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Aozora Bunko Readings (4-5mins), 89. 丸之内点景 ‥‥東京の盛り場を巡る‥‥ - 小津安二郎

89. 丸 之内 点 景 ‥‥東京 の 盛り場 を 巡る ‥‥ - 小津 安二 郎

丸 之内 点 景 ‥‥ 東京 の 盛り場 を 巡る ‥‥ - 小津 安二 郎

春 の 夜 である 。 ・・

今 、 活動 が ハネた ばかりで 、 人 浪 は 、 帝 劇 から 丸 之内 の 一角 を 通 つて 、 銀座 に つ ゞ く 。 ・・

「 一 寸 、 つき合 へよ 、 アロハ ・ オエ を 一 枚 買 つて 行く んだ 」・・

三 人 連れ の 海軍 青年 士官 の 会話 。 ・・

▽ 春 の 夜 の 、 コンクリート の 建物 の 並んだ 、 丸 之内 の 裏通り の ごみ箱 一 つ 見え ない 、 アスフアルト の 往来 に 、 ふと 、 野菜 サラダ の に ほ ひ を 感じた と 芥川 龍 之介 は 書いて ゐる 。 ・・

この 通り に は 、 ところどころ に 西洋 料理 店 は ある し 、 大方 は 、 地下 室 が 、 料理 場 に な つて ゐて 、 ほ道 と すれ /\ に 通風 窓 が ある から 、 野菜 サラダ だ ら う が 、 かき フライ で あらう が 、 鼻 が 悪く ない 限り ごみ箱 を 連想 し 、 その 所在 を 気 に せ ず と も 、 それ より 遙 に 新鮮な に ほ ひ を 感じる の は 当然である 。 ・・

当時 、 この あたり に 洋食 屋 が 一 軒 も なか つた と 、 好意 的に 解釈 する と して ――・・

今 僕 の 前 を 行く 、 これ も 帝 劇 の 帰り の 慶応 の 学生 も 、 洋食 に 関して 極めて 博学 を 示して ゐる 。 ・・

「 日本 の 海老 は ラブスター と は 、 い は ない んだ ね 」・・

春 の 夜 の 丸 之内 の 裏通り に 、 ふと 洋食 を 感じる の は 、 どうやら 春 の 夜 の 定 式 らしい 。 ・・

▽ 相似 形 的 二 重 露出 ・・ 曇天 の 、 丸 ビル は 大きな 水 さ う に 似て ゐる 。 ・・

中 に 、 無数の 目高 が 泳いで ゐる 。 ・・

▽ 丸 ビル は 、 とても 大きい 愚 鈍 な 顔 を して ゐる 。 ・・

殊に 、 夜 が 明けて から 、 朝 の ラツシユ ・ アワー に なる 迄 の 数 時間 の 表情 と 来て は 、 早 発 性 痴ほう よだれ だ 。 よだれ は 敷石 を ぬらして ゐる 。 ・・

▽ ドーナツツ に 穴 の ある 様 に 、 もつ と 現実 的に いつ て 、 便所 の 防臭 剤 に 穴 の ある 様 に 、 丸 ビル の 内側 に も 、 通風 と 採光 の 穴 が あいて ゐる 。 ・・

