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野分 夏目漱石, 「二」 野分 夏目漱石

「二 」 野 分 夏目 漱石

午 に 逼 る 秋 の 日 は 、 頂く 帽 を 透 して 頭蓋 骨 の なか さえ 朗 か なら しめた か の 感 が ある 。 公園 の ロハ 台 は その ロハ 台 たる の 故 を もって ことごとく ロハ 的に 占領 されて しまった 。 高柳 君 は 、 どこ ぞ 空いた 所 は ある まい か と 、 さっき から ちょうど 三 度 日比谷 を 巡回 した 。 三 度 巡回 して 一 脚 の 腰 掛 も 思う ように 我 を 迎え ない の を 発見 した 時 、 重 そうな 足 を 正門 の かた へ 向けた 。 すると 反対 の 方 から 同 年輩 の 青年 が 早 足 に 這 入って 来て 、 や あと 声 を 掛けた 。 「 や あ 」 と 高柳 君 も 同じ ような 挨拶 を した 。 「 どこ へ 行った ん だい 」 と 青年 が 聞く 。 「 今 ぐるぐる 巡って 、 休もう と 思った が 、 どこ も 空いて いない 。 駄目だ 、 ただ で掛けられる 所 は みんな 人 が 先 へ かけて いる 。 なかなか 抜 目 は ない もん だ な 」「 天気 が いい せい だ よ 。 なるほど 随分 人 が 出て いる ね 。 ―― おい 、 あの 孟 宗 藪 を 回って 噴水 の 方 へ 行く 人 を 見た まえ 」「 どれ 。 あの 女 か 。 君 の 知って る 人 か ね 」「 知る もの か 」「 それ じゃ 何で 見る 必要 が ある のだ い 」「 あの 着物 の 色 さ 」「 何だか 立派な もの を 着て いる じゃ ない か 」「 あの 色 を 竹藪 の 傍 へ 持って行く と 非常に あざやかに 見える 。 あれ は 、 こう 云 う 透明な 秋 の 日 に 照らして 見 ない と 引き立た ない んだ 」「 そう か な 」「 そう か なって 、 君 そう 感じ ない か 」「 別に 感じ ない 。 しかし 奇麗 は 奇麗だ 」「 ただ 奇麗 だけ じゃ 可哀想だ 。 君 は これ から 作家 に なる んだろう 」「 そう さ 」「 それ じゃ もう 少し 感じ が 鋭敏で なくっちゃ 駄目だ ぜ 」「 なに 、 あんな 方 は 鈍くって も いい んだ 。 ほか に 鋭敏な ところ が 沢山 ある んだ から 」「 ハハハハ そう 自信 が あれば 結構だ 。 時に 君 せっかく 逢った もの だ から 、 もう 一 遍 ある こう じゃ ない か 」「 あるく の は 、 真 平 だ 。 これ から すぐ 電車 へ 乗って 帰 えら ない と 午 食 を 食い 損なう 」「 その 午 食 を 奢 ろう じゃ ない か 」「 うん 、 また 今度 に しよう 」「 なぜ ? いや かい 」「 厭 じゃ ない ―― 厭 じゃ ない が 、 始終 御馳走 に ばかり なる から 」「 ハハハ 遠慮 か 。 まあ 来た まえ 」 と 青年 は 否応 なし に 高柳 君 を 公園 の 真中 の 西洋 料理 屋 へ 引っ張り込んで 、 眺望 の いい 二 階 へ 陣 を 取る 。 注文 の 来る 間 、 高柳 君 は 蒼 い 顔 へ 両手 で 突っかい 棒 を して 、 さも つかれた と 云 う 風 に 往来 を 見て いる 。 青年 は 独り で 「 ふん だいぶ 広い な 」「 なかなか 繁昌 する と 見える 」「 なんだ 、 妙な 所 へ 姿 見 の 広告 など を 出して 」 など と 半分 口 の うち で 云 うか と 思ったら 、 やがて 洋 袴 ( ズボン ) の 隠 袋 へ 手 を 入れて 「 や 、 しまった 。 煙草 を 買って くる の を 忘れた 」 と 大きな 声 を 出した 。 「 煙草 なら 、 ここ に ある よ 」 と 高柳 君 は 「 敷島 」 の 袋 を 白い 卓 布 の 上 へ 抛 り 出す 。 ところ へ 下 女 が 御 誂 を 持ってくる 。 煙草 に 火 を 点ける 間 は なかった 。 「 これ は 樽 麦酒 ( たる ビール ) だ ね 。 おい 君 樽 麦酒 の 祝杯 を 一 つ 挙げ ようじゃ ない か 」 と 青年 は 琥珀 色 の 底 から 湧き上がる 泡 を ぐ いと 飲む 。 「 何の 祝杯 を 挙げる のだ い 」 と 高柳 君 は 一口 飲み ながら 青年 に 聞いた 。 「 卒業 祝い さ 」「 今頃 卒業 祝い か 」 と 高柳 君 は 手 の ついた 洋 盃 ( コップ ) を 下 へ おろして しまった 。 「 卒業 は 生涯 に たった 一 度 しか ない んだ から 、 いつまで 祝って も いい さ 」「 たった 一 度 しか ない んだ から 祝わ ないで も いい くらい だ 」「 僕 と まるで 反対だ ね 。 ―― 姉さん 、 この フライ は 何 だい 。 え ? 鮭 か 。 ここん 所 へ 君 、 この オレンジ の 露 を かけて 見た まえ 」 と 青年 は 人 指 指 と 親指 の 間 から ちゅう と 黄色い 汁 を 鮭 の 衣 の 上 へ 落す 。 庭 の 面 に はらはら と 降る 時雨 の ごとく 、 すぐ 油 の 中 へ 吸い込まれて しまった 。 「 なるほど そうして 食う もの か 。 僕 は 装飾 に ついて る の か と 思った 」 姿 見 の 札幌 麦酒 ( さっぽろ ビール ) の 広告 の 本 に 、 大きく なって 構えて いた 二 人 の 男 が 、 この 時 急に 大きな 破れる ような 声 を 出して 笑い 始めた 。 高柳 君 は オレンジ を つまんだ まま 、 厭 な 顔 を して 二 人 を 見る 。 二 人 は いっこう 構わ ない 。 「 いや 行く よ 。 いつでも 行く よ 。 エヘヘヘヘ 。 今夜 行こう 。 あんまり 気 が 早い 。 ハハハハハ 」「 エヘヘヘヘ 。 いえ ね 、 実は ね 、 今夜 あたり 君 を 誘って 繰り出そう と 思って いた んだ 。 え ? ハハハハ 。 なに それ ほど で も ない 。 ハハハハ 。 そら 例 の が 、 あれ でしょう 。 だから 、 どうにも こう に も やり切れない の さ 。 エヘヘヘヘ 、 アハハハハハハ 」 土 鍋 の 底 の ような 赭 い 顔 が 広告 の 姿 見 に 写って 崩れたり 、 かたまったり 、 伸びたり 縮んだり 、 傍若無人に 動揺 して いる 。 高柳 君 は 一種 異様な 厭 な 眼 つき を 転じて 、 相手 の 青年 を 見た 。 「 商人 だ よ 」 と 青年 が 小声 に 云 う 。 「 実業 家 か な 」 と 高柳 君 も 小声 に 答え ながら 、 とうとう オレンジ を 絞る の を やめて しまった 。 土 鍋 の 底 は 、 やがて 勘定 を 払って 、 ついでに 下 女 に からかって 、 二 階 を 買い 切った ような 大きな 声 を 出して 、 そうして 出て 行った 。 「 おい 中野 君 」「 む む ? 」 と 青年 は 鳥 の 肉 を 口 いっぱい 頬張って いる 。 「 あの 連中 は 世の中 を 何と 思って る だろう 」「 何とも 思う もの か ね 。 ただ ああ やって 暮らして いる の さ 」「 羨 やましい な 。 どうかして ―― どうも いかんな 」「 あんな もの が 羨 し くっちゃ 大変だ 。 そんな 考 だ から 卒業 祝 に 同意 し ない んだろう 。 さあ もう 一 杯 景気 よく 飲んだ 」「 あの 人 が 羨ま し い のじゃ ない が 、 ああ 云 う 風 に 余裕 が ある ような 身分 が 羨ま し い 。 いくら 卒業 したって こう 奔命 に 疲れちゃ 、 少しも 卒業 の ありがた 味 は ない 」「 そう か なあ 、 僕 なん ざ 嬉しくって たまらない が なあ 。 我々 の 生命 は これ から だ ぜ 。 今 から そんな 心細い 事 を 云っちゃ あ しようがない 」「 我々 の 生命 は これ から だ のに 、 これ から 先 が 覚 束 ない から 厭 に なって しまう の さ 」「 なぜ ? 何も そう 悲観 する 必要 は ない じゃ ない か 、 大 に やる さ 。 僕 も やる 気 だ 、 いっしょに やろう 。 大 に 西洋 料理 でも 食って ―― そら ビステキ が 来た 。 これ で おしまい だ よ 。 君 ビステキ の 生 焼 は 消化 が いいって 云 う ぜ 。 こいつ は どう か な 」 と 中野 君 は 洋 刀 ( ナイフ ) を 揮って 厚 切り の 一片 を 中央 から 切断 した 。 「 な ある ほど 、 赤い 。 赤い よ 君 、 見た まえ 。 血 が 出る よ 」 高柳 君 は 何にも 答え ず に むしゃ むしゃ 赤い ビステキ を 食い 始めた 。 いくら 赤くて も けっして 消化 が よ さ そうに は 思え なかった 。 人 にわ が 不平 を 訴え ん と する とき 、 わが 不平 が 徹底 せ ぬ うち 、 先方 から 中途 半 把 な 慰藉 を 与え ら る る の は 快 よく ない もの だ 。 わが 不平 が 通じた の か 、 通じ ない の か 、 本当に 気の毒 がる の か 、 御世辞 に 気の毒 がる の か 分 ら ない 。 高柳 君 は ビステキ の 赤 さ 加減 を 眺め ながら 、 相手 は なぜ こう 感情 が 粗大だろう と 思った 。 もう 少し 切り込みたい と 云 う 矢先 へ 持って 来て 、 ざ ああ と 水 を 懸ける の が 中野 君 の 例 である 。 不親切な 人 、 冷淡な 人 ならば 始 め から それ 相応の 用意 を して かかる から 、 いくら 冷たくて も 驚 ろく 気遣 は ない 。 中野 君 が かよう な 人 であった なら 、 出鼻 を はたかれて も さほど に 口惜しく は なかったろう 。 しかし 高柳 君 の 眼 に 映 ずる 中野 輝一 は 美しい 、 賢 こい 、 よく 人情 を 解して 事 理 を 弁えた 秀才 である 。 この 秀才 が 折々 この 癖 を 出す の は 解し にくい 。 彼ら は 同じ 高等 学校 の 、 同じ 寄宿舎 の 、 同じ 窓 に 机 を 並べて 生活 して 、 同じ 文科 に 同じ 教授 の 講義 を 聴いて 、 同じ 年 の この 夏 に 同じく 学校 を 卒業 した のである 。 同じ 年 に 卒業 した もの は 両手 の 指 を 二三 度 屈する ほど いる 。 しかし この 二 人 ぐらい 親しい もの は なかった 。 高柳 君 は 口数 を きか ぬ 、 人 交 り を せ ぬ 、 厭 世 家 の 皮肉 屋 と 云 われた 男 である 。 中野 君 は 鷹 揚 な 、 円満な 、 趣味 に 富んだ 秀才 である 。 この 両人 が 卒 然 と 交 を 訂 して から 、 傍目 に も 不審 と 思わ れる くらい 昵 懇 な 間柄 と なった 。 運命 は 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と を 縫い 合せる 。 天下 に 親しき もの が ただ 一 人 あって 、 ただ この 一 人 より ほか に 親しき もの を 見出し 得 ぬ とき 、 この 一 人 は 親 で も ある 、 兄弟 で も ある 。 さては 愛人 である 。 高柳 君 は 単なる 朋友 を もって 中野 君 を 目して は おら ぬ 。 その 中野 君 が わが 不平 を 残り なく 聞いて くれ ぬ の は 残念である 。 途中 で 夕立 に 逢って 思う 所 へ 行か ず に 引き返した ような もの である 。 残り なく 聞いて くれ ぬ 上 に 、 呑気 な 慰藉 を かぶせられる の は なおさら 残念だ 。 膿 を 出して くれ と 頼んだ 腫物 を 、 いい加減の 真綿 で 、 撫で 廻 わさ れ たって む ず 痒 い ばかりである 。 しかし こう 思う の は 高柳 君 の 無理である 。 御 雛 様 に 芸者 の 立て 引き が ない と 云って 攻撃 する の は 御 雛 様 の 恋 を 解せ ぬ もの の 言 草 である 。 中野 君 は 富裕な 名門 に 生れて 、 暖かい 家庭 に 育った ほか 、 浮世 の 雨 風 は 、 炬燵 へ あたって 、 椽側 の 硝子 戸越 ( ガラス ど ご し ) に 眺めた ばかりである 。 友禅 の 模様 は わかる 、 金 屏 の 冴え も 解 せる 、 銀 燭 の 耀 きも まばゆく 思う 。 生きた 女 の 美し さ は なお さらに 眼 に 映る 。 親 の 恩 、 兄弟 の 情 、 朋友 の 信 、 これら を 知ら ぬ ほど の 木 強 漢 で は 無論 ない 。 ただ 彼 の 住む 半球 に は 今 まで いつでも 日 が 照って いた 。 日 の 照って いる 半球 に 住んで いる もの が 、 片足 を とんと 地 に 突いて 、 この 足 の 下 に 真 暗 な 半球 が ある と 気 が つく の は 地理 学 を 習った 時 ばかり である 。 たまに は 歩いて いて 、 気 が つか ぬ と も 限ら ぬ 。 しかし さぞ 暗い 事 だろう と 身 に 沁 みて ぞっと する 事 は ある まい 。 高柳 君 は この 暗い 所 に 淋しく 住んで いる 人間 である 。 中野 君 と は ただ 大地 を 踏まえる 足 の 裏 が 向き合って いる と いう ほか に 何ら の 交渉 も ない 。 縫い 合わさ れた 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と は 覚 束 なき 針 の 目 を 忍んで 繋ぐ 、 細い 糸 の 御蔭 である 。 この 細い もの を 、 するする と 抜けば 鹿児島 県 と 埼玉 県 の 間 に は 依然と して 何 百 里 の 山河 が 横 わって いる 。 歯 を 病んだ 事 の ない もの に 、 歯 の 痛 み を 持って行く より も 、 早く 歯 医者 に 馳 け つける の が 近道 だ 。 そう 痛 がらん でも いい さ と 云 われる 病人 は 、 けっして 慰藉 を 受けた と は 思う まい 。 「 君 など は 悲観 する 必要 が ない から 結構だ 」 と 、 ビステキ を 半分 で 断念 した 高柳 君 は 敷島 を ふかし ながら 、 相手 の 顔 を 眺めた 。 相手 は 口 を も が もが させ ながら 、 右 の 手 を 首 と 共に 左右 に 振った の は 、 高柳 君 に 同意 を 表し ない の と 見える 。 「 僕 が 悲観 する 必要 が ない ? 悲観 する 必要 が ない と する と 、 つまり おめでたい 人間 と 云 う 意味 に なる ね 」 高柳 君 は 覚え ず 、 薄い 唇 を 動かし かけた が 、 微 かな 漣 は 頬 まで 広がら ぬ 先 に 消えた 。 相手 は なお 言葉 を つづける 。 「 僕 だって 三 年 も 大学 に いて 多少 の 哲学 書 や 文学 書 を 読んで る じゃ ない か 。 こう 見えて も 世の中 が 、 どれほど 悲観 す べき もの である か ぐらい は 知って る つもりだ 」「 書物 の 上 で だろう 」 と 高柳 君 は 高い 山 から 谷底 を 見下ろした ように 云 う 。 「 書物 の 上 ―― 書物 の 上 で は 無論 だ が 、 実際 だって 、 これ で なかなか 苦痛 も あり 煩 悶 も ある んだ よ 」「 だって 、 生活 に は 困ら ない し 、 時間 は 充分 ある し 、 勉強 は したい だけ 出来る し 、 述作 は 思う 通り に やれる し 。 僕 に 較 べ る と 君 は 実に 幸福だ 」 と 高柳 君 今度 は さ も 羨ま し そうに 嘆息 する 。 「 ところが 裏面 は なかなか そんな 気楽な んじゃ ない さ 。 これ でも いろいろ 心配 が あって 、 いやに なる のだ よ 」 と 中野 君 は 強いて 心配 の 所有 権 を 主張 して いる 。 「 そう か なあ 」 と 相手 は 、 なかなか 信じ ない 。 「 そう 君 まで 茶かしちゃ 、 いよいよ つまらなく なる 。 実は 今日 あたり 、 君 の 所 へ でも 出掛けて 、 大 に 同情 して もらおう か と 思って いた ところ さ 」「 訳 を きかせ なくっちゃ 同情 も 出来 ない ね 」「 訳 は だんだん 話す よ 。 あんまり 、 くさく さ する から 、 こう やって 散歩 に 来た くらい な もの さ 。 ちっと は 察し る が いい 」 高柳 君 は 今度 は 公然と に やに や と 笑った 。 ちっと は 察し る つもり でも 、 察し よう が ない のである 。 「 そうして 、 君 は また なんで 今頃 公園 なんか 散歩 して いる んだ ね 」 と 中野 君 は 正面 から 高柳 君 の 顔 を 見た が 、「 や 、 君 の 顔 は 妙だ 。 日 の 射 して いる 右側 の 方 は 大変 血色 が いい が 、 影 に なって る 方 は 非常に 色 沢 が 悪い 。 奇妙だ な 。 鼻 を 境 に 矛盾 が 睨め こ を して いる 。 悲劇 と 喜劇 の 仮面 を 半々 に つぎ 合せた ようだ 」 と 息 も つが ず 、 述べ 立てた 。 この 無心 の 評 を 聞いた 、 高柳 君 は 心 の 秘密 を 顔 の 上 で 読ま れた ように 、 はっと 思う と 、 右 の 手 で 額 の 方 から 顋 の あたり まで 、 ぐるり と 撫で 廻 わした 。 こうして 顔 の 上 の 矛盾 を かき混ぜる つもりな の かも 知れ ない 。 「 いくら 天気 が よくって も 、 散歩 なんか する 暇 は ない 。 