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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 54. うろこ雲 - 宮澤賢治

54. うろこ雲 - 宮澤 賢治

うろこ雲 - 宮澤 賢治

そら いちめん に 青白い うろこ雲 が 浮かび 月 は その 一 切れ に 入って 鈍い 虹 を 掲げる 。

町 の 曲り角 の 屋敷 に ある 木 は 脊高 の 梨 の 木 で 高く その 柔らかな 葉 を 動かして ゐる のだ 。

雲 の きれ 間 に せ は しく 青く またたく やつ は それ も 何だか わから ない 。

今夜 は ほん たう に どうした かな 。 八 時 頃 から どこ でも みんな 戸 を 閉めて 通り を 一 人 も 歩か ない 。

お 城 の 下 の 麥 を 干した らしい 空く ひ の 列 に 沿って 小さな 犬 が 馳 け て 來 る 。 重く 流れる 月光 の 底 を その 小さな 犬 が 尾 を ふって 來 る 。

夜 の 赤 砂利 、 陰影 だけ で 出 來 あがった 赤 砂利 の 層 。 櫻 の 梢 は 立派な 寄木 を 遠い 南 の 空 に 組み上げ 私 は たばこ より も 寂しく 煙る 地平 線 に かすかな 泪 を ながす 。

町 は まことに 諒 闇 の 龍 宮城 また 東京 の 王子 の 夜 で あります 。 北上 岸 の 製 板 所 の 立て 並べられた 板 の 前 を 小さな 男の子 が ふい と 歩く 。 それ から 鐵 橋 の 石 で 疊 んだ 橋 臺 が 白く ほ の びか りして ならび 私 の 心 は どこ かず うっと 遠く の 方 を 慕って ゐる 。 もう 爪 草 の 花 が 咲いた 。 さ う だ 。 一面の 爪 草 の 花 、 青白い ともしび を 點 じ 微 かな 悦 び を くゆらし それ から 月光 を 吸 ふ つめ くさ の 原 。

小さな 甲 蟲 が まっすぐに 飛んで 來 て 私 の 額 に 突き 當 り ヒョロヒョロ 危 く 墮 ち よう と して 途方 も ない 方 へ 飛び 戻る 。

原 の むか ふ に 小さな 男 が 立って ゐる 。 銀 の 小人 が 立って ゐる 。 よこめ で こっち を 見 ながら 立って ゐる 。 に やに や わらって ゐる 。 に やに や 笑って うたって ゐる 。 銀 の 小人 。

「 なんばん 鐵 の かぶ と むし .

月 の あかり も つめ くさ の .

ともす あかり も 眼 に 入ら ず .

草 の に ほ ひ を とび 截って .

ひと の ひた ひに 突きあたり .

あわてて よ ろ よ ろ .

落ちる を やっと ふみ とまり .

いそ んで か ぢ を 立て な ほし .

月 の あかり も つめ くさ の .

ともす あかり も 眼 に 入ら ず .

途方 も ない 方 に 飛んで 行く 。」

原 の むか ふ に 銀 の 小人 が 消えて 行く 。 よこめ で こっち を 見 ながら 腕 を 組んだ まま 消えて 行く 。

アカシヤ の 梢 に 綿雲 が 一杯に かかる 。

その はらわた の 鈍い 月光 の 虹 、 それ から 小 學 校 の 窓 ガラス が さびしく 光り 、 ひるま 算 術 に 立た さ れた 子供 の 小さな 執念 が 、 可愛い 黒い 幽靈 に なって じっと 窓 から 外 を 眺めて ゐる 。

空 が はれて 、 その みがか れた 天 河 石 の 板 の 上 を 貴族 風 の 月 と 紅 い 火星 と が 少し の 軋 り の 聲 も なく 滑って 行く 。 めぐって 行く 。

54. うろこ雲 - 宮澤 賢治 うろこぐも|みやさわ|けんじ |Miyazawa| 54. scaly cloud - Kenji Miyazawa 54. чешуйчатое облако - Кэндзи Миядзава 54. 鱗片雲 - 宮澤賢治

うろこ雲 - 宮澤 賢治 うろこぐも|みやさわ|けんじ Cirrocumulus-Kenji Miyazawa

そら いちめん に 青白い うろこ雲 が 浮かび 月 は その 一 切れ に 入って 鈍い 虹 を 掲げる 。 |||あおじろい|うろこぐも||うかび|つき|||ひと|きれ||はいって|にぶい|にじ||かかげる A pale cloud of scales floats in the sky, and the moon enters a piece of it and raises a dull rainbow.

