三 姉妹 探偵 団 4 Chapter 07
7 救 出
雪 の 道 を 、 夕 里子 が 必死で 走った 。
国 友 が 、 ロープ を 肩 に 、 先 に 立って 走って 行く 。
珠美 と 綾子 が 、 ついて 来て いる 。
雪 で 明るい の が 幸いだった 。
「 足下 に 気 を 付けろ !
と 、 走り ながら 、 国 友 が 叫んだ 。
確かに 、 ガード レール も ない 道 である 。
足 を 滑ら したら 、 崖 の 下 へ 転がり 落ちて しまう かも しれ ない 。
夕 里子 は 、 振り向いて 、
「 珠美 !
崖 の 側 に 近寄ら ないで ! お 姉ちゃん に 気 を 付けて ね ! と 怒鳴った 。
「 了解 !
珠美 が 手 を 振った 。
綾子 が 一緒な ので 、 どうしても 遅く なる のだ 。
しかし ── 夕 里子 は 、 首 を かしげた 。
こんな とき に も 、 石垣 園子 の 夫 は 、 姿 を 見せ ない 。
園子 は 、 ロープ を 出して 来て 、 警察 へ 連絡 する と 言って 残って いた が 、 夫 の こと は 、
「 疲れて いる ので ……」
と しか 言わ なかった 。
おかしい 。
── 夕 里子 は 、 腹 が 立つ より も 、 奇妙な 不安 を 覚えて いた 。
「── あそこ だ !
国 友 が 足 を 止めた 。
雪 に 、 深く えぐった 跡 が あった 。
「 そこ で 止って る ぞ !
覗き 込む と 、 雪 の 中 で 、 車 が うまく うけ止め られた 格好に なって 、 逆さ に なって は いる が 、 五 、 六 メートル 下 で 、 大破 も して い ない ようだった 。
「 これ なら 、 助かる かも しれ ない 」
国 友 が 、 大声 で 、「 お ー い !
誰 か 、 返事 を しろ ! と 怒鳴った 。
「 敦子 !
聞えて たら 、 返事 して ! 夕 里子 も 精一杯 の 声 を 出す 。
する と ──。
「 お ー い !
と 、 男 の 声 が 、 返って 来た !
「 水谷 先生 だ !
先生 !
「 佐々 本 か !
「 ロープ を 垂らす ぞ !
と 、 国 友 が 叫んだ 。
「 動ける か ? 「── 大丈夫 !
みんな けが は して ない ! 良かった !
夕 里子 は 、 息 を ついた 。
「 しかし 、 急が ない と 」
国 友 は 、 長い ロープ を のばして 、「 あそこ で いつまでも 車 が 止って いる と は 限ら ない 。
もっと 下 へ 転がり 落ちて 行ったら 、 もう 助から ない だろう 」
「 じゃ 、 早く ロープ を !
国 友 が 、 自分 の 体 に ロープ を 巻き つける と 、 一方 の 端 を 結び目 に して 、 下 へ 投げた 。
車 の ドア が 開いて 、 水谷 が 這う ように 出て 来て 、 垂れた ロープ を つかんだ 。
「── 生徒 を 一 人 ずつ 上げる から 、 引 張って くれ !
「 分 った !
と 、 国 友 は 答えた 。
「 君 も 引 張って くれ 」
「 ええ 。
── 珠美 ! 急いで ! やっと 、 二 人 も 駆けつけて 来た 。
まず 敦子 。
── ロープ を 腰 に 巻いて 、 車 から 押し出さ れて 来る と 、 国 友 や 夕 里子 たち が 一斉に 、 全力 で 引 張り上げる 。
「── よし !
その 調子 だ ! ぐ い 、 ぐ い 、 と 手応え が あって 、 やがて 、 雪 だらけ で 真 白 に なった 敦子 が 、 道 に 這い上って きた 。
「 敦子 !
「 夕 里子 !
怖かった ! 敦子 は 、 泣き ながら 、 夕 里子 に 抱きついた が 、 すぐ に 、「── 他の 人 を 早く !
