三姉妹探偵団(2) Chapter 09
9 深夜 の 構内
「 お 姉さん が 夜 一 人 で 出かける なんて 、 おかしい と 思った から 、 ついて 来た の よ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 それ に したって ──」
綾子 は 、 いささか おかんむり である 。
「 いい じゃ ない 。
ややこしい こと に なら なくて 済む よ 、 この 方 が 」
と 珠美 が 言った 。
「 子供 は 黙って なさい 」
「 子供 じゃ ない もん ね 」
ベエ と 珠美 が 舌 を 出す 。
「 それ が 子供 だって の 」
国友 が 、 会議 室 へ 戻って 来た 。
「 やっと 電話 が 見付かった よ 。
今や って 来る 」
「 国友 さん 」
と 、 綾子 が 歩み寄って 、「 茂子 さん を いじめ ないで ね 」
と 言った 。
「 大丈夫だ よ 。
僕 が 女の子 を いじめた こと が ある かい ? 「 ある ぞ !
と 、 夕 里子 が 声 を かけた ので 、 みんな 大笑い に なって しまった 。
殺人 現場 で 大笑い と いう の も 少々 不謹慎 かも しれ ない が 、 死人 が 生き返る わけで も ない から 、 まあ よかろう 。
「 石原 茂子 君 だった ね 」
と 、 国友 は 、 椅子 を 引いて 座った 。
「 はい 」
「 正直に 話して くれ 。
警察 は 、 そう そう 無実 の 人間 を 簡単に 逮捕 したり し ない よ 」
「 すみません 」
と 、 茂子 は うなだれた 。
「 その 前 に 、 一 つ 訊 き たい んだ が ── 神山 田 タカシ に 乱暴 さ れた こと が ある ね 」
茂子 は 、 ハッと 顔 を 上げた 。
「 三 年 前 に 。
ホテル P で ね 。 その とき 、 太田 君 が 、 神山 田 タカシ を 殴って 、 ホテル を クビ に なった 」
「── そうです 。
隠す つもりじゃ なかった んです けど 、 変に 関り 合い たく なかった ので 」
「 うん 、 それ は よく 分 る 。
その とき 、 神山 田 タカシ 一 人 だった の かい ? その ──」
「 いえ ……。
三 人 い ました 」
「 三 人 ?
「 はい 」
「 後 の 二 人 は ?
「 一 人 は …… 黒木 でした 」
「 あの マネージャー だ ね 。
もう 一 人 は ? 「 よく 分 り ませ ん 」
と 、 茂子 は 首 を 振った 。
「 付き人 みたいな もの だった んじゃ ない でしょう か 。 ── ともかく 、 神山 田 タカシ に 押えつけ られて ── その後 は もう 、 混乱 と 、 何 が どう だった の か よく 分 ら ない んです 」
「 なるほど 」
と 、 国友 は 肯 いた 。
「 でも 、 訴えたり する 気 は あり ませ ん 。
私 も 、 あんな 風 に 部屋 を 訪ねたり すれば 、 どう なる か 分 ら ない 年齢 じゃ なかった んです もの 。 ── 事故 に でも あった と 思って 、 忘れた んです 」
「 なるほど 」
国友 は 、 それ 以上 、 神山 田 タカシ の こと は 訊 か なかった 。
「── 今夜 の こと を 聞か せて くれ ない か 」
「 はい ……」
茂子 が ためらって いる と 、
「 これ 、 違う わ 」
と 、 夕 里子 の 声 が した 。
夕 里子 は 、 梨 山 夫人 の 死体 の 上 に かがみ 込んで いた のだった 。
「 何 が 違う って ?
国友 は 立ち上って 、 歩いて 行った 。
「 この 紐 。
── 首 に ついた 跡 は 、 もっと 太い わ 。 違う ? 「 なるほど 、 そう だ な 」
と 、 国友 は 肯 いた 。
「── おい 、 夕 里子 君 こんな 死体 を 見て も 平気な の かい ? 「 大分 慣れた もの 」
「 もう ちょっと 違う もの に 慣れて よ 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 なあ に ?