町 の 曲り角 の 屋敷 に ある 木 は 脊高 の 梨 の 木 で 高く その 柔らかな 葉 を 動かして ゐる のだ 。 まち||まがりかど||やしき|||き||せきたか||なし||き||たかく||やわらかな|は||うごかして|| |||||||||tall||||||||||||| The tree in the mansion at the corner of the town is a tall pear tree that is tall and moves its soft leaves.

雲 の きれ 間 に せ は しく 青く またたく やつ は それ も 何だか わから ない 。 くも|||あいだ|||||あおく||||||なんだか|| I don't know what it is, even though it's blue and blue in the clouds.

今夜 は ほん たう に どうした かな 。 こんや|||||| 八 時 頃 から どこ でも みんな 戸 を 閉めて 通り を 一 人 も 歩か ない 。 やっ|じ|ころ|||||と||しめて|とおり||ひと|じん||あるか| From around 8 o'clock, everywhere, everyone closes their doors and no one walks down the street.

お 城 の 下 の 麥 を 干した らしい 空く ひ の 列 に 沿って 小さな 犬 が 馳 け て 來 る 。 |しろ||した||むぎ||ほした||あく|||れつ||そって|ちいさな|いぬ||ち|||らい| |||||wheat||||||||||||||||coming| A small dog comes along a row of empty strings that seems to have dried the sardines under the castle. 重く 流れる 月光 の 底 を その 小さな 犬 が 尾 を ふって 來 る 。 おもく|ながれる|げっこう||そこ|||ちいさな|いぬ||お|||らい| The little dog flutters its tail at the bottom of the heavy moonlight.

夜 の 赤 砂利 、 陰影 だけ で 出 來 あがった 赤 砂利 の 層 。 よ||あか|じゃり|いんえい|||だ|らい||あか|じゃり||そう Red gravel at night, a layer of red gravel that emerged only in the shade. 櫻 の 梢 は 立派な 寄木 を 遠い 南 の 空 に 組み上げ 私 は たばこ より も 寂しく 煙る 地平 線 に かすかな 泪 を ながす 。 さくら||こずえ||りっぱな|よりき||とおい|みなみ||から||くみあげ|わたくし|||||さびしく|けむる|ちへい|せん|||なみだ|| cherry|||||crosspiece|||||||constructed||||||||||||teardrops||shed The treetops of the sakura assemble a splendid parquet into the distant southern sky, and I run a faint sword on the horizon, which smokes more lonely than cigarettes.

町 は まことに 諒 闇 の 龍 宮城 また 東京 の 王子 の 夜 で あります 。 まち|||りょう|やみ||りゅう|みやぎ||とうきょう||おうじ||よ|| The town is truly Ryugu, the dragon of darkness, and the night of the prince of Tokyo. 北上 岸 の 製 板 所 の 立て 並べられた 板 の 前 を 小さな 男の子 が ふい と 歩く 。 ほくじょう|きし||せい|いた|しょ||たて|ならべられた|いた||ぜん||ちいさな|おとこのこ||||あるく A little boy walks in front of the boards lined up at the board factory on the north shore. それ から 鐵 橋 の 石 で 疊 んだ 橋 臺 が 白く ほ の びか りして ならび 私 の 心 は どこ かず うっと 遠く の 方 を 慕って ゐる 。 ||てつ|きょう||いし||たたみ||きょう|だい||しろく||||||わたくし||こころ|||||とおく||かた||したって| |||||||stacked|||pier|||||sparkle||||||||||||||| Then the stone of the Iron Bridge, the abutment of the bridge was white, and my heart adored somewhere far away. もう 爪 草 の 花 が 咲いた 。 |つめ|くさ||か||さいた The flowers of Sagina japonica have already bloomed. さ う だ 。 一面の 爪 草 の 花 、 青白い ともしび を 點 じ 微 かな 悦 び を くゆらし それ から 月光 を 吸 ふ つめ くさ の 原 。 いちめんの|つめ|くさ||か|あおじろい|||てん||び||えつ||||||げっこう||す|||||はら ||||||||dot|||||||swaying||||||||||

