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人間失格, 人間失格 4/15

人間 失格 4/15

竹一 は 、 また 、 自分 に もう 一 つ 、 重大な 贈り物 を して いました 。 「 お化け の 絵 だ よ 」 いつか 竹一 が 、 自分 の 二 階 へ 遊び に 来た 時 、 ご 持参 の 、 一 枚 の 原色 版 の 口絵 を 得意 そうに 自分 に 見せて 、 そう 説明 しました 。 おや ? と 思いました 。 その 瞬間 、 自分 の 落ち 行く 道 が 決定 せられた ように 、 後年 に 到って 、 そんな 気 が して なりません 。 自分 は 、 知っていました 。 それ は 、 ゴッホ の 例 の 自画 像 に 過ぎ ない の を 知っていました 。 自分 たち の 少年 の 頃 に は 、 日本 で は フランス の 所 謂 印象 派 の 画 が 大 流行 して いて 、 洋画 鑑賞 の 第 一 歩 を 、 た いて い この あたり から はじめた もの で 、 ゴッホ 、 ゴーギャン 、 セザンヌ 、 ルナアル など と いう ひと の 絵 は 、 田舎 の 中学生 でも 、たいてい その 写真 版 を 見て 知って いた のでした 。 自分 など も 、 ゴッホ の 原色 版 を かなり たくさん 見て 、 タッチ の 面白 さ 、 色彩 の 鮮やか さ に 興 趣 を 覚えて は いた のです が 、 しかし 、 お化け の 絵 、 だ と は 、 いち ども 考えた 事 が 無かった のでした 。 「 では 、 こんな の は 、 どう かしら 。 やっぱり 、 お化け かしら 」 自分 は 本棚 から 、 モジリアニ の 画集 を 出し 、 焼けた 赤銅 の ような 肌 の 、 れいの 裸婦 の 像 を 竹一 に 見せました 。 「 すげ え なあ 」 竹一 は 眼 を 丸く して 感嘆 しました 。 「 地獄 の 馬 みたい 」 「 やっぱり 、 お 化け かね 」 「 おれ も 、 こんな お化け の 絵 が かきたい よ 」 あまりに 人間 を 恐怖 して いる 人 たち は 、 かえって 、 もっと もっと 、 おそろしい 妖怪 ( ようかい ) を 確実に この 眼 で 見たい と 願望 する に 到 る 心理 、 神経質な 、 もの に おびえ 易い 人 ほど 、 暴風 雨 の 更に 強から ん 事 を 祈る 心理 、 ああ 、 この 一群 の 画家 たち は 、 人間 と いう 化け物 に 傷 ( いた ) め つけられ 、 おびやかさ れた 揚句 の 果 、 ついに 幻影 を 信じ 、 白昼 の 自然の 中 に 、 ありあり と 妖怪 を 見た のだ 、 しかも 彼等 は 、 それ を 道化 など で ごまかさ ず 、 見えた まま の 表現 に 努力 した のだ 、 竹一 の 言う ように 、 敢然と 「 お化け の 絵 」 を かいて しまった のだ 、 ここ に 将来 の 自分 の 、 仲間 が いる 、 と 自分 は 、 涙 が 出た ほど に 興 奮 し 、 「 僕 も 画 く よ 。 お化け の 絵 を 画 く よ 。 地獄 の 馬 を 、 画 く よ 」 と 、 なぜ だ か 、 ひどく 声 を ひそめて 、 竹一 に 言った のでした 。 自分 は 、 小学校 の 頃 から 、 絵 は かく の も 、 見る の も 好きでした 。 けれども 、 自分 の かいた 絵 は 、 自分 の 綴り 方 ほど に は 、 周囲 の 評判 が 、 よく ありません でし た 。 自分 は 、 どだい 人間 の 言葉 を 一向に 信用 して いません でした ので 、 綴り 方 など は 、 自分 に とって 、 ただ お 道化 の 御挨拶 みたいな もの で 、 小学校 、 中学校 、 と 続いて 先生 たち を 狂喜 さ せて 来ました が 、 しかし 、 自分 で は 、 さっぱり 面白く なく 、 絵 だけ は 、( 漫画 など は 別です けれども ) その 対象 の 表現 に 、 幼い 我流 なが ら 、 多少 の 苦心 を 払って いました 。 学校 の 図画 の お 手本 は つまらない し 、 先生 の 絵 は 下手くそだ し 、 自分 は 、 全く 出 鱈 目 に さまざまの 表現 法 を 自分 で 工夫 して 試 み なければ なら ない のでした 。 中学校 へ は いって 、 自分 は 油絵 の 道具 も 一 揃 ( そろ ) い 持って いました が 、 しかし 、 その タッチ の 手本 を 、 印象 派 の 画風 に 求めて も 、 自分 の 画 いた もの は 、 まるで 千代紙 細工 の ように のっぺり して 、 もの に なり そう も ありません でした 。 けれども 自分 は 、 竹一 の 言葉 に 依って 、 自分 の それ まで の 絵画 に 対する 心構え が 、 まるで 間違って いた 事 に 気 が 附 きました 。 美しい と 感じた もの を 、 そのまま 美しく 表現 しよう と 努力 する 甘 さ 、 おろか し さ 。 マイスター たち は 、 何でも無い もの を 、 主観 に 依って 美しく 創造 し 、 或いは 醜い もの に 嘔吐 ( おうと ) を もよおし ながら も 、 それ に 対する 興味 を 隠さ ず 、 表現 の よろこび に ひたって いる 、 つまり 、 人 の 思惑 に 少しも たよって いない らしい と いう 、 画法 の プリミチヴ な 虎の巻 を 、 竹一 から 、 さずけられて 、 れいの 女 の 来客 たち に は 隠して 、 少しずつ 、 自画 像 の 制作 に 取りかかって みました 。 自分 でも 、 ぎょっと した ほど 、 陰惨な 絵 が 出来上りました 。 しかし 、 これ こそ 胸 底 に ひた隠し に 隠して いる 自分 の 正体 な のだ 、 おもて は 陽気に 笑い 、 また 人 を 笑わ せて いる けれども 、 実は 、 こんな 陰 鬱 な 心 を 自分 は 持って いる のだ 、 仕方 が 無い 、 と ひそかに 肯定 し 、 けれども その 絵 は 、 竹一 以外 の 人 に は 、 さすが に 誰 に も 見せません でした 。 自分 の お 道化 の 底 の 陰惨 を 見破ら れ 、 急に ケチ くさく 警戒 せられる の も いやでした し 、 また 、 これ を 自分 の 正体 と も 気づか ず 、 やっぱり 新 趣向 の お 道化 と 見なさ れ 、 大笑い の 種 に せら れる かも 知れ ぬ と いう 懸念 も あり 、 それ は 何より も つらい 事 でした ので 、 その 絵 は すぐに 押入れ の 奥深く し まい込みました 。 また 、 学校 の 図画 の 時間 に も 、 自分 は あの 「 お化け 式 手法 」 は 秘めて 、 いま まで どおり の 美しい もの を 美しく 画 く 式 の 凡庸 な タッチ で 画 いて いました 。 自分 は 竹一 に だけ は 、 前 から 自分 の 傷 み易い 神経 を 平気で 見せて いました し 、 こんど の 自画 像 も 安心 して 竹一 に 見せ 、たいへん ほめられ 、 さらに 二 枚 三 枚 と 、 お化け の 絵 を 画 き つづけ 、 竹一 から もう 一 つ の 、 「 お前 は 、 偉い 絵画 き に なる 」 と いう 予言 を 得た のでした 。 惚れられる と いう 予言 と 、 偉い 絵画 き に なる と いう 予言 と 、 この 二 つ の 予言 を 馬鹿 の 竹一 に 依って 額 に 刻印 せられて 、 やがて 、 自分 は 東京 へ 出て 来ました 。 自分 は 、 美術 学校 に はいり たかった のです が 、 父 は 、 前 から 自分 を 高等 学校 に いれて 、 末 は 官吏 に する つもりで 、 自分 に も それ を 言い渡して あった ので 、 口 応 え 一 つ 出来 ない たち の 自分 は 、 ぼんやり それ に 従った のでした 。 