三 姉妹 探偵 団 01 chapter 13 (1)
13 一 か 八 か の 勝負
珠美 は 、 左右 を 見回した 。
誰 も 見て い ない 。 よし 、 と ばかり に 、 ヒラリ と 身 を 躍ら せて 、 庭 の 中 へ 降り立った 。
安東 の 家 である 。
しばらく いた のだ から 、 どの 戸 の 鍵 が 馬鹿に なって いる か 、 知り尽くして いる 。 珠美 は 、 その 窓 の 戸 を そっと 引いた 。 ── 巧 く 開く 。
もちろん 、 安東 も 岐子 も い ない はずだ 。 計算 高い 珠美 が 、 これほど 思い切った こと を する のだ から 、 成算 も ある はずな のである 。
窓 から 忍び込む の は 、 予想 以上 に 大変であった 。
やっと の 思い で 、 入り込んだ 。 窓 を 閉めて しまえば 、 もう 大丈夫だ 。
「 さて 、 と ……」
安東 が 犯人 だ と して も 、 何ら 具体 的な 証拠 は ない 。 そう なる と 、 たとえ 警察 に 訴えて も 、 取り上げて は くれ ない だろう 。
何 か 動か ぬ 証拠 が 必要な のである 。
時間 は ある だろう が 、 そう のんびり して は い られ ない 。 安東 が 会う 相手 が 、 おそらく 綾子 である の は 、 珠美 も 、 想像 が ついて いた 。
しかし 、 どこ で 会う つもりな の か は 、 見当 が つか ない から 、 手 の 打ち よう も ない 。 それ に 、 会う と いって も 、 どこ か の 喫茶 店 で 会う だけ かも しれ ない のだ 。
別に そう 危険 は ある まい 。 むしろ 、 安東 が 帰って 来 ない の が 確実な のだ から 、 この 機会 を 活用 しよう 、 と 考えた のだった 。
もちろん 、 何 か 見付けたら 、 只 で は 済まさ ない つもりである 。
と いって 、 珠美 も プロ の 空 巣 と いう わけで は ない 。 どこ を 捜せば いい の か 、 はっきり と あて は ない のだ 。
まず タンス 。 珠美 は オーソドックスな スタート を 切った 。
「 や あ 、 君 か 」
と 、 植松 は 、 多少 、 照れくさ そうな 声 で 言った 。
「 こんな 所 で 、 何 して る んです か ? 「 見りゃ 分 る だろう が 」
「 でも …… 会社 は ? と 、 夕 里子 は 訊 いた 。
「 知ら ん の か ? 私 は クビ に なった 」
「 クビ ? 「 そう と も 、 課長 の 椅子 から 追わ れ 、 夫 の 座 から も 追わ れた 」
「 じゃ 、 奥さん と 別れた んです か ? 「 ああ 。 あんな 女 、 こっち が 捨てて やった んだ ! どうも 、 客観 的に は 逆の 印象 である 。
「 ふん 、 あいつ め 、 俺 に 、 就職 の 世話 を して やる 、 と ぬかし や がった ! 何 だ と 思う ? あの ビル の 管理人 だ ぞ 。 毎日 、 自分 の いた 会社 の 社員 に 見 られて 、 笑われる ため に 、 受付 に 座 っと る んだ ! ── 全く 、 人 を 馬鹿に しや が って ! なるほど 、 大した 奥さん だ 、 と 夕 里子 は 思った 。
「 それ で 、 ここ に ? 「 うん 。 ゆうべ 、 飲み すぎて 、 ここ で 眠 っち まったん だ 。 目 が 覚める と 、 上 に 毛布 が かけて ある 。 この 人 のだった よ 」
と 、 王様 を 指さす 。 「 それ で 、 すっかり 参っちゃ った の さ 。 人間 らしい 人間 の いる の は ここ しか ない ! そう 力強く 言って 、 植松 は 、 酒宴 の 中 に 加わった 。
夕 里子 が 、 複雑な 気持 で 見て いる と 、 王様 が やって 来て 、
「 大丈夫です よ 」
と 言った 。
「 え ? 「 あの 人 は 、 まだ 現実 の 欲望 に 未練 が ある 。 また 少し すれば 戻って 行き ます 」
「 どうして 私 の 考えて いる こと を ──」