今日 は 新 橋 の 先 まで 遺失 品 を 探 がし に 行って その 帰りがけ に ちょっと ついで だ から 、 ここ で 休んで 行こう と 思って 来た の さ 」 と 顔 を 攪 き 廻した 手 を 顎 の 下 へ かって 依然と して 浮か ぬ 様子 を する 。 悲劇 の 面 と 喜劇 の 面 を まぜ返 え した から 通例 の 顔 に なる はずである のに 、 妙に 濁った もの が 出来上って しまった 。 「 遺失 品 て 、 何 を 落し たんだい 」「 昨日 電車 の 中 で 草稿 を 失って ――」「 草稿 ? そりゃ 大変だ 。 僕 は 書き上げた 原稿 が 雑誌 へ 出る まで は 心配で たまらない 。 実際 草稿 なんて もの は 、 吾々 に 取って 、 命 より 大切な もの だ から ね 」「 なに 、 そんな 大切な 草稿 でも 書ける 暇 が ある ようだ と いい んだ けれども ―― 駄目だ 」 と 自分 を 軽蔑 した ような 口調 で 云 う 。 「 じゃ 何の 草稿 だい 」「 地理 教授 法 の 訳 だ 。 あした まで に 届ける はず に して ある のだ から 、 今 なくなっちゃ 原稿 料 も 貰え ず 、 また やり 直さ なくっちゃ なら ず 、 実に 厭 に なっち まう 」「 それ で 、 探 がし に 行って も 出て 来 ない の かい 」「 来 ない 」「 どうした ん だろう 」「 おおかた 車掌 が 、 うち へ 持って行って 、 は たきで も 拵えた んだろう 」「 まさか 、 しかし 出 なくっちゃ 困る ね 」「 困る なあ 自分 の 不注意 と 我慢 する が 、 その 遺失 品 係り の 厭 な 奴 だ 事って ―― 実に 不親切で 、 形式 的で ―― まるで 版 行 に おした ような 事 を ぺらぺら と 一 通り 述べた が 以上 、 何 を 聞いて も 知りません 知りません で 持ち 切って いる 。 あいつ は 廿 世紀 の 日本 人 を 代表 して いる 模範 的 人物 だ 。 あす この 社長 も きっと あんな 奴 に 違 ない 」「 ひどく 癪 に 障った もの だ ね 。 しかし 世の中 は その 遺失 品 係り の ような の ばかりじゃ ない から いい じゃ ない か 」「 もう 少し 人間 らしい の が いる かい 」「 皮肉な 事 を 云 う 」「 なに 世の中 が 皮肉な の さ 。 今 の 世 の なか は 冷酷 の 競 進 会 ( きょうしん かい ) 見た ような もの だ 」 と 云 いながら 呑 みかけ の 「 敷島 」 を 二 階 の 欄干 から 、 下 へ 抛 げ る 途端 に 、 ありがとう と 云 う 声 が して 、 ぬっと 門口 を 出た 二 人 連 の 中 折 帽 の 上 へ 、 うまい 具合 に 燃 殻 が 乗っかった 。 男 は 帽子 から 煙 を 吐いて 得意に なって 行く 。 「 おい 、 ひどい 事 を する ぜ 」 と 中野 君 が 云 う 。 「 な に 過ち だ 。 ―― ありゃ 、 さっき の 実業 家 だ 。 構う もん か 抛って 置け 」「 なるほど さっき の 男 だ 。 何で 今 まで ぐずぐず して いた んだろう 。 下 で 球 でも 突いて いた の か 知ら ん 」「 どうせ 遺失 品 係り の 同類 だ から 何でも する だろう 」「 そら 気 が ついた ―― 帽子 を 取って はたいて いる 」「 ハハハハ 滑稽だ 」 と 高柳 君 は 愉快 そうに 笑った 。 「 随分 人 が 悪い なあ 」 と 中野 君 が 云 う 。 「 なるほど 善く ない ね 。 偶然 と は 申し ながら 、 あんな 事 で 仇 を 打つ の は 下等だ 。 こんな 真似 を して 嬉し がる ようで は 文学 士 の 価値 も めちゃめちゃだ 」 と 高柳 君 は 瞬時 に して また 元 の 浮か ぬ 顔 に かえる 。 「 そう さ 」 と 中野 君 は 非難 する ような 賛成 する ような 返事 を する 。 「 しかし 文学 士 は 名前 だけ で 、 その実 は 筆 耕 だ から な 。 文学 士 に も なって 、 地理 教授 法 の 翻訳 の 下働き を やって る ようじゃ 、 心細い 訳 だ 。 これ でも 僕 が 卒業 したら 、 卒業 したらって 待って て くれた 親 も ある んだ から な 。 考える と 気の毒な もの だ 。 この 様子 じゃ いつまで 待って て くれたって 仕方 が ない 」「 まだ 卒業 した ばかりだ から 、 そう 急に 有名に はなれ ない さ 。 その うち 立派な 作物 を 出して 、 大 に 本領 を 発揮 する 時 に 天下 は 我々 の もの と なる んだ よ 」「 いつ の 事 やら 」「 そう 急いたって 、 いけない 。 追 々 新陳 代謝 して くる んだ から 、 何でも 気 を 永く して 尻 を 据えて かから なくっちゃ 、 駄目だ 。 なに 、 世間 じゃ 追 々 我々 の 真価 を 認めて 来る んだ から ね 。 僕 な ん ぞ でも 、 こう やって 始終 書いて いる と 少し は 人 の 口 に 乗る から ね 」「 君 は いい さ 。 自分 の 好きな 事 を 書く 余裕 が ある んだ から 。 僕 なんか 書きたい 事 は いくら で も ある んだ けれども 落ちついて 述作 なぞ を する 暇 は とても ない 。 実に 残念で たまらない 。 保護 者 でも あって 、 気楽に 勉強 が 出来る と 名作 も 出して 見せる が な 。 せめて 、 何でも いい から 、 月々 きまって 六十 円 ばかり 取れる 口 が ある と いい のだ けれども 、 卒業 前 から 自活 は して いた のだ が 、 卒業 して も やっぱり こんなに 困難 する だろう と は 思わ なかった 」「 そう 困難じゃ 仕方 が ない 。 僕 の うち の 財産 が 僕 の 自由に なる と 、 保護 者 に なって やる んだ が な 」「 どうか 願います 。 ―― 実に 厭 に なって しまう 。 君 、 今 考える と 田舎 の 中学 の 教師 の 口 だって 、 容易に ある もん じゃ ない な 」「 そう だろう な 」「 僕 の 友人 の 哲学 科 を 出た もの なんか 、 卒業 して から 三 年 に なる が 、 まだ 遊んで る ぜ 」「 そう か な 」「 それ を 考える と 、 子供 の 時 なんか 、 訳 も わから ず に 悪い 事 を した もん だ ね 。 もっとも 今 と その頃 と は 時勢 が 違う から 、 教師 の 口 も 今 ほど 払 底 で なかった かも 知れ ない が 」「 何 を し たんだい 」「 僕 の 国 の 中学校 に 白井 道也 と 云 う 英語 の 教師 が いたんだ が ね 」「 道也 た 妙な 名 だ ね 。 釜 の 銘 に あり そうじゃ ない か 」「 道也 と 読む んだ か 、 何だか 知ら ない が 、 僕ら は 道也 、 道也って 呼んだ もの だ 。 その 道也 先生 が ね ―― やっぱり 君 、 文学 士 だ ぜ 。 その 先生 を とうとう みんな して 追い出して しまった 」「 どうして 」「 どうしてって 、 ただ いじめて 追い出し ち まった の さ 。 な に 良い 先生 な んだ よ 。 人物 や 何 か は 、 子供 だ から まるで わから なかった が 、 どうも 悪 るい 人 じゃ なかった らしい ……」「 それ で 、 なぜ 追い出し たんだい 」「 それ が さ 、 中学校 の 教師 なんて 、 あれ で なかなか 悪 るい 奴 が いる もん だ ぜ 。 僕ら あ 煽 動 さ れた んだ ね 、 つまり 。 今 でも 覚えて いる が 、 夜 る 十五六 人 で 隊 を 組んで 道也 先生 の 家 の 前 へ 行って ワーって 吶喊 して 二 つ 三 つ 石 を 投げ込んで 来る んだ 」「 乱暴だ ね 。 何 だって 、 そんな 馬鹿な 真似 を する ん だい 」「 なぜ だ か わから ない 。 ただ 面白い から やる の さ 。 おそらく 吾々 の 仲間 で なぜ やる んだ か 知って た もの は 誰 も ある まい 」「 気楽だ ね 」「 実に 気楽 さ 。 知って る の は 僕ら を 煽 動 した 教師 ばかり だろう 。 何でも 生意気だ から やれって 云 う の さ 」「 ひどい 奴 だ な 。 そんな 奴 が 教師 に いる かい 」「 いる と も 。 相手 が 子供 だ から 、 どうでも 云 う 事 を 聞く から かも 知れ ない が 、 いる よ 」「 それ で 道也 先生 どうしたい 」「 辞職 しち まった 」「 可哀想に 」「 実に 気の毒な 事 を した もん だ 。 定め し 転任 先 を さがす 間 活 計 に 困ったろう と 思って ね 。 今度 逢ったら 大 に 謝罪 の 意 を 表する つもりだ 」「 今 どこ に いる ん だい 」「 どこ に いる か 知ら ない 」「 じゃ いつ 逢う か 知れ ない じゃ ない か 」「 しかし いつ 逢う か わから ない 。 ことに よる と 教師 の 口 が なくって 死んで しまった かも 知れ ない ね 。 ―― 何でも 先生 辞職 する 前 に 教 場 へ 出て 来て 云った 事 が ある 」「 何て 」「 諸君 、 吾々 は 教師 の ため に 生き べき もの で は ない 。 道 の ため に 生き べき もの である 。 道 は 尊い もの である 。 この 理 窟 が わから ない うち は 、 まだ 一人前 に なった ので は ない 。 諸君 も 精 出して わかる ように お なり 」「 へえ 」「 僕ら は 不 相 変 教 場 内 で ワーっと 笑った あね 。 生意気だ 、 生意気 だって 笑った あね 。 ―― どっち が 生意気 か 分 り ゃし ない 」「 随分 田舎 の 学校 など に ゃ 妙な 事 が ある もの だ ね 」「 なに 東京 だって 、 ある んだ よ 。 学校 ばかり じゃ ない 。 世の中 は みんな これ な んだ 。 つまらない 」「 時に だいぶ 長話 し を した 。 どう だ 君 。 これ から 品川 の 妙 花園 まで 行か ない か 」「 何 し に 」「 花 を 見 に さ 」「 これ から 帰って 地理 教授 法 を 訳さ なくっちゃ なら ない 」「 一 日 ぐらい 遊んだって よかろう 。 ああ 云 う 美 くし い 所 へ 行く と 、 好 い 心持ち に なって 、 翻訳 も はか が 行く ぜ 」「 そう か な 。 君 は 遊び に 行く の かい 」「 遊 かたがた さ 。 あす こ へ 行って 、 ちょっと 写生 して 来て 、 材料 に しよう と 思って る んだ が ね 」「 何の 材料 に 」「 出来たら 見せる よ 。 小説 を かいて いる んだ 。 その うち の 一 章 に 女 が 花園 の なか に 立って 、 小さな 赤い 花 を 余念 なく 見詰めて いる と 、 その 赤い 花 が だんだん 薄く なって しまい に 真 白 に なって しまう と 云 う ところ を 書いて 見たい と 思う んだ が ね 」「 空想 小説 かい 」「 空想 的で 神秘 的で 、 それ で 遠い 昔 し が 何だか なつかしい ような 気持 の する もの が 書きたい 。 うまく 感じ が 出れば いい が 。 まあ 出来たら 読んで くれた まえ 」「 妙 花園 なん ざ 、 そんな 参考 に ゃ なら ない よ 。 それ より か うち へ 帰って ホルマン ・ ハント の 画 でも 見る 方 が いい 。 ああ 、 僕 も 書きたい 事 が ある んだ が な 。 どうしても 時 が ない 」「 君 は 全体 自然 が きらいだ から 、 いけない 」「 自然 なんて 、 どうでも いい じゃ ない か 。 この 痛切な 二十 世紀 に そんな 気楽な 事 が 云って いられる もの か 。 僕 の は 書けば 、 そんな 夢見た ような もの じゃ ない んだ から な 。 奇麗で なくって も 、 痛くって も 、 苦しくって も 、 僕 の 内面 の 消息 に どこ か 、 触れて いれば それ で 満足 する んだ 。 詩的で も 詩的で なくって も 、 そんな 事 は 構わ ない 。 た とい 飛び立つ ほど 痛くって も 、 自分 で 自分 の 身体 を 切って 見て 、 なるほど 痛い な と 云 う ところ を 充分 書いて 、 人 に 知らせて やりたい 。 呑気 な もの や 気楽な もの は とうてい 夢にも 想像 し 得られ ぬ 奥 の 方 に こんな 事実 が ある 、 人間 の 本体 は ここ に ある の を 知ら ない か と 、 世 の 道楽 もの に 教えて 、 おや そう か 、 おれ は 、 まさか 、 こんな もの と は 思って い なかった が 、 云 われて 見る と なるほど 一言 も ない 、 恐れ入った と 頭 を 下げ させる の が 僕 の 願 な んだ 。 君 と は だいぶ 方角 が 違う 」「 しかし そんな 文学 は 何だか 心持ち が わるい 。 ―― そりゃ 御 随意だ が 、 どう だい 妙 花園 に 行く 気 は ない かい 」「 妙 花園 へ 行く ひま が あれば 一 頁 ( ページ ) でも 僕 の 主張 を かく が なあ 。 何だか 考える と 身体 が むずむず する ようだ 。 実際 こんなに 呑気 に して 、 生 焼 の ビステッキ など を 食っちゃ いられ ない んだ 」「 ハハハハ また あせる 。 いい じゃ ない か 、 さっき の 商人 見た ような 連中 も いる んだ から 」「 あんな の が いる から 、 こっち は なお 仕事 が し たく なる 。 せめて 、 あの 連中 の 十 分 一 の 金 と 時 が あれば 、 書いて 見せる が な 」「 じゃ 、 どうしても 妙 花園 は 不 賛成 か ね 」「 遅く なる もの 。 君 は 冬 服 を 着て いる が 、 僕 は いまだに 夏 服 だ から 帰り に 寒く なって 風 でも 引く と いけない 」「 ハハハハ 妙な 逃げ 路 を 発見 した ね 。 もう 冬 服 の 時節 だ あね 。 着 換えれば いい 事 を 。 君 は 万事 無 精 だ よ 」「 無 精 で 着 換え ない んじゃ ない 。 ない から 着 換え ない んだ 。 この 夏 服 だって 、 まだ 一 文 も 払って いやし ない 」「 そう な の か 」 と 中野 君 は 気の毒な 顔 を した 。 午 飯 の 客 は 皆 去り 尽して 、 二 人 が 椅子 を 離れた 頃 は ところどころ の 卓 布 の 上 に 麺 麭屑 ( パン くず ) が 淋しく 散らばって いた 。 公園 の 中 は 最 前 より も 一層 賑かである 。 ロハ 台 は 依然と して 、 どこ の 何 某 か 知ら ぬ 男 と 知ら ぬ 女 で 占領 されて いる 。 秋 の 日 は 赫 と して 夏 服 の 背中 を 通す 。

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「二 」 野 分 夏目 漱石 ふた|の|ぶん|なつめ|そうせき 2, Nobe, Natsume Soseki. Nobe Natsume Soseki Dos". Nobe Natsume Soseki 2, Nobe, Natsume Soseki. İki." Nobe Natsume Soseki

