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悪人 (Villain) (2nd book), 悪人 下 (6)
悪人 下 (6)
寝室 の 明かり を 消す と 、 房枝 は いったん 布団 に 座り込み 、 音 を 立て ない ように 這って 窓際 に 寄った 。
震える 手 で カーテン を 少し だけ 開けて みる 。
窓 の 外 に は ブロック 塀 が あ り 、 何 ヵ 所 か ブロック が 抜けて いる 部分 から 、 細い 通り が 見える 。
さっき まで 停 まって いた パトカー は ない 。
その代わり 、 黒 塗り の 車 が 一 台 あって 、 明かり の ついた 車 内 で 若 い 私服 の 刑事 が 誰 か と 携帯 で 話 を して いる 。
一 時間 ほど 前 、 房枝 は 祐一 に 電話 を かけた 。
目の前 に は 近所 の 駐在 さん の 他 に 、 私服 の 刑事 が 二 人 いた 。
正直 、 何もかも が 急な 話 で 、 言わ れる まま 祐一 に 電話 を する の が やっと だった 。
かける 前 に 、 自分 たち の こと は 言う な 、 と 忠告 されて いた のに 、 つい 、 「 今 、 警察 の 人 が 来 と ん なっと さ 」 と 言って しまった 。
祐一 は その 一言 で 電話 を 切った 。
何もかも が 、 あまりに やぶ から ぼう だった 。
犯人 だ と 思われて いた 福岡 の 大学生 が 、 実は 犯人 で は なかった 。
なかった から と 言って 、 なんで 刑事 たち が ここ へ 来る の か 分 か 「 祐一 は 関係 なか です よ 」 房枝 が 何度 震える 声 で 話して も 、 刑事 たち は 「 とにかく 携帯 に かけて みて 下さい 」 と 譲ら なかった 。
房枝 が 思わず 、 警察 が 来て いる こと を 告げた 瞬間 、 男 たち の 表情 が 怒り と 落胆 に 歪んだ 。
使え ない 婆さん だ と 思った のだろう が 、 その 表情 が 漢方 薬 を 無理やり 売りつけた 男 たち に そっくりだった 。
「 さっさと サイン しろ よ 」 と イライラ し ながら 詰 め 寄って きた 男 たち に 。
房枝 は 少し だけ 開けた カーテン から 指 を 離した 。
いつも は 波 の 音 しか 聞こえ ない この 界隈 に 、 土地 の 者 で は ない 男 たち が 何 人 も うろうろ して いる 雰囲気 は 、 窓 を 閉めて も 、 カーテン を 閉めて も 伝わって くる 。
カーテン を 閉めて 、 壁 を 背 に しゃがみ込んだ 。
自分 が ひどく 震えて いる の が 、 その 壁 から 伝わって くる 。
じっと して いる と 、 震え が 増して 、 気 を 失い そうだった 。
捕まった 福岡 の 大学生 は 、 祐一 の 女 友達 を 殺して いない らしい 。
大学生 が 彼女 を 峠 まで 連れて 行った の は 確かだ が 、 その先 の 話 が 食い違う と いう 。
彼女 を 自分 の 車 に 乗せる 前 、 彼女 は 東公園 と いう 場所 で 白い スカイライン に 乗った 別の 男 と 会って いた 。
その 男 が 、 祐一 に 似て いる らしい 。
房枝 は 這う ように 廊下 へ 出て 、 電話 の ある 台所 へ 向かった 。
手のひら に 床 の 冷た さ が 痛い 。
真っ暗な 台所 で 房枝 は 電話 を 棚 から 下ろして 抱え込んだ 。
受話器 を 上げ 、 震える 指 で 憲夫 の 家 に 電話 を かけた 。
かなり 長い 間 、 呼び出し 音 が 鳴った あと 、 眠 そうな 憲夫 の 声 が 聞こえる 。
「 もしもし ?
うち 、 房枝 。
寝 とった ?
」 不機嫌 そうな 憲夫 に 、 房枝 は 早口 で そう 言った 。
相手 が 房枝 だ と 分かり 、 電話 の 向こう の 憲夫 の 声 が 緊張 し 、「 じいさん に なんか あった と ね ?
」 と 訊 いて くる 。
「 いや 、 違う と ……」 と 房枝 は 言った 。
ただ 、 その 次の 言葉 が 口 から 出て 来 ず 、 気 が つく と 、 畷 り 泣いて いた 。
「 なん ね ?
どうした と ?
」 受話器 の 向こう から 憲夫 の 声 が する 。
横 で 寝て いた 女房 も 起き 出した の か 、「…… 清 水 の ばあちゃん から けど 。
なんか 知ら ん 。
…… いや 、 じいちゃん じゃ なかって 」 など と 説明 する 憲夫 の 声 が 聞こえる 。
「 祐一 が 、 帰って こ ん の や もん ね .:…」 は な 房枝 は 漢 を 畷 り ながら 、 それ だけ 言った 。
「 祐一 が ?
帰って こ んって 、 どこ 行った と ?
」 「…… それ が 分から ん と 。
なんか 知ら ん 、 警察 の 人 が 来て さ 」 「 警察 ?
事故 でも 起こした ね ?
」 「 いや 、 違う と 。
うち に もよう 分から ん ……」 「 よう 分から ん て ……」 「 電話 して 、 警察 の 来 とるって 教えたら 、 電話 切られて し も うて ..….。
なん も 関係 なか は ず と に 電話 ば 切る もん やけん ……」 涙声 で 続ける 房枝 の 話 を 訊 き ながら 、 憲夫 は 布団 から 這い 出て カーディガン を 羽織る 妻 実千代 に 目 を 向けて いた 。
「 とにかく 、 すぐ そっち に 行く けん 。
電話 じゃ よう 分から ん 。
よ かね 、 そこ に おら ん ば よ ・ 車 で すぐに 行く けん 」 憲夫 は それ だけ 言う と 、 一方的に 電話 を 切り 、 心配 そうな 実千代 に 、「 祐一 が 、 なん か しでかした ご たる 」 と 眩 いた 。
「 祐 ちゃん が 何 を ?
」 「 知ら ん 。
喧嘩 か 何 か やろ 。
ばあさん が 泣き ながら 話す もん やけん 、 ょう 分から ん 」 憲夫 は 立ち上がって 蛍光 灯 を つけた 。
壁 の 時計 は すでに 十一 時 半 を 回って いる 。
憲夫 は 乱れた 布団 の 上 で パジャマ を 脱ぎ捨てる と 、 枕元 に 畳んで 置かれて いる 作業 服 を 手 に 取った 。
さっき まで ストーブ を つけて いた のに 、 アンダー シャツ だけ に なる と 身震い す る ほど 寒かった 。
「 なん の あった か 知ら ん けど 、 祐 ちゃん 、 殴ったり したら 駄目 よ !
あん 子 に は うち ら しか 頼れ ん の やけん 、 味方 に なって やら ん ば ……」 着替え を 手伝おう と する 実千代 に 言わ れ 、 憲夫 は 、「 分かつ とる !
」 と 怒鳴り 返した 。
喧曄 か 、 交通 事故 か ?
憲夫 は 上着 の ボタン も 止め ず に 飛び出した 。
す 仕事 で 使って いる ワゴン 車 に 乗り込み 、 憲夫 は 祐一 の 家 へ 向かった 。
県道 は 空いて お り 、 海 沿い に 並んだ 信号 も 気持ち が いい ほど 青 が 並んで いる 。
憲夫 は 胸騒ぎ が して いた 。
入院 中 の じいさん が 死んだ わけで も ない のに 、 そんな 鈍い 興奮 が からだ を 包んで いる 。
喧嘩 に しろ 、 事故 に しろ 、 もしも 祐一 が 怪我 を して いる の なら 、 明日 は 仕事 を 休ま な ければ なら ない 。
まだ 何 が どう なって いる の か 分から ない が 、 早い うち に 吉岡 か 倉 見 に 、 連絡 を 入れて おいた ほう が いい かも しれ ない 。
明日 は 各自 で 現場 に 向かって もらい 、 作 業 の 指示 は 携帯 から 入れれば いい 。
明日 の 心配 を して いる うち に 、 車 は 祐一 が 暮らす 漁村 へ と 入って いた 。
月 明かり を 浴 び た 港 内 は 凪ぎ 、 係留 さ れた 漁船 が 波 に 動く 気配 も ない 。
ただ 、 いつも は がらんと した 岸壁 に 、 見慣れ ぬ 車 が 三 、 四 台 停 まり 、 こんな 夜中 な のに 、 立ち話 を して いる 人影 が い くつ も ある 。
憲夫 は スピード を 弛 め て 岸壁 へ 入った 。
車 の ライト が 漁船 を 照らし 、 岸壁 に 立って いる 制服 姿 の 警官 や 、 心配 して 出て きた らしい 住人 たち の 顔 が 浮かぶ 。
車 を 停めて ライト を 消す と 、 岩場 の フナムシ の ように 住人 たち が 集まって くる 。
憲夫 は 思わず ぞっと して 、 ドア を 開ける と 外 へ 飛び出した 。
「 あら 、 憲夫 さん !
」 真っ先 に 声 を かけて きた の は 町内会 長 で 、「 なん ね ?
祐一 が なん した と ね ?
」 と 寒 さ に 首 を 縮め ながら 寄って くる 。
向こう で 誰 か が 、「 あり や 、 祐一 の おじ です もん ね 」 と 警官 に 説明 する と 説明 を 受けた 若い 警官 が 、 慌てて 駆け寄って きて 、「 あれ 、 今 、 お たく に 警官 が 向かいません でした か ?
」 と 訊 いて くる 。
憲夫 は 、「 いえ 」 と 首 を ふった 「 ばあさん から 電話 もろ うて 、 すぐ 出て きました けん 」 と 。
「 あら 、 そう です か 。
じゃ 、 行き違い やった と やる か ?
」 「 うち なら 女房 が おります けど ..…・」 警官 は 遠く に 停めて ある パトカー に 向かって 、「 被疑者 の おじさん が ここ に 来 とりま すよ !
」 と 怒鳴った 。
パトカー の ドア が 開き 、 雑音 混じり の 無線 の 音 が すぐ そこ の 波 音 に 混じる 。
「 ちょっと 話 ば 訊 か せて もろう て も よか です か ?
祐一 くん 、 おたく で 働 い とる と でし よ ?
.」 気 が つく と 、 憲夫 は 刑事 と 住人 たち に 囲まれて いた 。
「 とにかく 、 ばあさん に 会う て から でよ か です か ?