王様 は にっこり 笑った 。
「 私 たち は 、 心 の 中 を 空 に して い ます から ね 。 他人 の 心 を よく 読める んです よ 」
夕 里子 は 、 分 った ような 、 分 ら ない ような 気分 で 、 肯 いた 。
そこ へ 、
「 王様 ! と 、 浮 浪 者 の 一 人 が 小走り に やって 来た 。
「 どうした ん だ ? 「 あの 三 人 を 見付け ました 」
「 三 人 ? ── ドクター を 傷つけた 三 人 か 」
「 そうです 」
「 どこ に いる ? 「 酔い潰れて る んです 、 上 の ゴミ 捨て場 で 」
王様 は 夕 里子 を 見た 。
「 一緒に 行き ます か ? 「 ええ 、 ぜひ ! 夕 里子 は 、 王様 と 一緒に 地下 街 を 通り 、 出口 の 一 つ から 、 地上 へ と 出た 。
「 あの ビル の 裏 です 」
案内 さ れて 、 出た の は 、 ゴミ の 袋 が 、 山 を なして 、 悪臭 の ひどい 路地 だった 。 夕 里子 が 思わず 鼻 を 手 で 押えた 。
「 待って いらっしゃい 」
と 、 王様 は 言った 。 「 今 、 ここ へ 連れて 来 ましょう 」
夕 里子 は 少し 後退 した 。 やはり 自分 は この 「 仲間 」 に は 入れ ない 、 と 思った 。
「 やめて くれ ! 「 勘弁 して ! と 、 悲鳴 が 聞こえて 、 十 人 近い 浮 浪 者 たち に 引きずら れる ように して 、 夕 里子 を 襲った 三 人 が 、 連れて 来 られた 。
「 この 男 たち です ね 」
と 王様 が 訊 く 。
「 はい 。 間違い あり ませ ん 」
三 人 は 、 地面 に 倒れた きり 、 起き上る 元気 も ない 様子 で 、 顔 だけ を 上げた 。
「 あ ── いけ ねえ 、 あの 娘 だ ! と 、 這って 逃げよう と する が 、 たちまち 引き戻さ れて しまう 。
「 訊 く こと が ある のだ 」
と 王様 は 言った 。 「 なぜ 、 この 娘 さん を 襲った ? 「 金 が …… 欲しかった んだ 」
と 一 人 が 、 弱々しい 声 で 答える 。
「 本当の こと を 言え ! 王様 の 言葉 は 、 あたかも 、 本物 の それ の ように 、 厳しく 響き渡った 。
「 言い ます よ 」
一 人 が 投げやりな 口調 で 、「 隠し とく ほど の 義理 も ねえ んだ から 」
「 何 を 隠す んだ ? 「 頼ま れた んです よ 。 金 を もらって 。 この 娘 の バッグ を かっぱ ら えと 」
「 ついでに 乱暴 して 来れば 、 一 人 一万 円 やる と 言わ れて ね 。 楽しんで 金 が 入る なら いい 話 だ と 思って ……」
「 頼んだ の は 、 誰 ? と 夕 里子 が 前 へ 出て 訊 いた 。
「 名前 は 知ら ねえ よ 」
一 人 が 、 ふてくされた ように 答える 。
「 どんな 男 ? 夕 里子 が 訊 く と 、 その 浮 浪 者 は 、 目 を パチクリ さ せた 。
「 男 じゃ ねえ よ 。 女 だった ぜ 」
割と 大変な の ね 、 空 巣 って の も 。
珠美 は 、 額 の 汗 を 拭った 。
何しろ 素人 の (? ) 空 巣 である 。 捜す 物 も はっきり し ない ので は 、 一向に はかどら ない の も 当然 。
しかし 、 引出し や 押入れ を 調べる こと 自体 は 、 そう 苦労で は なかった 。 あまり 感心 した こと で は ない が 、 覗き見 的 楽し さ も ある 。
しかし 、 総 て を 、 気付か れ ない ように 、 元通りに して おく 、 と いう の が 、 想像 も して い ない 大 仕事 であった 。
考えて みれば 、 空 巣 は 捜した 後 は そのまま めちゃくちゃで いい のだ から 、 楽である 。
「 いい なあ 、 空 巣 は 」
と 変な こと を 羨 し がり ながら 、 押入れ の 奥 を かき回して いる と ……。