午 に 逼 る 秋 の 日 は 、 頂く 帽 を 透 して 頭蓋 骨 の なか さえ 朗 か なら しめた か の 感 が ある 。 うま||ひつ||あき||ひ||いただく|ぼう||とおる||ずがい|こつ||||あきら||||||かん|| On an autumn day in the afternoon, I feel as if I could see through the cap and even the inside of the skull to be cheerful. 公園 の ロハ 台 は その ロハ 台 たる の 故 を もって ことごとく ロハ 的に 占領 されて しまった 。 こうえん|||だい||||だい|||こ|||||てきに|せんりょう|さ れて| The Loach stand in the park was taken over by the Loachites by virtue of the fact that it was a Loach stand. 高柳 君 は 、 どこ ぞ 空いた 所 は ある まい か と 、 さっき から ちょうど 三 度 日比谷 を 巡回 した 。 たかやなぎ|きみ||||あいた|しょ|||||||||みっ|たび|ひびや||じゅんかい| Takayanagi made the rounds of Hibiya just three times earlier, looking for any available space. 三 度 巡回 して 一 脚 の 腰 掛 も 思う ように 我 を 迎え ない の を 発見 した 時 、 重 そうな 足 を 正門 の かた へ 向けた 。 みっ|たび|じゅんかい||ひと|あし||こし|かかり||おもう||われ||むかえ||||はっけん||じ|おも|そう な|あし||せいもん||||むけた I made my rounds three times, and when I found that not even a single perch greeted me as it should, I turned my heavy feet toward the front gate. すると 反対 の 方 から 同 年輩 の 青年 が 早 足 に 這 入って 来て 、 や あと 声 を 掛けた 。 |はんたい||かた||どう|ねんぱい||せいねん||はや|あし||は|はいって|きて|||こえ||かけた Then a young man of the same age came quickly from the opposite direction and called out to me. 「 や あ 」 と 高柳 君 も 同じ ような 挨拶 を した 。 |||たかやなぎ|きみ||おなじ||あいさつ|| "Yah!" Takayanagi also made a similar greeting. 「 どこ へ 行った ん だい 」 と 青年 が 聞く 。 ||おこなった||||せいねん||きく "Where did he go?" The young man asks, "What do you want to do? 「 今 ぐるぐる 巡って 、 休もう と 思った が 、 どこ も 空いて いない 。 いま||めぐって|やすもう||おもった||||あいて| I thought I'd take a break, but there were no vacancies anywhere. 駄目だ 、 ただ で掛けられる 所 は みんな 人 が 先 へ かけて いる 。 だめだ||でかけ られる|しょ|||じん||さき||| No, people are already calling where they can call for free. なかなか 抜 目 は ない もん だ な 」「 天気 が いい せい だ よ 。 |ぬき|め||||||てんき||||| It's quite remarkable." It's because the weather is good. なるほど 随分 人 が 出て いる ね 。 |ずいぶん|じん||でて|| I see that there are a lot of people out there. ―― おい 、 あの 孟 宗 藪 を 回って 噴水 の 方 へ 行く 人 を 見た まえ 」「 どれ 。 ||たけし|はじめ|やぶ||まわって|ふんすい||かた||いく|じん||みた|| -- Hey, look who's going around that thicket toward the fountain. "Which . あの 女 か 。 |おんな| That woman. 君 の 知って る 人 か ね 」「 知る もの か 」「 それ じゃ 何で 見る 必要 が ある のだ い 」「 あの 着物 の 色 さ 」「 何だか 立派な もの を 着て いる じゃ ない か 」「 あの 色 を 竹藪 の 傍 へ 持って行く と 非常に あざやかに 見える 。 きみ||しって||じん|||しる|||||なんで|みる|ひつよう||||||きもの||いろ||なんだか|りっぱな|||きて||||||いろ||たけやぶ||そば||もっていく||ひじょうに||みえる Is it someone you know?" "I don't know." "Then why do you need to see it?" "The color of that kimono." "What a fine thing you're wearing." When you take that color to the bamboo thicket, it looks very bright. あれ は 、 こう 云 う 透明な 秋 の 日 に 照らして 見 ない と 引き立た ない んだ 」「 そう か な 」「 そう か なって 、 君 そう 感じ ない か 」「 別に 感じ ない 。 |||うん||とうめいな|あき||ひ||てらして|み|||ひきたた|||||||||きみ||かんじ|||べつに|かんじ| I think it only stands out when seen in the light of a clear autumn day like this. しかし 奇麗 は 奇麗だ 」「 ただ 奇麗 だけ じゃ 可哀想だ 。 |きれい||きれいだ||きれい|||かわいそうだ But pretty is pretty." "It's not enough to be beautiful. 君 は これ から 作家 に なる んだろう 」「 そう さ 」「 それ じゃ もう 少し 感じ が 鋭敏で なくっちゃ 駄目だ ぜ 」「 なに 、 あんな 方 は 鈍くって も いい んだ 。 きみ||||さっか|||||||||すこし|かんじ||えいびんで||だめだ||||かた||にぶく って||| You're going to be a writer now, aren't you?" "Yes, sir." "Then you need to be a little more perceptive." It's okay for him to be slow. ほか に 鋭敏な ところ が 沢山 ある んだ から 」「 ハハハハ そう 自信 が あれば 結構だ 。 ||えいびんな|||たくさん||||||じしん|||けっこうだ There's a lot of other sensitivities." "Hahahaha, if you are so confident, that's fine. 時に 君 せっかく 逢った もの だ から 、 もう 一 遍 ある こう じゃ ない か 」「 あるく の は 、 真 平 だ 。 ときに|きみ||あった|||||ひと|へん|||||||||まこと|ひら| Since we've met, why don't we make one more visit? "It's a true peace to walk. これ から すぐ 電車 へ 乗って 帰 えら ない と 午 食 を 食い 損なう 」「 その 午 食 を 奢 ろう じゃ ない か 」「 うん 、 また 今度 に しよう 」「 なぜ ? |||でんしゃ||のって|かえ||||うま|しょく||くい|そこなう||うま|しょく||しゃ|||||||こんど||| If I don't get on the train right away and go home, I'll miss my lunch." "Let's buy you that lunch." "Yeah, we'll do it another time." Why? いや かい 」「 厭 じゃ ない ―― 厭 じゃ ない が 、 始終 御馳走 に ばかり なる から 」「 ハハハ 遠慮 か 。 ||いと|||いと||||しじゅう|ごちそう||||||えんりょ| No. I'm not. "I'm not sick of it - I'm not sick of it, but I'll be eating all the time." "Ha ha ha, you're shy. まあ 来た まえ 」 と 青年 は 否応 なし に 高柳 君 を 公園 の 真中 の 西洋 料理 屋 へ 引っ張り込んで 、 眺望 の いい 二 階 へ 陣 を 取る 。 |きた|||せいねん||いやおう|||たかやなぎ|きみ||こうえん||まんなか||せいよう|りょうり|や||ひっぱりこんで|ちょうぼう|||ふた|かい||じん||とる Well, come on. The young man pulled Mr. Takayanagi into a Western-style restaurant in the middle of the park and took up a position on the second floor with a great view. 注文 の 来る 間 、 高柳 君 は 蒼 い 顔 へ 両手 で 突っかい 棒 を して 、 さも つかれた と 云 う 風 に 往来 を 見て いる 。 ちゅうもん||くる|あいだ|たかやなぎ|きみ||あお||かお||りょうて||つっかい|ぼう||||||うん||かぜ||おうらい||みて| While the order comes, Takayanagi puts both hands on his blue face and looks at the traffic as if he is tired. 青年 は 独り で 「 ふん だいぶ 広い な 」「 なかなか 繁昌 する と 見える 」「 なんだ 、 妙な 所 へ 姿 見 の 広告 など を 出して 」 など と 半分 口 の うち で 云 うか と 思ったら 、 やがて 洋 袴 ( ズボン ) の 隠 袋 へ 手 を 入れて 「 や 、 しまった 。 せいねん||ひとり||||ひろい|||はんじょう|||みえる||みょうな|しょ||すがた|み||こうこく|||だして|||はんぶん|くち||||うん|||おもったら||よう|はかま|ずぼん||かく|ふくろ||て||いれて|| The young man was alone and said, "Wow, that's a lot of space." "It looks like it's going to be quite prosperous." "What's with you, advertising in strange places for a vision?" I thought he was going to say something like, "I've got to go back to my room," or something like that, but then he put his hand into his hakama (trousers) and said, "Oh, no! 煙草 を 買って くる の を 忘れた 」 と 大きな 声 を 出した 。 たばこ||かって||||わすれた||おおきな|こえ||だした I forgot to buy cigarettes." I made a loud voice, "I'm sorry, I'm sorry. 「 煙草 なら 、 ここ に ある よ 」 と 高柳 君 は 「 敷島 」 の 袋 を 白い 卓 布 の 上 へ 抛 り 出す 。 たばこ|||||||たかやなぎ|きみ||しきしま||ふくろ||しろい|すぐる|ぬの||うえ||なげう||だす "I got some cigarettes right here." Takayanagi said, "Shikishima." The bag of the "I" is thrown out onto the white tablecloth. ところ へ 下 女 が 御 誂 を 持ってくる 。 ||した|おんな||ご|ちょう||もってくる Then a servant comes in with an order. 煙草 に 火 を 点ける 間 は なかった 。 たばこ||ひ||つける|あいだ|| There was no time to light a cigarette. 「 これ は 樽 麦酒 ( たる ビール ) だ ね 。 ||たる|ばくしゅ||びーる|| It's a keg beer. おい 君 樽 麦酒 の 祝杯 を 一 つ 挙げ ようじゃ ない か 」 と 青年 は 琥珀 色 の 底 から 湧き上がる 泡 を ぐ いと 飲む 。 |きみ|たる|ばくしゅ||しゅくはい||ひと||あげ|||||せいねん||こはく|いろ||そこ||わきあがる|あわ||||のむ Hey, you, let's raise a keg of barley wine to celebrate." The young man takes a gulp of the bubbles rising from the amber bottom. 「 何の 祝杯 を 挙げる のだ い 」 と 高柳 君 は 一口 飲み ながら 青年 に 聞いた 。 なんの|しゅくはい||あげる||||たかやなぎ|きみ||ひとくち|のみ||せいねん||きいた "What are you celebrating?" Takayanagi asked the young man as he took a sip of his drink. 「 卒業 祝い さ 」「 今頃 卒業 祝い か 」 と 高柳 君 は 手 の ついた 洋 盃 ( コップ ) を 下 へ おろして しまった 。 そつぎょう|いわい||いまごろ|そつぎょう|いわい|||たかやなぎ|きみ||て|||よう|さかずき|こっぷ||した||| "Graduation gift." "Graduation celebration right now." Takayanagi put down the cup with his hand on it. 「 卒業 は 生涯 に たった 一 度 しか ない んだ から 、 いつまで 祝って も いい さ 」「 たった 一 度 しか ない んだ から 祝わ ないで も いい くらい だ 」「 僕 と まるで 反対だ ね 。 そつぎょう||しょうがい|||ひと|たび||||||いわって|||||ひと|たび|||||いわわ||||||ぼく|||はんたいだ| "You only graduate once in your life, so it doesn't matter how long you celebrate." "It's only going to happen once, so it's okay not to celebrate." You are just the opposite of me. ―― 姉さん 、 この フライ は 何 だい 。 ねえさん||ふらい||なん| -- Sister, what is this fly? え ? 鮭 か 。 さけ| Salmon. ここん 所 へ 君 、 この オレンジ の 露 を かけて 見た まえ 」 と 青年 は 人 指 指 と 親指 の 間 から ちゅう と 黄色い 汁 を 鮭 の 衣 の 上 へ 落す 。 |しょ||きみ||おれんじ||ろ|||みた|||せいねん||じん|ゆび|ゆび||おやゆび||あいだ||||きいろい|しる||さけ||ころも||うえ||おとす Here, you, pour some of this orange dew on it and see what happens." The young man drops yellow juice from between his finger and thumb onto the salmon. 庭 の 面 に はらはら と 降る 時雨 の ごとく 、 すぐ 油 の 中 へ 吸い込まれて しまった 。 にわ||おもて||||ふる|しぐれ||||あぶら||なか||すいこま れて| Like a shower falling on the garden, it was sucked right into the oil. 「 なるほど そうして 食う もの か 。 ||くう|| "I see. So that's how you eat. 僕 は 装飾 に ついて る の か と 思った 」 姿 見 の 札幌 麦酒 ( さっぽろ ビール ) の 広告 の 本 に 、 大きく なって 構えて いた 二 人 の 男 が 、 この 時 急に 大きな 破れる ような 声 を 出して 笑い 始めた 。 ぼく||そうしょく|||||||おもった|すがた|み||さっぽろ|ばくしゅ|さっ ぽろ|びーる||こうこく||ほん||おおきく||かまえて||ふた|じん||おとこ|||じ|きゅうに|おおきな|やぶれる||こえ||だして|わらい|はじめた I thought I was following decoration." The two men, who had been holding large books advertising Sapporo Beer, suddenly broke out in laughter. 高柳 君 は オレンジ を つまんだ まま 、 厭 な 顔 を して 二 人 を 見る 。 たかやなぎ|きみ||おれんじ||||いと||かお|||ふた|じん||みる Takayanagi was holding an orange and looking at them with a disgusted expression on his face. 二 人 は いっこう 構わ ない 。 ふた|じん|||かまわ| The two of them are fine with it. 「 いや 行く よ 。 |いく| No, I'm going. いつでも 行く よ 。 |いく| I'll be there anytime. エヘヘヘヘ 。 今夜 行こう 。 こんや|いこう Let's go tonight. あんまり 気 が 早い 。 |き||はやい You're too quick. ハハハハハ 」「 エヘヘヘヘ 。 いえ ね 、 実は ね 、 今夜 あたり 君 を 誘って 繰り出そう と 思って いた んだ 。 ||じつは||こんや||きみ||さそって|くりだそう||おもって|| No, actually, I was thinking of asking you out sometime tonight. え ? ハハハハ 。 なに それ ほど で も ない 。 Nothing much. ハハハハ 。 そら 例 の が 、 あれ でしょう 。 |れい|||| That's what I'm talking about, isn't it? だから 、 どうにも こう に も やり切れない の さ 。 |||||やりきれない|| That's why I can't do anything about it. エヘヘヘヘ 、 アハハハハハハ 」 土 鍋 の 底 の ような 赭 い 顔 が 広告 の 姿 見 に 写って 崩れたり 、 かたまったり 、 伸びたり 縮んだり 、 傍若無人に 動揺 して いる 。 ||つち|なべ||そこ|||しゃ||かお||こうこく||すがた|み||うつって|くずれたり||のびたり|ちぢんだり|ぼうじゃくぶじんに|どうよう|| Ahehehehehe , ahahahahahahahaha." The red face, like the bottom of a clay pot, is shown in the advertisement, crumpling, cowering, stretching, shrinking, and flailing about wildly. 高柳 君 は 一種 異様な 厭 な 眼 つき を 転じて 、 相手 の 青年 を 見た 。 たかやなぎ|きみ||いっしゅ|いような|いと||がん|||てんじて|あいて||せいねん||みた Takayanagi turned his eyes to look at the other young man with a kind of strange distaste. 「 商人 だ よ 」 と 青年 が 小声 に 云 う 。 しょうにん||||せいねん||こごえ||うん| I'm a merchant. The young man whispered. 「 実業 家 か な 」 と 高柳 君 も 小声 に 答え ながら 、 とうとう オレンジ を 絞る の を やめて しまった 。 じつぎょう|いえ||||たかやなぎ|きみ||こごえ||こたえ|||おれんじ||しぼる|||| "Businessman, maybe." Takayanagi answered in a whisper and finally stopped squeezing the orange. 土 鍋 の 底 は 、 やがて 勘定 を 払って 、 ついでに 下 女 に からかって 、 二 階 を 買い 切った ような 大きな 声 を 出して 、 そうして 出て 行った 。 つち|なべ||そこ|||かんじょう||はらって||した|おんな|||ふた|かい||かい|きった||おおきな|こえ||だして||でて|おこなった The bottom of the clay pot eventually paid the bill, and then, after teasing the servant and making loud noises as if he had bought the entire second floor, he left. 「 おい 中野 君 」「 む む ? |なかの|きみ|| "Hey, Nakano-kun." "Mmm? 」 と 青年 は 鳥 の 肉 を 口 いっぱい 頬張って いる 。 |せいねん||ちょう||にく||くち||ほおばって| " The young man is stuffing his mouth full of chicken meat. 「 あの 連中 は 世の中 を 何と 思って る だろう 」「 何とも 思う もの か ね 。 |れんちゅう||よのなか||なんと|おもって|||なんとも|おもう||| "What do they think of the world?" I don't know what to think. ただ ああ やって 暮らして いる の さ 」「 羨 やましい な 。 |||くらして||||うらや|| That's just the way we live." I envy you. どうかして ―― どうも いかんな 」「 あんな もの が 羨 し くっちゃ 大変だ 。 ||||||うらや|||たいへんだ Please, please, please, I can't. It's hard to be jealous of something like that. そんな 考 だ から 卒業 祝 に 同意 し ない んだろう 。 |こう|||そつぎょう|いわい||どうい||| That's probably why they don't agree to a graduation gift. さあ もう 一 杯 景気 よく 飲んだ 」「 あの 人 が 羨ま し い のじゃ ない が 、 ああ 云 う 風 に 余裕 が ある ような 身分 が 羨ま し い 。 ||ひと|さかずき|けいき||のんだ||じん||うらやま|||||||うん||かぜ||よゆう||||みぶん||うらやま|| Come on, one more. We drank with gusto." I don't envy him, but I do envy the kind of position he can afford to be in. いくら 卒業 したって こう 奔命 に 疲れちゃ 、 少しも 卒業 の ありがた 味 は ない 」「 そう か なあ 、 僕 なん ざ 嬉しくって たまらない が なあ 。 |そつぎょう|||ほんいのち||つかれちゃ|すこしも|そつぎょう|||あじ||||||ぼく|||うれしく って||| No matter how much you graduate, if you're tired of being so busy, you won't appreciate it one bit." I don't know, I'm just so happy to be able to do this. 我々 の 生命 は これ から だ ぜ 。 われわれ||せいめい||||| Our life starts with this. 今 から そんな 心細い 事 を 云っちゃ あ しようがない 」「 我々 の 生命 は これ から だ のに 、 これ から 先 が 覚 束 ない から 厭 に なって しまう の さ 」「 なぜ ? いま|||こころぼそい|こと||うん っちゃ|||われわれ||せいめい||||||||さき||あきら|たば|||いと|||||| I can't have you making such an alarming statement now." We are so sick and tired of the uncertainty of what life is going to be like from here on out." Why? 何も そう 悲観 する 必要 は ない じゃ ない か 、 大 に やる さ 。 なにも||ひかん||ひつよう||||||だい||| There is no need to be so pessimistic. 僕 も やる 気 だ 、 いっしょに やろう 。 ぼく|||き||| I'm up for it, let's do it together. 大 に 西洋 料理 でも 食って ―― そら ビステキ が 来た 。 だい||せいよう|りょうり||くって||||きた We'll have a big Western meal - there comes Bistecca. これ で おしまい だ よ 。 That's it. 君 ビステキ の 生 焼 は 消化 が いいって 云 う ぜ 。 きみ|||せい|や||しょうか||い いって|うん|| You know what they say about Bistechee, that it's easy to digest. こいつ は どう か な 」 と 中野 君 は 洋 刀 ( ナイフ ) を 揮って 厚 切り の 一片 を 中央 から 切断 した 。 ||||||なかの|きみ||よう|かたな|ないふ||き って|こう|きり||いっぺん||ちゅうおう||せつだん| I don't know about this." Nakano wielded a Western-style sword (knife) and cut a piece of the thick slice from the center. 「 な ある ほど 、 赤い 。 |||あかい The more red, the better. 赤い よ 君 、 見た まえ 。 あかい||きみ|みた| It's red. Look at it, boy. 血 が 出る よ 」 高柳 君 は 何にも 答え ず に むしゃ むしゃ 赤い ビステキ を 食い 始めた 。 ち||でる||たかやなぎ|きみ||なんにも|こたえ|||||あかい|||くい|はじめた Takayanagi did not answer and started to eat the red bisteche. いくら 赤くて も けっして 消化 が よ さ そうに は 思え なかった 。 |あかくて|||しょうか||||そう に||おもえ| The red food did not seem to be digestible. 人 にわ が 不平 を 訴え ん と する とき 、 わが 不平 が 徹底 せ ぬ うち 、 先方 から 中途 半 把 な 慰藉 を 与え ら る る の は 快 よく ない もの だ 。 じん|||ふへい||うったえ||||||ふへい||てってい||||せんぽう||ちゅうと|はん|わ||いせき||あたえ||||||こころよ|||| When I complain to someone, it is not pleasant to be given half-hearted consolation by the other party before I have thoroughly addressed my grievance. わが 不平 が 通じた の か 、 通じ ない の か 、 本当に 気の毒 がる の か 、 御世辞 に 気の毒 がる の か 分 ら ない 。 |ふへい||つうじた|||つうじ||||ほんとうに|きのどく||||おせじ||きのどく||||ぶん|| I don't know whether my complaint is understood or not, and whether I am truly sorry or just flattered. 高柳 君 は ビステキ の 赤 さ 加減 を 眺め ながら 、 相手 は なぜ こう 感情 が 粗大だろう と 思った 。 たかやなぎ|きみ||||あか||かげん||ながめ||あいて||||かんじょう||そだいだろう||おもった Takayanagi watched Bisteki's redness increase and decrease and wondered why his opponent was so emotional. もう 少し 切り込みたい と 云 う 矢先 へ 持って 来て 、 ざ ああ と 水 を 懸ける の が 中野 君 の 例 である 。 |すこし|きりこみ たい||うん||やさき||もって|きて||||すい||かける|||なかの|きみ||れい| Nakano-kun is one of those who, just when you want to cut into the story a little more, you come along and splash a little more water on it. 不親切な 人 、 冷淡な 人 ならば 始 め から それ 相応の 用意 を して かかる から 、 いくら 冷たくて も 驚 ろく 気遣 は ない 。 ふしんせつな|じん|れいたんな|じん||はじめ||||そうおうの|ようい||||||つめたくて||おどろ||きづか|| If someone is unkind or indifferent, they will be prepared for it from the start, so don't be surprised if they are cold. 中野 君 が かよう な 人 であった なら 、 出鼻 を はたかれて も さほど に 口惜しく は なかったろう 。 なかの|きみ||||じん|||でばな||はたか れて||||くちおしく|| If you were such a person, it would not have been so regrettable to have your nose snuffed out. しかし 高柳 君 の 眼 に 映 ずる 中野 輝一 は 美しい 、 賢 こい 、 よく 人情 を 解して 事 理 を 弁えた 秀才 である 。 |たかやなぎ|きみ||がん||うつ||なかの|きいち||うつくしい|かしこ|||にんじょう||かいして|こと|り||わきまえた|しゅうさい| In the eyes of Mr. Takayanagi, however, Terukazu Nakano is a beautiful, wise, and brilliant man who understands human nature and makes sense of things. この 秀才 が 折々 この 癖 を 出す の は 解し にくい 。 |しゅうさい||おりおり||くせ||だす|||かいし| It's hard to understand why this brilliant person shows this habit from time to time. 彼ら は 同じ 高等 学校 の 、 同じ 寄宿舎 の 、 同じ 窓 に 机 を 並べて 生活 して 、 同じ 文科 に 同じ 教授 の 講義 を 聴いて 、 同じ 年 の この 夏 に 同じく 学校 を 卒業 した のである 。 かれら||おなじ|こうとう|がっこう||おなじ|きしゅくしゃ||おなじ|まど||つくえ||ならべて|せいかつ||おなじ|もんか||おなじ|きょうじゅ||こうぎ||きいて|おなじ|とし|||なつ||おなじく|がっこう||そつぎょう|| They lived in the same high school, in the same dormitory, with the same desk in the same window, attended the same lectures by the same professors, and graduated from the same school in the same summer of the same year. 同じ 年 に 卒業 した もの は 両手 の 指 を 二三 度 屈する ほど いる 。 おなじ|とし||そつぎょう||||りょうて||ゆび||ふみ|たび|くっする|| There are enough graduates from the same year to bend the fingers of both hands a couple of times. しかし この 二 人 ぐらい 親しい もの は なかった 。 ||ふた|じん||したしい||| But none were closer than these two. 高柳 君 は 口数 を きか ぬ 、 人 交 り を せ ぬ 、 厭 世 家 の 皮肉 屋 と 云 われた 男 である 。 たかやなぎ|きみ||くちかず||||じん|こう|||||いと|よ|いえ||ひにく|や||うん||おとこ| Takayanagi was a man of few words, a man of few social contacts, and a cynic with a distaste for the world. 中野 君 は 鷹 揚 な 、 円満な 、 趣味 に 富んだ 秀才 である 。 なかの|きみ||たか|よう||えんまんな|しゅみ||とんだ|しゅうさい| Nakano, you are a hawkish, amicable, tasteful and brilliant person. この 両人 が 卒 然 と 交 を 訂 して から 、 傍目 に も 不審 と 思わ れる くらい 昵 懇 な 間柄 と なった 。 |りょうにん||そつ|ぜん||こう||てい|||はため|||ふしん||おもわ|||なじ|ねもころ||あいだがら|| After they graduated from the university, they became close friends to the extent that even the casual observer would be suspicious of their relationship. 運命 は 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と を 縫い 合せる 。 うんめい||おおしま||ひょう||ちちぶ||うら|||ぬい|あわせる Fate sews Oshima's front and Chichibu's back together. 天下 に 親しき もの が ただ 一 人 あって 、 ただ この 一 人 より ほか に 親しき もの を 見出し 得 ぬ とき 、 この 一 人 は 親 で も ある 、 兄弟 で も ある 。 てんか||したしき||||ひと|じん||||ひと|じん||||したしき|||みだし|とく||||ひと|じん||おや||||きょうだい||| When there is only one person in the world who is dear to you, and you can find no one who is closer to you than this one person, this one person is both your parent and your brother. さては 愛人 である 。 |あいじん| You are a mistress, after all. 高柳 君 は 単なる 朋友 を もって 中野 君 を 目して は おら ぬ 。 たかやなぎ|きみ||たんなる|ともとも|||なかの|きみ||もくして||| Takayanagi does not have eyes for Nakano by merely having a friend. その 中野 君 が わが 不平 を 残り なく 聞いて くれ ぬ の は 残念である 。 |なかの|きみ|||ふへい||のこり||きいて|||||ざんねんである It is a pity that you, Nakano, do not listen to my complaints without rest. 途中 で 夕立 に 逢って 思う 所 へ 行か ず に 引き返した ような もの である 。 