小さな 甲 蟲 が まっすぐに 飛んで 來 て 私 の 額 に 突き 當 り ヒョロヒョロ 危 く 墮 ち よう と して 途方 も ない 方 へ 飛び 戻る 。 ちいさな|こう|むし|||とんで|らい||わたくし||がく||つき|とう|||き||だ|||||とほう|||かた||とび|もどる |||||||||||||against||unsteadily|||fall||||||||||| A small instep flies straight and stabs into my forehead.

原 の むか ふ に 小さな 男 が 立って ゐる 。 はら|||||ちいさな|おとこ||たって| A small man stands in front of Hara. 銀 の 小人 が 立って ゐる 。 ぎん||こびと||たって| |||||standing A silver little man stands up. よこめ で こっち を 見 ながら 立って ゐる 。 ||||み||たって| sideways||||||| Stand up while looking at me from the side. に やに や わらって ゐる 。 |||laughing| It's soft. に やに や 笑って うたって ゐる 。 |||わらって|| 銀 の 小人 。 ぎん||こびと Silver dwarf.

「 なんばん 鐵 の かぶ と むし . |てつ|||| number|iron|||| "Nanban Iron Turnip Musi.

月 の あかり も つめ くさ の . つき||||||

ともす あかり も 眼 に 入ら ず . |||がん||はいら|

草 の に ほ ひ を とび 截って . くさ|||||||せつって |||||||cut Jumping over the grass.

ひと の ひた ひに 突きあたり . ||||つきあたり |||day|end

あわてて よ ろ よ ろ .

落ちる を やっと ふみ とまり . おちる||||

いそ んで か ぢ を 立て な ほし . |||||たて||

月 の あかり も つめ くさ の . つき|||||| The light of the moon is also white clover.

ともす あかり も 眼 に 入ら ず . |||がん||はいら| Tomosu Akari didn't even see it.

途方 も ない 方 に 飛んで 行く 。」 とほう|||かた||とんで|いく

原 の むか ふ に 銀 の 小人 が 消えて 行く 。 はら|||||ぎん||こびと||きえて|いく よこめ で こっち を 見 ながら 腕 を 組んだ まま 消えて 行く 。 ||||み||うで||くんだ||きえて|いく

アカシヤ の 梢 に 綿雲 が 一杯に かかる 。 ||こずえ||わたぐも||いっぱいに| acacia||||||| Acacia treetops are filled with cotton clouds.

その はらわた の 鈍い 月光 の 虹 、 それ から 小 學 校 の 窓 ガラス が さびしく 光り 、 ひるま 算 術 に 立た さ れた 子供 の 小さな 執念 が 、 可愛い 黒い 幽靈 に なって じっと 窓 から 外 を 眺めて ゐる 。 |||にぶい|げっこう||にじ|||しょう|まなぶ|こう||まど|がらす|||ひかり||さん|じゅつ||たた|||こども||ちいさな|しゅうねん||かわいい|くろい|ゆうれい||||まど||がい||ながめて| ||||||||||||||||||||||||||||||||ghost||||||||| The dull moonlight rainbow, and the windowpane of the elementary school shining lonely, and the little obsession of the child who stood in the fluttering math, turned into a cute black ghost and stared out from the window.

空 が はれて 、 その みがか れた 天 河 石 の 板 の 上 を 貴族 風 の 月 と 紅 い 火星 と が 少し の 軋 り の 聲 も なく 滑って 行く 。 から||||||てん|かわ|いし||いた||うえ||きぞく|かぜ||つき||くれない||かせい|||すこし||きし|||こえ|||すべって|いく |||||||||||||||||||||||||||||sound|||| As the sky spills, the aristocratic moon and the red Mars slide on the polished Tianhe stone tablet without any creaking noise. めぐって 行く 。 |いく Go around.