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或る女 - 有島武郎(アクセス), 44.2 或る女

44.2 或る 女

葉子 は 自分 で 貞 世 の 食事 を 作って やる ため に 宿直 室 の そば に ある 小さな 庖厨 に 行って 、 洋食 店 から 届けて 来た ソップ を 温めて 塩 で 味 を つけて いる 間 も 、 だんだん 起き 出て 来る 看護 婦 たち に 貞 世 の 昨夜 の 経過 を 誇り が に 話して 聞か せた 。 病室 に 帰って 見る と 、 愛子 が すでに 目ざめた 貞 世に 朝 じまい を さ せて いた 。 熱 が 下がった ので きげん の よ かる べき 貞 世 は いっそう ふきげんに なって 見えた 。 愛子 の する 事 一つ一つ に 故障 を いい立てて 、 なかなか いう 事 を 聞こう と は し なかった 。 熱 の 下がった の に 連れて 始めて 貞 世 の 意志 が 人間 らしく 働き 出した のだ と 葉子 は 気 が ついて 、 それ も 許さ なければ なら ない 事 だ と 、 自分 の 事 の ように 心 で 弁 疏 した 。 ようやく 洗面 が 済んで 、 それ から 寝 台 の 周囲 を 整頓 する と もう 全く 朝 に なって いた 。 けさ こそ は 貞 世 が きっと 賞 美し ながら 食事 を 取る だろう と 葉子 は いそいそ と たけ の 高い 食卓 を 寝 台 の 所 に 持って行った 。 ・・

その 時 思いがけなく も 朝がけ に 倉地 が 見舞い に 来た 。 倉地 も 涼し げ な 単 衣 に 絽 の 羽織 を 羽織った まま だった 。 その 強健な 、 物 を 物 と も し ない 姿 は 夏 の 朝 の 気分 と しっくり そぐって 見えた ばかりで なく 、 その 日 に 限って 葉子 は 絵 島 丸 の 中 で 語り合った 倉地 を 見いだした ように 思って 、 その 寛 濶 な 様子 が なつかしく のみ ながめられた 。 倉地 も つとめて 葉子 の 立ち直った 気分 に 同じ て いる らしかった 。 それ が 葉子 を いっそう 快活に した 。 葉子 は 久しぶりで その 銀 の 鈴 の ような 澄み とおった 声 で 高 調子 に 物 を いい ながら 二 言 目 に は 涼しく 笑った 。 ・・

「 さ 、 貞 ちゃん 、 ねえさん が 上手に 味 を つけて 来て 上げた から ソップ を 召し上がれ 。 けさ は きっと おいしく 食べられます よ 。 今 まで は 熱 で 味 も 何も なかった わ ね 、 かわいそうに 」・・

そう いって 貞 世 の 身 ぢか に 椅子 を 占め ながら 、 糊 の 強い ナフキン を 枕 から 喉 に かけて あてがって やる と 、 貞 世 の 顔 は 愛子 の いう ように ひどく 青味がかって 見えた 。 小さな 不安 が 葉子 の 頭 を つきぬけた 。 葉子 は 清潔な 銀 の 匙 に 少し ばかり ソップ を しゃく い 上げて 貞 世 の 口 もと に あてがった 。 ・・

「 まずい 」・・

貞 世 は ちらっと 姉 を にらむ ように 盗み 見て 、 口 に ある だけ の ソップ を しいて 飲みこんだ 。 ・・

「 おや どうして 」・・

「 甘った らしくって 」・・

「 そんな はず は ない が ねえ 。 どれ それ じゃ も 少し 塩 を 入れて あげます わ 」・・

葉子 は 塩 を たして みた 。 けれども 貞 世 は うまい と は いわ なかった 。 また 一口 飲み込む と もう いやだ と いった 。 ・・

「 そう いわ ず と も 少し 召し上がれ 、 ね 、 せっかく ねえさん が 加減 した んだ から 。 第 一 食べ ないで いて は 弱って しまいます よ 」・・

そう 促して みて も 貞 世 は 金輪際 あと を 食べよう と は し なかった 。 ・・

突然 自分 でも 思い も よら ない 憤怒 が 葉子 に 襲いかかった 。 自分 が これほど 骨 を 折って して やった のに 、 義理 に も もう 少し は 食べて よ さ そうな もの だ 。 なんという わがままな 子 だろう ( 葉子 は 貞 世 が 味覚 を 回復 して いて 、 流動 食 で は 満足 し なく なった の を 少しも 考え に 入れ なかった )。 ・・