四 年 から 受けて 見よ 、 と 言わ れた ので 、 自分 も 桜 と 海 の 中学 は もう いい加減 あきて いました し 、 五 年 に 進級 せ ず 、 四 年 修了 の まま で 、 東京 の 高等 学校 に 受験 して 合格 し 、 すぐに 寮生 活 に はいりました が 、 その 不潔 と 粗暴に 辟易 ( へきえき ) し て 、 道化 どころ で は なく 、 医師 に 肺 浸 潤 の 診断 書 を 書いて もらい 、 寮 から 出て 、 上野 桜木 町 の 父 の 別荘 に 移りました 。 自分 に は 、 団体 生活 と いう もの が 、 どう し て も 出来ません 。 それ に また 、 青春 の 感激 だ と か 、 若人 の 誇り だ と か いう 言葉 は 、 聞いて 寒気 が して 来て 、 とても 、 あの 、 ハイスクール ・ スピリット と か いう も の に は 、 ついて行け なかった のです 。 教室 も 寮 も 、 ゆがめられた 性 慾 の 、 はきだめ みたいな 気 さえ して 、 自分 の 完璧 ( かんぺき ) に 近い お 道化 も 、 そこ で は 何の 役 に も 立ちません でした 。 父 は 議会 の 無い 時 は 、 月 に 一 週間 か 二 週間 しか その 家 に 滞在 して いません でした ので 、 父 の 留守 の 時 は 、 かなり 広い その 家 に 、 別荘 番 の 老 夫婦 と 自分 と 三 人 だけ で 、 自分 は 、 ちょいちょい 学校 を 休んで 、 さりとて 東京 見物 など を する 気 も 起ら ず ( 自分 は とうとう 、 明治 神宮 も 、 楠 正成 ( くす のき ま さし げ ) の 銅像 も 、 泉 岳 寺 の 四十七 士 の 墓 も 見 ず に 終り そうです ) 家 で 一 日 中 、 本 を 読んだり 、 絵 を かいたり して いました 。 父 が 上京 して 来る と 、 自分 は 、 毎朝 そそくさ と 登校 する のでした が 、 しかし 、 本郷 千駄木 町 の 洋画 家 、 安田 新太郎 氏 の 画 塾 に 行き 、 三 時間 も 四 時間 も 、 デッサン の 練習 を して いる 事 も あった のです 。 高等 学校 の 寮 から 脱 けた ら 、 学校 の 授業 に 出て も 、 自分 は まるで 聴講 生 みたいな 特別の 位置 に いる ような 、 それ は 自分 の ひがみ かも 知れ なかった のです が 、 何とも 自分 自 身 で 白々しい 気持 が して 来て 、 いっそう 学校 へ 行く の が 、 おっくうに なった のでした 。 自分 に は 、 小学校 、 中学校 、 高等 学校 を 通じて 、 ついに 愛 校 心 と いう もの が 理解 でき ず に 終りました 。 校歌 など と いう もの も 、 いち ども 覚えよう と した 事 が ありません 。 自分 は 、 やがて 画 塾 で 、 或る 画 学生 から 、 酒 と 煙草 と 淫売 婦 ( いん ば いふ ) と 質屋 と 左翼 思想 と を 知ら さ れました 。 妙な 取合 せ でした が 、 しかし 、 それ は 事実 でした 。 その 画 学生 は 、 堀木 正雄 と いって 、 東京 の 下町 に 生れ 、 自分 より 六 つ 年 長者 で 、 私立 の 美術 学校 を 卒業 して 、 家 に アトリエ が 無い ので 、 この 画 塾 に 通い 、 洋画 の 勉強 を つづけて いる のだ そうです 。 「 五 円 、 貸して くれ ない か 」 お互い ただ 顔 を 見 知っている だけ で 、 それ まで 一言 も 話 合った 事 が 無かった のです 。 自分 は 、 へ ど もどして 五 円 差し出しました 。 「 よし 、 飲もう 。 おれ が 、 お前 に おごる んだ 。 よか チゴ じゃ のう 」 自分 は 拒否 し 切れ ず 、 その 画 塾 の 近く の 、 蓬莱 ( ほうらい ) 町 の カフエ に 引っぱって 行か れた の が 、 彼 と の 交友 の はじまり でした 。 「 前 から 、 お前 に 眼 を つけて いた んだ 。 それ それ 、 その はにかむ ような 微笑 、 それ が 見込み の ある 芸術 家 特有の 表情 な んだ 。 お 近づき の しるし に 、 乾杯 ! キヌ さん 、 こいつ は 美男 子 だろう ? 惚れちゃ いけない ぜ 。 こいつ が 塾 へ 来た おかげ で 、 残念 ながら おれ は 、 第 二 番 の 美男 子 と いう 事 に なった 」 堀木 は 、 色 が 浅黒く 端正な 顔 を して いて 、 画 学生 に は 珍 らしく 、 ちゃんと した 脊広 ( せびろ ) を 着て 、 ネクタイ の 好み も 地味で 、 そうして 頭髪 も ポマード を つけて まん 中 から ぺったり と わけて いました 。 自分 は 馴 れ ぬ 場所 で も あり 、 ただ もう おそろしく 、 腕 を 組んだり ほどいたり して 、 それ こそ 、 はにかむ ような 微笑 ばかり して いました が 、 ビイル を 二 、 三 杯 飲んで いる うち に 、 妙に 解放 せられた ような 軽 さ を 感じて 来た のです 。 「 僕 は 、 美術 学校 に はいろう と 思って いた んです けど 、……」 「 いや 、 つまら ん 。 あんな ところ は 、 つまら ん 。 学校 は 、 つまら ん 。 われら の 教師 は 、 自然の 中 に あり ! 自然に 対する パアトス ! 」 しか し 、 自分 は 、 彼 の 言う 事 に 一向に 敬意 を 感じません でした 。 馬鹿な ひと だ 、 絵 も 下手に ちがいない 、 しかし 、 遊ぶ の に は 、 いい 相手 かも 知れ ない と 考え ま した 。 つまり 、 自分 は その 時 、 生れて はじめて 、 ほんもの の 都会 の 与 太 者 を 見た のでした 。 それ は 、 自分 と 形 は 違って いて も 、 やはり 、 この世 の 人間 の 営み から 完全に 遊離 して しまって 、 戸 迷い して いる 点 に 於 いて だけ は 、 たしかに 同類 な のでした 。 そうして 、 彼 は その お 道化 を 意識 せ ず に 行い 、 しかも 、 その お 道化 の 悲 惨 に 全く 気 が ついて いない の が 、 自分 と 本質 的に 異色 の ところ でした 。 ただ 遊ぶ だけ だ 、 遊び の 相手 と して 附 合って いる だけ だ 、 と つねに 彼 を 軽蔑 ( けいべつ ) し 、 時に は 彼 と の 交友 を 恥ずかしく さえ 思い ながら 、 彼 と 連れ立って 歩いて いる うち に 、 結局 、 自分 は 、 この 男 に さえ 打ち破ら れました 。 しかし 、 はじめ は 、 この 男 を 好 人物 、 まれに 見る 好 人物 と ばかり 思い込み 、 さすが 人間 恐怖 の 自分 も 全く 油断 を して 、 東京 の よい 案内 者 が 出来た 、 くらい に 思って いました 。 自分 は 、 実は 、 ひと り で は 、 電車 に 乗る と 車掌 が おそろしく 、 歌舞伎 座 へ はいり たくて も 、 あの 正面 玄関 の 緋 ( ひ ) の 絨緞 ( じゅうたん ) が 敷かれて ある 階段 の 両側 に 並んで 立って いる 案内 嬢 たち が おそろしく 、 レストラン へ は いる と 、 自分 の 背後 に ひっそり 立って 、 皿 の あく の を 待って いる 給仕 の ボーイ が おそろしく 、 殊に も 勘定 を 払う 時 、 ああ 、 ぎ ご ち ない 自分 の 手つき 、 自分 は 買い物 を して お 金 を 手渡す 時 に は 、 吝嗇 ( りん しょく ) ゆ え で なく 、 あまり の 緊張 、 あまり の 恥ずかし さ 、 あまり の 不安 、 恐怖 に 、 くらく ら 目 まい して 、 世界 が 真 暗 に なり 、 ほとんど 半 狂乱 の 気持 に なって しまって 、 値 切る どころ か 、 お釣 を 受け取る の を 忘れる ばかりで なく 、 買った 品物 を 持ち帰る の を 忘れた 事 さえ 、 しばしば あった ほど な ので 、 とても 、 ひと り で 東京 の まち を 歩け ず 、 それ で 仕方なく 、 一 日 一 ぱい 家 の 中 で 、 ごろごろ して いた と いう 内情 も あった のでした 。 