丸 ビル 、 八 階 ――・・

窓 、 窓 、 窓 、 窓 、 東 向き ――・・

一 階 、 コーヒー を 沸 して ゐる 。 ・・

二 階 、 女 店員 と コンパクト 。 ・・

三 階 、 ポマード 頭 。 ・・

四 階 、 ヨーヨー を して ゐる 。 ・・

五 階 、 ヨーヨー を して ゐる 。 これ は ニウトン の 戸惑 ひ を した 表情 だ 。 ・・

六 階 、 丁 字形 定規 が 動いて ゐる 。 ・・

七 階 、 空室 。 ・・

八 階 、 窓 硝子 を ふいて ゐる 。 陸 の カンカン 虫 。 ・・

▽ 窓 、 窓 、 窓 、 窓 、 南 向き ――・・ 一 階 、 飯びつ が 乾 して ある 。 ・・

二 階 、 狸 が 狐 を 背負 つて ゐる 。 美容院 。 ・・

三 階 、 タイプ ライター を た ゝ いて ゐる 。 ・・

四 階 、 手 巾 が 乾 して ある 。 ・・

五 階 、 泣いて 文 書く 人 も ある 。 これ は うそ だ 。 給仕 が 靴 を 磨いて ゐる 。 ・・

六 階 、 盛 に 、 お辞儀 の 連発 だ 。 あれ は 借金 の 言訳 を して ゐる 。 ・・

七 階 、 途端 に 、 サイレン が 鳴 つた 。 ・・

午 砲 の サイレン に 変 つたの は 偶然で は ない 。 これ は まだしも 空き 腹 に 、 応 へ ない 。 ・・

▽ この 界わい の 、 ビルデング の ボイラー たき は 大方 、 らん ち う を 、 その 屋上 に 飼 つて ゐる 。 ・・

暖かく な つて 、 ボイラー の 方 が 暇に なる と 一方 は 、 食 ひ が 立つ て 急 が しく なる 。 ・・

▽ 極めて 早朝 、 この 界わい を 、 神田 あたり の 店員 が 、 皆 ユニホーム を 着て 、 皆 自転車 に 乗 つて 、 日比谷 あたり に 野球 の 練習 に 通る の を 見かけた こと が ある 。 ・・

これ は 僕 の 見た 都会 の 情景 の 中 で の 、 好ましい もの の 一 つ である 。 ・・

(「 東京 朝日 新聞 」 昭和 8 年 4 月 21 日 朝刊 )

89. 丸 之内 点 景 ‥‥東京 の 盛り場 を 巡る ‥‥ - 小津 安二 郎 まる|ゆきない|てん|けい|とうきょう||さかりば||めぐる|おつ|やすじ|ろう |within|||||entertainment district||||| 89. Marunouchi point-scene ... Tour of Tokyo's entertainment district ... - Yasujiro OZU 89. Marunouchi pointkei ... Recorrido por el distrito de ocio de Tokio ... - OZU Yasujiro 89. Маруноути поинткэй... Экскурсия по развлекательному району Токио... - Одзу Ясудзиро

丸 之内 点 景 ‥‥ 東京 の 盛り場 を 巡る ‥‥ - 小津 安二 郎 まる|ゆきない|てん|けい|とうきょう||さかりば||めぐる|おつ|やすじ|ろう |within||||||||Ozu|Yasujiro|

春 の 夜 である 。 はる||よ| ・・

今 、 活動 が ハネた ばかりで 、 人 浪 は 、 帝 劇 から 丸 之内 の 一角 を 通 つて 、 銀座 に つ ゞ く 。 いま|かつどう||はねた||じん|ろう||みかど|げき||まる|ゆきない||いっかく||つう||ぎんざ|||| |||finished|||||theater||||||a corner|||||||| ・・

「 一 寸 、 つき合 へよ 、 アロハ ・ オエ を 一 枚 買 つて 行く んだ 」・・ ひと|すん|つきあ||あろは|||ひと|まい|か||いく| ||to accompany|let's go|||||||||

三 人 連れ の 海軍 青年 士官 の 会話 。 みっ|じん|つれ||かいぐん|せいねん|しかん||かいわ ||||||officer|| ・・

▽ 春 の 夜 の 、 コンクリート の 建物 の 並んだ 、 丸 之内 の 裏通り の ごみ箱 一 つ 見え ない 、 アスフアルト の 往来 に 、 ふと 、 野菜 サラダ の に ほ ひ を 感じた と 芥川 龍 之介 は 書いて ゐる 。 はる||よ||こんくりーと||たてもの||ならんだ|まる|ゆきない||うらどおり||ごみばこ|ひと||みえ||||おうらい|||やさい|さらだ||||||かんじた||あくたがわ|りゅう|ゆきすけ||かいて| |||||||||||||||||||asphalt||||||||||||||Akutagawa||Ryunosuke||| ・・