そう なる と もう 葉子 は 自分 を 統御 する 力 を 失って しまって いた 。 血管 の 中 の 血 が 一 時 に かっと 燃え 立って 、 それ が 心臓 に 、 そして 心臓 から 頭 に 衝 き 進んで 、 頭蓋 骨 は ばりばり と 音 を 立てて 破れ そうだった 。 日ごろ あれほど かわいがって やって いる のに 、…… 憎 さ は 一 倍 だった 。 貞 世 を 見つめて いる うち に 、 その やせ きった 細 首 に 鍬 形 に した 両手 を かけて 、 一思いに しめつけて 、 苦しみ もがく 様子 を 見て 、「 そら 見る が いい 」 と いい捨てて やりたい 衝動 が むずむず と わいて 来た 。 その 頭 の まわり に あてがわ る べき 両手 の 指 は 思わず 知ら ず 熊手 の ように 折れ曲がって 、 はげしい 力 の ため に 細かく 震えた 。 葉子 は 凶器 に 変わった ような その 手 を 人 に 見られる の が 恐ろしかった ので 、 茶わん と 匙 と を 食卓 に かえして 、 前 だれ の 下 に 隠して しまった 。 上 まぶた の 一 文字 に なった 目 を きりっと 据えて はたと 貞 世 を にらみつけた 。 葉子 の 目 に は 貞 世 の ほか に その 部屋 の もの は 倉地 から 愛子 に 至る まで すっかり 見え なく なって しまって いた 。 ・・

「 食べ ない かい 」・・

「 食べ ない かい 。 食べ なければ 云々 」 と 小言 を いって 貞 世 を 責める はずだった が 、 初 句 を 出した だけ で 、 自分 の 声 の あまりに 激しい 震えよう に 言葉 を 切って しまった 。 ・・

「 食べ ない …… 食べ ない …… 御飯 で なくって は いや あだ あ 」・・

葉子 の 声 の 下 から すぐ こうした わがままな 貞 世 の すね に すねた 声 が 聞こえた と 葉子 は 思った 。 まっ黒 な 血潮 が どっと 心臓 を 破って 脳天 に 衝 き 進んだ と 思った 。 目の前 で 貞 世 の 顔 が 三 つ に も 四 つ に も なって 泳いだ 。 その あと に は 色 も 声 も しびれ 果てて しまった ような 暗黒の 忘我 が 来た 。 ・・

「 おね え 様 …… おね え 様 ひどい …… いや あ ……」・・

「 葉 ちゃん …… あぶない ……」・・

貞 世 と 倉地 の 声 と が もつれ 合って 、 遠い 所 から の ように 聞こえて 来る の を 、 葉子 は だれ か が 何 か 貞 世に 乱暴 を して いる のだ な と 思ったり 、 この 勢い で 行か なければ 貞 世 は 殺せ や し ない と 思ったり して いた 。 いつのまにか 葉子 は ただ 一筋 に 貞 世 を 殺そう と ばかり あせって いた のだ 。 葉子 は 闇 黒 の 中 で 何 か 自分 に 逆らう 力 と 根限り あらそい ながら 、 物 すごい ほど の 力 を ふりしぼって たたかって いる らしかった 。 何 が なんだか わから なかった 。 その 混乱 の 中 に 、 あるいは 今 自分 は 倉地 の 喉 笛 に 針 の ように なった 自分 の 十 本 の 爪 を 立てて 、 ねじり もがき ながら 争って いる ので は ない か と も 思った 。 それ も やがて 夢 の ようだった 。 遠ざかり ながら 人 の 声 と も 獣 の 声 と も 知れ ぬ 音響 が かすかに 耳 に 残って 、 胸 の 所 に さし込んで 来る 痛 み を 吐き気 の ように 感じた 次の 瞬間 に は 、 葉子 は 昏々 と して 熱 も 光 も 声 も ない 物 すさまじい 暗黒の 中 に まっさかさまに 浸って 行った 。 ・・

ふと 葉子 は 擽 む る ような もの を 耳 の 所 に 感じた 。 それ が 音響 だ と わかる まで に は どの くらい の 時間 が 経過 した か しれ ない 。 とにかく 葉子 は がやがや と いう 声 を だんだん と はっきり 聞く ように なった 。 そして ぽっかり 視力 を 回復 した 。 見る と 葉子 は 依然と して 貞 世 の 病室 に いる のだった 。 愛子 が 後ろ向き に なって 寝 台 の 上 に いる 貞 世 を 介抱 して いた 。 自分 は …… 自分 は と 葉子 は 始めて 自分 を 見回そう と した が 、 からだ は 自由 を 失って いた 。 そこ に は 倉地 が いて 葉子 の 首根っこ に 腕 を 回して 、 膝 の 上 に 一方 の 足 を 乗せて 、 しっかり と 抱きすくめて いた 。 その 足 の 重 さ が 痛い ほど 感じられ 出した 。 やっぱり 自分 は 倉地 を 死に 神 の もと へ 追いこ くろう と して いた のだ な と 思った 。 そこ に は 白衣 を 着た 医者 も 看護 婦 も 見え 出した 。 ・・