とちゅう||ゆうだち||あって|おもう|しょ||いか|||ひきかえした||| It was as if we had met an evening shower on the way and turned back instead of going where we wanted to go. 残り なく 聞いて くれ ぬ 上 に 、 呑気 な 慰藉 を かぶせられる の は なおさら 残念だ 。 のこり||きいて|||うえ||のんき||いせき||かぶせ られる||||ざんねんだ It is even more unfortunate that they are not listening to us without rest, and that they have to add to our tepid consolation prize. 膿 を 出して くれ と 頼んだ 腫物 を 、 いい加減の 真綿 で 、 撫で 廻 わさ れ たって む ず 痒 い ばかりである 。 うみ||だして|||たのんだ|しゅもの||いいかげんの|まわた||なで|まわ||||||よう|| It is itchy to have a cotton wool that is not good enough patted around a tumor that I asked to have the pus drained out of it. しかし こう 思う の は 高柳 君 の 無理である 。 ||おもう|||たかやなぎ|きみ||むりである However, it is impossible for Takayanagi to think this way. 御 雛 様 に 芸者 の 立て 引き が ない と 云って 攻撃 する の は 御 雛 様 の 恋 を 解せ ぬ もの の 言 草 である 。 ご|ひな|さま||げいしゃ||たて|ひき||||うん って|こうげき||||ご|ひな|さま||こい||かいせ||||げん|くさ| To attack the hina-sama by saying that she does not have the strength to stand up to a geisha is the language of those who do not understand the love of the hina-sama. 中野 君 は 富裕な 名門 に 生れて 、 暖かい 家庭 に 育った ほか 、 浮世 の 雨 風 は 、 炬燵 へ あたって 、 椽側 の 硝子 戸越 ( ガラス ど ご し ) に 眺めた ばかりである 。 なかの|きみ||ふゆうな|めいもん||うまれて|あたたかい|かてい||そだった||うきよ||あめ|かぜ||こたつ|||たるきがわ||がらす|とごし|がらす|||||ながめた| Nakano, you were born into a wealthy and prestigious family and grew up in a warm home, and you only saw the rain and wind of the floating world through the glass door at the balcony while sitting on a kotatsu. 友禅 の 模様 は わかる 、 金 屏 の 冴え も 解 せる 、 銀 燭 の 耀 きも まばゆく 思う 。 ゆうぜん||もよう|||きむ|びょう||さえ||かい||ぎん|しょく||よう|||おもう I can see the pattern of the yuzen, I can understand the brilliance of the gold folding screen, and I can see the glittering of the silver candles. 生きた 女 の 美し さ は なお さらに 眼 に 映る 。 いきた|おんな||うつくし|||||がん||うつる The beauty of a living woman is even more apparent to the eye. 親 の 恩 、 兄弟 の 情 、 朋友 の 信 、 これら を 知ら ぬ ほど の 木 強 漢 で は 無論 ない 。 おや||おん|きょうだい||じょう|ともとも||しん|これ ら||しら||||き|つよ|かん|||むろん| Of course, I am not so strong that I do not know the debt I owe my parents, the love of my brothers and sisters, and the trust of my friends. ただ 彼 の 住む 半球 に は 今 まで いつでも 日 が 照って いた 。 |かれ||すむ|はんきゅう|||いま|||ひ||てって| However, the hemisphere where he lives has always had sunshine. 日 の 照って いる 半球 に 住んで いる もの が 、 片足 を とんと 地 に 突いて 、 この 足 の 下 に 真 暗 な 半球 が ある と 気 が つく の は 地理 学 を 習った 時 ばかり である 。 ひ||てって||はんきゅう||すんで||||かたあし|||ち||ついて||あし||した||まこと|あん||はんきゅう||||き|||||ちり|まな||ならった|じ|| It is only in geography that a person living in a sunlit hemisphere can stick one foot in the ground and realize that there is a dark hemisphere beneath that foot. たまに は 歩いて いて 、 気 が つか ぬ と も 限ら ぬ 。 ||あるいて||き||||||かぎら| You never know when you might be walking by and not notice it. しかし さぞ 暗い 事 だろう と 身 に 沁 みて ぞっと する 事 は ある まい 。 ||くらい|こと|||み||しん||||こと||| But there are times when I cringe at the thought of how dark it must be. 高柳 君 は この 暗い 所 に 淋しく 住んで いる 人間 である 。 たかやなぎ|きみ|||くらい|しょ||さびしく|すんで||にんげん| Takayanagi, you are a lonely person living in this dark place. 中野 君 と は ただ 大地 を 踏まえる 足 の 裏 が 向き合って いる と いう ほか に 何ら の 交渉 も ない 。 なかの|きみ||||だいち||ふまえる|あし||うら||むきあって||||||なんら||こうしょう|| Nakano, I have nothing to negotiate with you other than the sole of my foot on the ground. 縫い 合わさ れた 大島 の 表 と 秩父 の 裏 と は 覚 束 なき 針 の 目 を 忍んで 繋ぐ 、 細い 糸 の 御蔭 である 。 ぬい|あわさ||おおしま||ひょう||ちちぶ||うら|||あきら|たば||はり||め||しのんで|つなぐ|ほそい|いと||おかげ| The front of Oshima and the back of Chichibu are stitched together by a fine thread. この 細い もの を 、 するする と 抜けば 鹿児島 県 と 埼玉 県 の 間 に は 依然と して 何 百 里 の 山河 が 横 わって いる 。 |ほそい|||||ぬけば|かごしま|けん||さいたま|けん||あいだ|||いぜん と||なん|ひゃく|さと||さんか||よこ|| If one slips through this narrow strip, there are still hundreds of miles of mountains and rivers between Kagoshima and Saitama Prefectures. 歯 を 病んだ 事 の ない もの に 、 歯 の 痛 み を 持って行く より も 、 早く 歯 医者 に 馳 け つける の が 近道 だ 。 は||やんだ|こと|||||は||つう|||もっていく|||はやく|は|いしゃ||ち|||||ちかみち| It is better to go to a dentist as soon as possible than to bring a toothache to someone who has never had a toothache. そう 痛 がらん でも いい さ と 云 われる 病人 は 、 けっして 慰藉 を 受けた と は 思う まい 。 |つう||||||うん||びょうにん|||いせき||うけた|||おもう| The sick who are told that they don't have to suffer so much should not be considered as having received any consolation. 「 君 など は 悲観 する 必要 が ない から 結構だ 」 と 、 ビステキ を 半分 で 断念 した 高柳 君 は 敷島 を ふかし ながら 、 相手 の 顔 を 眺めた 。 きみ|||ひかん||ひつよう||||けっこうだ||||はんぶん||だんねん||たかやなぎ|きみ||しきしま||||あいて||かお||ながめた "You don't need to be pessimistic, so that's fine." Takayanagi, who had given up halfway through the Bisteki, puffed on his shikishima and looked at his partner's face. 相手 は 口 を も が もが させ ながら 、 右 の 手 を 首 と 共に 左右 に 振った の は 、 高柳 君 に 同意 を 表し ない の と 見える 。 あいて||くち|||||さ せ||みぎ||て||くび||ともに|さゆう||ふった|||たかやなぎ|きみ||どうい||あらわし||||みえる The other party's mouth was agape and his right hand waved from side to side along with his neck, which seemed to indicate that he did not agree with Mr. Takayanagi. 「 僕 が 悲観 する 必要 が ない ? ぼく||ひかん||ひつよう|| "I don't have to be pessimistic? 悲観 する 必要 が ない と する と 、 つまり おめでたい 人間 と 云 う 意味 に なる ね 」 高柳 君 は 覚え ず 、 薄い 唇 を 動かし かけた が 、 微 かな 漣 は 頬 まで 広がら ぬ 先 に 消えた 。 ひかん||ひつよう||||||||にんげん||うん||いみ||||たかやなぎ|きみ||おぼえ||うすい|くちびる||うごかし|||び||さざなみ||ほお||ひろがら||さき||きえた If you don't have to be pessimistic, that means you're a happy person. Takayanagi's thin lips moved without remembering, but the slight ripple disappeared before it spread to his cheeks. 相手 は なお 言葉 を つづける 。 あいて|||ことば|| The other person continues to speak. 「 僕 だって 三 年 も 大学 に いて 多少 の 哲学 書 や 文学 書 を 読んで る じゃ ない か 。 ぼく||みっ|とし||だいがく|||たしょう||てつがく|しょ||ぶんがく|しょ||よんで|||| I've been in college for three years and have read some philosophy and literature. こう 見えて も 世の中 が 、 どれほど 悲観 す べき もの である か ぐらい は 知って る つもりだ 」「 書物 の 上 で だろう 」 と 高柳 君 は 高い 山 から 谷底 を 見下ろした ように 云 う 。 |みえて||よのなか|||ひかん||||||||しって|||しょもつ||うえ||||たかやなぎ|きみ||たかい|やま||たにそこ||みおろした||うん| I think I know how pessimistic the world can be. "On the books, I suppose." Takayanagi said as if he was looking down from a high mountain to the bottom of the valley. 「 書物 の 上 ―― 書物 の 上 で は 無論 だ が 、 実際 だって 、 これ で なかなか 苦痛 も あり 煩 悶 も ある んだ よ 」「 だって 、 生活 に は 困ら ない し 、 時間 は 充分 ある し 、 勉強 は したい だけ 出来る し 、 述作 は 思う 通り に やれる し 。 しょもつ||うえ|しょもつ||うえ|||むろん|||じっさい|||||くつう|||わずら|もん||||||せいかつ|||こまら|||じかん||じゅうぶん|||べんきょう||し たい||できる||じゅつさく||おもう|とおり||| "On the books - on the books, of course, but in practice, it's quite painful and agonizing. I have enough time, I can study as much as I want, and I can write as much as I want. 僕 に 較 べ る と 君 は 実に 幸福だ 」 と 高柳 君 今度 は さ も 羨ま し そうに 嘆息 する 。 ぼく||かく||||きみ||じつに|こうふくだ||たかやなぎ|きみ|こんど||||うらやま||そう に|たんそく| Compared to me, you are very happy." Takayanagi, this time sighing with envy. 「 ところが 裏面 は なかなか そんな 気楽な んじゃ ない さ 。 |りめん||||きらくな||| On the flip side, however, it's not so easy. これ でも いろいろ 心配 が あって 、 いやに なる のだ よ 」 と 中野 君 は 強いて 心配 の 所有 権 を 主張 して いる 。 |||しんぱい||||||||なかの|きみ||しいて|しんぱい||しょゆう|けん||しゅちょう|| But I worry about a lot of things, and I don't like it. Nakano strongly insists on the ownership of the concern. 「 そう か なあ 」 と 相手 は 、 なかなか 信じ ない 。 ||||あいて|||しんじ| "I don't know." The other party is not easily convinced. 「 そう 君 まで 茶かしちゃ 、 いよいよ つまらなく なる 。 |きみ||ちゃかしちゃ||| If I make you into a brownie, it's going to become boring at last. 実は 今日 あたり 、 君 の 所 へ でも 出掛けて 、 大 に 同情 して もらおう か と 思って いた ところ さ 」「 訳 を きかせ なくっちゃ 同情 も 出来 ない ね 」「 訳 は だんだん 話す よ 。 じつは|きょう||きみ||しょ|||でかけて|だい||どうじょう|||||おもって||||やく||||どうじょう||でき|||やく|||はなす| In fact, I was thinking of going over to your place later today and giving you a big sympathetic ear. "I can't even be sympathetic without giving them a reason." I'll tell you the translation gradually. あんまり 、 くさく さ する から 、 こう やって 散歩 に 来た くらい な もの さ 。 |||||||さんぽ||きた|||| I'm just taking a walk like this because it's too much of a hassle. ちっと は 察し る が いい 」 高柳 君 は 今度 は 公然と に やに や と 笑った 。 ち っと||さっし||||たかやなぎ|きみ||こんど||こうぜんと|||||わらった You'd be a little more understanding." Takayanagi openly grinned this time. ちっと は 察し る つもり でも 、 察し よう が ない のである 。 ち っと||さっし||||さっし|||| They may think they can guess a little, but they can't. 