ は きわめて 重要です な 。 小 官 ごとき に よろしい のです か 」
「 貴 官 で なくて は だめな んだ 。 よく 聞いて ほしい 」
ヤン は 説明 を はじめた 。
…… 五 分 後 、 説明 を 聞き 終えた シェーンコップ の 褐色 の 目 に 奇妙な 表情 が あった 。 驚愕 を おし 隠そう と 苦労 して いる ようである 。
「 さきまわり して 言う と ね 、 大佐 、 こいつ は まともな 作戦 じゃ ない 。 詭計 、 いや 小細工 に 属する もの だ 」
黒い 軍用 ベレー を ぬいで 行儀 悪く 指先 で まわし ながら ヤン は 言った 。
「 しかし 難 攻 不 落 の イゼルローン 要塞 を 占領 する に は 、 これ しか ない と 思う 。 これ で だめ なら 、 私 の 能力 の およぶ ところ じゃ ない 」
「―― たしかに 、 他の 方法 は ない でしょう な 」
とがり ぎみの あご を シェーンコップ は なでた 。
「 堅 牢 な 要塞 に 拠 る ほど 、 人 は 油断 する もの 。 成功 の 可能 性 は 大いに あります 。 ただし ……」
「 ただし ? 」 「 私 が 噂 どおり 七 人 目 の 裏 切 者 に なった と したら 、 こと は すべて 水泡 に 帰します 。 そう なったら どう します ? 」 「 こまる 」 ヤン の 真剣な 表情 を 見て 、 シェーンコップ は 苦笑 した 。
「 そりゃ お こまり でしょう な 、 たしかに 。 し かしこまって ばかり いる わけです か ? なに か 対処 法 を 考えて おいで でしょう に 」
「 考え は した けど ね 」
「 で ? 」 「 なにも 思い浮かば なかった 。 貴 官 が 裏切ったら 、 そこ で お手上げ だ 。 どう しよう も ない 」
ベレー 帽 が ヤン の 指 を はずれて 床 に 飛んだ 。 旧 帝国 人 の 手 が 伸びて それ を 拾いあげ 、 ついて も いない 埃 を 払って から 上官 に 手わたす 。 「 悪い な 」
「 どう いたし まして 。 すると 私 を 全面 的に 信用 なさる わけで ? 」 「 じつは あまり 自信 が ない 」 あっさり と ヤン は 答えた 。
「 だが 貴 官 を 信用 し ない かぎり 、 この 計画 そのもの が 成立 し ない 。 だから 信用 する 。 こいつ は 大 前提 な んだ 」
「 なるほど 」
と は 言った もの の 、 かならずしも 納得 した シェーンコップ の 表情 で は なかった 。 〝 薔薇 の 騎士 〟 連隊 の 指揮 官 は 、 なかば 探り なかば 自省 する ような 視線 で あらためて 若い 上官 を 見 やった 。
「 ひと つ うかがって よろしい です か 、 提督 」
「 ああ 」
「 今回 あなた に かせ られた 命令 は 、 どだい 無理な もの だった 。 半 個 艦隊 、 それ も 烏 合 の 衆 に ひとしい 弱 兵 を ひきいて 、 イゼルローン 要塞 を 陥落 せ と いう のです から な 。 拒否 なさって も 、 あなた を 責める 者 は すくない はず 。 それ を 承諾 なさった の は 、 実行 の 技術 面 で は この 計画 が お あり だった から でしょう 。 しかし 、 さらに その 底 に は なに が あった か を 知りたい もの です 。 名誉 欲 です か 、 出世 欲 です か 」
シェーンコップ の 眼光 は 辛辣で 容赦 が なかった 。
「 出世 欲 じゃ ない と 思う な 」
ヤン の 返答 は 淡々と して いて 、 むしろ 他人事 の ようだった 。
「 三〇 歳 前 で 閣下 呼ばわり さ れれば 、 もう 充分だ 。 だいいち 、 この 作戦 が 終わって 生きて いたら 私 は 退役 する つもりだ から 」