葉子 は それ だけ の 事 を 見る と 急に 気 の ゆるむ の を 覚えた 。 そして 涙 が ぼろぼろ と 出て しかたがなく なった 。 おかしな …… どうして こう 涙 が 出る のだろう と 怪しむ うち に 、 やる 瀬 ない 悲哀 が どっと こみ上げて 来た 。 底 の ない ような さびしい 悲哀 …… その うち に 葉子 は 悲哀 と も 睡 さ と も 区別 の でき ない 重い 力 に 圧せられて また 知覚 から 物 の ない 世界 に 落ち込んで 行った 。 ・・

ほんとうに 葉子 が 目 を さました 時 に は 、 まっさおに 晴天 の 後 の 夕暮れ が 催して いる ころ だった 。 葉子 は 部屋 の すみ の 三 畳 に 蚊帳 の 中 に 横 に なって 寝て いた のだった 。 そこ に は 愛子 の ほか に 岡 も 来 合わせて 貞 世 の 世話 を して いた 。 倉地 は もう い なかった 。 ・・

愛子 の いう 所 に よる と 、 葉子 は 貞 世に ソップ を 飲ま そう と して いろいろに いった が 、 熱 が 下がって 急に 食欲 の ついた 貞 世 は 飯 で なければ どうしても 食べ ない と いって きか なかった の を 、 葉子 は 涙 を 流さ ん ばかりに なって 執念 く ソップ を 飲ま せよう と した 結果 、 貞 世 は そこ に あった ソップ 皿 を 臥 てい ながら ひっくり返して しまった のだった 。 そう する と 葉子 は いきなり 立ち上がって 貞 世 の 胸 もと を つかむ なり 寝 台 から 引きずり おろして こづき 回した 。 幸いに い 合わした 倉地 が 大事に なら ない うち に 葉子 から 貞 世 を 取り 放し は した が 、 今度 は 葉子 は 倉地 に 死に物狂い に 食ってかかって 、 その うち に 激しい 癪 を 起こして しまった のだ と の 事 だった 。 ・・

葉子 の 心 は むなしく 痛んだ 。 どこ に とて 取りつく もの も ない ような むなし さ が 心 に は 残って いる ばかりだった 。 貞 世 の 熱 は すっかり 元通りに のぼって しまって 、 ひどく おびえる らしい 囈言 を 絶え間 なし に 口走った 。 節々 は ひどく 痛み を 覚え ながら 、 発作 の 過ぎ去った 葉子 は 、 ふだん どおり に なって 起き上がる 事 も できる のだった 。 しかし 葉子 は 愛子 や 岡 へ の 手前 すぐ 起き上がる の も 変だった ので その 日 は そのまま 寝 続けた 。 ・・

貞 世 は 今度 こそ は 死ぬ 。 とうとう 自分 の 末路 も 来て しまった 。 そう 思う と 葉子 は やるかたなく 悲しかった 。 た とい 貞 世 と 自分 と が 幸いに 生き残った と して も 、 貞 世 は きっと 永 劫 自分 を 命 の 敵 と 怨 むに 違いない 。 ・・

「 死ぬ に 限る 」・・

葉子 は 窓 を 通して 青から 藍 に 変わって 行き つつ ある 初夏 の 夜 の 景色 を ながめた 。 神秘 的な 穏やか さ と 深 さ と は 脳 心 に しみ 通る ようだった 。 貞 世 の 枕 もと に は 若い 岡 と 愛子 と が むつまじ げ に 居たり 立ったり して 貞 世 の 看護 に 余念 なく 見えた 。 その 時 の 葉子 に は それ は 美しく さえ 見えた 。 親切な 岡 、 柔 順な 愛子 …… 二 人 が 愛し 合う の は 当然で いい 事 らしい 。 ・・

「 どうせ すべて は 過ぎ去る のだ 」・・

葉子 は 美しい 不思議な 幻影 でも 見る ように 、 電気 灯 の 緑 の 光 の 中 に 立つ 二 人 の 姿 を 、 無常 を 見ぬいた 隠 者 の ような 心 に なって 打ち ながめた 。