「 あれ ? ふと 、 手 が 止まった 。 ── バッグ である 。 そう 変った バッグ で は ない 。 しかし 、 どうにも 場違いな 所 に 置いて あって 、 目 に ついた 。
しかも 、 布 を かけて 、 まるで 隠して ある ように 見えた のである 。
取り出して みて 、 珠美 は 、 しばらく それ を 眺めて いた 。
「 この バッグ …… 似て る なあ 」
と 呟く 。
珠美 は 、 割合い に バッグ に も うるさい 。
殺さ れた 片瀬 紀子 が 持って いた バッグ の 一 つ に 、 良く 似て いる のである 。
「 中 は 空か な 」
開けて みて 、 驚いた 。 あれこれ と 詰まって いる のだ 。 ハンカチ 、 化粧 品 、 タオル まで ある 。 手帳 が 出て 来た 。
開いて みる と 、 予定 欄 など に 書き込み が ある 。 ── おかしい 、 こんな 手帳 を 入れた バッグ が 、 なぜ 、 こんな 押入れ の 奥 に 入って いる の か ?
手帳 の 最後 の ページ を 見た 珠美 は 、 啞然 と した 。 名前 が 記して ある 。 住所 と 電話 も 。
「 片瀬 紀子 」 と 名 が ある のだ 。
これ は 、 殺さ れた 片瀬 紀子 が 奪わ れた バッグ な のだ ! つまり 、 殺した の は ……。
襖 が 、 ガラリ と 開いて 、 珠美 は 飛び上り そうに なった 。
「 何 を して る の ? 安東 岐子 が 、 立って いた 。
そして 、 バッグ に 気付く と 、 険しい 目 で 、 珠美 を 見据えた 。
これ は 、 正に 珠美 と して も 計算 外 の 出来事 である 。
お邪魔 して ます 、 と でも 言う のだろう か ?
しかし 、 どうも この 場面 に ふさわしい と は 思え なかった 。 やはり ここ は 他 に 手 が ない 。
逃げる んだ !
珠美 は 、 バッグ を 岐子 めがけて 投げつける と 、 玄関 へ 向 って 一目散に 突っ走る ── はずだった 。 しかし 、 計算 して い なかった の は 、 座り込んで 、 押入れ の 中 を かき回して いた ので 、 座り 慣れ ない 現代 っ子 、 足 が 痺れて いた こと だった 。
二 、 三 歩行 って よろける と 、 つまずいて 転んで しまった 。 とたん に 、 上 から 安東 岐子 が のしかかって 来る 。
「 見て しまった の ね ! どうして ── どうして ──」
安東 岐子 は 、 涙声 に なって いた 。 両手 が 、 珠美 の 首 に かかった 。 うつ伏せ に なった まま 、 珠美 は 身動き が 取れ ない 。
指 が 、 珠美 の 首 に 食い込んで 来た 。 珠美 は 声 を 出そう と した が 、 もう それ は 声 に なら なかった 。 指 は 、 更に 深く 、 食い入って 来た ……。
もう すぐ 二 時 だ 。
綾子 は 泣き たく なって 来た 。 もちろん 、 それ を 予期 して 一 時間 も 前 に 着く ように 、 早く 出て 来た のだ 。
いや 、 出て 来た と いえば 、 朝 から 表 に は 出て いる 。 十二 時 過ぎ に 安東 へ 電話 して 、 待ち合わせる 喫茶 店 の 場所 を 詳しく 教えて もらった 。
そこ なら 、 電話 した 場所 から 、 十五 分 も あれば 行け そうだった ので 、 綾子 も 安心 して いた のである 。 そして 、 それ でも 万一 を 考えて 早く そこ へ と 向 った 。
それでいて …… 綾子 は また 道 が 分 ら なく なって しまった のだ 。
綾子 は 立ち止まった 。 行く も なら ず 、 戻る も なら ず 、 と いう ところ である 。 行けば 行く ほど 、 目的 地 から 遠 去 かり そうで 、 戻れば 戻った で 、 絶対 に もと の 場所 に は 出 ない 性格 (? ) な のだ から 。
「 もう …… や ん なっちゃ う 」
本当に 泣き たい 気分 だった 。
誰 か に 道 を 訊 く と いった って ……。 誰 に 訊 け ば いい だろう ?