それ が 、 堀木 に 財布 を 渡して 一緒に 歩く と 、 堀木 は 大いに 値切って 、 しかも 遊び 上手 と いう の か 、 わずかな お 金 で 最大 の 効果 の ある ような 支払い 振り を 発揮 し 、 また 、 高い 円 タク は 敬遠 して 、 電車 、 バス 、 ポンポン 蒸気 など 、 それぞれ 利用 し分けて 、 最短 時間 で 目的 地 へ 着く と いう 手腕 を も 示し 、 淫売 婦 の ところ から 朝 帰る 途中 に は 、 何 々 と いう 料亭 に 立ち寄って 朝 風呂 へ はいり 、 湯豆腐 で 軽く お 酒 を 飲む の が 、 安い 割に 、 ぜいたくな 気分 に なれる もの だ と 実地 教育 を して くれ たり 、 その他 、 屋台 の 牛 め し 焼 とり の 安価に して 滋養 に 富む もの たる 事 を 説き 、 酔い の 早く 発する の は 、 電気 ブラン の 右 に 出る もの は ない と 保証 し 、 とにかく そ の 勘定 に 就いて は 自分 に 、 一 つ も 不安 、 恐怖 を 覚え させた 事 が ありません でした 。 さらに また 、 堀木 と 附合って 救わ れる の は 、 堀木 が 聞き手 の 思惑 など を てんで 無視 して 、 その 所 謂 情熱 ( パトス ) の 噴出 する が まま に 、( 或いは 、 情熱 と は 、 相手 の 立場 を 無視 する 事 かも 知れません が ) 四六時中 、 くだらない おしゃべり を 続け 、 あの 、 二 人 で 歩いて 疲れ 、 気まずい 沈黙 に おちいる 危懼 ( きく ) が 、 全く 無い と いう 事 でした 。 人 に 接し 、 あの おそろしい 沈黙 が その 場 に あらわれる 事 を 警戒 して 、 もともと 口 の 重い 自分 が 、 ここ を 先 途 ( せんど ) と 必死の お 道化 を 言って 来た もの です が 、 いま この 堀木 の 馬鹿 が 、 意識 せ ず に 、 その お 道化 役 を みずから すすんで やって くれて いる ので 、 自分 は 、 返事 も ろくに せ ず に 、 ただ 聞き流し 、 時折 、 まさか 、 など と 言って 笑って おれば 、 いい のでした 。 酒 、 煙草 、 淫売 婦 、 それ は 皆 、 人間 恐怖 を 、 た とい 一 時 でも 、 まぎらす 事 の 出来る ずいぶん よい 手段 である 事 が 、 やがて 自分 に も わかって 来ました 。 それ ら の 手段 を 求める ため に は 、 自分 の 持ち物 全部 を 売却 して も 悔い ない 気持 さえ 、 抱く ように なりました 。 自分 に は 、 淫売 婦 と いう もの が 、 人間 でも 、 女性 で も ない 、 白 痴 か 狂 人 の ように 見え 、 その ふところ の 中 で 、 自分 は かえって 全く 安心 して 、 ぐっすり 眠る 事 が 出来ました 。 みんな 、 哀しい くらい 、 実に みじんも 慾 と いう もの が 無い のでした 。 そうして 、 自分 に 、 同類 の 親和 感 と でも いった ような もの を 覚える の か 、 自分 は 、 いつも 、 その 淫売 婦 たち から 、 窮屈で ない 程度 の 自然の 好意 を 示さ れました 。 何の 打算 も 無い 好意 、 押し売り で は 無い 好意 、 二度と 来 ない かも 知れ ぬ ひと へ の 好意 、 自分 に は 、 その 白 痴 か 狂 人 の 淫売 婦 たち に 、 マリヤ の 円 光 を 現実 に 見た 夜 も あった のです 。 しかし 、 自分 は 、 人間 へ の 恐怖 から のがれ 、 幽 かな 一夜 の 休養 を 求める ため に 、 そこ へ 行き 、 それ こそ 自分 と 「 同類 」 の 淫売 婦 たち と 遊んで いる うち に 、 いつ の ま に やら 無意識 の 、 或る いまわしい 雰囲気 を 身辺 に いつも ただよわせる ように なった 様子 で 、 これ は 自分 に も 全く 思い 設け なかった 所 謂 「 おまけ の 附録 」 でし たが 、 次第に その 「 附録 」 が 、 鮮明に 表面 に 浮き上って 来て 、 堀木 に それ を 指摘 せられ 、 愕然 ( がくぜん ) と して 、 そうして 、 いやな 気 が 致しました 。 はた から 見て 、 俗な 言い 方 を すれば 、 自分 は 、 淫売 婦 に 依って 女 の 修行 を して 、 しかも 、 最近 めっきり 腕 を あげ 、 女 の 修行 は 、 淫売 婦 に 依る の が 一ばん 厳しく 、 また それだけに 効果 の あがる もの だ そうで 、 既に 自分 に は 、 あの 、「 女 達者 」 と いう 匂い が つきまとい 、 女性 は 、( 淫 売 婦 に 限ら ず ) 本能 に 依って それ を 嗅ぎ 当て 寄り添って 来る 、 そのような 、 卑猥 ( ひわ い ) で 不名誉な 雰囲気 を 、「 おまけ の 附録 」 と して もらって 、 そうして その ほう が 、 自分 の 休養 など より も 、 ひどく 目立って しまって いる らしい のでした 。 堀木 は それ を 半分 は お世辞 で 言った のでしょう が 、 しかし 、 自分 に も 、 重苦しく 思い当る 事 が あり 、 たとえば 、 喫茶 店 の 女 から 稚拙な 手紙 を もらった 覚え も あ る し 、 桜木 町 の 家 の 隣り の 将軍 の はたち くらい の 娘 が 、 毎朝 、 自分 の 登校 の 時刻 に は 、 用 も 無 さ そうな のに 、 ご 自分 の 家 の 門 を 薄化粧 して 出たり は いったり して いた し 、 牛肉 を 食い に 行く と 、 自分 が 黙って いて も 、 そこ の 女 中 が 、…… また 、 いつも 買いつけ の 煙草 屋 の 娘 から 手渡さ れた 煙草 の 箱 の 中 に 、…… また 、 歌舞伎 を 見 に 行って 隣り の 席 の ひと に 、…… また 、 深夜 の 市電 で 自分 が 酔って 眠って いて 、…… また 、 思いがけなく 故郷 の 親戚 の 娘 から 、 思いつめた ような 手紙 が 来 て 、…… また 、 誰 か わから ぬ 娘 が 、 自分 の 留守 中 に お 手製 らしい 人形 を 、…… 自分 が 極度に 消極 的な ので 、 いずれ も 、 それっきり の 話 で 、 ただ 断片 、 それ 以上 の 進展 は 一 つ も ありません でした が 、 何 か 女 に 夢 を 見 させる 雰囲気 が 、 自分 の どこ か に つきまとって いる 事 は 、 それ は 、 のろ け だ の 何 だの と いう いい加減な 冗談 で なく 、 否定 でき ない ので ありました 。 自分 は 、 それ を 堀木 ごとき 者 に 指摘 せられ 、 屈辱 に 似た 苦 ( にが ) さ を 感ずる と 共に 、 淫売 婦 と 遊ぶ 事 に も 、 にわかに 興 が 覚めました

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人間 失格 4/15 にんげん|しっかく Menschliche Disqualifikation 4/15. Human Disqualification 4/15 인간실격 4/15 Дисквалификация человека 4/15.