男 に 慣れる と か ? どっち が いい ? と 、 夕 里子 が やり返す 。
「 死体 の 方 が お 金 かから ない ね 」
と 珠美 が 言った 。
国友 は 苦笑い して 、 茂子 の 方 へ と 戻って 行った 。
「── どう なんだい ?
君 が 見付けた とき 、 死体 は あの 通り だった の ? 茂子 は 、 綾子 たち 三 人 姉妹 を 眺めて いた が 、 やがて ふっと 微笑んだ 。
「 分 り ました 。
── 実は 、 今夜 、 彼 と 会う こと に なって た んです 」
「 太田 君 だ ね 」
「 はい 。
この 部屋 で 待って る って こと だった ので 、 私 ── ちょっと 用 が あって 、 遅れた んです けど 、 ともかく ここ へ やって 来 ました 。 ところが 、 ここ 、 明り が 消えて 真 暗 で ……。 手探り で 明り を 点け ました 」
「 それ で ?
「 そこ に 倒れて いた んです 。
── 梨 山 先生 の 奥さん と ── 太田 さん が 」
「 二 人 が ?
「 はい 。
私 、 びっくり して 駆け寄り ました 。 太田 さん は 、 頭 を 殴ら れて 気 を 失って いた んです 。 でも ── 奥さん の 方 は 首 を 絞め られて 、 殺さ れて い ました 」
「 紐 は ?
「 それ は ── 太田 さん の 制服 の 肩 に ついて いる 紐 だった んです 」
「 なるほど 」
国友 は 肯 いた 。
「 それ で 君 は 、 わざと 別の 紐 を 巻きつけて おいた んだ ね 」
「 はい 」
「 どうせ 分 って しまう こと だ よ 」
「 ええ 。
でも 、 その とき は 、 つい 夢中だった んです 」
「 そう か 。
── 実際 に 巻きついて いた 紐 は どうした ? 「 太田 さん が ……」
「 ふむ 」
国友 は 、 ちょっと 考え込んだ 。
聞いて いた 夕 里子 が 、
「 太田 さん 、 今 は どこ に いる んです か ?
と 訊 いた 。
「 分 ら ない わ 。
ともかく 、 ここ は 私 に 任せて くれ と 言った の 。 太田 さん は まだ 具合 が 悪 そうだった し 」
「 一 つ 分 ら ない んだ が ね 」
と 、 国友 が 言った 。
「── ここ で 太田 君 は 何 を して たんだい ?
「 あの ……」
と 、 茂子 は ためらった 。
「 君 は 、 この 女性 を 殺した 容疑 が 太田 君 に かかる と 心配 して 、 彼 を 逃した んだろう 。
つまり 、 彼 に は 、 疑わ れる 理由 が あった と いう こと じゃ ない の かい ? 茂子 は 、 ちょっと 息 を ついた 。
「── そう な んです 」
「 と いう と ?
「 梨 山 先生 の 奥さん 、 なぜ だ か 知ら ない んです けど 、 太田 さん に 熱 を 上げて いて 。
── 太田 さん 、 困って た んです 」
「 ずっと 年上 だろう ?
「 年齢 は 別です 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 それ に 梨 山 先生 が 、 大体 、 女 ぐ せ の 悪い ……」
「 そう な んです 」
と 、 茂子 は 肯 いた 。
「 私 たち も 見て しまった んです 。
梨 山 先生 が ──」
「 どう した んだ ね ?
「 その ── 親しく して る ところ を 。
水口 さん と 」
「 水口 ?
水口 恭子 ? 「 そうです 。
── 黒木 さん の 殺さ れた 日 に も 、 奥さん は 学校 へ 来て いて ──」
「 何 だって ?
国友 は 訊 き 返した 。
「 詳しく 聞か せて くれ 」
茂子 の 話 に 、 国友 は 考え込んで しまった 。
「 しかし 、 もし 本当に 、 奥さん が 太田 君 に 心 を 寄せて る んだったら 、 そんな 風 に 、 水口 恭子 を 泣か せる ような こと を 、 わざわざ 言い に 来る かな ?
「 それ は 私 の 想像 です から 」
「 うん 。
ともかく ── 間違い なく 、 あの 日 、 この 奥さん は 大学 へ 来て いた んだ ね ? 「 はい 、 それ は 確かです 。
ね 、 綾子 さん ? 「 え ?