」 翌朝 、 街道 沿い の コンビニ で 、 光代 は 三万 円 を 引き出した 。
高校 卒業 から 十 年間 、 こ つ こつ と 貯 め た 多少 の 貯金 は ある のだ が 、 定期 に して いる ため 、 普通 預金 に は 当面 必要 な 額 しか 入って おら ず 、 三万 円 引き出す と 心細い 残金 に なる 。
三万 円 を 財布 に 入れて 、 光代 は レジ で 温かい お茶 を 二 本 と おにぎり を 三 つ 買った 。
支 払い を する 際 、 外 へ 目 を 向ける と 、 少し 離れた 場所 に 停められた 車 の 中 から 、 じっと こ ちら を 見つめて いる 祐一 が いた 。
コンビニ を 出て 、 光代 は 温かい お茶 を 両手 に 祐一 の 車 に 駆け寄った 。
窓 を 開けた 祐一 に 二 本 の お茶 を 渡し 、 会社 に 連絡 を 入れよう と 携帯 を 取り出した 。
おお しろ 電話 に 出た の は 店長 の 大城 だった 。
てっきり 売り場 主任 の 水谷 和子 が 出る と 思って い た 光代 は 、 一瞬 焦り は した が 、 すぐに 、「 あの 、 すいません 、 馬 込 です けど 」 と わざと 暗い 声 を 出した 。
父親 の 具合 が 急に 悪く なって 、 申し訳ない のだ が 、 今日 は 仕事 を 休ま せて ほしい 。
準 備 して いた 科白 を すら すら と 言い 終えた 。
「 あ 、 そう 。
そりゃ 、 大変 や ねえ 」 きせん 憲夫 は 毅然と した 声 で 遮った ㈹
店長 の 素っ気ない 声 が 聞こえて くる 。
「…。
: いや あ 、 実は さ 、 この 前 面接 に 来た 女の子 、 結局 、 今日 の 午後 から 働いて もらう きり しま ことに なって 、 そいで カジュアルコーナー の 霧島 さん に スーッコーナー に 移って もら お うか と 思う とった と よ 」 休暇 願い の 電話 を かけた のに 、 店長 は 人事 の 話 を 始めた 。
「 でも あれ や ねえ 、 長引いたら 大変 や ねえ 。
でも 店 の ほう も 歳末 バーゲン 時期 やし ….:。
まあ 、 とにかく 状況 分かったら 連絡 入れて よ 」 店長 は それ だけ 言う と 電話 を 切った 。
申し訳ない と 思い ながら かけた わりに 、 あまり に も 素っ気ない 店長 の 応対 に 、 正直 、 バカに さ れた ような 気分 だった 。
ほんの 数 分 、 外 に 立って いた だけ な のに 、 だだっ広い 駐車 場 を 吹き抜ける 寒風 で 、 指 先 が 冷たかった 。
助手 席 に 乗り込む と 、 すぐに 祐一 が 温かい お茶 を 渡して くれる 。
「 今日 、 仕事 休むって 電話 した 」 と 光代 は 微笑んだ 。
祐一 は ただ 、「 ごめん 」 と 謝った 。
昨夜 、 アパート 前 を 走り出した 車 は バイパス を 抜け 、 ちょうど 高速 道路 に 沿う ように して 、 武雄 方面 へ 向かった 。
真っ平らだった 道 が 、 徐々に 起伏 を 始め 、 山間 部 へ 入り込 む 辺り まで 来て も 、 祐一 は 一言 も 口 を 開か なかった 。
「 ねえ 、 どこ 行く と ?
」 319 第 1 叫 章 彼 は 郡 に 出会った か ?
走る こと すでに 十五 分 、 さすが に 気持ち も 落ち着いて きて 、 光代 は そう 尋ねた が 、 そ れ でも 祐一 は 答え ない 。
「 この 車 、 奇麗に し とる ねえ 。
自分 で 掃除 する と やる ?
」 ちり 光代 は 沈黙 に 耐え 切れ ず 、 塵 一 つ ない ダッシュ ボード を 撫でた 。
暖房 で 暖まった ボー ド の 感触 が さっき 抱きしめて きた 祐一 の 体温 を 思い出さ せる 。
「 休み の 日 と か 、 する こと な いけ ん :…・」 走り出して 二十 分 近く 、 やっと 口 を 開いた 祐一 の 言葉 が これ だった 。
光代 は 思わず 吹 き 出した 。
あんなに 乱暴に 自分 を 連れ出して きた くせ に 、 こんな こと に は 素直に 答えて くれる 。
「 たまに 職場 の 先輩 の 旦那 さん の 車 で 送って もらう こと ある と やけど 、 そこ の 車 、 まる で ゴミ 箱 みたいに し とる と よ ・『 乗って 、 乗って 」って 言う と やけど 、「 どこ に 乗れば よ か と -?
』って 感じ 」 光代 は 自分 で 自分 の 話 に 笑った 。
ただ 、 横 を 見て も 、 祐一 の 表情 に 変化 は ない 。
祐一 が とつぜん 車 を 停めた の は 、 小さな 村落 を 過ぎた 辺り で 、 これ から いよいよ 暗い 山道 に 入る と いう 場所 だった 。
スピード を 落とした 車 が 、 ゆっくり と 路肩 へ 寄る と 、 砂 利 を 踏む タイヤ の 音 が 聞こえる 。
一 カ所 だけ 途切れた ガード レール の 先 に は 、 小型 車 が 上って 行ける 程度 の 未 舗装 の 道 が 、 山中 へ 伸びて いる 。
祐一 は エンジン を かけた まま 、 ライト だけ を 消した 。
フロント ガラス の 先 に あった 世 界 が 、 その 瞬間 に 消えて なく なる 。
見る 場所 を 失った 光代 は 祐一 の ほう へ 目 を 向けた 。
その 瞬間 、 祐一 の からだ が 覆いかぶさって くる 。
「 ちよ 、 ちょっと ……」 サイド ブレーキ が 邪魔な の か 、 自分 の 手 の 置き場 を 捜す 祐一 の イライラ した 力 が 伝わって くる 。
シート を 倒さ れ 、 光代 は 思わず 開き そうに なった 脚 を 閉じた 。
覆いかぶさって きた 祐一 は 、 唇 から 顎 へ 、 そして 首筋 に 乱暴な キス を 続けた 。
妙に きっち り と 光代 の からだ は シート に 埋まり 、 まるで 縛られて いる ようだった 。
光代 は 窓 の 外 へ 目 を 向けた 。
倒さ れた シート から 黒い 樹 々 の 向こう に 夜空 が 見えた 。
星 の 多い 夜 だった 。
光代 は 乱暴に キス を 続ける 祐一 の 胸 を 、 ゆっくり と 押し戻した 。
それ でも 祐一 が 抱き しめて くる ので 、 その 胸 を トントン と 優しく 叩いた 。
一瞬 、 祐一 の 腕 から 力 が 抜ける 。
「 どうした と ?
」 と 光代 は 訊 いた 。
自分 の 息 が そのまま 祐一 の 口 に 入る ほど の 距離 だった 。
「 なん の あった と か 知ら ん けど 、 安心 して よか と よ 。
私 、 ずっと 祐一 の そば に おる け ん 」 準備 して いた 言葉 で は なかった のに 、 自分 でも 驚く ほど すら すら 出て きた 。
自分 の 言 葉 が 祐一 の 肌 に 染み込んで いく ようだった 。
街灯 も ない 山道 の 路肩 に 、 ぽつんと 停め ら れた 車 の 中 、 自分 の 言葉 と 祐一 の 肌 だけ しか 、 そこ に は なかった 。
「 もし 、 話し とう ない なら 、 話さ んで よ か 。
話して くれる まで 、 私 、 待つ けん 」 光代 は ゆっくり と 祐一 の からだ を 押し戻した 。
素直に からだ を 起こした 祐一 が 、「 ど う して よか か 、 分から ん やった ……」 と 眩 く ・ 「 あの まま 帰る つもり やった 。
でも 、 ここ で 別れたら 、 もう 会え ん ような 気 が して 」 「 それ で 戻って きた と ?
」 「 一緒に おり たかった 。
でも 一緒に おる に は どう すれば よか と か ……、 それ が 分から ん ように なって 」 シート を 起こした 光代 は 、 祐一 の 耳 に 触れた 。
ずっと 暖かい 車 内 に いる のに 、 驚く ほ ど 冷たい 耳 だった 。
「 あの まま 高速に 乗って 帰る はず や つた 。
けど 、 急に 昔 の こと 思い出して し も うて 」 「 昔 の こと ?
」 「 子供 の ころ 、 おふくろ と 一緒に 親父 に 会い に 行った こと が あって ……、 その とき の こ と 」 無防備に 耳 を 触ら れ ながら 、 祐一 は そこ まで 言って 言葉 を 切った 。
祐一 が 何 か 問題 を 抱えて いる の は 分かる 。
それ が 知り たくて たまらない 。
でも 、 それ を 知る と 、 祐一 が 消 322 えて しまい そうな 気 も する 。
光代 は 祐一 の 耳 を 撫で ながら 、「 一緒に おろう よ 」 と 言った 。
一 台 の 車 が 横 を 走り抜ける 。
真っ暗だった フロント ガラス の 向こう の 世界 を 、 その 車 の ライト が 照らす 。
遠く まで 伸びる ガード レール が 眩 しい ほど 白く 輝いた 。
「 ねえ 、 今日 は どっか に 泊まって 、 明日 、 仕事 さ ぼって 二 人 で ドライブ せ ん ?
」 と 光代 は 言った 。
「 だって 私 たち 、 まだ 呼子 の 灯台 も 行って ない と ょ 。
この前 は 、 ほら 、 結局 ずっと ホテル に おった し 」 ずっと 触れて いた 祐一 の 耳 が 、 ゆっくり と 熱 を 取り戻す 。
◇ 理容 店 と 住居 を 仕切る 上がり 枢 に 座り込み 、 石橋 佳男 は 冬 Ⅱ を 浴びる 表通り を 見つめ て いた 。
娘 の 葬儀 を 終えて もう 何 日 も 経つ と いう のに 、 まだ 一 度 も 店 を 開けて いない 。
いつまでも 悲しみ に 暮れて いたって 生きて いけ ない し 、 今 は 年の瀬 、 普段 なら かき入れ どき で も ある 。
しかし 、 こう やって いざ 店 を 開けよう と する と 、 と たんに から だ から 力 が 抜けて しまう 。
開けた ところ で 、 客 は 来る のだろう か 。
来た ところ で 、 みんな 腫れ物 に 触る ように 話しかけて くる に 違いない 。
佳男 は もう 一 度 上がり 枢 から 立ち上がろう と 勢い を つけた 。
数 歩 前 へ 出て 、 あの 鍵 を 323 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ?
開け 、 表 へ 出て 看板 の コンセント を 入れ さえ すれば 、 また いつも の 日常 が 始まる はずだ 。
だが 、 店 を 開けた ところ で 、 佳乃 が 戻って くる こと は ない 。
再び 座り込んだ 佳男 が 、 じっと 足元 を 見つめて いる と 、 ガラス ドア を ノック する 音 が 聞こえた 。
顔 を 上げれば 、 葬儀 に も 来て いた 地元 署 の 刑事 が ガラス に 顔 を 貼り つけて 、 中 を 覗き込んで いる 。
佳男 は 一 度 大きく ため息 を つき 、 重い 足取り で 刑事 の ため に ドア を 開けた 。
「 すいません 、 朝 早う から 」 刑事 が 場違いな 大声 を 出す 。
「 いえ 、 そろそろ 店 開けよう かち 思う とった とこ です けん 」 と 佳男 は 無愛想に 答えた 。
「 いや 、 実は です ね 、 もう 昨日 の ニュース で 聞か した かも しれ ん です けど 、 例の 大学生 が 見つかった と です よ 」 あまりに も 刑事 が さらっと 言う ので 、 佳男 は 思わず 、「 ああ 、 そう です か 」 と 答え そ うに なり 、 慌てて 、「 え ?
なん ち ?