竹一 は 、 また 、 自分 に もう 一 つ 、 重大な 贈り物 を して いました 。 たけいち|||じぶん|||ひと||じゅうだいな|おくりもの|||い ました Takeshi also gave himself another important gift. 「 お化け の 絵 だ よ 」 いつか 竹一 が 、 自分 の 二 階 へ 遊び に 来た 時 、 ご 持参 の 、 一 枚 の 原色 版 の 口絵 を 得意 そうに 自分 に 見せて 、 そう 説明 しました 。 おばけ||え||||たけいち||じぶん||ふた|かい||あそび||きた|じ||じさん||ひと|まい||げんしょく|はん||くちえ||とくい|そう に|じぶん||みせて||せつめい|し ました "It's a picture of a ghost." One day, Takeshi proudly showed himself a full-color frontispiece that he brought with him when he came to play on the second floor, and explained it like that. おや ? Oh? と 思いました 。 |おもい ました その 瞬間 、 自分 の 落ち 行く 道 が 決定 せられた ように 、 後年 に 到って 、 そんな 気 が して なりません 。 |しゅんかん|じぶん||おち|いく|どう||けってい|せら れた||こうねん||とう って||き|||なり ませ ん 自分 は 、 知っていました 。 じぶん||しってい ました それ は 、 ゴッホ の 例 の 自画 像 に 過ぎ ない の を 知っていました 。 ||||れい||じが|ぞう||すぎ||||しってい ました 自分 たち の 少年 の 頃 に は 、 日本 で は フランス の 所 謂 印象 派 の 画 が 大 流行 して いて 、 洋画 鑑賞 の 第 一 歩 を 、 た いて い この あたり から はじめた もの で 、 ゴッホ 、 ゴーギャン 、 セザンヌ 、 ルナアル など と いう ひと の 絵 は 、 田舎 の 中学生 でも 、たいてい その 写真 版 を 見て 知って いた のでした 。 じぶん|||しょうねん||ころ|||にっぽん|||ふらんす||しょ|い|いんしょう|は||が||だい|りゅうこう|||ようが|かんしょう||だい|ひと|ふ||||||||||||||||||||え||いなか||ちゅうがくせい||||しゃしん|はん||みて|しって|| 自分 など も 、 ゴッホ の 原色 版 を かなり たくさん 見て 、 タッチ の 面白 さ 、 色彩 の 鮮やか さ に 興 趣 を 覚えて は いた のです が 、 しかし 、 お化け の 絵 、 だ と は 、 いち ども 考えた 事 が 無かった のでした 。 じぶん|||||げんしょく|はん||||みて|たっち||おもしろ||しきさい||あざやか|||きょう|おもむき||おぼえて||||||おばけ||え||||||かんがえた|こと||なかった| 「 では 、 こんな の は 、 どう かしら 。 やっぱり 、 お化け かしら 」 自分 は 本棚 から 、 モジリアニ の 画集 を 出し 、 焼けた 赤銅 の ような 肌 の 、 れいの 裸婦 の 像 を 竹一 に 見せました 。 |おばけ||じぶん||ほんだな||||がしゅう||だし|やけた|しゃくどう|||はだ|||らふ||ぞう||たけいち||みせ ました 「 すげ え なあ 」 竹一 は 眼 を 丸く して 感嘆 しました 。 |||たけいち||がん||まるく||かんたん|し ました 「 地獄 の 馬 みたい 」 「 やっぱり 、 お 化け かね 」 「 おれ も 、 こんな お化け の 絵 が かきたい よ 」 あまりに 人間 を 恐怖 して いる 人 たち は 、 かえって 、 もっと もっと 、 おそろしい 妖怪 ( ようかい ) を 確実に この 眼 で 見たい と 願望 する に 到 る 心理 、 神経質な 、 もの に おびえ 易い 人 ほど 、 暴風 雨 の 更に 強から ん 事 を 祈る 心理 、 ああ 、 この 一群 の 画家 たち は 、 人間 と いう 化け物 に 傷 ( いた ) め つけられ 、 おびやかさ れた 揚句 の 果 、 ついに 幻影 を 信じ 、 白昼 の 自然の 中 に 、 ありあり と 妖怪 を 見た のだ 、 しかも 彼等 は 、 それ を 道化 など で ごまかさ ず 、 見えた まま の 表現 に 努力 した のだ 、 竹一 の 言う ように 、 敢然と 「 お化け の 絵 」 を かいて しまった のだ 、 ここ に 将来 の 自分 の 、 仲間 が いる 、 と 自分 は 、 涙 が 出た ほど に 興 奮 し 、 「 僕 も 画 く よ 。 じごく||うま||||ばけ|||||おばけ||え||かき たい|||にんげん||きょうふ|||じん|||||||ようかい|||かくじつに||がん||み たい||がんぼう|||とう||しんり|しんけいしつな||||やすい|じん||ぼうふう|あめ||さらに|つよから||こと||いのる|しんり|||いちぐん||がか|||にんげん|||ばけもの||きず|||つけ られ|||あげく||か||げんえい||しんじ|はくちゅう||しぜんの|なか||||ようかい||みた|||かれら||||どうけ|||||みえた|||ひょうげん||どりょく|||たけいち||いう||かんぜんと|おばけ||え|||||||しょうらい||じぶん||なかま||||じぶん||なみだ||でた|||きょう|ふる||ぼく||が|| お化け の 絵 を 画 く よ 。 おばけ||え||が|| 地獄 の 馬 を 、 画 く よ 」 と 、 なぜ だ か 、 ひどく 声 を ひそめて 、 竹一 に 言った のでした 。 じごく||うま||が||||||||こえ|||たけいち||いった| 自分 は 、 小学校 の 頃 から 、 絵 は かく の も 、 見る の も 好きでした 。 じぶん||しょうがっこう||ころ||え|||||みる|||すきでした けれども 、 自分 の かいた 絵 は 、 自分 の 綴り 方 ほど に は 、 周囲 の 評判 が 、 よく ありません でし た 。 |じぶん|||え||じぶん||つづり|かた||||しゅうい||ひょうばん|||あり ませ ん|| 自分 は 、 どだい 人間 の 言葉 を 一向に 信用 して いません でした ので 、 綴り 方 など は 、 自分 に とって 、 ただ お 道化 の 御挨拶 みたいな もの で 、 小学校 、 中学校 、 と 続いて 先生 たち を 狂喜 さ せて 来ました が 、 しかし 、 自分 で は 、 さっぱり 面白く なく 、 絵 だけ は 、( 漫画 など は 別です けれども ) その 対象 の 表現 に 、 幼い 我流 なが ら 、 多少 の 苦心 を 払って いました 。 じぶん|||にんげん||ことば||いっこうに|しんよう||いま せ ん|||つづり|かた|||じぶん|||||どうけ||ごあいさつ||||しょうがっこう|ちゅうがっこう||つづいて|せんせい|||きょうき|||き ました|||じぶん||||おもしろく||え|||まんが|||べつです|||たいしょう||ひょうげん||おさない|がりゅう|な が||たしょう||くしん||はらって|い ました 学校 の 図画 の お 手本 は つまらない し 、 先生 の 絵 は 下手くそだ し 、 自分 は 、 全く 出 鱈 目 に さまざまの 表現 法 を 自分 で 工夫 して 試 み なければ なら ない のでした 。 がっこう||ずが|||てほん||||せんせい||え||へたくそだ||じぶん||まったく|だ|たら|め|||ひょうげん|ほう||じぶん||くふう||ため||||| Os modelos de desenho na escola eram chatos, os desenhos do professor eram desajeitados e eu tive que inventar e experimentar vários métodos de expressão completamente ao acaso. 