三 姉妹 探偵 団 (2) Chapter 13 (1)
13 狙わ れた 小 犬
「 僕 は ハンバーグ に しよう 」
「 私 、 エビ フライ 」
「 私 、 オムレツ 」
「 私 、 サーロインステーキ 」
最後に 注文 した の は 、 もちろん 珠美 である 。
一 番 高い もの を 頼む 主義 な のだ 。
もちろん 、 他人 の 財布 で 払う とき に 限る けれど 。
ただ 、 この 場合 、 財布 の 持主 が 国友 だった ので 、 中身 の 方 は たかが 知れて いる ── と いって は 当人 に 申し訳ない 。
しかし 、 国友 と して は 、
「 何でも 好きな もの を 食べて くれよ 」
と 言った 手前 、 ギョッ と した 顔 も でき ない 。
それ でも 、 至って 平凡な ファミリー レストラン だ から 、 一 番 高い ステーキ と いって も 、 大した こと は ない 。
急いで 頭 の 中 で 計算 を して 、 ホッと した のだった 。
「 珠美 」
と 、 エビ フライ を 注文 した 夕 里子 が 言った 。
「 そんなに 高い もの 、 頼む もん じゃ ない わ よ 」
「 いや 、 大丈夫だ よ 、 それ くらい は 」
と 、 国友 は 平静 を 装って 、 笑った 。
「 明日 に なったら 、 もう 文化 祭 は 明日 な の ね 」
と 、 綾子 が 、 ややこしい こと を 言い出す 。
「 つまり 、 あさって 、 でしょ 」
珠美 が 、 メニュー を ウエイトレス に 返し ながら 、 言った 。
「 無事に 終って ほしい わ ね 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 もちろん 、 それ まで に 事件 が 解決 しちゃ う の が 、 理想 的だ けども 」
「 正直な ところ 、 むずかしい ね 」
と 、 国友 は 首 を 振った 。
「 事件 の 全体 像 さえ 、 よく つかめて い ない んだ から 」
「 でも 、 事件 と いえる の は 、 黒木 が 殺さ れた こと と 、 梨 山 教授 の 奥さん が 殺さ れた こと 。
その 二 つ でしょ ? 「 夕 里子 ったら 、 肝心の こと 、 忘れて る わ よ 」
「 何の こと ?
「 神 山田 タカシ が 、 三 年 前 に 茂子 さん に 乱暴 した こと !
綾子 は 、 珍しく 強い 口調 で 言った 。
「 私 は 、 それ が 一 番 許せ ない 。 人 の 弱 味 に つけ込む なんて 」
「 そもそも の 発端 が そこ に あった の は 、 事実 だ ね 」
と 国友 が 肯 く 。
「 問題 は 、 黒木 殺し と 、 その 三 年 前 の 一 件 が 、 果して 関連 して いる の か どう か 、 って こと だ 」
「 でも 偶然に して は ──」
「 いや 、 太田 と 石原 茂子 が 恋人 同士 に なって 、 太田 が あの 大学 で 働く ように なった の は 、 偶然 と は いえ ない 。
偶然 と いえば 、 文化 祭 で 神山 田 タカシ が 、 あの 大学 に やって 来た こと だけ だ 、 それ くらい の こと は 、 大いに あり 得る よ 」
「 でも 、 それ なら 、 なぜ 黒木 を 殺した の かしら ?
まず 神 山田 タカシ を 殺し そうな もの じゃ ない 」
「 一 番 の ワル は 、 最後に 取 っと くって こと も ある よ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 だって 、 三 年 前 の とき 、 黒木 も そこ に いた わけでしょ ? 「 そう ね 。
三 人 いたって こと だ から ──」
と 、 夕 里子 は 言い かけて 、「 そう だ わ !
」 と 、 声 を 上げた 。
「 どう した んだ ね ?
「 三 人 いた の よ 。
神山 田 タカシ と 、 黒木 と 、 もう 一 人 」
「 うん 、 そう だった な 」
「 もし 、 その もう 一 人 が 、 何 か 関 って る と したら ?