44.2 或る 女 ある|おんな 44,2 Una mujer

葉子 は 自分 で 貞 世 の 食事 を 作って やる ため に 宿直 室 の そば に ある 小さな 庖厨 に 行って 、 洋食 店 から 届けて 来た ソップ を 温めて 塩 で 味 を つけて いる 間 も 、 だんだん 起き 出て 来る 看護 婦 たち に 貞 世 の 昨夜 の 経過 を 誇り が に 話して 聞か せた 。 ようこ||じぶん||さだ|よ||しょくじ||つくって||||しゅくちょく|しつ|||||ちいさな|ほうず||おこなって|ようしょく|てん||とどけて|きた|||あたためて|しお||あじ||||あいだ|||おき|でて|くる|かんご|ふ|||さだ|よ||さくや||けいか||ほこり|||はなして|きか| 病室 に 帰って 見る と 、 愛子 が すでに 目ざめた 貞 世に 朝 じまい を さ せて いた 。 びょうしつ||かえって|みる||あいこ|||めざめた|さだ|よに|あさ||||| 熱 が 下がった ので きげん の よ かる べき 貞 世 は いっそう ふきげんに なって 見えた 。 ねつ||さがった|||||||さだ|よ|||||みえた 愛子 の する 事 一つ一つ に 故障 を いい立てて 、 なかなか いう 事 を 聞こう と は し なかった 。 あいこ|||こと|ひとつひとつ||こしょう||いいたてて|||こと||きこう|||| He blamed every single thing Aiko did, and didn't want to listen to what she had to say. 熱 の 下がった の に 連れて 始めて 貞 世 の 意志 が 人間 らしく 働き 出した のだ と 葉子 は 気 が ついて 、 それ も 許さ なければ なら ない 事 だ と 、 自分 の 事 の ように 心 で 弁 疏 した 。 ねつ||さがった|||つれて|はじめて|さだ|よ||いし||にんげん||はたらき|だした|||ようこ||き|||||ゆるさ||||こと|||じぶん||こと|||こころ||べん|そ| It wasn't until her fever had subsided that Yoko realized that Sadayo's will had begun to act like a human again, and she said to herself that she had to forgive him for that as well. . ようやく 洗面 が 済んで 、 それ から 寝 台 の 周囲 を 整頓 する と もう 全く 朝 に なって いた 。 |せんめん||すんで|||ね|だい||しゅうい||せいとん||||まったく|あさ||| けさ こそ は 貞 世 が きっと 賞 美し ながら 食事 を 取る だろう と 葉子 は いそいそ と たけ の 高い 食卓 を 寝 台 の 所 に 持って行った 。 |||さだ|よ|||しょう|うつくし||しょくじ||とる|||ようこ||||||たかい|しょくたく||ね|だい||しょ||もっていった Knowing that this morning Sadayo would be eating in style, Yoko cheerfully carried the tall dining table to the bed. ・・

その 時 思いがけなく も 朝がけ に 倉地 が 見舞い に 来た 。 |じ|おもいがけなく||あさがけ||くらち||みまい||きた 倉地 も 涼し げ な 単 衣 に 絽 の 羽織 を 羽織った まま だった 。 くらち||すずし|||ひとえ|ころも||ろ||はおり||はおった|| その 強健な 、 物 を 物 と も し ない 姿 は 夏 の 朝 の 気分 と しっくり そぐって 見えた ばかりで なく 、 その 日 に 限って 葉子 は 絵 島 丸 の 中 で 語り合った 倉地 を 見いだした ように 思って 、 その 寛 濶 な 様子 が なつかしく のみ ながめられた 。 |きょうけんな|ぶつ||ぶつ|||||すがた||なつ||あさ||きぶん|||そぐ って|みえた||||ひ||かぎって|ようこ||え|しま|まる||なか||かたりあった|くらち||みいだした||おもって||ひろし|かつ||ようす||||ながめ られた 倉地 も つとめて 葉子 の 立ち直った 気分 に 同じ て いる らしかった 。 くらち|||ようこ||たちなおった|きぶん||おなじ||| それ が 葉子 を いっそう 快活に した 。 ||ようこ|||かいかつに| 葉子 は 久しぶりで その 銀 の 鈴 の ような 澄み とおった 声 で 高 調子 に 物 を いい ながら 二 言 目 に は 涼しく 笑った 。 ようこ||ひさしぶりで||ぎん||すず|||すみ||こえ||たか|ちょうし||ぶつ||||ふた|げん|め|||すずしく|わらった ・・

「 さ 、 貞 ちゃん 、 ねえさん が 上手に 味 を つけて 来て 上げた から ソップ を 召し上がれ 。 |さだ||||じょうずに|あじ|||きて|あげた||||めしあがれ けさ は きっと おいしく 食べられます よ 。 ||||たべ られ ます| 今 まで は 熱 で 味 も 何も なかった わ ね 、 かわいそうに 」・・ いま|||ねつ||あじ||なにも||||