「 そうして 、 君 は また なんで 今頃 公園 なんか 散歩 して いる んだ ね 」 と 中野 君 は 正面 から 高柳 君 の 顔 を 見た が 、「 や 、 君 の 顔 は 妙だ 。 |きみ||||いまごろ|こうえん||さんぽ||||||なかの|きみ||しょうめん||たかやなぎ|きみ||かお||みた|||きみ||かお||みょうだ "So why are you out walking in the park again right now?" Nakano looked at Takayanagi squarely in the face and said, "Your face is strange. 日 の 射 して いる 右側 の 方 は 大変 血色 が いい が 、 影 に なって る 方 は 非常に 色 沢 が 悪い 。 ひ||い|||みぎがわ||かた||たいへん|けっしょく||||かげ||||かた||ひじょうに|いろ|さわ||わるい The right side in the sunlight is very fair, but the shadow side is very pale. 奇妙だ な 。 きみょうだ| Strange. 鼻 を 境 に 矛盾 が 睨め こ を して いる 。 はな||さかい||むじゅん||にらめ|||| The contradictions are staring at each other across the nose. 悲劇 と 喜劇 の 仮面 を 半々 に つぎ 合せた ようだ 」 と 息 も つが ず 、 述べ 立てた 。 ひげき||きげき||かめん||はんはん|||あわせた|||いき||||のべ|たてた It's like he's trying to pull off a 50-50 masquerade of tragedy and comedy." He was breathless as he stood up and said, "I'm not going to be a part of this. この 無心 の 評 を 聞いた 、 高柳 君 は 心 の 秘密 を 顔 の 上 で 読ま れた ように 、 はっと 思う と 、 右 の 手 で 額 の 方 から 顋 の あたり まで 、 ぐるり と 撫で 廻 わした 。 |むしん||ひょう||きいた|たかやなぎ|きみ||こころ||ひみつ||かお||うえ||よま||||おもう||みぎ||て||がく||かた||さい||||||なで|まわ| When Takayanagi heard this unthinking comment, he felt as if the secrets of his heart were being read on his face, and he stroked his right hand from his forehead to his jaw. こうして 顔 の 上 の 矛盾 を かき混ぜる つもりな の かも 知れ ない 。 |かお||うえ||むじゅん||かきまぜる||||しれ| Maybe this is how they intend to stir up the contradictions on their faces. 「 いくら 天気 が よくって も 、 散歩 なんか する 暇 は ない 。 |てんき||よく って||さんぽ|||いとま|| I don't care how good the weather is, I don't have time to go for a walk. 今日 は 新 橋 の 先 まで 遺失 品 を 探 がし に 行って その 帰りがけ に ちょっと ついで だ から 、 ここ で 休んで 行こう と 思って 来た の さ 」 と 顔 を 攪 き 廻した 手 を 顎 の 下 へ かって 依然と して 浮か ぬ 様子 を する 。 きょう||しん|きょう||さき||いしつ|しな||さが|||おこなって||かえりがけ||||||||やすんで|いこう||おもって|きた||||かお||かく||まわした|て||あご||した|||いぜん と||うか||ようす|| I went to the end of Shinbashi to look for lost and found today, and on the way back I thought I'd stop here for a rest, just for the sake of it. He remains unfazed with his hand under his chin as he turns his face around. 悲劇 の 面 と 喜劇 の 面 を まぜ返 え した から 通例 の 顔 に なる はずである のに 、 妙に 濁った もの が 出来上って しまった 。 ひげき||おもて||きげき||おもて||まぜかえ||||つうれい||かお|||||みょうに|にごった|||できあがって| The mixture of tragic and comedic aspects, which should have resulted in the usual face, turned out to be strangely muddled. 「 遺失 品 て 、 何 を 落し たんだい 」「 昨日 電車 の 中 で 草稿 を 失って ――」「 草稿 ? いしつ|しな||なん||おとし||きのう|でんしゃ||なか||そうこう||うしなって|そうこう "What did you drop as lost property?" I lost a draft on the train yesterday. "Draft? そりゃ 大変だ 。 |たいへんだ That's a big deal. 僕 は 書き上げた 原稿 が 雑誌 へ 出る まで は 心配で たまらない 。 ぼく||かきあげた|げんこう||ざっし||でる|||しんぱいで| I never stop worrying about my manuscripts until they appear in magazines. 実際 草稿 なんて もの は 、 吾々 に 取って 、 命 より 大切な もの だ から ね 」「 なに 、 そんな 大切な 草稿 でも 書ける 暇 が ある ようだ と いい んだ けれども ―― 駄目だ 」 と 自分 を 軽蔑 した ような 口調 で 云 う 。 じっさい|そうこう||||われ々||とって|いのち||たいせつな|||||||たいせつな|そうこう||かける|いとま||||||||だめだ||じぶん||けいべつ|||くちょう||うん| In fact, a draft is more important to us than life itself. I wish I had time to write such an important draft, but I don't. He said in a disdainful tone, "I'm not a good person. 「 じゃ 何の 草稿 だい 」「 地理 教授 法 の 訳 だ 。 |なんの|そうこう||ちり|きょうじゅ|ほう||やく| Then what is he drafting?" "It's a translation of the Geography Teaching Act. あした まで に 届ける はず に して ある のだ から 、 今 なくなっちゃ 原稿 料 も 貰え ず 、 また やり 直さ なくっちゃ なら ず 、 実に 厭 に なっち まう 」「 それ で 、 探 がし に 行って も 出て 来 ない の かい 」「 来 ない 」「 どうした ん だろう 」「 おおかた 車掌 が 、 うち へ 持って行って 、 は たきで も 拵えた んだろう 」「 まさか 、 しかし 出 なくっちゃ 困る ね 」「 困る なあ 自分 の 不注意 と 我慢 する が 、 その 遺失 品 係り の 厭 な 奴 だ 事って ―― 実に 不親切で 、 形式 的で ―― まるで 版 行 に おした ような 事 を ぺらぺら と 一 通り 述べた が 以上 、 何 を 聞いて も 知りません 知りません で 持ち 切って いる 。 |||とどける|||||||いま||げんこう|りょう||もらえ||||なおさ||||じつに|いと||な っち||||さが|||おこなって||でて|らい||||らい||||||しゃしょう||||もっていって||||こしらえた||||だ||こまる||こまる||じぶん||ふちゅうい||がまん||||いしつ|しな|かかわり||いと||やつ||こと って|じつに|ふしんせつで|けいしき|てきで||はん|ぎょう||||こと||||ひと|とおり|のべた||いじょう|なん||きいて||しり ませ ん|しり ませ ん||もち|きって| I'm supposed to have it by tomorrow, so if I lose it now, I won't get paid for the manuscript, and I'll have to start all over again, which I'm really tired of doing." "So you go looking for them and they don't show up?" "Not coming." "What's going on?" "Most likely the conductor took it to our house and made a bonnet out of it." "No way, but I'd hate to miss it." I'll put up with it as my own negligence, but I'll tell you what a nasty fellow this Lost and Found is -- very unkind and formal, and he's just going on and on about things as if they were in print, but when I ask him about anything else, he just says, "I don't know, I don't know. He was very unkind, formal, and just as if he were writing to the publishers. あいつ は 廿 世紀 の 日本 人 を 代表 して いる 模範 的 人物 だ 。 ||にじゅう|せいき||にっぽん|じん||だいひょう|||もはん|てき|じんぶつ| He is an exemplary representative of the Japanese people of the 20th century. あす この 社長 も きっと あんな 奴 に 違 ない 」「 ひどく 癪 に 障った もの だ ね 。 ||しゃちょう||||やつ||ちが|||しゃく||さわった||| I bet the president will be like that tomorrow." It was very annoying. しかし 世の中 は その 遺失 品 係り の ような の ばかりじゃ ない から いい じゃ ない か 」「 もう 少し 人間 らしい の が いる かい 」「 皮肉な 事 を 云 う 」「 なに 世の中 が 皮肉な の さ 。 |よのなか|||いしつ|しな|かかわり||||||||||||すこし|にんげん||||||ひにくな|こと||うん|||よのなか||ひにくな|| But the world isn't full of people like that lost and found. "Can we have something a little more human?" "Ironic, isn't it?" What an irony the world is! 今 の 世 の なか は 冷酷 の 競 進 会 ( きょうしん かい ) 見た ような もの だ 」 と 云 いながら 呑 みかけ の 「 敷島 」 を 二 階 の 欄干 から 、 下 へ 抛 げ る 途端 に 、 ありがとう と 云 う 声 が して 、 ぬっと 門口 を 出た 二 人 連 の 中 折 帽 の 上 へ 、 うまい 具合 に 燃 殻 が 乗っかった 。 いま||よ||||れいこく||きそう|すすむ|かい|||みた|||||うん||どん|||しきしま||ふた|かい||らんかん||した||なげう|||とたん||||うん||こえ|||ぬ っと|かどぐち||でた|ふた|じん|れん||なか|お|ぼう||うえ|||ぐあい||も|から||のっかった The world today is like a ruthless competition." I was drinking Shikishima with the words "I'm sorry, I'm sorry. As soon as I let go of my hat, I heard a voice saying, "Thank you," and a burnt husk landed in a good way on the top of a pair of midriff hats as they stepped out of the doorway. 男 は 帽子 から 煙 を 吐いて 得意に なって 行く 。 おとこ||ぼうし||けむり||はいて|とくいに||いく The man exhales smoke from his hat and becomes very proud of himself. 「 おい 、 ひどい 事 を する ぜ 」 と 中野 君 が 云 う 。 ||こと|||||なかの|きみ||うん| "Hey, you're gonna do a terrible thing." Nakano said. 「 な に 過ち だ 。 ||あやまち| What a mistake. ―― ありゃ 、 さっき の 実業 家 だ 。 |||じつぎょう|いえ| -- That's the businessman from earlier. 構う もん か 抛って 置け 」「 なるほど さっき の 男 だ 。 かまう|||なげうって|おけ||||おとこ| I don't care what happens to it, just let it go." I see. It's the guy from before. 何で 今 まで ぐずぐず して いた んだろう 。 なんで|いま||||| I wonder why I have been so lazy. 下 で 球 でも 突いて いた の か 知ら ん 」「 どうせ 遺失 品 係り の 同類 だ から 何でも する だろう 」「 そら 気 が ついた ―― 帽子 を 取って はたいて いる 」「 ハハハハ 滑稽だ 」 と 高柳 君 は 愉快 そうに 笑った 。 した||たま||ついて||||しら|||いしつ|しな|かかわり||どうるい|||なんでも||||き|||ぼうし||とって||||こっけいだ||たかやなぎ|きみ||ゆかい|そう に|わらった I don't know if he was poking the ball down there." "They're probably in the same boat as the lost and found, so they'll do whatever they want." "There, I noticed-- he's taking his hat and flapping it." "Hahahaha, that's funny." Takayanagi smiled pleasantly. 「 随分 人 が 悪い なあ 」 と 中野 君 が 云 う 。 ずいぶん|じん||わるい|||なかの|きみ||うん| Nakano said, "You are a very bad person, aren't you? 「 なるほど 善く ない ね 。 |よく|| I see. It's not good. 偶然 と は 申し ながら 、 あんな 事 で 仇 を 打つ の は 下等だ 。 ぐうぜん|||もうし|||こと||あだ||うつ|||かとうだ While I say it was a coincidence, it is lowly to avenge someone for something like that. こんな 真似 を して 嬉し がる ようで は 文学 士 の 価値 も めちゃめちゃだ 」 と 高柳 君 は 瞬時 に して また 元 の 浮か ぬ 顔 に かえる 。 |まね|||うれし||||ぶんがく|し||かち||||たかやなぎ|きみ||しゅんじ||||もと||うか||かお|| The value of a scholar of literature is ruined if he takes pleasure in such an imitation." Takayanagi's face instantly turned pale again. 「 そう さ 」 と 中野 君 は 非難 する ような 賛成 する ような 返事 を する 。 |||なかの|きみ||ひなん|||さんせい|||へんじ|| Nakano responded in a way that sounded both reproachful and agreeable, "That's right. 「 しかし 文学 士 は 名前 だけ で 、 その実 は 筆 耕 だ から な 。 |ぶんがく|し||なまえ|||そのじつ||ふで|たがや||| But a B.A. is only a name, it is really a writer. 文学 士 に も なって 、 地理 教授 法 の 翻訳 の 下働き を やって る ようじゃ 、 心細い 訳 だ 。 