中学校 へ は いって 、 自分 は 油絵 の 道具 も 一 揃 ( そろ ) い 持って いました が 、 しかし 、 その タッチ の 手本 を 、 印象 派 の 画風 に 求めて も 、 自分 の 画 いた もの は 、 まるで 千代紙 細工 の ように のっぺり して 、 もの に なり そう も ありません でした 。 ちゅうがっこう||||じぶん||あぶらえ||どうぐ||ひと|そろ|||もって|い ました||||たっち||てほん||いんしょう|は||がふう||もとめて||じぶん||が|||||ちよがみ|さいく||||||||||あり ませ ん| けれども 自分 は 、 竹一 の 言葉 に 依って 、 自分 の それ まで の 絵画 に 対する 心構え が 、 まるで 間違って いた 事 に 気 が 附 きました 。 |じぶん||たけいち||ことば||よって|じぶん|||||かいが||たいする|こころがまえ|||まちがって||こと||き||ふ|き ました 美しい と 感じた もの を 、 そのまま 美しく 表現 しよう と 努力 する 甘 さ 、 おろか し さ 。 うつくしい||かんじた||||うつくしく|ひょうげん|||どりょく||あま|||| マイスター たち は 、 何でも無い もの を 、 主観 に 依って 美しく 創造 し 、 或いは 醜い もの に 嘔吐 ( おうと ) を もよおし ながら も 、 それ に 対する 興味 を 隠さ ず 、 表現 の よろこび に ひたって いる 、 つまり 、 人 の 思惑 に 少しも たよって いない らしい と いう 、 画法 の プリミチヴ な 虎の巻 を 、 竹一 から 、 さずけられて 、 れいの 女 の 来客 たち に は 隠して 、 少しずつ 、 自画 像 の 制作 に 取りかかって みました 。 |||なんでもない|||しゅかん||よって|うつくしく|そうぞう||あるいは|みにくい|||おうと||||||||たいする|きょうみ||かくさ||ひょうげん|||||||じん||おもわく||すこしも||||||がほう||||とらのまき||たけいち||さずけ られて||おんな||らいきゃく||||かくして|すこしずつ|じが|ぞう||せいさく||とりかかって|み ました 自分 でも 、 ぎょっと した ほど 、 陰惨な 絵 が 出来上りました 。 じぶん|||||いんさんな|え||できあがり ました しかし 、 これ こそ 胸 底 に ひた隠し に 隠して いる 自分 の 正体 な のだ 、 おもて は 陽気に 笑い 、 また 人 を 笑わ せて いる けれども 、 実は 、 こんな 陰 鬱 な 心 を 自分 は 持って いる のだ 、 仕方 が 無い 、 と ひそかに 肯定 し 、 けれども その 絵 は 、 竹一 以外 の 人 に は 、 さすが に 誰 に も 見せません でした 。 |||むね|そこ||ひたかくし||かくして||じぶん||しょうたい|||||ようきに|わらい||じん||わらわ||||じつは||かげ|うつ||こころ||じぶん||もって|||しかた||ない|||こうてい||||え||たけいち|いがい||じん|||||だれ|||みせ ませ ん| 自分 の お 道化 の 底 の 陰惨 を 見破ら れ 、 急に ケチ くさく 警戒 せられる の も いやでした し 、 また 、 これ を 自分 の 正体 と も 気づか ず 、 やっぱり 新 趣向 の お 道化 と 見なさ れ 、 大笑い の 種 に せら れる かも 知れ ぬ と いう 懸念 も あり 、 それ は 何より も つらい 事 でした ので 、 その 絵 は すぐに 押入れ の 奥深く し まい込みました 。 じぶん|||どうけ||そこ||いんさん||みやぶら||きゅうに|||けいかい|せら れる||||||||じぶん||しょうたい|||きづか|||しん|しゅこう|||どうけ||みなさ||おおわらい||しゅ|||||しれ||||けねん|||||なにより|||こと||||え|||おしいれ||おくふかく||まいこみ ました また 、 学校 の 図画 の 時間 に も 、 自分 は あの 「 お化け 式 手法 」 は 秘めて 、 いま まで どおり の 美しい もの を 美しく 画 く 式 の 凡庸 な タッチ で 画 いて いました 。 |がっこう||ずが||じかん|||じぶん|||おばけ|しき|しゅほう||ひめて|||||うつくしい|||うつくしく|が||しき||ぼんよう||たっち||が||い ました 自分 は 竹一 に だけ は 、 前 から 自分 の 傷 み易い 神経 を 平気で 見せて いました し 、 こんど の 自画 像 も 安心 して 竹一 に 見せ 、たいへん ほめられ 、 さらに 二 枚 三 枚 と 、 お化け の 絵 を 画 き つづけ 、 竹一 から もう 一 つ の 、 「 お前 は 、 偉い 絵画 き に なる 」 と いう 予言 を 得た のでした 。 じぶん||たけいち||||ぜん||じぶん||きず|みやすい|しんけい||へいきで|みせて|い ました||||じが|ぞう||あんしん||たけいち||みせ||ほめ られ||ふた|まい|みっ|まい||おばけ||え||が|||たけいち|||ひと|||おまえ||えらい|かいが||||||よげん||えた| 惚れられる と いう 予言 と 、 偉い 絵画 き に なる と いう 予言 と 、 この 二 つ の 予言 を 馬鹿 の 竹一 に 依って 額 に 刻印 せられて 、 やがて 、 自分 は 東京 へ 出て 来ました 。 ほれ られる|||よげん||えらい|かいが||||||よげん|||ふた|||よげん||ばか||たけいち||よって|がく||こくいん|せら れて||じぶん||とうきょう||でて|き ました 自分 は 、 美術 学校 に はいり たかった のです が 、 父 は 、 前 から 自分 を 高等 学校 に いれて 、 末 は 官吏 に する つもりで 、 自分 に も それ を 言い渡して あった ので 、 口 応 え 一 つ 出来 ない たち の 自分 は 、 ぼんやり それ に 従った のでした 。 じぶん||びじゅつ|がっこう||||||ちち||ぜん||じぶん||こうとう|がっこう||い れて|すえ||かんり||||じぶん|||||いいわたして|||くち|おう||ひと||でき||||じぶん|||||したがった| 四 年 から 受けて 見よ 、 と 言わ れた ので 、 自分 も 桜 と 海 の 中学 は もう いい加減 あきて いました し 、 五 年 に 進級 せ ず 、 四 年 修了 の まま で 、 東京 の 高等 学校 に 受験 して 合格 し 、 すぐに 寮生 活 に はいりました が 、 その 不潔 と 粗暴に 辟易 ( へきえき ) し て 、 道化 どころ で は なく 、 医師 に 肺 浸 潤 の 診断 書 を 書いて もらい 、 寮 から 出て 、 上野 桜木 町 の 父 の 別荘 に 移りました 。 よっ|とし||うけて|みよ||いわ|||じぶん||さくら||うみ||ちゅうがく|||いいかげん||い ました||いつ|とし||しんきゅう|||よっ|とし|しゅうりょう||||とうきょう||こうとう|がっこう||じゅけん||ごうかく|||りょうせい|かつ||はいり ました|||ふけつ||そぼうに|へきえき||||どうけ|||||いし||はい|ひた|じゅん||しんだん|しょ||かいて||りょう||でて|うえの|さくらぎ|まち||ちち||べっそう||うつり ました 自分 に は 、 団体 生活 と いう もの が 、 どう し て も 出来ません 。 じぶん|||だんたい|せいかつ|||||||||でき ませ ん それ に また 、 青春 の 感激 だ と か 、 若人 の 誇り だ と か いう 言葉 は 、 聞いて 寒気 が して 来て 、 とても 、 あの 、 ハイスクール ・ スピリット と か いう も の に は 、 ついて行け なかった のです 。 |||せいしゅん||かんげき||||わこうど||ほこり|||||ことば||きいて|かんき|||きて||||||||||||ついていけ|| 教室 も 寮 も 、 ゆがめられた 性 慾 の 、 はきだめ みたいな 気 さえ して 、 自分 の 完璧 ( かんぺき ) に 近い お 道化 も 、 そこ で は 何の 役 に も 立ちません でした 。 