「 退役 です と ? 」 「 うん 、 まあ 、 年金 も つくし 退職 金 も でる し …… 私 と もう ひと り ぐらい 、 つつましく 生活 する ぶん に は ね 、 不自由 ない はずだ 」 「 この 情勢 下 に 退役 する と おっしゃる ? 」 理解 に 苦しむ と 言わんばかり の シェーンコップ の 声 に ヤン は 笑った 。 「 それ 、 その 情勢 と いう やつ さ 。 イゼルローン を わが 軍 が 占領 すれば 、 帝国 軍 は 侵攻 の ほとんど 唯一 の ルート を 断た れる 。 同盟 の ほう から 逆 侵攻 など と いう ばかな ま ね を し ない かぎり 、 両軍 は 衝突 し たく と も でき なく なる 。 すくなくとも 大規模に は ね 」
「…………」
「 そこ で これ は 同盟 政府 の 外交 手腕 しだい だ が 、 軍事 的に 有利な 地歩 を しめた ところ で 、 帝国 と の あいだ に 、 なんとか 満足の いく 和平 条約 を むすべる かも しれ ない 。 そうなれば 私 と して は 安心 して 退役 できる わけ さ 」
「 しかし その 平和 が 恒久 的な もの に なり えます か な 」 「 恒久 平和 なんて 人類 の 歴史 上 なかった 。 だから 私 は そんな もの のぞみ は し ない 。 だが 何 十 年 か の 平和で ゆたかな 時代 は 存在 できた 。 吾々 が つぎの 世代 に なに か 遺産 を 託さ なくて は なら ない と する なら 、 やはり 平和 が いちばん だ 。 そして 前 の 世代 から 手わたさ れた 平和 を 維持 する の は 、 つぎの 世代 の 責任 だ 。 それぞれ の 世代 が 、 のち の 世代 へ の 責任 を 忘れ ないで いれば 、 結果 と して 長 期間 の 平和 が たもてる だろう 。 忘れれば 先人 の 遺産 は 食いつぶさ れ 、 人類 は 一 から 再 出発 と いう こと に なる 。 まあ 、 それ も いい けど ね 」
もてあそんで いた 軍用 ベレー を ヤン は かるく 頭 に のせた 。
「 要するに 私 の 希望 は 、 たかだか このさき 何 十 年 か の 平和な んだ 。 だが それ でも 、 その 十 分 の 一 の 期間 の 戦乱 に 勝る こと 幾 万 倍 だ と 思う 。 私 の 家 に 一四 歳 の 男の子 が いる が 、 その 子 が 戦場 に ひきださ れる の を 見 たく ない 。 そういう こと だ 」
ヤン が 口 を 閉ざす と 沈黙 が おりた 。 それ も 長く は なかった 。
「 失礼 ながら 、 提督 、 あなた は よほど の 正直 者 か 、 でなければ ルドルフ 大帝 以来 の 詭弁 家 です な 」
シェーンコップ は に やり と 笑って みせた 。
「 とにかく 期待 以上 の 返答 は いただいた 。 このうえ は 私 も 微力 を つくす と しましょう 。 永遠 なら ざる 平和 の ため に 」
感激 して 手 を にぎりあう ような 趣味 は ふた り と も もちあわせて い なかった ので 、 話 は すぐ 実務 的な こと に はいり 、 細部 の 検討 が おこなわ れた 。
Ⅲ イゼルローン に は 二 名 の 帝国 軍 大将 が いる 。 ひと り は 要塞 司令 官 トーマ ・ フォン ・ シュトックハウゼン 大将 で 、 いま ひと り は 要塞 駐留 艦隊 司令 官 ハンス ・ ディートリヒ ・ フォン ・ ゼークト 大将 である 。 年齢 は どちら も 五〇 歳 、 長身 も 共通 して いる が 、 シュトックハウゼン の 胴 囲 は ゼークト より ひとまわり 細い 。
両者 の 仲 は 親密で は なかった が 、 これ は 個人 的な 責任 と いう より 伝統 的な もの だった 。 同一の 職場 に 同格 の 司令 官 が 二 名 いる のだ 。 角突きあわせ ない の が 不思議である 。
感情 的 対立 は 彼ら の 配下 の 兵士 たち に も 当然 およんで いた 。 要塞 守備 兵 から みれば 、 艦隊 は で かい 面 を した 食 客 であり 、 外 で 戦って 危険に なれば 安全な 場所 を もとめて 逃げ 帰って くる 、 いわば どら 息子 であった 。 艦隊 乗組員 に 言わ せれば 、 要塞 守備 兵 は 安全な 隠れ家 に こもって 適当に 戦争 ごっこ に 興じて いる 宇宙 もぐら だった 。