」 と 声 を 荒らげた 。
「 いや 、 ですから 、 例の 大学生 が 名古屋 で 見つかり まして :…・」 「 な 、 なんで すぐに 教え ん と か !
」 「 いや 、 夜中 に いろいろ こちら で 取り調べ を し まして ね 、 整理 して から 連絡 しよう と 思 い まして 」 佳男 は 嫌な 予感 が した 。
例の 大学生 が 見つかった と いう こと は 、 やっと 佳乃 を 殺した 犯人 が 見つかった と いう こと な のに 、 目の前 の 刑事 から は その 興奮 が まったく 感じ取れ ない 。
ふと 背後 から の 視線 を 感じて 振り返る と 、 妻 の 里子 が 四 つ ん 這い で こちら に 顔 を 出し て いる 。
「 奥さん も おいで でした か ?
いや 、 実は です ね 、 その 大学生 の 話 と 現場 の 状況 から 判 断 する と 、 どうも 犯人 は 別に おる ような んです よ 。
その 大学生 が 三瀬 峠 まで 娘 さん を 連れてった の は 間違い ない らしい んです が ね 」 こちら が 口 を 挟め ない ように 、 刑事 が 早口 で 捲し立てる 。
気 が つく と 、 四 つ ん 這い で 居間 から 顔 を 出して いた 里子 が 、 いつの間にか 上がり 枢 に ちょこんと 正座 して いた 。
佳男 は 仕事 着 の 白衣 を 手 に 握りしめ 、「 ど 、 どういう こと で す か ?
その 大学生 が 犯人 じゃ なかって ?
」 と 刑事 に 尋ねた 。
「 詳しく 話して もらえ んです か !
」 今にも 刑事 の 胸ぐら を 掴み そうな 佳男 の 手 を 、 里子 が さっと 握る 。
「 いや 、 実は です ね 、 娘 さん は 確かに その 大学生 の 車 で 三瀬 峠 まで 行っと る んです よ 。
娘 さん が 暮らし とる 寮 の 近く の 公園 で ばったり 会う て 」 「 ばったりって 、 娘 は その 男 と 会う 約束 を し とった んでしょう が ?
」 「 いや 、 それ が 増尾 ……、 あ 、 その 大学生 です けど ね 、 そい つ の 話 に よる と 、 娘 さん は 他の 誰 か と 約束 し とって 、 彼 と は そこ で ぱったり 会う たらし い ん です よ 」 「 だ 、 誰 です か ?
その他 の 誰 かつ ちゅうと は 」 「 それ は 今 、 こちら で 探し とります 。
その 大学生 の 証言 で 、 間違い ない の が 一 人 浮か ん ふ 、 う ぼう ど ります 。
風貌 、 車種 」 「 で ?
佳乃 は 、 佳乃 は ど げん なった と か !
」 また 怒鳴り 出した 佳男 の 背中 を 、 里子 が 真剣な 目 で 刑事 を 見つめた まま 撫でる 。
「 三瀬 峠 まで ドライブ に 行って です ね 。
そこ で 口論 に なったら しかと です よ 。
それ で 男 の ほう が 娘 さん を です ね ……」 「 娘 を ?
」 訊 き 返した の は 佳男 で は なく 、 里子 だった 。
「 ええ 、 娘 さん を 車 から 無理やり 降ろした らしくて 」 「 誰 も おら ん 峠 に 、 なんで そげ ん ……」 泣き そうに なった 里子 の 肩 を 、 今度 は 佳男 が 撫でた 。
「 降ろす とき に ちょっと 操 め たらし い と です よ 。
娘 さん の 肩 を 押して 、 その とき に 首 を 。
・・・。
。」
お えつ 堪え 切れ ず に 里子 が 小さな 鳴 咽 を 上げる 。
「…… もちろん その 大学生 を 厳重に 調べました 。
男 の くせ に ギャーギャー 泣き出して か ら 、 ほん な こつ 情けないったら なか でした よ 。
ただ 、 決定 的に 違う と です よ 。
娘 さん の 首 に 残っとった 手 の 跡 が 、 その 大学生 の 手 より も 間違い なく 大きい と です ょ 。
それ こそ 子供 と 大人 の 手 ぐらい ……」 にら そこ で 言葉 を 切った 刑事 を 佳男 は 睨みつけた 。
「 で 、 娘 は 誰 と 待ち合わせ し とった と です か ?
隠さ ん で 言う て 下さい 。
その 出会い 系 つち やら で ….:」 言葉 に なら なかった 。
一 通り の 説明 を 終えた 刑事 を 送り出し 、 佳男 は 散髪 用 の 椅子 に 座り込んだ 。
上がり 権 に 正座 した 里子 は 、 両 拳 を 握りしめて 泣いて いる 。
娘 が 殺されて 泣き 、 犯人 が 捕まら ず に 泣き 、 今度 は その 犯人 が 無実 だ と 知ら されて 泣 いて いる 。
刑事 の 話 で は 、 佳乃 は 白い 車 に 乗った 金髪 の 男 と 東公園 で 待ち合わせ を して いた らし い 。
それなのに 会社 の 同僚 たち に は 、 増尾 と いう 大学生 と 会う と 嘘 を ついて 別れた とい う 。
その 上 、 待ち合わせ して いた に も かかわら ず 、 その 男 と は 二 、 三 言 、 話 を した だけ で 別れ 、 偶然 会った 増尾 の 車 に 乗った 。
間違い なく 自分 たち が 育てた 娘 な のに 、 その 夜 の 状況 を いくら 聞か されて も 、 まった 327 鋪 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ?
く 娘 の 顔 が 重なら ない 。
まるで 見 も 知ら ぬ 女性 が 佳乃 の ふり を して 、 そこ に いた ような 気 が して なら ない 。
三瀬 峠 に 着いた 二 人 は 車 内 で 口論 に なった と いう 。
どんな 口論 な の か 知ら ない が 、 そ いつ は 俺 の 娘 を 車 から 蹴り出した 。
あの 暗い 峠 の 旧道 に 、 俺 の 娘 を 蹴り出した 。
その あと 、 何 が 起こった の か まだ はっきり と は 分から ない と 刑事 は 言う 。
ただ 、 東 公 園 で 実際 に 待ち合わせて いた 男 が 、 何 か 知っている 可能 性 は 高い と 言う 。
ずっと 大学生 が 犯人 だ と 思って いた 。
もしも 見つかったら 、 この 手 で 殺して やる と 誓った こと も ある 。
別府 や 湯布院 で 手広く 観光 業 を やって いる と いう そ いつ の 両親 の 前 で 、 息子 を 殺して やろう と 誓い 、 やっと 眠れる 夜 も あった 。
気 が つけば 、 その 大学生 が 犯人 で あって くれ と 願う 自分 が いた 。
そう で なければ 、 娘 が 誰 か 見知らぬ 男 に 、 それ も いかがわしい 何 か で 知り合った 男 に 命 を 奪わ れた こと に な る 。
俺 の 娘 が テレビ や 雑誌 が 面白がって 書いて いる ような 、 そんな 女 である はず が ない 。
俺 の 娘 は たまたま 馬鹿な 大学生 と 付き合って 、 その 男 に 殺さ れた のだ 。
日頃 、 テレビ や むし ず 雑誌 で 見聞き する 、 虫 酸 の 走る ような 若い 娘 たち と 同じである はず が ない 。
なぜなら 佳 乃 は 、 この 俺 と 里子 が 大切に 大切に 育てた 娘 だ 。
こんなに 大切に 育てた 娘 が 、 テレビ や 雑誌 で バカに さ れる 、 あんな 女 たち の ように なる わけ が ない 。
佳男 は じっと 見つめて いた 正面 の 鏡 に 、 握りしめて いた 白衣 を 投げつけた 。
鏡 を 割る
悪人 下 (6)
あくにん|した
villain|
Evil Man (6)
惡棍第二部 (6)
寝室 の 明かり を 消す と 、 房枝 は いったん 布団 に 座り込み 、 音 を 立て ない ように 這って 窓際 に 寄った 。
しんしつ||あかり||けす||ふさえ|||ふとん||すわりこみ|おと||たて|||はって|まどぎわ||よった
bedroom||||||Fusae||for a moment|futon||sat||||||crawling|by the window||moved
震える 手 で カーテン を 少し だけ 開けて みる 。
ふるえる|て||かーてん||すこし||あけて|
shaking||||||||
窓 の 外 に は ブロック 塀 が あ り 、 何 ヵ 所 か ブロック が 抜けて いる 部分 から 、 細い 通り が 見える 。
まど||がい|||ぶろっく|へい||||なん||しょ||ぶろっく||ぬけて||ぶぶん||ほそい|とおり||みえる
|||||block|block wall||||||||||||||narrow|||
||||||block wall|||||||||||||||||
There is a block wall outside the window, and you can see a narrow street from the part where the block is missing in some places.
さっき まで 停 まって いた パトカー は ない 。
||てい|||ぱとかー||
|||||police car||
その代わり 、 黒 塗り の 車 が 一 台 あって 、 明かり の ついた 車 内 で 若 い 私服 の 刑事 が 誰 か と 携帯 で 話 を して いる 。
そのかわり|くろ|ぬり||くるま||ひと|だい||あかり|||くるま|うち||わか||しふく||けいじ||だれ|||けいたい||はなし|||
||painted|||||||||||||||plainclothes||||||||||||
一 時間 ほど 前 、 房枝 は 祐一 に 電話 を かけた 。
ひと|じかん||ぜん|ふさえ||ゆういち||でんわ||
||||Fusae||||||
目の前 に は 近所 の 駐在 さん の 他 に 、 私服 の 刑事 が 二 人 いた 。
めのまえ|||きんじょ||ちゅうざい|||た||しふく||けいじ||ふた|じん|
|||||police officer|||||||||||
|||||駐在所|||||||||||
正直 、 何もかも が 急な 話 で 、 言わ れる まま 祐一 に 電話 を する の が やっと だった 。
しょうじき|なにもかも||きゅうな|はなし||いわ|||ゆういち||でんわ||||||
honestly|||sudden||||||||||||||
||||||||||||||||やっとのこと|
かける 前 に 、 自分 たち の こと は 言う な 、 と 忠告 されて いた のに 、 つい 、 「 今 、 警察 の 人 が 来 と ん なっと さ 」 と 言って しまった 。
|ぜん||じぶん|||||いう|||ちゅうこく|さ れて||||いま|けいさつ||じん||らい|||な っと|||いって|
|||||||||||advice|||||||||||||don't||||
祐一 は その 一言 で 電話 を 切った 。
ゆういち|||いちげん||でんわ||きった
|||a word||||
何もかも が 、 あまりに やぶ から ぼう だった 。
なにもかも||||||
||too much|suddenly|||
|||やぶれた|||
犯人 だ と 思われて いた 福岡 の 大学生 が 、 実は 犯人 で は なかった 。
はんにん|||おもわ れて||ふくおか||だいがくせい||じつは|はんにん|||
なかった から と 言って 、 なんで 刑事 たち が ここ へ 来る の か 分 か 「 祐一 は 関係 なか です よ 」 房枝 が 何度 震える 声 で 話して も 、 刑事 たち は 「 とにかく 携帯 に かけて みて 下さい 」 と 譲ら なかった 。
|||いって||けいじ|||||くる|||ぶん||ゆういち||かんけい||||ふさえ||なんど|ふるえる|こえ||はなして||けいじ||||けいたい||||ください||ゆずら|
|||||||||||||||||||||Fusaeda||||||||||||||||||would not yield|
房枝 が 思わず 、 警察 が 来て いる こと を 告げた 瞬間 、 男 たち の 表情 が 怒り と 落胆 に 歪んだ 。
ふさえ||おもわず|けいさつ||きて||||つげた|しゅんかん|おとこ|||ひょうじょう||いかり||らくたん||ゆがんだ
Fusae|||police||||||informed|||||||anger||disappointment||twisted
||||||||||||||||||失望||歪んだ
The moment Fusae unintentionally announced that the police were coming, the men's facial expressions were distorted with anger and disappointment.