「 しかし 、 石原 茂子 は 憶 えて い ない 、 と 言って たな 」
「 茂子 さん が 憶 えて い なくて も 、 向 う が 憶 え てる かも しれ ない わ 」
「 そう だ な 。
なるほど ……」
国友 は 考え込んだ 。
「 よし 、 一 つ 、 神山 田 タカシ に 会って みよう 。 一緒に いた の が 誰 か 、 憶 え てる だろう 」
「 でも 、 黒木 が 殺さ れた の は 、 茂子 さん の こと と 、 無関係 かも しれ ない でしょう ?
と 、 珠美 が 言った 。
「 それ は そう よ 。
ともかく 、 黒木 の 奥さん は 神山 田 タカシ と 浮気 して た わけだ もの ね 」
「 しかし 、 黒木 が なぜ 、 大学 の 中 で ── 講堂 で 殺さ れた の か 、 疑問 だ な 」
と 、 国友 は 言った 。
「 単に 、 黒木 が 個人 的な 原因 で 殺さ れた の なら 、 何も 大学 の 中 である 必要 は ない わけだ ろ 」
「 でも 、 あの ハンマー を 落とす の は 、 特に 力 の ない 女性 だって 、 できた わ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 待って よ 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 あんな 講堂 の 天井 に 上って 、 物 を 落として 殺す なんて 、 大学 に 関係 の ない 人 に でき っこ ない わ 」
「 それ も そう ね 」
夕 里子 は 肯 いた 。
「 あんた 、 結構 いい こと 言う じゃ ない 」
「 いくら くれる ?
「 それ が なきゃ 、 いい 子 な んだ けど ね 」
「 無欲な 私 なんて 、 私 じゃ ない わ よ 」
と 、 珠美 は 言った 。
「── あ 、 スープ が 来た 」
カップ スープ が 運ば れて 来て 、 みんな 、 少し の 間 、 熱い スープ に 取り組み 、 静かに なって いた 。
「── つまり 」
と 、 国友 が 紙 ナプキン で 口 を 拭って 、 言った 。
「 犯人 は 大学 内部 の 人間 、 と いう こと だ 。 それでいて 黒木 を 殺す 動機 を 持って る と する と ……」
「 やっぱり 茂子 さん か 太田 さん って 線 が 濃厚 よ 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 では 、 爆弾 事件 は ?
「 何 だ っけ ?
── ああ 、 ドア が 壊れた とき ね 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 お 姉さん たら 、 自分 が 狙わ れた って いう のに 」
「 そんな の 、 分 ら ない じゃ ない 。
だって 、 私 が 狙わ れる 理由 が ない わ 」
夕 里子 は 、 何も 言わ ない こと に した 。
言って も むだだ から である 。
「 そう だ 、 あの こと 、 言う の 忘れて た 」
「 何 だい ?
「 梨 山 教授 の 部屋 に 行った とき 、 本棚 に 変な 本 を 見付けた の 」
「 変な 本 ?
「 そう 。
──『 火薬 の 話 』 って いう タイトル の ね 」
「 火薬 の 話 か 。
── そい つ は 面白い ね 。 梨 山 教授 に 当って みよう 」
と 、 国友 は 肯 いた 。
「 でも 、 梨 山 先生 が 爆弾 なんて 作る ?
と 、 綾子 は 言った 。
「 お 姉さん は 黙って なさい 」
夕 里子 に 言わ れて 、 綾子 は プーッ と ふくれて 、 スープ を 飲んだ 。
猫舌 な ので 、 熱い の は だめな のである 。
「 そうそう 、 もう 一 つ ある わ 」
と 、 夕 里子 が 言った 。
「 梨 山 教授 の 所 に 行った とき 、 誰 か が 凄い 勢い で 階段 を 駆け 降りて 来た の 」
「 ほう 」
「 もちろん 、 教授 の 部屋 から 来た と は 限ら ない けれど 、 でも 、 万が一 って こと も ある でしょう ?
「 どんな 奴 だった ?
「 コート を 着た 女 ── に 見えた わ 、 私 に は 」
「 顔 は ?