そう いって 貞 世 の 身 ぢか に 椅子 を 占め ながら 、 糊 の 強い ナフキン を 枕 から 喉 に かけて あてがって やる と 、 貞 世 の 顔 は 愛子 の いう ように ひどく 青味がかって 見えた 。 ||さだ|よ||み|||いす||しめ||のり||つよい|||まくら||のど||||||さだ|よ||かお||あいこ|||||あおみがかって|みえた As he said that, he sat down on the chair next to Sadayo and put a napkin with strong starch on his pillow and his throat. 小さな 不安 が 葉子 の 頭 を つきぬけた 。 ちいさな|ふあん||ようこ||あたま|| 葉子 は 清潔な 銀 の 匙 に 少し ばかり ソップ を しゃく い 上げて 貞 世 の 口 もと に あてがった 。 ようこ||せいけつな|ぎん||さじ||すこし||||||あげて|さだ|よ||くち||| ・・

「 まずい 」・・

貞 世 は ちらっと 姉 を にらむ ように 盗み 見て 、 口 に ある だけ の ソップ を しいて 飲みこんだ 。 さだ|よ|||あね||||ぬすみ|みて|くち||||||||のみこんだ ・・

「 おや どうして 」・・

「 甘った らしくって 」・・ あま った|らしく って

「 そんな はず は ない が ねえ 。 どれ それ じゃ も 少し 塩 を 入れて あげます わ 」・・ ||||すこし|しお||いれて|あげ ます|

葉子 は 塩 を たして みた 。 ようこ||しお||| けれども 貞 世 は うまい と は いわ なかった 。 |さだ|よ|||||| また 一口 飲み込む と もう いやだ と いった 。 |ひとくち|のみこむ||||| After another sip, he said he didn't want it anymore. ・・

「 そう いわ ず と も 少し 召し上がれ 、 ね 、 せっかく ねえさん が 加減 した んだ から 。 |||||すこし|めしあがれ|||||かげん||| 第 一 食べ ないで いて は 弱って しまいます よ 」・・ だい|ひと|たべ||||よわって|しまい ます|

そう 促して みて も 貞 世 は 金輪際 あと を 食べよう と は し なかった 。 |うながして|||さだ|よ||こんりんざい|||たべよう|||| ・・

突然 自分 でも 思い も よら ない 憤怒 が 葉子 に 襲いかかった 。 とつぜん|じぶん||おもい||||ふんぬ||ようこ||おそいかかった 自分 が これほど 骨 を 折って して やった のに 、 義理 に も もう 少し は 食べて よ さ そうな もの だ 。 じぶん|||こつ||おって||||ぎり||||すこし||たべて|||そう な|| なんという わがままな 子 だろう ( 葉子 は 貞 世 が 味覚 を 回復 して いて 、 流動 食 で は 満足 し なく なった の を 少しも 考え に 入れ なかった )。 ||こ||ようこ||さだ|よ||みかく||かいふく|||りゅうどう|しょく|||まんぞく||||||すこしも|かんがえ||いれ| ・・

そう なる と もう 葉子 は 自分 を 統御 する 力 を 失って しまって いた 。 ||||ようこ||じぶん||とうぎょ||ちから||うしなって|| 血管 の 中 の 血 が 一 時 に かっと 燃え 立って 、 それ が 心臓 に 、 そして 心臓 から 頭 に 衝 き 進んで 、 頭蓋 骨 は ばりばり と 音 を 立てて 破れ そうだった 。 けっかん||なか||ち||ひと|じ||か っと|もえ|たって|||しんぞう|||しんぞう||あたま||しょう||すすんで|ずがい|こつ||||おと||たてて|やぶれ|そう だった 日ごろ あれほど かわいがって やって いる のに 、…… 憎 さ は 一 倍 だった 。 ひごろ||||||にく|||ひと|ばい| 貞 世 を 見つめて いる うち に 、 その やせ きった 細 首 に 鍬 形 に した 両手 を かけて 、 一思いに しめつけて 、 苦しみ もがく 様子 を 見て 、「 そら 見る が いい 」 と いい捨てて やりたい 衝動 が むずむず と わいて 来た 。 さだ|よ||みつめて|||||||ほそ|くび||くわ|かた|||りょうて|||ひとおもいに||くるしみ||ようす||みて||みる||||いいすてて|やり たい|しょうどう|||||きた While I was staring at Sadayo, I put my hands in the shape of a hoe around his thin neck, squeezed him in a single thought, and when I saw him struggling, I said, "Look at the sky," and had the urge to throw him away. A sudden wave came to me. その 頭 の まわり に あてがわ る べき 両手 の 指 は 思わず 知ら ず 熊手 の ように 折れ曲がって 、 はげしい 力 の ため に 細かく 震えた 。 |あたま|||||||りょうて||ゆび||おもわず|しら||くまで|||おれまがって||ちから||||こまかく|ふるえた The fingers of both hands that should have been placed around his head unintentionally bent like rakes, and trembled with a violent force. 葉子 は 凶器 に 変わった ような その 手 を 人 に 見られる の が 恐ろしかった ので 、 茶わん と 匙 と を 食卓 に かえして 、 前 だれ の 下 に 隠して しまった 。 ようこ||きょうき||かわった|||て||じん||み られる|||おそろしかった||ちゃわん||さじ|||しょくたく|||ぜん|||した||かくして| 上 まぶた の 一 文字 に なった 目 を きりっと 据えて はたと 貞 世 を にらみつけた 。 うえ|||ひと|もじ|||め|||すえて||さだ|よ|| 葉子 の 目 に は 貞 世 の ほか に その 部屋 の もの は 倉地 から 愛子 に 至る まで すっかり 見え なく なって しまって いた 。 ようこ||め|||さだ|よ|||||へや||||くらち||あいこ||いたる|||みえ|||| ・・