きょうしつ||りょう||ゆがめ られた|せい|よく||||き|||じぶん||かんぺき|||ちかい||どうけ|||||なんの|やく|||たち ませ ん| 父 は 議会 の 無い 時 は 、 月 に 一 週間 か 二 週間 しか その 家 に 滞在 して いません でした ので 、 父 の 留守 の 時 は 、 かなり 広い その 家 に 、 別荘 番 の 老 夫婦 と 自分 と 三 人 だけ で 、 自分 は 、 ちょいちょい 学校 を 休んで 、 さりとて 東京 見物 など を する 気 も 起ら ず ( 自分 は とうとう 、 明治 神宮 も 、 楠 正成 ( くす のき ま さし げ ) の 銅像 も 、 泉 岳 寺 の 四十七 士 の 墓 も 見 ず に 終り そうです ) 家 で 一 日 中 、 本 を 読んだり 、 絵 を かいたり して いました 。 ちち||ぎかい||ない|じ||つき||ひと|しゅうかん||ふた|しゅうかん|||いえ||たいざい||いま せ ん|||ちち||るす||じ|||ひろい||いえ||べっそう|ばん||ろう|ふうふ||じぶん||みっ|じん|||じぶん|||がっこう||やすんで||とうきょう|けんぶつ||||き||おこら||じぶん|||めいじ|じんぐう||くす|まさしげ|||||||どうぞう||いずみ|たけ|てら||しじゅうしち|し||はか||み|||おわり|そう です|いえ||ひと|ひ|なか|ほん||よんだり|え||||い ました 父 が 上京 して 来る と 、 自分 は 、 毎朝 そそくさ と 登校 する のでした が 、 しかし 、 本郷 千駄木 町 の 洋画 家 、 安田 新太郎 氏 の 画 塾 に 行き 、 三 時間 も 四 時間 も 、 デッサン の 練習 を して いる 事 も あった のです 。 ちち||じょうきょう||くる||じぶん||まいあさ|||とうこう|||||ほんごう|せんだぎ|まち||ようが|いえ|やすた|しんたろう|うじ||が|じゅく||いき|みっ|じかん||よっ|じかん||でっさん||れんしゅう||||こと||| 高等 学校 の 寮 から 脱 けた ら 、 学校 の 授業 に 出て も 、 自分 は まるで 聴講 生 みたいな 特別の 位置 に いる ような 、 それ は 自分 の ひがみ かも 知れ なかった のです が 、 何とも 自分 自 身 で 白々しい 気持 が して 来て 、 いっそう 学校 へ 行く の が 、 おっくうに なった のでした 。 こうとう|がっこう||りょう||だつ|||がっこう||じゅぎょう||でて||じぶん|||ちょうこう|せい||とくべつの|いち||||||じぶん||||しれ||||なんとも|じぶん|じ|み||しらじらしい|きもち|||きて||がっこう||いく||||| 自分 に は 、 小学校 、 中学校 、 高等 学校 を 通じて 、 ついに 愛 校 心 と いう もの が 理解 でき ず に 終りました 。 じぶん|||しょうがっこう|ちゅうがっこう|こうとう|がっこう||つうじて||あい|こう|こころ|||||りかい||||おわり ました 校歌 など と いう もの も 、 いち ども 覚えよう と した 事 が ありません 。 こうか||||||||おぼえよう|||こと||あり ませ ん 自分 は 、 やがて 画 塾 で 、 或る 画 学生 から 、 酒 と 煙草 と 淫売 婦 ( いん ば いふ ) と 質屋 と 左翼 思想 と を 知ら さ れました 。 じぶん|||が|じゅく||ある|が|がくせい||さけ||たばこ||いんばい|ふ|||||しちや||さよく|しそう|||しら||れ ました 妙な 取合 せ でした が 、 しかし 、 それ は 事実 でした 。 みょうな|とりあ|||||||じじつ| その 画 学生 は 、 堀木 正雄 と いって 、 東京 の 下町 に 生れ 、 自分 より 六 つ 年 長者 で 、 私立 の 美術 学校 を 卒業 して 、 家 に アトリエ が 無い ので 、 この 画 塾 に 通い 、 洋画 の 勉強 を つづけて いる のだ そうです 。 |が|がくせい||ほりき|まさお|||とうきょう||したまち||うまれ|じぶん||むっ||とし|ちょうじゃ||しりつ||びじゅつ|がっこう||そつぎょう||いえ||あとりえ||ない|||が|じゅく||かよい|ようが||べんきょう|||||そう です 「 五 円 、 貸して くれ ない か 」 お互い ただ 顔 を 見 知っている だけ で 、 それ まで 一言 も 話 合った 事 が 無かった のです 。 いつ|えん|かして||||おたがい||かお||み|しっている|||||いちげん||はなし|あった|こと||なかった| 自分 は 、 へ ど もどして 五 円 差し出しました 。 じぶん|||||いつ|えん|さしだし ました 「 よし 、 飲もう 。 |のもう おれ が 、 お前 に おごる んだ 。 ||おまえ||| よか チゴ じゃ のう 」 自分 は 拒否 し 切れ ず 、 その 画 塾 の 近く の 、 蓬莱 ( ほうらい ) 町 の カフエ に 引っぱって 行か れた の が 、 彼 と の 交友 の はじまり でした 。 ||||じぶん||きょひ||きれ|||が|じゅく||ちかく||ほうらい||まち||||ひっぱって|いか||||かれ|||こうゆう||| 「 前 から 、 お前 に 眼 を つけて いた んだ 。 ぜん||おまえ||がん|||| それ それ 、 その はにかむ ような 微笑 、 それ が 見込み の ある 芸術 家 特有の 表情 な んだ 。 |||||びしょう|||みこみ|||げいじゅつ|いえ|とくゆうの|ひょうじょう|| お 近づき の しるし に 、 乾杯 ! |ちかづき||||かんぱい キヌ さん 、 こいつ は 美男 子 だろう ? きぬ||||びなん|こ| 惚れちゃ いけない ぜ 。 ほれちゃ|| こいつ が 塾 へ 来た おかげ で 、 残念 ながら おれ は 、 第 二 番 の 美男 子 と いう 事 に なった 」 堀木 は 、 色 が 浅黒く 端正な 顔 を して いて 、 画 学生 に は 珍 らしく 、 ちゃんと した 脊広 ( せびろ ) を 着て 、 ネクタイ の 好み も 地味で 、 そうして 頭髪 も ポマード を つけて まん 中 から ぺったり と わけて いました 。 ||じゅく||きた|||ざんねん||||だい|ふた|ばん||びなん|こ|||こと|||ほりき||いろ||あさぐろく|たんせいな|かお||||が|がくせい|||ちん||||せきこう|||きて|ねくたい||よしみ||じみで||とうはつ||||||なか||ぺっ たり|||い ました 自分 は 馴 れ ぬ 場所 で も あり 、 ただ もう おそろしく 、 腕 を 組んだり ほどいたり して 、 それ こそ 、 はにかむ ような 微笑 ばかり して いました が 、 ビイル を 二 、 三 杯 飲んで いる うち に 、 妙に 解放 せられた ような 軽 さ を 感じて 来た のです 。 じぶん||じゅん|||ばしょ|||||||うで||くんだり|||||||びしょう|||い ました||||ふた|みっ|さかずき|のんで||||みょうに|かいほう|せら れた||けい|||かんじて|きた| 「 僕 は 、 美術 学校 に はいろう と 思って いた んです けど 、……」 「 いや 、 つまら ん 。 ぼく||びじゅつ|がっこう||||おもって|||||| あんな ところ は 、 つまら ん 。 学校 は 、 つまら ん 。 がっこう||| われら の 教師 は 、 自然の 中 に あり ! ||きょうし||しぜんの|なか|| 自然に 対する パアトス ! しぜんに|たいする| 」 しか し 、 自分 は 、 彼 の 言う 事 に 一向に 敬意 を 感じません でした 。 ||じぶん||かれ||いう|こと||いっこうに|けいい||かんじ ませ ん| 馬鹿な ひと だ 、 絵 も 下手に ちがいない 、 しかし 、 遊ぶ の に は 、 いい 相手 かも 知れ ない と 考え ま した 。 ばかな|||え||へたに|||あそぶ|||||あいて||しれ|||かんがえ|| つまり 、 自分 は その 時 、 生れて はじめて 、 ほんもの の 都会 の 与 太 者 を 見た のでした 。 |じぶん|||じ|うまれて||||とかい||あずか|ふと|もの||みた| それ は 、 自分 と 形 は 違って いて も 、 やはり 、 この世 の 人間 の 営み から 完全に 遊離 して しまって 、 戸 迷い して いる 点 に 於 いて だけ は 、 たしかに 同類 な のでした 。 ||じぶん||かた||ちがって||||このよ||にんげん||いとなみ||かんぜんに|ゆうり|||と|まよい|||てん||お|||||どうるい|| そうして 、 彼 は その お 道化 を 意識 せ ず に 行い 、 しかも 、 その お 道化 の 悲 惨 に 全く 気 が ついて いない の が 、 自分 と 本質 的に 異色 の ところ でした 。 |かれ||||どうけ||いしき||||おこない||||どうけ||ひ|さん||まったく|き||||||じぶん||ほんしつ|てきに|いしょく||| ただ 遊ぶ だけ だ 、 遊び の 相手 と して 附 合って いる だけ だ 、 と つねに 彼 を 軽蔑 ( けいべつ ) し 、 時に は 彼 と の 交友 を 恥ずかしく さえ 思い ながら 、 彼 と 連れ立って 歩いて いる うち に 、 結局 、 自分 は 、 この 男 に さえ 打ち破ら れました 。 |あそぶ|||あそび||あいて|||ふ|あって||||||かれ||けいべつ|||ときに||かれ|||こうゆう||はずかしく||おもい||かれ||つれだって|あるいて||||けっきょく|じぶん|||おとこ|||うちやぶら|れ ました しかし 、 はじめ は 、 この 男 を 好 人物 、 まれに 見る 好 人物 と ばかり 思い込み 、 さすが 人間 恐怖 の 自分 も 全く 油断 を して 、 東京 の よい 案内 者 が 出来た 、 くらい に 思って いました 。 ||||おとこ||よしみ|じんぶつ||みる|よしみ|じんぶつ|||おもいこみ||にんげん|きょうふ||じぶん||まったく|ゆだん|||とうきょう|||あんない|もの||できた|||おもって|い ました 自分 は 、 実は 、 ひと り で は 、 電車 に 乗る と 車掌 が おそろしく 、 歌舞伎 座 へ はいり たくて も 、 あの 正面 玄関 の 緋 ( ひ ) の 絨緞 ( じゅうたん ) が 敷かれて ある 階段 の 両側 に 並んで 立って いる 案内 嬢 たち が おそろしく 、 レストラン へ は いる と 、 自分 の 背後 に ひっそり 立って 、 皿 の あく の を 待って いる 給仕 の ボーイ が おそろしく 、 殊に も 勘定 を 払う 時 、 ああ 、 ぎ ご ち ない 自分 の 手つき 、 自分 は 買い物 を して お 金 を 手渡す 時 に は 、 吝嗇 ( りん しょく ) ゆ え で なく 、 あまり の 緊張 、 あまり の 恥ずかし さ 、 あまり の 不安 、 恐怖 に 、 くらく ら 目 まい して 、 世界 が 真 暗 に なり 、 ほとんど 半 狂乱 の 気持 に なって しまって 、 値 切る どころ か 、 お釣 を 受け取る の を 忘れる ばかりで なく 、 買った 品物 を 持ち帰る の を 忘れた 事 さえ 、 しばしば あった ほど な ので 、 とても 、 ひと り で 東京 の まち を 歩け ず 、 それ で 仕方なく 、 一 日 一 ぱい 家 の 中 で 、 ごろごろ して いた と いう 内情 も あった のでした 。 じぶん||じつは|||||でんしゃ||のる||しゃしょう|||かぶき|ざ||||||しょうめん|げんかん||ひ|||じゅうたん|||しか れて||かいだん||りょうがわ||ならんで|たって||あんない|じょう||||れすとらん|||||じぶん||はいご|||たって|さら|||||まって||きゅうじ||ぼーい|||ことに||かんじょう||はらう|じ||||||じぶん||てつき|じぶん||かいもの||||きむ||てわたす|じ|||りんしょく|||||||||きんちょう|||はずかし||||ふあん|きょうふ||||め|||せかい||まこと|あん||||はん|きょうらん||きもち||||あたい|きる|||おつり||うけとる|||わすれる|||かった|しなもの||もちかえる|||わすれた|こと|||||||||||とうきょう||||あるけ||||しかたなく|ひと|ひ|ひと||いえ||なか|||||||ないじょう||| それ が 、 堀木 に 財布 を 渡して 一緒に 歩く と 、 堀木 は 大いに 値切って 、 しかも 遊び 上手 と いう の か 、 わずかな お 金 で 最大 の 効果 の ある ような 支払い 振り を 発揮 し 、 また 、 高い 円 タク は 敬遠 して 、 電車 、 バス 、 ポンポン 蒸気 など 、 それぞれ 利用 し分けて 、 最短 時間 で 目的 地 へ 着く と いう 手腕 を も 示し 、 淫売 婦 の ところ から 朝 帰る 途中 に は 、 何 々 と いう 料亭 に 立ち寄って 朝 風呂 へ はいり 、 湯豆腐 で 軽く お 酒 を 飲む の が 、 安い 割に 、 ぜいたくな 気分 に なれる もの だ と 実地 教育 を して くれ たり 、 その他 、 屋台 の 牛 め し 焼 とり の 安価に して 滋養 に 富む もの たる 事 を 説き 、 酔い の 早く 発する の は 、 電気 ブラン の 右 に 出る もの は ない と 保証 し 、 とにかく そ の 勘定 に 就いて は 自分 に 、 一 つ も 不安 、 恐怖 を 覚え させた 事 が ありません でした 。 ||ほりき||さいふ||わたして|いっしょに|あるく||ほりき||おおいに|ねぎって||あそび|じょうず|||||||きむ||さいだい||こうか||||しはらい|ふり||はっき|||たかい|えん|||けいえん||でんしゃ|ばす|ぽんぽん|じょうき|||りよう|しわけて|さいたん|じかん||もくてき|ち||つく|||しゅわん|||しめし|いんばい|ふ||||あさ|かえる|とちゅう|||なん||||りょうてい||たちよって|あさ|ふろ|||ゆどうふ||かるく||さけ||のむ|||やすい|わりに||きぶん||||||じっち|きょういく|||||そのほか|やたい||うし|||や|||あんかに||じよう||とむ|||こと||とき|よい||はやく|はっする|||でんき|||みぎ||でる|||||ほしょう|||||かんじょう||ついて||じぶん||ひと|||ふあん|きょうふ||おぼえ|さ せた|こと||あり ませ ん| さらに また 、 堀木 と 附合って 救わ れる の は 、 堀木 が 聞き手 の 思惑 など を てんで 無視 して 、 その 所 謂 情熱 ( パトス ) の 噴出 する が まま に 、( 或いは 、 情熱 と は 、 相手 の 立場 を 無視 する 事 かも 知れません が ) 四六時中 、 くだらない おしゃべり を 続け 、 あの 、 二 人 で 歩いて 疲れ 、 気まずい 沈黙 に おちいる 危懼 ( きく ) が 、 全く 無い と いう 事 でした 。 ||ほりき||ふごう って|すくわ||||ほりき||ききて||おもわく||||むし|||しょ|い|じょうねつ|||ふんしゅつ|||||あるいは|じょうねつ|||あいて||たちば||むし||こと||しれ ませ ん||しろくじちゅう||||つづけ||ふた|じん||あるいて|つかれ|きまずい|ちんもく|||きく|||まったく|ない|||こと| 人 に 接し 、 あの おそろしい 沈黙 が その 場 に あらわれる 事 を 警戒 して 、 もともと 口 の 重い 自分 が 、 ここ を 先 途 ( せんど ) と 必死の お 道化 を 言って 来た もの です が 、 いま この 堀木 の 馬鹿 が 、 意識 せ ず に 、 その お 道化 役 を みずから すすんで やって くれて いる ので 、 自分 は 、 返事 も ろくに せ ず に 、 ただ 聞き流し 、 時折 、 まさか 、 など と 言って 笑って おれば 、 いい のでした 。 じん||せっし|||ちんもく|||じょう|||こと||けいかい|||くち||おもい|じぶん||||さき|と|||ひっしの||どうけ||いって|きた||||||ほりき||ばか||いしき||||||どうけ|やく||||||||じぶん||へんじ|||||||ききながし|ときおり||||いって|わらって||| 酒 、 煙草 、 淫売 婦 、 それ は 皆 、 人間 恐怖 を 、 た とい 一 時 でも 、 まぎらす 事 の 出来る ずいぶん よい 手段 である 事 が 、 やがて 自分 に も わかって 来ました 。 