使え ない 婆さん だ と 思った のだろう が 、 その 表情 が 漢方 薬 を 無理やり 売りつけた 男 たち に そっくりだった 。
つかえ||ばあさん|||おもった||||ひょうじょう||かんぽう|くすり||むりやり|うりつけた|おとこ|||
||old woman|||||||||traditional Chinese medicine||||forced to sell||||
「 さっさと サイン しろ よ 」 と イライラ し ながら 詰 め 寄って きた 男 たち に 。
|さいん||||いらいら|||つ||よって||おとこ||
quickly||||||||press||||||
房枝 は 少し だけ 開けた カーテン から 指 を 離した 。
ふさえ||すこし||あけた|かーてん||ゆび||はなした
Kazue|||||||||
Fusae lifted her finger from the slightly opened curtain.
いつも は 波 の 音 しか 聞こえ ない この 界隈 に 、 土地 の 者 で は ない 男 たち が 何 人 も うろうろ して いる 雰囲気 は 、 窓 を 閉めて も 、 カーテン を 閉めて も 伝わって くる 。
||なみ||おと||きこえ|||かいわい||とち||もの||||おとこ|||なん|じん|||||ふんいき||まど||しめて||かーてん||しめて||つたわって|
|||||||||neighborhood||||||||||||||wandering around||||||||||||||
カーテン を 閉めて 、 壁 を 背 に しゃがみ込んだ 。
かーてん||しめて|かべ||せ||しゃがみこんだ
|||wall||back||crouched
自分 が ひどく 震えて いる の が 、 その 壁 から 伝わって くる 。
じぶん|||ふるえて|||||かべ||つたわって|
|||shaking|||||||conveyed|
じっと して いる と 、 震え が 増して 、 気 を 失い そうだった 。
||||ふるえ||まして|き||うしない|そう だった
motionless||||trembling||increased|||losing consciousness|
捕まった 福岡 の 大学生 は 、 祐一 の 女 友達 を 殺して いない らしい 。
つかまった|ふくおか||だいがくせい||ゆういち||おんな|ともだち||ころして||
大学生 が 彼女 を 峠 まで 連れて 行った の は 確かだ が 、 その先 の 話 が 食い違う と いう 。
だいがくせい||かのじょ||とうげ||つれて|おこなった|||たしかだ||そのさき||はなし||くいちがう||
||||||||||||||||to disagree||
||||||||||||||||食い違う||
彼女 を 自分 の 車 に 乗せる 前 、 彼女 は 東公園 と いう 場所 で 白い スカイライン に 乗った 別の 男 と 会って いた 。
かのじょ||じぶん||くるま||のせる|ぜん|かのじょ||ひがしこうえん|||ばしょ||しろい|すかいらいん||のった|べつの|おとこ||あって|
||||||||||East Park||||||skyline|||||||
その 男 が 、 祐一 に 似て いる らしい 。
|おとこ||ゆういち||にて||
房枝 は 這う ように 廊下 へ 出て 、 電話 の ある 台所 へ 向かった 。
ふさえ||はう||ろうか||でて|でんわ|||だいどころ||むかった
branch||crawled||hallway||||||||
手のひら に 床 の 冷た さ が 痛い 。
てのひら||とこ||つめた|||いたい
|||||||hurts
真っ暗な 台所 で 房枝 は 電話 を 棚 から 下ろして 抱え込んだ 。
まっくらな|だいどころ||ふさえ||でんわ||たな||おろして|かかえこんだ
pitch dark|||||||shelf|||held tightly
受話器 を 上げ 、 震える 指 で 憲夫 の 家 に 電話 を かけた 。
じゅわき||あげ|ふるえる|ゆび||のりお||いえ||でんわ||
||||||Nobuo||||||
かなり 長い 間 、 呼び出し 音 が 鳴った あと 、 眠 そうな 憲夫 の 声 が 聞こえる 。
|ながい|あいだ|よびだし|おと||なった||ねむ|そう な|のりお||こえ||きこえる
||||||||||けんお||||
「 もしもし ?
うち 、 房枝 。
|ふさえ
寝 とった ?
ね|
」 不機嫌 そうな 憲夫 に 、 房枝 は 早口 で そう 言った 。
ふきげん|そう な|のりお||ふさえ||はやくち|||いった
sullen|||||||||
相手 が 房枝 だ と 分かり 、 電話 の 向こう の 憲夫 の 声 が 緊張 し 、「 じいさん に なんか あった と ね ?
あいて||ふさえ|||わかり|でんわ||むこう||のりお||こえ||きんちょう|||||||
||branch|||||||||||||||||||
」 と 訊 いて くる 。
|じん||
「 いや 、 違う と ……」 と 房枝 は 言った 。
|ちがう|||ふさえ||いった
||||房枝||
ただ 、 その 次の 言葉 が 口 から 出て 来 ず 、 気 が つく と 、 畷 り 泣いて いた 。
||つぎの|ことば||くち||でて|らい||き||||なわて||ないて|
||||||||||||||sobbing|||
「 なん ね ?
どうした と ?
」 受話器 の 向こう から 憲夫 の 声 が する 。
じゅわき||むこう||のりお||こえ||
横 で 寝て いた 女房 も 起き 出した の か 、「…… 清 水 の ばあちゃん から けど 。
よこ||ねて||にょうぼう||おき|だした|||きよし|すい||||
||||wife|||||||||||
なんか 知ら ん 。
|しら|
…… いや 、 じいちゃん じゃ なかって 」 など と 説明 する 憲夫 の 声 が 聞こえる 。
|||なか って|||せつめい||のりお||こえ||きこえる
|||not at all|||||||||
「 祐一 が 、 帰って こ ん の や もん ね .:…」 は な 房枝 は 漢 を 畷 り ながら 、 それ だけ 言った 。
ゆういち||かえって|||||||||ふさえ||かん||なわて|||||いった
|||||||||||||man||field|||||
「 祐一 が ?
ゆういち|
帰って こ んって 、 どこ 行った と ?
かえって||ん って||おこなった|
」 「…… それ が 分から ん と 。
||わから||
なんか 知ら ん 、 警察 の 人 が 来て さ 」 「 警察 ?
|しら||けいさつ||じん||きて||けいさつ
事故 でも 起こした ね ?
じこ||おこした|
」 「 いや 、 違う と 。
|ちがう|
うち に もよう 分から ん ……」 「 よう 分から ん て ……」 「 電話 して 、 警察 の 来 とるって 教えたら 、 電話 切られて し も うて ..….。
|||わから|||わから|||でんわ||けいさつ||らい|とる って|おしえたら|でんわ|きら れて|||
||appearance|||||||||||||told|||||
なん も 関係 なか は ず と に 電話 ば 切る もん やけん ……」 涙声 で 続ける 房枝 の 話 を 訊 き ながら 、 憲夫 は 布団 から 這い 出て カーディガン を 羽織る 妻 実千代 に 目 を 向けて いた 。
||かんけい||||||でんわ||きる|||なみだごえ||つづける|ふさえ||はなし||じん|||のりお||ふとん||はい|でて|||はおる|つま|みちよ||め||むけて|
|||||||||||||tearful voice||||||||||||||crawled|crawled out|||putting on|wife|Michiyo|||||
|||||||||||||||||||||||||||||||着る|||||||
「 とにかく 、 すぐ そっち に 行く けん 。
||||いく|
電話 じゃ よう 分から ん 。
でんわ|||わから|
よ かね 、 そこ に おら ん ば よ ・ 車 で すぐに 行く けん 」 憲夫 は それ だけ 言う と 、 一方的に 電話 を 切り 、 心配 そうな 実千代 に 、「 祐一 が 、 なん か しでかした ご たる 」 と 眩 いた 。
||||||||くるま|||いく||のりお||||いう||いっぽうてきに|でんわ||きり|しんぱい|そう な|みちよ||ゆういち||||||||くら|
|||||||||||||||||||unilaterally||||||Michiyo||||||did something|||||
「 祐 ちゃん が 何 を ?
たすく|||なん|
Yuu||||
」 「 知ら ん 。
しら|
喧嘩 か 何 か やろ 。
けんか||なん||
fight||||
ばあさん が 泣き ながら 話す もん やけん 、 ょう 分から ん 」 憲夫 は 立ち上がって 蛍光 灯 を つけた 。
||なき||はなす||||わから||のりお||たちあがって|けいこう|とう||
壁 の 時計 は すでに 十一 時 半 を 回って いる 。
かべ||とけい|||じゅういち|じ|はん||まわって|
憲夫 は 乱れた 布団 の 上 で パジャマ を 脱ぎ捨てる と 、 枕元 に 畳んで 置かれて いる 作業 服 を 手 に 取った 。
のりお||みだれた|ふとん||うえ||ぱじゃま||ぬぎすてる||まくらもと||たたんで|おか れて||さぎょう|ふく||て||とった
||messed up|||||pajamas||took off||beside the pillow||folded||||||||
さっき まで ストーブ を つけて いた のに 、 アンダー シャツ だけ に なる と 身震い す る ほど 寒かった 。
||すとーぶ|||||あんだー|しゃつ|||||みぶるい||||さむかった
|||||||undershirt||||||shivering||||
|||||||アンダーシャツ||||||||||
「 なん の あった か 知ら ん けど 、 祐 ちゃん 、 殴ったり したら 駄目 よ !
||||しら|||たすく||なぐったり||だめ|
|||||||||hitting|||
あん 子 に は うち ら しか 頼れ ん の やけん 、 味方 に なって やら ん ば ……」 着替え を 手伝おう と する 実千代 に 言わ れ 、 憲夫 は 、「 分かつ とる !
|こ||||||たよれ||||みかた||||||きがえ||てつだおう|||みちよ||いわ||のりお||ぶんかつ|
|||||||rely||||ally||||||||help|||||||||understand|
」 と 怒鳴り 返した 。
|どなり|かえした
|yelled|
喧曄 か 、 交通 事故 か ?