この 通り に は 、 ところどころ に 西洋 料理 店 は ある し 、 大方 は 、 地下 室 が 、 料理 場 に な つて ゐて 、 ほ道 と すれ /\ に 通風 窓 が ある から 、 野菜 サラダ だ ら う が 、 かき フライ で あらう が 、 鼻 が 悪く ない 限り ごみ箱 を 連想 し 、 その 所在 を 気 に せ ず と も 、 それ より 遙 に 新鮮な に ほ ひ を 感じる の は 当然である 。 |とおり|||||せいよう|りょうり|てん||||おおかた||ちか|しつ||りょうり|じょう|||||ほどう||||つうふう|まど||||やさい|さらだ||||||ふらい||||はな||わるく||かぎり|ごみばこ||れんそう|||しょざい||き||||||||はるか||しんせんな|||||かんじる|||とうぜんである |||||||||||||||||||||||side road||||ventilation||||||||||||fried||||||||||||||||||||||||far|||||||||| ・・

当時 、 この あたり に 洋食 屋 が 一 軒 も なか つた と 、 好意 的に 解釈 する と して ――・・ とうじ||||ようしょく|や||ひと|のき|||||こうい|てきに|かいしゃく|||

今 僕 の 前 を 行く 、 これ も 帝 劇 の 帰り の 慶応 の 学生 も 、 洋食 に 関して 極めて 博学 を 示して ゐる 。 いま|ぼく||ぜん||いく|||みかど|げき||かえり||けいおう||がくせい||ようしょく||かんして|きわめて|はくがく||しめして| |||||||||||||Keio||||||||well-informed||| ・・

「 日本 の 海老 は ラブスター と は 、 い は ない んだ ね 」・・ にっぽん||えび||||||||| ||||lobster|||||||

春 の 夜 の 丸 之内 の 裏通り に 、 ふと 洋食 を 感じる の は 、 どうやら 春 の 夜 の 定 式 らしい 。 はる||よ||まる|ゆきない||うらどおり|||ようしょく||かんじる||||はる||よ||てい|しき| ・・

▽ 相似 形 的 二 重 露出 ・・ そうじ|かた|てき|ふた|おも|ろしゅつ similar|||||exposure 曇天 の 、 丸 ビル は 大きな 水 さ う に 似て ゐる 。 どんてん||まる|びる||おおきな|すい||||にて| cloudy sky||||||||||| ・・

中 に 、 無数の 目高 が 泳いで ゐる 。 なか||むすうの|めだか||およいで| |||small fish||| ・・

▽ 丸 ビル は 、 とても 大きい 愚 鈍 な 顔 を して ゐる 。 まる|びる|||おおきい|ぐ|どん||かお||| ・・

殊に 、 夜 が 明けて から 、 朝 の ラツシユ ・ アワー に なる 迄 の 数 時間 の 表情 と 来て は 、 早 発 性 痴ほう よだれ だ 。 ことに|よ||あけて||あさ||||||まで||すう|じかん||ひょうじょう||きて||はや|はつ|せい|ちほう|| |||||||rush||||||||||||||||early dementia|| よだれ は 敷石 を ぬらして ゐる 。 ||しきいし||| ||paved stone||| ・・

▽ ドーナツツ に 穴 の ある 様 に 、 もつ と 現実 的に いつ て 、 便所 の 防臭 剤 に 穴 の ある 様 に 、 丸 ビル の 内側 に も 、 通風 と 採光 の 穴 が あいて ゐる 。 ||あな|||さま||||げんじつ|てきに|||べんじょ||ぼうしゅう|ざい||あな|||さま||まる|びる||うちがわ|||つうふう||さいこう||あな||| donut|||||||||||||||deodorant|||||||||||inside|||||||||| ・・