── ええ 、 そう ね 。 私 も 見 ました 」
「 しかし 、 出て 行く ところ だった 、 と 。
間違い なく 、 黒木 の 殺さ れる 前 だった んだ ね 」
「 そうです 」
「── よし 、 その 件 は 水口 恭子 に も 訊 いて みよう 」
国友 は メモ を 取って 、「 で 、 今夜 、 ここ で 太田 君 と この 奥さん は 何 を 話して たんだい ?
「 太田 さん は 、 何度 も 奥さん に 言って た んです 。
つきまとわ ないで くれ 、 と 。 でも ── 奥さん の 方 は 、 諦め ないで ……。 そして 太田 さん を 脅した んです 」
「 脅した ?
どう やって ? 「 ご 主人 の 梨 山 先生 は 主任 教授 で 、 勢力 も あり ます 。
だから 、 もし 奥さん が 、 太田 さん に 何 か 問題 が ある と でも ご 主人 に 言いつけたら 、 太田 さん は クビ に なって しまい ます 」
「 ひどい わ !
と 、 夕 里子 が 怒って 言った 。
「 それ で 、 ともかく 今夜 、 ここ で 会おう と いう こと に なった らしくて ……。
私 も 心配だった んで 、 来て みる こと に した んです 」
「 分 った 」
と 、 国友 は 肯 いた 。
「 ともかく 、 太田 君 を 見付ける の が 先決 だ な 。 ── どこ に いる か 、 見当 は つか ない ? 「 さあ ……。
ともかく 一旦 は 宿直 室 へ 戻って る と 思い ます けど 」
「 そこ に 寝泊り して る んだ ね ?
「 夜勤 の とき は 、 です 。
一応 外 に も アパート を 持って い ます けど 」
「 よし 。
ともかく そこ へ 行って みよう 。 ── あ 、 パトカー だ な 」
サイレン が 、 近づいて 来る 。
「 私 、 呼んで 来る わ 」
と 珠美 が いって 、 会議 室 から 駆け出して 行った 。
「 よし 。
警官 が 来たら 、 ここ を 見 させて 、 宿直 室 へ 行って みよう 」
と 、 国友 は 言った 。
「 しかし ね 、 最初 から 正直に 話して くれた 方 が 良かった ね 」
「 すみません 」
「 それ だけ 、 警察 が 信頼 さ れて ない の よ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 やられた な 」
と 、 国友 は 苦笑 した 。
── 警官 たち が 駆けつけて 来る と 、 国友 は 茂子 と 夕 里子 の 二 人 と 一緒に 、 宿直 室 へ 向 った 。
「 本部 校舎 の 方 な んです 」
と 、 表 を 歩き ながら 、 茂子 が 言った 。
「 いつも 一 人 な の かい ?
「 ええ 。
交替 です から 、 一 人 ずつ で ……」
「 こういう 所 じゃ 、 そう 人数 も いら ない んだろう な 」
月 が 出て いて 、 明るかった 。
三 人 は 、 足早に 建物 の わき を 抜けて 行った が ……。
国友 は 、 夕 里子 が 一 人 、 足 を 止めた の に 気付いて 、 振り向いた 。
「 夕 里子 君 、 どうした ん だ ?
夕 里子 は 、 目 を 見開いて 、 何 か を 見つめて いた 。
「 あれ ── あれ は ──」
「 え ?
夕 里子 の 指さす 方 へ 目 を やって 、 国友 は 、 ギョッ と した 。
芝生 に なった 所 に 、 一 本 、 ポツンと 木 が あって 、 その 枝 が 少し たわんで いた 。
そこ に 、 誰 か が ぶら 下って いる ……。
「 大変だ !
国友 は 猛然と 突っ走った 。
夕 里子 も 走った 。
国友 が どう やって 太田 の 体 を おろした の か 、 夕 里子 に も よく 分 ら なかった 。
ともかく 、 無我夢中 だった のだ 。
「 救急 車 だ !
と 国友 は 叫んだ 。
「 まだ 息 が ある ぞ ! 夕 里子 は 、 遠く に 停 って いる パトカー へ と 全力 で 駆けて 行った 。