けんよう||こうつう|じこ|
noisy||||
憲夫 は 上着 の ボタン も 止め ず に 飛び出した 。
のりお||うわぎ||ぼたん||とどめ|||とびだした
す 仕事 で 使って いる ワゴン 車 に 乗り込み 、 憲夫 は 祐一 の 家 へ 向かった 。
|しごと||つかって||わごん|くるま||のりこみ|のりお||ゆういち||いえ||むかった
||||||||got on|||||||
県道 は 空いて お り 、 海 沿い に 並んだ 信号 も 気持ち が いい ほど 青 が 並んで いる 。
けんどう||あいて|||うみ|ぞい||ならんだ|しんごう||きもち||||あお||ならんで|
prefectural road||||||along||lined up||||||||||
憲夫 は 胸騒ぎ が して いた 。
のりお||むなさわぎ|||
||uneasiness|||
||胸騒ぎ|||
入院 中 の じいさん が 死んだ わけで も ない のに 、 そんな 鈍い 興奮 が からだ を 包んで いる 。
にゅういん|なか||||しんだ||||||にぶい|こうふん||||つつんで|
|||||||||||dull|excitement||||wrapped|
喧嘩 に しろ 、 事故 に しろ 、 もしも 祐一 が 怪我 を して いる の なら 、 明日 は 仕事 を 休ま な ければ なら ない 。
けんか|||じこ||||ゆういち||けが||||||あした||しごと||やすま||||
fight|||||||||injury||||||||||||||
まだ 何 が どう なって いる の か 分から ない が 、 早い うち に 吉岡 か 倉 見 に 、 連絡 を 入れて おいた ほう が いい かも しれ ない 。
|なん|||||||わから|||はやい|||よしおか||くら|み||れんらく||いれて|||||||
|||||||||||||locative particle|Yoshioka||||||||||||||
明日 は 各自 で 現場 に 向かって もらい 、 作 業 の 指示 は 携帯 から 入れれば いい 。
あした||かくじ||げんば||むかって||さく|ぎょう||しじ||けいたい||いれれば|
||each person||site|||||||work instructions||||put|
明日 の 心配 を して いる うち に 、 車 は 祐一 が 暮らす 漁村 へ と 入って いた 。
あした||しんぱい||||||くるま||ゆういち||くらす|ぎょそん|||はいって|
||||||||||||living|fishing village||||
月 明かり を 浴 び た 港 内 は 凪ぎ 、 係留 さ れた 漁船 が 波 に 動く 気配 も ない 。
つき|あかり||よく|||こう|うち||なぎ|けいりゅう|||ぎょせん||なみ||うごく|けはい||
moon|||bathed||||||calm|moored|||fishing boat|||||||
月|||||||||静か|moored||||||||||
ただ 、 いつも は がらんと した 岸壁 に 、 見慣れ ぬ 車 が 三 、 四 台 停 まり 、 こんな 夜中 な のに 、 立ち話 を して いる 人影 が い くつ も ある 。
|||||がんぺき||みなれ||くるま||みっ|よっ|だい|てい|||よなか|||たちばなし||||ひとかげ|||||
|||empty||pier||not familiar|||||||||||||standing conversation||||shadow|||shoes||
憲夫 は スピード を 弛 め て 岸壁 へ 入った 。
のりお||すぴーど||ち|||がんぺき||はいった
||||loosened|||pier||
||||減速し|||||
車 の ライト が 漁船 を 照らし 、 岸壁 に 立って いる 制服 姿 の 警官 や 、 心配 して 出て きた らしい 住人 たち の 顔 が 浮かぶ 。
くるま||らいと||ぎょせん||てらし|がんぺき||たって||せいふく|すがた||けいかん||しんぱい||でて|||じゅうにん|||かお||うかぶ
||||fishing boat|||pier|||||uniform|||||||||residents|||||
車 を 停めて ライト を 消す と 、 岩場 の フナムシ の ように 住人 たち が 集まって くる 。
くるま||とめて|らいと||けす||いわば||ふなむし|||じゅうにん|||あつまって|
|||||||rocky place||woodlice|||||||
|||||||rocky area||フナムシ|||||||
憲夫 は 思わず ぞっと して 、 ドア を 開ける と 外 へ 飛び出した 。
のりお||おもわず|||どあ||あける||がい||とびだした
|||suddenly shivered||||||||
「 あら 、 憲夫 さん !
|のりお|
」 真っ先 に 声 を かけて きた の は 町内会 長 で 、「 なん ね ?
まっさき||こえ||||||ちょうないかい|ちょう|||
first||||||||neighborhood association||||
祐一 が なん した と ね ?
ゆういち|||||
」 と 寒 さ に 首 を 縮め ながら 寄って くる 。
|さむ|||くび||ちぢめ||よって|
|cold|||||shrinking|||
向こう で 誰 か が 、「 あり や 、 祐一 の おじ です もん ね 」 と 警官 に 説明 する と 説明 を 受けた 若い 警官 が 、 慌てて 駆け寄って きて 、「 あれ 、 今 、 お たく に 警官 が 向かいません でした か ?
むこう||だれ|||||ゆういち|||||||けいかん||せつめい|||せつめい||うけた|わかい|けいかん||あわてて|かけよって|||いま||||けいかん||むかい ませ ん||
||||||||||||||||||||||||||ran over|||||||||didn't come||
」 と 訊 いて くる 。
|じん||
憲夫 は 、「 いえ 」 と 首 を ふった 「 ばあさん から 電話 もろ うて 、 すぐ 出て きました けん 」 と 。
のりお||||くび|||||でんわ||||でて|き ました||
「 あら 、 そう です か 。
じゃ 、 行き違い やった と やる か ?
|ゆきちがい||||
|misunderstanding||||
」 「 うち なら 女房 が おります けど ..…・」 警官 は 遠く に 停めて ある パトカー に 向かって 、「 被疑者 の おじさん が ここ に 来 とりま すよ !
||にょうぼう||おり ます||けいかん||とおく||とめて||ぱとかー||むかって|ひぎしゃ||||||らい||
||||||||||||police car|||suspect||||||will come|for now|
」 と 怒鳴った 。
|どなった
パトカー の ドア が 開き 、 雑音 混じり の 無線 の 音 が すぐ そこ の 波 音 に 混じる 。
ぱとかー||どあ||あき|ざつおん|まじり||むせん||おと|||||なみ|おと||まじる
|||||noise|||radio||||||||||mixed
「 ちょっと 話 ば 訊 か せて もろう て も よか です か ?
|はなし||じん||||||||
祐一 くん 、 おたく で 働 い とる と でし よ ?
ゆういち||||はたら|||||
||your house||||||is|
||あなたの家|||||||
.」 気 が つく と 、 憲夫 は 刑事 と 住人 たち に 囲まれて いた 。
き||||のりお||けいじ||じゅうにん|||かこま れて|
|||||||||||surrounded by|
「 とにかく 、 ばあさん に 会う て から でよ か です か ?
|||あう||||||
」 翌朝 、 街道 沿い の コンビニ で 、 光代 は 三万 円 を 引き出した 。
よくあさ|かいどう|ぞい||こんびに||てるよ||さんまん|えん||ひきだした
the next morning||||||||thirty thousand|||
高校 卒業 から 十 年間 、 こ つ こつ と 貯 め た 多少 の 貯金 は ある のだ が 、 定期 に して いる ため 、 普通 預金 に は 当面 必要 な 額 しか 入って おら ず 、 三万 円 引き出す と 心細い 残金 に なる 。
こうこう|そつぎょう||じゅう|ねんかん|||||ちょ|||たしょう||ちょきん|||||ていき|||||ふつう|よきん|||とうめん|ひつよう||がく||はいって|||さんまん|えん|ひきだす||こころぼそい|ざんきん||
|||||||little by little||||||||||||fixed deposit||||||savings|||for the time being|||amount|||||||||feeling uneasy|remaining balance||
|||||この||||||||||||||定期預金|||||||||||||||||||||心細い|||
三万 円 を 財布 に 入れて 、 光代 は レジ で 温かい お茶 を 二 本 と おにぎり を 三 つ 買った 。
さんまん|えん||さいふ||いれて|てるよ||れじ||あたたかい|おちゃ||ふた|ほん||||みっ||かった
||||||||||warm||||||rice balls||||
支 払い を する 際 、 外 へ 目 を 向ける と 、 少し 離れた 場所 に 停められた 車 の 中 から 、 じっと こ ちら を 見つめて いる 祐一 が いた 。
し|はらい|||さい|がい||め||むける||すこし|はなれた|ばしょ||とめ られた|くるま||なか||||||みつめて||ゆういち||
コンビニ を 出て 、 光代 は 温かい お茶 を 両手 に 祐一 の 車 に 駆け寄った 。
こんびに||でて|てるよ||あたたかい|おちゃ||りょうて||ゆういち||くるま||かけよった
窓 を 開けた 祐一 に 二 本 の お茶 を 渡し 、 会社 に 連絡 を 入れよう と 携帯 を 取り出した 。
まど||あけた|ゆういち||ふた|ほん||おちゃ||わたし|かいしゃ||れんらく||いれよう||けいたい||とりだした
|||||||||||||contact||||||
おお しろ 電話 に 出た の は 店長 の 大城 だった 。
||でんわ||でた|||てんちょう||おおしろ|
|||||||||Oshiro|
てっきり 売り場 主任 の 水谷 和子 が 出る と 思って い た 光代 は 、 一瞬 焦り は した が 、 すぐに 、「 あの 、 すいません 、 馬 込 です けど 」 と わざと 暗い 声 を 出した 。
|うりば|しゅにん||みずたに|かずこ||でる||おもって|||てるよ||いっしゅん|あせり|||||||うま|こみ|||||くらい|こえ||だした
surely||section chief|||||||||||||panic|||||||||||||low|||
父親 の 具合 が 急に 悪く なって 、 申し訳ない のだ が 、 今日 は 仕事 を 休ま せて ほしい 。
ちちおや||ぐあい||きゅうに|わるく||もうしわけない|||きょう||しごと||やすま||
father||||||||||||||||
準 備 して いた 科白 を すら すら と 言い 終えた 。
じゅん|び|||せりふ|||||いい|おえた
preparation|preparation|||lines||||||
「 あ 、 そう 。
そりゃ 、 大変 や ねえ 」 きせん 憲夫 は 毅然と した 声 で 遮った ㈹
|たいへん||||のりお||きぜんと||こえ||さえぎった
||||certainly|||firmly||||interrupted
店長 の 素っ気ない 声 が 聞こえて くる 。
てんちょう||そっけない|こえ||きこえて|
||blunt||||
「…。
: いや あ 、 実は さ 、 この 前 面接 に 来た 女の子 、 結局 、 今日 の 午後 から 働いて もらう きり しま ことに なって 、 そいで カジュアルコーナー の 霧島 さん に スーッコーナー に 移って もら お うか と 思う とった と よ 」 休暇 願い の 電話 を かけた のに 、 店長 は 人事 の 話 を 始めた 。
||じつは|||ぜん|めんせつ||きた|おんなのこ|けっきょく|きょう||ごご||はたらいて|||||||||きりしま|||||うつって|||||おもう||||きゅうか|ねがい||でんわ||||てんちょう||じんじ||はなし||はじめた
||||||interview|||||today|||||||||||casual corner||Kirishima|||suit corner|||to work||||||||vacation|request||||||||personnel||||
「 でも あれ や ねえ 、 長引いたら 大変 や ねえ 。
||||ながびいたら|たいへん||
||||if it drags on|||
でも 店 の ほう も 歳末 バーゲン 時期 やし ….:。
|てん||||さいまつ|ばーげん|じき|
|||||year-end|bargain||
まあ 、 とにかく 状況 分かったら 連絡 入れて よ 」 店長 は それ だけ 言う と 電話 を 切った 。
||じょうきょう|わかったら|れんらく|いれて||てんちょう||||いう||でんわ||きった
||situation|if you understand||||||||||||
申し訳ない と 思い ながら かけた わりに 、 あまり に も 素っ気ない 店長 の 応対 に 、 正直 、 バカに さ れた ような 気分 だった 。
もうしわけない||おもい|||||||そっけない|てんちょう||おうたい||しょうじき|ばかに||||きぶん|
|||||||||cold|||||||||||
|||||||||冷たい|||||||||||
ほんの 数 分 、 外 に 立って いた だけ な のに 、 だだっ広い 駐車 場 を 吹き抜ける 寒風 で 、 指 先 が 冷たかった 。
|すう|ぶん|がい||たって|||||だだっぴろい|ちゅうしゃ|じょう||ふきぬける|かんぷう||ゆび|さき||つめたかった
||||||||||very wide||||blew through|cold wind|||||
助手 席 に 乗り込む と 、 すぐに 祐一 が 温かい お茶 を 渡して くれる 。
じょしゅ|せき||のりこむ|||ゆういち||あたたかい|おちゃ||わたして|
「 今日 、 仕事 休むって 電話 した 」 と 光代 は 微笑んだ 。
きょう|しごと|やすむ って|でんわ|||てるよ||ほおえんだ
||taking off||||||smiled
祐一 は ただ 、「 ごめん 」 と 謝った 。
ゆういち|||||あやまった
昨夜 、 アパート 前 を 走り出した 車 は バイパス を 抜け 、 ちょうど 高速 道路 に 沿う ように して 、 武雄 方面 へ 向かった 。
さくや|あぱーと|ぜん||はしりだした|くるま||ばいぱす||ぬけ||こうそく|どうろ||そう|||たけお|ほうめん||むかった
||||||||||just|||||||Takeo|direction||
真っ平らだった 道 が 、 徐々に 起伏 を 始め 、 山間 部 へ 入り込 む 辺り まで 来て も 、 祐一 は 一言 も 口 を 開か なかった 。
まっ たいらだった|どう||じょじょに|きふく||はじめ|さんかん|ぶ||はいりこ||あたり||きて||ゆういち||いちげん||くち||あか|
completely flat|||gradually|undulation|||mountain area||||||||||||||||
「 ねえ 、 どこ 行く と ?