ぶんがく|し||||ちり|きょうじゅ|ほう||ほんやく||したばたらき|||||こころぼそい|やく| It's a bit discouraging to have a Bachelor of Arts degree and be working as a translator of geography teaching methods. これ でも 僕 が 卒業 したら 、 卒業 したらって 待って て くれた 親 も ある んだ から な 。 ||ぼく||そつぎょう||そつぎょう|したら って|まって|||おや||||| I know that my parents have been waiting for me to graduate. 考える と 気の毒な もの だ 。 かんがえる||きのどくな|| It's a pity to think about it. この 様子 じゃ いつまで 待って て くれたって 仕方 が ない 」「 まだ 卒業 した ばかりだ から 、 そう 急に 有名に はなれ ない さ 。 |ようす|||まって||くれた って|しかた||||そつぎょう|||||きゅうに|ゆうめいに||| From the looks of things, I don't see how we can blame them for waiting any longer." I've only just graduated, so I won't be famous all of a sudden. その うち 立派な 作物 を 出して 、 大 に 本領 を 発揮 する 時 に 天下 は 我々 の もの と なる んだ よ 」「 いつ の 事 やら 」「 そう 急いたって 、 いけない 。 ||りっぱな|さくもつ||だして|だい||ほんりょう||はっき||じ||てんか||われわれ|||||||||こと|||せいた って| When we produce a great crop and are in our element, then the kingdom will be ours. When did this happen? "No, there's no need to rush. 追 々 新陳 代謝 して くる んだ から 、 何でも 気 を 永く して 尻 を 据えて かから なくっちゃ 、 駄目だ 。 つい||しんちん|たいしゃ|||||なんでも|き||ながく||しり||すえて|||だめだ We have to be patient and keep our heads on our shoulders, because they will be making new apologies soon. なに 、 世間 じゃ 追 々 我々 の 真価 を 認めて 来る んだ から ね 。 |せけん||つい||われわれ||しんか||みとめて|くる||| People will come to recognize our value in the future. 僕 な ん ぞ でも 、 こう やって 始終 書いて いる と 少し は 人 の 口 に 乗る から ね 」「 君 は いい さ 。 ぼく|||||||しじゅう|かいて|||すこし||じん||くち||のる|||きみ||| I'm not a writer, but I'm writing all the time, so I can get on people's lips a little bit. 自分 の 好きな 事 を 書く 余裕 が ある んだ から 。 じぶん||すきな|こと||かく|よゆう|||| I can afford to write about what I like. 僕 なんか 書きたい 事 は いくら で も ある んだ けれども 落ちついて 述作 なぞ を する 暇 は とても ない 。 ぼく||かき たい|こと||||||||おちついて|じゅつさく||||いとま||| I have a lot of things I want to write about, but I don't have much time to calm down and write. 実に 残念で たまらない 。 じつに|ざんねんで| It's a shame, really. 保護 者 でも あって 、 気楽に 勉強 が 出来る と 名作 も 出して 見せる が な 。 ほご|もの|||きらくに|べんきょう||できる||めいさく||だして|みせる|| I am also a parent, and if you can study at ease, I will show you some masterpieces. せめて 、 何でも いい から 、 月々 きまって 六十 円 ばかり 取れる 口 が ある と いい のだ けれども 、 卒業 前 から 自活 は して いた のだ が 、 卒業 して も やっぱり こんなに 困難 する だろう と は 思わ なかった 」「 そう 困難じゃ 仕方 が ない 。 |なんでも|||つきづき||ろくじゅう|えん||とれる|くち|||||||そつぎょう|ぜん||じかつ||||||そつぎょう|||||こんなん|||||おもわ|||こんなんじゃ|しかた|| It would have been nice to have an allowance of at least 60 yen a month, but even though I had been living on my own since before I graduated, I didn't think it would be this difficult after graduation. "With so much difficulty, it can't be helped. 僕 の うち の 財産 が 僕 の 自由に なる と 、 保護 者 に なって やる んだ が な 」「 どうか 願います 。 ぼく||||ざいさん||ぼく||じゆうに|||ほご|もの||||||||ねがい ます If my family's property were at my disposal, I'd be your guardian." Please, please, please. ―― 実に 厭 に なって しまう 。 じつに|いと||| -- I'm really sick of it. 君 、 今 考える と 田舎 の 中学 の 教師 の 口 だって 、 容易に ある もん じゃ ない な 」「 そう だろう な 」「 僕 の 友人 の 哲学 科 を 出た もの なんか 、 卒業 して から 三 年 に なる が 、 まだ 遊んで る ぜ 」「 そう か な 」「 それ を 考える と 、 子供 の 時 なんか 、 訳 も わから ず に 悪い 事 を した もん だ ね 。 きみ|いま|かんがえる||いなか||ちゅうがく||きょうし||くち||よういに|||||||||ぼく||ゆうじん||てつがく|か||でた|||そつぎょう|||みっ|とし|||||あそんで||||||||かんがえる||こども||じ||やく|||||わるい|こと||||| You know, now that I think about it, it's not an easy thing to have in the mouth of a teacher at a country middle school." "I guess you're right." My friend who graduated from the philosophy department is still playing three years after graduation. "I guess so." When I think about it, when I was a child, I did bad things without knowing what they were. もっとも 今 と その頃 と は 時勢 が 違う から 、 教師 の 口 も 今 ほど 払 底 で なかった かも 知れ ない が 」「 何 を し たんだい 」「 僕 の 国 の 中学校 に 白井 道也 と 云 う 英語 の 教師 が いたんだ が ね 」「 道也 た 妙な 名 だ ね 。 |いま||そのころ|||じせい||ちがう||きょうし||くち||いま||はら|そこ||||しれ|||なん||||ぼく||くに||ちゅうがっこう||しらい|みちや||うん||えいご||きょうし|||||みちや||みょうな|な|| But times were different then and now, and teachers' mouths may not have been as wide open as they are now. What did you do? There was an English teacher named Michiya Shirai at a junior high school in my country. Michiya: That's a strange name. 釜 の 銘 に あり そうじゃ ない か 」「 道也 と 読む んだ か 、 何だか 知ら ない が 、 僕ら は 道也 、 道也って 呼んだ もの だ 。 かま||めい|||そう じゃ|||みちや||よむ|||なんだか|しら|||ぼくら||みちや|みちや って|よんだ|| "It looks like it could be in the name of the kettle." I don't know if it's called "Michiya" or what, but we used to call him Michiya, Michiya. その 道也 先生 が ね ―― やっぱり 君 、 文学 士 だ ぜ 。 |みちや|せんせい||||きみ|ぶんがく|し|| That Michiya-sensei is - after all, you're a literature scholar. その 先生 を とうとう みんな して 追い出して しまった 」「 どうして 」「 どうしてって 、 ただ いじめて 追い出し ち まった の さ 。 |せんせい|||||おいだして|||どうして って|||おいだし|||| At last, they all kicked him out." "Why?" I just teased him and kicked him out. な に 良い 先生 な んだ よ 。 ||よい|せんせい||| What a good teacher you are. 人物 や 何 か は 、 子供 だ から まるで わから なかった が 、 どうも 悪 るい 人 じゃ なかった らしい ……」「 それ で 、 なぜ 追い出し たんだい 」「 それ が さ 、 中学校 の 教師 なんて 、 あれ で なかなか 悪 るい 奴 が いる もん だ ぜ 。 じんぶつ||なん|||こども||||||||あく||じん|||||||おいだし|||||ちゅうがっこう||きょうし|||||あく||やつ||||| I didn't know who or what he was as a child, but he didn't seem to be a bad person. ...... So, why did you kick him out? 僕ら あ 煽 動 さ れた んだ ね 、 つまり 。 ぼくら||あお|どう||||| We were incited, in other words. 今 でも 覚えて いる が 、 夜 る 十五六 人 で 隊 を 組んで 道也 先生 の 家 の 前 へ 行って ワーって 吶喊 して 二 つ 三 つ 石 を 投げ込んで 来る んだ 」「 乱暴だ ね 。 いま||おぼえて|||よ||じゅうごろく|じん||たい||くんで|みちや|せんせい||いえ||ぜん||おこなって|ワー って|とっかん||ふた||みっ||いし||なげこんで|くる||らんぼうだ| I still remember that at night, fifteen or fifty-six of us would go to Mr. Michiya's house in a group and cheer and throw two or three stones at him. You are violent. 何 だって 、 そんな 馬鹿な 真似 を する ん だい 」「 なぜ だ か わから ない 。 なん|||ばかな|まね||||||||| I don't know why. ただ 面白い から やる の さ 。 |おもしろい|||| I just do it because it's fun. おそらく 吾々 の 仲間 で なぜ やる んだ か 知って た もの は 誰 も ある まい 」「 気楽だ ね 」「 実に 気楽 さ 。 |われ々||なかま||||||しって||||だれ||||きらくだ||じつに|きらく| Probably none of our people knew why we were doing it. "It's easy." It's really easy. 知って る の は 僕ら を 煽 動 した 教師 ばかり だろう 。 しって||||ぼくら||あお|どう||きょうし|| The only ones who know are the teachers who incited us. 何でも 生意気だ から やれって 云 う の さ 」「 ひどい 奴 だ な 。 なんでも|なまいきだ||やれ って|うん|||||やつ|| He's always telling me to do whatever I want because I'm too cocky." "You're a terrible person. そんな 奴 が 教師 に いる かい 」「 いる と も 。 |やつ||きょうし|||||| Is there such a person in the teaching profession? 相手 が 子供 だ から 、 どうでも 云 う 事 を 聞く から かも 知れ ない が 、 いる よ 」「 それ で 道也 先生 どうしたい 」「 辞職 しち まった 」「 可哀想に 」「 実に 気の毒な 事 を した もん だ 。 あいて||こども||||うん||こと||きく|||しれ|||||||みちや|せんせい|どう し たい|じしょく|||かわいそうに|じつに|きのどくな|こと|||| Maybe it's because they're kids and they'll listen to whatever you have to say, but they're out there." "So, Michiya-sensei, what do you want to do?" "He resigned." "Poor thing." I am very sorry for what happened. 定め し 転任 先 を さがす 間 活 計 に 困ったろう と 思って ね 。 さだめ||てんにん|さき|||あいだ|かつ|けい||こまったろう||おもって| I thought you might have a hard time making ends meet while you are looking for a new job. 今度 逢ったら 大 に 謝罪 の 意 を 表する つもりだ 」「 今 どこ に いる ん だい 」「 どこ に いる か 知ら ない 」「 じゃ いつ 逢う か 知れ ない じゃ ない か 」「 しかし いつ 逢う か わから ない 。 こんど|あったら|だい||しゃざい||い||ひょうする||いま||||||||||しら||||あう||しれ|||||||あう||| I will apologize profusely the next time I see him." "Where is he now?" "I don't know where he is." Then who knows when we'll see him again? But you never know when you will see him. ことに よる と 教師 の 口 が なくって 死んで しまった かも 知れ ない ね 。 |||きょうし||くち||なく って|しんで|||しれ|| For all we know, he may have died because he had no teacher's mouth. ―― 何でも 先生 辞職 する 前 に 教 場 へ 出て 来て 云った 事 が ある 」「 何て 」「 諸君 、 吾々 は 教師 の ため に 生き べき もの で は ない 。 なんでも|せんせい|じしょく||ぜん||きょう|じょう||でて|きて|うん った|こと|||なんて|しょくん|われ々||きょうし||||いき||||| -- "Before I resigned, I came out here to tell you something." "What?" Gentlemen, we should not live to be teachers. 道 の ため に 生き べき もの である 。 どう||||いき||| We should live for the sake of the path. 道 は 尊い もの である 。 どう||とうとい|| The Way is precious. この 理 窟 が わから ない うち は 、 まだ 一人前 に なった ので は ない 。 |り|いわや|||||||いちにんまえ||||| If you don't understand this cave, you haven't yet become a full-fledged professional. 諸君 も 精 出して わかる ように お なり 」「 へえ 」「 僕ら は 不 相 変 教 場 内 で ワーっと 笑った あね 。 