「 全然 分 ら なかった 。
コート の 女 、 って いう の も 、 あくまで 印象 な の 」
「 ふむ ……」
国友 は 肯 いて 、「 その とき 、 梨 山 教授 は 、 例の 大津 和子 を 膝 に のっけて た わけだ ね 」
「 そう 。
もし 誰 か が 、 教授 の 部屋 を 覗いて 、 あの 光景 に ショック を 受けた と したら ──」
「 逃げる ように 駆けて 行った の も 、 分 ら ない じゃ ない ね 」
「 でも 、 誰 が ?
夕 里子 は 首 を 振った 。
「 分 ら ない わ 。
水口 さん と か ……」
「 まさか 」
と 、 綾子 が 言った 。
「 それ なら 、 分 る んじゃ ない ? 「 あの 勢い で 走って 来たら 、 分 ら ない わ よ 」
「 それ は ともかく ──」
と 、 国友 が 言った 。
「 大津 和子 が 、 そこ から 絡んで 来る わけだ な 」
「 そう いえば 、 捜して た んでしょ ?
見付かった の ? と 、 珠美 が 言った 。
「 いや 、 住んで いる アパート に は 戻って い ない んだ 」
「 一 人 住い ?
「 二 人 だ 。
その 同室 の 女の子 の 話 じゃ 、 外泊 は 年中 って こと だった が ね 」
「 乱れて ん の ね 」
と 、 珠美 は 感心 した ように 言って 、「 あの 、 ホテル で 裸 を 見せて た 人 でしょ ?
「 珠美 !
と 、 綾子 が 頰 を 赤らめた 。
「 そんな 、 はしたない こと 言って ! 「 そんな 古い こと 言って 」
と 、 やり返す 。
「 よし なさい よ 」
と 、 夕 里子 が 渋い 顔 で 言った 。
「 ともかく 、 大津 和子 が 何 か を 知っている 可能 性 は ある わけだ 」
「 と いう こと は 、 危険 も ある って こと ね 」
「 夕 里子 ったら 、 もう 少し 、 いい こと を 考え られ ない の ?
綾子 は 、 いささか くたびれた 様子 で 、 言った 。
「── その後 は 、 例の 梨 山 夫人 の 殺害 事件 に なる わけだ 。 これ に も 太田 と 石原 茂子 が 関 って 来る 」
「 そう ね 。
ただ 、 事情 は 、 あくまで 茂子 さん 自身 の 話 で しか 知ら ない わけな の よ 」
夕 里子 は 、 やっと スープ カップ を 空 に した 。
「 茂子 さん は 噓 を つく 人 じゃ ない わ 」
と 、 綾子 が 主張 した 。
「 私 、 よく 分 って る んだ から ! 「 ともかく 、 梨 山 教授 の 夫人 が 殺さ れて 、 そこ に 茂子 さん が いた 。
それ だけ が 、 客観 的な 事実 よ 」
「 そして 、 太田 が 首 を 吊 った 」
「 そんな 人 じゃ ない わ 」
と 、 綾子 が 言った 。
「── 何 が ?
夕 里子 が 訊 く 。
「 え ?
「 そんな 人 じゃ ない って ……」
「 ああ 。
茂子 さん の こと 」
「 その 話 、 もう 済んだ の よ 」
「 いい でしょ 、 済んだ って 」
綾子 は 、 およそ 理論 的な 人間 で は ない のである 。
しかし 、 夕 里子 は 、 一瞬 ハッと した のだった 。
そんな 人 じゃ ない 、 か 。
── そう 。
太田 が 、 本当に 梨 山 夫人 を 殺した と して も 、 その 罪 を 茂子 に 着せて 逃げる と いう の は 、 どうも ピンと 来 ない 。
それ に 、 どうせ 首 を 吊る の なら 、 なぜ もっと 早く し なかった のだろう ?