一 番 いい の は 交番 の お巡りさん だ 。 しかし 、 その 交番 が どこ に ある か 分 ら ない 。
通りがかり の 人 に 訊 く ほど の 度胸 が あれば いい のだ が 。
と いって 、 お巡りさん に 知り合い は ない し 。 知り合い ? ── そう いえば 国友 って 刑事 さん が いた 。
交番 の お巡りさん と 刑事 を 一緒に して いい か どう か 。 綾子 とて 、 ちょっと 考え ないで は なかった が 、 他 に 誰 も い ない 。
国友 の 電話 は 、 何 か の とき の ため に 、 と 夕 里子 から 教え られて 手帳 に 書いて あった 。
しかし 、 国友 に 電話 したら 、 安東 と 会う こと を 夕 里子 に 知ら れて しまう ので は ない か ? 何しろ 夕 里子 は 、 安東 が 犯人 じゃ ない か なんて 、 とんでもない こと を 考えて いる のだ 。
「 でも ── 大丈夫 か 」
何も 、 ホテル の 場所 を 訊 くわけ じゃ ない 。 待ち合わせ の 喫茶 店 の 場所 さえ 分 れば いい のだ 。 その先 、 どこ で 誰 と 会う か なんて 、 国友 に 分 る はず が ない で は ない か 。
赤 電話 は 見える 所 に あった 。 これ なら 綾子 も 迷わ ず に 辿りつける 。
決心 して 電話 を かける こと に した 。
「── 国友 です 」
「 あ 、 あの 、 綾子 です が 。 佐々 本 綾子 」
「 や あ 、 どうも 。 何 か 用 ? 「 あの 、 ちょっと 教えて いただき たい こと が あって ……」
「 何 だい ? 僕 で 分 る こと なら 」
「 あの …… 私 、 方向 音痴 で 道 に 迷っちゃ った んです 」
「 お やおや 」
と 国友 は 笑って 、「 どこ へ 行く の ? 綾子 は メモ に あった 喫茶 店 の 名前 を 言った 。
「 ああ 、 そこ なら 知って る 。 N ビル の 地下 じゃ ない の ? 「 そうです ! そこ です ! 綾子 は 嬉しくて 声 を 弾ま せた 。
「 で 、 今 、 どこ に いる の ? 綾子 は また 意気消沈 した 。
「 それ が 分 ら なく って ……」
「 そう か 。 迷った とき は そんな もん だ よ な 。 手近な ところ に 住所 の 表示 板 が ないかい ? 何 町 何の いく つ 、 って いう やつ が 」
キョロキョロ 見回した 。
「 あ 、 あり ます 。 ええ と 〈×× 町 3─5〉 って 書いて あり ます 」
「 OK 。 ちょっと 待って 」
しばらく 間 が あった 。 綾子 は 腕 時計 を 見た 。 もう 二 時 十分である 。 安東 は 苛々 し ながら 待って いる かも しれ ない 。
「── お 待た せ 。 分 った よ 。 君 の いる の は バス の 通り だ ね ? 「 ええ 、 広い 道 です 」
「 よし 。 その道 を ね 、 少し 坂 に なって る だ ろ ? 下って 行く んだ 。 そして 突き当ったら ……」
三 回 、 説明 を くり返して もらって 、 メモ を 取る と 、 やっと 綾子 に も 自信 が ついて 来た 。
「 どうも すみ ませ ん でした 」
「 いや 、 いい んだ 。 僕 も 割と 方向 感覚 の ない 方 で ね 。