71. 柿 - 土田 耕平
柿 - 土田 耕平
私 の 村 は 「 柿 の 木 の 村 」 でした 。 家 と いふ 家 の ま はり に は 、 大きな 小さな 柿 の 木 が 、 立ち 並んで ゐま した 。 ・・
夏 は 、 村 ぢ ゆう が 深い 青葉 に つ ゝ まれ 、 秋 は あざやかな 紅葉 に 染 りました 。 紅葉 がち つて うつくしく 色づいた 実 が 、 玉 を つづ つて ゐる の を 見る の は 、 どんなに たのし か つた で せ う 。 ・・
私 の 家 の 庭 に は 、 大きな 柿 の 木 が 幾 本 も ありました ので 、 家内 だけ で 食べつくす わけに は いきま せ ん 。 山浦 の お 百姓 さん が 、 稲 の とりいれ が すんだ 時分 に 、 馬 を ひいて 、 買 ひに きました 。 ・・
「 こんち は 、 今年 も きた ぜ 。」 ・・
山浦 の お 百姓 さん は 、 ふとい 声 で 、 あいさつ して 、 庭 の 柴 戸口 から 入 つて きました 。 ・・
「 どう /\。」 ・・
とい ひ ながら 、 馬 を 戸口 に つないで おいて 、 縁 が は へ きて 腰 を かけました 。 なた 豆 煙 管 で たばこ を す ぱ /\ ふかし ながら 、 おばあ さん や お母さん と 、 一 年 ぶり の あいさつ を する お 百姓 さん の 姿 を 、 私 は わき の 方 から 見て ゐま した 。 ・・
同じ お 百姓 さん でも 、 山浦 とい へ ば 、 大きな 山 の 裾野 の 、 本場 の お 百姓 さん です から 、 私 の 村 の お 百姓 さん たち に くらべる と 、 姿 かたち から 、 言葉 つき まで 、 が つ しり した 力 が 感じられました 。 幼い 私 に は 、 それ が 、 何だか こ は いや う な 、 親 みにくい や うな もの に 、 おも は れた もの でした 。 ・・
そんな 大 男 が 、 腰 に ビク を ゆ は ひ つけて 、 する /\ と 身 がる く 、 高い 木 の てつ ぺん まで 一息 に 、 登 つて ゆく の に は 、 私 は び つくり しました 。 山浦 に は 、 猿 が 住んで ゐる と いふ から 、 それ で 木 登り が 上手な のだ ら う 、 など と おも ひ ながら 、 見あげて ゐま すうち に 、 一枝 々々 と 、 赤い 実 を 持つ て たわんで ゐた の が 、 ほ つ そり と 尖 つた 枝 ばかり に なります 。 柿 は みんな お 百姓 さん の ビク の 中 へ 入 つて 行きました 。 ・・
お 昼 どき に なります と 、 お 百姓 さん は 、 木 から おりて きて 、 縁 が は へ 腰かけました 。 おばあ さん の 入れて あげる お茶 は 、 うま さ うに して 飲みました が 、 御 膳 に は 箸 を つけません でした 。 ・・
「 いん え 、 ここ に ある だ 。」 ・・
かう 云 つて 、 ふろしき 包み を ひろげた の を 見ます と 、 お 百姓 さん の 顔 ほど も ある 、 大きな おにぎり が 出て きました 。 私 は ふしぎ さ うに して 、 お 百姓 さん が おにぎり を 食べる の を 、 わき に 立つ て 見て ゐま す と 、・・
「 こり や 、 お前 さま の 孫 つ こ かえ 。」 ・・
と 言 ひました 。 おばあ さん が 笑 ひ ながら 、・・
「 い ゝ え 、 どこ の 子 か 知ら ない 子 だ よ 。」 ・・
と 言 ひます と 、・・
「 ぢや 、 帰り に もら つて 行く べ 。 馬 に 乗つけて ――」・・
「 あ ゝ 柿 と 一 し よに 買 つて 行 つ ておくれ 。」 ・・
私 は 、 お 百姓 さん が 、 何と 言 つて 返事 する か と 思 つて ゐま す と 、・・
「 お前 さま 、 ことし は 柿 の なり が ひどく い ゝ ぜ 。」 ・・
と まるで 、 別の 返事 を しました 。 ・・
お 百姓 さん は 、 昼 ごはん を すます と 、 また 柿 もぎ に とりかかりました 。 夕方 柿 の 一 ぱい 入 つた カマス を 、 馬 の 背 に つけて か へる とき 、 お 百姓 さん は 、・・
「 また 、 あした 来る ぜ 。」 ・・
と 言 つて 柴 戸口 を 出て 行きました 。 つぎの 日 に は 、・・
「 また 来年 くる ぜ 。」 ・・
と 言 ひました 。 私 は おばあ さん と 一 し よに 、 村 みち の まがり 角 に 立つ て 、 お 百姓 さん と 馬 の すがた が 、 むかう の 森 に かくれて しま ふ まで 見送りました 。 ・・
「 おばあ さん 、 来年 つて 遠い の ? 」・・
私 は たづ ねました 。 ・・
「 あ ゝ 遠い よ 。」 ・・
と おばあ さん は お つ しや いました 。 ・・
「 遠い 来年 」 が つもり つ も つて 、 私 の 村 に は 、 今 は は や 、 馬 を ひいて 柿 を 買 ひに 来る お 百姓 さん の 姿 も 、 見られ なく な つ た さ う です 。