丸 ビル 、 八 階 ――・・ まる|びる|やっ|かい

窓 、 窓 、 窓 、 窓 、 東 向き ――・・ まど|まど|まど|まど|ひがし|むき

一 階 、 コーヒー を 沸 して ゐる 。 ひと|かい|こーひー||わ|| ・・

二 階 、 女 店員 と コンパクト 。 ふた|かい|おんな|てんいん||こんぱくと |||||compact ・・

三 階 、 ポマード 頭 。 みっ|かい||あたま ・・

四 階 、 ヨーヨー を して ゐる 。 よっ|かい|||| ・・

五 階 、 ヨーヨー を して ゐる 。 いつ|かい|||| これ は ニウトン の 戸惑 ひ を した 表情 だ 。 ||||とまど||||ひょうじょう| ||Newton||confusion||||| ・・

六 階 、 丁 字形 定規 が 動いて ゐる 。 むっ|かい|ちょう|じけい|じょうぎ||うごいて| ||||ruler||| ・・

七 階 、 空室 。 なな|かい|くうしつ ||vacant room ・・

八 階 、 窓 硝子 を ふいて ゐる 。 やっ|かい|まど|がらす||| 陸 の カンカン 虫 。 りく||かんかん|ちゅう ||locust| ・・

▽ 窓 、 窓 、 窓 、 窓 、 南 向き ――・・ まど|まど|まど|まど|みなみ|むき 一 階 、 飯びつ が 乾 して ある 。 ひと|かい|めしびつ||いぬい|| ||rice container|||| ・・

二 階 、 狸 が 狐 を 背負 つて ゐる 。 ふた|かい|たぬき||きつね||せお|| 美容院 。 びよういん ・・

三 階 、 タイプ ライター を た ゝ いて ゐる 。 みっ|かい|たいぷ|らいたー||||| |||typewriter||||| ・・

四 階 、 手 巾 が 乾 して ある 。 よっ|かい|て|べき||いぬい|| ・・

五 階 、 泣いて 文 書く 人 も ある 。 いつ|かい|ないて|ぶん|かく|じん|| これ は うそ だ 。 給仕 が 靴 を 磨いて ゐる 。 きゅうじ||くつ||みがいて| ・・

六 階 、 盛 に 、 お辞儀 の 連発 だ 。 むっ|かい|さかり||おじぎ||れんぱつ| あれ は 借金 の 言訳 を して ゐる 。 ||しゃっきん||いいわけ||| ||||excuse||| ・・

七 階 、 途端 に 、 サイレン が 鳴 つた 。 なな|かい|とたん||さいれん||な| ||||siren||| ・・

午 砲 の サイレン に 変 つたの は 偶然で は ない 。 うま|ほう||さいれん||へん|||ぐうぜんで|| これ は まだしも 空き 腹 に 、 応 へ ない 。 |||あき|はら||おう|| ・・

▽ この 界わい の 、 ビルデング の ボイラー たき は 大方 、 らん ち う を 、 その 屋上 に 飼 つて ゐる 。 |かいわい||||ぼいらー|||おおかた||||||おくじょう||か|| |boundary||building||boiler||||||||||||| ・・

暖かく な つて 、 ボイラー の 方 が 暇に なる と 一方 は 、 食 ひ が 立つ て 急 が しく なる 。 あたたかく|||ぼいらー||かた||ひまに|||いっぽう||しょく|||たつ||きゅう||| ・・

▽ 極めて 早朝 、 この 界わい を 、 神田 あたり の 店員 が 、 皆 ユニホーム を 着て 、 皆 自転車 に 乗 つて 、 日比谷 あたり に 野球 の 練習 に 通る の を 見かけた こと が ある 。 きわめて|そうちょう||かいわい||しんでん|||てんいん||みな|ゆにほーむ||きて|みな|じてんしゃ||じょう||ひびや|||やきゅう||れんしゅう||とおる|||みかけた||| |||||||||||uniform||||||||Hibiya||||||||||||| ・・

これ は 僕 の 見た 都会 の 情景 の 中 で の 、 好ましい もの の 一 つ である 。 ||ぼく||みた|とかい||じょうけい||なか|||このましい|||ひと|| ||||||||||||desirable||||| ・・

(「 東京 朝日 新聞 」 昭和 8 年 4 月 21 日 朝刊 ) とうきょう|あさひ|しんぶん|しょうわ|とし|つき|ひ|ちょうかん