「 食べ ない かい 」・・ たべ||

「 食べ ない かい 。 たべ|| 食べ なければ 云々 」 と 小言 を いって 貞 世 を 責める はずだった が 、 初 句 を 出した だけ で 、 自分 の 声 の あまりに 激しい 震えよう に 言葉 を 切って しまった 。 たべ||うんぬん||こごと|||さだ|よ||せめる|||はつ|く||だした|||じぶん||こえ|||はげしい|ふるえよう||ことば||きって| ・・

「 食べ ない …… 食べ ない …… 御飯 で なくって は いや あだ あ 」・・ たべ||たべ||ごはん||なく って||||

葉子 の 声 の 下 から すぐ こうした わがままな 貞 世 の すね に すねた 声 が 聞こえた と 葉子 は 思った 。 ようこ||こえ||した|||||さだ|よ|||||こえ||きこえた||ようこ||おもった まっ黒 な 血潮 が どっと 心臓 を 破って 脳天 に 衝 き 進んだ と 思った 。 まっ くろ||ちしお|||しんぞう||やぶって|のうてん||しょう||すすんだ||おもった I thought the pitch black blood had burst through my heart and rushed into my head. 目の前 で 貞 世 の 顔 が 三 つ に も 四 つ に も なって 泳いだ 。 めのまえ||さだ|よ||かお||みっ||||よっ|||||およいだ Before my eyes, Sadayo's face split into three or four and swam away. その あと に は 色 も 声 も しびれ 果てて しまった ような 暗黒の 忘我 が 来た 。 ||||いろ||こえ|||はてて|||あんこくの|ぼうわれ||きた ・・

「 おね え 様 …… おね え 様 ひどい …… いや あ ……」・・ ||さま|||さま|||

「 葉 ちゃん …… あぶない ……」・・ は||

貞 世 と 倉地 の 声 と が もつれ 合って 、 遠い 所 から の ように 聞こえて 来る の を 、 葉子 は だれ か が 何 か 貞 世に 乱暴 を して いる のだ な と 思ったり 、 この 勢い で 行か なければ 貞 世 は 殺せ や し ない と 思ったり して いた 。 さだ|よ||くらち||こえ||||あって|とおい|しょ||||きこえて|くる|||ようこ|||||なん||さだ|よに|らんぼう|||||||おもったり||いきおい||いか||さだ|よ||ころせ|||||おもったり|| いつのまにか 葉子 は ただ 一筋 に 貞 世 を 殺そう と ばかり あせって いた のだ 。 |ようこ|||ひとすじ||さだ|よ||ころそう||||| 葉子 は 闇 黒 の 中 で 何 か 自分 に 逆らう 力 と 根限り あらそい ながら 、 物 すごい ほど の 力 を ふりしぼって たたかって いる らしかった 。 ようこ||やみ|くろ||なか||なん||じぶん||さからう|ちから||こんかぎり|||ぶつ||||ちから||||| In the darkness, Yoko seemed to be wrestling with a tremendous amount of power while fighting to the core with some force that would oppose her. 何 が なんだか わから なかった 。 なん|||| その 混乱 の 中 に 、 あるいは 今 自分 は 倉地 の 喉 笛 に 針 の ように なった 自分 の 十 本 の 爪 を 立てて 、 ねじり もがき ながら 争って いる ので は ない か と も 思った 。 |こんらん||なか|||いま|じぶん||くらち||のど|ふえ||はり||||じぶん||じゅう|ほん||つめ||たてて||||あらそって||||||||おもった それ も やがて 夢 の ようだった 。 |||ゆめ|| 遠ざかり ながら 人 の 声 と も 獣 の 声 と も 知れ ぬ 音響 が かすかに 耳 に 残って 、 胸 の 所 に さし込んで 来る 痛 み を 吐き気 の ように 感じた 次の 瞬間 に は 、 葉子 は 昏々 と して 熱 も 光 も 声 も ない 物 すさまじい 暗黒の 中 に まっさかさまに 浸って 行った 。 とおざかり||じん||こえ|||けだもの||こえ|||しれ||おんきょう|||みみ||のこって|むね||しょ||さしこんで|くる|つう|||はきけ|||かんじた|つぎの|しゅんかん|||ようこ||こんこん|||ねつ||ひかり||こえ|||ぶつ||あんこくの|なか|||ひたって|おこなった ・・