と 、 自分 で ロープ を ほどいた 。
国 友 が 、 再び ロープ を 投げ 落とす 。
次に 川西 みどり 。
引上げ られた とき は 、 敦子 と 同じで 雪 だらけ だった が 、
「 大丈夫 ?
と 夕 里子 が 訊 いて も 、 ただ 黙って 肯 くだけ だった 。
「 よし 、 早く 次 だ !
── 次 は 金田 吾郎 で 、 やはり 体重 が ある だけ 、 少々 骨 が 折れた 。
引っ張る 方 も 、 三 人 目 で 、 少し 疲れて いた の かも しれ ない 。
しかし 、 少し 時間 は かかった が 、 何とか 這い上って 、 道 に 転がる ように して 上って 来た 。 そして 、
「── 助かった !
と 、 座り 込んで しまう 。
「 ほら 、 男 でしょ !
と 、 夕 里子 は 、 金田 の 肩 を つかんで 、「 立って !
水谷 先生 を 引き上げる の よ ! 「 う 、 うん !
よろけ ながら 、 金田 は 立ち上った 。
「 ロープ を 外して 。
── そう 。 じゃ 、 国 友 さん 」
「 下 へ 投げて くれ 」
「 ええ 。
── 一 、 二 、 の ──」
夕 里子 の 手 が 止まった 。
ポカン と して 、 下 を 見て いる 。
「 どうした ?
国 友 が やって 来た 。
「 車 が ……」
もう 、 さっき の 所 に 、 車 は なかった 。
また 転がり 落ちて 行った のだ 。
── ずっと ずっと 下 の 方 まで 、 その 跡 は 続いて いた 。
「 水谷 先生 ……」
と 、 夕 里子 は 呟いた 。
「 そんな ……」
「 もう 少し だった のに 」
と 、 国 友 は 、 息 を 弾ま せ ながら 、「 しかし 、 ともかく 生徒 たち を 助けた んだ 。
── よく やった よ 」
「 でも 、 先生 …… 助から ない かしら ?
「 どうか な 」
と 、 国 友 は 首 を 振った 。
「 ともかく 、 あそこ まで は いけない 。 本格 的な 救助 隊 が 来 ない と ……」
「── 見て !
と 、 夕 里子 は 叫んだ 。
少し 下った ところ の 雪 が 、 何だか 盛り上って いる ── と 思ったら 、 ヒョイ 、 と 水谷 の 頭 が 出た 。
「 おい !
ここ だ ! 「 先生 !
夕 里子 は 、 歓声 を 上げた 。
「 危うく 飛び出した んだ !
ロープ を !
「 はい !
夕 里子 は ロープ を 、 水谷 の 方 へ と 力一杯 、 投げて やった ──。
── 水谷 は ほとんど 自力 で 上って 来る と 、
「── みんな 無事 か !
と 言う なり 、 その 場 に へたり 込んで しまった 。
「 よく やった ね 」
国 友 が 、 水谷 の 肩 を 叩いて 、 言った 。
「 教師 の 運転 です から ね 。
── 生徒 を 死な せる わけに ゃい か ない 」
水谷 は 、 よろけ ながら 、 立ち上った 。
「 いや 助かった ! どう しよう か と 思って た んです よ 」
「 ともかく 山荘 へ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 みんな 疲れ 切って る わ 」
「 よし 、 行こう 。
── おい 、 金田 」
「 はい 」
「 お前 、 川西 君 に 肩 を かして やれ 。
俺 は 片 瀬 を ──」
「 い ない わ 」
と 、 敦子 が 言った 。
「 え ?
夕 里子 は 振り向いて 、「 いない ?
「 川西 さん 。
── い なく なっちゃ った 」
「 まさか !
しかし 、 事実 だった 。
道 の 上 は 、 雪 の 明り で 、 決して 暗く は ない 。
しかし 、 どこ に も 川西 みどり の 姿 は 見え ない のだ 。
「 珠美 !