||いく|
」 319 第 1 叫 章 彼 は 郡 に 出会った か ?
だい|さけ|しょう|かれ||ぐん||であった|
|||||county|||
走る こと すでに 十五 分 、 さすが に 気持ち も 落ち着いて きて 、 光代 は そう 尋ねた が 、 そ れ でも 祐一 は 答え ない 。
はしる|||じゅうご|ぶん|||きもち||おちついて||てるよ|||たずねた|||||ゆういち||こたえ|
「 この 車 、 奇麗に し とる ねえ 。
|くるま|きれいに|||
||beautifully|||
自分 で 掃除 する と やる ?
じぶん||そうじ|||
||cleaning|||
」 ちり 光代 は 沈黙 に 耐え 切れ ず 、 塵 一 つ ない ダッシュ ボード を 撫でた 。
|てるよ||ちんもく||たえ|きれ||ちり|ひと|||だっしゅ|ぼーど||なでた
dust|||silence|||||dust|||||||
||||||||||||ダッシュボード|||
暖房 で 暖まった ボー ド の 感触 が さっき 抱きしめて きた 祐一 の 体温 を 思い出さ せる 。
だんぼう||あたたまった||||かんしょく|||だきしめて||ゆういち||たいおん||おもいださ|
|||board|||texture|||hugged||||body temperature|||
「 休み の 日 と か 、 する こと な いけ ん :…・」 走り出して 二十 分 近く 、 やっと 口 を 開いた 祐一 の 言葉 が これ だった 。
やすみ||ひ||||||||はしりだして|にじゅう|ぶん|ちかく||くち||あいた|ゆういち||ことば|||
光代 は 思わず 吹 き 出した 。
てるよ||おもわず|ふ||だした
あんなに 乱暴に 自分 を 連れ出して きた くせ に 、 こんな こと に は 素直に 答えて くれる 。
|らんぼうに|じぶん||つれだして||||||||すなおに|こたえて|
that much||||took out||||||||honestly||
「 たまに 職場 の 先輩 の 旦那 さん の 車 で 送って もらう こと ある と やけど 、 そこ の 車 、 まる で ゴミ 箱 みたいに し とる と よ ・『 乗って 、 乗って 」って 言う と やけど 、「 どこ に 乗れば よ か と -?
|しょくば||せんぱい||だんな|||くるま||おくって||||||||くるま|||ごみ|はこ||||||のって|のって||いう|||||のれば|||
|workplace|||||||||||||||||||||||||||||||||||will I ride|||
』って 感じ 」 光代 は 自分 で 自分 の 話 に 笑った 。
|かんじ|てるよ||じぶん||じぶん||はなし||わらった
ただ 、 横 を 見て も 、 祐一 の 表情 に 変化 は ない 。
|よこ||みて||ゆういち||ひょうじょう||へんか||
祐一 が とつぜん 車 を 停めた の は 、 小さな 村落 を 過ぎた 辺り で 、 これ から いよいよ 暗い 山道 に 入る と いう 場所 だった 。
ゆういち|||くるま||とめた|||ちいさな|そんらく||すぎた|あたり|||||くらい|やまみち||はいる|||ばしょ|
|||||||||small village|||||||finally|dark|mountain road||||||
|||||||||village|||||||||||||||
スピード を 落とした 車 が 、 ゆっくり と 路肩 へ 寄る と 、 砂 利 を 踏む タイヤ の 音 が 聞こえる 。
すぴーど||おとした|くるま||||ろかた||よる||すな|り||ふむ|たいや||おと||きこえる
|||||||||approaches||gravel|gravel|||||||
一 カ所 だけ 途切れた ガード レール の 先 に は 、 小型 車 が 上って 行ける 程度 の 未 舗装 の 道 が 、 山中 へ 伸びて いる 。
ひと|かしょ||とぎれた|がーど|れーる||さき|||こがた|くるま||のぼって|いける|ていど||み|ほそう||どう||さんちゅう||のびて|
|||interrupted||||||||||||about||||||||||
|||broken||||||||||||||||||||||
祐一 は エンジン を かけた まま 、 ライト だけ を 消した 。
ゆういち||えんじん||||らいと|||けした
フロント ガラス の 先 に あった 世 界 が 、 その 瞬間 に 消えて なく なる 。
ふろんと|がらす||さき|||よ|かい|||しゅんかん||きえて||
見る 場所 を 失った 光代 は 祐一 の ほう へ 目 を 向けた 。
みる|ばしょ||うしなった|てるよ||ゆういち||||め||むけた
その 瞬間 、 祐一 の からだ が 覆いかぶさって くる 。
|しゅんかん|ゆういち||||おおいかぶさって|
||||||leaning over|
||||||覆いかぶさる|
「 ちよ 、 ちょっと ……」 サイド ブレーキ が 邪魔な の か 、 自分 の 手 の 置き場 を 捜す 祐一 の イライラ した 力 が 伝わって くる 。
||さいど|ぶれーき||じゃまな|||じぶん||て||おきば||さがす|ゆういち||いらいら||ちから||つたわって|
|||||in the way|||||||||searching for||||||||
シート を 倒さ れ 、 光代 は 思わず 開き そうに なった 脚 を 閉じた 。
しーと||たおさ||てるよ||おもわず|あき|そう に||あし||とじた
||collapsed||||||||legs||closed
覆いかぶさって きた 祐一 は 、 唇 から 顎 へ 、 そして 首筋 に 乱暴な キス を 続けた 。
おおいかぶさって||ゆういち||くちびる||あご|||くびすじ||らんぼうな|きす||つづけた
overlapping||||||jaw||||||||
妙に きっち り と 光代 の からだ は シート に 埋まり 、 まるで 縛られて いる ようだった 。
みょうに|き っち|||てるよ||||しーと||うずまり||しばら れて||
|exactly|||||||||buried||tied up||
|きっちり|||||||||||||
光代 は 窓 の 外 へ 目 を 向けた 。
てるよ||まど||がい||め||むけた
倒さ れた シート から 黒い 樹 々 の 向こう に 夜空 が 見えた 。
たおさ||しーと||くろい|き|||むこう||よぞら||みえた
||sheet||black|tree|||||||
星 の 多い 夜 だった 。
ほし||おおい|よ|
光代 は 乱暴に キス を 続ける 祐一 の 胸 を 、 ゆっくり と 押し戻した 。
てるよ||らんぼうに|きす||つづける|ゆういち||むね||||おしもどした
||||||||||||pushed back
それ でも 祐一 が 抱き しめて くる ので 、 その 胸 を トントン と 優しく 叩いた 。
||ゆういち||いだき|||||むね||とんとん||やさしく|たたいた
||||||||that|||gently tapped||gently|
一瞬 、 祐一 の 腕 から 力 が 抜ける 。
いっしゅん|ゆういち||うで||ちから||ぬける
「 どうした と ?
」 と 光代 は 訊 いた 。
|てるよ||じん|
自分 の 息 が そのまま 祐一 の 口 に 入る ほど の 距離 だった 。
じぶん||いき|||ゆういち||くち||はいる|||きょり|
|||||||||||||was
「 なん の あった と か 知ら ん けど 、 安心 して よか と よ 。
|||||しら|||あんしん||||
私 、 ずっと 祐一 の そば に おる け ん 」 準備 して いた 言葉 で は なかった のに 、 自分 でも 驚く ほど すら すら 出て きた 。
わたくし||ゆういち|||||||じゅんび|||ことば|||||じぶん||おどろく||||でて|
|||||||||||||||||||||smoothly|||
自分 の 言 葉 が 祐一 の 肌 に 染み込んで いく ようだった 。
じぶん||げん|は||ゆういち||はだ||しみこんで||
|||||||skin||soaked in||
街灯 も ない 山道 の 路肩 に 、 ぽつんと 停め ら れた 車 の 中 、 自分 の 言葉 と 祐一 の 肌 だけ しか 、 そこ に は なかった 。
がいとう|||やまみち||ろかた|||とめ|||くるま||なか|じぶん||ことば||ゆういち||はだ||||||
streetlight|||mountain road||roadside||lonely|||||||||||||||||||
「 もし 、 話し とう ない なら 、 話さ んで よ か 。
|はなし||||はなさ|||
話して くれる まで 、 私 、 待つ けん 」 光代 は ゆっくり と 祐一 の からだ を 押し戻した 。
はなして|||わたくし|まつ||てるよ||||ゆういち||||おしもどした
||||||||||||||pushed back
素直に からだ を 起こした 祐一 が 、「 ど う して よか か 、 分から ん やった ……」 と 眩 く ・ 「 あの まま 帰る つもり やった 。
すなおに|||おこした|ゆういち|||||||わから||||くら||||かえる||
honestly|||||||||||||||||||||
でも 、 ここ で 別れたら 、 もう 会え ん ような 気 が して 」 「 それ で 戻って きた と ?