ふと 葉子 は 擽 む る ような もの を 耳 の 所 に 感じた 。 |ようこ||くすぐ||||||みみ||しょ||かんじた それ が 音響 だ と わかる まで に は どの くらい の 時間 が 経過 した か しれ ない 。 ||おんきょう||||||||||じかん||けいか|||| とにかく 葉子 は がやがや と いう 声 を だんだん と はっきり 聞く ように なった 。 |ようこ|||||こえ|||||きく|| そして ぽっかり 視力 を 回復 した 。 ||しりょく||かいふく| 見る と 葉子 は 依然と して 貞 世 の 病室 に いる のだった 。 みる||ようこ||いぜん と||さだ|よ||びょうしつ||| 愛子 が 後ろ向き に なって 寝 台 の 上 に いる 貞 世 を 介抱 して いた 。 あいこ||うしろむき|||ね|だい||うえ|||さだ|よ||かいほう|| 自分 は …… 自分 は と 葉子 は 始めて 自分 を 見回そう と した が 、 からだ は 自由 を 失って いた 。 じぶん||じぶん|||ようこ||はじめて|じぶん||みまわそう||||||じゆう||うしなって| そこ に は 倉地 が いて 葉子 の 首根っこ に 腕 を 回して 、 膝 の 上 に 一方 の 足 を 乗せて 、 しっかり と 抱きすくめて いた 。 |||くらち|||ようこ||くびねっこ||うで||まわして|ひざ||うえ||いっぽう||あし||のせて|||だきすくめて| その 足 の 重 さ が 痛い ほど 感じられ 出した 。 |あし||おも|||いたい||かんじ られ|だした やっぱり 自分 は 倉地 を 死に 神 の もと へ 追いこ くろう と して いた のだ な と 思った 。 |じぶん||くらち||しに|かみ||||おいこ||||||||おもった そこ に は 白衣 を 着た 医者 も 看護 婦 も 見え 出した 。 |||はくい||きた|いしゃ||かんご|ふ||みえ|だした ・・

葉子 は それ だけ の 事 を 見る と 急に 気 の ゆるむ の を 覚えた 。 ようこ|||||こと||みる||きゅうに|き|||||おぼえた そして 涙 が ぼろぼろ と 出て しかたがなく なった 。 |なみだ||||でて|| おかしな …… どうして こう 涙 が 出る のだろう と 怪しむ うち に 、 やる 瀬 ない 悲哀 が どっと こみ上げて 来た 。 |||なみだ||でる|||あやしむ||||せ||ひあい|||こみあげて|きた 底 の ない ような さびしい 悲哀 …… その うち に 葉子 は 悲哀 と も 睡 さ と も 区別 の でき ない 重い 力 に 圧せられて また 知覚 から 物 の ない 世界 に 落ち込んで 行った 。 そこ|||||ひあい||||ようこ||ひあい|||すい||||くべつ||||おもい|ちから||あっせ られて||ちかく||ぶつ|||せかい||おちこんで|おこなった ・・

ほんとうに 葉子 が 目 を さました 時 に は 、 まっさおに 晴天 の 後 の 夕暮れ が 催して いる ころ だった 。 |ようこ||め|||じ||||せいてん||あと||ゆうぐれ||もよおして||| 葉子 は 部屋 の すみ の 三 畳 に 蚊帳 の 中 に 横 に なって 寝て いた のだった 。 ようこ||へや||||みっ|たたみ||かや||なか||よこ|||ねて|| そこ に は 愛子 の ほか に 岡 も 来 合わせて 貞 世 の 世話 を して いた 。 |||あいこ||||おか||らい|あわせて|さだ|よ||せわ||| 倉地 は もう い なかった 。 くらち|||| ・・