見 なかった ? 「 全然 。
夢中で ロープ を 引いて た から 」
「 お 姉ちゃん は ?
「 私 も ──」
と 、 綾子 が 首 を 振る 。
「 くたびれて 、 座って た から ……」
「 そんな 馬鹿な こと って ──」
川西 みどり は 確かに 上って 来た のだ 。
それなのに ……。
どこ へ 行って しまった のだろう ?
「 川西 君 !
「 みどり さん !
みんな 、 てんで ん に 呼んで みた が 、 虚 しかった 。
川西 みどり の 姿 は 、 消えて しまった のである 。
── 落ちついた の は 、 もう 夜中 だった 。
水谷 、 敦子 、 金田 の 三 人 も 、 熱い 風呂 へ 入って 、 食事 を し 、 やっと 生き返った ようだった 。
夕 里子 たち に して も 同じ ような もの だ 。
手 の 皮 が すり むけたり 、 真 赤 に なって 、 お 風呂 へ 入る と 、 しみて 痛んだ 。
「── これ じゃ 、 明日 は 一 日 中 、 筋肉 痛 だ 」
と 、 リビング で 、 国 友 が 言った 。
「 ご苦労さま 」
夕 里子 も 湯上 り で 、 パジャマ の 上 に セーター を 着て やって 来た 。
「 でも 、 どうして 一 人 だけ が ……」
「 うん 。
妙な 話 だ 」
と 、 国 友 は 肯 いた 。
「 さあ 、 どうぞ 」
石垣 園子 が 、 レモネード を 持って 来て くれた 。
「 疲れ が 取れ ます よ 」
「 や 、 こりゃ どうも 」
水谷 が 、 それ を 受け取って 、 一気に 飲み干す 。
「── すみません 」
と 、 夕 里子 は 、 園子 へ 言った 。
「 救助 の 方 は ? 「 それ が ね ──」
と 、 園子 は 申し訳な さ そうに 、「 さっき 、 警察 へ かけよう と したら 、 電話 が 通じ ない の 」
「 ええ ?
不 通な んです か ? 「 雪 の せい で ね 。
よく ある の よ 、 ここ で は 」
「 じゃ 、 連絡 が 取れ ない んです ね 」
「 そう な の 。
一 日 、 二 日 で 、 また 通じる ように なる と 思う んだ けど 」
「 それ じゃ 間に合わ ない 」
と 、 国 友 は 言った 。
「 僕 が 車 で 下 の 町 へ 行って 来よう 」
「── むだだ よ 」
と 、 声 が した 。
「 秀 哉 、 まだ 起きて た の ?
「 秀 哉 君 、 むだ 、 って 、 どうして ?
と 、 夕 里子 は 訊 いた 。
「 道 が ふさがって る 。
雪 が 崩れて 来て 。 車 、 通れ ない よ 」
と 、 秀 哉 は 言った 。
「── どうして 知って る の ?
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 二 階 から 見えた よ 。
見て ごらん 、 噓 だ と 思ったら 」
「 秀 哉 」
と 、 園子 が 、 少し きつい 調子 で 、「 早く 寝る の よ 」
と 言った 。
「 うん 」
秀 哉 は 、 リビング を 出て 行った 。
夕 里子 は 、 国 友 を 見た 。
「 外 へ 出て みよう 」
国 友 は 、 立ち上った 。
「 崩れて る に して も 、 通って 通れ ない こと は ない かも しれ ない 」
国 友 が 出て 行く と 、 入れかわり に 、 敦子 が 入って 来た 。
可愛い 花柄 の パジャマ である 。
「 敦子 、 風邪 引く わ よ 」
「 いい よ 。
風邪 ぐらい 。 死ぬ とこ だった んだ もん 」
敦子 は 、 夕 里子 と 並んで ソファ に 座る と 、
「── ああ 、 生きて て 良かった !