|||わかれたら||あえ|||き|||||もどって||
|||if we part||||||||||||
」 「 一緒に おり たかった 。
いっしょに||
でも 一緒に おる に は どう すれば よか と か ……、 それ が 分から ん ように なって 」 シート を 起こした 光代 は 、 祐一 の 耳 に 触れた 。
|いっしょに|||||||||||わから||||しーと||おこした|てるよ||ゆういち||みみ||ふれた
||||||||||||||||||sat up|||||||touched
ずっと 暖かい 車 内 に いる のに 、 驚く ほ ど 冷たい 耳 だった 。
|あたたかい|くるま|うち||||おどろく|||つめたい|みみ|
「 あの まま 高速に 乗って 帰る はず や つた 。
||こうそくに|のって|かえる|||
けど 、 急に 昔 の こと 思い出して し も うて 」 「 昔 の こと ?
|きゅうに|むかし|||おもいだして||||むかし||
||old times|||||||||
」 「 子供 の ころ 、 おふくろ と 一緒に 親父 に 会い に 行った こと が あって ……、 その とき の こ と 」 無防備に 耳 を 触ら れ ながら 、 祐一 は そこ まで 言って 言葉 を 切った 。
こども|||||いっしょに|おやじ||あい||おこなった|||||||||むぼうびに|みみ||さわら|||ゆういち||||いって|ことば||きった
||||||father|||||||||||||defenselessly|||touched||||||||||
祐一 が 何 か 問題 を 抱えて いる の は 分かる 。
ゆういち||なん||もんだい||かかえて||||わかる
||||||holding||||
それ が 知り たくて たまらない 。
||しり||
でも 、 それ を 知る と 、 祐一 が 消 322 えて しまい そうな 気 も する 。
|||しる||ゆういち||け|||そう な|き||
|||||||might disappear||||||
光代 は 祐一 の 耳 を 撫で ながら 、「 一緒に おろう よ 」 と 言った 。
てるよ||ゆういち||みみ||なで||いっしょに||||いった
|||||||||let's降りる|||
一 台 の 車 が 横 を 走り抜ける 。
ひと|だい||くるま||よこ||はしりぬける
|||||side||
真っ暗だった フロント ガラス の 向こう の 世界 を 、 その 車 の ライト が 照らす 。
まっくらだった|ふろんと|がらす||むこう||せかい|||くるま||らいと||てらす
pitch black|||||||||||||
遠く まで 伸びる ガード レール が 眩 しい ほど 白く 輝いた 。
とおく||のびる|がーど|れーる||くら|||しろく|かがやいた
||||||dazzling||||
「 ねえ 、 今日 は どっか に 泊まって 、 明日 、 仕事 さ ぼって 二 人 で ドライブ せ ん ?
|きょう||ど っか||とまって|あした|しごと||ぼ って|ふた|じん||どらいぶ||
|||||||||skip work||||||
」 と 光代 は 言った 。
|てるよ||いった
「 だって 私 たち 、 まだ 呼子 の 灯台 も 行って ない と ょ 。
|わたくし|||よびこ||とうだい||おこなって|||
||||Yobuko|||||||
この前 は 、 ほら 、 結局 ずっと ホテル に おった し 」 ずっと 触れて いた 祐一 の 耳 が 、 ゆっくり と 熱 を 取り戻す 。
この まえ|||けっきょく||ほてる|||||ふれて||ゆういち||みみ||||ねつ||とりもどす
||||||||||touched||||||||heat||
◇ 理容 店 と 住居 を 仕切る 上がり 枢 に 座り込み 、 石橋 佳男 は 冬 Ⅱ を 浴びる 表通り を 見つめ て いた 。
りよう|てん||じゅうきょ||しきる|あがり|すう||すわりこみ|いしばし|よしお||ふゆ||あびる|おもてどおり||みつめ||
barber|||residence||partition||pivot|||Ishibashi|Yoshio Ishibashi|||||main street||||
|||||仕切る|上がり|上がり枢|||||||||main street||||
娘 の 葬儀 を 終えて もう 何 日 も 経つ と いう のに 、 まだ 一 度 も 店 を 開けて いない 。
むすめ||そうぎ||おえて||なん|ひ||たつ|||||ひと|たび||てん||あけて|
daughter||funeral||finished||||||||||||||||
いつまでも 悲しみ に 暮れて いたって 生きて いけ ない し 、 今 は 年の瀬 、 普段 なら かき入れ どき で も ある 。
|かなしみ||くれて||いきて||||いま||としのせ|ふだん||かきいれ||||
|||dwelling on||||||||year's end|||bustling season||||
|||||||||||年末|||稼ぎ入れ||||
しかし 、 こう やって いざ 店 を 開けよう と する と 、 と たんに から だ から 力 が 抜けて しまう 。
||||てん||あけよう|||||||||ちから||ぬけて|
開けた ところ で 、 客 は 来る のだろう か 。
あけた|||きゃく||くる||
来た ところ で 、 みんな 腫れ物 に 触る ように 話しかけて くる に 違いない 。
きた||||はれもの||さわる||はなしかけて|||ちがいない
||||sore spot|||||||
||||腫れ物|||||||
佳男 は もう 一 度 上がり 枢 から 立ち上がろう と 勢い を つけた 。
よしお|||ひと|たび|あがり|すう||たちあがろう||いきおい||
good man||||||pivot||||with force||
数 歩 前 へ 出て 、 あの 鍵 を 323 第 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ?
すう|ふ|ぜん||でて||かぎ||だい|よっ|しょう|かれ||だれ||であった|
||||||key||||||||||
開け 、 表 へ 出て 看板 の コンセント を 入れ さえ すれば 、 また いつも の 日常 が 始まる はずだ 。
あけ|ひょう||でて|かんばん||こんせんと||いれ||||||にちじょう||はじまる|
|surface|||||socket|||||||||||
だが 、 店 を 開けた ところ で 、 佳乃 が 戻って くる こと は ない 。
|てん||あけた|||よしの||もどって||||
再び 座り込んだ 佳男 が 、 じっと 足元 を 見つめて いる と 、 ガラス ドア を ノック する 音 が 聞こえた 。
ふたたび|すわりこんだ|よしお|||あしもと||みつめて|||がらす|どあ||||おと||きこえた
once again|||||||||||||||||
顔 を 上げれば 、 葬儀 に も 来て いた 地元 署 の 刑事 が ガラス に 顔 を 貼り つけて 、 中 を 覗き込んで いる 。
かお||あげれば|そうぎ|||きて||じもと|しょ||けいじ||がらす||かお||はり||なか||のぞきこんで|
||if raised|funeral|||||local|police||||||||stuck|||||
佳男 は 一 度 大きく ため息 を つき 、 重い 足取り で 刑事 の ため に ドア を 開けた 。
よしお||ひと|たび|おおきく|ためいき|||おもい|あしどり||けいじ||||どあ||あけた
||||||||heavy|heavy steps||||||||
「 すいません 、 朝 早う から 」 刑事 が 場違いな 大声 を 出す 。
|あさ|はやう||けいじ||ばちがいな|おおごえ||だす
||||||out of place|||
||||||場違いな|||
「 いえ 、 そろそろ 店 開けよう かち 思う とった とこ です けん 」 と 佳男 は 無愛想に 答えた 。
||てん|あけよう||おもう||||||よしお||ぶあいそうに|こたえた
||||I think|||||||||gruffly|
「 いや 、 実は です ね 、 もう 昨日 の ニュース で 聞か した かも しれ ん です けど 、 例の 大学生 が 見つかった と です よ 」 あまりに も 刑事 が さらっと 言う ので 、 佳男 は 思わず 、「 ああ 、 そう です か 」 と 答え そ うに なり 、 慌てて 、「 え ?
|じつは||||きのう||にゅーす||きか|||||||れいの|だいがくせい||みつかった||||||けいじ|||いう||よしお||おもわず||||||こたえ||||あわてて|
||||||||||||||||that certain|||||||||||casually||||||||||||||||
なん ち ?
」 と 声 を 荒らげた 。
|こえ||あららげた
|||raised
「 いや 、 ですから 、 例の 大学生 が 名古屋 で 見つかり まして :…・」 「 な 、 なんで すぐに 教え ん と か !
||れいの|だいがくせい||なごや||みつかり|||||おしえ|||
」 「 いや 、 夜中 に いろいろ こちら で 取り調べ を し まして ね 、 整理 して から 連絡 しよう と 思 い まして 」 佳男 は 嫌な 予感 が した 。
|よなか|||||とりしらべ|||||せいり|||れんらく|||おも|||よしお||いやな|よかん||
|midnight|||||interrogation|||||organization||||||||||||||
例の 大学生 が 見つかった と いう こと は 、 やっと 佳乃 を 殺した 犯人 が 見つかった と いう こと な のに 、 目の前 の 刑事 から は その 興奮 が まったく 感じ取れ ない 。
れいの|だいがくせい||みつかった||||||よしの||ころした|はんにん||みつかった||||||めのまえ||けいじ||||こうふん|||かんじとれ|
||||||||||||||||||||||||||excitement|||could not sense|
ふと 背後 から の 視線 を 感じて 振り返る と 、 妻 の 里子 が 四 つ ん 這い で こちら に 顔 を 出し て いる 。
|はいご|||しせん||かんじて|ふりかえる||つま||さとご||よっ|||はい||||かお||だし||
suddenly|behind||||||look back||||foster child|||||crawling||||||||
|||||||||||||四つ|||||||||||
「 奥さん も おいで でした か ?
おくさん||||
いや 、 実は です ね 、 その 大学生 の 話 と 現場 の 状況 から 判 断 する と 、 どうも 犯人 は 別に おる ような んです よ 。
|じつは||||だいがくせい||はなし||げんば||じょうきょう||はん|だん||||はんにん||べつに||||
|||||||||||||judgment|judgment||||||||||
その 大学生 が 三瀬 峠 まで 娘 さん を 連れてった の は 間違い ない らしい んです が ね 」 こちら が 口 を 挟め ない ように 、 刑事 が 早口 で 捲し立てる 。
|だいがくせい||みつせ|とうげ||むすめ|||つれて った|||まちがい||||||||くち||はさめ|||けいじ||はやくち||まくしたてる
||||||daughter|||took along|||||||||||||interject|||||fast speech||rapidly speaking
気 が つく と 、 四 つ ん 這い で 居間 から 顔 を 出して いた 里子 が 、 いつの間にか 上がり 枢 に ちょこんと 正座 して いた 。
き||||よっ|||はい||いま||かお||だして||さとご||いつのまにか|あがり|すう|||せいざ||
|||||||||living room||||||||||sitting||neatly|sitting upright||
佳男 は 仕事 着 の 白衣 を 手 に 握りしめ 、「 ど 、 どういう こと で す か ?
よしお||しごと|ちゃく||はくい||て||にぎりしめ||||||
|||work clothes||white coat||||clutching||||||
その 大学生 が 犯人 じゃ なかって ?
|だいがくせい||はんにん||なか って
」 と 刑事 に 尋ねた 。
|けいじ||たずねた
「 詳しく 話して もらえ んです か !
くわしく|はなして|||
」 今にも 刑事 の 胸ぐら を 掴み そうな 佳男 の 手 を 、 里子 が さっと 握る 。
いまにも|けいじ||むなぐら||つかみ|そう な|よしお||て||さとご|||にぎる
|||collar|||||||||||grasping
|||胸ぐら|||||||||||
「 いや 、 実は です ね 、 娘 さん は 確かに その 大学生 の 車 で 三瀬 峠 まで 行っと る んです よ 。
|じつは|||むすめ|||たしかに||だいがくせい||くるま||みつせ|とうげ||ぎょう っと|||
娘 さん が 暮らし とる 寮 の 近く の 公園 で ばったり 会う て 」 「 ばったりって 、 娘 は その 男 と 会う 約束 を し とった んでしょう が ?