愛子 の いう 所 に よる と 、 葉子 は 貞 世に ソップ を 飲ま そう と して いろいろに いった が 、 熱 が 下がって 急に 食欲 の ついた 貞 世 は 飯 で なければ どうしても 食べ ない と いって きか なかった の を 、 葉子 は 涙 を 流さ ん ばかりに なって 執念 く ソップ を 飲ま せよう と した 結果 、 貞 世 は そこ に あった ソップ 皿 を 臥 てい ながら ひっくり返して しまった のだった 。 あいこ|||しょ||||ようこ||さだ|よに|||のま|||||||ねつ||さがって|きゅうに|しょくよく|||さだ|よ||めし||||たべ||||||||ようこ||なみだ||ながさ||||しゅうねん||||のま||||けっか|さだ|よ||||||さら||が|||ひっくりかえして|| そう する と 葉子 は いきなり 立ち上がって 貞 世 の 胸 もと を つかむ なり 寝 台 から 引きずり おろして こづき 回した 。 |||ようこ|||たちあがって|さだ|よ||むね|||||ね|だい||ひきずり|||まわした 幸いに い 合わした 倉地 が 大事に なら ない うち に 葉子 から 貞 世 を 取り 放し は した が 、 今度 は 葉子 は 倉地 に 死に物狂い に 食ってかかって 、 その うち に 激しい 癪 を 起こして しまった のだ と の 事 だった 。 さいわいに||あわした|くらち||だいじに|||||ようこ||さだ|よ||とり|はなし||||こんど||ようこ||くらち||しにものぐるい||くってかかって||||はげしい|しゃく||おこして|||||こと| Luckily, Kurachi released Sadayo from Yoko before it became a big deal, but this time Yoko lashed out desperately at Kurachi, causing a violent tantrum. That's what I meant. ・・

葉子 の 心 は むなしく 痛んだ 。 ようこ||こころ|||いたんだ どこ に とて 取りつく もの も ない ような むなし さ が 心 に は 残って いる ばかりだった 。 |||とりつく||||||||こころ|||のこって|| 貞 世 の 熱 は すっかり 元通りに のぼって しまって 、 ひどく おびえる らしい 囈言 を 絶え間 なし に 口走った 。 さだ|よ||ねつ|||もとどおりに||||||うわごと||たえま|||くちばしった 節々 は ひどく 痛み を 覚え ながら 、 発作 の 過ぎ去った 葉子 は 、 ふだん どおり に なって 起き上がる 事 も できる のだった 。 ふしぶし|||いたみ||おぼえ||ほっさ||すぎさった|ようこ||||||おきあがる|こと||| しかし 葉子 は 愛子 や 岡 へ の 手前 すぐ 起き上がる の も 変だった ので その 日 は そのまま 寝 続けた 。 |ようこ||あいこ||おか|||てまえ||おきあがる|||へんだった|||ひ|||ね|つづけた ・・

貞 世 は 今度 こそ は 死ぬ 。 さだ|よ||こんど|||しぬ とうとう 自分 の 末路 も 来て しまった 。 |じぶん||まつろ||きて| そう 思う と 葉子 は やるかたなく 悲しかった 。 |おもう||ようこ|||かなしかった た とい 貞 世 と 自分 と が 幸いに 生き残った と して も 、 貞 世 は きっと 永 劫 自分 を 命 の 敵 と 怨 むに 違いない 。 ||さだ|よ||じぶん|||さいわいに|いきのこった||||さだ|よ|||なが|ごう|じぶん||いのち||てき||えん||ちがいない ・・

「 死ぬ に 限る 」・・ しぬ||かぎる

葉子 は 窓 を 通して 青から 藍 に 変わって 行き つつ ある 初夏 の 夜 の 景色 を ながめた 。 ようこ||まど||とおして|あおから|あい||かわって|いき|||しょか||よ||けしき|| Through the window, Yoko gazed at the scenery of the early summer night, which was changing from blue to indigo. 神秘 的な 穏やか さ と 深 さ と は 脳 心 に しみ 通る ようだった 。 しんぴ|てきな|おだやか|||ふか||||のう|こころ|||とおる| 貞 世 の 枕 もと に は 若い 岡 と 愛子 と が むつまじ げ に 居たり 立ったり して 貞 世 の 看護 に 余念 なく 見えた 。 さだ|よ||まくら||||わかい|おか||あいこ||||||いたり|たったり||さだ|よ||かんご||よねん||みえた その 時 の 葉子 に は それ は 美しく さえ 見えた 。 |じ||ようこ|||||うつくしく||みえた 親切な 岡 、 柔 順な 愛子 …… 二 人 が 愛し 合う の は 当然で いい 事 らしい 。 しんせつな|おか|じゅう|じゅんな|あいこ|ふた|じん||あいし|あう|||とうぜんで||こと| ・・

「 どうせ すべて は 過ぎ去る のだ 」・・ |||すぎさる|

葉子 は 美しい 不思議な 幻影 でも 見る ように 、 電気 灯 の 緑 の 光 の 中 に 立つ 二 人 の 姿 を 、 無常 を 見ぬいた 隠 者 の ような 心 に なって 打ち ながめた 。 ようこ||うつくしい|ふしぎな|げんえい||みる||でんき|とう||みどり||ひかり||なか||たつ|ふた|じん||すがた||むじょう||みぬいた|かく|もの|||こころ|||うち| Seeing the two of them standing in the green light of the electric lamp, as if they were a beautiful and mysterious illusion, Yoko struck down with the heart of a hermit who saw through impermanence.