しょくん||せい|だして||||||ぼくら||ふ|そう|へん|きょう|じょう|うち||ワー っと|わらった| You will do your best to make yourselves understood." "Heh." We laughed in the classroom at the incompatibility. 生意気だ 、 生意気 だって 笑った あね 。 なまいきだ|なまいき||わらった| Cheeky! Cheeky, he said, laughing. ―― どっち が 生意気 か 分 り ゃし ない 」「 随分 田舎 の 学校 など に ゃ 妙な 事 が ある もの だ ね 」「 なに 東京 だって 、 ある んだ よ 。 ||なまいき||ぶん||||ずいぶん|いなか||がっこう||||みょうな|こと|||||||とうきょう|||| -- You can't tell who's more cocky. "Strange things happen in country schools all the time, don't they?" What, Tokyo has something, too. 学校 ばかり じゃ ない 。 がっこう||| It's not all about school. 世の中 は みんな これ な んだ 。 よのなか||||| This is what the world is all about. つまらない 」「 時に だいぶ 長話 し を した 。 |ときに||ながばなし||| Boring." We had a long talk at times. どう だ 君 。 ||きみ How's it going, kid? これ から 品川 の 妙 花園 まで 行か ない か 」「 何 し に 」「 花 を 見 に さ 」「 これ から 帰って 地理 教授 法 を 訳さ なくっちゃ なら ない 」「 一 日 ぐらい 遊んだって よかろう 。 ||しなかわ||たえ|はなぞの||いか|||なん|||か||み|||||かえって|ちり|きょうじゅ|ほう||やくさ||||ひと|ひ||あそんだ って| "Let's go to Shinagawa's Myokanen from here." What are you doing? "Come see the flowers." Now I have to go home and translate my geography textbook." "Let's have fun for a day or so. ああ 云 う 美 くし い 所 へ 行く と 、 好 い 心持ち に なって 、 翻訳 も はか が 行く ぜ 」「 そう か な 。 |うん||び|||しょ||いく||よしみ||こころもち|||ほんやく||||いく|||| When you go to a beautiful place like that, you feel good and you don't make a lot of progress in your translation. I don't know. 君 は 遊び に 行く の かい 」「 遊 かたがた さ 。 きみ||あそび||いく|||あそ|| You're going out to play." Play Kat Katagata. あす こ へ 行って 、 ちょっと 写生 して 来て 、 材料 に しよう と 思って る んだ が ね 」「 何の 材料 に 」「 出来たら 見せる よ 。 |||おこなって||しゃせい||きて|ざいりょう||||おもって|||||なんの|ざいりょう||できたら|みせる| I'm going to go over there tomorrow and do some sketching, and I'm thinking of using it as material. "For what material?" I'll show you when it's done. 小説 を かいて いる んだ 。 しょうせつ|||| I'm writing a novel. その うち の 一 章 に 女 が 花園 の なか に 立って 、 小さな 赤い 花 を 余念 なく 見詰めて いる と 、 その 赤い 花 が だんだん 薄く なって しまい に 真 白 に なって しまう と 云 う ところ を 書いて 見たい と 思う んだ が ね 」「 空想 小説 かい 」「 空想 的で 神秘 的で 、 それ で 遠い 昔 し が 何だか なつかしい ような 気持 の する もの が 書きたい 。 |||ひと|しょう||おんな||はなぞの||||たって|ちいさな|あかい|か||よねん||みつめて||||あかい|か|||うすく||||まこと|しろ|||||うん||||かいて|み たい||おもう||||くうそう|しょうせつ||くうそう|てきで|しんぴ|てきで|||とおい|むかし|||なんだか|||きもち|||||かき たい In one of the chapters, I would like to write about a woman standing in a flower garden and staring at a small red flower so intently that the red flower gradually fades to pure white. "Fantasy, Novel." I want to write something fantastical and mysterious, something that makes me feel that the distant past is somehow sweet and nostalgic. うまく 感じ が 出れば いい が 。 |かんじ||でれば|| I hope it comes out well. まあ 出来たら 読んで くれた まえ 」「 妙 花園 なん ざ 、 そんな 参考 に ゃ なら ない よ 。 |できたら|よんで|||たえ|はなぞの||||さんこう||||| Well, if you can, please read it." I don't have any reference for the Myokkaen Garden. それ より か うち へ 帰って ホルマン ・ ハント の 画 でも 見る 方 が いい 。 |||||かえって||||が||みる|かた|| I would rather go home and watch a Holman Hunt painting. ああ 、 僕 も 書きたい 事 が ある んだ が な 。 |ぼく||かき たい|こと||||| I have something to write about, too. どうしても 時 が ない 」「 君 は 全体 自然 が きらいだ から 、 いけない 」「 自然 なんて 、 どうでも いい じゃ ない か 。 |じ|||きみ||ぜんたい|しぜん|||||しぜん|||||| I just don't have the time." "You can't do this because you don't like the whole of nature." What do I care about nature? この 痛切な 二十 世紀 に そんな 気楽な 事 が 云って いられる もの か 。 |つうせつな|にじゅう|せいき|||きらくな|こと||うん って|いら れる|| How can we be so carefree in this painful twentieth century? 僕 の は 書けば 、 そんな 夢見た ような もの じゃ ない んだ から な 。 ぼく|||かけば||ゆめみた||||||| I can write about mine, but it's not the kind of thing you dream about. 奇麗で なくって も 、 痛くって も 、 苦しくって も 、 僕 の 内面 の 消息 に どこ か 、 触れて いれば それ で 満足 する んだ 。 きれいで|なく って||いたく って||くるしく って||ぼく||ないめん||しょうそく||||ふれて||||まんぞく|| Even if it's not pretty, even if it hurts, even if it's painful, as long as it touches something inside of me, that's all I need. 詩的で も 詩的で なくって も 、 そんな 事 は 構わ ない 。 してきで||してきで|なく って|||こと||かまわ| Poetic or non-poetic, it doesn't matter. た とい 飛び立つ ほど 痛くって も 、 自分 で 自分 の 身体 を 切って 見て 、 なるほど 痛い な と 云 う ところ を 充分 書いて 、 人 に 知らせて やりたい 。 ||とびたつ||いたく って||じぶん||じぶん||からだ||きって|みて||いたい|||うん||||じゅうぶん|かいて|じん||しらせて|やり たい Even if it hurts so much that I have to fly away, I want to cut myself, see it for myself, and write enough to let others know how painful it is. 呑気 な もの や 気楽な もの は とうてい 夢にも 想像 し 得られ ぬ 奥 の 方 に こんな 事実 が ある 、 人間 の 本体 は ここ に ある の を 知ら ない か と 、 世 の 道楽 もの に 教えて 、 おや そう か 、 おれ は 、 まさか 、 こんな もの と は 思って い なかった が 、 云 われて 見る と なるほど 一言 も ない 、 恐れ入った と 頭 を 下げ させる の が 僕 の 願 な んだ 。 のんき||||きらくな||||ゆめにも|そうぞう||え られ||おく||かた|||じじつ|||にんげん||ほんたい|||||||しら||||よ||どうらく|||おしえて|||||||||||おもって||||うん||みる|||いちげん|||おそれいった||あたま||さげ|さ せる|||ぼく||ねがい|| I want to tell the easy-going and carefree people of the world that there is such a fact deep inside them that they can never even dream of, and that they should know that this is the true nature of mankind, and to make them bow down and say, "Oh, well, I never thought of it as such, but now that you mention it, I see that you have not a word to say. I wish I could have been able to make you understand. 君 と は だいぶ 方角 が 違う 」「 しかし そんな 文学 は 何だか 心持ち が わるい 。 きみ||||ほうがく||ちがう|||ぶんがく||なんだか|こころもち|| You're heading in a much different direction." But such literature is not very pleasant. ―― そりゃ 御 随意だ が 、 どう だい 妙 花園 に 行く 気 は ない かい 」「 妙 花園 へ 行く ひま が あれば 一 頁 ( ページ ) でも 僕 の 主張 を かく が なあ 。 |ご|ずいいだ||||たえ|はなぞの||いく|き||||たえ|はなぞの||いく||||ひと|ぺーじ|ぺーじ||ぼく||しゅちょう|||| -- Well, that's up to you, but are you interested in going to the Myokkaen? If I had the time to go to the garden, I would write a page about my claim. 何だか 考える と 身体 が むずむず する ようだ 。 なんだか|かんがえる||からだ|||| I feel itchy when I think about it. 実際 こんなに 呑気 に して 、 生 焼 の ビステッキ など を 食っちゃ いられ ない んだ 」「 ハハハハ また あせる 。 じっさい||のんき|||せい|や|||||くっちゃ|いら れ||||| In fact, you can't eat raw bistecchis with such a low intake of alcohol. "Hahahahaha, I'm getting impatient again. いい じゃ ない か 、 さっき の 商人 見た ような 連中 も いる んだ から 」「 あんな の が いる から 、 こっち は なお 仕事 が し たく なる 。 ||||||しょうにん|みた||れんちゅう|||||||||||||しごと|||| There are people like the merchant I just saw." "People like that make me want to work even more. せめて 、 あの 連中 の 十 分 一 の 金 と 時 が あれば 、 書いて 見せる が な 」「 じゃ 、 どうしても 妙 花園 は 不 賛成 か ね 」「 遅く なる もの 。 ||れんちゅう||じゅう|ぶん|ひと||きむ||じ|||かいて|みせる|||||たえ|はなぞの||ふ|さんせい|||おそく|| The most important thing to remember is that the best way to get the most out of the system is to make sure that you have the right tools and the right people to do the job. 君 は 冬 服 を 着て いる が 、 僕 は いまだに 夏 服 だ から 帰り に 寒く なって 風 でも 引く と いけない 」「 ハハハハ 妙な 逃げ 路 を 発見 した ね 。 きみ||ふゆ|ふく||きて|||ぼく|||なつ|ふく|||かえり||さむく||かぜ||ひく||||みょうな|にげ|じ||はっけん|| You're wearing winter clothes, but I'm still in summer clothes, so I don't want to get cold and wind up on the way home." "Hahahaha, you found a strange escape route. もう 冬 服 の 時節 だ あね 。 |ふゆ|ふく||じせつ|| It's already time to wear winter clothes. 着 換えれば いい 事 を 。 ちゃく|かえれば||こと| Just change your clothes. 君 は 万事 無 精 だ よ 」「 無 精 で 着 換え ない んじゃ ない 。 きみ||ばんじ|む|せい|||む|せい||ちゃく|かえ||| You're just too lazy for everything." It's not that I'm lazy and don't change my clothes. ない から 着 換え ない んだ 。 ||ちゃく|かえ|| I don't change my clothes because I don't have any. この 夏 服 だって 、 まだ 一 文 も 払って いやし ない 」「 そう な の か 」 と 中野 君 は 気の毒な 顔 を した 。 |なつ|ふく|||ひと|ぶん||はらって||||||||なかの|きみ||きのどくな|かお|| I haven't paid a penny for these summer clothes. "Is that so?" Nakano-kun looked sorry. 午 飯 の 客 は 皆 去り 尽して 、 二 人 が 椅子 を 離れた 頃 は ところどころ の 卓 布 の 上 に 麺 麭屑 ( パン くず ) が 淋しく 散らばって いた 。 うま|めし||きゃく||みな|さり|つくして|ふた|じん||いす||はなれた|ころ||||すぐる|ぬの||うえ||めん|ほうくず|ぱん|||さびしく|ちらばって| The lunch guests had all left, and by the time they left their chairs, bread crumbs were littering the tablecloths everywhere. 公園 の 中 は 最 前 より も 一層 賑かである 。 こうえん||なか||さい|ぜん|||いっそう|にぎやかである The park is even more crowded than before. ロハ 台 は 依然と して 、 どこ の 何 某 か 知ら ぬ 男 と 知ら ぬ 女 で 占領 されて いる 。 |だい||いぜん と||||なん|ぼう||しら||おとこ||しら||おんな||せんりょう|さ れて| The Loja stand is still occupied by a man and a woman from who-knows-where. 秋 の 日 は 赫 と して 夏 服 の 背中 を 通す 。 あき||ひ||せき|||なつ|ふく||せなか||とおす Autumn days are brilliant through the backs of summer clothes.