むすめ|||くらし||りょう||ちかく||こうえん|||あう||ばったり って|むすめ|||おとこ||あう|やくそく|||||
|||living||||||||suddenly|||suddenly||||||||||||
」 「 いや 、 それ が 増尾 ……、 あ 、 その 大学生 です けど ね 、 そい つ の 話 に よる と 、 娘 さん は 他の 誰 か と 約束 し とって 、 彼 と は そこ で ぱったり 会う たらし い ん です よ 」 「 だ 、 誰 です か ?
|||ますお|||だいがくせい|||||||はなし||||むすめ|||たの|だれ|||やくそく|||かれ||||||あう|||||||だれ||
||||||||||||||||||||||||||||||||suddenly met||||||||||
その他 の 誰 かつ ちゅうと は 」 「 それ は 今 、 こちら で 探し とります 。
そのほか||だれ||||||いま|||さがし|とり ます
||||a little||||||||taking
その 大学生 の 証言 で 、 間違い ない の が 一 人 浮か ん ふ 、 う ぼう ど ります 。
|だいがくせい||しょうげん||まちがい||||ひと|じん|うか||||||り ます
|||testimony||||||||surfaced||||||exists
風貌 、 車種 」 「 で ?
ふうぼう|しゃしゅ|
appearance|car model|
佳乃 は 、 佳乃 は ど げん なった と か !
よしの||よしの||||||
|||||how|||
||||どんな||||
」 また 怒鳴り 出した 佳男 の 背中 を 、 里子 が 真剣な 目 で 刑事 を 見つめた まま 撫でる 。
|どなり|だした|よしお||せなか||さとご||しんけんな|め||けいじ||みつめた||なでる
|||||||||serious|||||||pet
「 三瀬 峠 まで ドライブ に 行って です ね 。
みつせ|とうげ||どらいぶ||おこなって||
そこ で 口論 に なったら しかと です よ 。
||こうろん|||||
||argument|||||
それ で 男 の ほう が 娘 さん を です ね ……」 「 娘 を ?
||おとこ||||むすめ|||||むすめ|
」 訊 き 返した の は 佳男 で は なく 、 里子 だった 。
じん||かえした|||よしお||||さとご|
「 ええ 、 娘 さん を 車 から 無理やり 降ろした らしくて 」 「 誰 も おら ん 峠 に 、 なんで そげ ん ……」 泣き そうに なった 里子 の 肩 を 、 今度 は 佳男 が 撫でた 。
|むすめ|||くるま||むりやり|おろした||だれ||||とうげ|||||なき|そう に||さとご||かた||こんど||よしお||なでた
「 降ろす とき に ちょっと 操 め たらし い と です よ 。
おろす||||みさお||||||
||||manipulated||||||
娘 さん の 肩 を 押して 、 その とき に 首 を 。
むすめ|||かた||おして||||くび|
|||shoulder|||||||
・・・。
。」
お えつ 堪え 切れ ず に 里子 が 小さな 鳴 咽 を 上げる 。
||こらえ|きれ|||さとご||ちいさな|な|むせ||あげる
|sobbing|couldn't bear|||||||to cry|sobbing||
|||||||||鳴き|||
「…… もちろん その 大学生 を 厳重に 調べました 。
||だいがくせい||げんじゅうに|しらべ ました
||||strictly|investigated
男 の くせ に ギャーギャー 泣き出して か ら 、 ほん な こつ 情けないったら なか でした よ 。
おとこ|||||なきだして||||||なさけない ったら|||
||||screaming|||||||pathetic|||
||||大声で||||||||||
ただ 、 決定 的に 違う と です よ 。
|けってい|てきに|ちがう|||
|decision|||||
娘 さん の 首 に 残っとった 手 の 跡 が 、 その 大学生 の 手 より も 間違い なく 大きい と です ょ 。
むすめ|||くび||ざん っと った|て||あと|||だいがくせい||て|||まちがい||おおきい|||
|||||remained||||||||||||||||
それ こそ 子供 と 大人 の 手 ぐらい ……」 にら そこ で 言葉 を 切った 刑事 を 佳男 は 睨みつけた 。
||こども||おとな||て|||||ことば||きった|けいじ||よしお||にらみつけた
||||||||glared at||||||||||glared at
「 で 、 娘 は 誰 と 待ち合わせ し とった と です か ?
|むすめ||だれ||まちあわせ|||||
隠さ ん で 言う て 下さい 。
かくさ|||いう||ください
don't hide|||||
その 出会い 系 つち やら で ….:」 言葉 に なら なかった 。
|であい|けい||||ことば|||
|||earth|and so on|||||
一 通り の 説明 を 終えた 刑事 を 送り出し 、 佳男 は 散髪 用 の 椅子 に 座り込んだ 。
ひと|とおり||せつめい||おえた|けいじ||おくりだし|よしお||さんぱつ|よう||いす||すわりこんだ
|one way|||||||sending off|||haircut|||chair||
上がり 権 に 正座 した 里子 は 、 両 拳 を 握りしめて 泣いて いる 。
あがり|けん||せいざ||さとご||りょう|けん||にぎりしめて|ないて|
|right||sitting formally|||||fists||||
娘 が 殺されて 泣き 、 犯人 が 捕まら ず に 泣き 、 今度 は その 犯人 が 無実 だ と 知ら されて 泣 いて いる 。
むすめ||ころさ れて|なき|はんにん||つかまら|||なき|こんど|||はんにん||むじつ|||しら|さ れて|なき||
|||||||||||||||innocence|||||||
|||||||||||||||無実だ|||||||
刑事 の 話 で は 、 佳乃 は 白い 車 に 乗った 金髪 の 男 と 東公園 で 待ち合わせ を して いた らし い 。
けいじ||はなし|||よしの||しろい|くるま||のった|きんぱつ||おとこ||ひがしこうえん||まちあわせ|||||
それなのに 会社 の 同僚 たち に は 、 増尾 と いう 大学生 と 会う と 嘘 を ついて 別れた とい う 。
|かいしゃ||どうりょう||||ますお|||だいがくせい||あう||うそ|||わかれた||
その 上 、 待ち合わせ して いた に も かかわら ず 、 その 男 と は 二 、 三 言 、 話 を した だけ で 別れ 、 偶然 会った 増尾 の 車 に 乗った 。
|うえ|まちあわせ||||||||おとこ|||ふた|みっ|げん|はなし|||||わかれ|ぐうぜん|あった|ますお||くるま||のった
||||||||||||||||||||||by chance||||||
間違い なく 自分 たち が 育てた 娘 な のに 、 その 夜 の 状況 を いくら 聞か されて も 、 まった 327 鋪 四 章 彼 は 誰 に 出会った か ?
まちがい||じぶん|||そだてた|むすめ||||よ||じょうきょう|||きか|さ れて|||ほ|よっ|しょう|かれ||だれ||であった|
|||||||||||||||||||store||||||||
く 娘 の 顔 が 重なら ない 。
|むすめ||かお||かさなら|
|||||overlaps|
まるで 見 も 知ら ぬ 女性 が 佳乃 の ふり を して 、 そこ に いた ような 気 が して なら ない 。
|み||しら||じょせい||よしの|||||||||き||||
三瀬 峠 に 着いた 二 人 は 車 内 で 口論 に なった と いう 。
みつせ|とうげ||ついた|ふた|じん||くるま|うち||こうろん||||
||||||||||argument||||
どんな 口論 な の か 知ら ない が 、 そ いつ は 俺 の 娘 を 車 から 蹴り出した 。
|こうろん||||しら||||||おれ||むすめ||くるま||けりだした
|||||||||||||||||kicked out
あの 暗い 峠 の 旧道 に 、 俺 の 娘 を 蹴り出した 。
|くらい|とうげ||きゅうどう||おれ||むすめ||けりだした
||||old road||||||
||||||||||kicked out
その あと 、 何 が 起こった の か まだ はっきり と は 分から ない と 刑事 は 言う 。
||なん||おこった|||||||わから|||けいじ||いう
ただ 、 東 公 園 で 実際 に 待ち合わせて いた 男 が 、 何 か 知っている 可能 性 は 高い と 言う 。
|ひがし|おおやけ|えん||じっさい||まちあわせて||おとこ||なん||しっている|かのう|せい||たかい||いう
ずっと 大学生 が 犯人 だ と 思って いた 。
|だいがくせい||はんにん|||おもって|
もしも 見つかったら 、 この 手 で 殺して やる と 誓った こと も ある 。
|みつかったら||て||ころして|||ちかった|||
||||||||swore|||
別府 や 湯布院 で 手広く 観光 業 を やって いる と いう そ いつ の 両親 の 前 で 、 息子 を 殺して やろう と 誓い 、 やっと 眠れる 夜 も あった 。
べっぷ||ゆふいん||てびろく|かんこう|ぎょう|||||||||りょうしん||ぜん||むすこ||ころして|||ちかい||ねむれる|よ||
Beppu||||widely||||||||||||||||||||oath|||||
気 が つけば 、 その 大学生 が 犯人 で あって くれ と 願う 自分 が いた 。
き||||だいがくせい||はんにん|||||ねがう|じぶん||
そう で なければ 、 娘 が 誰 か 見知らぬ 男 に 、 それ も いかがわしい 何 か で 知り合った 男 に 命 を 奪わ れた こと に な る 。
|||むすめ||だれ||みしらぬ|おとこ|||||なん|||しりあった|おとこ||いのち||うばわ|||||
||||||||||||suspicious|||||||||taken|||||
||||||||||||不審な||||||||||||||
俺 の 娘 が テレビ や 雑誌 が 面白がって 書いて いる ような 、 そんな 女 である はず が ない 。
おれ||むすめ||てれび||ざっし||おもしろがって|かいて||||おんな||||
俺 の 娘 は たまたま 馬鹿な 大学生 と 付き合って 、 その 男 に 殺さ れた のだ 。
おれ||むすめ|||ばかな|だいがくせい||つきあって||おとこ||ころさ||
|||||silly|||||||||
日頃 、 テレビ や むし ず 雑誌 で 見聞き する 、 虫 酸 の 走る ような 若い 娘 たち と 同じである はず が ない 。
ひごろ|てれび||||ざっし||みきき||ちゅう|さん||はしる||わかい|むすめ|||おなじである|||
usually|||||||see and hear||bug|||||young|||||||
普段|||むしろ||||見聞き||||||||||||||
なぜなら 佳 乃 は 、 この 俺 と 里子 が 大切に 大切に 育てた 娘 だ 。
|か|の|||おれ||さとご||たいせつに|たいせつに|そだてた|むすめ|
because|good||||||foster child||||||
こんなに 大切に 育てた 娘 が 、 テレビ や 雑誌 で バカに さ れる 、 あんな 女 たち の ように なる わけ が ない 。
|たいせつに|そだてた|むすめ||てれび||ざっし||ばかに||||おんな|||||||
佳男 は じっと 見つめて いた 正面 の 鏡 に 、 握りしめて いた 白衣 を 投げつけた 。
よしお|||みつめて||しょうめん||きよう||にぎりしめて||はくい||なげつけた
|||||front||||gripped||white coat||threw at
鏡 を 割る
きよう||わる
||break