「 何 よ 、 それ 」
「 だって 本当じゃ ない 」
敦子 は 、 フーッ と 息 を ついて 、「 あれ で 死んじゃ ったら 、 恋 も 結婚 も 、 ついに 夢 の まま で 終わる ところ だ わ 。
私 、 車 の 中 で 、 考えちゃ った 」
「 何 を ?
「 もし 助かったら 、 どんどん ボーイフレンド 作ろう 、 って 。
だって 、 いつ こんな 目 に 遭う か 分 ら ない わけでしょ ? 恋 ぐらい 早く し と か なきゃ 」
「 敦子 ったら 」
と 、 夕 里子 は 苦笑 して 、「 スーパー で 買物 する の と は 違う の よ 。
恋 は 、 そう 都合 よく 手 に 入り ませ ん 」
「 もう 恋人 の いる 人 は 黙れ !
敦子 は そう 言って 笑った 。
いや 、 本当 は 笑っちゃ い られ ない のだ が 。
── でも 、 助かった と いう 安心 感 の 方 が 大きい のだ 。
「 だけど 、 川西 さん 、 どう しちゃ った んだろう ね 」
と 、 敦子 が 言った 。
「 うん ……」
夕 里子 は 、 少し 考え 込んで から 、「 でも 、 大体 あの 人 、 どこ か 変って た と 思わ ない ?
「 そう ね 。
それ は そう だ わ 」
敦子 は 肯 いた 。
夕 里子 は 、 あの ドライブ ・ イン を 出る とき に 、 川西 みどり が 、 言った 言葉 が ひっかかって いた のだ 。
── 予言 者 めいた ところ が あって 、 どこ か まともで ない 、 と いう 気 が した 。
「 予言 者 は 、 一 人 で 沢山だ わ 」
と 、 夕 里子 が 呟く と 、
「 何の こと 、 それ ?
と 、 敦子 が 不思議 そうに 訊 く 。
「 車 が 落ちた とき の こと 、 憶 えて る ?
と 、 夕 里子 が 訊 く と 、 水谷 の 耳 に も 入った の か 、
「 おい 、 佐々 本 」
と 、 二 人 の 方 へ やって 来た 。
「 お前 、 この こと を 学校 へ 報告 する の か ?
「 どうせ 分 り ます よ 。
車 だって 引き上げ なきゃ いけない んだ し 」
「 うん 、 それ は まあ 、 そう だ が ……」
「 先生 、 私 たち に 口止め しよう って いう んです か ?
「 そう じゃ ない よ 」
「 テスト 、 全部 一〇〇 点 に して くれたら 、 黙って て も いい 」
「 馬鹿 言え 」
と 、 水谷 は ふくれ っ つ ら に なって 、「 俺 は そういう こと は 絶対 に し ない !
「 じゃ 、 どうして あんな こと 訊 いたん です か ?
「 俺 が 自分 で 報告 し たい んだ 。
だから 、 お前 たち に 先 に しゃべら れる と 困る 」
「 分 った !
と 、 敦子 が 声 を 上げた 。
「 先生 、 生徒 を 助けた こと だけ 、 強調 する つもりな んだ わ 」
「 なるほど ね 」
夕 里子 は 肯 いて 、「 自分 の 運転 技術 が 原因 と いう 点 から 目 を そらす ため ね 」
「 それ を 言う な よ 」
と 、 水谷 は 情 ない 顔 に なった 。
「 これ でも 路上 試験 じゃ 賞 め られた んだ ぞ 」
「 あと 十 年 運転 して から 、 生徒 を 乗せて 下さい ね 」
と 、 夕 里子 は 言って やった 。
「 佐々 本 。
── お前 、 車 が 落ちる の を 見て た の か ? 「 ええ 、 こっち から 」
「 そう か 。
── いや 、 決して 俺 は 責任 逃れ を する つもり は ない 。 ただ な 、 あの 状況 は 、 どうも おかしかった 」
水谷 は 真顔 だった 。
「 どういう こと です か ?