さけ|たばこ|いんばい|ふ|||みな|にんげん|きょうふ||||ひと|じ|||こと||できる|||しゅだん||こと|||じぶん||||き ました それ ら の 手段 を 求める ため に は 、 自分 の 持ち物 全部 を 売却 して も 悔い ない 気持 さえ 、 抱く ように なりました 。 |||しゅだん||もとめる||||じぶん||もちもの|ぜんぶ||ばいきゃく|||くい||きもち||いだく||なり ました 自分 に は 、 淫売 婦 と いう もの が 、 人間 でも 、 女性 で も ない 、 白 痴 か 狂 人 の ように 見え 、 その ふところ の 中 で 、 自分 は かえって 全く 安心 して 、 ぐっすり 眠る 事 が 出来ました 。 じぶん|||いんばい|ふ|||||にんげん||じょせい||||しろ|ち||くる|じん|||みえ||||なか||じぶん|||まったく|あんしん|||ねむる|こと||でき ました みんな 、 哀しい くらい 、 実に みじんも 慾 と いう もの が 無い のでした 。 |かなしい||じつに||よく|||||ない| そうして 、 自分 に 、 同類 の 親和 感 と でも いった ような もの を 覚える の か 、 自分 は 、 いつも 、 その 淫売 婦 たち から 、 窮屈で ない 程度 の 自然の 好意 を 示さ れました 。 |じぶん||どうるい||しんわ|かん|||||||おぼえる|||じぶん||||いんばい|ふ|||きゅうくつで||ていど||しぜんの|こうい||しめさ|れ ました 何の 打算 も 無い 好意 、 押し売り で は 無い 好意 、 二度と 来 ない かも 知れ ぬ ひと へ の 好意 、 自分 に は 、 その 白 痴 か 狂 人 の 淫売 婦 たち に 、 マリヤ の 円 光 を 現実 に 見た 夜 も あった のです 。 なんの|ださん||ない|こうい|おしうり|||ない|こうい|にどと|らい|||しれ|||||こうい|じぶん||||しろ|ち||くる|じん||いんばい|ふ|||まりや||えん|ひかり||げんじつ||みた|よ||| しかし 、 自分 は 、 人間 へ の 恐怖 から のがれ 、 幽 かな 一夜 の 休養 を 求める ため に 、 そこ へ 行き 、 それ こそ 自分 と 「 同類 」 の 淫売 婦 たち と 遊んで いる うち に 、 いつ の ま に やら 無意識 の 、 或る いまわしい 雰囲気 を 身辺 に いつも ただよわせる ように なった 様子 で 、 これ は 自分 に も 全く 思い 設け なかった 所 謂 「 おまけ の 附録 」 でし たが 、 次第に その 「 附録 」 が 、 鮮明に 表面 に 浮き上って 来て 、 堀木 に それ を 指摘 せられ 、 愕然 ( がくぜん ) と して 、 そうして 、 いやな 気 が 致しました 。 |じぶん||にんげん|||きょうふ|||ゆう||いちや||きゅうよう||もとめる|||||いき|||じぶん||どうるい||いんばい|ふ|||あそんで|||||||||むいしき||ある||ふんいき||しんぺん||||||ようす||||じぶん|||まったく|おもい|もうけ||しょ|い|||ふろく|||しだいに||ふろく||せんめいに|ひょうめん||うきあがって|きて|ほりき||||してき|せら れ|がくぜん||||||き||いたし ました はた から 見て 、 俗な 言い 方 を すれば 、 自分 は 、 淫売 婦 に 依って 女 の 修行 を して 、 しかも 、 最近 めっきり 腕 を あげ 、 女 の 修行 は 、 淫売 婦 に 依る の が 一ばん 厳しく 、 また それだけに 効果 の あがる もの だ そうで 、 既に 自分 に は 、 あの 、「 女 達者 」 と いう 匂い が つきまとい 、 女性 は 、( 淫 売 婦 に 限ら ず ) 本能 に 依って それ を 嗅ぎ 当て 寄り添って 来る 、 そのような 、 卑猥 ( ひわ い ) で 不名誉な 雰囲気 を 、「 おまけ の 附録 」 と して もらって 、 そうして その ほう が 、 自分 の 休養 など より も 、 ひどく 目立って しまって いる らしい のでした 。 ||みて|ぞくな|いい|かた|||じぶん||いんばい|ふ||よって|おんな||しゅぎょう||||さいきん||うで|||おんな||しゅぎょう||いんばい|ふ||よる|||ひとばん|きびしく|||こうか|||||そう で|すでに|じぶん||||おんな|たっしゃ|||におい|||じょせい||いん|う|ふ||かぎら||ほんのう||よって|||かぎ|あて|よりそって|くる||ひわい||||ふめいよな|ふんいき||||ふろく||||||||じぶん||きゅうよう|||||めだって|||| 堀木 は それ を 半分 は お世辞 で 言った のでしょう が 、 しかし 、 自分 に も 、 重苦しく 思い当る 事 が あり 、 たとえば 、 喫茶 店 の 女 から 稚拙な 手紙 を もらった 覚え も あ る し 、 桜木 町 の 家 の 隣り の 将軍 の はたち くらい の 娘 が 、 毎朝 、 自分 の 登校 の 時刻 に は 、 用 も 無 さ そうな のに 、 ご 自分 の 家 の 門 を 薄化粧 して 出たり は いったり して いた し 、 牛肉 を 食い に 行く と 、 自分 が 黙って いて も 、 そこ の 女 中 が 、…… また 、 いつも 買いつけ の 煙草 屋 の 娘 から 手渡さ れた 煙草 の 箱 の 中 に 、…… また 、 歌舞伎 を 見 に 行って 隣り の 席 の ひと に 、…… また 、 深夜 の 市電 で 自分 が 酔って 眠って いて 、…… また 、 思いがけなく 故郷 の 親戚 の 娘 から 、 思いつめた ような 手紙 が 来 て 、…… また 、 誰 か わから ぬ 娘 が 、 自分 の 留守 中 に お 手製 らしい 人形 を 、…… 自分 が 極度に 消極 的な ので 、 いずれ も 、 それっきり の 話 で 、 ただ 断片 、 それ 以上 の 進展 は 一 つ も ありません でした が 、 何 か 女 に 夢 を 見 させる 雰囲気 が 、 自分 の どこ か に つきまとって いる 事 は 、 それ は 、 のろ け だ の 何 だの と いう いい加減な 冗談 で なく 、 否定 でき ない ので ありました 。 ほりき||||はんぶん||おせじ||いった||||じぶん|||おもくるしく|おもいあたる|こと||||きっさ|てん||おんな||ちせつな|てがみ|||おぼえ|||||さくらぎ|まち||いえ||となり||しょうぐん|||||むすめ||まいあさ|じぶん||とうこう||じこく|||よう||む||そう な|||じぶん||いえ||もん||うすげしょう||でたり||||||ぎゅうにく||くい||いく||じぶん||だまって|||||おんな|なか||||かいつけ||たばこ|や||むすめ||てわたさ||たばこ||はこ||なか|||かぶき||み||おこなって|となり||せき|||||しんや||しでん||じぶん||よって|ねむって|||おもいがけなく|こきょう||しんせき||むすめ||おもいつめた||てがみ||らい|||だれ||||むすめ||じぶん||るす|なか|||てせい||にんぎょう||じぶん||きょくどに|しょうきょく|てきな||||||はなし|||だんぺん||いじょう||しんてん||ひと|||あり ませ ん|||なん||おんな||ゆめ||み|さ せる|ふんいき||じぶん|||||||こと||||||||なん||||いいかげんな|じょうだん|||ひてい||||あり ました 自分 は 、 それ を 堀木 ごとき 者 に 指摘 せられ 、 屈辱 に 似た 苦 ( にが ) さ を 感ずる と 共に 、 淫売 婦 と 遊ぶ 事 に も 、 にわかに 興 が 覚めました じぶん||||ほりき||もの||してき|せら れ|くつじょく||にた|く||||かんずる||ともに|いんばい|ふ||あそぶ|こと||||きょう||さめ ました