綾子 が 、 茂子 から の 電話 で 大学 へ 出かけて 行って 、 中 へ 入り 、 学生 部 の 会議 室 で 死体 を 見付ける 。
そして 、 パトカー が 来て ……。
それ から 夕 里子 たち は 、 宿直 室 へ と 向 った のだった 。
つまり 、 ずいぶん 時間 が たって いる 。
そこ で 太田 が 首 を 吊 り 、 しかも 、 助かった と いう こと は ── もちろん その こと 自体 は 、 良かった のだ が ── 太田 は 発見 さ れる ように 、 首 を 吊 った の かも しれ ない 。
もちろん 、 それ に して は 、 命 を 危うく して いる のだ が ……。
もし ── 太田 が 自分 で 首 を 吊 った ので は なく 、 誰 か に 、 自殺 と 見せかけて 殺さ れ そうに なった のだ と したら ?
そして 、 危うく 命拾い を した 。
そう 考えた 方 が 、 筋 が 通る 。
いや 、 夕 里子 自身 、 太田 が 自殺 を 図った こと に 、 釈然と し ない もの を 、 感じて いた のだろう 。
だから 、 こんな こと を 考えついたり する のだ 。
「── どうかした の ?
と 、 珠美 が 言った 。
「 冷める わ よ 。 ご飯 が 」
「 え ?
── ああ 」
と 、 夕 里子 は 我 に 返って 言った 。
いつの間にか 、 エビ フライ が 来て いた のである 。
「── 梨 山 敏子 殺し は 、 果して 黒木 の 一 件 と 関係 が ある の か 。
それ も 大きな 問題 だ な 」
国友 は ハンバーグ に ナイフ を 入れた 。
「 二 つ を つないで いる の は 、 今 の ところ 、 やっぱり 石原 茂子 と 太田 さん ね 」
と 、 夕 里子 は 言った 。
「 そう な んだ 。
僕 も 、 あの 二 人 を 疑い たく は ない んだ けど 、 どうも 、 表 に 出て 来て しまう から ね 」
「 ジャーン !
ついに 登場 」
と 、 珠美 が 言った 。
「 珠美 、 ステーキ が 来た から って 、 そんなに 大げさに 騒が ないで よ 」
と 、 夕 里子 は 顔 を しかめた 。
「 失礼 ねえ 。
誰 が ステーキ の こと なんか 言った ? 「 じゃ 、 何 が 登場 な の ?
「 綾子 姉ちゃん 殺害 未遂 よ 。
決 って んじゃ ない の 」
「 何だか 、 期待 して る みたい ね 」
「 あ 、 すねて る 」
と 、 珠美 が からかう 。
「 すねて なんかいな いわ 」
と 、 綾子 は 憤然 と して 、「 あれ は 何 か の 間違い よ 」
「 は いはい 」
と 、 夕 里子 は 子供 を なだめる ように 、 言った 。
「 お 姉さん は オムレツ を 食べて れば いい の よ 」
「 離乳 食 ね 」
と 、 珠美 が 言う と 、 綾子 は ムッと した ような 顔 で 、 黙り 込んだ 。
もっとも 、 ここ から 先 、 四 人 と も 、 長い 沈黙 が 続いた 。
もちろん 、 食べる こと に 専念 して いた のである 。
「 いや 、 これ ぐらい 、 礼 を 言わ れる ほど の こと じゃ ない よ 」
レジ の 所 で 、 国友 は 、 支払い を し ながら 、 次の 給料 まで 、 一 日 いくら で やっていけば いい の か な 、 と 考えて いた 。
店 を 出る と 、 そこ は 駐車 場 に なって いる 。
ほとんど が マイカー 族 な ので 、 駐車 場 も 、 かなり スペース が 広い 。
夜 、 少し 遅 目 だった が 、 駐車 場 も 店 も 、 ほぼ 一杯に 埋って いた 。
綾子 は 一 番 先 に 店 を 出た 。
外 の 冷たい 空気 に も 当り たかった のである 。
ともかく 、 店 の 中 は ひどく 暑かった から ……。
夕 里子 は 、 支払い を する 国友 の そば に いる し 、 珠美 は 、 コーヒー が タダ に なる と いう 券 を 、 一 枚 でも 余計に もらおう と 頑張って いる 。
綾子 は 、 ちょっと 息 を ついた 。