「 うん 、 チェーン を 巻いて いた し 、 あそこ まで は 、 至って 順調に 走って 来た んだ 。
── な 、 片 瀬 も そう 思う だ ろ ? 「 ええ 。
── それ は 確か 。 スリップ も し ない し 、 フラ つき も なかった わ 」
「 あの 車 は 、 そう 大きく ない が 、 パワー は ある んだ 。
あれ ぐらい の 道 なら 、 まず 安定 して 走れる 」
「 でも 、 落 っこ ち たわ 」
「 そう な んだ 。
── どうも おかしい 。 何だか 、 突然な んだ 。 突然 、 ガクン と 片側 の 車輪 が 、 何 か に 乗り 上げた ように なって ──」
「 そう 。
それ は 私 も 憶 えて る わ 」
と 敦子 が 言った 。
「 スリップ した と か 、 そんな 感じ じゃ なかった の よ 」
「 じゃ ── 事故 じゃ なかった 、 って こと ?
水谷 は 、 少し 黙って いた が 、 やがて 、
「 そういう こと だ な 」
と 、 肯 いた 。
そこ へ 、 国 友 が 戻って 来た 。
ちょっと 外 へ 出て いた だけ で 、 顔 が 少し 青く なって いる 。 よほど の 寒 さ な のだろう 。
「 どう だった ?
と 、 夕 里子 が 訊 く と 、 国 友 は 、 難しい 顔 で 言った 。
「 だめだ よ 。
ここ から でも はっきり 分 る くらい 、 ずっと 雪 で 埋 って しまって いる 」
「 そんなに ?
「 歩いて なら 、 行け ない こと は ない かも しれ ない が 、 途中 で また 崩れる 心配 も ある し な 」
「 他の 道 は ない の かしら ?
「 今 、 ここ の 奥さん に 訊 いて みた が 、 他 に は 下 の 町 へ 出る 道 は ない んだ そうだ 」
聞いて いた 敦子 が 、
「 それ じゃ ── 私 たち 、 ここ から 降り られ ない の ?
と 、 目 を 見開いて 言った 。
「 まあ 、 二 、 三 日 の 内 に は 、 電話 が 通じる ように なる だろう 。
── 食べる もの なんか は 、 充分に ある から 、 大丈夫 って こと だった よ 」
そう 聞か さ れて も 、 夕 里子 は 安心 する より 却って 不安に なった 。
── この 山荘 の 主人 は 、 なぜ 出て 来 ない のだろう ?
そして 川西 みどり は どこ に 行って しまった の か 。
水谷 たち の 車 が 、 故意 に 落とさ れた のだ と したら 、 何の ため だった の か ……。
秀 哉 は 、 何もかも 分 って いる くせ に 、 なぜ 家庭 教師 を 必要 と した の か 。
そして ……。
「── ともかく 、 今夜 は どう しよう も ない 」
と 、 国 友 が 言った 。
「 みんな 、 ぐっすり 眠って 、 明日 、 明るく なったら 、 この 周辺 を 捜して みよう 」
「 寝よう 、 寝 よう っと !
一 人 、 陽気な の は 珠美 である 。
「 ね 、 お 姉ちゃん 」
「 何 よ 」
と 、 夕 里子 は 、 リビングルーム を 出 ながら 、「 そんなに 騒が ない の 」
「 いい じゃ ない 。
ずっと ここ に いたら 、 学校 に も 行か なくて 済む かも ね 」
「 あんた らしい こ と 言って る 。
── お 姉ちゃん は ? 「 もう 、 寝た んじゃ ない ?
「 そう ──。
いい わ ね 、 平和で 」
夕 里子 は 心から そう 言った 。
いつも 、 心配 役 は 私 が 引き受け なきゃ いけない んだ から !
── 夕 里子 たち が 当分 は 身動き の とれ なく なった 山荘 を 取り巻く 空気 も 、 もちろん 冷え冷え と して いた が 、 ここ 、 東京 の 、 この 部屋 の 中 も 、 それ と は 全く 別の 意味 で 、 もっと 寒々 と して いた 。
布 が めくら れて 、 死体 の 顔 が 青白い 光 に さらさ れる と 、
「 アッ 」
と 、 短い 声 が 、 婦人 の 口 から 洩 れた 。
三崎 刑事 は 、 その 夫婦 に 、 いささか 遠慮 がちな 視線 を 向けて 、
「 お嬢さん です か 」
と 言った 。
妻 の 方 が 、 泣き ながら 、 よろけ そうに なる 。
夫 が 、 それ を 抱き 寄せた 。
「── 娘 です 」
と 、 その 夫 の 方 が 言った 。
「 平川 浩子 さん です ね 」
三崎 が 念 を 押す 。
「 浩子 です 。
しかし 、 どうして こんな こと に ! 父親 の 声 が 震えて 、 涙 が 目 に 光って いた 。
「 お 気の毒な こと でした 」
と 、 三崎 は 頭 を 少し 下げて 、「 犯人 は 、 必ず 捕え ます 」
「 お 願い し ます 。
── できる こと なら 、 この 手 で 、 絞め 殺して やり たい ! 「 お 察し し ます 」
三崎 は 、 平川 夫婦 を 促して 、「 少し 、 お 話 を うかがい たい のです が ……」
と 言った 。
平川 浩 子 の 死体 は 、 再び 白い 布 で 覆わ れた 。
── 全く の 幸運だった のである 。
いや 、 死体 の 身 許 の 知れる こと が 、「 幸運 」 と 呼べる か どう か は 別 と して も ……。
行方 不明 の 届 や 、 指紋 、 TV ニュース で の 報道 ── 何一つ 、 この 娘 の 身 許 を あかす もの と は なら なかった 。
何 人 か の 申し出 も あった が 、 結局 は どれ も 人違い に 終った 。
そんな とき である 。
「── 浩子 ちゃん に 似て る なあ 」
ふと 、 そう 呟いた の は 、 何と 三崎 の 部下 の 刑事 だった 。
「 浩子 ちゃん ?
「 あ 、 いえ 、 いとこ で 、 そっくりの 娘 が いる んです 。
年齢 も 同じ くらい だし ……」
しかし 、 死体 と 生きて いる 人間 で は 、 全く 印象 が 違う 。
三崎 は 念のため に 、 その 刑事 に 、 娘 の 両親 と 連絡 を 取ら せた 。
泊り 込み で 家庭 教師 に 行って いる 、 と いう 返事 で 、 一 度 は 人違い か と 思い かけた のだった が 、 今度 は 、 心配に なった 両親 の 方 が 、 その 行って いる 先 の 家 に 電話 を した 。
もちろん 、 娘 が 、 番号 の メモ を 残して 行った のだ 。
ところが 、 その 番号 は 、 今 使わ れて い なかった 。
不安に なった 両親 が 、 三崎 の 所 へ 連絡 して 来て 、 この 悲しい 対面 と なった のだった 。
「── 行 先 が どんな 家 だ と か 、 聞いて い ました か ?
と 、 三崎 は 言った 。
「 いいえ 」
と 、 父親 が 首 を 振る 。
「── お前 は ? ずっと 泣き 通し の 母親 の 方 は 、 ハンカチ で 涙 を 拭って 、 呼吸 を 整える と 、
「 いいえ ……。
私 も 、 何も 聞いて い ませ ん でした 」
と 、 震える 声 で 言った 。
「 しかし ──」
「 信じて い ました 。
ともかく 、 大学 の 先生 の ご 紹介 でした から 」
「 そう だ 」
と 、 父親 の 方 が 顔 を 上げ 、「 あの 先生 なら 知って いる はずだ 」
「 何という 方 です ?
と 、 三崎 は 手帳 を 構えた 。
「 沼 ……。
何 だった かな ? 「 沼 淵 先生 よ 、 あなた 」
と 、 母親 が 言った 。
「 沼 淵 先生 と おっしゃる んです ……」